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boid日記 2008年8月

boid日記
text by 樋口泰人

8月30日(土)

夜中に空がビカビカ光るものだから眠れやしない。
まあ、本当に眠れないほど大変な方々もいたわけだから、それくらいでブツブツ言ってはいけないのだが。

いずれにしても、お疲れ状態での目覚め。
とはいえ家族と約束の『崖の上のポニョ』を見に行く。
新しくなった新宿ピカデリーがどうなっているか、見学も兼ねてのことだったのだが、何だかショボイねえ。
チケットや飲食物を買うロビーがバルト9より更に狭いし、劇場まで上がっていくエスカレーターの空間や踊り場は本当に狭く、しかも、エレベーターや階段も見つけられなかったから、絶対にこんな場所で地震や火事に遭いたくないと思う。
音もNG。
神保町シアターがあんなにいい音が出るんだから、やってやれないわけはないのにねえ・・・
映写もバルト9より暗い。
何だか、貧乏人はこれくらいで十分と言われているみたいですっかり嫌気がさす。
椅子と画面の見やすさはOKだったが、まあ、最近のシネコンは大体これくらいが平均点ではないだろうか。

しかし、本当に久々の宮崎駿。
最後に見たのは何かも思い出せない。
『トトロ』とか、あの辺りではないか・・・
『魔女の宅急便』までは見たかもしれない。
いずれにしても、もう20年前である。

というわけで一体この間どんなことになっていたのかまったく想像はつかないのだが、とにかくまるでアメリカ映画を見るような感触で見ることができた。
大波が押し寄せる海岸沿いの道をブンブン飛ばす主人公たちの車の脇を、その大波に乗った魚の上に立つ真っ赤な服のポニョが追いかけていくシーンなんて、まるで『エスケープ・フロムLA』のあのシーンみたいじゃないか!
黒沢さん、小泉今日子に車ブリブリ運転させて、あんな波をざぶんとかけてみたかったんじゃないだろうかと、勝手にニヤニヤする。
それからポニョのお母さんなんて、『ミッション・トゥ・マーズ』に突然登場して我々をのけぞらせたあの菩薩像みたいだったし(笑)。
物語の背景についての説明のなさは、『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』か『ハプニング』。
要するに、日本映画が「そんなことやったら観客がついてこない」ってことを、涼しい顔して日本一のヒットメーカーがやってしまっているじゃん、という現実を見ることができたのであった。
こういうのを見て育った若者たちがプロデューサーになって、「宮崎駿だってやってたんだからOK」というような事を言い出さないのかねえ・・・
「宮崎駿だからできただけ」ってことになっちゃうのかなあ・・・

いずれにしても、この映画の前の予告編で延々かかった日本映画はどれもこの映画の足元にも及ばないということが、もう、予告編だけで丸わかりであったのだが、これだけつまらなそうな日本映画の予告編ばかり見せられると、結局その中でちょっとだけ面白そうなものを見に行こう、ということになっちゃうんだろうね。
完全に世界が閉じられている。
妻も、外国映画の予告編が一本もなかったことに驚いていた。
まあ、外国映画が面白いのかどうかは別の問題ではあるのだが。

映画が終わってロビー階に戻ると、土曜日夕方の混雑で満員電車状態。
何だろうねえ、これは。
映画を見ようとする人と外に出て行く人の、それぞれの導線がまるで出来ていない。
グシャグシャである。
これって、マジで、消防署の検査は通ったのだろうか?
少なくともシネコンという場所は、上記のように、人々の視線の広がりを巧みに遮って世界を閉じさせることで、資本側の思惑通りの道筋を人々の無意識に植え付ける場所として機能する場所ではなかったのかと、劇場から出た途端この混乱ぶりという出来損ないな事態にちょっと呆れる。
いや、無意識の中に道筋を植え付けてさえしまえば、あとは家畜のように扱ってもOKということなのか?
とまあ、怒りの妄想はムクムクと膨らむのであった。
私がこういう場所に全然慣れることが出来ない、ということだけなのかねえ・・・

その後、HMVへ。
本日のお目当ては、直枝さんから推薦の、ニルス・ロフグレンが弾き語りでニール・ヤングの曲をやった『The Loner』というアルバム。

loner.jpg
the loner →

だが、発売されて1ヶ月くらいだというのに売っていない。
うーむ。
その他、青山から推薦のマーク・スチュワート新作もちょっと前まで売っていたのにもう無くなっていて、ローウェル・ジョージ娘もなし。
R.L.バーンサイドも当然なし。
せこくHMVの3ポイントにて、とか思わずに、ネットでさっさと注文すれば良かった。
あるいはタワーに行けばいいんだよね。
仕方ないのでこんなのを買って、爆音で憂さ晴らしをしたのだった。

ronnie.jpg
ロニー・スペクター『サイレン』→

8月29日(金)

月刊へア・スタ第6号のマスタリング。
午前中、中原に電話したのだが留守電になってしまった時は、さすがに今回は無理かと半分諦めかけたのだが、家宅捜索(というほど大げさではなく、ただ迎えに行っただけなのだが)の末、予定より1時間遅れで開始。
やり始めてみると、何のことはないちゃんとできているのであった。
というか、12号連続発売の前半期を締めくくるのにふさわしい出来。
妙な大作感もあり、空間の広がりも素晴らしい。
屋外で聴きたい。
空と大地とともにこの音を味わいたい気分になった。
これまでの5号とは更に違った場所を切り開いたとも言えるのだが、しかし逆に言えば、今後はこれを踏み越えていかねばならないということで、ますます毎号ごとのハードルが高くなる。
ある種の達成感とともに、今後のプレッシャーが寄り強まる本日であった。

作業後は中原も私もグッタリ。
まあ、この10日間ほどは本当にハードな日々であった。

私はちょっと休めるはずだったのだが、休もうとするとなぜか仕事がやってきて、もちろん引き受けなければいいのだが、どれもそれなりに諸事情あり断り切れず、これからの1週間を考えただけで青ざめるばかりなのだ。
身体が3つほしい・・・

