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2006年 boid日記 5月~7月

Text by 樋口泰人

7月31日(月)

本日はプチ目眩。
試写に行く予定もあったのだが、あれこれをすべてキャンセル。
まあ、そろそろ夏休み、ということでお許しを。

昨日は、連続5時間を超えるトーク・イヴェント。
途中休憩無しだった。
私は、自分が喋る1時間と、全員出演での1時間なのでまだ良かったが、司会の佐々木君は本当にずっと休みなし。
12時から、大谷能生、三田格、私、前田塁(市川真人)、それから最後にその4人と仲俣暁生君、というメンバーでの、それぞれの批評のスタンスを語る試み。
とにかく私の場合、この手のトークはまったく苦手で、他人のものも聴くのも苦手だから、大学にもロクに通えなかったのだが、こうやってまとめて聴いてみると非常に面白い。
あれこれ刺激になる5時間。
個人的に一番驚いたのが、この日初めて会う三田格さんが、この日のために2年分の「インビテーション」に載った私の文章を読んで、その結果、私が書いた映画を1本も観ていない、ということが判明した、という発言であった。
例によって「インビテーション」に何を書いたかもうすっかり忘れていた私は、そんなに極端な映画ばかり書いたはずはないと思い、いったい三田さんはいつもどんな映画を観ているのかと、そっちに方が不思議だったのだが、家に帰り、原稿をチェックしてみると、うーん、さすがに何の脈絡もないラインナップ。
私が何をやっているか、これではますます他人に説明がつかない。
このあたりをうまくプレゼンテーションしないと、今後のboidの発展はないと、反省。

しかしこういった試みは、見る方にとってはどのように見えるのかよく分からないのだが、やってみるとかなり面白い。
例えば、次は、同じメンバーで、ふたりずつセットになって、相手をずらしながら1時間ずつ、みたいなことをやってみたら面白いのではないか。
せっかくみんながそれぞれの話を聞いたのだから、それを元に次のステップへと進めると思うのだけど。
もちろん佐々木君は責任上そのすべてにつき合うわけだが。
どんなもんでしょうね、佐々木君。

それからもうひとつ思ったのは、5時間がこんな感じすぎていくのなら、7時間30分までもう一息、ということ(笑)。
『AA』も、結構楽に見ることができるのではないかと思う。
ライヴではなくて、リアルタイムのグルーヴ感はないが、その分ちゃんと休憩があるし。

イメージフォーラムから連絡があり、『キングス&クイーン』の続映の話。
当初、レイトは2週間、という予定だったのだが、まだまだ普通に動員があるため、さらに2週間延期が決定。
しかも、5日からは2回の上映になる。
どうやら、「レイトだと見に行けない」という問い合わせの電話がそこそこ来ているようなのだ。
電話をかける方は、見に行けなくてなんとかしたいという思いで動いているのだと思うのだが、こういったことは本当に、それぞれが声を出すことで何かが動いたりするのだ。
いずれにしても、あれこれ手伝ってくれた方々、劇場まで足を運んでいただいた方々に、改めて感謝。

それから忘れないうちにお知らせを。
『黒沢清の映画術』と『映像のカリスマ』を記念して、さいたま市のブックデポ書楽にて、黒沢さんと私のトーク・イヴェントを行うことになった。
詳細は未定。
8月20日(日)の午後2時から。
埼玉方面の方、時間があったら立ち寄ってみてください。

7月29日(土)

『映像のカリスマ』仕上げの疲れが出て、ヘロヘロである。
まあ、いつものことなので、妻子には相手にされない。
『映像のカリスマ』は、オリジナル版を持っている人のことを考えて、ついボーナス部分のことばかり書いたり言ったりしてしまうのだが、すでにオリジナル版を買えなくなって久しいことを考えると、これが初めて、という人も相当な数いるはずである。
むしろ買えなかった人たちのために出したと言っていい本なので、ようやく目の当たりにする黒沢清初期評論を堪能していただきたい。

とはいえ、『AA』がいよいよ始動し始める。
というか、勝手に動き始めたのだが。
公開の前に、『AA』のための間章読本を出版しようという算段である。
その、中心になるはずのO里氏にはまだまったく声をかけていないのだが、まずはあれこれ外堀を埋めにかかる。
吉祥寺で、某氏にあれこれと相談すると、某氏はすでに、『AA』のための本、編集するんでしょと、言われていたという。
これは一体・・・

しかし土曜日の街は、すでに完全に夏休みで、何だかクラクラする。
こんなことではいけない。
明日は、アップリンクで、佐々木君の主催するイヴェント、『批評家サミット トライアイスロン』に参加。
こういうことはもっと早くここにアップして、動員に協力しなくてはならなかった。
役立たずで申し訳ない。

あと、ジム・ホワイトが案内する南部音楽のドキュメンタリー『ロング・アイド・ジーザスを探して』というのを見た。
『ロング・アイド・ジーザス』というのは、ジム・ホワイトのファースト・アルバムのタイトルである。
それを聞いた監督が、そのアルバムの背景にある南部世界を探求しようと思い立ったことから始まったドキュメンタリーだ。
コマーシャル出身の監督ということで、「いかにも」というアングルが出てきて、それはそれでちょっと興ざめする部分もあるのだが、まあ、映されているもの自体は、『南部』としかいいようのないもののオンパレード。
アルバムを聴いていても、同じサーファー出身の他のミュージシャンたちとは、背景に持つ世界が相当違うことを感じさせる広がりを持っていて、昨年のサード・アルバムではエイミー・マンともデュエットしたりしつつ、それなりの洗練を究め始めているジム・ホワイトだが、さすがに故郷に戻ってくると、すっかりその南部世界に馴染んでいる。
まあ、よそ者たちに、こんな人たちがいるんだよと、面白がって、特に極端なものを見せているのかもしれない。
だが、それはそれでよし。
こちらはどこまで行っても「よそ者」である。

7月28日(金)

黒沢さんの『映像のカリスマ 増補改訂版』が校了する。
再版しましょうと黒沢さんに伝えてから、すでに数年がたった。
グズグズしているとどんどん月日は流れる。
それを思うと、実作業にかかりだしてからはあっという間であった。
とはいえ、校正段階での私の最初の指示ミスと、『キングス&クイーン』諸々もの忙しさによる遅れで、最後の仕上げの段階になって、関係者に大いなる迷惑をかけた。
DTPでの仕上げの場合、こういう時のしわ寄せは最終的にデザイナーのところに行く。
お詫びのしようもない。
そんなわけで、この2日くらいは、またもや身動きとれずヘロヘロになった。

とはいえ、結局かなりの分量になってしまったボーナス部分の充実により、今読むしかない、面白い本になったと思う。
たまたま送られてきた「映画芸術」でも新作『LOFT ロフト』の特集をやっていて、その中で脚本家の高木登氏が書かれている「『クラゲもの』と題された黒沢清自身によるそのシナリオは、信じられないことに泣けるものだった」というそのシノプシスも掲載。
「クラゲもの」とはもちろん『アカルイミライ』のことであるが、このシノプシスが本当に「泣ける」のである。
この他、ちょうどそろそろ店頭に並び始めるはずの『黒沢清の映画術』でも語られている、75年、85年、95年を往来しながら、その20年間によって人類の歴史すべてを語りつくそうとでも言うかのような壮大な野望に満ちたささやかなシノプシス「1975・1985・1995 私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか」。
これがあるおかげで、その後の『大いなる幻影』『アカルイミライ』などなどの諸作品がさらに明解に位置づけされるような、ある時点以降の黒沢清の基準点とも言えるものだ。
こういうものをあれこれ楽しみながら読めただけでも、この本を作った甲斐があったというもの。
そうそう、先日気づいたのだけど、『映画術』発売記念のアテネのイヴェント。
久々に8ミリ作品を見たいなあと思っていたら、何と、私は家族旅行の真っ最中であった。
うーむ。

それから、ヴェネチア映画祭に『こおろぎ』(青山)、『叫』(黒沢)、両作品が公式出品されるとの知らせ。
日本映画6作品が出品されて、それは国別でいうと3番目に多いとの記事が新聞に載っている。
だがその他の作品を見るとすべてアニメ関係。
青山・黒沢以外はすべてアニメ(大友克洋作品は実写だが)というこの選択基準は、一体どういうことなんだろう。
たまたまなのか、ヴェネチアが歪んでいるのか、あるいはまっとうなのか・・・

