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2002年 boid日記 1月

Text by 樋口泰人

1月28日(月)

あまりにいろんなことがガタガタになってきているのでまずは身辺整理からと、メール関係を整理していたら、連絡がないなあと思っていた連絡がちゃんときていることが発覚。
どうやら昨年の9月末からそういう状態が続いていたのだった。
全然関係ない連絡ならともかく、気にしていたメールをほったらかしにしておいてしかもそれが送られてきていること自体を認識していなかったのだ。
我ながらあきれる。
とともに大変申し訳ない。
昨年9月末以降、連絡したのに返事がこなくておかしいと思っている友人、知人、その他関係者のみなさまごめんなさい。

午後からは、「私立探偵 濱マイク 名前のない森」の初号試写(0号かな)。
boid.net 上ではタイトルを明らかにしておかなかった青山の新作である。
タイトルからも分かるように、永瀬正敏主演の探偵もの。
元々はテレビ・シリーズ用に作られたものの映画版である。
したがって予め数々の制約の中で作られた映画ではあるのだが、冒頭からそんなことはものともしていない。
これは「悲愁物語」かと見まごうばかりの空間のつながりを欠いたカット割り、「荒野のストレンジャー」を思わせる極端なカメラアングルから見られたリンチ・シーン、更に阪本順治の向こうを張って、原田芳雄を海沿いのタワーの上に昇らせる……。
などなど、いきなりぶっ飛ばしてくれるのだが、もちろんこれは、冒頭の「ご挨拶」のようなものである。
その後に続く物語の中で、これらの極端な画面が持続するわけではない。
したがってこれらは映画マニアのたちの悪いお遊びのようにも見えるのだが、タイトルにも含まれているようにこの物語が「固有名」の問題に関わっている以上、冒頭に様々な形で刻印された固有名の数々は、ある種の必然として、そこに置かれたのだと思われる。
そこにはおそらく私が思い浮かべた以上の固有名の数々が刻印されていたはずだし、しかしだからといってそれらすべてを共有できなくても、たとえばそこに一つの固有名を思い浮かべることが出来なくてもそれはそれで全く問題ないのだが、だがしかし、この映画の作り手としてはこの映画がそれらの数々とともにあることをまずはっきりと示さねばならなかったはずだ。
この冒頭の固有名の数々と、ラストショットの森の木々とが対をなしている。
この映画の英語タイトルは「A Forest with Noname」というのだが、実は「forest」ではなく「woods」にしたかったのだと青山は言っていた。
その「木々」と「森」の比喩を使って言えば、この映画は、1本の木として単体であるのではなく、木々の中の1本としてあり、そしてその総体としての木々が結果的に森となっているような、そんな映画としてのあり方を夢想されながら作られたのだということになるだろうか。
しかし、木は木々の中の1本であるにもかかわらず、そのようにあることの難しさが、この映画では語られていく。
だがその一方で、結局どのようになったとしても結果的にそれは木々の中の1本の木にしかなり得ないのだということも語れている。
それはシニカルに語られるのでもなければ、ニヒリスティックに語られるのでもない。
そこにはあっけらかんとしたユーモアがあり、権利と平等の意識があり、木々の中の木がそれでも木であることを見つめる繊細さ、つまり愛がある。
つまりこれらの木と木々と森が作り出すこの映画の風景は、9月11日以前でも夢想されていたものには違いないだろうが、確実に9月11日を通過して現実化された風景である。

夜はロン・ハワードの「ビューティフル・マインド」。
こちらは実在のノーベル賞受賞数学者の人生を元にした物語。
数学の天才であり、しかし、幻覚をも見てしまうという人物である。
いるはずのないルームメイトや彼に秘密の仕事を依頼する国防省の諜報部員など、彼の幻覚は現実と重なり合って、彼の世界を広げるとともに徹底して閉ざしていく。
「アポロ13」では、事故で絶体絶命の危機に瀕した宇宙船の、空気清浄機だったかを修理できるかどうかというのが生命維持の最大のポイントで、それは確か最終的に、丸い形の何かを四角い形の何かにうまくはめ込むこと(あるいは逆)によって解決する、その方法を巡って一刻を争うドラマが展開される物語であったが、今回は、無限大に広がる自己の可能性やら才能やらをどうやって一人の人間の中に収めるか、というその収め方を巡っての物語とも言える。
木でありながら森であろうとした男の物語ということになるだろうか。
もちろんそのことに彼は気づき、強い意志によって木々の中の木となっていく。
しかし「レインマン」のダスティン・ホフマンよろしく精神障害者の演技を披露する主演のラッセル・クロウの姿を見ていると、それもまた、人々の総体がイメージする精神障害者一般の姿のようにも見え、木々の中の木である木の輪郭は一気に薄らいでしまう。
では一体誰がやればよかったのだろうかと思ってみてもなかなか思い浮かばないのだが、トム・ハンクスならもう少しよかったのではないか。