そういえば昨日、原君がiPhone を使っていてあれこれと使用感を尋ねたのだが、そしてちょっと前柳下君と会った時もやはりiPhone に変えており、どう見ても何とか手に入れたくなるオーラを発していた。
とはいえ、じゃあ今の携帯をどうするか、あと1年ちょっとは使い続けないと2年間の契約不履行になり余分な使用料を支払わなければならず、かといって2台持ちするほど使い倒しているわけではないので結局諦め半分で眺めているしかなかったのだが、本日は阿部君から、iPhone に変えたという連絡が来る。
うーむ。
こうやってiPhone への壁が次々に破られていく。

オーラといえば、本日久々に、姫から「今日はいつもより濃い」発言が。
もう、2年くらいオーラに関しては特に何も言われなかったので、さすがに姫も見えなくなっているのかと思ったら、そうではなく、あまりに当たり前だから何も言わなかっただけとのこと。
いずれにしても、かつては「ティッシュの箱より薄い」と言われた私なので、「濃い」発言で少し気分は良くなる。
妻は自分のオーラがだいぶ薄くなったのではないかと心配しており、姫がじっと見つめたまま何も言わないので「オーラがなくなったのか」と問いかけると、そうではなく「普通」との答え。
いつもとあまり変わり映えしないらしい。
ただその後姫はニヤニヤ笑いながら、「お父さんの寄りずっと濃いけどね」と付け加えたのであった。

8月28日(木)

本当に久々に、爆音調整のない木曜日。
とはいえこの雨模様で、昼食時に酷い目にあう。
タダでさえ、湿気がダメでグッタリなのにねえ・・・

夕方からはジュンク堂トークセッション。
原君に会うのは数年ぶりか。
とはいえ、まあ、昨日会ったばかりのような再会。
酒も飲めず、ものぐさで、人と会うのが基本的に嫌いな私は、放っておくとどんどん誰とも会わなくなってしまうので、こういう機会ができて、何となく嬉しい。

本日は、最初のネタが、大ネタと言えば大ネタだが何も話すことがないといえばまったく何も話すことがないものだったのでちょっとヒヤヒヤしたが、次第に、パソコンのこと、パソコンで音楽を作ること、テープやCD-Rといった通常の流通システムから微妙にずれた「物」のことなど、この話を聞いて12ヶ月連続アルバムを聴いていけば、更にその音の意味が納得できるような内容になった。
毎回聞いていると、自分の今やっていることやってきたことやるべきことが次第に明らかになってくるようで、毎度のことながら貴重な時間を過ごしたという気分。
何というか、こんなしょうもない音楽(いい意味で)を聞かせてダラダラ話すイヴェントなんて、そうはあるものじゃない。
しかもそのしょうもなさとダラダラ話の中に、何か大切なものがゴロッと転がっている。
本屋さんの企画なので、本来ならアカデミックで、来場者の誰もが「お勉強」した気持ちになるようなものをしなければならないのかもしれないのだが、もちろんそういうところからは何も生まれない、というのがこのイヴェントの趣旨でもあって、それを12ヶ月もやらせてくれるジュンク堂に感謝。

しかし、明日は6号目のマスタリング。
相変わらず、曲は全部できていないという状態。
果たしてどうなるか。
でも曲名だけが決まっている(笑)。

8月27日(水)

本日は試写2本。
久々ということもあり、なんともグタグタ。

1本目はデ・パルマの『リダクテッド』。
あまり評判は良くない、イラク戦争の疑似ドキュメンタリーなのだが、どうして演出も編集もさすが、という感じ。
問題があるとすれば、予め書き込まれた登場人物それぞれの役割があまりに分かりやすすぎたり、映画の終わり方があまりに陳腐だったりするところか。
でも、泣いてた人もかなりいたようなので、まあ、これはこれでいいのかもねえ。

それより、ビデオカメラを手にした60歳過ぎのデパルマが何だか嬉しそうに思えて、それがちょっと気持ちよかった。
平気でヌーヴェルヴァーグやっちゃってるからねえ。
この映画好きぶりを「嫌だ」と思う人も相当いるんじゃないかと思うのだが、私はOK。
こういった子供じみたことを今堂々とやれる人って、そうはいないと思うから。

その後、ロブ・ゾンビの『ハロウィン』。
映画を見始めてから、この映画をすでに見ていたことにようやく気付く(1月22日付け日記参照)。
うーむ。
プレスを見て、あのマニアックな出演者たちを見ても、まったく思い出さなかった・・・
記憶喪失はますます進行中。
とはいえ今回は、最後に流れる50年から60年代のスウィートな音楽にピンと来た。
あの煌びやかな甘さに貼り付く、この荒涼とした何か。
ティム・バートンの『シザーハンズ』や『チャーリーとチョコレート工場』の裏側の狂った空気とは微妙に違う、よりギスギスしたもの。
アンプの電源を落とさぬまま、プラグを入れてしまった時のノイズのような、何処かで人間の手を加えないと発生しない異物の貧しさと言ったらいいだろうか。
まあ、なくてもいいものなんだけどね。

事務所に戻ってからは原稿を書きつつ、小爆音にてニール・ヤングの76年ライヴのブートレッグを聴く。
これくらい音が悪い方が血が騒ぐのはなぜだろう。

8月26日(火)

昨夜はその後、諸事情あり、朝までニール・ヤングの『今宵その夜』を聴いていた。
アルバムごと、さまざまなエピソードに事欠かないニールさんではあって、このアルバムもまた暗く重いエピソードが貼り付いているのだが、私にとっては何処かの納屋の中、ロウソクの光だけを頼りにセッションを続ける当時の映像が強烈に印象づけられている。
ああ、死者と共に、そしてアメリカの血の歴史とともに演奏するとはこういう事なのだと、その映像を見た時に思い知らされた。
そしてそのスタンスがそのまま、DVD『ハート・オブ・ゴールド』のステージ上でも再現されていたように思う。
あの、ステージ奥に控えた黒人コーラス隊の薄ぼんやりとした姿こそ、「今宵その夜」のセッションでニール・ヤングたちがともに演奏した微かな人々の姿ではなかったか。
ロックはそこから逃れられない。

