
boid日記 2009年4月
boid日記
text by 樋口泰人
4月30日(水)
4月も終わりである。
気がつくといろんなことが終わったり、形になったりしていて、よくまあここまで来れたとは思うものの、一方で貯金通帳寂し。
果たしてこの先、どうなることやら。
本日は夜、バウスにて『NOISE』爆音試写。
その後、6月に出るソニック・ユースの新譜の試聴会。
それが日付を越えて5月に入ったところで終わり、それからようやく爆音調整『狂い咲きサンダーロード』というスケジュール。
試写は、いつもと違って完全に音楽系の人たちがメインだったので、「音が小さい」とか「耳が痛くなるくらいでいいと思う」などという反応も出たりして、非常に新鮮だった。
あくまでも映画であることを前提に、映画を見る人たちにも聞きやすくというのを考えながら作っているこちらの立場は、簡単に蹴散らされる。
「爆音」を名乗り、ライヴ映画をやる以上、これまでよりさらに爆音度を上げる必要は確かにある。
というわけで、本番ではバウスのスピーカーの限界まで上げての、更なる爆音上映となる。
お楽しみに。
しかし予想以上の方々の来場に、少し驚く。
ピクシーズの映画をやったときは、それなりの固定ファンが想定されていたために動きやすくもあったのだが、今回はソニック・ユースもバンドとしてやっているわけではなく、それぞれのユニットでの出演であるため、しかも、ソニック・ユースのドキュメンタリーでもないわけだから、宣伝する方から見ると何とも売りにくい映画であることは確か。
したがって、試写への動員も最小限これだけは、というギリギリの方たちに来場していただければと思っていたのである。
この奇妙な熱気が、本番の上映にまで繋がってくれることを願うばかりである。
あとは、5月8日からの日仏学院でのオリヴィエ・アサイヤス特集に駆けつけるであろう方々にも是非。
オリヴィエ・アサイヤスの身体感覚が、非常によくわかる映画なので、その他のオリヴィエ作品を見る上でも大いに参考になると思う。
『狂い咲きサンダーロード』は、以前爆音上映したときの音調整で苦労したという話を聞いていて、実はそのとき私は持病のメニエルが出て、耳鳴りとめまいでぶっ倒れて約半年くらい仕事もできずぶらぶらしていた時期だったのだが、とにかく、本日もどこまでの音が作れるかどうかはちょっとハラハラであった。
その上、まあ、リアルタイムで見てそれなりに十分興奮した映画なので、久々に見るのが怖いというものあり、結構緊張してもいた。
でもねえ。
やっぱり、とにかくでたらめでもいいからやっちゃえ、というこの映画のエネルギーはやはり刺激になる。
物語の作りは非常に普遍的というか、どこの国の何時の時代でも作られているような骨格を持っていて、当時感じたような「新しい映画」というより「古典的な映画」という印象の方が強かったが、それはそれ、台詞と音楽との音量がほぼ一緒で、音楽をでかくしようとすると台詞もしっかりでかくなり、しかしそれでもワーワーとうるさくなる感じがかなり面白く、今回は声もでかい、音楽もでかいという上映となった。
久々に聞くパンタ&ハルの「つれなのふりや」。
これを聞くためにだけでも、またいつかどこかで観たい。
調整が終わるとすでに3時過ぎである。
いよいよ来週からは、月・木の爆音調整態勢となる模様。
爆音映画祭まで、1ヶ月を切った。
4月28日(火)
昨夜、ようやく校了したと思った映画祭チラシだが、バウスからの最終チェックのメールが何故か私が受け取れていなかったことが朝になって発覚。
本来なら11時までには入稿も印刷代金の振込もすませていなければならないところ、間に合わず、あわてて印刷所に連絡を取り、交渉して何とかギリギリ間に合わせる。
