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boid日記 2009年1月

boid日記
text by 樋口泰人

1月31日(土)

本日はさすがにグータラ寝ていようと思っていたら8時過ぎに姫2号の反乱により起こされる。
まあ、直截被害にあったのは妻だったので、一応他人事として適当に片付けてしまったのだが、それでも再度の眠りには入れず、グズグズと起きることになり、グッタリは増すばかりとなったのであった。

午後、渋谷タワーレコードに、爆音映画祭上映作品リクエスト募集チラシと爆音2008のチラシを持って行く。
タワーの書籍コーナーを見ていると、読みのがしている音楽系の書籍があれこれ出版されていて、私の読書ペースではこの中で興味があるものだけ選んでも絶対に読み切れないなあと思い、どれも買えず。

その後何故か滅多に足を踏み入れないジャズ、ワールドミュージックの階に吸い寄せられるように入ってしまう。
こういうのは何だろうねえ。
せっかくなので、何枚か買ってみた。

moodoo.jpg sleepingbeauty.jpg
MOODOO →          Sleeping Beauty →

『MOODOO』は、ミーターズのポーター、バティステ、ストルツの3人に、PHISHの人がゲスト参加してのライヴ盤(たぶん)で、冒頭からもう太い音とギンギンのギターにやられてしまう。
でもまあ、さすがにライヴに行ったら完全に貧血してしまうだろうねえ。
スタジオ録音盤が聴きたい。

もう1枚は、サン・ラーの、CDになるのはおそらく初めてのアルバムでは?
昨年、アナログで再発されていたらしいのだけど。

帰宅すると、爆音映画祭のHPの制作を頼んでいる岸野君から連絡があり、どうやらデータをおいていたレンタル・サーバーが不具合を起こし、ほとんど使えない状態になってしまったという報告。
爆音映画祭がレンタルしていたサーバーということではなく、レンタル部分を含めたレンタル会社のサーバー全体が、どこからか何らかの攻撃を受けたらしいのである。
恐るべしIT社会。
というわけで、明日からリクエストの受付も始まるというのに、爆音映画祭HPは緊急避難。
週明けには別の会社のサーバーをレンタルしてすべて引っ越すことに。
したがって、この数日、リクエスト受付のシステムも、何らかの不具合を起こす可能性もあり。
ご容赦を。
とはいえ、皆様、多数のリクエスト、お待ちしています。
やはりこういうことは多くの人のアイディアが必要。
私たちだけでは全く思いつかないような映画、あるいは、思いついていても本当にこれでいいのかという自信のない映画などなど、皆様のリクエストによって上映可能となります。

リクエストはこちらから →

1月30日(金)

今週は本当に何だか良く働いた。
この働きが結果に現れるのを願うばかりである。

本日は午後から『フロストXニクソン』というのを見た。
ロン・ハワードの新作である。
これもまた『MILK』と同じく、70年代後半の実録もの。
何だか最近やたらと実録ものばかり見ているような気がしているのだが、気のせいだろうか。
しかもこれもまた、カメラに向かって登場人物たちが喋るという、ドキュメンタリー風のシーンもあり、いよいよハリウッドでも、「擬似ドキュメンタリー」というのがひとつのジャンルというより、単なる当たり前の映画作りの形式のひとつとなってしまった感もある。
まあ、それほど何事もなく物語の中に収まっているのである。
ロン・ハワードだからその辺りはお手の物、ということなのだろうが。

ただ、脚本がイギリス人だからだろうか、あるいはすでにオリヴァー・ストーンの『ニクソン』を見てしまっているからだろうか、物語が過剰とまでは言わないがとになく滑らかで、その滑らかさが不満といえば不満。
まあでも、その滑らかさの向こう側にある空虚な暗闇、というのがこの映画の物語の核にあるわけだから、映画自体もまたその空虚に乗ってスルスルと進んでいた、ということなのだろう。
そしてポイントのところでいきなり充実したクロースアップを見せてそれを印象づけるという、これも映画を見れば分かるのだが、そのクロースップこそテレビのまやかしだと登場人物のひとりが語るのである。
ロン・ハワードの映画は常に、映画自体の語り口もいかに物語に沿ったものになるか、ということで作られているのではないかと思えることが多々あり、今回もまた、見事にその物語と映画とが同化しつつ展開したのであった。
その滑らかさをどうとらえたらいいのか、今回の物語が物語であっただけにちょっと複雑な気分であった。

いずれにしても、ロン・ハワードで言えば『エドtv』の頃の本物らしさへのアプローチの仕方が、もうすっかり変わってしまったことに驚かざるを得ない。

夕方、月永が事務所に来て、『大音海』の今後の進行についてあれこれ。
さすがの月永も、先日行なった追加分のコピーの多さに呆れていた。
「もう海どころじゃない」という反応。
宇宙まで届くビッグ・ウェーヴなのであった。

ところで、ちょうど今頃、フランスのパリ・ジュンク堂では、中原の公開インタビューの真っ最中、となっているはず。
とにかくあまりのバタバタで関係者の皆様には本当にご迷惑をおかけしてしまったが、何とかうまく行ってくれることを祈るばかり。

1月29日(木)

ああ、敏腕プロデューサーになりたい! と、心底思った1日であった。
というかまあ、敏腕プロデューサーには全く向いてないなあと思い知らされたと言うべきか。
とにかく何とか無事解決はついたのだが、ついさっきまで、明日のパリ・ジュンク堂のイヴェントは出来ないんじゃないかと思うようなバタバタぶりだったのである。
ただとにかく、本当にギリギリになってしまったが準備は整った。

Les Inrockuptibles という雑誌があって、私は昔からフランスの「SWITCH」と呼んでいるのだが、とはいえ今の「SWITCH」ではなく、80年代の「SWITCH」なのだが、とにかく映画と文学と音楽、アートの雑誌のライターの一人に、音楽もやっていて日本映画も大好きという人間がいて、その彼がインタビューを引き受けてくれることになった。
1ヶ月前にこうやって頼んでおければ何の問題もなかったのだが、いろんな事情が重なったとはいえ早め早めの判断が必要なんだよねえ・・・