しかし、である。
その映像をどこで見たのか、まったく思い出せないのである。
相変わらずの記憶喪失。
『イヤー・オブ・ザ・ホース』ではなかった。
となると何か?
ライヴ映像ではなく、当時撮られていた資料映像だから、ドキュメンタリー的な要素を持つ映画でしかあり得ないのだが・・・
もしかすると『ジャーニー・スルー・ザ・パスト』の中だったか?
久々に、ニール・ヤング・チームに連絡を入れ、教えを請う。

で、その結果やはり『ジャーニー・スルー・ザ・パスト』であったことが判明。
もちろんブートでしか出ていないDVDだが、とにかく『今宵その夜』を聴く羽目になった「諸事情」の主に、無理矢理見せることにする。
本人はまだ何のことかまったく分からないかもしれないが、私を関わらせてしまった以上、こういったことからは逃れられないと覚悟しておいてくれ。
このプレッシャーは私からのものではなく、死者たちからのものだと思ってほしい。

それから、この夏、アイルランドでの2回のニール・ヤング・ライヴを堪能してきたN氏によると、どうやら昨年のツアーよりも更にニール氏は充実しきっていて、アイルランドでの2回は30分にも及ぶ「No Hidden Path」がクライマックスだったとのこと。
いやあ、もう、それだけでうずうずしてきてしまうではないか!

これは昨年の「No Hidden Path」↓

そしてこれが今年のもの↓

(N氏の名誉のために付け加えておきますが、もちろんこれはN氏が撮ってきた映像ではありません。あくまでも私がYou Tubeから貼り付けただけのものです)
 
とはいえ本日は、寝不足を思い切り引きずったまま、打ち合わせやら打ち合わせやら打ち合わせやら・・・・
コーヒーとお茶とジュースと水とで、胃の中はタポタポである。
しかも、耐えられないくらい眠い。

帰宅後は、以前ちょっと紹介した『Girls Rock』(6月23日付け日記参照)を見る。
もちろん字幕無し。
アメリカの権利元から調達してもらったのだった。
70年代末から80年代前半、聴きたいアルバムがあまりに日本盤にならず、しょうがなく解説も歌詞カードもない輸入盤のレコードを漁って聴いていたように、映画もそうなってきたような気がする。
誰もやってくれないから勝手にやるしかない。
ただこの映画に関しては、どうやらいくつかの日本の配給会社からも問い合わせが入っているようなので、boidの出番はないかもしれない。
それはそれで良し。
なんとか公開に漕ぎ着けてもらいたい。

内容はというと、とにかくまず、全力で声を出し、音を出すというロックの基本を教える映画であった。
まずはそれ。
今ここで力の限りを振り絞り、とにかく生きる。
コンプレックスから生まれる声や音ではなく、まずは全力を出すことで私自身がその声や音そのものになっていくような、そんな感じ。
そしてその全力の生がいつの日か『今宵その夜』の背後にいる死者たちに届くことになる。
来年の爆音映画祭でなんとか上映できたらと思う。
私の娘は今中3なのだが、この映画を小学校5,6年生の頃に見せたかった。

それから、何人かから、その後の猫の成長ぶりは?
との質問を受けた。
こんな感じである。
大人びて、姫様な空気を漂わせ始めている。

Image110.jpg Image109.jpg

8月25日(月)

月曜日は基本的に事務作業に明け暮れる。
はっきり言ってもう、試写には全然行けない。
どうしたものかと思う。
例えばこれまでのように、公開前の映画についてのレビューではなく、今月映画館で見た映画について、どうしてそれを見たか、というようなことも含めての文章の連載とか出来ないものか。
まあ、贅沢な話だが。
なにかもう、1週間、1ヶ月が経つのが早すぎて・・・

ちょっと焦って試写状を整理してみたのだが、ピンと来る映画があまりにない。
いや、単にボーッと見に行けばいいだけなのだが、時間がないとつい、何かを期待してしまうのだ。
そうではなく、単にボーッと見たい。
やはり試写室でも特集上映でもなく、ブラブラとそのあたりの映画館に行きたい。
まずは「ダークナイト」か。
「俺たちダンクシューター」を見逃している・・・

久々に安井君から連絡がある。
ハードディスクが壊れてこの2週間ほどまったくネットにもアクセスできていない状態だったとのこと。
もちろん現在も同様。
そういえば、大寺も、直枝さんも、ハードディスクが壊れたと言っていた。
全部この1,2週間の話である。
どうしたんだろう。
私の自宅のパソコンもそろそろ怪しいので気を付けねばと思う。

というわけで、安井君にメールにて連絡した方々。
メールはまったく通じません。
電話にて連絡を。

8月24日(日)

いやあ、眠い眠い。
1日中グダグダである。
オールナイト企画はいよいよ若者たちに任せねばなるまい、と確信するくらいへばる。
トロトロしていて目が覚めたらオリンピックのバレーボール決勝をやっていて、そのパワーとスピードにビックリ。
「ニッポンチャチャチャ」は単にお茶の間の出来事でしかないことを目の当たりにする。
広告代理店の作り出したスポーツ中継もまた、昨夜のトークで青山が言っていた「J-pop」のようなものだろう。
まあ、国内消費で潤っているんだからそれで充分、と言われてしまってはどうにもならないのだが。
更にトロトロして目覚めると、白髪のジミー・ペイジがオリンピック閉会式で「胸いっぱいの愛を」を弾いていた。
次回のロンドン・オリンピックへの引き継ぎの儀式なのだそうだ。
もし、その後のオリンピックが東京になったとしたら、こういうのは一体誰がやるんだろうねえ。

昨日のヘア・スタ本願寺ライヴは、相当なものだった。
1000人は楽に収容できる本堂の会場中に音が反響し、一瞬、会場全体が別のものへと変容したかのような印象を受けた。
至福の時。

