Welcome to boid.net!


recent

diaries

2004年 boid日記 8月

Text by 樋口泰人

8月22日(日)

世間が、夏休みだの、オリンピックだのと盛り上がっているのを横目に、延々とハードワークを続けていた。
この間、ウォーレン・ジヴォンとニール・ヤングが心の支えでもあった。
マジで、このまま行ったら過労死だな、という瞬間も体験した。
だが、その一歩を絶対に私は踏み出さないな、という確信もした。
やはりどこか基本的な部分がタフなのかいい加減なのか楽天的なのだ。
ま、それでもつらいものはつらい。
顔が浮腫んでボコボコになっていているが、どうでもいい。
断れるものは断っているが、ほとんどの仕事を引き受けてしまっている。
とにかく今のうちに何とかしておいて、年末からのジョー・ストラマーとニール・ヤングとフィル・スペクターとワイヤーの企画を無理矢理何とかするのである。
こういうのは誰がが無理矢理何とかしないとなんともならないので、無理をする。
それでも、なかなかスムーズには行かないから、さらに無理をする。
もうちょっとで何とかなる以上そういうものだ。

donovan.jpg

ドノヴァンが8年ぶりの新作をリリースした。
80年代、90年代のドノヴァンは、たぶん、年齢のせいもあるのだろう、どこかとち狂って落ち着き場所を失ってしまった感があったのだが、ここに来てようやく肝が据わったと言ったら失礼になるか。
ジム・ケルトナーのひたすら重く叩きつけるようなドラミングがそう思わせるのかもしれない。
たとえばそれは、空中を軽々と舞い落ちてきた木の葉を手に取ったらそれはとんでもない質量を持っていて、そのまま地中深くへ沈められてしまった、というような感覚を、もたらす。
デッドマンの行き着く先の風景が歌われているといえばいいか。
それにしてもこのダニー・トンプソンのベースをなんといったら言いのだろう。
ペンタングルの歴史も、ニック・ドレイクの想い出もマーク・ボランの悲しみも、すべてその重さの中に詰め込まれている。
ジャンヌ・バリバールとロドルフ・ベルジェに聞かせたら、何というだろう。
おそらく彼らの作るはずだった最良で最強の形態がここにある。
やはり、ロックは60歳から、というのは本当だ。
「恐怖の60代」に向けて私も準備をしなくては、というメールを青山に送る。
あまりの忙しさに心身ともに弱りきっていたが、とりあえずそれは忘れたふりをすることにする。

8月9日(月)

日曜の夜から再び睡眠に入り、早朝に起床。
いくら寝ても疲れが取れない。
ボーっとしながら朝食を取っていると、子供が突然、「お母さんのは濃いけど、お父さんのは薄い」と言い始める。
どうやらオーラが見えるらしいのだ。
今になって見えるようになったのではなく、今までもずっと見えていたということなのだが、本人の中でようやく最近意識化されてきたらしい。
で、そのオーラは生物だけではなく、生きてはいないものにも幽かにあるとの事。
私のオーラがどれだけ薄いのかというと、「ティッシュの箱より薄い」のだそうだ。
ハア、そうですかぁ、と、思わずヘナヘナしてまったのだが、それはもう、デッドマンだということか?
ならば覚悟は決まるのだが、もうすぐ死にますよ、ということならつらい。
いずれにしても、無いものは無いのだからじたばたしようも無い。
ヨロヨロとしたまま、ソニー試写室『フォッグ・オブ・ウォー』。
既に80歳を超えるマクナマラの滑らかな喋りと、見えないがおそらくたっぷりと出ているはずのオーラにひたすら頭を下げる。

