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2001年 boid日記 10月

Text by 樋口泰人

10月19日(金)

一昨日で、篠崎ビデオが完成。
20分ほどの作品を作るのに、いきなり数時間もキャプチャーし始めたときはどうなるかと思ったが、終わらぬ仕事はない。
最後のクレジットでさすがにかなり手こずったのだが、何とか粘りきる。
終了後、近所の沖縄スナック「ガジュマル」にてうちあげ。
その存在はずっと気になっていたのだが、いかにも怪しげなスナック然とした店頭の雰囲気に、入りそびれていた。
せっかくだから行ってみようと言う篠崎先頭に入店すると、気のいいおばちゃん。
オーダーストップの時間だったのだが、「せっかく来たのだから」と言ってこちらの注文を聞いてくれる。
美味。
しかし篠崎は、この1週間ほど、ビデオ編集を途中で抜けては、テアトル新宿で公開中の『忘れられぬ人々』のサイン会に毎日通っていた。
おそらく自作の映画をこれほど熱心にフォローする監督もまれではないか。
ほっておくとチラシ撒きもしかねない。
自分の作った映画とどのようにつき合うかというスタンスは、それぞれのやりかたがあると思うが、篠崎の徹底したつきあい方は、それはそれで見事である。
『忘れられぬ人々』というタイトルは、そういった篠崎と映画との関係のことでもあるだろう。

とはいえ、篠崎、うちあげ後もビデオ・ダビングなどの作業をはじめ、帰っていったのは午前3時近く。
私は、すでに締め切りを過ぎていた原稿執筆があり、そのまま夜が明けて、昼になる。
夕方は、「CDジャーナル」の若き編集者、川上君と会う。
現在、日本盤として発売されている音楽のアルバムは、月に平均600枚程度あるのだそうだ。
輸入盤や、インディーズはこれには含まれない。
音楽ライターの人々は、一体どうやってこれらのCDを処理しているのだろうという話になる。
CDという形態になって以降、消費物としての音楽の割合がどんどん上がっていったように思うのだが、それはあの、プラスチックのケースと小ささのせいなのだろうか。
いくら聞いても音が劣化しないので、中古屋に売りやすくなったということもあるかもしれない。
聞いた人間の記憶や歴史が、レコード盤の傷として音の中に刻まれることはなくなった。
ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』という映画では、ラジカセやカーラジオから、さまざまな音が聞こえてくる。
ラジオはともかく、ラジカセは、いくらカセットテープの音だとはいえ音源はステレオなのだが、フィルムへのダビング時にはモノラル処理されて、高音はひずみ、低音はもこもことぼんやりとした音になり、中音域だけがベターっとした感じで聞こえてくる。
しかし、例えば『プラットホーム』の時代設定である80年代に生きていて、彼らと同じ現場でその音を聞いたなら、絶対にそうは聞こえない。
こちらの耳の問題ではなく、当時の中国製のラジカセでももうちょっとまともな音を出す。
明らかにこの映画では、聞き込んだノイズ、あるいは、時代を経たカセットテープの劣化を、その音の中に紛れ込ませているのだ。
ただそれは、現在を生きる人が昔の物語を想像しやすいようにつけられた、ある時代を示すための装飾のようなものとは違う。
敢えて言えば、「海賊盤」を聞くときの感じに近い。
本来ならこの世にあるはずではないものを聞きながら、そのおぼろげな姿の向こうに、ある日ある時確実に起こってしまった何かを聞こうとする試み。
かつてヴェンダースは、「映画もジョン・フォードの海賊盤を作るべきである」というようなことを書いていたが、『プラットホーム』はある意味でそれに近いことをやっているように思えた。
もちろん『ユリイカ』で、バスのラジカセから流れるジム・オルークの「ユリイカ」も、同じようなものとしてあったのだし、『ミリオンダラー・ホテル』の捨てがたい魅力も、そこにあるのだが。

本日は、夕方からジュンク堂書店で黒沢・青山の本を巡る対談。
二人に任せっきりにするはずだったのだが、なぜか私も参加する羽目になり、またもや幽霊話を少しだけ披露して、あれやこれや理屈をつけたのだが、現実の幽霊は別にして、理屈上の幽霊は、海賊盤のようなものである、ということにしておこう。
しかし、インタビューも小説も批評も、まずは形式として受け取り、映画の中に利用するという青山と、ひたすら具体的な項目の密林の中に分け入り、当たり前でもあり特別なものでもある辺境に行き着いてしまう黒沢さんの対比は、無茶苦茶面白い。
休憩入りで4時間とか、今度はやってみようかとも思う。
そんなことを考えていたら、最後に次回公開boid.netの宣伝をするのをすっかり忘れてしまった。
次回は11月24日、アテネフランセにて。
篠崎・黒沢の『恐怖の映画史 パート2』である。
話のネタはトビー・フーパーになると思うのだが、それまでにもう一度インタビューをすませてしまうかもしれず、そうなると、内容も変わる。
具体的な時間その他は、トップページにて。
1時30分からの長丁場なのだが、二人の話だけで終わるわけではない。
内容は来てのお楽しみ。