その後はバウス。
青山・黒沢トークでは、今後のboidの活動のためのさまざまなヒントが語られたように思った。
我々がつい簡単に「アメリカ映画」と言ってしまうアメリカ映画の実体のなさと、そしてその実体のなさ故なのかまるで「アメリカ映画」というものがあるかのように思ってしまう我々の根拠なき確信についての説明と検討を、これまでとは違うやり方でやらねばならない、そのヒント。
そのトップバッターとして黒沢さんにお願いしていることがあるのだが、いよいよそれを形にしていかねば。
黒沢さんにとってもそこそこの負担になることだろうから、焦らずやれたらと思う。

そうそう、黒沢さんの話によると、「ポニョ」はかなり見るべきものがあるとのこと。
宮崎駿に関しては、このところすっかり見逃しているので、今度の週末にでも子供を誘って見に行ってみようと思う。

8月22日(金)

1週間があっという間に終わる。
オリヴィエ特集も、本日でオリヴィエ作品は終了。
結果的に大成功の特集となった。
あとは「友人たち」の映画の1週間。
今、この日本で映画を作ることの意味を感じていただけたらと思う。
明日のオールナイトの青山・黒沢トークも、時制と場所をめぐってのものになるのではないかと思っている。

と、そんなところに(すでに22日深夜25時)、京都の中原から連絡あり。
どうやら、鴨川で荷物を盗まれたらしい。
演奏用の機材は、すでにライヴ会場でセッティング済みだったので無事だったが、録音用のマイク(耳の形をしたレアなマイクなのだ)やパスポートが入ったバッグ。
それらを売ったところで大した金額になるわけでもないのにねえ・・
まあ、そんなことは中身を見てみない分からない訳だけど、どうせなら中を見なくても分かるくらいのプロに盗まれたいものだと思うものの、そういったプロはこのようなバッグは盗まないわけだから、そんなことはあり得ないのであった。
うーむ。
一昨日はニューヨークでの落とし物見つかりエピソードのいい話をお知らせしたばかりなのに。

しかしまったく、明日の本願寺のパイプオルガン・ライヴの録音は一体どうしたらいいのだ!

8月21日(木)

木曜日深夜は恒例の爆音調整。
本日は「レイクサイド マーダーケース」。
さすがにもうすっかり疲れ果ててしまっているので多くは書けないが、とにかくちょっと唖然。
何かもう、画面に映っていないあれやこれやの微かな音がひとかたまりになって、スクリーンから飛び出してくる。
土曜日のオールナイトは、「アメリカの友人」「レイクサイド」「ドッペルゲンガー」の順番で上映することにしていたのだが、「レイクサイド」と「ドッペルゲンガー」の間の休憩時間をいつもより長めにとってもらうことにする。
夜明けに「レイクサイド」というのも大変だし、だからといって、すぐに次の映画に行くというのもつらい、という相当ヘヴィな何かを、皆さん引き受けることになるだろう。
いやはやビックリ。

そんなところにNYのジェイさんからのメールが。
「作業日誌」を読んだ方は誰ももう驚きはしないだろうが、日本語が読めない方々にとっては相当な驚きであったようで、中原の買い物について、下記のような記述が。

all the money that came in went right back out...

明日は京都のクラブメトロでのオールナイト、そして土曜日は築地本願寺にて。
本願寺でのライヴは、本堂にあるパイプオルガンを使ってのものになるので、多分、将来的にも2度とない演奏を聞くことができるはず。
料金は無料なので是非。
中原の演奏は17時55分からということになっている。
多少の前後はあるとは思うが。
20分から30分くらいの演奏。

8月20日(水)その2

今、今回のアメリカ・ライヴの招待をしてくれたニューヨークのジェイさんからメールがあり、落とし物の主が見つかったとの知らせ。
まあ、いきなりこんなことを書いても誰も分からないのだが。

実は昨日、全く見ず知らずのニューヨーク在住の方(日本人ではない)からメールがあり、地下鉄の中でバッグを拾ったとのこと。
そのバッグの中に、中原がニューヨークで行うチラシが何枚か入っていて、その他に古本、レコード、CDがあれこれ。
で、もしかするとヘア・スタイリスティックスの荷物ではないかと思い、boidの連絡先にたどり着いたというものだった。
それだけならもしや本当に中原か、と思っても不思議ではなかったのだが、もうひとつ、帽子も有人の情報で、これはおそらく中原のものではないだろうと判断、とにかくジェイさんの所にこんなメールがきたが誰か心当たりは? というメールをしておいたのだった。

そしてジェイさんが、そのメールをくれた方に連絡、結局、No Neck Blues BandのKeith Connollyさんの荷物だったことが判明したのである。
どうやらそのバッグを拾った方も音楽好きの人だったらしく、その日のライヴのことも知っていてのことだから運も良かったのだと思うが、何となくいい話でもあるので、追加の報告でした。

ちなみに、No Neck Blues Bandのアルバムは、中原のアメリカ土産の1枚であった。

8月20日(水)

とりあえず中原が無事帰国。
戻ってきた時の荷物を見て、分かってはいたもののさすがに呆れる。
ひとりで運べるような代物では全くない。
この荷物を持ってLAとNYでライヴをしてきた、そのエネルギーは一体どこから来るのだろうか。
まあ、愚痴の一つや二つや三つや四つは出てきて当たり前なのであった。

だが、渡米中の話を聞いていると、それなりにエンジョイもしているではないかと思えてくる。
ジム・フィータスやトニー・コンラッドもライヴを見に来てくれたとか(単に会っただけか? すでに私の記憶があやふやである)。
ゲイリー・ウィルソン(7月18日付け日記参照)は、LAの初日のライヴハウスの下の会場でライヴをやっていたとのことだし、何と、ニューヨークの紀伊國屋でも「作業日誌」を売っていて、それにもサインしてきたとのこと(笑)。
ニューヨーク在住のファンの方々、今ならサイン本を紀伊國屋で手に入れられます!

