
2006年 boid日記 1月~2月
Text by 樋口泰人
2月24日(金)
昨日の日記に書き忘れ。
23日発売の「ぴあ」のオールナイト情報に誤りが。
これはバウスの校正ミスとの報告が来る。
3月11日のトーク・ゲストが青山・黒沢となっているが、どこかで情報が混乱してしまったらしい。
例によってまだはっきり決まっていないのだ。
安井君には伝えてあるが、青山・黒沢両名は不参加。
明日のヴェンダース・ナイトが終わって、ようやくこちらの準備にはいる。
詳細はしばしお待ちを。
そんなところに、更にバウスから事故の知らせ。
午前中に『レッツ・ロック・アゲイン!』をちょっとテストしていたところ、ヘッドにテープが絡まり、画面にノイズが出てしまうとのこと。
今回は地方上映を何とかと思っていたので、ベーカムのコピーを何本かとっていた。
おかげで、大問題にはならず。
とにかく8時過ぎにバウスに新しいテープを持っていき、軽くテストして上映。
無駄かと思っていたが、コピーを作っておいて良かった。
しかし今夜のバウスは寂しかった。
2回目の上映ってこんなものかとしょんぼりする。
ズートの人々が駆けつけてくれなかったら、本当に寂しい金曜の夜となっていたことだろう。
明日のヴェンダース・ナイトがむちゃくちゃ心配になる。
今更遅いが、それでもどうにかならないかとあれこれ思うものの何もできず。
そんなところに名古屋から、超満員で終了との知らせ。
まさかそんなに売れはしないよなあと思っていたパンフも完売。
動員の集計を見ると、本当に驚くほど入っている。
地方のレイトの数字とはとても思えない。
どうやら地元のジョー・ストラマー・ファンたち、媒体が、自主的に動いてくれたらしい。
ありがたい。
というか、まさにこの映画のジョー・ストラマー的な展開で、本当に嬉しい。
もちろん東京でもいろんな人がいろんな形で動いてくれて、それをうまい形にまとめられなかったことが本当に悔やまれる。
それがboidの役目だったのに・・・
いずれにしても、人生を五分五分に持ち込むための戦い、というジョー・ストラマーの言葉が胸に響く。
それから、京都からは、大阪と神戸での上映が決まったとの知らせが届く。
地方は、ようやくいろんなことがうまい具合に転がりはじめた。
関西方面では、大阪・神戸での上映を機に、試写も行われる。
宣伝費は単に私の小遣いだけのこの映画をこうやって盛り上げようとしてくれる人々に感謝。
媒体関係者、ブログなどで大騒ぎしましょうという人、などなどで、試写のお知らせが届いていない人は、boidまで問い合わせのメールを。
bakuon@boid.pobox.ne.jp
公開スケジュールは下記の通り。
大阪 テアトル梅田 4月1日(土)~8日(金)
神戸 神戸アートビレッジセンター 4月22日(土)~28日(金)
すでに決まっている京都みなみ会館は3月11日(土)~23日(木)で、間の2,3日が抜ける変速日程。
詳細は『レッツ・ロック・アゲイン!』サイトにて。
ああそれから、いよいよダニエル・ジョンストンのドキュメンタリーが公開に向けて動き始めている。
実現したら、DJファンは、是非、ガンガンと勝手に動いて欲しい。
ろくでもない宣伝会社のその場限りのコピーやタイトルに躍らされることない、自分勝手で予測のつかない動きで、結局は何かに躍らされているばかりのこの東京をメチャクチャ混乱させてもらえたらと思う。
「自分で探すんだよ」と、ジョー・ストラマーも言っている。
2月23日(木)
怒濤の日々。
あまりにいろんなことが起こるので、唖然とするばかり。
デプレシャン『Kings & Queen』の公開が決まる。
6月。
いきなりな展開に、これまた唖然。
全速力であれこれやらねば。
しかし、経費計算してさらに唖然。
詳しくは書かないが、とにかく、普通に試写もできてポスターやチラシなどができていたら、私の血と汗と涙と小遣いと生活費と残されたわずかな人生の時間と、とにかくすべてが根こそぎつぎ込まれたと思っていて欲しい。
でも、マジでスポンサーを探さねば、チラシも作れない。
すべてネットで処理できたらいいのだが。
この件に関してはもう2度とここでは書かない。
多くの人に止められたのに、引き受けたのは私だから。
ここまで来てこれ以上ぶちぶち言っていてもどうにもならないし。
何かいい解決策を探すのみ。
しかしひとこと言わせてもらえば、映倫審査料、高すぎ!!!!!!!!!