1月25日(金)

ようやく昨日で、ベルリン映画祭での日本映画紹介用のパンフレットが校了。


出品作がなかなか決まらず、某作品など、おとといまで白紙という状態。
DTPでなければこんなこと出来ない。
でもそういった無茶がやれば出来てしまうものだから、やらざるを得なくなり、編集者とデザイナーは最後の仕上げでガタガタになる。
本日はこの間出来なかった諸々の原稿やら何やらに追われるが、夜は、地元高円寺ショーボートにてMOSTライヴへ。
グズグズしていたらすでに8時30分過ぎで、あわてて駆け込むと、ルインズが始まっている。
ルインズを聴くのは10年ぶりくらいか。
相変わらず手数の多い吉田君のドラミングに突然懐かしさがこみ上げる。
しかし何か、とても聞きやすくなっている。
ポップになったと言ったらいいか。
場内のノリも、以前とは何だか違っているような気もしたのだが……。
だがリミックスされて再発された吉田君のソロを聴くと、ポップになったと言うよりも、単純にCDでやっていることと同じ質の音がライヴでも平気で出せるようになった、というふうにも思える。
いい意味での洗練が、加わったということだろう。
しかし吉田君は今もまだ、石仏写真を撮っているという。
春にはイースター島に行くのだとニコニコしながら言っている。
今度石仏ビデオでも出そうかと、そんな気にもなるが、まあ、さすがにこれは……。
本日のMOSTは、山本さんの代わりに大友さん。
ギターをかきむしる姿はそれほど珍しくはないが、コーラスで絶叫する大友さんの姿はそうは見られないのではないか。
しかし満員の若者たちのほとんどは、そんなこととは全く無関係に踊る。
ただ今回は遅い曲を何曲かやったため、何となく居心地が悪そうにも見える。
それらの遅い曲がいい。
ミニマルミュージックのような短いフレーズの反復とその変容が、その遅さにスピード感を加えていく。
このバンドはこのまま行くと、ディス・ヒートみたいなことまでやり出すのではないか、などと勝手に妄想をふくらませる。

帰って仕事に取りかかろうとすると、ベルリン映画祭に「千と千尋の神隠し」というニュース。
どうやらコンペ部門への出品が決定したようだ。
何ということだ。
昨日まで、漏れの内容にぎりぎりまで粘って作っていたパンフにすでに漏れがでてしまった。
それもコンペ。
愕然とするが今更間に合わない。

1月7日(月)

パソコンはようやく何とか全面復帰。
ただ、完全な状態になったわけではないので、後々不具合がでてくるかもしれない。
と思っていたら、いきなりファックス機能が使えない。
モデム関係は復帰していたのだが、Outlook2000のファックス機能が作動しないのである。
Office関係のソフトは一旦アンインストールしていたので、再インストールし直して使い始めたのだが、確かにOutLookのファックス機能は最初が面倒だったことを思い出す。
わざわざファックス・ソフトを買うのもばからしいのでこれを使っていたのだが、最初の設定は、Officeの説明書を読んでも、ヘルプを見ても、具体的なことが書いてないのである。
設定自体は書いてあるのだが、その設定画面を出すためにどこをどうするか、ということが抜けている。
何とも思い切り偉そうな解説書でありヘルプなのだ。
前は確か、本屋さんでOutLook2000の使い方みたいな解説書を立ち読みして、そのやり方で作動させたのだが、すでにすっかり忘れてしまっている。
忘れた状態で、いざ何とかやろうとすると、まるで手がかりがないのだ。
学童保育から帰宅した子供の相手もせず、思い切り苛つきながらこの作業に集中していたら、妻の帰宅後、子供が妻に抱きついて反べそをかいている。
後から妻に話を聞くと、妻が帰ってきたときにはすでに泣いていたのだという。
どうやら、冬休みの宿題の書き初めの最初の文字を失敗して、その後どうしたものやらと困っていたらしいのだ。
それで私に相談しにきたところ、私がもう完全に怒り狂っていたものだからよけいに困り果て、一人で泣いていたのである。
妻が早めに帰ってこなかったらいったいどうなっていたことやら。
母子家庭、父子家庭の親子の苦労が、ふと頭をよぎる。
些細なことだが、取り返しのつかないことの繰り返しが、関係を歪ませていく。