10月15日(月)

何だかわけの分からないまま、日々が過ぎていく。
喉が治ったと思ったら、仕事の嵐で、本日もまた大騒ぎ。
この期に及んで大トラブル発生で、すでに印刷に入っている某パンフレットの表紙の印刷を途中で止めてもらう、という自体にまで発展。
さすがにこんなことは、長年仕事をしてきたがはじめてで、デザイナーと二人、顔面蒼白。
これも土曜日の呪いなのか。
というのも土曜日は、テアトル新宿のオールナイト・ホラー・イヴェントにかり出され、高橋洋さん、木原浩勝さん(「新耳袋」などの編者、名刺には「怪奇蒐集」との肩書き)と幽霊話をしたのだった。
私は「幽霊を見る人」として出席したのだが、どう考えても他の二人の方が幽霊に近く、それに会場では、もう、見事なまでの心霊写真を見せられるは、京都では有名らしい幽霊マンションの写真を見せられるはで、私はおろおろしっぱなしだったのだ。
その上、高橋さんからは、「黒沢さんから聞いたのですが、樋口さんはある日道を歩いていると、後ろの方でカサカサと物音がするので振り向いたら、スーパーのビニール袋が風もないのに揺れていて、変だなあと思いつつ更に歩いていくとまたもやカサカサ。振り向くとまたビニール袋。何か嫌な気配を感じつつも家に着き、振り向くとそこにもまたビニール袋があって、さすがに怖くなって家に飛び込んだということですが」という話をされてしまう。
だが、この話は私は初耳である。
言われた本人が初耳というのも変な話だが、本当に初耳なのだ。
無意識のうちに私が黒沢さんにそのような話をしたのか、黒沢さんが何かを聞き間違えた(といっても聞き間違えようのない話なのだが)か、あるいは勝手に作ったか、あるいは高橋さんが何かと勘違いしたか……。
しかもそのビニール袋が、新高円寺駅前のクイーンズ伊勢丹のものというディテールまではっきりとしているあたり、何だか念が入っている。
どうやらその話をするために高橋さんは、私をそのイヴェントに呼んだふうもあり、何だか申し訳なくもなるが、私にはまったく関係のない話である。
でも本当だったら一体どうしようと、少し不安ではある。
だが不思議と、何か悪いものをもらってきたと言うより、何か憑き物が落ちたような気分で帰宅。
ここに来て私もこの手のものに強くなったのかと勝手に思っていたのだが、本日は起きたときからなぜか気が急いて、胃のあたりがしくしくする。
一体どうしたことかと思っていたら、次々にトラブル発生という次第であった。
しかしまあ、IT革命もいいけれど、ディジタル化が進めば進むほど、活字編集者とデザイナーの仕事が増殖していくのは一体どういうことか。
今回のトラブルもすべてそれが原因なのだが、本来、労働に必要であるはずの固有の時間が、ディジタル化によって「無駄な時間」として削除されていく、その削除された時間の悲鳴なのか、あるいは、職を失った写植業者の悲鳴なのか、とにかく編集者とデザイナーの体内には、ただならぬ音が響いている。

土曜日は、新宿タワーレコードで、Big PictureのCD発売記念インストア・ライヴがあった。
店内ということもあり今回は、Phewさん一人。
さすがに通常のライヴ会場とは違い、やりにくそう。
何につけ、営業は大変である。
しかし次第に、音量も大きくなり、何かのトラブルなのかあるいは元々はいっていたのか、キーンという耳障りなノイズも出始め、これはなかなかなもの。
関係ないお客さんはいやがっているだろうなあと思いつつ、ニコニコ。
最後の曲「子供のように」は、私が今まで聞いた中ではベストヴァージョンではなかったか。
あの早さと強さが、この曲には必要な気がする。
「子供のように」あることは、決して我々に平安をもたらすわけでもなく、不連続な不安のまっただ中に我々を落とし込むこともあるのだということ、そしてその中でどのように生きていくのかという姿勢が、今回の「早さと強さ」として、はっきりと出ていたように思う。
Big Pictureは本当に面白い。
青山もいくつかのテレビ作品の中でBP作品を使用するようだが、その一つ、NHKの朗読番組(何度聞いても何を読むのか、何という番組なのか、すっかり忘れてしまうのは一体なぜか?)用のサウンドトラックとして、長嶌が作った音を、デザイナーの事務所でちらっと聞く。
これがまた最高。
相変わらずあれやこれややって中心がなくなってしまっているのが玉に瑕と言えば言えるのだが、それも含めて国際貿易センター崩壊後、つまり「ロスト・イン・アメリカ」以後の音が、そこには鳴り響いていた。
「A.I.」のサントラとかをやったら、めちゃくちゃ面白かっただろうと、無茶なことを思う。