メジャー作品とかだったら、誤差の範囲の料金かもしれないけどねーーーーーーーー!!!
一方、名古屋からは、『レッツ・ロック・アゲイン!』好調との知らせ。
本日も、満席だったようだ。
確かに50席の小さな劇場だが、地方のレイトでこれだけの人々が来てくれるとは、本当にありがたい。
おかげで、その他地方での公開もいくつか決まりそうな気配。
来週くらいには発表できると思う。
「こちらでは上映しないのか」と待ちわびている、ジョー・ストラマー・ファンの皆さん、もうすぐです!
さらに一方、アメリカ特集。
今回は爆音でもないし、しかも、まるで雑誌の特集みたいなプログラムだし、果たして多くの人に伝わってくれるだろうかと、心配は募る。
明後日はまず第1弾のヴェンダース・ナイトである。
前回は、そのためだけにあれこれとサーヴィスしたが、今回は、『さすらい』を上映すること自体が大サーヴィス。
夜明けの『さすらい』になるので、皆さん、昼間はたっぷり眠ってやってきていただきたい。
映画ファンの間ではいろんなことが言われがちな人だが、やっぱり『さすらい』を見ると、ああこれで私の人生は決まったと、思えるんだよなー。
そんな映画、滅多にないから。
本当は、『サマー・イン・ザ・シティ』もやりたいんだけど。
でもまあ、これは、アテネで見られるからいいか。
2月21日(火)
さまざまなトラブル続発。
ちょっと絶望的な気分になる。
目先の仕事から先々の仕事まで。
これほど何もしたくないと思っているのについあれこれ引き受けてしまうのはやはりどこかで何かしたいと思っているからだろうか。
先日、友人から「痛い目にあったことがないから、そうやって自分にも他人にも甘いのだ」と言われた。
そうかもしれない。
というか、痛い目にあうのを全力で回避するためにこれだけあれこれ抱えてしまうのだとも言えるわけで、でも、それももう限界だから、本当に痛い目にあうだろう。
バウスの「レッツ・ロック・アゲイン!」の動員が、想定よりかなり割り込んでいる。
2度目の上映、ということもあるのだろう。
最初から2週間限定、ということにしておけば良かったと、今更ながら後悔。
1月に入ってから、どうも怪しいと思ってあれこれ動いたのだが、遅すぎた。
うーむ。
おかげで、今年のboidの企画のあれこれが、泡と消える。
まあ、無理してやるな、ということなのだろう。
2月19日(日)
朝、名古屋シネマテークに立ち寄る。
モーニングショーは『ボクと未来とブエノスアイレス』。
日曜の10時30分からだというのに、かなりの数の人がやってくる。
東京に比べて、上映期間が短いから、こうやって集まるのだろうか。
何か、地道な活動が実を結んでいる気がするのだが。
多くの映画が、実際に劇場に来る人ではなく、紹介するメディアや顔の見えない人々に向かって宣伝して、結局は広告代理店とメディアを儲けさせるだけのシステムが出来上がってしまっている現状において、こういった現実に触れることが出来るのは嬉しい。
boidの今後にも、大いに参考になった。
そうそう、昨夜の上映前の挨拶で、何故『レッツ・ロック・アゲイン!』のたどった運命に関する具体的な話をしたかというと、ジョー・ストラマーも監督のディック・ルードも、日本で最初に権利を買ったケイブルホーグも、みんなDo It Yourselfの精神で活動していて、でも、それ故に結局は現代社会を牛耳る権利ビジネスの食い物にされてしまった、ということを話したかったのである。
「DIY」を標榜するだけではもはやどうにもならないし、だからといって、権利ビジネスと同じ土俵に上がるのではなく、その他の道を探らねばならない。
今週末はヴェンダース・ナイトがある。
フィルムで『さすらい』を見ることができる機会は滅多にない。
DVDにもなっていないし。
それに3時間もじっとモニタを見つめていることを考えると、オールナイトでスクリーンを見つめることの心地よさは、何事にも代え難いだろう。
20代前半の人で、どれだけの数の人が劇場で『さすらい』を見たことがあるのだろうか?
