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  • 爆音サーフ・フィルム・フェスティバル

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boid日記 2007年4月

text by 樋口泰人

4月24日(火)

さすがにヘロヘロである。
爆音ナイトは本当に楽しくて、凄い体験をさせてくれるが、それなりの体力も必要。
当日だけではなく、準備の音響調整があるので、生活はガタガタになる。
本日は朝から、鼻がズルズルでて喉が痛い。

しかし爆音『エリ、エリ』は凄かった・・・
昨夜も、レイトを見たばかりの友人から興奮して電話があり、「セゾンで見た時と全然違う」と。
どちらが良い悪いではなく、とにかく違うのだ。
DTS用に作られた音源なのに、アナログの回路を通したバウスの爆音になると、まるでそのために作られたような音になる。
やさしい轟音、と言ったらいいだろうか。
ダウザーのライヴも含め、また機会を見てやれたらと思う。

本日は、2回目の直枝取材。
ディラン、バンド、ニール・ヤングについて。
しかしまあ、良くあれだけ音のディテールについて憶えていられるものだと、呆れるばかり。
憶えている、と言うより身体に染みつくほど繰り返し聞いている、と言うことなのだろうが、私など、同じように身体に染みつくほど聴いたアルバムでさえ、曲名さえ憶えていない・・・
実際に自分で演奏する事を前提に聞くのとの違いなのだろうか。
直枝さんは鉄道マニアでもある、ということも本日発覚。
ファンの方たちには、既にお馴染みの事実なのかもしれないが。

取材が終わり、熱も出て、ボーッとしたまま帰る。
あまりにハードな日が続いたので、GWにむけてお休みモードにはいることにする。

4月20日(金)

税関で止められていた盤の一部がまずは解放され、夜には事務所着。
それまでに、ジャケットへのシール貼りをすべて仕上げ、さらにナンバリング作業。
ジャケットに直接ナンバリングしていく予定だったのだが、中原の提案で、ナンバリング用のシールを作り、そこにナンバリングして、それをジャケットに貼り付けることに。
で、あれやこれやした挙げ句、笑ってしまうようなシールが出来上がり、そこに中原自身がナンバースタンプを押していく。
ほぼすべてのスタンプ(つまり1000番まで)を、中原一人で押してしまう。
ちょうどそれが終わったくらいに、先に解放された盤、500枚が到着。
8時くらいだったか。
そこからパッケージ作業が始まるのだが、手伝いの若者たちが夜には用事があって、次第に人数が減り、結局、通販至急発送用130セットを作るのがやっと。
更にその途中に大問題が発覚。
プレス会社の人間と辛いやりとり。
どこがどう大問題だったかは、まあ、そのうち発表するが、とにかく予定通りのものが出来てこなかったのである。
しかも、こんな間違いあるか????? という間違い。
入稿した時はそうではなかったのに、一体どこでどう変わるとこれがこうなるのか?????
オリジナルを知らなければ特に何の問題もないのかもしれないが、さすがにちょっとショック・・・
今回は限定作品なので、追加プレスがないため、結局これをオリジナルとすることにする。
どうしてこう、凄いトラブルが続くのか・・・

まあ、それはそれ、気を取り直し作業が続いたのだった。
しかも更に、一度帰宅して10時過ぎに再度登場した中原から、更にサーヴィスが。
音源テープ10枚以外に、思わぬところで思わぬものが当たります。
これは通販ではありません。
まあ、「思わぬ場所」でもないです。
といえば、想像がつくはずの場所、という分かりやすい場所で売られているアルバムに、さっき作ったばかりのおまけつきアルバムが50セット。
げげ、通販で申し込んでしまった、そんなことなら通販じゃなくこちらで、という人もこちらで把握しているので、その方たちの分も用意あり、ご安心を。
それから、音源カセットテープは、強引にジャケットの中に入れ込みました。
通販で送られてきた袋が膨らんでいたら、それが当たりのアルバム。