その後、BMGで某映画の配給についての打ち合わせ。
もったいぶっていても仕方ないので公表するが、ニール・ヤングの監督作『グリーンデイル』を公開するのだ。
12月にバウスシアターでのレイトショー。
当然、爆音レイトとなる。
しかも、昨年のライヴに行った人は分かると思うが、昨年のアルバム『グリーンデイル』がそのまま流れ、その歌詞にある出来事を俳優達が演じるというもので、すべて口パク。
アルバムより2,3曲多く収録されていて、1曲1曲がひとつのエピソードとなり、全体を構成する。
登場人物が実際に口にする台詞は無いので、思う存分な爆音で、アメリカの近代史を堪能できるという代物である。
マクナマラの告白とセットで見ると、それぞれの抱えている「アメリカ」の違いがはっきり分かり、しかし共に同じ「アメリカ」に深く関わっていることもはっきり分かると思う。
とにかく12月まで、案外時間はないので、これからの具体的な作業を思うと、それなりにちょっとドキドキする。

その後、ブエナビスタ試写室でM・ナイト・シャマランの新作『ヴィレッジ』。
アメリカでも賛否両論、これまで彼の映画を指示してきた人達や、映画マニアからは評判が悪いらしい。
ロジャー・コーマンの何とかという映画のパクリだとか、これまでに比べてすぐにネタばれしてしまうとか、確かにそういう見方をされてしまうほころびは思い切り見せている。
だが、個人的にはこれまでの中で最も気に入った映画だった。
主演のロン・ハワードの娘がいいとか、かつての映画のパクリといわれても記憶喪失者でもありデッドマンでもある私にはそんなことは分からないとか、理由はいろいろあるのだが、何と言ってもサム・ライミの『ギフト』にも匹敵するような、生真面目な語りへのアプローチの仕方がよかった。
これまでの彼の技法など単なる手癖のようなものでしかないと言えてしまうような、語り手としての監督の主体の位置の変化のようなものを感じた。
語るべき物を見つけてしまったといえばいいのか・・・
こうなってくると、彼の映画の中で時折見られる誰が見ているのかまるで分からない、決して客観的な視線によるショットではない、主観ショットのようなものの「主体」が気になる。
どこかフォン・トリアーの『ドッグヴィル』を思わせるのも、おそらくあのショットのためだろう。

その後、阿部・中原両名と六本木MOTI にて、カレーを食す。
話題はもっぱら、中原出演作、boidプロデュース作品、そしてオーラ。
阿部君もかなりの年齢までオーラが見えていたらしい。
ただ、なかなか意識化されず、見えなくなる頃になってようやく意識化されたのだとか。
まあ、結構いい加減な見え方。
我が子のものとは違う。
それから、最近の学校問題について質問を受ける。
小学校5年生ともなると、既に問題は小学校の現在ではなく、再来年からの中学校へと移っている。
というのも、ゆとり教育ということで授業時間が減った結果、経済的に余裕のある家の子供はせっせと塾に通うようになり、塾に行ける子と行けない子の格差が広まるばかりで、ひどいことになっているという話を、あちこちから聞くからだ。
中学生向けの塾の1教科あたりの1ヶ月の料金は1万円前後。
高校受験のために数教科に通ったら月々数万円の出費となる。
これを捻出するために親はさらにせっせと働き家庭に帰らなくなり、映画も見なくなり本も読まなくなり、塾が潤ったり、ストレスを溜めた父親が通う水商売関係がニコニコすることになるのであった。
我が家の今後はどうなるのであろうか。

深夜、仕事がらみであまりに配慮の無い官僚的なメールを読み、久々にぶち切れる。
こんなことで怒っていていては、boid事務所化計画も台無しとも思うのだが、それはそれこれはこれ。
とりあえず、そんなものはもう知らないしやりたくも無いというメールを送り、一日の仕事を終える。

8月8日(日)