知人・友人を根こそぎ連れて、吉祥寺に集合して欲しいものである。
まあ、他にもあれこれ楽しみはあるとは思うが、ちょっとしたかけがえのない一夜になると思う。
2月18日(土)
『レッツ・ロック・アゲイン!』名古屋初日である。
名古屋シネマテークにはこれまでもあれこれお世話になっていて、一度も顔を出していなかったので、今度くらいはと思い立ち、名古屋へ。
古いビルの中の小さな映画館とは聞いていたが、バブル期以降の東京の映画館を見慣れていると、確かにまったく違う。
80年代半ばまでは、東京にもこの雰囲気があった。
今の時代、こういった映画館で映画を見ることのできる人たちは本当に幸せだと思う。
レコード店で言うと、かつて代々木にあったイースタンワークスとか初期エジソンとか、明大前モダーンミュージックみたいな雰囲気。
普段は映画など見ないかも、と思えるような、パンクスの人々が集ったので、余計にそんな風に思えるのかもしれない。
いずれにしても、小さな劇場が超満員。
これだけいっぱいになると、本当に気持ちがいい。
東京の上映は、2度目ということもあってその後はかなり渋いが、今回はこうやって地方上映が盛り上がるのだろう。
久々に、高円寺レコード屋時代の友人にも会う。
この友人がいなかったら、『エリ・エリ』でのナンシー・シナトラは流れなかったかもしれないと、シネマテークの人々と、名古屋に赴任中の朝日新聞深津さんに紹介する。
私にナンシー・シナトラを再認識させた友人である。
もう20年以上前のことになる。
この間、いくつか連絡が来て、『エリ・エリ』の楽日が決まる。
3月3日まで。
お見逃しなく。
25日の土曜日に、セゾンかテアトルか、どちらかで、私と青山のティーチインが予定されているはず。
詳しくは『エリ・エリ』サイトを見て欲しい。
それから、『レッツ・ロック・アゲイン!』の楽日も決まる。
こちらも3月3日。
爆音ではしばらくやらない。
見逃している人、再度見ようと思っている人、あと2週間です。
2月11日(土)
『レッツ・ロック・アゲイン!』初日である。
今回は、宣伝の一番大事なところで、サークやデプレシャンに時間をとられてしまい、それでも寝る時間がないくらいあれこれ動きはしたのだが、やはりまだあれもやれたこれもやれたと、心残り多し。
boidの今後を考えると、何としても『レッツ・ロック』は成功させねばならなかったのだが。
とまあ、かなりドキドキのまま迎えた初日であった。
さすがに満員、というわけにはいかなかったが、上々の滑り出し。
このままずっと行って欲しいものである。
Tシャツが飛ぶように売れる。
「飛ぶように」というのは本当にあるのだ、ということを目の当たりにする。
友人Mが、上映中に出たり入ったりする人の多さにムッとしていた。
でも、これは映画じゃなくてライヴだからしょうがないと、話す。
そういう映画なのだ。
音も、今回のものが目一杯。
バウスの現状の、最大限かつ、最上の音になっていると思う。
ギターの音のエッジの尖り具合、バスドラのキックの音などが、ガツンと身体に響く。
久々の爆音を堪能。
一昨年の音とはかなり違っていると思う。
もちろん家庭ののDVDとはまったくの別物である。
本日見た人が、友達10人に、お薦めしてくれるといいのだけど。

終了後、バウス事務所であれこれ話している時に、JAY DEEの話題が出て、新作の話をした直後、中原から電話があり「JAY DEEが死んだという知らせが来たが知ってるか?」と。
唖然としつつ、ネットで調べてもらうと、本当に。
肝臓疾患とのこと。
うーむ。
2月5日付のboid日記でも新作の紹介をしたばかりだったのに・・・
冥福を祈るばかり。
もはやJAY DEEは在籍していないが、スラム・ヴィレッジの新作を聞き逃していた事に、今更ながら気づく。
その後、予定では渋谷に出て、エリ・エリ・チームに合流するつもりだったのだが、力尽きる。
何となくモヤッとした気分のまま帰宅。
帰ると、知り合いから、小学校の「ゆとり教育」についてのメールが来ている。