そしてそのトニー・コンラッドも見に来たというニューヨークでの最後のライヴ音源を聴いたのだが、この音の空間はこれまでにないものになっていた。
どうやら会場のスピーカーの配置や、音を出す方向が独特で、それをフルに使ってみたのだという。
いつの日か、これを形にできたらと思う(案外近い日になるかも)。

その他、月刊ヘアスタ5号「30 Minute Panty People」が出来上がり、各所に発送。
そして、10月のサーフ特集の打ち合わせなどなど。
気がつくとあれこれやらねばならないことだらけなのであった。
未だ連絡できないでいる方々多数あり、しばしお待ちを・・・
明日で何とか通常営業に戻れる予定。

8月18日(月)

田舎に戻ると終日爺婆たちとのお茶のみ話となるので、もう、身体がグダグダになる。
とはいえ、6月に祖母の葬式で帰った時より、その子どもたちが皆さん心なしか元気になっているので一安心。
一番の心配であった私の父も、とりあえず再退院して、無事通常通りの生活をこなしている。
まあ、あの咳の感じからいうと、果たしてあとどれだけ生きていられるか、という心配もあるのだが。

いずれにしてもそれやこれやで仕事に復帰。
休みの間の整理をしているうちに夕方になってしまう。

で、夕方からは中目黒某所にて、梅本夫妻、黒沢夫妻、青山、そして私というメンバーにて食事。
せっかく地図を印刷して持って行き、中目黒駅で確認したにもかかわらず、またもや適当な判断が出て、駅前の山手通りを反対方向に進んでしまう。
しばらく歩いてからそれに気づき、結局汗だくになりながら20分の遅刻。
まあその分、うまい夕食にありつけたわけだが、それがなくても十分にうまい食事であった。
食い過ぎなり。
明日から、ようやくちゃんと仕事。

帰りのタクシーの中で、青山から、ローウェル・ジョージの娘のアルバムほかを見せられる。

inora.jpg
Inara George →

このところCDを購入する勘がどうも鈍っていることもあり、いろんなものを買い逃している。
ベックの新作、マーク・スチュワートの新作も薦められる。
マーク・スチュワートは、私の場合、最も待望したあの時代に来日してくれなかったこともあり、もう完全に「過去の人」扱いをしてしまっていて、その後のライヴなんか行けるかくらいな悔しさとともにあるので分かっていたが買う気持ちになれなかったのだった。
しかしどうも本気でいいらしい。
心を入れ替え、分かったつもりにならず、新たな気持ちで聴いてみることにする。

msm.jpg
mark stewart + maffia →

マフィアの3人も健在とのこと(って、もう、こんなことはみんな知ってるか・・・)。

8月15日(金)

昨夜の調整の時に、バウスの映写の小嶋さんから奥歯の詰め物がとれた話をされ、この時期は歯医者も休みだから辛いですよねえと笑っていたのだが、いきなり朝(昼)から詰め物がとれる。
何も私まで付き合うことはないと思うのだが、どうにもならず。
しかも、バタバタと夏休みにしてしまったために、本来ならしておくべきことがされておらず、結局は事務所にて半日。
夕方から「ダークナイト」を見ようと思っていたのだが、気がつくと買っておいた前売り券がない。
家に置いてきたとかいう話ではなく、完全に何処かに落としてしまったのだ。
今さら当日券で入るのも、再度、安売りチケット店に行くのも腹が立ち、調子の悪かった事務所のパソコンのキーボードを買いに新宿西口のヨドバシカメラに行くことにして何とかキーボードは見つけたものの、どうやらその箱にダニらしきものがついていたらしく、持っていた右手を10箇所ほど刺されてかゆくて仕方ない。
というちょっとうんざり気味の夏休み二日目であった。
あーあ。

夜は、「レディアサシン」最終日と、二日連続の音調整のためバウスへ。
結局全然休んでないじゃん、という話なのであった。
とはいえ「レディアサシン」は無事終了。
予想を超えた動員、というわけにはいかなかったが、1週目はハラハラしたものの2週目で盛り返しほぼ想定通りの動員となり、社長としても一安心。
ただ、フィルムでの上映と勘違いして来場された方もあったようだ。
boidで作ったチラシには、そのような勘違いを避けるためはっきりとDVD上映というのを書いておいたのだが、そのチラシがなくなり、最後に作った仮のチラシに書き損ねてしまったのであった。
勘違いされた方、申し訳ありません。
また、次回からは、チケット販売窓口にも、大きく表示しておくようにします。

明日からの「CLEAN」は、ビデオ上映です。
バウススタッフの皆さん、告知と表示をお願いします。

で、本日は、その「CLEAN」の調整。
すでに爆音映画祭の時にやっているので本来ならやらなくても大丈夫なのだが、前回のデッキとは違うので念のため。
今聴いてみると、多少音が硬く、少し高音を削ってもらう。
でもまあ、何度見てもいい映画だねえ。
権利料の問題や上映素材の問題で、おそらくこれが最後の上映になる。
すでに見てしまった方も、再度いかがですか?
いい映画は見るたびに違った表情を見せますよ。
そういうのが楽しくて、こういう上映をやっているんだよなと、あらためて思う。

「ドッペルゲンガー」や「レイクサイド マーダーケース」といった映画をやるのも同じ思い。
どうしていつでもどこでも見られる映画をやるのかとか、おそらくそれらは全然人が来ないんじゃないのとか、何人かに言われたりしたのだが、そして確かにその通りかもしれないのだが、いやだからこそやるのだと思っている。
滅茶苦茶贅沢な上映、ということなんだけどね。
でも本当に、ちょっとしたことで映画はいろんな表情を見せる。
「見た」つもりになっていたら、大間違いなんだよねえ。
オリヴィエ・アサイヤスの映画は、本当にそういった変化に富んでいて、そこでいつも驚かされるのだが、描く物語の問題もあるのか日本では簡単には受け入れられない。
とりあえずこちらの気持ちの持ち方としては、こんな贅沢、そう簡単に分かられてたまるか、ということにしておく(笑)。
明日から台風らしいので、すでに、しょんぼり状態なのであった。
雨が酷くならないことを願うばかり。

明日は実家に戻る。

8月14日(木)

夏休みということで、たっぷりと昼寝を。
その他は、ほぼ何もせず。
猫の爪切りくらい。
とはいえ夜は、バウスにて、「アメリカの友人」の音調整。
爆音ではなく、「適音」に。
何カ所かノイズの発生や画面の乱れが出てしまった。
フィルム自体の問題でもあるので、果たして当日までに直るかどうか・・・