本日は昼に、4月に行なう某イヴェントのために、某社へ。
りんかい線の「品川シーサイド」という駅に隣接するビル。
駅に降りるとまあ、副都心線と同じで、やたらクールな感じはするものの地図や出口が分かりにくく、私は事前に地図をプリントアウトして持ってきたからいいようなものの何も調べず初めて来たら完全に迷子というか、おろおろするばかりになったと思う。
駅に直結するビルというか、六本木のミッドタウンみたいなビルで囲まれた地域を何と言うのだろうか、とにかく地方で言えばショッピングセンターみたいな感じの、しかし商業施設ではなくビジネス施設であるビルの街がそこに出来上がっていて、そこに入っても、やはり目的地まで行き着けない。
そういう場所に行くとやたら焦るばかりの私がいけないのだが、でも、とにかく、にたようなものばかりがあってそれが何で、どこに何があるのか、自分のいる場所の全体像が全くつかめないのである。
なんかもう、いやな世の中だなあと思うばかり。
頭が狂ってると思われてもいいから、常にガソリンでも持ち歩いて火をつけまくりたい気分になった。
こういう駅やビルやその集合体を設計するデザイナーの責任は重大である。
というか中原ではないが、そんな奴ら死んでしまえばいいと本気で思った。
こんなところに生きる場所はない。
と、いつもビジネス地域に出向くと必ずそんなことを思ってしまうのは、社会の問題というより私の問題なのか・・・うーむ。

とはいえ、そこにある会社で働いている人に腹を立てているわけではないので、4月の爆音上映に向けてのあれこれの打ち合わせを終了。
その後事務所に戻り、キングレコードの人々と、オリヴィエ・アサイヤス『NOISE』とその後の特集上映などについての打ち合わせ。
そこに『夏時間の庭』の配給会社からも連絡があり、来週、『夏時間』をも含めた今年前半のオリヴィエ・アサイヤスをビッグ・ウェーヴにする作戦会議を持つことにする。
『夏時間の庭』とほぼ完全に繋がっている『感傷的な運命』もこの機に上映できたらと思っているのだが。
で、そのための準備として、かつてフランス映画祭で『感傷的な運命』を上映して来日したときにインタビューしたテープを探そうとしたのだが、当然見つからず。
もう、こういう物持ちの悪さと言うか整理の出来なさは、本当に嫌になるねえ・・・

そのインタビューのあとのさらにメール・インタビューはカイエ・ジャポンに掲載したので、それは残っているのだが・・・
いずれにしても、それさえ今は図書館でしか読めないと思うので、再度世間に配布できたらと思っている。
ただまあ、そういうことをやり出すと、本当に時間がいくらあっても足りなくなるんだよねー。

と書いたところで今度は、文字起こしはしてあったのではないかと、パソコンの旧ファイルを探したら、出てきた。
『感傷的な運命』に関することが中心になってしまうが、このときのアサイヤスの発言は『Clean』にも『夏時間の庭』にも十分通じることなので、とにかく世に出す価値あり。
自分がかつてしたことのフォローを自分自身がしなければならないことが非常につらいところではあるが、誰もやってくれないので仕方ない。

1月28日(水)

いやあ、おつかれさまでした、という一日であった。
まだ過去形に出来ないところがつらい。

そんな一日の朝は、こんな風景から始まった。

分かりにくいが、姫2号が下に敷いているのは、『大音海』の入力作業中の湯浅さんの原稿である。
その上に居座って頑として動かない。
私はいそいそと事務所に出かけたのだが、一体、入力作業を手伝ってくれている妻と姫2号との間には、その後何が起こったのだろうか。

とにかくまあ、それやこれやで、朝から夜まで延々とあれこれ。
フランスからは、当日のゲスト、それから当日のしきりをしてくれるはずの担当者に連絡がつかないとの知らせあり。
それを巡ってまたもや各所にメールメールメール。
多分何とかなったとは思うのだが・・・

1月27日(火)

『作業日誌』の在庫があと数十冊となり、さてどうしたものかと思っているところに、返本が数十冊。
これが、売れ残りというより、汚れたり傷ついたりして売れなくなってしまったものがほとんどで、中には鉛筆で線が入れられているものまである。
いやあ、つらいねえ・・・
もう売り物にはならないし、boidとしてこれを割引販売とかしたら法的にまずいし、普通の出版社は処分してしまうのだろうけど、胸が痛む。
本日も『大音海』用の雑誌コピー(これがまあ、半端ではない数なのだ)を手伝ってくれている鈴木のギャラとして現物支給しようか、という話にもなったが、さすがにまあそれは。

しかし80年代90年代の湯浅原稿、出るは出るはで、まだ掘り尽くせない。
本日の大量のコピーを見て呆れた。
まあでも、これこそ「大音海」。
一体この音の海に溺れる者を何人生み出せるかが、boidの仕事。
第二子の生まれた五木田さん(ものすごい表紙絵を描いてくれた)からも、それは凄いとの声が上がる。
一体どうなるのか、乞うご期待、としか言いようがない(笑)。
もちろん、その前の湯浅湾のアルバムに向けて、本日もboid事務所は『港』の音が鳴り響いたのだった。

夕方、宮田君がやってきて、今年のboidの書籍関係の打ち合わせ。
大変な作業をお願いすることになる。
そして安井君も加わり、遅ればせながらのプチ新年会。

帰宅すると、30日のパリ・ジュンク堂のイヴェントに関して連絡が入って、ようやく対談相手が決まる。
というか、ほぼ決まる、という状態なので、ここでホッとはできないのだが、とにかく決まったら決まったで当日までの準備があり、通訳の方、パリ滞在中の中原、日本のドゥマゴ文学賞事務局の藤枝さん、それからパリ・ジュンク堂、ゲストとの連絡を取ってくれている橋本一径君などと、次々にやり取り。
すっかり目が覚めてしまう。
こういうとき、メールがあって本当に便利ではあるのだが、もしなかったらこのようなことにはならず、単にイヴェントは出来ないということで終わってしまうわけだから、やはりこの便利さは単に人を働かせすぎているだけに過ぎないように思う。
まあ私の場合は、そこにどっぷりとはまりつつ、いかにダラダラ出来るか、ということに賭けているわけでもあるのだが、今のところ賭けには勝っていないよなあ・・・

それはともかく、30日は何とかなりそうなので、パリ在住の皆様、お楽しみに。

フランスは、29日の木曜日に全国的なゼネストがあるのだそうだ。
ほぼ身動きとれなくなるみたい。
今回のゼネストが一体何を目的としているものか私は全く分からないのだが、便利さ故の働き過ぎに対するアレルギーが、そのどこかに潜んでいないだろうかと思ったりしている。

しかし、遠隔地と連絡を取り合いながら物事を進めていくのは、心臓に良くないねえ。
こういうことを平気で出来るようにならないと「敏腕プロデューサー」へはまだまだ遠いのであった。

ああそれから、高崎映画祭から連絡があり、映画祭で『レディ・アサシン』を上映したいとのこと。
上映権自体はタキ・コーポレーションが持っていて、上映素材の問題などもあり、本当に上映できるかどうかは私には分からないが、何故か各所でオリヴィエ熱が噴出しているのが伝わってきて、何となくうきうきする。
頑張れ、高崎映画祭!

