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2003年 boid日記 2月

Text by 樋口泰人

2月28日(金)

情けないことに、またもやダウンしていた。
ちょっと体調が上向いてきたため、その間の遅れを取り戻そうとあれこれ仕事をしていたら、食欲中枢が変になり、いくら食べても満腹感がなく、つい食べ過ぎた挙句、突然何も食べられなくなってしまったのだ。
この2日間はおかゆ暮らし。
その甲斐あって、何とか持ち直したのだが、本日は、3月末公開のデヴィッド・クローネンバーグ「スパイダー」のパンフレット用の鼎談。
篠崎と田畑さん。
さすがにこの2日間は外に出ていなかったので、無事電車に乗れるかと心配していたら、本当に乗れなかった。
いや、財布を忘れただけなんだけど。
券売機の前で、呆然としてしまった。
そんなわけで鼎談には遅刻。
さらにショックなことに、鼎談が始まって早々、私がこの映画を全く別の映画として見ていたことが判明。
他人と違って見てしまうのはいつものことなのだが、今回の場合は、あまりにはっきりと物語の構造を取り違えていたので、さすがに呆れる。
もちろんクローネンバーグの映画なので、こういうふうな構造ですよ、というふうにはっきりと語られているわけではないので、私のような見方も十分に可能ではあるのだが、「一般的にはこういうふうに見えるし、見えちゃうし、それを想定して作ってあるよね」という部分を、私は全く見落としていたのである。
端からそれが目に入ってこなかった。
一般的にある種のものを示す記号を記号として、私は受け止められなかったのである。
受け止めた上で別の見方をした、というのではない。
田畑さんには、「映画を見たことのない人の見方みたいですねえ」と、あっさり言われてしまう。
いや、まったく。
具体的にはどんなことだったのか、パンフを買ってください(時には宣伝もしないと)。
篠崎は、「浅草キッド」が今度フジテレビの深夜枠で放映になるという事で、そのための再編集(時間枠に併せて短くするのと、CMへの入りのタイミングなどを調整する)で、相当大変なことになっている様子。
で、最後まで迷っている個所を相談されたのだが、1箇所は、オリジナルヴァージョン完成時にすでにカット済みだと私は思っていたところだった。
アテネでやったときにも見直しているのに、そのときは多分、私の頭の中で、カットして見ていたのかもしれない。
まあそんなわけで、篠崎の迷いも解決。
晴れ晴れとしたかどうかは分からないが、とにかく次の仕事に向かって走る篠崎(「刑事まつり」の宣伝)。
相変わらずあわただしい。

あと、先週の日記で報告した映画美学校で行う「ロスト・イン・アメリカ2」の経過報告。
やるのは6月くらいになりそう。
先走って「ロスト・イン・アメリカ2」とか書いてしまったが、もうちょっと映画学校の講座らしいものにする予定。
50年代くらいから、時代を追ってアメリカ映画を語り、そのことで「ロスト・イン・アメリカ」で行われた議論の前提を、明確にできれば、というところか。
1回2時間の講座を、1ヶ月間くらいで10回。
40名限定で10回25000円くらいという事になると思う。
1回ごとの参加はなし。
果たして40人集まるだろうか。
それぞれの内容に関しては、もう少しつめてから、報告する。
明日は、朝9時から、子供と「ロード・オブ・ザ・リング2」である。

2月20日(木)

ようやく体調快復。
どうやら、喉に何かのウィルスが貼りついて調子を崩していたところにアレルギーが加わって、変なことになっていたみたい。
アレルギー検査をしたところ、ダニと杉に反応。
喉がひどくなる調度その頃、家の前のアパートの取り壊し工事が始まっていて、多分そこからダニやらその抜け殻、死体などなどが大量に飛散していたのだろう。
だが、アレルギー検査の落ちはそこではなく、その検査のために塗ったアルコール消毒液に過剰反応して、左腕が真っ赤にはれてしまったことにあった。
単に酒が飲めないだけではなく、アルコール・アレルギーであったのだ。
何年か前、すりむいた傷口に消毒薬を塗ったところどんどんひどくなり、どうにもならなくなって病院に行ったことがあるのだが、あれはアルコールに傷口が反応していたのだという事がようやく判明。
今後うっかり怪我も出来ない。

