
『宇宙の柳、たましいの下着』
島倉千代子『すみだ川』を聴いた。お千代さんの芸者姿は目にもサイケに映った。おれは健気な恋歌をまるでSF小説でも読むかの如く楽しむような子供だった。1978年にラジオで聴いた水谷良重の歌にひっかかったのもそういう経験があったからだろう。古典文学を元に作りあげたコンセプチャルな艶歌集『ATASHI』はおれのポップ感覚の起点にしっかりとそびえ立っている。泉鏡花作「白糸の滝」をモティーフにした「渡ればこその橋だから」のコード感やぶっとんだ粋興な箱庭的ともいえる芝居言葉の宇宙観のスケールは、郷ひろみ「ハリウッド・スキャンダル」と並んで、音楽の記憶の地平にしっかりと純度を保ったまま〈或る基準〉として未だ胸の中にある。
川島雄三の映画と遅れて出会ったのは24歳。成瀬巳喜男『夜の流れ』もその頃。昭和の影はどろっと川面に鈍く光っていた。男と女。その表裏。橋と川。精神的結界。媚び。ごまかし。病。あたりまえのように思える関係や何の変哲もない日常の舞台にこそ魔窟へ続く穴はある、とフィルムは語っていた。おれがぞくっとくるのはその視点だった。身体の中で淀むもの、見上げた道の向こうの異世界をじっと睨みつけることをすべての始まりとしていた。「ふざけているだけだよ」と、彼らはわざとお下劣な笑いでごまかすけれども、作家の隠した言葉は映写機のピンホールに集約されて、スクリーンのどこかに置いてあるし、必ず別の姿で残されている。勘違いでもいい、おれはいつかそれを見抜きたい。
つまりは『幕末太陽傳』のラスト・シーン。居残り佐平次が薄暗い北品川の海岸を駈けて逃げてゆくその先が知りたいのだけれど、というか、ちょうどその海岸沿い2キロ先にはおれの実家があって、そこでもおれはボウっとし、だれかに想いを飛ばし、あくびをしてなんとか生きのびているという現実もある。佐平次の足跡と一線上につながってしまうこの運命や、その先に見えてくる錯覚とか勘違いこそがおれの宝物だ。居残りさんは結核の悪い咳をしながら「ええぃ地獄も極楽もあるもんけぇ、おれはまだまだ生きるんでぇ」と一目散に逃げていった。果たしておれも佐平次みたいに走れるのだろうか。
力の源とも言える、そのとんでもない映画は品川の八ツ山橋に始まる。京浜急行の陸橋と京浜第一国道が並び行き交う日常の風景から一気に幕末時代にタイムスリップする仕掛けがまずは見事だ。その切り替わりの魔法のスイッチをなんとか、ロックやそれにまつわる表現にも利用できないだろうかといつも考えていた。可能だ、可能。と、大抵は何度か口にしてはうっかり寝てしまうわけだが、それでもいつも〈絵空事の世界〉の箱も無理なく開けられるように、予備のネジはポケットに忍ばせてある。カリフォルニアに行って撮った写真が、『リトル・フィート・ファースト』の空の色と同じだと驚くためにも。その土地の空気はいつまでも変わらずにそこに生きていると唾を飛ばして語り合うロック馬鹿たちに会いにいくためにも、目覚まし時計や着替えの入った袋は、いつでも車に積んである。
(中略)
1998年9月20日に島倉千代子&カーネーションは渋谷のクラブクアトロで「愛のさざなみ」を演奏していた。その時、お千代さんは金ラメ入りのTシャツにジーンズ姿だった。この本は島倉千代子『すみだ川』からはじまった勘違いだらけのおれの音楽史、また、そのしつこいほど歪んだ長い時間を旅することになる。一歩進んでは二歩下がるようなことも多々起こりうる。困ったことだが、おそらくそんな調子で進めてゆく。
※直枝政広『宇宙の柳、たましいの下着』序文より抜粋