久々に観た「アメリカの友人」は、さすがに登場する監督たちのほとんどが既に亡くなっていて、ちょっと呆れる。
30年前の映画なんだよねえ・・・
確か最初に観た時に死んでいたのは、ニコラス・レイとジャン・ユスターシュくらいだったはずなのだが。
今や、サミュエル・フラー、ルドルフ・シンドラー、ジェラール・ブラン、ダニエル・シュミット・・・
一方、ルー・カステルの不気味な若さにも驚く。

帰宅後、監督ではないがデヴィッド・ブルー追悼ということで、彼のアルバムではなく、彼を歌ったジョニ・ミッチェルの「ブルー」を、久々に聴いた。

blue.jpg
blue →

8月13日(水)

昨日の日記ではちょっと大げさに書いてしまった。
殺し屋の「こ」の字くらいはありますね、「レディアサシン」。
しかしたとえば、殺し屋から逃れたいのに身体に染みついた殺し屋の「機能」が自分を自由にしてくれない、というような、より悲しいかもしれない物語にはせず、何だかどうしようもなくなってしまったひとりの女があれやこれやドタバタしながらギリギリのところで生き抜いていく、というちょっとさっぱりしない物語にするところが「アメリカの友人」たる所以。
それは見る方にとってもそこそこ気分の良くない体験でもあるから、多くの人に受け入れられるのは容易ではないのだが、ただ、もはやそこからしか映画は始まらないのだという意思が、オリヴィエ・アサイヤスの映画を支えているのだ。

本日は、明日からboidも夏休みということもあり、事務作業整理にあたふたし、午後からは「マシュー・バーニー:拘束なし」の試写。
現代美術にまったく疎い私は、マシュー・バーニーについても、この映画の元になった「拘束のドローイング9」に関しても情報ゼロ。
金沢で3年前に個展をした時も、知ってはいたが、「はあ・・・」というような反応しかできなかったのであった。
この映画は、「拘束のドローイング9」のメイキングみたいなドキュメンタリーだから、とにかく「拘束のドローイング9」を観てみたい、というしょうもない感想しか抱けないのだが、どうやら同時上映すると言うことなのでありがたい限り。
ちなみに私は、バーニーさんがビョークの夫であるということも本日始めて知ったという、無知なオヤジとなっていたのであった。
ただ、ビョークがこの映画の中で語っていたのだが、「拘束のドローイング9」のために作ったという、まるで通奏低音のように、音楽ともノイズとも言えない状態で聞こえてくるサウンドトラックは、爆音で聞きたくなった。
機会があったら一度「拘束のドローイング9」爆音上映をやりたいと思う。
「拘束なし」でもちょっとだけ引用されるそのシーンは、なかなかな迫力であった。

その後、事務所にて長嶌と今後の展開について。
というのは表向きのテーマで、ほとんどはまあ、無駄話なのだが、時々こういったことから何かが始まることもあるので「無駄」ではない。
長嶌によれば、「ダークナイト」と「レディアサシン」は2本立てで観るのがよろしいとのこと。
ポイントは、それらの物語の背後にある「国家」のあり方の違いなのだそうだ。
「ダークナイト」を観ていない私には何とも言えないのだが、木・金のどちらかで「レディアサシン」を観ようと思っている方々、その前に「ダークナイト」を。
わたしも、この休みのうちに、見に行ってみようと思う。

というわけで明日から夏休みなので、メールなどの返事が遅れます。

8月12日(火)

暑さに負けつつboidは労働の日々なのだが、世間は完全に夏休みだからどうも調子が狂うねえ。
本日は、出来上がったTシャツを汗だくになりながら運び、袋詰め&発送。
そうしているうちに、「30 Minute Panty People」のジャケットも届く。
こんな感じである。

 

何かもう、見ているだけで顔が緩んできてしまうのだが、いかがなものだろうか。

夜はバウスへ。
やってきていた知り合いによると、どうして女殺し屋なのにあんなにドタバタとなってしまうのか、それがどうしても腑に落ちないとのこと。
いやいや、実は、「アサシン」というタイトルが付いていて皆さん誤解されているかもしれないのだが、彼女は殺し屋でも何でもない。
単なる色仕掛けの情報屋として男に尽くしていただけの、誰も頼る人のいない寂しい女性に過ぎないのである。
日本盤のDVDのタイトルがそうなっているだけで、原題は「Boarding Gate」です。
殺し屋の「こ」の字もないのでした。
DVDの発売が決まってから、急遽公開を決めたのでタイトルを変えるわけにもいかず、どうにも分かりにくいことになってしまったのである。
まあ、そういった事情は、簡単には伝わらず、まあ、伝わったからどうだと言うこともないのだが、新装なった「映画芸術」の特集が「私たちは自由に映画を観ることができているのか?」という特集だったりすることを知ると、こういった上映企画のあれこれを、どうして取材に来てくれないかなあと思ったりする。
「CLEAN」だって「冷たい水」だって、そして、この「レディアサシン」も、黙ってたら観ることができないからあれこれ動いて、ようやくここまで漕ぎ着けたのにねえ。
例えば、ダグラス・サークの特集がどうやってできていったか、PFFのスタッフがどんな大変な思いをしたか、というようなリポートを載せるだけでも、雑誌としてのスピード感がまったく違ってくるはずなのだが。

ただいずれにしても、黙っていたら映画を自由に観ることができない状況にあることは確かだが、とにかく動いてみると、時々なんとかなったりする、というのも確かである。
多分、これまでのような興行形態が成り立たなくなってきた半面、個人の勝手な動きが通じる部分も出てきた、ということなのだろう。
ならば勝手に動くまで、というのがboidのやり方である。
つまり誰もが、「Boarding Gate」に立たされているのだと思うからだ。

8月9日(土)

暑い上にオリンピックまで始まってしまったから、世間は完全に夏休みモードである。
町に出てもあまり人がいないのは嬉しい。
久々にHMVに行き、3ポイント・デーなのをいいことにあれこれ買ってしまった。