などなど、あれこれしているうちに深夜。
夕食抜きでずっと作業を続けていたので、お祝いも兼ねて、中原、猪股と近所のデニーズにて食事。
『サッド・ヴァケイション』がいかに凄い映画だったか、という話題。
帰りのタクシー、甲州街道が呆れるような渋滞で、驚く。
猪股を下ろし、環七から青梅街道へ、という素人でも分かる道筋を、タクシーの運転手が間違える。
乗った時から、「まだ東京は馴れてなくて」という話をしきりにしていたのだが、もしかするとこれは演技じゃないだろうかと不信感が募るばかり。
判断材料無し。
憮然としながら帰宅。

それはともかく、

4月19日(木)

いやはや、昼からの取材のために、ユーロスペースへの渋谷駅からの行き帰りだけで知り合い4人とすれ違い、一体これはどうしたことかと思ったら、夕方、CDのプレス会社から電話が来て、ヘア・スタイリスティックスのCDが、大阪の税関で止められてしまったとの知らせ。
経費削減のため、台湾でのプレスを行っていたのだ。
台湾からは本日大阪に到着して、それが明日の午前中には事務所着、という予定だったのだが・・・
説明によれば、何ヶ月かに1度、抜き打ちの検査があって、どうやらそれに引っかかってしまったらしい。
しかしよりによって何でこのCDが・・・
盤面の絵が、余程怪しそうに見えたのだろうか。
CD事態が何や不穏な空気を醸し出していたとするなら、名誉なことではあるのだが・・・
でもねえ、いくら調べたって、変なものは出てきませんよー!!!
海賊盤でもないし・・・
うーむ、「スパイダーマン3」の試写の厳戒態勢の事を日記に書いてしまったのがいけなかったか・・・
boidは海賊盤製造工場ではありません!
まあでも、もう少し余裕を持って作りなさい、ということなんだろうけど、それはそれ、これはこれだからねえ。
こればかりはいかんともしがたいので、こちらとしては、とにかく税関を抜けたらすぐに、一番早い便で送ってくれるように要請するしかない。
早ければ、明日の夜到着。
それまでにジャケットその他の準備をしておいて、盤が到着したらすぐにセッティングして発送、という事にする。
というわけで、予約者の皆様、しばしお待ちください。申し訳ありません。

夜は、爆音調整第2弾。
本日は、「エリ、エリ」とシークレット上映作品。
「エリ、エリ」は、東京での劇場公開のDTSヴァージョンではなく、ドルビー・サラウンド仕様にて。
音が全然違ってくるので、果たしてうまくいくかドキドキではあったのだが、やり始めると、これはこれでもう、凄いことになる。
DTSに比べると、最初はかなり低音の出が悪かったのだが、とにかくどんどん低音を出していってもらうと、劇場全体が鳴り始める。
アナログの太い音がブンブン出てくる。
デジタルの、クリアで抜けた音とは違い、フィルム自体の傷からでるノイズまでも絡め取って、「世界の終わり」の空気を発する。
何というか、本当にそこに、かろうじて人が生きている、あるいはかつて確実に生きていた、ということをはっきりと体感できる音。
こんな音、爆音史上初めて。
何と言うか、そこにある空気がこすれているような音になっているのだ。
「空気」という物体が音を出して、それがスーッと消えていく、そんな感じ。
浅野君の演奏中に、スピーカーの脇に中原が現れるあの瞬間は、まさに「生」の世界の死者=使者が現れた瞬間としか言いようのない瞬間となる。
これを見て、「こおろぎ」「サッド・ヴァケイション」を見れば、青山の「その後」がどういう事になっているか、身体感覚として分かる。
これはとにかく、見て欲しい。
シネセゾンやテアトル新宿で何度も見た人にも見て欲しい。
長嶌は当日何と言うか分からないが、この音がバウスの爆音である。
土曜日のオールナイトがダメでも、日・月・火のレイトがあるので、こちらで是非。
「死の谷」から戻ってきた猪股は、「エリ、エリ」をDVDでしか見ておらず、この爆音で唖然としていた。
DVDなんかで見て、本当に監督に失礼なことをしたと本気で反省していた。
しかし、そんな爆音の中でも、台詞はちゃんと聞こえてくるから、この映画の繊細に作り込まれたミックスに頭が下がる。
「サッド・ヴァケイション」のギリギリの状態で構築された厳しさもいいが、この映画の優しさも本当に捨てがたい。