あと、例によって1ヶ月以上は全然郵便物を見ておらず、その中からたまたま映画美学校からの封書を目にして取りだしたら、安井ゼミによる、映画批評誌「シネ砦」創刊準備・準備号(笑)であった。
これが「準備の準備号」ということは、次が「準備号」ということになるわけだから、助走の一歩目という感覚か。
緩やかに何かが動き出したはずなのだが、しかし、「砦」である。
この動かぬ「砦」の緩やかな助走が次に何を生み出すか、期待が高まる。
しかし、準備号が2年後、というようなことはないよね、安井君(笑)。

私の方は、『映像のカリスマ 増補改訂版』(8月21日発売)で、何となく今年前半の山を越えたはずなのだが、すでに後半の山が見えてきている。
ひとつは、ついに公開になる『AA』。
12月にアテネフランセにて。
7時間30分かけて、さまざまな人々が間章を語るドキュメンタリーである。
それを、1日かけて一挙に上映。
10日間ほど連続一挙上映の予定である。

あとは、ピクシーズ。
これは来年1月くらいだろうか。
まだどうなるかはっきりせず。
とはいえ、リーダーのフランク・ブラックの2枚組の新作ソロ・アルバム『ファスト・マン、レイダー・マン』がかなり良くて、期待は高まる。
ああ、この曲はリチャード・マニュエルかリック・ダンコウが歌いそうな曲だなあ、とか思って聞いていると、レヴォン・ヘルムが参加している。
アル・クーパーも、スティーヴ・クロッパーも、P.F.スローンまでも参加。
チープ・トリックのトム・ピーターソンやバッド・カンパニーのサイモン・カークの名前もある。
とにかく、彼が聞いてきた20世紀後半のロックがすべてこの2枚組詰め込まれている。
その詰め込まれた何かが歌っている、という風情がいいのだ。

7月25日(火)

本日は朝から日仏学院にてフィリップ・ガレルの3時間の新作「Les Amants Réguliers」。
モノクロ・スタンダード。
しかも、ベルトルッチの『ドリーマーズ』と同じく68年のパリの物語。
で、こちらも「夢」がベースとなっていて(ガレルの場合はいつもそうなのだが)、しかも、途中でベルトルッチの名前も口にする(カメラ目線にて)。
とまあ、そういった人間関係は見てのお楽しみとして、とにかくこちらの3時間は、『キングス&クイーン』の、ギチギチに詰まった2時間30分の対極にあるような時間の流れ。
あるいは、デプレシャンが10数回もテイクを重ねたそれらをつなぎ合わせて作り出す肉体と意識の流れを、ガレルは1ショットでやろうとしている、と言ったらいいのかもしれない。
単に物語を語るなら長すぎるにもほどがあるその1ショットの中で、俳優の表情が微妙に変化するそのグルーヴがこの映画のベースとなる。
カメラもまた、それをとらえようと微妙にピントを変えて、通常ならおそらくそのピントがあったところから使うショットを当然のように、その前から使うので、やはりどう見てもラッシュ・フィルムのように見える。
ショットの終わりもまた、フィルムの終わりまでしっかりと使う。
その上ところどころに、一瞬、たぶん一コマだけ、ショットの途中に黒味を入れたりするのはいったい何が意図されているのか。
それはまるで、カメラの瞬きのようにも見え、ますますそこに映っているものが、現実なのか夢なのか、本当に68年の出来事なのかよく分からなくなる。
しかも、当たり前のように流れてくるニコの歌声に聞き惚れていると、いやこのファンキーなパンクっぽいアレンジは80年代のニコではないか。
すべてが68年から70年までの出来事として処理されているはずのこの映画の中で、それだけが、ニコや「ヴェガス」という曲名を知らなくても、明らかに80年代初頭のNYを主張している。
などなど、あまりにゆったりと流れる3時間は、しかし、それを見る者が生きてきた歴史と思い出をそこに見事に環流させて、壮大な時間の流れを生み出す。

それに加えて、ちょうど先週末に送られてきた裸のラリーズのDVDを見たばかり(82年の慶応日吉のライヴで、私はそれを友人たちと共に企画したのだった)でもあり、いつ終わっても不思議ではなく、しかしいつまで続いていても不思議ではない彼らの音が生み出すものとガレルの映画の時間の流れとが、いつものようにオーバーラップして(しかもラリーズの衣装とガレルの映画の主人公たちの衣装は本当によく似ているのだ)、何かもう、他人事ではない親密さで、すっかり3時間を堪能したのであった。
しかしもちろんこの映画は、ある意味で「気持ちいい」そのグルーヴからさらに一歩を踏み出した宇宙の果てを、さらにそのグルーヴの中に引き戻そうというような映画であるわけだから、親密さに浸っているわけにはいかない。
途中のパーティのシーンで流れる曲をすっかり忘れていて、あとから確かめたところキンクスの「This Time Tmorrow」であったのだが、まさに、「今」と「明日」が併置される場所こそ、ガレルにとって「68年」と呼ばれる場所ではないかと思う。
そこには当然、青山の「こおろぎ」も生きているはずなのだ。

それから、書き忘れていたのだが、ビビアン・スーが主演して、ワイドショーなどでも騒がれている『靴に恋する人魚』は、なかなかよかった。
女性監督だし、いくつかのお伽噺をネタにしている可愛らしい映画、ということで片づけられてしまうこの映画だが、ソフト・ロック・ファンはとりあえず見てみるといいと思う。
そういった可愛らしい映画に、ヴァン・ダイク・パークスやブライアン・ウィルソンやジョン・ブライオンやらが音楽をつけた。
いや、本物ではないが。
ダニー・リャンという人が音楽担当。
しかし 経歴がまるで分からない。
台湾のロック状況はまるで分からないので何とも言えないが、あまり奇をてらわず、いい意味で素直に「趣味」がでているように思えた。
音量のバランスもいい。
ビビアン・スーの夫になる男の名前が「スマイリー」というのは、できすぎか・・・

そんなところに、UIPから、ヒュー・グラント主演でデニス・クエイドも出ている『アメリカン・ドリームズ』が上映中止になったという連絡。
9月9日公開予定だったというから、かなり急な話である。
いったい何があったのかよく分からないが、その代わりに『ハート・オブ・ゴールド』の公開決定!、みたいなお知らせが続けてこないだろうか。
あるいは、そんなにみたいなら我々は上映権を放棄するから勝手に権利をとって見て下さいと、上映権の放棄のお知らせとか。
まあ、イギリス本社のUIPはイギリスでの公開を8月に控えているわけだから、子会社の日本UIPだけが放棄する、というのは、契約の関係で不可能に近いのかもしれないのだが。
しかしいずれにしても、この状況の中でガレルの新作がしっかり公開されるというのは、奇跡に近い。
感謝。
公開は来年1月である。


7月24日(月)

土曜日のオールナイトの疲れと、夏休み進行の雑誌の締め切りとで、ヘロヘロ。
オールナイトの時もパソコンを持ち込んで原稿を書く算段だったのだが、さすがにそれもできず。
ちょっとだけできたのだが、その「ちょっと」が、本日のヘロヘロ状態では大いなる救い。
しかし月曜日は、あれこれの連絡事項も多数あって、つらい。

オールナイトは、佐野史郎&エンケン・トークから始まり、エンケン・ミニライヴでは、大いに盛り上がる。
ライヴから上映へとの繋ぎをあらかじめ仕込んでおいて、ちょうどギターの音がとぎれた頃にブザーが鳴ってそのまま上映に、という予定だったのだが、会場の盛り上がりのためブザーが聞こえず。
ブザーの音の風情も考慮に入れた演出は見事に不発(笑)。
だが、こういう不発なら良し。

NYAN01.jpg NYAN02.jpg

で、この日のオールナイト上映は、実はライヴだった。
オペレーター付きで、音質・音量をシーンごとに調整しながら行われたのである。
この日見た方々は、本当にたった1度だけの上映を見た、ということになる。
見逃した方は、またいつか、このようなことが不意に起こることをお楽しみに。