ネット時代は便利で、何事も短期間でうまくいくように見えて、結局自分たちの首を絞めているなあと、またもや実感。
とはいえ、もう、すべてがこのシステムの中で動いている以上、ここから離れて過ごせるほど金持ちではないboidは、もうしばらくこのバタバタの中を何とか生き延びるすべを身につけるしかないのだろう。
でもまあ、とにかく間に合った。
しかし本当に眠い。
ボーっとしたまま、しかし事務所ではヘアスタ・セット購入者の方々へのミステリー・ディスク発送作業。
まあ、こういう単純作業ならこんな日もできる。
こんな日だからこそ何とかこなせると言うべきか。
というか、とにかく繰り返しの作業をするのが精一杯。
しかし本日は、妻が私の実家へ両親の面倒を見に帰ったため、3匹の子猫がペットグッズショップに戻ってまたもや調子の狂った姫2号の面倒を私が見なければならない。
姫1号は高校のクラブ活動と称して表参道のマクドナルドでいつもダラダラと先輩たちと喋って時間をつぶすのに追われ帰宅が何時になるか分からない。
夕方、一度家に帰って、とにかく2号の夕食を出し、ちょっとお相手をしてご機嫌を取り、そしてオン・サンデーズへと向かい最後の片付け。
昨日でほとんどが売れてしまったため、事務所に持ち帰るのは、音の出る絵の2セット他、2、3点のみで、案外簡単にすむ。
しかし、つい1ヶ月前までは事務所にゴロゴロしていた絵の数々がこうやって値段がつき、売れて人手に渡っていくというのは、何だか淋しい。
不思議な気分である。
3匹の子猫が戻っていったときよりちょっと淋しい。
もう2度とこうやって集まることもないだろう。
中原にはひたすら前を向いて描き続けてもらうしかない。
オン・サンデーズの草野さんとも、次はニューヨークで、という話をする。
こうやって周囲がなんとなくその気になっているうちに、本当に実現するのだろう。
そういうものだと思っていくしかない。
まあ別にニューヨークでなくてもいいのだが。
4月27日(月)
微妙な胃腸の重苦しさを感じつつの出社。
通常なら、休んでしまうところだが、そうも行かず。
本日は、爆音映画祭のチラシ入稿もあり(もういい加減入稿しないと大変なことになってしまうのだ)、中原個展の最終日でもある。
慌ただしくもあり、いろんなことが終わっていくことの高揚もあり、しかも時が経つにつれ胃腸の重苦しさは増し、鼻水やら咳やらが出始めて、でも何のことはない、大勢の人がいる場所に行くことがこんなに嫌いなのだと身体が訴えているのだった。
このところ、イヴェント続きで、人嫌いの私はもうさすがにいっぱいいっぱいである。
ただ、人と話すのは嫌いというわけではなく、大勢の人がいると誰とどう対応したらいいのかよくわからなくなって、それがものすごいプレッシャーになり、そのことがわかっているだけにその前から胃腸が調子悪くなるという、何だか「ご苦労さん」な状態となるわけである。
まあでも、そういうことでもないと、本当に外に出ないからねえ、私の場合。
うーむ、どうしたものか。
いずれにしても、生きているのが苦しいのであった(笑)。
とはいえ、個展最終日である。
爆音チラシその他のあれこれをとりあえず中断し、遅れて駆けつけると、すでにこの状態。


すごい音だけが聴こえてくる。
一体下はどんなことになっていたのか。
しかしとにかくあれやこれやの1ヶ月だった。
絵も大体売れた。
でかい絵と、音の出る絵が売れ残っているのが残念だが、これはできたてだからねえ。
どこか再展示できる場所はないだろうか。
特に音の出る絵は昨日完成だから、本当に数少ない人しか見て聞いていない。
あまりにもったいない。
boidが新たな企画を立ててもいいのだが、何しろ爆音映画祭、オリヴィエ・アサイヤス、大音海、それに中原絡みの新企画と続くから、これ以上新しいものを加えても、忙しくなるだけでまともなことができないのは目に見えている。