その後、長嶌セレクションのシークレット上映作品。
これは爆音ものというわけではないのだが、この映画がこんな音になるなんて、という新鮮な驚きと、この映画をこの音で観られる機会はもう絶対にあり得ないだろうという、極上の上映となる。
こういう作品を見ると、やはり劇場は、ちゃんとミキシングできるような音のシステムを持つべきだと、本気で思う。
かつて安井君が、「爆音は映画の再生工場だ」と語ったのだが、この映画を観ると、本当に物理的な意味で「再生」させられているのだ。
と、書いてしまうと、それなりに古い映画だということがばれてしまうが、まあ、これくらいのネタばらしはいいだろう。
こうやっていろんな人に爆音映画を選んでもらうのは本当に面白い。
今後も機会あるたびにやっていきたいと思う。

4月18日(水)

昼間からこんなヘヴィな映画を見せられたらたまったものじゃない。

たぶん私はあんな生き方は絶対に出来ないだろうが、しかし、誰もが実はそうやって生きるはずの、そうあるしかない場所で、物語が語られる。
それはおそらく北九州のどこか。
そこでなければならなかった場所であるのだが、それ故にどこでもいい場所。
どこでもいい場所となるためにはどうしてもそこでなければならなかった場所である。
物語は小説とほとんど変わっていないはず(例によってあまり憶えていない)なので、小説を読んだ人は驚くようなことはないと思うが、しかしあの物語がおよそ隙のない端正で、しかも物語をずらしながらそれによって更にその世界をくっきりと構築していくようなカットワークで語られてしまっては、こちらはただひたすらその物語と向き合うしかない。
そしてそこには、一体誰を許しているのか自分のためなのか、しかし自分など最早そこにはいないはずの母親(石田えり)が、こちらを向いて微笑んでいるのである。
だからまあ、この物語の北九州こそ、「死の谷」ということにもなるのだが、だから当然、ジョニー・サンダースもジャック・ニッチェもアルバート・アイラーもそこにいるわけだが、しかし圧倒的に場違いなふたり(光石研&斉藤陽一郎)もまた、そこには現れる。
その場にいるすべての人でもある光石研、その場にいないすべての人でもある斉藤陽一郎。
実はこの映画が彼らの物語であるようにも思えるのは、先日、爆音調整で「軒下のならず者みたいに」を久々に見てしまったからだろうか。
ああ、こんな事になっているのなら、21日の爆音ナイトをこの『サッド・ヴァケイション』が公開される予定の秋まで待てば良かった。
先走りすぎた・・・
でもまあ、これまでの青山作品のすべてが詰め込まれた上で更なる地平を開いているこの映画こそ、『AA』と同じように、ただひたすら単に見られるべきなのだろう。
ただ、この作品が、たとえどのような記憶を持っていたとしても、そのような見方をさせてしまうことは揺るぎない事実である。

帰り道、先に帰ったはずの阿部君が、ちょっと先をオロオロと歩いている。
迷うはずのない、イマジカから五反田駅までの単純な道で迷ったのだろう。
あまりの狼狽した歩き方に声をかけ損ねたのだが、その時阿部君の目の前には、「死の谷」が広がっていたに違いない。
だが一方でこの映画によって我々は、その「死の谷」から一気に引き上げられたはずだ。
何というか、ウディ・アレン的な軽さによって。
この映画に対して、史上最強のウディ・アレン映画、とか言ったら、青山は何と言うだろう。
どうやら明日からは、ポルトガルらしいのだが。

しかし、使用したフィルム、シャッター・スピード、録音やその処理、音楽の使用方法など、この映画をネタに青山に講義をしてもらったら、極上の映画の教科書が出来るだろう。
ポルトガルから帰国の際には、諸々教えを請うことにしよう。