先週末は、中原君のイヴェントで、DJをやった。
恵比寿のMILKというクラブのオールナイト。
一体私も、病気なんだか元気なんだか分からないが、とにかく轟音の中に一晩中いたその刺激で、喉が一気に快方に向かってしまうから不思議だ。
実は、その2週間ほど前からあばら骨も痛めていたのだが、そちらもそれを機に傷みが引いて行く。
なんだかねえ。
しかし、もう、この10年ほど、クラブなどには行ったことがなかったので、DJをやるよりクラブに入るときのほうが緊張した。
まあ、DJといっても私の場合はただかけるだけなので緊張も何もないのだが。
でも、あのような場所で轟音でかけると、フィル・スペクターがらみの人々がやっている音は、本当に細部の音が鮮やかに立ち上がってくるので驚く。
一体どのようなミックスをやっていたのだろう。

本日は昨年のカンヌで公開された短編集『Ten Minutes Older』というののトランペット篇を見る。
集まった監督は、カウリスマキ、エリセ、ヘルツォーク、ジャームッシュ、ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコー。
7人が約10分ずつ。
それを、トランペットが繋いでいく。
ただこういった短編集を見ていつも思うのだが、「繋ぎ」は余計だ。
単純にそれぞれの作品を並べるだけでは不安なのだろうか。
その「不安」が結局その短編集を小さくパッケージしてしまっているに過ぎないのだが。
まあ、それはそれ、ここの作品は、もう、才能のオンパレード。
それはそれで気持ちのいいものだ。
短編映画がヒットするのもよく分かる。
カウリスマキは、「過去のない男」といいこれといい、何か完全にギアチェンジしたようにも思えるのだが、どうなのだろう。
まあもちろん、やっていることは同じではあるのだが。
でも、違う。
侯孝賢ほど大きな変化を示すとは思えないが、次回作はかなりのことになるんじゃないだろうか。
その気配を見るためだけでも、この短編は価値がある。
その他の監督たちも、長編では感じることが難しい生の息遣いのようなものが漂っていて、それぞれ見ごたえがあった。
ジャームッシュは、いろんな意味でちょっときつい感じがした。
ゴダールやベルトルッチなどが参加しているチェロ篇というのもある。

夜、夕刊フジのサイトを見ていたら、5月に、「映画評論家専門学校」がオープンとの記事。
はあ。
とりあえず、ますます活動範囲が狭まるなあと、漠然と思うのみ。
「ミスター・ハイファッション」はあと1号で休刊だし。
明日は「ロスト・イン・アメリカ2」の打ち合わせ。
これはあとで活字になると思ったら大間違い。
ライヴでしかやらないから、boidと映画美学校の情報は要チェック。
詳細は順次お知らせします。

2月5日(水)

1月中からずっと痛んでいた右喉がかなり激しく痛み出し、つばを飲むのにも大変になった。
かつて経験したことのない嫌な痛みだったので、何とかおとなしく治って欲しかったのだが、どうもそういうわけにも行かず、病院へ。
昨年末から知り合い、親戚が、バタバタと病に倒れているので、いよいよこちらにも来たかと嫌な予感バリバリで診察されたのだが、結局のところ「よくわからない」というのが診察結果。
それほどの痛みを覚えるような腫れも炎症もほとんどない、とのこと。
でも痛いんですよ、ホントに、と訴えたのだが、ないものはないと言われてしまってはどうにもならない。
とにかく抗生剤を飲んでみて、それでも痛みが引かなかったらファイバースコープで精密検査、ということになった。
10年前、耳鳴りで倒れたときも同じ。
一体どうなっているのか。
まあ、私の場合、こうやってあちこちでワーワー言って大騒ぎをすることが厄払いになったりするので、案外抗生剤ですっきり治ったりするのかもしれないが。

昨夜は実家から電話がかかってきて、いよいよ私の祖母が危ないとの知らせ。
今年99歳になるのだが、昨年暮れ太股の骨を折り、手術のため入院していたのだが、足のほうは何とかなったものの入院先で肺炎になり、一進一退を繰り返していたのであった。
年寄りが骨を追ってそのまま入院先で病気になる、というのはよくある話で驚きはしないし、まあ、もうさすがにいい歳なんだから仕方ないという諦めはあるのだが、でも、100歳を目の前にするまで生きた挙句、骨を折り、過酷な手術をやり、しかも空調の悪い病院で肺炎になるという人生の最期とは一体どういうことかと、一言神様に文句も言ってみたくなる。
せめて静かに終わらせてあげたいと、今更願っても遅い。
ただ、この祖母の入院のため、祖母の子供たち(私の母の兄弟たち)が勢ぞろいして、交代で看病をしている姿は、年寄りがさらに年寄りの面倒を見るという痛々しさはあるものの、祖母の100年と子供たちの70年が重なり合う壮観で血の沸き立つような風景であった。
実はこの祖母、30年程前にも同じような状態になり(病気は違うが)、医者からも見離され、「後は家でゆっくり過ごさせてあげてください」と言われてから30年が過ぎてしまったという人で、まあ、今回もどうなることかと、私はまだ楽観視しているのだが。