で、肝心の『ハート・オブ・ゴールド』だが、まだまだどうなるかまったくわからない。
希望ではこの日を仕上げにしたかったのだが、この日が始まり、ということになってしまった。
多くのニール・ヤング・ファンの方々のおかげで、各所にチラシやポスターが置かれ・貼られることになるだろう。
ただ、今の日本の映画の公開状況は本当に酷く、『ハート・オブ・ゴールド』の問題も、この映画だけに留まるものではない。
『キングス&クイーン』もそうだし、『Clean』もそうだし、アベル・フェラーラの『クライム・クリスマス』もそうだ。
普通に公開されて、当たり前のように見に行くはずの映画が、ますます公開されにくくなっている。
ニール・ヤングなんて知らないと思っている方々も、この問題はそれほど遠い話ではないということだけは分かっていただきたい。


7月21日(金)

『キングス&クイーン』の5週間にわたる昼の上映が終わる。
関わりだしてから7ヶ月。
本当に大変だったが、その分、多くの方々にお世話になると同時に、多大な迷惑もかけた。
いろんな方々にお礼とお詫びとをしなくてはならないのだが、個別にメールや連絡ができないくらい多くの人の協力を得ていたため、今それをやり始めると、その他の作業だけでなく私の体にも大きな影響が出てしまうので、本当に申し訳ないのだが、ここで一括してお礼を。
心からの感謝を込めて。

本日は、昼過ぎにイメージフォーラムに出向き、5週間のお礼と、今後のあれこれを話し合う。
レイトをどこまでひっぱるかは、この1週間の様子を見て決める、ということになった。

それと同時に、地方公開のブッキングも山場を迎えている。
今回はプリントを2本作ったのだが、その2本をパズルのように組み合わせながら、年内のスケジューリングをしていく。
ただ、以前から聞いていたのだが、ヨーロッパでは最近、「シアンダイ」と呼ばれている新方式の音声トラックを使った焼き付けが行われ始めていて、これはどうやら環境に配慮してのものらしいのだが、これを使える映写機とそうでない映写機がある。
2年ほど前、この方式に関して通達があった時点で、東京の劇場や試写室のほとんどはすぐにこの方式に対応したので問題はなかったのだが、地方の劇場はまだまだ未対応のところが多い。
未対応の場合、まったく上映できなくなるというわけではなく、さまざまな音の調整によってかろうじて上映できる、という具合。
フィルムが痛んでいてノイズが載っていると、上映が難しくなるのだそうだ。

『キングス&クイーン』の2本のプリントは、最初のものが従来の焼き付けで、2本目が「シアンダイ」で送られてきた。
したがって、地方公開の場合は従来のプリントがフル稼働することになる。
プリントを2本作った意味があまりなくなってしまうわけだ。
そこを何とか、シアンダイ対応の劇場をうまく入れつつスケジュールを組んでいくのがこちらのやることである。
でも、こちらの都合通りには行かない。
劇場には劇場の都合がある。
しかも、上映時間が2時間30分。
劇場の内部的なスケジュールでさえとりにくいのだ。
もちろん、何にもしないでガンガン人が入るような映画なら、話は別だろう。
あるいは、boidがこういうことを専門にやっている会社なら、もうちょっとうまくやれるのかもしれない。
だがそうではない。
単に素人が無茶しながらやっているだけなのだ。
地方劇場の皆さん、そこだけは分かって下さい。
と、今後起こるかもしれない粗相のお詫びをあらかじめしておく。

昨日の『ハッスル&フロウ』で、ひとつ書き忘れた。
近年のアメリカ映画において、主人公がこれほど堂々とさりげなく、当たり前に、それがその人と分かちがたく結びついている喫煙場面は本当に珍しいのではないか。
いや、もしかしてこのようなタバコの吸い方は、初めて観たとも言えるような、何でもない演出がされていた。
例えば『キングス&クイーン』で、乱暴にハンバーガーをかじり、食べかけのそれをポケットに突っ込むマチュー・アマルリックのシーンくらいしか思い当たるものがないのだが。
もちろん70年代のアメリカ・アクション映画には、こういったシーンが山ほどあったはずである。

7月20日(木)

青山の新作『こおろぎ』の初号試写を観たので、そのことを書こうと思ったら、メール・ソフトが突然、本日から遡って2ヶ月間のメールをすべて消してしまった。
あっさりと。
気がついたら、5月の日付のものが一番上に来ていたのだ。
やりとりの最中のものなど、すべてなくなり、こういう時のバックアップなど、補助的なことは時間の無駄と思って普段から何もやっていない私は、ひたすら呆然とするばかり。
もう何もするなということだと思うものの、やりかけの仕事は私ひとりの都合ではやめられない……などという責任感を持つことをやめなくてはならないということだと思う。
いい加減そろそろ、本来の無責任の怠惰で、残りの人生を無駄遣いしていきたいと思う。
ただまあ、そうなるには10年早いと思いもする。

中原から推薦されていた『ハッスル&フロウ』を観た。
ヒップホップの青春ものかと思ったら、全然違った。
ネタはヒップホップだが、めちゃくちゃヘヴィーなファンタジーになっていた。
『パンチドランク・ラヴ』は、空からオルガンが降ってきて、そこから主人公にとっての次の一歩が始まったのが、こちらは、浮浪者から手渡されるキーボード。
そこから、かつてそれを手にしていた自分を思い出し、新たな希望が芽生えるが、それは同時に地獄への道でもある。
身につまされすぎて、本気でもうboidをやめようと思った。
とはいえ、私はこの主人公の年齢をすでに超えている・・・新たな希望を持つことも絶望することもできない。

翌日はウェス・アンダーソンがプロデュースした『イカとクジラ』。
『ライフ・アクアティック』のあとこのタイトルだと、フィクションだと分かっていても海洋ドキュメンタリーかと思ってしまっていたのだが、これまた全然違う、小さなホームドラマ。
コッポラがこういう小さな映画を撮らなくなり、ウディ・アレンがヨーロッパに去ってしまっても、アメリカにはまだ、こんな映画がある。
しかも、主人公たちが育った背景が、そこから聞こえてくる音楽によってさりげなく、しかし確実に語られる。
例えばそれらの音楽を全く知らない人が聞いたとしても、それらが伝わるような曲を選んでいる。
過ぎてしまった時が本当に取り返しのつかないものであったことを改めて知らされる時の残酷さとともにあるギターの繊細な響きや、痛々しいほど薄っぺらであるが故にヘヴィな現実がそれを通して見えてくるようなストリングスなど、物語の流れの中に何となく添えられているように聞こえる音たちの雄弁さ。
誰もが普通にこういう映画を何となく見に行ける時代は、日本に訪れるのだろうか。

そんな『イカとクジラ』を見た後、ツァイ・ミンリャンの『西瓜』を観ると、さすがにうんざりする。
10分程度で終わってしまうような短い物語とひとつのネタを2時間に引き延ばし、「極端」さで装飾する。
その分かりやすい「極端さ」は、商売としてのサーヴィスではあると思うので私に言うことは何もない。
ただ、その徹底したわかりやすい「極端さ」は、『パビリオン山椒魚』にとって、脅威となるだろう。
冨永はこの映画をどう見るだろうか。

その後、偶然、岸野君に会う。
前から話は聞いていたのだが、いよいよスパークスの来日公演が決まったとのこと。
どうやら大変な苦労があった模様。
まだ現在進行形とも言っていた。
東京公演は1回のみ。
とりあえず仕事は無責任に放り投げて、駆けつけていただきたい。
こういうライヴと仕事と一体どっちが大切だと思うのか、生き方が問われている、などいう言い方はちょっと大げさすぎるかもしれないが。
http://www.outonedisc.com/

sparks.jpg

『こおろぎ』は恐るべき映画であった。
『西瓜』がやっていたような分かりやすい「極端さ」を、まったく普通のこととしてやっている、と言えばいいか。
その普通さとは、オリヴェイラの映画が普通であるように普通なのだ。
しかも、フェリー二のように賑やかに、『ロスト・ハイウェイ』のように歪んでいる。
形式的であること、雄弁であること、複数の視線があること、と、それらは言い換えられるかもしれない。
とにかくこれが当たり前、これが映画。
16ミリ撮影、35ミリのネガへのブローアップ、そして35ミリのポジ変換というフィルムの生成過程とアナログのDTSという音の微妙な広がりと偏在/遍在の仕方が、すべてこの物語と一体化して、こちらの目と耳を襲う。
とはいえ「こおろぎ」とはいったい何か?