試写の後は、事務所に帰り、あれこれ。
順調に予約が入っているヘア・スタイリスティックスの発送準備などなど。
これらの作業のことを思うと、やはり事務所をつくって良かったと思うばかり。
私一人じゃとてもこの作業は出来なかった・・・
しかし、昨年までバイトしていた会社の若社長が突然亡くなってしまって以来、猪股から音沙汰無し。
おかげで私がせっせと宣伝用のCD-Rを焼かざるを得ないのだった。
猪股もまた、「死の谷」へと出向いているのだろうか。

4月17日(火)

松戸は遠い。
というか、松戸に行くために常磐線に乗るまでの、上野までの道のり遠し。
事務所のある曙橋からだと、直線距離だとそれほどでもないのだが、電車の乗り継ぎが・・・
本日は、カーネーションの直枝さんの本のための取材。
松戸に降り立つのは初めてで、うっかりしていると平気で電車に乗り間違える私は、ちょっとドキドキだったが、無事到着。

取材は本日が最初ということもあり、本全体の構成や今後の取材のやり方なども含め、本の第1章に予定している数名のミュージシャンの話から始まる。
といっても、何しろ直枝さんがロックをまともに聴き始めた70年代初頭くらいからの30数年の話になるので、一人のミュージシャンについての話も、その人だけにはまるで収まらない。
さまざまな方向に広がりつつ、そしてまた戻りつつ、まったく違う展開が見えてきたり、思わぬ人が登場したりで、数時間が過ぎる。
ビートルズとフランク・ザッパの話が大体終わったくらいで、これはまあ、本全体の2パーセントくらい。
これから、断続的に、取材が続き、同時進行でまとめて、更にそれに伴って全体の構成を立てていく、というかなり成り行き任せではあるが、しかし自由な広がりを持った本になる予定。

ただ、諸事情あって、7月発売の予定が、9月発売になりそう。
まあ、ヘア・スタイリスティックスのCDも、当初の予定から1年延びたわけだし、気長に待っていただきたい。
でも、きっと面白いものが出来る。

予想以上に時間が経過して、事務所に戻ると、「re-mix」誌による中原インタビューがほぼ終了している。
5月発売号に掲載されるのかな?
おそらく。
インタビュー終了後、中原が聞かせてくれたシリアのミュージシャンのアルバムの音が、妙に面白い。
どんな楽器を使ってどんな録音をしているのか、聞いただけでは想像がつかない、奇妙な音質とリズム。
こういうのは一度ライヴで見たくなる。

4月16日(月)

本日は朝から、六本木ヒルズのシネコンにて『スパイダーマン3』の試写。
原稿を引き受けてしまったこともあり、必然的に行かざるを得なかった、というか、試写に行くために原稿を引き受けたというか、とにかく噂には聞いていたヒルズでの警備態勢の凄さも体験してみようかとも思い、早起きしたのだった。
しかし本当に凄い。
入場時に、携帯電話を受付に預け、金属探知器の枠を通り抜け、引っかかった人は更に慎重な検査を受け、ようやく入場。
シネコンの7スクリーンを同時に使っての大試写会というのだけでも呆れるのだが、この警備態勢はただごとではない。
しかも、会場内では、警備員が暗視カメラを覗いている(笑)。
こうまでして警備しないとならないものっていったい何? って思ってしまう。
この警備予算のほんの一部をboidにくれたら、それだけで随分いろんなことができるなあと思う。
まあ、これくらい警備しているんだから、もういい加減不法撮影の海賊版DVDなど作るのはやめなさい、というパフォーマンスなんだろうけどね。
でもやはり、そうまでして警備しないとならないものっていったい何なのだ?
こういった管理態勢には本当に腹が立って、何の権利があってあなたたちは私たちの携帯電話を取り上げるのか、もしそこで何かミスがあってそれがなくなったとしたらどのような保証をしてくれるのか、それがなくなったことで漏れだした個人情報とあなたたちが守ろうとしている情報との間にどの程度の差異があるのかなどなどと問いつめたくもなるが、世界各地でこちらが想定している以上の凄いことがどこかで起こっているかもしれず、それはこちらの手の出せないことでもあるわけだから、いずれにしてもこの手の試写会には出向かないのが一番と思うばかり。