1月26日(月)

土曜日は、中原がパリ出発前に月刊へア・スタ11号のジャケットを仕上げるのと、「爆音2008」のチラシの入稿のため、boidは営業。
とはいえ、私に出来ることは少なく、中原もさっさと絵を仕上げてあとは大塚にお任せ状態。
居残りでジャケットを仕上げ、帰宅しようとした大塚は、乗っていた電車が事故で止まってしまい最低の夜となったとのこと。

日曜日はメガネを作りに行った。
進行するばかりの老眼に、いよいよ我慢が出来なくなったのだった。
現在のメガネも遠近両用なのだがそれでももはやついていけず、モニタの文字や試写状などの小さな文字がまるで見えず。
目から頭、肩へと疲労が広がるばかりなのである。

ただ、私の場合、近視も乱視もきついので、メガネを作るとレンズ代が跳ね上がり、格安眼鏡店で買ったとしても、どうしても5万くらいになってしまう。
しかしもう、このつらさには代えられず。
また、ネット上で眼鏡市場なるショップはどんなレンズでも均一18900円とのことだったので、ものは試しで行ってみたのだった。
店頭で、このレンズでも本当に均一料金内で収まるのかと尋ねると、大丈夫との答え。
後は通常のメガネを作るのと一緒の行程。
親切に話も聞いてくれ、こちらの用途に合わせて調整もしてくれた。
メガネが出来上がるのは10日ほどかかるが、この安さに勝るものなし。
予定より3万円も浮いて、ちょっとニコニコなのであった。

本日は朝からパリのイヴェントの調整のための連絡を各所に。
ゲストや通訳はようやく決まりつつあるのだが、まだギリギリまで連絡を待って確定させたいので、あと1、2日、連絡連絡の日が続く。
その他、『サスペリア』『爆音映画祭』『爆音2008』『オリヴィエ特集』『大音海』などのための連絡多数。
もう、メールは見たくも出したくもない、という状態。
残りの連絡を大塚に託して帰宅。
そんな中、午後からはboidのオーディオからは湯浅湾『港』(仮)が延々と流れ、ついには一緒に歌い始めるという状態にまでなった。
うーん、カラオケにも入れてくれないだろうか。
こういうのは、一体どういう手続き、あるいは営業をしたら、やってくれるのだろう。
日本中のカラオケから、湯浅湾やアメリコが流れてきたら、それはそれで大革命ではないかと夢想する。
営業は得意と豪語する鈴木が明日やって来るので、本気でやってもらおうと思う。

1月23日(金)

昨夜からの緊急事態のため、本日は朝から各所に連絡連絡連絡。
まるで敏腕プロデューサーのような慌ただしさ(笑)。
とはいえ、敏腕プロデューサーはこんなトラブルをしっかり避けるだろうから、やはり単に仕事のできない忙しがりやのプロデューサーということか・・・
うーむ。

その後原稿書き。
夜はガス・ヴァン・サントの新作『MILK』へ。
会場内で久々に原君に会う。
ジュンク堂のイヴェント以来。
原君も、試写に来るのは本当に久しぶりとのこと。
私もこんなに続けて試写通いをするのは1年ぶりくらいで、そんなふたりが顔を合わせるわけだから、当然場内は満員。
15分前くらいにたどり着いた私は、300人くらい入る会場の、最後から2人目くらいだったように思う。
すぐ後ろの人から、満員によるお断りをされていた。

しかし、このような映画を見ると、ヘロヘロに疲れてももそこからが勝負だよなと思えて来る。
月刊へア・スタの月刊ペースが本当につらいと愚痴をこぼす中原に対して、いつも、「やることがなくなってからが面白いんだから」と、まあ、他人事なのでついおもしろがりつつずっと言い続けてきたわけだけど、それは自分にも言えること。
エネルギー・ゼロ状態の軽快さというようなものがあるとしたら、それこそ今年のboidの目指すところだろう。
そのためのヒントがもう、この映画のそこかしこにちりばめられていた。
ウルウルの涙目の中、boidの今後をも見つめ続けたのであった。

会場を出て街を歩くと、道ゆくすべての男性がゲイに見えてきてドキドキした。
恐るべし、ガス・ヴァン・サント。

ただ、俳優としてのショーン・ペンは、やはりどうも好きになれない。
好みの問題ということなのかもしれないが、目尻の細かいシワの1本1本まで、演技と誠意の賜物のように思えてきて息が詰まってしまうのだ。
もうちょっと大ざっぱな俳優が好きだ。
私の生き方のいい加減さ故のことなのかもしれない。

その後、帰宅を急ぐ方達に逆行するように事務所へ。
爆音2008のチラシ入稿作業が待っている。
しかし戻ると、ここでもまた、プチ・トラブル発生。
爆音は、通常の上映とは違い、boidの作業が間に入るため、経費がかさむ。
その分をしっかり稼がないとならないのだが、それはやってみないと分からないわけだから、どうしても経費をいかに押さえるかが、爆音上映を今後も続けられるかどうかの分かれ目。
今回はどれも昨年の映画だから微妙にそれぞれの上映料が高く、このままで果たして企画自体を成立させることが出来るのかという事態に陥ってしまったのである。
その分、もしかすると当日の入場料金にしわ寄せが来るかもしれない。
それくらいギリギリのところで運営していることだけは分かっていただきたいと思う。
というわけで、入場料金のことも含めて、チラシの入稿は明日に持ち越し。

1月22日(木)

仕事の合間を縫ってバルト9に『U23D』の試写。
バルト9には事務所から、今日のように雨が降っていてもほぼ濡れずに行けるし、しかもドア・トゥ・ドアで10分。
いつもバルト9でやってくれたら、もうちょっと頻繁に試写に行けるのだが。

『U23D』は、U2のライヴを3D映像で映し出すライヴ・ドキュメンタリーである。
見てみると、確かに本当に目の前で彼らが演奏して歌っているように見えるから、かなりいい感じである。
このやり方は絶対ありだ。
ただ、映像が目の前に飛び出して来るのに、音は引っ込んだまま。
この落差には愕然とした。
こんなライヴ映像絶対に見たくないと思った。
これじゃあ、台無し。
それに、おそらくまるで観客席にいるような感じにしたいという意図なのだろう、壁のスピーカから出て来る観客席の声がかなり大きいので、それらの歓声に演奏の音が負けてしまっている。
うーむ。
これじゃああかん、というわけで、3Dメガネを外して、3重写しの輪郭のぼやけた映像のまま、2Dで見つつ、聴くことにしたら大分ましになった。
映像と音の関係って本当に微妙である。
3Dだと、視覚の方が、もっと包み込まれるような音を要求してしまうのである。