いずれにしてもそんな理由で、メールの返信ができない人がかなりの数いる。
申し訳ない。
再度連絡をお願いします。

あと、遅れに遅れていた「ハート・オブ・ゴールド公開祈願チラシ&ポスター」が、土曜日に出来上がってくる。
ニール・ヤング・ファンの方々、チラシの配布、ポスターの貼り付け、可能ならお願いします。
バウスシアターか、boidまで連絡を。

いよいよ『キングス&クイーン』の昼間の上映は、あと1日限り。
見逃した方々、レイト続映期間はまだ決まっていないので、できる限りお早めに。
それから、デプレシャン発言集『すべては映画のために!』もよろしく。
実はこれがあまり売れていなくて、私としては、最終的にはこの本が仕上げのつもりだったので、本当に辛い。
すべてを未来に持ち越す、という風に理解することにするが、今の日本の状況では、ちゃんと売れない限り、未来はない。
その他のことは何とかうまくいったと思うのだが、これだけは本当に大失敗。
悔やんでも悔やみきれず。
これからでも遅くないので、買い逃した人、そんなものを売っているとは知らなかった人、劇場か書店、あるいは、boidトップページのリンクから版元の通販にて、ご購入をお願いします。
今更こんなことを言っても遅いのだが、それくらい忙しかったのだから、ご勘弁。
とにかく買って損はない本です。
デプレシャンの映画への思いが目一杯詰まっているだけでなく、次から映画を観るときの見方がまったく違ってくると思う。
つまり人生を変えられる本。

7月10日(月)

気がつくともう7月も10日が過ぎ、この間溜めてしまった仕事が山ほど。
気がつきたくなかったのだが、気がつかざるを得ない状況。
テポドン2号が東京に着地してくれることを願っていたのだが、これはまあ、試験の当日に学校が火事になってくれと願うしょうもない学生と同じ。
したがって、せっかく、体調回復のための早寝早起き宣言も1度も実行せぬまま、ただひたすら働くモードへ・・・
耳鳴り・目眩は治ったわけじゃないのにねえ・・・
結局ワールドカップは1試合もまともに観ることができなかった・・・

そんなところに『キングス&クイーン』、イメージフォーラムでのレイトショー続映決定!
とにかく、こういった告知を出す予算がないどころか、冗談ではなく私の貯金もすべて使い果たしているので、決まったところで何もできない。
そんな状態なので、昼の上映は21日まで、その後はレイトで続映という知らせを、是非、各地にお知らせしていただけたらと思う。
上映についての詳細は、オフィシャル・ページの「デプレシャン・スクエア」のコーナーにて。
レイト上映は長くやるわけでないと思う。
したがって、見逃している方はできる限り早めにお願いします。

また、地方公開もあれこれ決まった。
ただ、プリントが2本しかないのと、短期間で各地を回らねばならないため、スケジュール調整が大変になってきている。
この2,3週間でおおよそ決まってくるとは思うが、こういうときに上映時間が長いと簡単にはいかない。
レイトでできる期間が限られたり、昼間の上映では1日に回せる回数が減るので、その分の動員が見込めないと、劇場としては商売にならないのである。

昨日は、ようやく『ダヴィンチ・コード』を見た。
現在上映中のほとんどの映画を見ておらず、一体私の仕事は何なのかと本当に情けなくなるのだが、とにかくまずはロン・ハワード。
だが、噂通り、台詞によって次々に物語が展開するその早さに、全くついていけない。
ただでさえ、最近は字幕を読むのが面倒になっているのに・・・
しかし一番最後、ルーブルのピラミッドのところの透明強化ガラスの上にいる主人公と、そのガラスのずっと下にある棺桶だったかを見晴らすカメラの視線が出てきたところで、ようやくロン・ハワードを見た、という気分になった。
この、距離と高さの感覚を見せるときの、物体の配置の仕方が好きなのだ。
もちろんその後、確か、下方の棺桶へと降りていったカメラの視線は、その後、夜空へと反転。
そのことによって、天と地下との中間にいる主人公が、そのふたつを結ぶための記号であるに過ぎなかったということがはっきり分かる。
これまでのロン・ハワードの映画では、あくまでも主体は人間で、彼らが、そういった人間の範疇を超えたものを繋ぐ記号やシステムを作る、という物語だったのだが、これは自らがそれになるという物語であった。
『ビューティフル・マインド』で、天才数学者によって窓ガラスに描かれた無限大の記号こそ、今回のトム・ハンクスということになるのだろうか。
しかしまあ、すでに公開後だいぶ経っているというのに、劇場は8割の入り。
私のようなロン・ハワード好きならともかく、そうでない人にとってこの映画は本の確認以外に、どんな楽しみがあるのだろう。
それが気になった。

7月7日(金)

体調が少し回復に向かう。
フラフラしながら無理矢理出向いた昨夜の爆音調整、『ライディング・ジャイアンツ』の後半の、巨大な波の爆撃音が良かったのか。
とにかく劇場全体が揺れる。
波の中に飲み込まれたような衝撃。
思わず身体が震えたのだが、さすがにバウスのアンプも悲鳴を上げて、月曜・火曜の上映の際は、そこまでの爆音では上映できない。
爆音調整だけのお楽しみであった。
役得である。

たぶん、その波で、頭の中にへばりついていた錘が砕けたのかもしれない。
キーキーと頭の中がなるたびに壊れていたはずの脳細胞が、波の衝撃で元に戻ったのか。
とにかく、本日は夕方から徐々に視界が開けてくる。
この2,3週間、ずっと何かに覆われていたのだ。
もちろんまだ、ようやく視界が開けた程度で、これからリハビリである。

とはいえ夕方から、乃木坂のエクスナレッジにて、『映像のカリスマ 増補改訂版』の打ち合わせ。
その際、エクスナレッジの編集担当から、すべての初出を明らかにしたいとの意見。
オリジナル版に入っている中で、「変なことについて」という文章だけが、「初出未詳」になっているのだ。
黒沢さんも分からないらしい。
果たして本当にどこかに掲載されたのかどうかも謎、とのことだった。
で、この文章、心当たりの方はboidまで連絡してもらえたらと思う。
bakuon@boid-s.com

その打ち合わせの後、バウスに向かうために都営地下鉄に乗ったところ、聞き覚えのある声。
そう、『復讐 消えない傷痕』『蜘蛛の瞳』『ニンゲン合格』『回路』などに出演している菅田俊さんである。
直接本人を見るのは初めてなので、本当に本人かどうかは分からないのだが、顔は覚えられなくても声を覚えるのには自信がある。
しかもあの特徴ある声。
それにしても、でかい。
映画の中で見るときは、どこか気の弱そうな、でも強うそうな、その場に存在しているのが窮屈そうで常に居心地の悪そうな不思議な人だという印象が強かったのだが、ようやくその謎が解けた。
あのでかさ故のことだったのだ。
しかし、『映像のカリスマ』打ち合わせのあとのこの偶然はいったい何だろうと、不思議な気分でバウスへ。

そして爆音『ロード・オブ・ドッグタウン』の終盤を堪能。
この映画、この大きさの音が「普通」だと思う。
『デーモンラヴァー』の時もそうだったが、この映画も、これくらいの音での上映が当たり前。
「オールドマン」「マギー・メイ」「ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア」の絶妙な使い方。

見終わって、受付にいると、声をかけられる。
見ると西島秀俊君である。
時々爆音上映を見に来てくれているという話は聞いていたのだが、本当に現場で会うと、さすがに驚く。
ありがたい。
そして何という黒沢つながり・・・
西島君は、『LOFT』の試写を見た後、爆音『ロード・オブ・ドッグタウン』に来てくれたのだった。
その後、やってきていた中原たちも一緒になって、軽く食事。
その席で、中原から、本日発売のECDのシングル「クリスタル・ヴォイジャー」は、ECDが昨年の爆音サーフの『クリスタル・ボイジャー』を見て作った曲だという話を聞く。
「クリスタル・ヴォイジャー」はこちら
これまたありがたいというか、嬉しい話である。
こんな形で何かが伝わっていくのは、本当に爆音冥利に尽きるというもの。
こういうことがあると、いくら赤字になってもやめられない(笑)。

そのECDの音をを2年ほど前に教えてくれたAmericoの西岡さんから、ちょっと前にAmericoのCD-Rが届いた。
4曲入りの大人のおねーちゃんのロックンロール。
いつの日か、というか今すぐにでもアレックス・チルトンと共演して欲しい。
4曲目、緩やかなギターのうねりとともに聞こえてくる「真っ赤なバラはいらないわ ダイヤモンドも欲しくない 何にも言わずにあなたのベッドに私を連れてって」という、そんな歌を聴かされた日には、たまったものではない。
名曲。
CD-Rなので普通のCDショップには売っていないと思うが、円盤にて発売中。