本日の1枚はこれ。

IDA.jpg
MY FAIR, MY DARK EP →

昨年末に、色違いのジャケットのアルバムを出したIDAの、8曲入りのミニ・アルバム。
リリースされたアルバムを聴くだけの側の勝手な妄想でもあるのだが、音楽を演奏することと生活することが見事に一致した音。
ちょっと前にリリースされたボニー“プリンス”ビリーのアルバムといい、IDAといい、まだまだアメリカの音楽は捨てたものではない。
9月には来日するようだ。
詳細はここにて→
上記アルバムには、レヴォン・ヘルム、タラ・ジェーン・オニールなども参加。

ついでに、ずっと買い逃していたインクレディブル・ストリング・バンドの紙ジャケ3rd「The Hangman's Beautiful Daughter」も買う。
ただ、ジャケットが違うんだよねえ・・・

こっち↓じゃなくて、確か裏ジャケだったはずのふたりの写真が表になっている↓
いや、日本盤は元々ふたりの写真のやつだったのか・・・
ISB01.jpg ISB02.jpg
The Hangman's Beautiful Daughter →

これについては多分、紙ジャケが発売されたころに音楽誌などで解説がされてたんだろうねえ。
あとで誰かに尋ねてみよう。

で、インクレディブル繋がり、というわけではないのだが、「ハルク」を見に行く。
「ダークナイト」が結構いける、という話は中原から聞いていたのだが、さすがに今日は混んでいるだろうから、ひとりで行くのも寂しくもあり。
歌舞伎町の、とても綺麗とは言えない映画館にて。
しかしまあ・・・
一体、このどうしようもなさは何なんだ・・・
監督は、「トランスポーター」シリーズのフランス人とのこと。
予告編でやっていた日本人プロデューサーと監督によるハリウッド映画「シャッター」の方がまだマシに見えたのだが、まあ、実際に劇場で見てみるとあまり変わり映えしないのだろう。
冷房も効きすぎていて具合も悪くなり、本来ならその後、河村くんの個展のクロージングに行く予定だったのだが、グッタリして帰宅。

夕食後に10月の爆音サーフのためのDVDを見る。
「イマジン」という作品。
ジョン・レノンとはまったく関係なし。
その中に「ソウル・サーファー」という言葉も出てくるのだが、サーファーたちの魂の旅路。
爆音向きではないかもしれないので上映するかどうかは分からないが、これもまた、生活とサーフィンとが限りなく一致する方向に向けての物語であった。

ただ、こういったものをたっぷり身体に注入した上で、更に野蛮な映画や音楽があったらいいのにと、贅沢極まりないことを考えているのであった。

8月8日(金)

爆音調整の翌日はただでもボーッとするのにこの暑さと、そして『ドッペルゲンガー』の「あり得ない場所に行く運動」を体感してしまったあとでは余計に始末が悪い。
Tシャツ第2弾発送作業をしたくらいで、あとは何となく1日が終わってしまう。

先日、もうすぐ発売になるジョン・カサヴェテスの『ミニー&モスコウィッツ』の注文があまり来ていない、という話を聞いた。
9月10日発売なので、買う方の感覚だとまだまだ先なのだが。
でも、店舗に置いてないと買うこともできないからねえ・・・
書籍もCDもそうだが、発売点数が多すぎるので店舗もいっぱいいっぱいなのだろう。
しかしだからこそ、店舗の仕入れ担当者の能力が問われるのだと思う。
うっかりしているとみんなアマゾンにとられてしまうことになる。
私は、みんなアマゾンで結構、という過激派である。
今の、流通システムは完全に破綻しているので、それをいくら覆い隠そうとしても無駄だし、結局儲けるやつが儲けるばかりとしか思えないのだ。
ただ一方で、現状維持でもなくアマゾンでもなく、別の回路もあるだろうと思う。
今、boidと直接取引を行っていただいている店舗の方々と、新たな回路を見つけ出して行けたらと思う。

minnie.jpg
ミニー&モスコウィッツ →

8月7日(木)

本日は、午後からずっと人と話している1日となった。
中原が仕入れたアナログ・シンセ・ソフトはかなりいい音が出る。
私は、機材に関してはまったく疎いのだが、しかしこれはかつてのアナログ・シンセを使っていた人が聞いたら多分唖然とするのではないか。
この成果は、いずれ、月刊ヘアスタの何処かでお披露目できるはずだ。

で、中原がもらったというiBookが起動しないというのであれこれ調べてみたら、何と、メモリが入っていなかった(笑)。
まあ、もらい物だから仕方ない。

数年ぶりにPHEWとも会った。
子供の受験の話で盛り上がるが、川崎も高円寺も、中学はボロボロである。

爆音サーフのスケジュールも決まる。
10月4日から。
こちらはさすがにもう、映画ファンの方々にサーフ映画を観てもらおうというのは諦め、その他の人々向けで少しでも広げられたらという方針。
まあ、それもどこまでできるか・・・
いずれにしても、その前にオリヴィエ特殊。
世間の動向を見るにつけ、ああ、これはもう、オリヴィエの映画とは完全にすれ違っているなあと心底思わされることがあり、ちょっとショックを受けたのだが、それはそれ、いくら何でも映画作りを志す人たち、映画音楽や音響をやりたいと思っている人たちは、これを見ずには映画を作れないだろうと思う。
それくらい切実な何かと、技術的な洗練を、「レディ・アサシン」はみせてくれているのだ。
本日、2名の映画関係の若者に会ったのだが(某サイト作りの準備のため)、彼らは観てくれるだろうか?(これは脅しです)

深夜は爆音調整、「ドッペルゲンガー」。
冒頭の、ホームセンターで買い物をして出てくる永作博美をフィックスで捉えたシーンから、不穏な空気バリバリ。
全編が大爆音というわけではないのだが、ここぞという時に見事に画面から飛び出してくる爆音に、思わずニコニコする。
「CURE」「カリスマ」「LOFT」「叫び」などなどを連続爆音上映したら、これはもうたまらないだろうなあと思う。
実は、今年の爆音映画祭で、爆音黒沢清連続上映というのを考えていたのだが・・・

8月6日(水)