map 小田君に言わせると、でももうそうやってやるしかない、と言うことになるのだが・・・(笑)。
しかしboidはやはり何はともあれ他力本願である。
どなたか、うちのスペースで展示してもいいし、そうしたらすぐに買い手も見つかるよとか、あそこにお願いしたらどうか、とか、何かいいアイディアがあったらboidへお便り下さい。
もしかすると調子に乗って、中原がさらにあれこれ作るかもしれません。
とはいえ、中原も相当疲労困憊した様子。
まあ、1ヶ月間、本当にお疲れさまであった。
こちらは勝手に、毎日会場にやってきてちょっとずつ描いていけばいいじゃん、とか勝手なことばかり言っていたが、仕上げる方は、それが簡単にできるようならもっと前からそうやってる、わけだしね。
しかしうちあげの席では、ジム・オルークから、次回はニューヨークでの個展、という大胆発言が。
もちろん、冗談ではない、目は大まじめであった。
その根拠もある。
今後はNYの人々と連絡を取りつつ、来年目指していきたいと思う。
私は早めにその席を抜け出し、チラシ校了作業。
今回のチラシは、いつもなら黒岩その他の手伝いを頼むところを敢えて自力でやった。
boidもnobodyも独り立ち、というわけではないのだが、今回は必要最小限の小さなプロジェクトとして行ないたい、という風に思っていたのだった。
したがってチラシも、整理して分かりやすく文字数も少ないものではなく、何だかいらぬ戯れ言をガシガシ書き連ねたやたら文字の多いものになった。
個人的な見解なのかどうかも分からぬ、一体それは誰が書いたのか、バウスの壁を揺らす爆音の振動が書いたのかとも思えるような、映画そのものの解説とは微妙にかけ離れたものになっている。
チラシにあるまじきものにも思えるが、皆様の推薦のコメントをも交えつつ、何やら奇妙な迫力とともに、爆音映画祭は音もでかいが文字も多いのだという挨拶ができたのではないかと思う。
とはいえ、である。
急がねば、時間はどんどん過ぎていく。
4月26日(日)
ちょうどGWあたりの誰にとっても過ごしやすいはずのよく晴れた気持ちのいい日に限って絶対にひどい頭痛が起きるというのはもう、20年から30年そうだから、何かのアレルギーなのだと思うのだが、たいてい1日で治まるから、原因の追及はしない。
とはいえ、起こるものは起こる。
いつもは5月に入ってからだったのだが、今年はいきなり不意をつかれた。
単なる疲れだと思っていたのだが、どうやらいつものやつで、なす術無し。
いや、単なる疲れかもしれないのだが、いずれにしてもつらいものはつらい。
携帯の調子が悪いので、いっそのことiPhoneに変えてしまおうということで、なんとなく気分の優れないまま吉祥寺に行って、ヨドバシカメラのソフトバンクで説明を聞いているうちにどんどんひどくなってきた。
というか、まあ、この手のものの説明とその確認と、「確認しました」というサインの繰り返しには呆れるねえ。
後から問題が起こらないための外堀埋めを、延々とやらされるのである。
そんなことまでして身を守らねば生きていけないやつはみんな死んでしまえとさえ思う。
まあ、私が真っ先にやられるのは分かっているが、それでもそれくらい毒づかせてくれ。
これじゃあ、iPhoneの契約台数が増えないわけである。
面倒くさいことこの上なし。
こりゃ、携帯じゃないもんなあ。
そのことをかなり承知していたものの、さすがにもう、勝手にしてくれという面倒臭さ。
それでも適当に使っているうちに何かできてしまうところがアップルのすごさと言えばすごさだが・・・
というわけで何のことはない、ひどい頭痛とともに、結構遊んでしまったのであった。