しかし、U2やボノが何をやって来たかろくに知りもしなかった人間から見ると、どうやら、パレスチナの月とユダヤの星とキリストの十字架とをひとつのデザインの中に取り入れた「Coexist」(共存)の文字の描かれたハチマキや、それを元にした映像(バックのモニタに映る)も、何だかやたらとユダヤの星ばかりが目について、ええ、いつからボノってユダヤ教に入ったの? とか思ってしまったがそうではないんだよね。
あらゆる宗教的対立の解消を目指した共存の生き方をアピールして行くライヴ活動なわけだけど、これだけ映像と音がバラバラだと、結局自分たちの本業のところでの共存が出来てないじゃん、とか思わず言いたくなってしまった。
意図はわかるが、ハートマークが虚しい・・・
ただ、これは、彼らの歌の意味を理解しつつ聴くかどうかでも大分変わって来る。
その意味でも、字幕は絶対に必要だった(ロードショー時もこのまま無字幕上映するはず)。
私の勘違いや、それ故の余計な怒りもさけられたような気がする。

いずれにしても、3Dのライヴ作品というアイディアは大いによし。
あとは音をそれにどう絡めて行くか。
今のままでは全くダメ。

ちなみに監督のひとりはマーク・ペリントン。
『隣人は静かに笑う』『プロフェシー』の人である。
となれば、やはり、サスペンス映画好きの方々は見に行かざるを得ないでしょう。

その後、事務所にてオリヴィエ・アサイヤス大大大祭りの打ち合わせ。
実は今年の5月から7月くらいに、新作はロードショー公開されるは、boidではライヴ・ドキュメンタリー『NOISE』を爆音レイトで3週間やるは、しかも何と、ついに念願の『CLEAN』も配給先が決まりその頃の公開を画策しているは、それに当て込んでboidでは日本公開できる全作品を何とか特集上映しようとしていて、さらに日仏でも未公開作品を特集上映しようという動き。
今回は、それを具体的にどうやって行くか、まずは顔合わせもかねてのミーティングなのであった。
ただいずれにしても、たっぷりと予算があって何かをするわけではない。
予算はほぼゼロに近い状態のまま、とにかく無茶でもいいからがむしゃらにやろうというものである。
しかしその無茶が、これまではboidだけでやってきたのに、いくつかの配給先がそれぞれ「何とかなる」と勝手に動き出してくれたわけだから、無茶のしがいもあるというわけだ。
これまでやってきたことが無駄ではなかったと思えるうれしい動きである。
本当に、こういったことは、思わぬところで思わぬ人たちが動き出してくれることほどうれしいことはない。
こちらが何か画策して組織立ててひとつの盛り上がりを作って行くのではなく、それこそ同時多発で、各所でそれぞれが出来ることをそれぞれがやり始めたという確かな実感が、こちらのエネルギーをも再充填してくれる。
昨年の前半はダグラス・サークだったが、今年はオリヴィエ。
昨年、爆音の『CLEAN』や『レディ・アサシン』を堪能された方々、今年は更なる盛り上がりのため、知人・友人たちに声をかけ是非再度劇場へ。
何度見ても、十分に刺激になると思う。
そしてそういった、見た人ひとりひとりの反応、行動が、何かを変えて行くことが出来る確かな力になるはずなのだ。
もはや日本の社会はそういうことでしか変えることは出来ないのではないかとさえ思う。

その後は、さらにあれこれ。
中原のパリでのイヴェントの詳細が決まり、そのためのチラシ作りをして仕上げたところに、当日のインタビューアーに予定していた方の都合が付かないという知らせが来て、再度チラシはやり直し。
さすがにも力つきたので帰宅すると、このところ反乱気味だった姫2号が本格的に反乱を起こす。
例の騒動の後、避妊手術もしてようやく落ち着いてきたので、ダメになったソファを捨て、新たなものを買い、布団その他も新しくしてこちらの睡眠は無事確保されてきたのだが、ついにまた、ソファも布団も荒らされてしまったのだった。
これでまた、不眠の日々が続く。
boidの仕事だけで目一杯なのに帰宅後もこれだと、もはや私のエネルギーは補填しようもなし。
しばらくあらゆることが滞る。
どうにもならない。
お許しを。
うーむ、風邪も再び悪化中である・・・
なんだかねえ。

1月21日(水)

午前中、赤坂見附某所にて黒沢さんと、今年の企画についての打ち合わせ。
今年の企画、というか、もう2年越しの企画になるのだが、いよいよ何とかなりそうな気配。
地味な企画ではあるが、実現してフィニッシュまで行けば、相当刺激的なものになるはず。
そしてさらにもうひとつの企画の話も。
いずれも実現までの道のりは厳しいが、じっくり進めて行ければと思う。

そして事務所にて連絡&事務作業。
その後新橋に向かい『長江にいきる』。
菊池信之さんが音響を手伝った(リミックスした)、ということで気になっていたドキュメンタリーである。
しかし場内は満員で、すごい熱気。
壁際の補助椅子で見ているうちに、腰と首が耐えられないほど痛くなるがどうにもならず。
硬直したまま終わりを迎える。
主役はビンアイさんという、一家を支える女性なのだが、私はどちらかというと病弱で一家を支えられない夫の方に興味を持ってしまった。
弱々しい中にどこか洒落者の気配あり。
病弱を装ったヒモではないかとさえ思ってしまうのは、こちらの気持ちが乱れているせいなのか。
だって、ちょっと時間が空いて登場するたびに、髪型が著しく違うんだよ。
撮影されていることをはっきりと意識していて、そしてそのことが特別なことではなく当たり前のこととして本人の中で処理されているような、つまり、他人から見られていることをある種の快感として受け入れられてしまう、生まれながらのヒモ体質。
いや、こちらの勝手な思い込みではあるのだけど。

試写室を出ると、いきなり菊池さんがいる。
こういうのは本当に心臓に悪い。
何せこちらは、それまで上記のような不埒なことを思いつつ映画を堪能していたわけである。
まあそれはそれ、音響についていくつかの話を聞く。
とにかく、菊池さんが手を入れる前のヴァージョンとは、相当違う音になっていることは確かだろう(オリジナル・ヴァージョンを見ているわけではないが)。
特に、画面に映っていないものがたてている音の存在感とその定位のさせ方、それによる空間と時間の広がりは、おそらく決定的に違っているはずだ。

夕方の事務所では月刊へア・スタ10号のパッケージ作業真っ最中。
中原もいて、11号のタイトル決め、そしてジャケットの準備をしている。
今度の日曜日から2週間のパリ旅行が控えているため、その前にやることをすべてやって行ってもらわねばならないのだった。
タイトルは無事(?)決定。
ジャケットの絵は、持ち越し。

boidチームはそれからバウスへと向かい爆音映画祭会議。
さすがにこちらもヘロヘロで、とりあえず諸々の状況報告と、爆音2008の詳細を決定するのみ。
とにかく目一杯の1日であった。
すでに週末を迎えたかのような疲労感である。