思い切り大雑把にかいつまむと、ゆとり教育自体に問題があるのではなく、それを機能させる態勢がないまま形だけゆとりを作ってしまったことが大問題なのだ、という趣旨。
当然、うまくいくはずもなく、現場だけがあたふたしたまま、結局方針変更。
もちろんこちらだって、形だけが先行して、こんどは学校ごとの学力(試験の点数)などで学校自体が評価・審査されるようになり、知的障害を持つ子供たちは、平均点を下げるから、という理由で学力試験の日は欠席するように勧められていたりするのだという。
そういえば、2ヶ月ほど前、都立の中高一貫校の説明会があった時に、これから受験までの2ヶ月間の過ごし方、というシンポジウムみたいなものが催されたのだが、このときの講師が全員予備校の先生方だった。
都立中学と予備校とがここまであからさまに悪びれることもなく堂々と結びついてしまっていることに呆れて、即座にその学校の受験はやめさせたのだった。
九段中学。
子どもたちは本当に大変である。
まあ、本人たちはあまり意識していないのかもしれないが。
2月10日(金)
昨日分の日記の書き忘れ。
このところあまりの忙しさに、いろんな連絡、約束をすっかり忘れている可能性あり。
私から何も連絡がなかったり、約束のものが届かなかったりした場合、何の意志も意図もなくただ忘れているだけなので、「忘れてるよ」と、ひとこと声をかけてください。
いろんな人に迷惑をかけている。
相当マメに連絡を取っているはずなんだけど、それでもうっかりしてしまい。
その他の発言、仕事関係でも、振り返ると、どこか大雑把にやり過ごしたりしていて、なんとも情けなし。
取り返しのつかないこともあり、5年くらいかけてその後始末をするしかない・・・
そうそう、しばらく日記を書いていない間に、我が家では姫の中学受験問題が勃発していた。
別にそのまま公立でいいやと思っていたのだが、都立の中高一貫校というのがいいのではないかということになり、試しに受験することにしたのだ。
しかし、受験の問題集を見てびっくり。
こんなの普通に小学校に行っていたらまるで出来ない。
というわけで、塾にも行ったりしていたのだが、他の子のように、毎日4時過ぎから9時までというようなことではなく、週2回くらいで、まあ、行かないよりマシ、みたいなことにしていた。
でもやっぱり、それじゃダメなんだよねー。
「試しに」みたいなことじゃ、子どもは本気にならないし。
というわけで、それなりにドタバタした受験はあえなく失敗したのだが、「試し」とはいえ、落ちたりするのはあまり気分のいいものではない。
最初からちゃんと塾にもやって、鍛えておけば良かったか、全力出さずにただ受けるだけって何だかバカみたいだ、とか、あれこれ思うことあり。
でもまあ、結局は子どもがそれに気づかなければどうしようもないしねえ。
ただ、小学校の時に塾に行った子と行かなかった子とでは、その時点で、越えられない境界が出来てしまうくらい、まったく違う勉強をしているのは事実。
これじゃ、中学校は荒れる。
すでに小学校卒業の時点で、自分とはまったく関係のない世界があって、しかもその関係ない世界によって自分たちの世界が規定されてしまっていることを、実感させられてしまうのだから。
このまま公立にやって、本当に大丈夫かと、ちょっと不安にもなる。
高校受験の時も、やはり同じ事が起こる。
「ゆとり教育」の結果は、勝ち組と負け組の格差を決定的に広げた、ということになるだろうか。
しかし姫には、 とにかく、自分で自分のことをちゃんと考えられる人間になってくれることを願うばかり。
Dr. Dog "EASY BEAT" 詳細
Dr. Dogのアルバム、なかなかいい。
フィラデルフィアのバンドらしい。
世界の不幸と呪いを一身に背負って歌い上げる昨今のバンド(トータス&ウィル・オールダムなんかも含め)の傾向は、どこか分かるような気もするのだが、ならば、浜崎あゆみで十分だと思う私は、徹底して身の丈の世界にありながらそれが、その外側の世界への通路を開くひずみを持つこのアルバムの音に惹かれる。
