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2001年 boid日記 5月

Text by 樋口泰人

5月28日(月)

トビー・フーパー、ジョン・カーペンター、ジョージ・A・ロメロ、トム・サヴィーニ、デヴィッド・クローネンバーグなどなどが出演するドキュメンタリー『アメリカン・ナイトメア』。
胃腸の調子は相変わらずで、とても動く気はしなかったのだが、試写日程を見ると初日の今日を見逃すと、多分もうきっと見ない。
さすがに喋るトビー・フーパーを見逃してしまっては、いくらなんでもこれまで映画を見てきた甲斐がないというものだろう。
しかしまあ、ジョン・ランディス。
何にハイになっているのか知らないが、よくまああれだけベラベラと。
確か、テクノの歴史を膨大な資料フィルムと共にたどった『モジュレーション』というドキュメンタリーでは、ジェネシス・P・オーリッジが進行役になって、かつての新興宗教の教祖のような風貌からさらにいかがわしさを増し、しかもやたらと浮ついて見える軽さまで獲得して喋っていたので、一体80年代初頭原宿にあった小さなスペースでスロビング・グリスルの轟音響くビデオを羨望のまなざしで見ていた私のあの時はなんだったのかとあきれていたのだが、こちらのランディスは、誰かに似ている誰かに似ているとしきりにその誰かを思い浮かべてみたところ、ようやく分かった、大林宣彦監督である。
というのはまあ、ご愛嬌。
誰かがこの損な役回りを引き受けなくてはならないのだ。
というところで御大たちが堂々の登場。
気になったのは、カーペンターよりも5歳年上のフーパーの奇妙な若さ、もうすぐ60歳なんだなあとあきれてしまうが、逆に言えば、もういつ死んでもおかしくないような影の薄さで登場してきたカーペンターの老い方も、本人をそのまま俳優としてホラー映画の主人公として出演させたいくらいであった。
「世界は破滅すると思っていた」と、カーペンターは語っていたが、多分、カーペンターは70年代に破滅したはずの世界の中で生きているのだ。
映画の焦点も、当然ベトナム戦争時代のアメリカ社会とホラーの関係に当てられていくのだが、そして、まさにその時代こそが彼らのホラー映画を生み出したのだと物語っていくのだが、それはそれでよし。
だがアメリカは、その時代だけが特別だったわけでもなく、常にその大地を血で染め上げてきたではないか。
それはアメリカが生きるために流してきた血であるだろう。
その「血」がどんなものであるのかを、現実の生々しさと共に多くの人が見てしまった時代が70年代だったということになるのか。
だが大林監督の上機嫌が、それもまたわれわれが作った物語なんだよと言っている。
現実の血とその血に対する距離感が、さらにまたアメリカを狂わせて行く。

教科書問題、7月に来年度の教科書採択がされるのだそうだ。
杉並区は、石原都知事の指示を受け、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採択する腹づもりであると、今度の都議会議員選挙某立候補者のチラシにあった。
考えてみれば、教科書が、学校単位で決められるのか、行政区単位で決められるのかという基本的なことさえ私は知らない。
あと1ヶ月はあまりに短い。

5月26日(土)

少し体調が戻り、苦しかった胃腸も回復の兆しあり。
昼は、久々に新宿成子坂下にある「白龍」へ。
ここの名物、トマトタンメンは絶品である。
パリのハワイのラーメンとまでは行かないが、かなりな優れもの。
つい食べ過ぎて、再び胃が苦しくなり、帰宅後は倒れて惰眠。
とはいえ本日は、バウスシアターにて黒沢イヴェントである。
胃が重く、夕食も取らぬまま、バウスシアターへ行くと、黒沢さん、今日は幽霊の話を聞きたいのだと言う。
いや、話せといえば話すけれども今日は黒沢さんの話を聞きにきた人たちばかり。
いくら『降霊』ロードショー記念のイヴェントだからといって、それでは許されないだろう。
とは言いつつ、つい尋ねられるがままにべらべらと話し始めたところ、場内のマイクが突然「ブツン」と切れてしまう。
まるで本当に幽霊はいるみたいだ。
偶然にしてはあまりのことに愕然とするのだが、こういうことがあると本当に困る。
だって私は、幽霊がいるとは思ってもいないし、私が体験したことを誰かに信じてもらおうとも思っていないのだから。
ただ、単に夢を見ているとか、妄想だとかとは違うレベルで、それを私が体験してしまっていることは、否定のしようがない。
まあ、それだけなんだけど。
終了後、『降霊』のプロデューサーである関西テレビの田中ディレクター、ツインズの神野さんなどと共に簡単な打ち上げ。
その席で、黒沢さんから、『回路』のフランス版の現像がすばらしいという発言が飛び出す。
日本版のデータをもとに仕上げたものだろうが、それでも、やや明るめの画面でしかも黒がはっきりと黒く映るそのバランスがいいのだと。
先週末から、フランスでは『回路』が公開されているらしいのだが、さすがにそれを見にフランスまで行くことはできない。
ただひたすら、あの壁に染み付いた影の黒の中に何が映っていたのか妄想するばかりである。