ああ、パリ・ジュンク堂のイヴェントは1月30日16時より。
予定していたフィリップ・アズーリが病気回復が遅れているため、今回は対談ではなく、パリ在住の映像作家、渡辺敦彦氏による公開インタビューという形式をとる予定。
明日には詳細を確定させるつもりだが、パリに知人友人のいる方々、この機会に是非来場をと友人たちに連絡をお願いします。
ジュンク堂すぐそばのカフェにて。
当日、ジュンク堂に問い合わせればすべて分かります。

1月20日(火)

打ち合わせの日々が続く。
何となく落ち着かない。
昼過ぎには、爆音映画祭協賛お願いのため、某大企業へ。
とにかくまあ、でかい建物なのでドキドキする。
一体ここで何人の人が働いているのだろうか。
通勤時間の際、最寄り駅の混雑ぶりはどんな感じだろう。
会社勤めというものをしたことがないので、想像もつかない。

その後、爆音映画祭の営業をお願いしている栗田さんと今後のスケジュールなどについて話し、事務所に戻り各所に連絡を入れているところに湯浅さんが『大音海』掲載用の元原稿のコピーと、美味なる塩シュークリームを持ってやって来る。
『大音海』は一体どこまでふくれあがればいいのか、未だに全貌が見えず(笑)。
その海に浸る間もなく、とりあえずシュークリームを詰め込み、慌てて青山のOn Sundays へ、中原個展の打ち合わせ。
そのとき乗ったタクシーの運転手がちょっと変で、ドキドキする。
カーナビのせいでずいぶんな大回りをしてしまったことを詫びつつ料金もかなりおまけしてくれたのだが、そしてそれはおそらく普通にまっすぐ行ってもそれほど安くはならないような値段だったのだが、何だか狐につままれたような気分。

個展の方は、概要が決まる。
まだ確定ではないが、3月27日から1ヶ月ほどになる見込み。
会場内にまっさらなキャンバスを用意して、中原が暇なときにやってきては会期終了までに仕上げていく、という日記絵画もやることに決定。
その他、12枚のアルバムの原画、この何年かの小説などの表紙絵として描いたものなど。
そして、新作としては、音と絵がひとつの作品として提示される何かを。
これがどういう形になるかは、会場にやってきてのお楽しみ。
それから、会期内の何日かは、ヘア・スタイリスティックスの生演奏もあり、という盛りだくさんの内容となった。

こうやって企画しているときは、まだ具体的ではないながらも、あるいはそれ故に、かなり盛り上がるのだが、いざそれを現実のイヴェントとして具体化していく作業は大変である。
絵を描く中原も、限られた時間内でどこまでやれるか、そのことを考えると本当にきついとは思う。
ただ、こうやって、端から見たらバカなことをやりつつ、何とか生きていけるのはやはり素晴らしいことだと思う。
いずれにしても、詳細は月末か2月初頭には発表します。

その後、近所で食事をしつつ、個展や、月刊ヘアスタのジャケ、そしてその後に控える某プロジェクトに向かってのあれやこれやを話しつつ夕食。
その際、中原が持っていたこの本↓が相当面白いのだという話を聞く。

black.jpg
ブラック・メタルの血塗られた歴史 →

ブラック・メタルなどほとんど聞いたことのない私でも、これはちょっと買って読んでみようという気になった。

そしてさらに事務所に戻り、爆音映画祭2009上映作品リクエスト大募集チラシの入稿。
今年もやります。
2月1日からリクエスト受付開始です。
これまで爆音上映してきたものから選んでもかまいません。
とにかくこれぞ爆音で、というものを是非!

1月19日(月)

本日はとにかく『チェンジリング』を見てしまった、ということがすべて。
何をどう書くかということより、今どう生きるかということがまずは最優先のやるべきこととして目の前に競り上がって来る。
その上でどう書くか・・・
しばらく時間がかかる。
試写会場で偶然会った黒沢さんも、「一体何を書いたらいいものか」とつぶやいていた。
しかし、映画を見ながらこんなに手に汗握ったのは、一体何時以来だろうか。
事務所に戻って大塚にそのことを話すと「アンジェリーナ・ジョリーが出てたからじゃないですかぁ?」と冷たい返事。
ウーム、確かにそうかも・・・

帰宅後、テレビのニュースではいじめがらみで自殺した中学3年生の親が、学校や教育委員会に事実の確認を求める訴えを出したというニュース。
ああまさに、80年前の『チェンジリング』の世界は今なお続く。

1月18日(日)

昨日は午後、湯浅湾のアルバム発売に向けての宣伝活動をも含めた打ち合わせを湯浅湾の人々と。
その際、昨年末に録音した曲のラフ・ミックスも受け取る。
いよいよこれで全曲出そろったわけなのだが、これがまた、本当にいいのだ。
これこそ大人のロックとしか言いようのない、歴史と展望が一気に展開される音。
4月8日には六本木スーパーデラックスにて3時間ソロ・ライヴを行なう。
たっぷりと心行くまで、ロックの持つ可能性を堪能していただきたいと思っている。
一度も湯浅湾を聞いたことのない人でも、全く問題なし。
boidの爆音上映に興味を持つ人なら絶対に何かピンと来るものがあるはずである。
詳細は追って。
お楽しみに。

その後、朝までかかって原稿書き。
本日は昼に起き、ちょっと前に部屋の整理をしたときに置き場所のなくなってしまったCDを売りにディスク・ユニオンへ。
そこそこ珍しいアルバムもあったりしたのだが、買い取り価格がすっかり下がっていてびっくり。
しばらくCDを売っていなかった。
そのついでに、こんなものを買う。

p_ivers.jpg
Peter Ivers "The Untold Stories" →

ピーター・アイヴァースの未発表音源集である。
半分出来損ないといえば出来損ないなのだが、アイヴァースのものって作り上げられたとしても同じだから、これはさらにそれらが全面展開ということであり、見知らぬ場所への扉が各所に仕掛けられている。

それからこれ。

dion1962-1965.jpg
DION "Don't start me tolkin' "

ロックンローラーとしてのディオンが全開。
しかし、ウィリー・ディクソンの「The seventh son」の狂ったギターは一体誰が弾いているのだろう。

1月16日(金)

昨日のリヴェンジ、というほど大したものではまったくないのだが、印鑑証明と保険証という本人確認セットを持って銀行へ。
そして、本家ドゥマゴ賞授賞式出席のため、という名目にて25日からパリに2週間滞在する中原の航空券とホテルの支払いその他で西新宿HIS。
朝から各所を歩き回ると何だか仕事をした気分になり、事務所に向かう電車の中ではもはや早く家に帰りたいモードになってしまう。
でも、普通人はこれくらい平気で働いているんだよねえ・・・