とはいえ『スパイダーマン3』。
なんか今回はいろんなストーリーがあって、それぞれに悪役がいて、でも彼らは皆、それなりに善人でもあり、という、どこかで聞いたような設定。
しかも、「復讐は何の解決にはならない」というメッセージが、非常に分かりやすく何度も示される。
面白い部分もあるが、結果的にはこれらのメッセージのわかりやすさの異様さが印象に残る。
さらに、それぞれのディテールに関する説明が一切なし。
しかも、ストーリーとは微妙に関係なく、サム・ライミの趣味というか、シネフィルな部分が全面展開していて、50年代のホームドラマ的な部分、ミュージカル、ヒッチコック、70年代のディスコ、などなどといったディテールが次々に画面の中に現れて、何だか更に映画を変なものにしていく。
今回の悪役の中に「サンドマン」と呼ばれる、砂の怪人が出てくるのだが、まさにそれと同じように、映画を作っているさまざまな粒子がそのままの状態で映画を作ってしまった感じ。
そこに何かの力が加わった時、それらはさらさらと崩れ落ちて消えていく。
その粒子を繋いでいるのが、「復讐は解決にならない」というメッセージだとしたら・・・

よく分からないのだが、今のアメリカに住んでいると、本当にこれくらいこれ見よがしに分かりやすいメッセージを発しないと人が何かを考えてくれないような、酷い社会状況になっているのかもしれない。
そんなことを思った。
だとすると、日本もすぐにそうなる。
その兆候はそこかしこに見えている。
ならば、日本映画の監督たちもまた、それぞれの映画作りの選択を迫られる時がもう来ているはずだ。
まあ、そんな危機的な状況に気がつかず、あるいは気がつかない振りをして映画作りをするのも、それもまた、「選択」のひとつではあるのだが。

配給のソニーへの嫌がらせで、プレスに掲載されている画像をスキャンしてこのページにガンガン載せようとも思ったが、そんなことをしたら本気で訴えられかねないのでやめておく。
そんなことにつき合っている暇はない。

4月13日(金)

朝一で、新宿御苑前にある堀内カラーに。
中原の描いた絵を印刷用のデータにするために、写真撮影してもらうのだ。
描いた絵の上にあれこれ貼り付けたりしてあるので、通常のスキャンは出来ない。
急ぎで撮影してもらわないと間に合わないのだが、出来上がりがどうしても月曜日の夜7時になるとのこと。
それでは間に合わないので何とかしてくれないかと粘って、それでも夕方5時。
デザイナーの倉茂君に茅ヶ崎からこちらに出てきてもらい、boidのマックでそれを調整してすぐに印刷所に入稿、というようなことでないと間に合わない。
いずれにしてもその方法は倉茂君と相談することにして、堀内カラーに託す。

事務所から御苑までは歩いて20分くらい。
季節も良くなってきたし健康のためにも歩いて往復した。
この辺りは坂が多く、その起伏のある風景は、電車に乗っていると分からぬまま通り過ぎてしまうのだが、歩くとさまざまな変化が目について楽しい。
途中にある寺は、確か「すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために」の中に出てきた寺ではないか?
あそこに葬られているのは、幸徳秋水だったか、管野スガだったか・・・
その後会う予定になっている青山に尋ねてみようと思っていたのだが、会った時にはすっかり忘れている。

青山とは、おそらく12月の『AA』の初日以来。
事務所開設のバタバタで、すっかりご無沙汰してしまった。
昨日の松田姉妹とも、半年ぶりくらいだった。
この時間の流れの速さは一体何だろう・・・
青山には、かつて作ったビデオ作品を渡す(昨日の日記参照)。
これもそのうち爆音でやりたいものだ。
事務所近所の病院にて諸々の検査をしてもらったらしい青山は、某検査値が「666」という数値を示しているのを教えてくれる。
その数値の大きさ事態も呆れるのだが、その上オーメンにならなくてもと。
だがやはり、それは結構ただごとではない数値ではないか・・・
家に帰り、妻の健康診断の、同じ項目の数値と比較してひたすら呆れる。
どんな人生を選ぶかは個人の判断に任せられてはいるが、しかしその才能を考えると、やはり一人の身体ではないのだから、と言いたくなる。
青山は、ついに完成した新作『サッド・ヴァケイション』のゼロ号試写へと向かう。
私は18日の初号試写に行くことにする。