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で、さらにその西岡さんから紹介されたスズキジュンゾ君の参加するオムニバスアルバムも届いている。
スズキ君のライヴはまだ見たことがなく、このCDで初体験だったのだが、これもまた、なるほどと思わせられる音。
おそらくスズキ君はギターの演奏がメインなのだろうが、ここに収められている歌がいいのだ。
一般的に言えば、特に声量があるわけでも歌がうまいというわけでもないのだろうが、何故この歌詞をこの演奏にのせて歌わねばならぬのか、そのことの意味をはっきりと掴んでいるように思えた。
言葉の持つ音を声にしているといったらいいのかもしれない。
もちろんそのために、ギターの演奏は絶対に必要なのだ。
こちらは、ここにて 、『四次元ツイスト』というオムニバスCD。

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7月5日(水)

耳鳴りと目眩が本格的にへばりつき始めた。
こうなると、最低でも1ヶ月はどうにもならない。
ただとにかく、『ハート・オブ・ゴールド』公開祈願ニール・ヤングDAYSをなんとかして、『映像のカリスマ』を仕上げ、『キングス&クイーン』の地方公開の決定までは、どうにか持ちこたえねばならない。
その後、2,3ヶ月はじっとしている、ということだけを頼みに、1日おきくらいに活動している。
そのため、多くの人への連絡が滞ってもいる。
打ち合わせのキャンセルも相次ぐ(笑)。
『二十歳の死』のモーニングショー告知チラシも、何の連絡もしないまま、送りつけてしまっている。
申し訳ない。
そんな事情なので、苦笑しつつも、各所への配布をお願いします。

それから、『キングス&クイーン』は、当初4週間の公開ということで始まったのだが、好評につき、5週に延びた。
ただ、劇場のその後の予定は決まっているので、とにかく7月21日まで。
週末に、と思っている方々、週末の2回目(3時30分からの上映)は、かなり混み合ってしまうと思うので、できれば、初回か最終回に。

ニール・ヤング『ハート・オブ・ゴールド』公開祈願オールナイトも決定した。
70年代は日本のニール・ヤングと呼ばれたエンケンさんの登場である。
中学時代、確か、遠藤賢司を通してニール・ヤングを知ったのではなかったか。
いずれにしても、中1の夏だったか、「孤独の旅路(ハート・オブ・ゴールド)」は、日本でも大ヒットして、そこら中のラジオから聞こえてきたものだった。
ただ、映画『ハート・オブ・ゴールド』は、そういった懐かしものではなくなっているはずだ。

6月26日(月)

『キングス&クイーン』は2週目に入り、1週目より入場者が増えてきた。
いい傾向。
大変だった宣伝活動もこういうことがあると報われた気がする。
でもすべて、この映画の力。
そして、あれこれと地道な協力をしていただいた方々に再度お礼を。
ここまで来たらもう一押しで一気に広がる感じもして、さらにもう一がんばりすることになる。
デプレシャンの第1作『二十歳の死』のモーニング上映が確定。
詳細はキングス&クイーン・オフィシャル・サイトにもうすぐアップします。

土曜日のオールナイトは予想以上に多くの方々が来場。
ワールドカップと重なるし、一体どうなることかと思ったが、これまた一安心。
ただ、レイトの『ウォーク・ザ・ライン』は、完敗。
サーフィンの方は昨年の反省から、今年は1作品の上映日を少なめにスケジュールを組んだのだが、『ウォーク・ザ・ライン』は何とかなるだろうとちょっと油断していた。
しかも、オールナイトの時もそうだったのだが、どうやら、ジョニー・キャッシュ自体がまるで知られておらず、劇場に「ジョニー・キャッシュとは誰か?」「ディランとはどういう関係なのか?」という問い合わせが結構来ているらしい。
確かに日本での知名度は本当に低いから、当然といえば当然であった。
ただ、ロードショーはやったばかりだし、DVDも発売になったばかりで、それなりの宣伝もしていたはず。
それがディラン・ファンにはあまり届いていなかったということなのか、あるいは音楽が細分化されて、それぞれのミュージシャンの横のつながりをたどることができなくなっているのか。
いろんなことを考えされられた。

とはいえ目の前の『ウォーク・ザ・ライン』。
確かにミュージシャンの伝記映画とはいえ、物語がメインだから爆音で聞く必要はないといえばないのかもしれないが、あの「コカイン・ブルース」のシーンは、思わず足が動いてしまうんだけどなあ・・・
いずれにしても、今後は作品選考の基準の更なる検討が求められるところである。
こちらも、いろんなことを考えさせられた。

6月23日(金)

昨夜の『ノー・ディレクション・ホーム』爆音調整の疲れのためか、終日、ひどい耳鳴りと目眩。
最初のうちは何とか仕事もしていたが、夕方近くになるに連れ、そこには聴けも加わり、もう、モニタを見ているだけで世界がグルグルと回り始める。
たまらずダウン。
以後のメールは、子どもに代筆を頼む。
口述筆記状態。

『ノー・ディレクション・ホーム』の爆音調整は、きざトラブルもあり、長時間に及んだ。
一度バウスでやっているので、それを調整していけば、それなりにあっさりと終わるのではないかという予測は大ハズレ。
機材トラブルの調整で2時間ほど。
さらに、オールナイトのみ特別上映する、「ライク・ア・ローリング・ストーン」の調整が難航する。
なにしろ、元々の素材の音が、かなり悪いのだ。
『ノー・ディレクション・ホーム』の中では冒頭に使われたライヴの演奏。
声は割れている、オルガンの音はキンキンするばかり。
全体をかなり低音域に移し、ようやく形になる。
最初、『ノー・ディレクション・ホーム』を観た時に、スコセッシはどうして「ライク・ア・ローリング・ストーン」を全曲使わないのだろうと思ったのだが、理由がはっきりと分かる。
「ここぞ」というところで一部を使うしかないような、録音状態だったのだ。
本編の方は、昨年末に上映した時より、かなりパワーアップする。
マイク・ブルームフィールドのギターが野獣のように暴れる。
それは、オリヴァー・ストーンの『ニクソン』の中で、ホワイトハウスのリンカーン像のまでのニクソンと女子学生との会話を思い起こさせる。
そのとき女子学生はアメリカを野獣に喩え、ニクソンを感心させたのだが、ブルームフィールドのギターはまさにそんな「野獣」として、画面を占拠するかに見える。
しかしスコセッシはそれをほんの一瞬しか使わない。
何故だろうか?
ここも音質の問題が起こったのだろうか?
いや、そうではなく、それは「野獣」ではない、ということを示したかったのではないだろうか。
その後に続くインタビューで、ディランは「僕にはあんなギターは弾けないからお任せなんだ」みたいなことを語る。
そしてそのギターに乗って、歌う。
決して狂暴な歌後ではないのだが、ディランの歌がブルームフィールドの暴れるギターをコントロールしているというより、そのギターの狂暴さが放っておくとどこに行くか分からないディランの歌にある種の道筋を与えているような印象を受ける。
つまり、ディランが調教師でブルームフィールドが野獣なのではなく、その逆ではないか。
スコセッシによって選択されたニューポート・フォーク・フェスティバルの映像は、そんなことを思わせる。
いずれにしても、この野獣のようなギターを聞くだけで、爆音の価値がある。
もっと早くこういった調整ができるなら、このようなことも事前に告知できるのだが、それは物理的に無理なので、結果的に事後報告となってしまう。
残念な限りだが、見に来てくれた人にはその凄さは伝わると思う。
私自身、観客としてオールナイトはもはやNGな年齢なので、何とか昼間の時間帯で、再度爆音『ノー・ディレクション・ホーム』をやれたらと思う。
それを見ていただけたら、もう見たからといって安心していると大間違い、ということが分かるはず。

6月21日(水)

雨のためか、体調最悪。
耳鳴りと脱力感。
最低の一日を過ごす。
どうしても連絡しなければならないところだけ、ボチボチと連絡を入れ、あとは脱力と耳鳴りの中でも出来る仕事を延々と。
夜は、本来なら青山の新作『こおろぎ』のゼロ号試写に行くはずが、キャンセル。
体が動かない。