5月23日(水)

完全に風邪を引いた。
昨夜から喉と鼻をやられ、呼吸が苦しくて仕方がない。
この間のハードな日々を思えば、まあ、よくもったというところか。
しかし締め切りは待ってくれないので、フラフラしながら何とか試写へ。
ヘラルドの試写室とは相性が悪く、これまでかなりの確率で満員札止めとなっているので、さすがにこれを見逃すと原稿が書けないサム・ライミ『ギフト』。
昨日もギャガ試写室で『ロスト・ソウルズ』満員で見られず、でもしっかりビデオが用意されていて助かったばかりだったので、本日は20分以上の余裕で到着したものの中は空き空き、なーんだサム・ライミってもう、それほど期待されていないのか。
いやそんなことはない、サム・ライミは頑張っている。
イーストウッドが『真夜中のサバナ』で、アルトマンが『相続人』で舞台にしたアメリカの古都サバナを舞台に、これは3作共に共通することなのだが、そのサバナ自体が主人公でもあるかのような、風土の語る物語が、そこでは展開される。
人間の思惑を超えた超越的な力が、ある絶対性をもって否応なく人間に襲い掛かるというのではなく、その土や水や空気を通してゆっくりと人間たちを侵食していくと言えばいいだろうか。
その意味では、『シンプルプラン』以降、サム・ライミは何か決定的な方向転換をしたのだと思う。
相容れない二つの対立するものが静かに溶解する不透明な水ばかりを、この映画は映していたような気がする。
とはいえ今ひとつ気に入らないのは、イーストウッドやアルトマンが持つ不遜さ、尊大さ、つまり、アブソリュート・パワーの最終的な発動への予感が、この映画にはないことだ。
いや、別になくてもかまわないのだが、ならばやり方が違う。
この場所でこの物語で撮るのなら、やはり、スティーヴン・ザイリアンの『シビル・アクション』程度のことはしなくてはいけないだろう。

5月19日(土)

この10日間は怒涛の日々。
もう、いったい何がどうなっているのやら何をどうしているのやら、わけもわからずただひたすら目の前のあれやこれやに向かいつつ、あまりのことにパソコンもほとんど動かなくなり、あれやこれやは一向に片付かない。
とはいえ、終わらぬ仕事はない。
本日は最後の大波。
PHEWさん、山本精一らのパンクバンド、MOSTのライヴ撮影、高円寺20000V。
100人ほどで大体いい感じになる狭いスペースに200人くらいは詰め込まれたか?
立っているだけで、汗ダラダラ、頭クラクラ。
映画美学校の木田君と私の二人、カメラ2台での撮影なのだが、撮影というより、壁に張り付いてとにかく写すので精一杯の状況である。
いや、久しぶりのパンク・ライヴは本当にすごい。
80年代初期はやっているバンドも見るほうもまだまだ数が知れていたから、まだまだ長閑だったなあと、何となく思う。
まあ、こうやってほとんど外部のものとしてみるのと、すっかりその場に浸っていた当時とでは、感じ方がまるで違うとは思うのだが。
だが、MOST。
パンクなのに、このグルーヴ感。
リズムがグリグリとうねる。
ほとんど聞き取れないPHEWさんの歌詞が、まるでリズムに乗り移って床下からせめてくるようにも感じる。
前回の日記で書いたThe Rest of Life の音が、分節化されえない等価値の時間の広がりだとすると、MOSTのそれは、分節化されてなお、その分節を乗り越えて広がり出る時間のうねりのようなものだ。
それが彼らの20年の証である。
ステージ後方から、三脚で固定して撮っていた私は、思わず我を忘れ、手持ちに切り替えてしまう。
やはりパンクは手持ちに限る。
まあ、昔のようには全然行かないが。

カンヌの斎藤敦子さんからメール。
『月の砂漠』のプレス上映が終わり、かなりの数の人が途中退席とか。
斎藤さんを除き、周囲の評判も、あまり芳しくないとのこと。
かつて、北野武もビクトル・エリセも、この洗礼を受けた。
今回の『月の砂漠』では、青山も覚悟していたはずだ。
先に三島賞を受賞してしまったことで、『月の砂漠』がカンヌでどんな扱いをされたにしても、あれやこれや言われてしまうだろう。
しかし監督は堂々としていればいい。
やるべきことをやれるだけの力でやっただけのことだ。