そうそう、21日のダウザーのライヴでは、最後の曲が、この『サッド・ヴァケイション』からの曲になる予定。
ちょっと前に長嶌が事務所を訪ねてきた時に聴かせてくれたその曲があまりに良かったので、と言うか、これまで何年かのさまざまな記憶を甦らせるようなものだったので、急遽、予定になかったビデオ作品を爆音上映することにしたのだった。
お楽しみに。

夕方になって堀内カラーから電話があり、月曜朝の仕上がりで何とかなりそうだとの報告。
粘った甲斐があった。
これで、事故がなければ無事、20日には先行発売。
堀内カラーさんありがとう。

4月12日(木)

本日は昼過ぎに松田姉妹が事務所視察。
久しぶりにあれこれ世間話を。
どうやら、映画作りがあまりに大変になり、それなら音声だけのドラマでいいじゃないかということになったのかどうかは判らないが、とにかく音声ドラマを収録したCDがなんとなく売れている、という話を聞く。

その後、中原がポスター用の絵を持ってやって来る。
かなりの力作なので驚く。
しかも、本人はまだ物足りないと言って、あれこれ修正を始める。
事務所が一気にアトリエとなり、いろんな素材を切り抜いたり色をつけたりカラーコピーをしたりという作業が始まる。
本来なら夜9時までに近所の画像複写スタジオに持っていかなければ印刷に間に合わない、というスケジュールだったのだが、9時過ぎに終了。
時間はオーヴァーしたが、その甲斐あって、すばらしい作品に仕上がる。
結局、ものすごく贅沢なアルバムになった。
音だけではない、いろんな要素を詰め込んだものに、という当初の目標は十分達成されたと思う。
これなら自分でも持っていたい。
いずれにしても、ほかのレーベルでは決してできないものになったはずだ。
まあ、仕上がりがどうなっているか、という心配も大いにあるので、まだ過去形では語れないのだが。

その後、バウスでの爆音調整。
本日は、青山のビデオ作品。
「秋聲旅日記」「海流から遠く離れて」「軒下のならず者みたいに」「June 12 1998 -カオスの縁-」、それから当日のサプライズ作品(長嶌が選ぶシークレット作品とは違う、青山のビデオ短編)、という順番で。
そのほとんどの編集作業に、私はかなりの時間関わっていて、観ていくうちにだんだんとそのときの状況などを思い出し始める。
それも含めて、なんともいえぬ感慨深い音響調整となった。
「秋聲」と「海流」は爆音作品ではないが、バウスのサウンド・システムの中で見るとさらに音の深みが増す。
特に「海流」の奥行き感はいい。
果たしてこれを受験生に見せてどう思われるのかは謎ではあるが、受験前にこれを観た若者たちの心には一生残るだろう。
自分が受験生のころにこんな映画を見ていたら、人生は変わっただろうか?
「カオスの縁」では、あまりにすごい音圧の低音が出すぎて、スピーカーの危険信号ランプがボワーンと光る。
それも含めて、おそらくライヴよりずっと凶暴な音になった。
音の塊が、ズンズンと身体を揺らす。
これは、オールナイトには来ることができない人にも、ぜひ、レイトの方で観てもらわなくてはと、焦る。
あと1週間で、この凶暴さをどうやったら伝えることができるだろうか。

考えてみれば、このビデオを青山と作るときにboidを立ち上げたのだった。
もう9年も前のことになる。
9年間、やたらと忙しかった気もするし、かといって何もしてこなかった気もする。
ただ、これらのビデオは残った。
しかもどれも面白い。
何か、時間が流れるのではなく、大きな塊として自分を包み込んでいるような、不思議な気分になる。