しかもその上、今週末からの爆音月間のチラシに書かれていたboidのHPのURLが、引っ越し先のURLになっていたことが判明。
チラシを作った頃は、いくら何でもチラシが出来上がる頃には引っ越しができているだろうと思っていたのだ。
未だそれもままならず。
このチラシを見てアクセスした人は、テスト用のデータしか現れず、一体どうしたことかと思っただろう・・・それも、チラシ配布からすでに3週間ほどが経っている・・・
全面リニューアルしてから筆耕そうと思ったのが間違いだったか。
しかし、いくらなんでもそれも出来ないくらい忙しかったこの数カ月を思うと、さらに脱力感が増す。
年明けには引っ越そうと思っていたんだよなあ・・・

でもまあ、脱力していても引っ越しは出来ないので、とにかく今のままのデータを、そっくりそのまま、新URLの方にもコピーしておく。
全面リニューアルしてから、という予定はなかったことにする。
ただ、そのまま移しただけなので、外部へのリンクなどが切れているところもあり。
もちろんそんなことを気にしている余裕はない。

6月20日(火)

今週から、体調を整えるために出来る限り午前中に起きて活動するつもりでいたのだが、昨夜の爆音調整が深夜に及び、早々にして挫折。
するはずだったのだが、睡眠4時間ほどで、10時くらいに目覚めてしまう。
まあ、2度寝するわけにも行かないので、起きてあれこれ仕事。
いくらやっても終わらない。

夕方からは、イマジカにて、到着したばかりのゴダール『映画史特別編 選ばれた瞬間』。
字幕は付いていないが、ゴダールの場合、特にこの映画史の場合、字幕を読んでいると何も見られなくなってしまうので、字幕なしならなしの方が潔くていい。
本日は、フランス映画社柴田さんの特別の計らいで、音量をアップ。
その上、途中でさらに上げていただく。
6章以降の音の広がりをたっぷりと堪能する。
しかし、やはりこれは、以前日仏で上映したものとはまったく別物(に聞こえる)。
音の動き、位置関係、まとまりと広がり、低音と高音、ノイズとエコーなどなどが、まさに『映画史』をダイナミックに形作っていく。
恐るべき構成。
かつて、冗談で、『映画史』シリーズを爆音オールナイトで一挙上映というようなことを話していたことがあったのだが、やはり本当にやらねば、という思いに駆られる。
『映画史特別編 選ばれた瞬間』は、7月から8月にかけて行われるシャンテ・シネの特集にて、上映される。
詳細はこちら


6月19日(月)

すっかり報告が遅れてしまったのだけど、『キングス&クイーン』は無事初日を迎えた。
とにかく、昼間の通常の劇場公開映画の配給も宣伝もやったことはなくて、何にも分からないままだったのだが、何とかここまで来ることが出来た。
最初は、「素人」のままぶっちぎる予定だったのだが、状況が許してくれなかったのが大誤算。
引き受けた方が悪と言えば悪いので、それもあまり抵抗せず受け入れてやってきた。
しかし さすがに許容範囲を超えていた。
いやはや。

その間、多くの方たちにさまざまな協力をしていただいた。
多謝。

公開後は、励ましのメールや感動のメールも届いた。
すべて、『キングス&クイーン』の素晴らしさ故のお便りである。
あとは、厚かましいお願いだが、この映画の力に打たれた方たちが、ひとりでも多くの人にこの映画のことを伝えていただければと思う。
もはやそれだけが頼り。
疲れと、たまった仕事の処理などでどんどんと時間が過ぎ、いただいたメールに返信できていない方もいる。
申し訳ない。
この場でお詫びを。

本日は、夕方から、ニール・ヤング絡みで北中正和氏に会う。
『グリーンデイル』以来、あれこれとニール・ヤング関係を手伝っていただいているN氏の紹介。
『ハート・オブ・ゴールド』の上映運動への協力をお願いするためである。
だったのだが、私はあまりのバタバタ状況で時間に遅れそうになり、慌てて家を飛び出したため、名刺も忘れる、用意しておいてくれといわれた資料も忘れる、しかも、かなりの人格崩壊状態であたふたするばかり。
N氏のフォローにより、何とかその場は成立。
北中氏も、こちらのあれやこれやの話を穏やかに受け入れてくれ、本当にありがたかった。

というわけで、爆音。
今週末からである。
本日夜は、『ウォーク・ザ・ライン』の音響調整。
クライマックスの「コカイン・ブルース」に向けて、ジワジワと音が出来上がっていく。
持病の耳鳴りはまだ十分残っていて体調は最低なのだが、音のバランスがうまく行き始めると本当に心地よい。
音は耳だけで聴くものではないことを、再確認する。
しかしこの映画のホアキン・フェニックスは本当にいい。
深夜、11時過ぎからの2時間20分近くを、思わずたっぷりと堪能してしまう。
24日のオールナイトは、『ノー・ディレクション・ホーム』との2本立てになるが、その2本を続けて見ると、今何故これらの映画が作られたか、はっきりと分かってもらえると思う。
ただ、boidが上映する、こういった「アメリカ」絡みの映画は、まったく人が来ないので、10人くらいしか来場者がなくてもそれはそれで良し、という覚悟は決まる。
動員とか気にせず、やりたい映画ややるべき映画を単にやり続けていくのが、やはりいいなあと思う。
年に1度はヴェンダースの『さすらい』を、とか。
チラシも宣伝も一切なしで、バウスとboidのHPに告知を載せるだけ。
なんて事を考えるのは、やはり疲れているからだろう。

6月16日(金)

左半分の耳鳴りを抱えて、打ち合わせ多数。
ニール・ヤング『ハート・オブ・ゴールド』公開祈願Tシャツも、アメリカのニール・ヤング・オフィスから正式に許可が下りたので、公認Tシャツとして販売することを決定。
また、7月22日には、急遽、オールナイト上映を行うことも決定。
詳細は来週末には発表できると思う。

黒沢さんからは、『映像のカリスマ』改訂版に入れるためのいくつかのシノプシス、及び、『ドレミファ娘』のNGカットのスライドを受け取る。
35ミリかと思ったら16ミリだった。
編集作業用に16ミリに直したフィルムの、結局使わなかった部分のいくつかのコマを切り取ってスライドにしたとのこと。
これは、オリジナルの『映像のカリスマ』にも掲載されているので、本を持っている人にはすぐ分かるカット。

などなど人と話いていると、どんどん耳はひどくなり、夜は早めに帰って、食事をした途端、寝てしまう。
目が覚めたら、セルビア・モンテネグロがアルゼンチンにこてんぱんにやられた後だった。
W杯を見る余裕がまったくない。
それどころか、原稿のためのビデオも見ることができない。
月曜日朝までの締めきりなのだが・・・
明日は、いよいよ初日である。
知り合いたちからさまざまなメールが到着している。
みんな、最初の週末あわせで劇場にやってきてくれそうな感じ。
初日は、知り合いしか来ていなかったらどうしよう、というネガティヴな妄想もわき上がる。
いずれにしても、もう、どうにもならない。
何故かTVブロスの「合コン特集」に紛れ込んだ『キングス&クイーン』の記事を、みんな読んでいるのが笑えた。

6月15日(木)

先週末から、持病の耳鳴りと目眩が発症して、ほぼ廃人生活を送っていた。
こればかりはどうにもならない。
すべてを放棄することでようやくなんとか持ち直す。
ようやく半分人間といったくらいに回復。

で、気がつくともう、初日直前。
慌てて、知人・友人・親族その他にメールを送る。
最後の悪あがきである。

日仏や試写で『キングス&クイーン』を見て、気に入っていただいた方々、とりあえず目の前の知り合い・友人たちに一声お願いします。

で、気がつくと、爆音もあと1週間。
こちらは一体どうなるのか・・・

黒沢さんからは、『映像のカリスマ』のボーナス用のシノプシスの一部が届く。
『アカルイミライ』の初期シノプシス。
これがまた面白い。
それに加え、『大いなる幻影』の初期シノプシス、映画化されなかったものの、どこかで『アカルイミライ』『大いなる幻影』以降の映画にはっきりと影を落としていると思われる、いくつかの未発表作品のシノプシスを収録予定。
かなりのボリュームになり、『映像のカリスマ+1』 といった、ボーナス・ディスク付きの2枚組アルバムのような本になるかと。
表紙をどうするかが、課題として残される。

梅本さんからは新刊本が送られてくる。
この10何年かの、梅本さんの活動の集大成。
いろんなことが思い起こされる。
子供が生まれ、子育てパパをしていた頃とちょうど重なって、何とも感慨深い。
この本に示されているような、梅本さんの映画=批評=人生といった活動がなかったら、今の私はこんな事をはしていなかっただろう。