その後、青山、梅本さんと食事会。
なんと青山のおごり。
本来なら1週間前に催されていたはずだったのだが、私の不調のため、延期になっていたのだ。
飯を食えることの幸せに涙する。
その際、9月20日付の日記で「私の仕事はビデオ製作ではないのだった」と書いたことが話題になる。
長嶌からもPhewさんからも指摘されていたのだが、彼らの間では「もう私はビデオの仕事をしたくない」というふうに読まれてしまったようなのだった。
実はそんなことはなく、単純にboidの商売は儲からないので、金稼ぎの仕事は別にちゃんとやらなければならない、ということを言いたかったのだ。
ただ、あまりにあけすけに書くのも何なので、何となくごまかしながらそのように書いてしまったのだが、それが逆に波紋を呼んでしまったいやはや言葉は難しいと、長嶌にも説明したのだが、「でもあんた文章を書く人だろ」と更に突っ込まれ、いやほんとにとヘラヘラするばかり。
まあ、そんな波紋も時には楽しい。

それから、今週金曜日のジュンク堂書店でのイヴェントについて。
すでに40名の定員がいっぱいになり、今からでは入場不可。
ありがたいことだが、これから申し込もうとしていた人や、当日行こうとしていた人には大変申し訳ない。
当日の模様は、何かの形で残したいと思っているので、しばしお待ちを。

10月5日(金)

喉の激痛2。
痛み止めで体がボーっとしている2時間ほどしか眠れないので、ほとんど日付の感覚がなくなる。
ただ、毎食後に病院から処方された痛み止めを飲み続けていたためか、さすがに夜になると体中がぼんやりしてきていい感じになる。
大詰めに入った篠崎チームの編集は、いよいよ私の出番でとりあえずの最終微調整を行うのだが、何しろ半分トリップ状態なので、時々ポカをやり、しかし何だかへらへらと気分がいい。
といっても、扁桃腺の周辺だけは、この状態にあらず。
生きているのが嫌になるくらい、つばを飲むたびに激痛が走る。
食事も、ただひたすらクスリを飲むためだけに、無理矢理突っ込む、という感じ。
液体でも痛みは同じなので、胃の調子が悪いときのようにエネルギー・ゼリーでお茶を濁すこともできない。
何ものまず、何も食べなければ、単にヘラヘラと気分がいいだけなのだ。
生きようとすればするほど痛みが増すというこの状態は、さすがに生きる気力を萎えさせる。
酷い喘息の人たちの苦しみを思う。
私の友人にも、喘息で死んでしまった人間がいた。
非常階段というバンドにも時々参加していた人間なのだが、彼は喘息持ちのくせにサックスを吹き、大学卒業後は平気な顔して電通に入ってひんしゅくを買った後、あっけなく発作で死んでしまったのだった。
アーント・サリーのアルバムをダビングしてくれたのも彼だったような気がする。
だとするとこの喉の痛みは彼からの何かのメッセージかと妄想は広がるのだが、まあ、それほど大したことでもないだろう。
どちらかというと、我がヤクルトの優勝の苦しみをともにしているのだと考えた方が気楽である。
しかしでは、ヤクルトがこのまま連敗を続けたら……。
でもまあ、野村ラインで横浜はいやらしく攻めてくるだろうが、星野からの指令で山本広島が勝たせてくれるだろう。
では下手するとあと3日はこの状態なのか……。

話は変わって、子供の通っている杉並第10小学校では、給食から牛肉が一掃された。
狂牛病の余波である。
2日ほど前テレビでは、大臣たちが集まって牛肉を食しては、牛肉の安全性をマスコミ向けにアピールしている一方で、公立小学校では牛肉給食の廃止。
これは一体何を意味しているのだろう。
小学校独自の判断なのだろうか。
ただ、学校内のもろもろも事件では、あれほど教育委員会を恐れていた校長が、今回に限り、「独自の判断」を示すとは思えないのだが。
それとも、教育委員会も、牛肉の安全性に疑問を持ち、すでに老人で10年後はどうなっているのか分からない大臣たちはともかく、子供たちだけは救おうとしているということなのだろうか。
その真相は分からないが、日本の牛肉は、公立小学校が一時的にであれ素材としての導入をやめるほどには危険だということを、我々は知っておいた方がいい。

10月4日(木)

喉の痛みで眠れない。
朝起きたときから尋常でない痛みで、本来なら塩田君の新作『害虫』の試写に行くところをキャンセル。
夜のThe Rest of Lifeのライヴもキャンセル。
病院に行く。
先週末から子供が原因不明の高熱を出し、ようやく回復して学校に行ったらおたふく風邪で入院した子供が出たとのことで、私の喉の痛みと首筋のリンパ腺の腫れは、もしかするとおたふく風邪か(私の母の曖昧な記憶によると、私はおたふく風邪か麻疹かどちらかをやっていないらしいのだ……)と心配していたのだが、どうやら通常の扁桃腺炎。
とはいえ、扁桃腺が化膿して出血しているとのこと。
2,3日は苦しむと。
このところ、40時間連続労働や、40度近い高熱を出している子供を抱え、雨の中傘を片手に病院まで往復して、いやはや今年1年のすべての力を出し切ったと思っていた矢先のこの症状。
今年はもう何もするなということだと、勝手に解釈してニヤニヤ。
夜もさっさと寝たのだが、この喉の痛み。
痛み止めが柔なのか、痛み止めが効かないほど痛んでいるのか。
うう。