2週連続のオールナイト・イヴェントが終わり、気がつくと完全に力を使い果たしている。
終日、寝続ける。
時々起きて食事をしたり、あれこれ連絡をしたりするが、すぐにまた睡眠。
「グラム・ナイト」は、集客はともかく個人的にはかなり盛り上がった。
遅れてきた中原DJも含め、一晩の爆音を堪能。
今回はかなり音楽よりのラインナップにしたため、それはそれで心配でもあったのだが、やはり、『ベルリン・ブルース』で、「Berlin city's never die」と歌われる最後のコーラスでは腕を振り上げたくなったし、『ムーランルージュ』で「ユア・ソング」や「ヒーローズ」が歌い始められるときは思わず涙が出そうになったし・・・
しかも、深夜になって「ヘドウィグ・ガールズ」が登場。
もしかして、と思っていたのだが、浴衣やスパンコールの衣装の異様な集団が歓声を発し踊る。
彼女達にも『ベルリン・ブルース』を見てほしかった。
『ジギー・スターダスト』で泣きながらデヴィッド・ボウイに手をふり続ける女性たちに何を思ったか尋ねたくもなったが、さすがに声はかけられず。
終了後の早朝打ち上げでは、中原主演(助演?)するかもしれぬ某映画のカンヌ問題で盛り上がる。
もし本当に実現したら、樋口・阿部も、何とか関係者パスをもらい、カンヌに行こうということになる。
結構マジ。
とはいえ本人は、まだ本当に出演が決まったわけではないし、きっと結局声はかからないに違いないと、いたってネガティヴ。
まあでも、たとえそうだったとしても、妄想できるうちにあれこれ妄想しておいたほうがいい。
誰にも迷惑はかからない。
妄想がうまく転がったら、それはそれでよしなわけだし。
というわけで、boidの今後も妄想と共に歩むことになる。

8月3日(火)

シネセゾンでのイヴェントが終わり、何人かから感想が寄せられた。
どれも、スタンダード画面の異様さについてのものだった。
『月の砂漠』圧巻。
ある意味でゴダールを完全に圧倒していた。
あの音がさらにその異様さを増幅させていたのも事実。
再びシネセゾンでできるかどうかはわからないので、今度は爆音『月の砂漠』にチャレンジすることにしたい。
とにかくこういう感想が寄せられると、本当にやってよかったと思う。
あの異様さを体験できなかった人は本当にかわいそうだと、突っ張ってみたい気もするが、まあ、またいずれやれる日が来るだろう。

それから、シネセゾン渋谷のスクリーンの位置が気になっている。
おそらくイマジカのほうがサイズは大きいはずなのだが、あの異様さが出てこないのは、スクリーンの位置の問題ではないか?
セゾンの方は上、イマジカは下なのだ。
つまり、どうしたってチェック用。
見上げる感じにはならない。
スクリーンは見上げるものだとフィリップ・ガレルも言っていた。
トークの際にたむらさんが、「上の出来事」という言い方をしていたが、おそらく画面にははっきりと映っていない「上の出来事」が、観客がスクリーンを見上げるときに、画面上に浮上してくるのではないか。
そんなことを思った。
イマジカのものはあくまでも機能的なスクリーン。

ccr.jpg


しかし徹夜の疲れを引きずったままあれこれするのは本当にきつい。
肉体だけでなく、精神も変調をきたす。
まあ、いつも変調だから、傍目にはあまり変わらない。
だが今回は相当きつい。
どれが効くか、昨日からあれこれ試したのだが、結論はCCR。
『グリーン・リヴァー』。
ひとり爆音大会。
このアルバムの中の「Tombstone Shadow」と「Sinister Purpose」は、黒沢さんの映画にぴったりではないか。
というか、黒沢さんの映画からCCRが流れるなんて、考えただけでも爆笑ものだ。
前回の爆音ナイトでは「ココロ、オドル。」にクイック・シルヴァ・メッセンジャー・サーヴィスのニッキー・ホプキンス、ピアノ乱打を勝手にのせてしまったのだが、次回、また黒沢さんが変な短編を撮ったときには、CCRでいってみようかと思う。
まあ、やらせてくれるかどうか。
ああそうそう、どうしてCCRなんか聴いたのかと言えば、来月発売の「エスクァイア」が南部特集なのだそうだ。
南部映画10本をセレクトするのを引き受けたのだ。
何人かがそれぞれの南部映画10本を出すということで、ただバッティングしてはいけないという条件がつく。
したがって私は、『ラストショー2』を入れさせてくれればあとはすべて妥協するという返事を出したのだった。
とは言ったものの、残り9本が難しいんだよなあ・・・
おそらく誰も『グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー』は選ばないだろうから、これは当確として。
爆音シリーズでも、「スワンプ・ナイト」の企画があるのだが、上映できる作品が・・・