夜、青山から新年最初の日記が到着。
昨年のベスト10が。
そういえば、年末に言われていたっけ。
確か、大寺もレビュー・コーナーでやりたいと言っていたような。
その件を青山に伝え損ねていたことを思い出す。
というわけで、青山日記のベスト10は、もしかすると行われるかもしれないboid.netレビュー・コーナーのベスト10の予告編ということで。
しかし確か、青山には、私も日記でベスト10をと言われていたような気もして、あわてて考えてみるが、どうも焦点が合わない。
年明けからの「うんざり」と「憂鬱」と「苛立ち」が、すべての焦点をぼかしてしまっている。
この際だから「憂鬱映画ベスト10」ということにしようと思い立つが、ほとんどそれに値するような候補作を思い出せない。
「月の砂漠」と「ミリオンダラー・ホテル」と「ワイルド・イノセンス」(あるいは「夜風の匂い」)と、あとは年末に見たデヴィッド・リンチの新作「マルホランド・ドライヴ」というあたり。
アベル・フェラーラの「ニュー・ローズ・ホテル」って、どこも配給しないのだろうか。


1月6日(日)

昼過ぎから黒沢家で「恐怖の映画史 パート2」のための最後のインタビュー。
直前までパソコンの調整に追われ目眩しながら黒沢家へ。
たどり着くと、すでに篠崎は到着していて、ビデオを見ている。
「ファイナル・デスティネーション」というビデオである。
ジェームズ・ウォン監督で、ちょうど1年ほど前に公開されたものだ。
篠崎も、当然私も黒沢さんも見逃していたものだが、これがなかなかすばらしいという篠崎の推薦により、いきなりの上映会から、インタビューはスタートしたのだった。
確かに無茶苦茶芸が細かい。
その細かさがあるときは空回りしつつ、突然暴走しつつ、しかし一方で、「わかりやすさ」として見事に機能している。
そんな「わかりやすさ」が必要だとは全く思わないが、こうやってわかりやすすぎる映画を見させられると、まあこれはこれですごいものだと、笑ってしまう。
しかし思い切りの飛行機嫌いの私に、年明け最初からいきなり飛行機が爆発する映画を見せるとは、篠崎もいい度胸である。
黒沢さんはインタビューの途中から、自宅だということもあったのか、あるいは床に直座りということもあったのか、半分横になりながら、話を進める。
その姿を見れば、私でなくてもミシェル・フーコーを思い起こすはずだ。
かつて、二人とも寝そべりながらの対談を行ったヴェルナー・シュレーターのように、こちらもその態勢につきあえるほどの器量があればよかったのかもしれないが、私と篠崎ではシュレーターにはなれない。
まあ、シュレーターになったからどうなるというものでもないのだが。
しかし、フーコーとシュレーターが寝そべりながら語る映画が「ファイナル・デスティネーション」だったりするという風景を想像すると、それはそれでいいものかもしれない。
とはいえ、「ファイナル・デスティネーション」はあくまでもおまけ。
世界は二つの渦巻きから出来ているという黒沢テーゼの検討から始まり、主題のトビー・フーパーに関する美しいまとめもあり、インタビューは無事終了。
その後は、例によって篠崎のお馬鹿映画企画と映画美学校の黒沢・高橋クラスで20日に行うというギャグ・イヴェントの話で盛り上がる。
この馬鹿話に当たったのか、帰宅後、胃のあたりが猛烈にいたくなり、もだえ苦しむ。

1月5日(土)

徹夜作業でパソコンの修復を終わりやっとこれで何とかなったと寝たのが昼過ぎ。
しかし夕方近くに起きて立ち上げてみたら、結局ほとんど状態は変わっていないということが判明し、愕然とする。
いったい私の徹夜作業は何だったのか。
パソコン関係の一切を捨てたくなる衝動を抑えるのに苦労しながら、次なる修復への道を探す。
明日は黒沢家で「恐怖の映画史 パート2」のための最後のインタビューがあるというのに、その準備も出来ない。
とにかく不完全な形で起動して、メールその他の整理をする。

1月4日(金)