とはいえ、最後に上映したサプライズ作品は、元々が爆音仕様で作られただけあって、圧倒的。
怒涛の愛、と言ったらいいか。
これを見た人は世界中で200人ないはずだが、たとえば2度目になったとしても、これと「エリ、エリ」を一晩で体験できる幸せは、何ものにも代えがたいのではないかと思う。

それから実は、さらにレアな、もう1本のビデオも、出てきたのであった。
青山のそれを探していたのだが、どこにも見当たらず、どうなったかと言っていた作品。
しかしこれはまたの機会に。

いずれにしても、深夜の爆音調整は、身体には堪えるが、これまた何ものにも代えがたい。

4月11日(水)

いやあ、1週間が早い早い。
目眩く日々である。
余りのことに、カーネーションの本の発売を5月末から7月に延ばし、さらに、引き受けていた「ユリイカ」の大友良英特集がやはり7月に延びたために、ちょっとは気が楽になる。
何とか今週、来週で態勢を整えられる感じになってきた。

とはいえ。
20日に通販のみ先行発売の、ヘア・スタイリスティックスCDにつけるポスターの絵が、まだ仕上がっていない。
いよいよ綱渡りになってきたが、こればかりは中原の仕上げを待つのみ。
通常の印刷では本日が最終だったのだが、特急印刷で、あと2,3日は待てる。
20日には、ジャケット、CD、シールなどがバラバラに事務所に届き、それをみんなでセットして発送という、まさにインディーズの極み。
でもまあ、こういう事も時には刺激になって良い。

夜、帰宅途中、四谷三丁目の駅入り口で、友人にバッタリと会う。
某配給・宣伝会社に勤めているの友人なのだが、5月でやめるという。
次の就職口は決めかねているところらしい。
映画業界はもうどうしようもないし、でも、他に行ったところで事態は変わらず、というしょんぼりした話になる。
まあ、とはいえ、本日出来上がってきたばかりの新名刺を渡す。
新名刺第1号である。
この目出度さが、彼女の未来に役立ってくれるといいのだが。

4月4日(水)

とにかくものすごいスピードで日々が過ぎていく。
息つく暇無し。

本日は、中原CDのマスタリング。
アルバム・タイトルも昨日急遽変更になり、『AM5:00+』となったばかりだというのに、更に内容が本日ですっかり変わる。
マスタリングというより、トラックダウンしながらの新たな曲作りに近いことにまでなってしまった。
スタジオのエンジニア、ピースミュージックの中村さんにはご迷惑をかけたのだが、結構面白がってやっていただいたので、本当に助かった。
おかげで、とても面白いものになったと思う。
アナログ録音の音の厚さと深さは、こうやっていい環境で聞くと本当に気持ちいい。
とはいえ、既にリリースも配布し始め、店舗にも連絡を入れてしまっているわけだから、ここに来ての内容の全面変更は、流通をお願いしているロクス・ソルスに大変申し訳ないことになってしまう。
しかしこればかりはどうにもならず。
ようやくこのヴァージョンで、何かが決まった、という感じなのだ。

その後、ジャケットの話になり、更にジャケットも変更になる。
最初のヴァージョンもかなり良くて、見せた人々からも大好評だったのだが、そこに更なる修正が追加。
バカと言ったら大バカな追加点なのだが、これまた、これで何かが決まる。

というわけで、本当に綱渡りなのだが、何とか発売には間に合いそう。
内容がどのように変更になったかは、追ってお知らせします。

帰り道、中原描き下ろしの盤面デザイン、おまけのポスター作成用のマジックその他を買うためにドンキホーテに寄る。
環7沿いのこの店は、店内がやたらと広く、というか広い迷路のようになっていて、私はただオロオロするばかり。

ああ、それから、もしかすると、boid通販だけのおまけを作るかもしれない。
通販用のCD全部に入っているのではなく、「当たり」があって、それには別の音源入りのCD-Rがついている、という。
CD-Rになるかどうかも謎。
本当にやるかどうかも、発売まで謎。
お楽しみに。