8月1日(日)

昨夜は2週連続のboidイヴェントの第1夜であった。
入場者へのささやかなお土産に、無許可翻訳ペーパーを配布し、それへの目配せとともに、安井、青山、たむら、3名のトークを行う。
このトークの途中、青山にとっては限りなくショッキングなことが起こったらしいのだが、見ているほうにはわからない。
しかし、青山日記にあるように、今後、何らかの変化が起こる模様。
いい刺激となってくれればいいのだが。
打ち上げの途中、安井君から、樋口君もそろそろ決断をしたほうがいいと言われる。
何を決断するのかは、今後のお楽しみ。
いや、相変わらずぐずぐずしていて、チャンスを逃し続けるんだよなあとか、誰かが決めてくれると楽なんだが何とか言い訳を言っていると、たむらさんから「決断は自分でするもんです」というありがたいお言葉。
その気にはなるが、厳しいことがいっぱいありすぎて、眩暈がする。
その後、再びシネセゾンへ。
「月の砂漠」「フォーエヴァー・モーツァルト」のスタンダード画面の迫力を堪能する。
夜明けのテンションの高さのせいなのか、セゾンの画面の迫力が異様さを増し、その異様さを引き起こす世界の歪みの中にズルズルと引き込まれていくのを感じる。
その意味で、イマジカで見た「月の砂漠」よりこちらの方がより良く見える。
無理を言って、「月の砂漠」を上映してもらって本当に良かった。
こちらのわがままを聞いてくれた、関係者の人々に感謝。
とともに、もうあと数十人を呼び込めなかったことを悔やむばかり。
「フォーエヴァー・モーツァルト」は、実はバウスの爆音上映でやろうかという話もあったのだが、爆発音以外は、他のゴダール作品のほうがエッジがクリアで直接脳にやってくるように思えたので、これもここでやって正解。
セゾンの音もかなりい。
終了後、劇場の外には、隣の劇場の「ハリー・ポッター」に詰め掛けた子供たち、若者たち、が既に列を成している。
7時30分なのだ。
やはり、かなり無茶な企画だった。
昨夜は隅田川の花火大会もあったわけだし、こんなときに誰も映画を考えるなんてしないよ、という安井君の言葉が痛い。
いやまったく。

angel.jpg

家に帰り、さすがに夕方まで眠る。
仕事をしつつ、「月の砂漠」の最後に流れるローラ・ニーロは問題なくいいのだが、もうちょっとポップなものにしたら印象が違ったのではないかと思い、あれこれ考えつつ、エンジェル・コーパス・クリスティを聴く。
この中の「ジョン・カサヴェテス」あたりがいいのではないかと思ったのだ。
だがまあ、さすがに遠く及ばない。
ただ、ハル・ブレインとウィンディ・ワイルドのパーカッション・チームが繰り出す、架空の壁を伝わって天から降ってくるような音の粒が長嶌=ダウザーに加わったら、ダウザーの音はさらに広がりを増すだろうと夢想したのだった。
しかし何故「ジョン・カサヴェテス」などという曲をあからさまにやってしまうエンジェル・コーパス・クリスティを思い出したのかといえば、昨夜の打ち上げで、「ハズバンズ」がジャンクされてしまった、ということを聞いたからだ。
この映画のようにアメリカのメジャー(コロンビア)で配給された映画は、映画の上映権は買えるけれども、ビデオやDVDの権利は買えないのだそうだ。
ビデオ、DVDは、コロンビアの系列の日本のソフト会社(おそらくソニーだろうか)から発売するしかなく、小さな配給会社が上映権を買っても、権利切れが来たらフィルムはおしまい。
再度フィルムの権利を買いなおすのは、よほど儲けていない限りできることではないのだ。
カサヴェテスが次に日本の劇場で見ることができるのは、一体いつのことだろうか。
あとは、諸々ハードな事柄もあり、ジョニー・キャッシュを聞いて気分を落ち着かせる。