2月3日(月)

何かぐずぐずしているうちにあっという間に1ヶ月以上が過ぎてしまった。
諸事情が重なり、それに一旦書くのを止めるとどうも勢いがつかなくて。
タネールの『アフリカからの帰還』みたいに、予告どおりロサンゼルスに行ってきました、とか言ってとぼけていようかとも思ったけど、あまりにバレバレだし……。
まあ、とにかくボチボチ復帰。
というわけで、『黄泉がえり』を見に、新宿スカラ座へ。
客層のほとんどが20代のカップルで、ところどころに30代、40代の男一人が、パラパラと。
「映芸」で『害虫』が1位になったので慌てて見にきたのだろうか、などと変な想像をしてしまう。
まあ、私もそのうちのひとりになってしまうのかもしれないが。
映画が始まると、これ見よがしの音楽と素早い展開に目を見張る。
確かこういうのは近年のアメリカ映画のダメなところだと、塩田君は言っていたようにも記憶しているのだが。
ただ私は、そういうのをやるならやるでそれは良し、と思っているのでそれなりに感心しながら見ていると、何組ものカップルや家族の小さなエピソードが適度な加減で物語の中に収まりつつ、一方で闇夜にヘリコプターが登場し、山奥の大クレーターを照らし出すというような大技も堂々と見せる安定ぶり。
私のように浮ついた人間は、こういったことで簡単にほろりとなってしまう。
ただ、最初から最後まで物語に関わってくる謎の歌手「RUI」の歌の曲調もそうなのだが、あれやこれやのいろんな要素が滑らかにつなげられて行く、その手さばきが気になる。
まさか皆に、泣けたよねえといって誉めてもらうためだけにこの映画を作ったわけでもないだろうし、誉められたからってそれがどうしたくらいには、塩田君だって思っているだろう。
最近私は、ほぼ2章節くらいのメロディだけで2分から3分を持たせてしまう省エネだが決してミニマリズムではないどころかひたすら大仰にその小さなメロディを膨らませる60年代リー・ヘイゼルウッドのあきれるような曲を、好んで聴いている。
ヘイゼルウッドのすべての曲が素晴らしいわけではないのだが、作ったフレーズの短さや簡単さに比べて曲全体の抱えている大きさの持つバランスの悪さ。
それでもそれは曲として成立してしまうし、それを一旦認めてしまうと、なんというか、そこで語られていることの小ささを、塩田君が恐れているような、そんな気さえしてしまうのである。
その恐れが、ある種の流暢さを呼び寄せているような……。
例えばあの物語のうちの一つのエピソードだけで2時間を語りきってしまうようなことはできなかっただろうか。
あるいは、石田ゆり子が蘇った哀川翔をせっかくなじるのだから、彼女だけは夫が恋しくて蘇らせたのではなく、ひたすらなじりまくるために蘇らせたのだとか。
ただまあ、とにかくこれは原作もあり、東宝という会社の映画の、雇われ監督のような形での作業になるわけだから、私などには想像もできないようなあれやこれやがあった末でのこの結果なのだろうから、あまりこのようなことを言っていても不毛でもある。
先日見たハイビジョンテレビ用のドラマもそうだったが、登場人物たちが振り返ったり、ふと違う場所を見たりする動作が示す、それまでの場所と視線の先にある場所とのコントラストによって、この2作は物語が語られていたように思う。
そしてその二つの場所の境界線は決して破られない、その絶望的な境界が確実にあるということが見る側の涙を確かに誘うのだが、そしてそれがそれなりにうまく機能しているから『黄泉がえり』はかなりのヒットとなっているのではあるが(崖下から車が吊り上げられた後、シーンが変わって血だらけの茶封筒が登場するシーンはさすがにドキドキした)、だがその絶望的な境界を、もっともっと絶望的に描くことはできたのではないかと思う。
また、『黄泉がえり』の場合は、境界線内の世界が物語の中心にあるわけだから、外部のない内部だけの物語として語ることはできなかったか。
コントラストで語るのではない、同じ視線の中に、二つの場所が入るような物語として。
例えば、誰か一人、消えて行く恋しい人のために自殺して後を追う者はいなかっただろうか。
ジェームズ・マンゴールドの『ニューヨークの恋人』みたいに。
うーん、やっぱり企画と脚本の問題か……、なんとももどかしい……。