まさに、イージーなまま、後戻りの出来ないところまで行こうとしているような。
まあ、それにはイージーではない技術もいるわけだけど。
それに、クラフトワークみたいなレーベルマークも気に入った。
ただ、こちらも、ならばジョン・レノンでいいじゃないかとも、言われそうではあるのだが・・・
2月9日(木)
相変わらず、ガンガンと時間が過ぎる。
青山からは、監督は気力と体力がなくなってからが勝負なのだという指摘を受ける。
必要なのは機転と善意だとのこと。
これまた確かに。
それから、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』の「グレイト・プリテンダー」と「アメリカ」とを結びつけるのはあまりに短絡的すぎるとも。
これに関しては、あれこれこちらの理由もないわけではないが、いずれにしても、説明不足。
ただ、今ここで、説明し直す余裕なし。
きっとMixiの青山コーナーで、これに関してあれこれ書いているのではないかと思われる(私はMixiに入っていないので全く分からないのだが)ので、そちらの批判を参考にしてもらえたらと思う。
本日は、『レッツ・ロック・アゲイン!』の最後の音調整。
昨年末にやった時にかなり仕上げたと思っていたのだが、今聴くとさらにまた、あれこれ修正したくなる。
いずれにしても、最後から2曲目の「1969」でのクライマックスに向けての音作りとなった。
アンプが悲鳴をあげているとのことなので、最終的に1デシベル落として、着地点を見る。
だが、公開が近づくと、本当に不安ばかりが増していく。
まったく落ち着かない。
2月5日(日)
先週前半の数日は、合計睡眠時間10時間くらいでギリギリ切り抜けた。
いくつもの予定をキャンセルした。
今は、サークとレッツ・ロック・アゲインのことだけ、と言っているのになかなか分かってもらえないのが本当につらい。
最終的にはキャンセル、という手段に出ることで抵抗。
物事には順番がある。
というか、まあ、私の都合による勝手な順番なのだが。
青山のように、すべてを頑張り抜く体力は、私にはない。
監督は、本当に体力と気力だとつくづく思う。
あれは出来ない・・・
阿部君の『エリ・エリ・メイキング』を見る。
関係者インタビューなど、いわゆるメイキングらしい部分も、ビデオ編集てきな小技も一切ないストロング・スタイル。
まさに映画が生まれ出る瞬間を見つめる視線があった。
昨夜はサーク・ナイト。
一体、アメリカ時代のサーク作品を見ることのできない中で、一体どれだけの人が集まってくれるかと本当に心配だったのだが、満員の盛況。
しかも、私が見逃していた、というむちゃくちゃ個人的な理由で選んだファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』が、本当に素晴らしく、眠気が一気に吹き飛ぶ。
上映前は、あまりに疲れているのでさすがに帰って眠ろうとしたのだが、帰らなくて良かった。
人生を損するところだった。
とはいえそこで語られているのは、愛によって人生のすべてを失うペトラ・フォン・カント。
まさに無償の愛の姿。
『人生の幻影』の中に映されていた、数々のサーク作品の断片と共に、絶望の重さを思い知る。
しかし、それ故、すっかり身も心も軽くなる。
それにしても、最後の「グレイト・プリテンダー」にはやられた。
ヴェンダースにとってのアメリカが、その迂回によりようやく浮かび上がってくるものだとしたら、ファスビンダーはもういきなりその核心を直撃していたのだった。
こんな映画、若い頃に見なくて本当に良かった(笑)。
上映後、簡単にうちあげをして、すでに夜もすっかり明けた渋谷駅に着くと、声をかけられる。
斎藤陽一郎。
これから撮影なのだそうだ。
俳優もたいへんである。
帰宅後、ちょっと眠り、さすがに乱れ放題になった机の周りを片づけていると、送られた来た荷物の中に、TVパーソナリティーズの新作、というのを発見!