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梅本洋一「映画旅日記 パリ-東京」→

6月6日(火)

しばらく日記をさぼっていると、いろんな人から心配されたり、宣伝担当からは何も書かないと宣伝にならないと怒られたりする。
でもまあ、本当にあっという間に朝になり、疲れ切って寝る、という生活なので、日記を書く気力と体力はまるでなし。
風邪などひかないのが不思議なくらいで、それはそれでいいことなのだろう。
黒沢さんからは「ビジネスマンの目になってますよね」とからかわれる。
確かに、映画の配給・宣伝は、「儲けよう」という野心が何よりも必要だということがよくわかった。
かつて『リア王』をキャノン(『悪魔のいけにえ2』から『ラヴストリームス』まで、多様な作品を製作)の製作で作ったゴダールは、キャノンのふたり組(名前は失念)について、自らの容量以上に身体を膨らませるカエルのようだと、皮肉半分賞賛半分で語っていたように記憶しているが、そんな生き方が何よりも求められているように感じる。
というか、多分、そうでないとやってられない仕事である。
デプレシャン映画に登場するエマニュエル・ドゥヴォスは、いつもそんな役割を背負っていた。
だからやはり、『キングス&クイーン』の主演は彼女でないとならなかったと思う。
ちょっと上を向きながらあごを突き出して、見下したように相手を見るあの視線。
あれは、映画そのものを表しているのではないだろうかと思えてならない。
土曜日のオールナイトで『そして僕は恋をする』『魂を救え!』を見た人たちは、どんな感想を持っただろうか?

それから、長らくお待たせしていた『映像のカリスマ』の復刊が決まった。
8月20日発売。
オリジナル版に加え、未発表のシノプシス、海外プレスによるインタビューなどが入る。
それだけでもかなり面白く、読み応え満点。
実はさらに面白く読み応え満点のものがあったのだが、これは「おまけ」としてはあまりにもったいないので、いつか機を見て単行本にしましょうと約束する。

あと、ダグラス・サーク関係でも良い知らせが入る。
まだ確定ではないので公表は出来ないが、もしまだインタビュー集を買っていおらず、でもサークの作品が見たいと思っているなら、とにかくインタビュー集を買っていただきたい。
すでに買った人ももう一冊。
本を買うことと作品を見ることがどんなつながりがあるかと思うかもしれないが、確実に繋がっているのだ。
本を買うための3000円の投資が、いずれサーク作品を我がものにできる日を呼ぶのである。
しかもどちらもこれまでの人生を変えるほど面白いのだから、こんな安い買い物はないと思うのだが!

5月19日(金)

自業自得なのだが、もう、本当に身動きとれず。
『キングス&クイーン』とニール・ヤングとダニエル・ジョンストンと『映像のカリスマ』と、それから、日々を生きていくための労働に全力を出しているうちに1日が終わる。
完全にエネルギー切れ。
おかげで多くの人に迷惑をかけている。
いろんなところに遅れが出ている。
金曜日の夕刊は、腹が立つので見ないことにしていたのだが、ついうっかり見てしまう。
たくさんの映画の広告。
『キングス&クイーン』はこういった広告も出せない。
多分、それらの1回分の広告代と『キングス&クイーン』の宣伝費すべてが同じくらいかと思うと何ともやりきれない。
でも、最後の一押しで、いわゆるコメントチラシを作ることに。
boid.net など間違っても訪れない人たちを、なんとか『キングス&クイーン』に。

6月下旬から1ヶ月間、久々の爆音企画を行う。
ディランからジョニー・キャッシュ、サーフィン、ニール・ヤングという並びである。
サーフィンは昨年のリヴェンジ。
今年は『ロード・オブ・ドッグタウン』がメイン。
近年まれに見る堂々とした青春映画になっている。
やりすぎず、しかし、卑屈になることもない。
途中、何度も流れるピンク・フロイドの曲「Wish you were here」のカヴァーやロッド・スチュワートの「マギー・メイ」が、老いと若さとの残酷な対比を、あくまでも優しく伝える。

昨日は、テリー・ギリアムの『ローズ・イン・タイドランド』を見た。
演技派の少女が出る映画は基本的にまったく受け付けないのだが、なんとか耐えられたのは、早く死にすぎるのが気にくわないのだがそれでも死体となって延々と出演(?)し続けるジェフ・ブリッジスのおかげ。
本日は、『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』。
ニール・ジョーダンのプロデューサーであるスティーヴン・ウーリーの監督作。
やはり、プロデューサーの作った作品、という感は否めない。
だが、一方で、音楽好き故に後先考えず作ってしまったという部分も見えて、ほほえましくもあった。
物語のポイントは盲目。
ブライアン・ジョーンズと共に、片方の目が見えない男が主人公なのだ。
ティム・バックリーの『グッドバイ・アンド・ハロー』のジャケットがちょっとしたお楽しみとして機能している。

深夜、あまりのエネルギー不足に、ついにCD化になったウォーレン・ジヴォン『炎のLA』を、ひとり爆音してなんとか元気を出す。

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5月17日(水)

昨日はあまりの頭痛のため、渋谷の舗道で動けなくなる。
ちょっとでも気を抜いたらそのまま崩れ落ちるという寸前で、踏みとどまり、冷や汗をびっしょりかきながら帰宅。
以前は頭痛などほとんどしたことなかったのだが、この10年くらいで体質が変わったのか、時々起こる。
でも今回のは最悪。
さすがにもう、何も出来ないと思った。

まあそれでも一晩寝れば、少しは回復。
今日は今日で、またもやあれこれ。
あっちで打ち合わせ、こっちで無駄話。
いずれにしても、ちょっと楽に構えて行くしかない。

先日、ディスク・ユニオンに寄ったら、デヴィッド・ブルーのアルバムが紙ジャケで日本盤になっていた。
いやあ、もう、なんでも出る。
そういえばウォーレン・ジヴォンも紙ジャケ日本盤になっていたのだが、本日HMVに行ったら置いてない。
やはり見つけたときが買い時。

しかし、CDはこれだけどんどん出るのに、映画も確かにどんどんと公開されているのに、やはり見たいものが見られない。
この現象は一体・・・
別に贅沢を言っている訳ではないのだけど。
送られてくる試写状は山のようにあって、実際ものすごい数なのだが、かつては半分くらいの映画に反応できたはずだったが、今や、もう、ほとんどどれも試写状を見ただけで見たくないと思うような状態。
というか、まあ、これだけの数があったら、その半分に反応するだけでも大変なことになる。
いろんなものが過剰なのだろう。
そうそう、だって、『キングス&クイーン』の試写状を送ろうとしたときだって、送付先リストは3000以上。
いろんな人に聞くと、それでも少ない方なのだそうだ。
4000くらいは送る映画がほとんどとも聞いた。
これだけで20万円だからねえ・・・
日本に住んでるのが嫌になるが、致し方なし。

そうそう、『ハート・オブ・ゴールド』。
サンフランシスコ在住の方が、ブログにてこんな紹介を。
http://blog.drecom.jp/kikuchia/

フィルムは本当に不便で、CDみたいに簡単に持って来れないけど、でもこうやって、あーだこーだ言いながら、多くの人とやりとりするのも、「映画を見る」ということなんだろうと思う。

あと、下記URLにて、デプレシャンの映画美学校講座の一部を視聴可能。
http://kingsqueen.seebox.jp/
今後、いくつかの断片をアップしていく。
その言葉自体は、6月に発売される『すべては映画のために! アルノー・デプレシャン発言集』 の中にすべて収められているのだが、文字だけでは伝わりにくい発言のニュアンス、空気を感じ取ってもらえたらと思う。

5月12日(金)

とにかく働き続けている。
いろんなことが同時進行で起こっているから、めちゃくちゃ面白いのだが、面白がっているとすべてが大混乱になり、台無しになる。
で、結局、しょんぼりしているだけの時間が大半となる。
よせばいいのに、というか、必要に迫られて、これまでかかった経費とか、今後の収入の見通しとか大雑把に計算してみると、唖然とするような結果に。
ただそれでもこうやって生きていけるんだから、やろうと思えばなんだってできると思う。
見たい映画を見ることができないと文句を言っている人は、個人的にやってしまえば、できるものはできる。
会社でもなんでもない、単に貧乏個人商店であるboidがこうやってやっていられるのだから。