完成したTシャツの発送作業であたふた。
100枚刷ったのだが全然足りず。
boid通販の方たちへの発送を最優先させ、各店舗への出荷は金曜日に。

やはり現物を見て買いたい、という方は、都内ディスクユニオン各店、HMV渋谷、青山ブックセンター本店などへ。
こちらの発送が済んだ段階で、発売店舗をお知らせします。

それから、「レディ・アサシン」。
サーク特集に通われた方々!
是非こちらにも!
サーク同様、全く見込みのない場所を何とか開拓しようとする試みです。
だから、というわけではないのですが、好き・嫌いはあるにしろ映画好きなら一度は見ておきたい作品だし、こういう映画があっさり無視されてしまう現在の日本の映画状況を変えるためにも。
家でDVDを見るという選択ももちろんありですが、とにかくバウスの爆音上映は別物です。
2度と同じものは見ることができないし、これを見ると、映画は生きものだということがよく分かります。

何だか宣伝ばかりで心苦しいのだが、それくらいもどかしい日が続く。

ああ、あと、先日の日記で「デーモンラヴァー」をあと2日上映と書いてしまったが、実はあと1日のみ。
20日の夜です。
完全に爆音殿堂入りで、しかももしかすると爆音上映ベスト作品かも。
凄すぎ。

「CLEAN」も「冷たい水」もそうなのだが、とにかく、上映権の問題はあまりに大きい。
ヨーロッパの配給元は、まだまだ日本は金持ちだと思っているのかもしれない。
あるいは、あれこれ交渉して何とかここまで漕ぎ着けても、まだまだこちらの粘りが足りないのかもしれない。
繰り返しやることが大切なんだろうけどねえ・・・

それから昨日、フランク・ヘネンロッターの10数年ぶりの新作を見た。
「Bad Biology」というやつ。
詳細はここ→
あまりにくだらなくて愕然とするが、そのくだらなさにちょっとホロリときた。
フィルムの時代に別れを告げるような、しかしそんなもので別れを告げられてもちっともありがたくない、でもちょっとトビー・フーパーの「マングラー」を思わせるような、重厚な(笑)オナニー・マシーンも登場した。
私の場合、この手の映画はほとんど観ていないので、一体これがどの程度のくだらなさかは分からないので何とも言えないのだが、かつて観た「バスケットケース」が更にバカバカしく加速されていた。
日本では来年の春くらいに観ることができるようだ。
しかしさすがに、子供に観られては不味いと、ヒヤヒヤしながら、途中でDVDを消したり早送りする、悲しいパパであった。

8月4日(月)

現在、Tシャツ手刷り作業真っ最中。
まあ、私がやっているわけではないが。
ちょうど今(4日深夜25時40分)、下のような画像が届く。

まだ、1色のみ。
このあと、さらに「赤」を刷り込んで完成。
予約の皆様には水曜日発送予定。
お楽しみに!

8月2日(土)

いよいよ本日より、オリヴィエ・アサイヤス特集。
初日はいきなりのオールナイトである。
その前にちょっとしたトラブル発生。
トラブルと言うよりもこちらのミスなのだが、「レディアサシン」の2週間のレイトショー上映ということにして「ぴあ」の「ロードショー」コーナーにも掲載してもらったのは、何はともあれ、土曜日の「ぴあ調査隊」による調査で高得点を出して(低得点となった場合は諦める)、翌週木曜日発売のぴあで再度アピールをという腹づもり。
しかし、いきなりのオールナイトでは「調査隊」の基準に漏れてしまう・・・
うーむ、何のための2週間レイトだったのか・・・

とはいえオールナイトの方は上々の動員。
梅本・ジム・中原のトークも、無駄話も含めて楽しくて、良い一夜となった。
安井君が「デーモンラヴァー」の音に滅茶苦茶驚いていたのだが、これは本当に驚きの音なのだ。
特に主人公がアメリカに渡ってからの音は、デヴィッド・リンチ以上ではないかと思える。
「ロスト・ハイウェイ」「マルホランド・ドライヴ」で驚いた人は、是非こちらも。
レイトは残り2回あります。
また、「レディアサシン」の地味だが更に洗練度を増した編集と音響も、たっぷりと堪能していただけたのではないかと思う。
DVD発売もされてしまうので、「DVDでいいや」と思われるかもしれないが、それでもとにかく見比べて欲しい。
DVDで見るということがどういうことか、劇場で見るということがどういうことかを分かってもらえるのではないかと思う。

しかし、ネット絡みのシステムをあれこれ使っていると、結局どこに行ってもIDとパスワードばかりを尋ねられ、腹立たしいことこの上なし。
ただこれだけのことをしたいのに、とにかくその手続きにうんざりするばかりである。
どこもかしこも「間違いを犯したくない」ということばかりが目について本当に腹が立つ。
今後はますます、間違いだらけのboidになろうと思う。

8月1日(金)

サーク特集最終日である。
仕事もガタガタで泣きそうになったが、とにかくどうせ泣くなら「悲しみは空の彼方に」。
最終日の最終回というPFFの演出に見事にのって、とにかく涙涙の上映であった。
何も言うことなし。
結局「天が許し給うすべて」「いつも明日がある」「愛する時と死する時」「悲しみは空の彼方に」の4本しか観ることができなかったのだが、とにかくそれだけでももう、通常の何十倍も人生を生きた気がした。
残りの作品のスクリーンでの鑑賞は、また次の機会にとっておくことにする。
「サーク・オン・サーク」を作った時には考えることも期待することもできなかった劇場での上映がこうやってできたのだから、「次の機会」があったとしても不思議ではない。

で、まあ、涙ながらに現実に還り、仕事の続きをしていると、明日からのオリヴィエ特集がどんどん不安になってくる。
皆さん、サークですっかり満足して、しばらく劇場にはやってきてくれないのではないか・・・
でも、実は、このオリヴィエ特集は相当面白いですよ。
今、こんなに面白いことが起こってしまっていいのか、というくらい。
サークを観た後だからこそ、それが分かるのではないか。
そんな壮絶な場所を、オリヴィエは走り続けているように思うのだが。