何と、死んだと思ったダニエル・トレイシーが生きていたのだ。
ドラッグがらみで捕まっていたらしい。
11年ぶりのアルバムは、相変わらずのヘロヘロなメロディ。
ただ、声がすっかり渋さを増し、これは一体どうなのか???
ディランとかマリアンヌ・フェイスフルとか、途中で声を変えた歌手はいないわけではないが、何となく、ピンと来ず。
まあ、でも、とにかく新作が聞けただけでも思わぬ幸せ、ということで。
2月25日発売なのだそうだ。
『My Dark Places』。
その後、子どもの誕生日のプレゼントを買いにHMVに。
つい、自分の買い物もしてしまう。
J DILLA(Ex. JAY DEE)の新作、音フェチのお遊びすれすれの渾身かつ入魂の一作。
ロック的なアプローチだけでなく、レイモンド・スコットまで遡る疑似ポップ・サウンドには、自分の生きてきた場所を見つめる確かな視線を感じる。

J DILLA 詳細
と、ここまで書いたところに中原からメール。
ジョー・ミークのプロデュースによるTornadosのビデオクリップ。
これまた凄すぎ。
ファスビンダーは見ていたのだろうか。
2月1日(水)
身動きとれず、いくつかの予定をキャンセル。
あまりにつらいので、青山に泣き言を言ったら、自業自得とたしなめられる。
『サーク・オン・サーク』や『レッツ・ロック・アゲイン!』のタイトルの付け方や宣伝方法など、確かに至らぬところばかりで、なんとももどかしい。
本当に商売の才能がないことを痛感しつつ、ひたすらしょぼくれる。
常にSOSは出し続けているのだけど、世の中みんな忙しいからなあ・・・
デプレシャンの映画など、本当はboidがやるべき事ではないのだ!
あの映画をboidがやらざるを得ないという今の日本の状況の歪みをどうにかしないかぎり、状況はますます悪くなるばかり。
しかしとにかく、まずは、『レッツ・ロック・アゲイン!』である。
手書きチラシを作って、みんなで路上配布する、ということでもしようかと思う。
ああそれから『サーク・オン・サーク』も。
あれを読めば、誰もがみな、サークの映画を見たくなると思う。
そして、サークの映画を見たら、サークの映画を見ない人生との落差に愕然とすると思う。
4日のサーク・ナイトも、お忘れなく。
1月31日(火)
全然寝る時間がない。
あまりに寝る時間がないので、日記を書いても書かなくても同じという状態にまでなったため、再開。
しかし1日3時間しか眠らなかったと言われているナポレオンさんは、本当にこんな状態で何年も暮らしたのだろうか・・・
本日は、アルノー・デプレシャン・インタビュー。
私のインタビューもそうだが、実は、今のところのデプレシャン最新作『Kings & Queen』をboidが配給・宣伝することになったのだ。
ホントに急に決まったため、今回の来日は、当然のようにドタバタの連続。
相川君による、午前中の写真撮影は、屋外撮影もあって、さすがにアルノー氏も震えていた。
午後のインタビューが始まり、私は一旦帰宅し、いくつかの作業。
夕方再び日仏学院にて、インタビュー。
『Kings & Queen』のテーマは「養子」なのだそうだ。
物語の中にも出てくるが、最終的に、映画という存在そのものが養子なのではないか、という結論に。
それが終わるとすぐに美学校のサーク講座。
本日は、梅本さん。
『愛する時と死する時』の上映時間が長く、講演開始が遅れる。
私が上映時間をすっかり勘違いしていたのだ。
その後に予定があった受講生の方、申し訳ない。
でもまあ、boid仕切りはこんなものと、常に覚悟しておいてもらえると、ありがたい。
梅本さんの講演は、いわゆる「講座」的な「知識・教養」でなく、ひたすらサークの核心に迫る、一種の「実感」とも言うべきものだけを語るという、涙ものの語り。
1時間ちょっと、ひたすら「愛」について語っていたように思う。
もちろん、「教養」とはそこからしか生まれないことを確信しての語りである。
そしてサークの、徹底した絶望によってようやく浮かび上がってくる「愛」・・・