で、事務所にてあれこれやっているとすでに打ち合わせの時間となり渋谷へ向かい、ハイファッションの2月発売号の映画コーナーの内容決め、それから爆音映画祭その他の宣伝もかねてのTシャツ作りをお願いするため、グラニフ事務所へ。
広くてきれいで、しかも資料室も会議室も完備された立派なところかつ、まさにグラニフのイメージ通りの場所だったのでびっくり。
boidはこうはなれないだろうなあと漠然と思う。
スタッフもみんな若い。
大勢の若者たちが黙々と仕事をしている姿は、どこか、印刷所のグラヴィティと共通した雰囲気がある。
この空気が会社を成長させるのだろうか。

その後ワーナー試写室にて『ベンジャミン・バトン』を見る予定だったのだが、微妙に時間があまり、久々に渋谷タワーへ。
探しているアルバムがあったのだが、そのアメリカ盤はあったものの日本盤は見つからず。
ライナーが読みたかったのである。
ネット上では目当ての日本盤がアマゾンもタワーもHMVも、皆2週間くらいのお取り寄せ表示が出ていて、2週間待つより店頭でと思って来てみたのにやはり店頭でも手に入らない。
おそらく制作元には在庫はあるはずなのだ。
流通も店舗もどこも余計な在庫を持ちたくない、ということなのだろう。
必要なものだけがきちんとそこにあるばかりである。
こんなことなら、買おうと思った1週間ほど前の時点ですぐにネット注文しておけば良かったと今更思っても後の祭り。
ネット社会はスムーズにことが流れているときはいいが一旦滞り出すとすぐにあれこれとそのひずみが出てしまう。
身分証明も然り。
いやまあ、それは私がちゃんと対応していれば良かっただけの話なのだが。

で、店頭で目についたこれらを買ってしまう。

cropper.jpg uptight.jpg
with a little help from my friend →  uptight →

まさかスティーヴ・クロッパーのソロやMG’sまでSHM−CDになるとは思わなかった。
いよいよSHM−CDが特別なものではなく、当たり前のものであるということになったのだろうか。
いずれにしても『スタックス物語』を読むお楽しみが増えたというものだ。

そして『ベンジャミン・バトン』。
ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットの共演というのでそればかりを気にしていたのだが、監督はデヴィッド・フィンチャーなんだね。
予告編でもポスターなどでも全然気づかなかったのだが、映画を見てなぜそうだったのかがよくわかった。
これまでのフィンチャーのファンがこの映画を見ても、よほどでない限りそれがフィンチャーの映画だと確認できないだろう。
フィンチャーの映画の刻印がないということではなく、監督の刻印がないといったらいいか、とにかくひたすら物語を語る映画として、それはあった。
まあこれだけ特殊な人生を歩んだ人の一生の物語だからいちいちそれを作った人間の証明をどこかに入れていたりしたらただでさえ170分くらいもある上映時間がさらに引き延ばされてしまうわけだから、そんなことをしている余裕はない、ということでもあるのだろう。
ただその割には、前半がちょっと丁寧すぎる気もして、もちろんその丁寧さが後半の盛り上がりを助けているのではあるが、何かあまりにも全体が均質な空気を保ったまま展開していくのが気になった。
結構泣ける。
結構泣けはするのだが、これはおそらく主演のふたりの若さと老いの多くをCGで処理しているからだろうか、どこか全体が平板なものに見えて仕方がなかったのである。
もちろんその平板さとは、まさに絵に描いたような平板さではなく、あくまでも詳細なディテールを再現しつつ、その見事さ故に平板に見えてしまうような平板さである。
照明の問題もあるのかもしれない。
いずれにしても、いよいよ映画には生身の人間がいらない時代が来るのではないだろうかと、そんなことさえ思った。
そういった意味での映画産業を生き続けさせも殺しもするテクノロジーのあり方が、この映画の内容とも絡まって、それで余計に胸が痛んだ。
閉鎖された映画館を買い取って作られたおよそ完璧とは言いがたいとりあえずのスタジオで録音されたスタックスの音がSHM−CDとなってしまう今、このような映画が当たり前のように出て来ても驚くべきことではなく、まさにこれこそ当たり前なのだろう。

ちなみに、ふたりの主人公の変化の中では、ケイト・ブランシェットは年老いてからの顔の方が迫力があり、ブラッド・ピットは若くなればなるほどドキッとするような繊細さを見せた。
ということは、見事にこの映画にはめられたということか・・・
うーむ。

1月15日(木)

朝から銀行にて、個人から法人への諸手続き。
グズグズと時間がかかりうんざりしているところに、私の身分証明代わりのパスポートの有効期限が切れていることが判明。
昨日に続き本日もまた、自分自身であることを認めてもらえたなかった。
まあ、期限切れであることを気づいていなかった私が悪いんだけどねえ・・・

午後は調布のスタジオにてへア・スタのマスタリング。
中原は相変わらず「ダメだ」と繰り返すのだが、結果を聴いていただければお分かりのようにこれまた素晴らしい作品に仕上がっている。
例えばこれを聴いたあとで外に出ると、あたりから聴こえて来るさまざまな物音が「音楽」に聴こえて来るような、そんな意識の変革がもたらされる。
だからこれは、音楽としての作品というより、あらゆるものを音楽に変えてしまうメディアのようなものとして私たちに働きかけて来る何かということになるのだろう。
もはや音楽とも言えない何かへと、1年がかりで変貌していく過程が、このシリーズには刻み付けられているのである。

というわけで、12号分まで終了。
各所から「大丈夫なの?」と心配されていた月刊シリーズも、ついに途切れることなくここまでやってきた。
感慨深い。

しかしその感慨に浸っている間もなく、今年一番の寒さの中、帰宅を急ぐ勤め人の方々に逆行して私は事務所に急ぎで戻り、慶応大学関係のパンフレット掲載用のインタビューを受ける。
もちろん爆音映画祭に関してのことがメインの取材。
インタビューにやってきてくれた大学講師・職員の方たちから、「爆音のおかげで映画の見方が変わった」と告げられる。
爆音で映画を見る見方は、ある意味で非常に危なっかしい、特殊な方法ではあるのだが、しかしそれで、見た人たちそれぞれの新たな回路が開かれるのは、本当にうれしい。
私自身も、爆音をやるたびに何か違う場所に足を踏み入れているような気がしている。

終了後は疲れが出て、仕事を放り出したまま帰宅。
明日もまた、ほとんど外での仕事になる。
『大音海』になかなかたどり着けず。
とりあえず本日はとにかく睡眠を。

1月14日(水)

朝から大久保にある法務局に行って会社関係の書類を受け取る。
しかし、肝心の法務局発行のカードを忘れ、予定の半分のものしか受け取れず。
こうやって代表取締役が出向き、身分証明書も用意しているにも関わらずカードがないために書類が受け取れないというのも何とももどかしい限りである。
発行する方にとってみたら犯罪に利用される可能性もあるわけだし、おいそれと発行するわけにもいかない、ということなのだろう。
銀行でも同じシステムである。
ただやはり、本人よりカードの方が本人である、というこのシステムのやり切れなさ。
もうちょっと融通の利く仕組みを考えることができないのだろうか。