それからあまりの忙しさに、今日から吉祥寺のバウスシアターでboid企画の黒沢清セレクション「日本の怪奇映画」のレイトショーが始まることを、このサイト上で全然お知らせしていなかった。
まったく、忙しいとろくなことがない。
とにかく、本日から『降霊』のロードショーの期間中、レイトショーは黒沢清選りすぐりの5本。
そして26日(土)には黒沢清、6月1日(金)には篠崎誠を迎えてのトークあり。
また、パンフレット代わりに、篠崎による超ロングインタビューを会場で販売中。
600円なり。
ロードショー期間中はバウスでしか買えません。
終了後は、もしかすると、boid.net で通販するかもしれません。
しかし、誰かこういったこまごました事務作業をやってくれる人はいないだろうかと、切実に思う。
あまりなことに、めまいがする。
単なる怠け者だったはずなのに……。


5月11日(金)

朝、青山から借りていてまだ聴いていなかった、岸野雄一氏プロデュースのThe Rest Of Lifeの『Home Made Hell』という2曲入りのアルバムを聴く(ちなみにジャケット写真に写っているのは映画美学校のロビーである)。
この手の音を聴くと、もう、簡単にトリップする。
すばらしい。
ドラムレスのロックバンドというのが一番の原因なのだろうが、ロックという形式の中で通常なら分節化されて構成されてしまうはず時間が、そこではズルズルと互いに重なり合いもつれ合いながら進むので、それはいくつかの個別の物語のようにも聞こえつつ大きなひとつの物語のようにも聞こえる。
30分を越す大作である「michishio」は、確かに長いが、しかし短い。
おおこれは『EUREKA』と同じではないか。
あの、早いんだか遅いんだか分からない、バスのスピードだな、これは。
そんなことを思いつつ、一方で、マヘル・シャラル・ハシュ・バズを思い出す。
マヘルのファーストアルバムにもしかすると収録されていたかもしれないが、『都会のアリス』をモチーフにした曲があり、もちろん、季節はずれのボードウォークで主人公がぼんやりとたたずむあのシーンに想を得たらしいのだが、あの曲にもこんな時間が流れていた。
マヘルには基本的にドラマーがいたが、ドラムレスでやる場合もかなりあった。
確か昨年、イギリスのレーベルから新作も出していたはずだ。
無性にこのアルバムを手に入れなければという気分になる。
だが、果たしてどこで手に入るのだろうか。
明大前のモダーンミュージックに行けば、多分8割方大丈夫だろうとは思うものの、もう10年近く顔を出していない気恥ずかしさと、交通の便の悪さ(といっても新宿乗換えでいいのだが)もあって、新宿UNIONで済ますという賭けに出る。
するとどうだ。
なんと、マヘルではなく、NOISEの『天皇』が店頭で平積みになっているではないか。
そのとなりには工藤礼子さんのアルバム。
工藤冬里氏関係のこの2枚がマヘルを目指して入店した私を迎えてくれたのだ。
マヘルまではもう一歩である。
しかし、やはりもう一歩なのである。
どう探してもないのだ。
工藤礼子さんのアルバム解説にはちゃんとマヘルの名前まで書かれているので新宿UNIONのスタッフはちゃんと分かっているはずなのだが、ないものはない。
今日ばっかりはそれだけでは引き下がれないので、店員にも尋ねてみる。
でもまあ、ないものを出すことはできない。
仕方ない、明大前まで足を延ばすかと思いつつ新宿TSUTAYAの階段を上る。
見逃していた『マグノリア』『アメリカンヒストリーX』を借りる。
ついでにHMVで、ベン・ハーパーのライヴ、ジェシ・デイヴィスのセカンド、サン・ラーの70年のライヴという懐かしものを仕入れ、マヘルの穴埋め。
そのうち気合をいれて、明大前まで行ってみよう。
家に帰ると、ジャイアンツ-ドラゴンズ戦。
これがまた変てこなことになっている。
子供は金曜夜7時からの恒例「ドラえもん」を忘れて夢中に見ている。
しかし、若きジム・ケルトナーのドラムは、手数の多いカシャカシャというシンバルの響きは同じだが、スネアとバスドラの音がまるで違う。

関係ないが、帰国以来あまりの忙しさに、葬式で実家に帰った以外電車に乗ることもなく、日曜日から3日間は完全にまったく外にも出ておらず、さすがに今日はなんだか歩いていて足ががくがくしてきたという状態。
この間、boidあてに何人かからメールをもらったがまったく返事をしていない。
お許しを。
野球を見るくらいの時間はあったんだけど