サークの映画は本当に「大人の」映画だと思った。
帰宅後、ひたすら仕事。
「レッツ・ロック・アゲイン!」の公開も、「サーク・ナイト」ももうすぐである。
しかも、2月下旬から「ロスト・イン・アナザー・アメリカ」という大特集まで・・・
その上、日々の暮らしを支えるためのさまざまな原稿やら編集作業やら・・・
などなどしているうちに、子どもはすでに学校に行く。
そうそう、2月4日の「サーク・ナイト」のゲストに、柳下毅一郎君に登場してもらうことになった。
青山と3人でのトーク。
どんな展開になるか、お楽しみに。
まあ、トークはともかく、とっくに上映期限の切れていた「人生の幻影」は、アテネフランセの努力とダニエル・シュミットの好意によって特別に上映できることになった。
本当に貴重な機会。
しかも、日本にあるプリントは、世界に1本しかないヴァージョンとのこと。
この機会に是非。
あと何かあれこれ書くことがあったような気がするが、忘れた。
ああ、「レッツ・ロック・アゲイン!」の地方公開スケジュールが決まり始めている。
こちらは、「LRA! ホームページにて」。
1月15日(日)
夕方からちょっとさぼって、『ロード・オブ・ドッグタウン』へ。
あんなに面白く、誰が見てもいい映画なのに、どうやらあまり芳しくない動員、とのことで応援も兼ね、シネマライズへ。
実はこの映画、爆音試写を企画していて、最終的に劇場判断で断られてしまったから、できることならシネマライズへは行きたくなかったのだが、致し方なし。
冒頭、ジミヘン「ブードゥー・チャイル」が画面に先行して聞こえてくるだけで、もう、ニコニコしてしまう・・・のだが・・・うう、やはり音が小さい!
絶対に今年は、爆音サーフ・リヴェンジを心に誓う。
当然、『Dog Town & Z-Boys』も、再映。
「仕事するために働いてるんじゃない」とか何とか言って、海に出かけてしまう、サーフボード作りの手伝いのヒッピーたちの姿が心に染みる。
上映後、今後のboidはいかにするべきかと話したら、一緒に見た友人から、「スキップのようになるのがいい」との指示。
スキップとは主人公たちのボスで、チーム・ゼファーのオーナー。
主人公たち全員に逃げられて、ひとり悲しくサーフボード作りをしながら、ラジオから流れるロッド・スチュワートの「マギー・メイ」を歌う。
その歌の中で、マギー・メイもまた、年下の恋人に去られてしまうのだが、boidもまた、そのうちわたしひとりでブツブツ言いながら寂しく何かをやっているのだろうか。
しかしわたしは酒が飲めないからああいう風にはなりたくてもなれない、ということで、とりあえずはひたすら働くのであった。
1月14日(土)
遅ればせながら謹賀新年。
サーク命日かつ『サーク・オン・サーク』発売日にて、ようやく年が明けた、ということにしておく。
トップページに通販のリンクを貼っておいたので、書店で見つからなかった場合はこちらから是非。
あと、図書館へのリクエストもお忘れなく。
すでに購入した場合でも、リクエストするのはただだし、読まなくても借りたりするとか。
次なる単行本のために!
その他、「忙しい」ということくらいしか書くことはないのだが、金曜日に見たスピルバーグの『ミュンヘン』が、かなり凄かった。
題材からしても、『シンドラーのリスト』のような、ユダヤ人ものかと思っていたら大間違い。
確かにそうではあるのだが、もはやユダヤでもアメリカでもイスラエルでもない、どこでもない場所へと突き抜けていた。
しかも、それがどんなに厳しいことかということを、ただひたすら見せ続ける。
人はみな、たったひとりで死んでゆかねばならないことをこんなにしつこく堂々と見せた映画はかつてあっただろうか。
さらに、どこかで見た顔だと思ったら、ハンス・ツィシュラーが!!
『サマー・イン・ザ・シティ』や『さすらい』、『新・ドイツ零年』の、あの人である。
ヴェンダース・ファンにはおなじみ。
しかも、文書偽造のスペシャリストという、彼の本業をわかって使ったとしか思えないキャスティング。
さすがにちょっと驚いた。