その後事務所で慌ただしく諸々の整理をして昼食を食す間もなく京橋にてジャ・ジャンクーの新作『四川のうた』。
ドキュメンタリーとフィクションとが合体した近年のジャ・ジャンクー作品の流れの最先端とも呼ぶべきものになっていたのだが、今回はジャ・ジャンクーの生真面目な部分が出過ぎてしまっているような気がした。
ロバート・クレイマーのような人の悪さというか、ちょっと得体の知れない黒い塊が突然顔を出すような、そんな驚きはない。
ただ、女優たちの佇まいはグッと来るものがあった。
それを見られただけでも十分かもしれない。
いっそのこと全員プロの俳優たちを使って、すべてジャ・ジャンクーの「演出」のもとに作ったらどうなっていただろう。
もちろん、ドキュメンタリーを撮ったことから始まったこの映画の成り立ちからはすっかり離れてしまうことになるのだが。

その後事務所にて、倉茂君と『サスペリア テルザ』のプレスとパンフ、それから『大音海』のデザインに関しての打ち合わせ。
そして、バウスに行って爆音映画祭打ち合わせ。
これから毎週、バウスと行ったり来たりしながら映画祭に向けての地道な準備が始まる。
同時進行で、その予告となる2月末の『爆音2008』の作品選定も。
今後の爆音上映のこともあり、一体ここで何をやるべきか、大いに迷う。
いずれにしても残された時間はわずか。
来週には、映画祭上映作品リクエスト募集チラシ、それから爆音2008チラシの入稿をしなくてはならない。
ひたすら目の前のことを片付けていくのみ。
明日は月刊へア・スタ11号のマスタリングである。

そうそう、爆音映画祭2009のポスター画像は中原が描くことに決定。
今年は画伯としての中原の才能を全開してもらうべく個展以後もあれこれ企画中なのである。
お楽しみに。

1月13日(火)

boidはようやく本日から通常営業。
諸々が遅れてしまったので、やること盛りだくさん過ぎで、すでに息切れ状態である。
おまけに今年前半の詳細なスケジュールをたてていくと、もう目一杯で、気がつくと今週・来週の予定がどんどん埋まっていって、これじゃあ『大音海』の索引作業する間もなし。
一体どうしたものか。
「インビテーション」も休刊になることだし、そろそろすべての雑誌に原稿を書くのを辞めようかとも、思っている。
昨年1年間、何時辞めようかとずっと思い続けたままここに至る、というわけなのだが・・・
というかまあ、とにかくほんとに時間がないのであった。
何とか切り抜ける道はないものか・・・

とはいえ原稿がらみで、『This is England』という映画を再見。
なぜ2度も見たかというと、クライマックス・シーンでパーシー・スレッジが歌う「Dark End of the Street」がまるまる流れるところがあり、そこがまさにこの映画のポイントだと思え、再度そこを確認したかったのである。
この歌、ソウル・ファンにはもうすっかりおなじみの曲で、オリジナルはジェイムズ・カー。
ダン・ペンとチップス・モーマンの手による曲である。
映画のタイトルからも分かるように、イングランドが舞台の紛れもないイングランド映画で、そのオリジナルを問う作品のその中心に、メンフィスの白人ソング・ライター・チーム黒人シンガーのために書いた曲を、さらにまた別の黒人がカヴァーしたヴァージョンを置くという倒錯的な試みがどうしても気になったのであった。
この曲の歌詞をちゃんと読んでみたら、暗闇の中でしかまともに会うことのできない白人と黒人との禁断の恋の歌で、それがこの映画のストーリーにも深く関わっていたのである。
詳しくは原稿にて。
しかし、ジェイムズ・カーの歌もダン・ペンの歌も、何度聴いてもいいねえ。
『悲しみは空の彼方に』や『アメリカの影』の背後にも、こんな歌が流れているのだろう。

carr.jpg danpenn02.jpg
You Got My Mind Messed Up →  Do Right Man →

最近ではこんな人たちもカヴァーしている。

delivery.jpg honeycomb.jpg
The Delivery Man →       honeycomb →

darkend.jpg
dark end of the street (12 inch analog) →

コステロがカヴァーするのは、彼のキャリアから言っても遅すぎたくらい。
これは、ボーナス・ディスクが付いたヴァージョンの方にしか入っていない。
正規版とはジャケ違い。
フランク・ブラックは、ナッシュビルのダン・ペンを尋ねての録音という念の入りよう。
ピクシーズとは違う、彼の背景の音楽へのアプローチの一環でもある。
したがって、当然のようにダン・ペンだけでなく、スプーナー・オールダムやスティーヴ・クロッパーも参加。
そしてキャット・パワーのカヴァーは12インチ・アナログのみの発売だから、やはりこの歌を選んだなりのことは態度で示そうというキャット・パワーの覚悟が伺える。
男性たちとは全く違うアプローチで、この歌を解釈しようとしているようにも思える。
暗闇の中のふたりの息づかいだけをその歌から感じさせようとでもいうのだろうか。
そういえば1作前のアルバム『The Greatest』は、メンフィス録音であった。
最新作でも、ダン・ペン&スプーナー・オールダムの曲を取り上げていた。
『This is England』の主人公たちも、パーシー・スレッジ版ではなくこれらのカヴァーを聴いていたら、もうちょっと違う人生が訪れたかもしれない。
それぞれがオリジナルと関わるその関わり方の多様な重なり合い方自体が聴く者の人生をひとりの人生以上に膨らませてくれるということを、それらのカヴァーは教えてくれるのだ。
でもまあ、あちらは80年代半ばの物語だから、時代的に無理なんだけどねえ。

1月11日(日)

昨日は家庭の用事をあれこれと。

本日は、午前中事務所に行って荷物をピックアップ、それを新宿で朝まで、というか昼まで飲んでいた中原に渡す。
一体皆さん、本当に泣けて来るほど素晴らしい夜更かしぶりである(笑)。
こういう事態を目にするたびに、『作業日誌』をどこかで再開してくれないかと思う。

その後数年ぶりにあった友人から、友人の勤める某社の親会社から出版されているライトノベルの文庫シリーズは、もう、呆れるほど売れているという話を聞く。
桁違いというのはまさにこのこと。
一体いくつ桁が違うのか・・・
金儲けしたい人は映画なんかやらずに絶対にライトノベルやるべきだと思う。