とはいえようやく見ることのできた冨永の『パビリオン山椒魚』を見ると、そんな個人的な運動もまた、結局は単なる運動に過ぎないことを思い知らされ、「忙しい」とか「貧乏」とかと、口癖のようについ言ってしまうこちらの思い上がりをガツンとやられた気分になる。
いくら何でもそれはないだろうと思うことがあまりに多くて、つい、それならこうやりましょうとか口走り、よせばいいのにいろんなことを引き受けた挙げ句、「忙しい」だの「疲れた」だのと愚痴ってしまうのは、そのどこかに、「それはないだろう」ということを知りつつ何もしない人たちへの怒りが込められているはずで、でも、何もしなくても何かをやっても人生は平等である、という残酷な事実を、この映画は見せてくれたのであった。
もちろんそれは、当然のように、それを作った本人にも降りかかるわけだから、冨永も相当な覚悟は必要だろう。

そうそう、3日ほど前、『ロフト』のプレスとパンフに掲載する黒沢さんへのインタビューを行った。
そこではまた、いくつかの衝撃的な事実が判明。
まったく本当に、どこまでも呆れた人であった。
いや、あくまでも計算高いのか・・・
謎が増すばかりである。

5月6日(土)

ついに床屋に行く。
髪の毛を伸ばすつもりなどさらさらなかったのだが、とにかく切りに行く時間が全くなかったのだ。
では本日はあったのかというと、結果的にはあったということになるのだが、まあ、やむにやまれぬ事情。
このままでは、本当に生活が成り立たなくなると実感し、何かを切り捨てていくしかないと決断したのである。
などとまあ、それほど大したものではないが、それくらい大したものだと思わねば行けないくらいにはなっていたということにしておいて欲しい。
うーん、誰に向かって言い訳しているのかよく分からないが。

GW中は、とにかくこれまでの遅れの時間差を出来る限り縮め、GW明けには通常営業、というつもりでいたのだが、さすがに甘かった。
かなりいい感じに近づいては来たものの、結局ずっと働き続けたから疲労は目一杯たまり、どこかで休まねばかなりヤバイ状態になってしまったのである。
とはいえそこで休んだら、GWを休んだのと同じ事になり、働き続けた意味がない・・・
というか、休むなんてとんでもないという状態でもあるから、単にこのまま疲労し続けていくしかないのであった。

5月4日(木)

昨日につづき延々と仕事。
荷造り、発送、荷造り、発送・・・
時々へばって倒れるようにして眠る。
その間に連絡があった方々には、返信も出来ず。
申し訳ない。

仕事の都合上、朝方に見た黒沢さんの『LOFT』はやはりめちゃくちゃな迫力があった。
絶対爆音でやりたいと思う。

5月2日(火)

朝7時くらいに寝たのだが、熟睡していたらいきなり目の前に閃光飛び散り、轟音響き、飛び起きる。
時計を見ると10時。
雷雨である。
近くに雷が落ちたらしい。
あとから聞くと、娘の中学の校庭の木に落ちて、煙が立ち上っていたと言うから、やはり、雷雨の時の木下の雨宿りは本当に危険である。
かといって、例えば山歩きとかしていたら、どこに逃げたらいいのだろう。
まあ、私はそんなことはまずしないから、心配には及ばないのだが。

しかしとにかくもうそれ以上は寝られず、出来上がった『キングス&クイーン』の前売り券を持ってイメージフォーラムに。
その後、宣伝打ち合わせがあり、プレイガイドに前売り券を卸しているメイジャーという会社に、2000枚の前売り券を届ける。
前売り券は、紙の問題なのか、2000枚あるとかなり重い。
ろくに寝られなかったこともあり、ぼんやりとしながら帰宅すると、イメージフォーラムからメールが。
50枚一つづりの前売り券が、ある束は40数枚しかないとのこと。
そのご、宣伝関係者に聞いたところ、前売り券のひと束の枚数が違うことはよくあって、だから、結局全部の枚数を数えてから、業者に卸すのが一般的なのだそうだ。
うーむ。
2000枚・・・
残りの手持ちは、明日、早速、娘に数えさせねば。
連休明けには、本日持っていった分と交換するしか方策はなし。
プレイガイドで売られている前売り券は、我が家の娘が数えたものだと想像しながら買っていただきたい(笑)。

夜は、『グリーンデイル』の時に手伝ってもらったニール・ヤング・ファンの方たちやバウス・スタッフなどと、『ハート・オブ・ゴールド』公開祈願ミーティング、第1回。
とにかく現時点では、こちらの手の届かないところにある作品なので、日本のファンたちがこんなに公開を待ち望んでいるのだということを、世間一般に知らせるところから始めるしかない。
何だかぼんやりとした、頼りない運動の始まりだが、まだ始まったばかり。
とにかく、急ぎで出来ることをやるのみ。

帰宅すると、『レッツ・ロック・アゲイン!』公開中の博多から連絡が。
なかなか動員が伸びてこない。
博多の劇場は、ビデオ上映設備がないにもかかわらず、あれこれ苦心して上映にこぎ着けてくれた。
その過程を知っていると、胸が痛む。
なんとか出来ないものか。
本日、今の日本の映画公開のやり方は、一気に拡大公開して短期間で多数を集めるというやり方になっていて、結果的にそれの方が動員数が伸びているという話を聞いた。
つまり、映画もまた、消費財、消耗品となりつつあるということだ。
『レッツ・ロック・アゲイン』も、東京での公開が2月で、しかも、最初の公開は2年前だから、その意味では完全に消費期限切れの作品となる。
だがこの映画の中でジョー・ストラマーが訴えるのは、「そこからが面白いのだ」ということである。
「レッツ・ロック・アゲイン!」とは、そのことである。
博多の皆さん、是非、劇場に!

5月1日(月)

いろんなことが、もうちょっとの所まで来ている。
ただ、いろんな意味で、GWが邪魔をして、もうちょっとが遠い。
あと1週間遅くGWが来てくれたら・・・

本日は黒沢さんがやってきて、『映像のカリスマ 2006 改訂版』にボーナスとして加える、10年以上前の、映画化されなかったシノプシスやら、原稿やら、シナリオやらを、ワープロのフロッピーからパソコンに読み込ませる。
リッチ・テキスト・コンバーターというソフトのおかげで簡単に読み込むことが出来るはずだったのだが、2DDのディスクはうまくいったものの2HDのディスクで失敗。
結局、どうやっても読み込めず、しかしこちらの方に、大量のお宝が眠っているのである。
再挑戦は次回に持ち越し、今回はそれらの読み込みは断念。

『映像のカリスマ 2006 改訂版』は、出来れば6月のシネマヴェーラの黒沢清大特集に間に合わせたかったのだが、本日の状況や、また、私の殺人的な忙しさもあって、これまた断念。
boidがバカみたいに儲かっていれば、社員を雇えるのだが・・・
ほぼボランティアの『キングス&クイーン』に数カ月間を費やしている現状では、無理。
黒沢ファンの方々、『映像のカリスマ 2006 改訂版』の完成のために、『キングス&クイーン』をよろしく!
ただ、こういう作業をちゃんと仕事として私の分のギャラも発生されられるようにまでしていかなければ次に繋がらないと、某女史に説教される。
これはほんと、確かにそうなのだ。
この状態では、こんな事もう2度と出来ない。
だがこれは、日本の映画宣伝が、いかに歪んでいるかの証でもある。
ガーンと全国公開する大手の映画は別にして、せめてミニシアターやそこに配給する会社の人たち、一度頭を冷やしませんか?


それから、『キングス&クイーン』のチラシ、ポスターが完成した。
例えば、学校の掲示板や部室などにポスターを貼ったり、近所のカフェにチラシを置いたり出来るという人、大募集。
下記のアドレスに一報くれれば、すぐに対応します。

queen@boid-s.com

あと、公式ホームページも、ようやく8割くらいが完成した。

www.kingsqueen.com

この中の「デプレシャン・スクエア」というコーナーは、フリーペーパー代わりのwebマガジンとして機能させる予定。
現在は、リベラシオン紙に掲載されたデプレシャンへのインタビューの抜粋、それから、1月の来日時の、東京日仏学院での、私と稲川さんと3人でのトークの全文が掲載されている。
今後、週に1回くらいのペースで、あれこれを更新していく予定。
批評や滅多に読めない読み物なども掲載していくのでお楽しみに。