帰京後、パソコンを立ち上げようとすると、どうにも立ち上がらない。
機能限定でドライバ類を選びながら立ち上げれば何とかなるのだが、とにかくこのやり方ではファックス・モデムが反応しなくなったり、全面にあるUSBポートが駄目になったりと、不便きわまりない。
これまでは、10分ほど再起動を繰り返すと何とか通常通り起動してくれていたのだが、もう完全に駄目になってしまった。
2002年の初仕事は、このパソコンの修復作業である。
パソコン自体が好きな人は、こういったことは結構楽しみの一つでもあるだろうが(そんなことはないか……)、何とも気の重い作業である。
Windowsは、いったんこういった事態になると、素人さんには手も足も出ない。
私のように中途半端にあれこれを知っていたりすると、泥沼にはまるばかりである。
とにかくデータのバックアップから始めたのだが、それだけでうんざりしてしまう。
2ヶ月ほど前に読んだジョー・ストラマーのインタビューで、パソコンとつきあうために使う時間がばかばかしいから自分ではパソコンを使わないという発言があって、「確かに」と笑っていたのだが。

1月2日(水)

子供が今度の夏休みの自由研究で家系図を書きたいというので、その予備調査のために、近所にある母親の実家へ。
母親の母親、つまり私の祖母、子供にとっては曾祖母がまだ生きていて(97歳)、何か話を聞けるかと思ったのだ。
だが、さすがに、普段の生活ではボケているとは思えない祖母だが、もう昔のことはほとんど覚えていない。
というか、こちらが聞きたいことと、祖母の記憶とが全然一致しないのだ。
多分もうちょっと時間があり、ゆっくりと集中して尋ねれば、そんな様々な断片から何かが浮かび上がってくるのだろうが、正月気分でみんな浮かれている中ではどうにもならない。
しかしどうやら叔母たちが、一家の祖先について調べたということが判明する。
叔母の話によると、私の母方の祖父の祖母という人は岐阜のあたりで新興宗教の巫女だか、熱狂的な信者だったらしく、布教のためか、あるいは、弾圧のためか、岐阜から山梨へと流れてきた人なのだそうだ。
で、そういった神に関わる人だったためか、子供を作らず(結婚自体をしていたのかどうかも尋ね損ねてしまった)、二人の養子(男女)をもらったのだとか。
そしてその二人が結婚して、祖父が生まれたのだという。
養子をいつどこからもらったのか、元々結婚させるためにもらったのか、あるいは結婚していた二人を養子にしたのか、さらに、その二人はどういう人たちだったのか、そのあたりの具体的な事情は謎である。
とにかく夏休みは、この祖母の謎を探る旅を岐阜まで行うということに決める。

1月1日(火)

朝からいきなり具合が悪い。
単に寝不足なのだが。
何かのイヴェントがあるときには、夜型生活だとどうしても無理がくる。
そのたびにこんなに具合が悪くなるのもどうかと思うのだが、これは不摂生な生活のつけというより、単にイヴェント自体への拒否反応としか思えなかったりもするのだが、今更そんなことを考えてもどうにもならない。
やってきていた義母を送り出し、我々は私の実家のある山梨へ。
しかし新宿駅で時刻表を見ると、乗る予定だった電車がない。
駅員に尋ねるとその列車は3日からの運行とのこと。
家で見た時刻表の注意書きの部分を見落としていたのだ。
これまた今更どうにもならないので、次の列車で行くことにしたのだが、山梨に帰るのに、「かいじ」と「あずさ」では、同じ特急でも全然条件が違う。
スピードでは断然「あずさ」。
車内の混み具合では、基本的に甲府までしか行かない「かいじ」が断然すいている。
我々は当然のごとく「かいじ」を選んでいた訳なのだが、予定が狂って「あずさ」となったのである。
混み合う「あずさ」車内に、八王子から母子家庭一家が乗ってくる。
といってもすでに子供たちも大人になり、姉二人は働き始め、弟は大学生か専門学校生。
長野のおじいちゃん宅に行くらしいのだが、この二人のお姉ちゃんの言葉遣いが壮絶に悪い。
男でもなかなかここまでは、と思える言葉遣いでがんがんしゃべりまくる。
年末に原稿を書いた雑誌「C+」の星取り表の星の基準を、今回はバスタ・ライムスのアルバムの中で、やはり4文字言葉連発で女性がしゃべりまくっている曲があり、それより面白いかどうかということにおいたら、ほとんどの作品が星一つになってしまってアレアレと思っていたのだが、この姉妹には星5つというところだろうか。
寝たふりをしてうつむいていたのだが、笑いをこらえるのに本当に苦労した。
まだまだ日本も捨てたものではない。