今、『スタックス・レコード物語』というのを読んでいる。
メンフィスの親族経営の小さなレコード・ショップと録音スタジオとして始まったレーベルが、いかにして世界的な影響力を持つサウンドを作り上げ、会社としても成り上がりそして没落したか、その20年ほどの詳細である。
一昨年日本盤でも再発されたボックスセットを聴きながら、その分厚いライナーを読むだけでも十分堪能できるのだが、やはり個人経営の社長としては音楽的興味はもちろん、経営的興味津々で何かboidにとっての今後のヒントが転がっていないかと、結構一生懸命読んでいるのであった。
もうだいぶ以前『アトランティック・レコード物語』が出版された頃は、こんな風な興味でこういったノンフィクションを読むとは思ってもいなかったが。
ただいずれにしても、ライトノベル数百万部という現在の日本社会とは全くかけ離れた世界でもある。

stax01.jpg   stax02.jpg
スタックス・レコード物語 →  The Complete Stax/Volt Singles 1959-1968 →

これらを読んだり聴いたりしていると、アメリカ映画を見るときの楽しみが倍増するんだよねえ。

1月9日(金)

とりあえず逃げ切り完了。

1日、黙々とひたすら仕事をしたので特に何も書くこともなし。

あけぼのばし通りの中華屋で昼食をとったのだが、新米店員が片言の日本語と慣れない手つきであれこれやっていて、大変だなあと思っていたら、水餃子とチャーハンの盛られた皿その他を客のテーブルに運ぶ途中でもう見事なまでにひっくり返った。
割れた陶器の破片と餃子やチャーハンが店内に飛び散り、彼女も思い切り肘を床に打ち付けていた。
気丈に後片付けをしていた。
明日から、彼女の姿はこの店にあるだろうか。

1月8日(木)

このところ健康維持のためもあって早寝早起きを心がけているので、夕食後は本当に眠くなって、本日はそのまま寝てしまおうかと思ったのだが、考えてみればここで日記が途切れると「ついにインフルエンザか」といらぬ心配もかけそうなので、とりあえず。

インフルエンザからはかろうじて逃げ切った可能性大。
まあ、明日、何ともなかったらほぼ逃げ切り。
考えてみれば、中学の頃以来、インフルエンザには罹ったことがないのだった。
うーむ、一体健康なのか不健康なのか・・・

本日は、月刊へア・スタ10号のジャケット入稿。
大塚不在のため、急遽河村君が来てくれてことなきを得る。
そんなところに出来上がったばかりの「TRASH-UP!!」2号を持って坂口君がやって来る。
2号の詳細はこちら→
おまけのDVDにはスーサイダル10cc のライヴも収録されている。
今後は隔月くらいのペースで刊行されていくのではないか。
未公開作の記事が気になる。
DVDを手に入れてみようかと思う。
音楽は昔からそうだったのだが、いよいよ映画も、自分で勝手に探していくしかなくなっていくのだろう。
黙っていると、単に宣伝会社の言うなりだからねえ・・・

入稿作業をしながら、ヘアスタ10号と湯浅湾のラフミックスを聴いていた。
これらの素晴らしい音楽を埋もれさせないためにはどうやっていったらいいか、あれこれ妄想した。
とにかく妄想し続けるしかない。

帰宅後はこれを。

marchan.jpg
There's Something On Your Mind

最初スタックスのボックスセットで聴いたときは、完全に女性だと思ったんだよねえ。
ニューオーリンズのゲイ・カルチャー恐るべし。

1月7日(水)

インフルエンザは今のところかろうじて逃げ切り中。
とにかく倒れる前にやることをやらねばと、せっせと仕事をしてすっかり疲れてしまった。
うーむ。

昨年、アマゾンに注文していたレコードとCDが届く。
これら↓

frankie.jpg diamonds.jpg
Frankie Teardrop      Diamonds Furcoat Champagne/Ghostrider

ブルース・スプリングスティーン問題が発生したスーサイドのカヴァー10インチ・シリーズである。
「Frankie Teardrop」の方はリディア・ランチがカヴァー。
予想通りの展開ではあるが思いのほか良い。
インフルエンザを吹き飛ばす不気味な迫力満点。
もしかしてこのままインフルエンザから逃げ切れるかもと、ちょっと思った。
よくわからないが、可聴域ギリギリの低音がかなり入っているのではないか。
うまく聴こえない部分から、何かがやって来る気がした。
「Diamonds〜」の方はプライマル・スクリーム。
こちらはちょっと自意識過剰。
彼らももう多分40歳くらいになるのではないかと思われるが、まだまだおこちゃまである。

それからこれ。

lulu.jpg
New Routes

70年リリース、ルルのマッスル・ショールズ録音盤。
冒頭のシャカシャカという小刻みなリズムで、一気に持っていかれる。
お気に入りは9曲目の「ミスター・ボージャングルズ」である。
おお、こんな解釈があったか、というか、かつてこんなにゆったりとこの歌が身体の中に入ってきたことはなかった。
これまで聞きそびれていて人生を損したと思った。
まあ、若いときに聞いたとしても、あまりピンとこなかったかもしれないけどねえ。

1月6日(火)

げげげ、やはり大塚はインフルエンザであった。
となると昨日はboid事務所にウィルスをまき散らしていったというわけだが、果たして私と、昨日の来訪者たちの運命やいかに。

本日は、まあ、そんな悪い予感にも負けず、せっせと働く。
午後からは中原もやってきて、月刊へア・スタ10号ジャケット用の原画を。
今回のジャケット入稿作業は木曜日に河村君にやってもらうことにして何とか切り抜けることができそうだが、果たしてその頃私はどうなっているであろうか。

1月5日(月)

謹賀新年。
皆様今年もよろしくお願いします。

とはいえ、体調を崩した年末年始は、あれこれと行事もあったりしてそれなりにハードなものであった。
結局、いくつか誘われていた新年会もすべてキャンセルして、ひたすらおとなしく暮らしていた。

まあ、その甲斐あってか、本日の通常営業開始にはギリギリ回復。
仕事始めらしく慌ただしい一日となった。
爆音映画祭の打ち合わせもあり。
また、その予告編として2月に、昨年公開作で是非爆音で見たい映画4本を選んで2週間の上映、という話にもなる。
boid.net 上でもリクエストを受け付けるのもいいかも、という考えも浮かぶ。
詳細は、数日中に発表。

夜は、某所にて新年会かつboidの今後のための作戦会議あり。
今年のboidを支えるかもしれない大きなアイディアが複数提案される。
早速明日にでも動き始めようと思う。
こういうことは、そのままにしておくと結局何もやれないまま終わってしまうからねえ。
まあ、それはそれでいいのだけど。

そんなわけで、今年のboidも相変わらずダラダラしつつ、どこか目の話せない状態のまま1年を送ることになりそうだと、年初の宣言をすることにする。

その前にとにかく私の胃腸の調子を直さなくては・・・
大塚にもインフルエンザの気配あり、予断を許さぬ状態はしばらく続く。