だが、契約と毎月の料金の都合上、私は機種変更ではなく、新規契約を選んだので、電話番号もメアドも変わった。
前の携帯も使えるが、調子は限りなく悪いのでたぶんそのうち機能しなくなる。
電話番号やメアドを伝えるのは相当面倒だが、面倒でない範囲の人だけに伝えればいいやという、この諦めの良さがいつも後から後悔を招く。
まあ、今週1週間くらいで、ぼちぼちと変更の連絡をしていこうかと思う。
それから、オン・サンデーズ。
中原の、音と一緒に見る絵がついに完成。
これまで飾ってあったものにCDプレーヤーがついたもの、それからもう1点の新作。
最終日に向かって、製作速度がさらに上がった。
明日は、50号のキャンバスの作品が仕上がるのだろうか。
うまく買い手がついてくれるといいのだが。
4月25日(土)
終日雨、ということもあり、このところの疲れもあり、まあ、こんな感じ。


それでも何とか某原稿の整理を延々と。
しかし夕食後はたまらずぶっ倒れて寝ていると、携帯の留守電に何件ものメッセージが。
皆さん働いておられる。
大型GWって、一体なんなんだろうねえ・・・
4月24日(金)
もちろん多くの人に来場してもらって、少しは儲けてその後につなげたいから、と言うこともあるのだけど、基本的にはこんな面白いものがここに転がっているのに、なかなか多くの人に伝わらないのがもどかしくもあり、残念でもあり、あまりにもったいないので、ついあれこれこの日記で書いてしまうのだった。
湯浅湾のアルバムも、そして昨夜の『ヘアピン・サーカス』『国道20号線』も。
「どうしたら多くの人に」とか考える前に何かができるといいのだけど、それはそれでそう簡単なことではなく、いや結果的には簡単だったりするのだけど、とにかく今の時点では、ああもったいないもったいないと身悶えするばかりなのだった。
でも本当に、騙されたと思って、聞いて、見てほしい。
本日の、オン・サンデーズ、中原&五木田=アップカセッターズの演奏も、本当に良かった。
何と言ったらいいのか、人生の層が一枚また増えた感じ。
自分の知らない新しい人生が身体に侵入して、世界を新しい目で見ることができるようになった、そんな「更新感」をもたらしてくれた。
録音していなかったのが悔やまれる。
思い起こせば、昨年の京都で、中原の機材が入った荷物を盗んだ方は、本人が思っている何十倍、何百倍の犯罪をしでかしたことになる。
死んでもなお、呪われ続けるだろう。
まあ、そんなこと言ってないで、早く録音機材をちゃんと揃えろ、ということなのだが(笑)。
そうそう、アップカセッターズは名前を変えるとのこと。
パイプカッターズ、あるいはパイプカッツのどちらかになる。
私としては、パイプカッツの方が60年代のサーフ・バンドのようで気に入っているのだが。
うちあげの席では、湯浅湾『港』発売記念Tシャツの絵を、五木田さんが描いてくれることが決定。
と、五木田さんの酔いが醒めても大丈夫なように、ここに書き留めておく。
『大音海』発売の際には、手ぬぐい、浴衣、米、杓文字などなど、次々に記念グッズ&おまけのアイディアが出て、本編より先に外堀だけがどんどん埋まっていく。
『大音海』の報告をすると、現状では10月発売予定。
大体200ページくらいで、15ヶ月連続発売。
おまけ、月報つき。
という感じ。
80年代から97年までの、湯浅学ソロ・ワークの、現時点で収録可能なほぼすべてを集めたものになる。
それは、「湯浅学」という個人の歴史としても読めるし、80年代から90年代にかけての日本の音楽史、音楽の世界史としても読める。
その公私混同感の壮大な広がりと空虚をたっぷりと楽しんでいただきたいと思っているのである。
もちろん、売れなかったらどうしよう、という不安もたっぷりあるのだが、そこは皆様のお力で何とか、という他力本願で行こうと思っている。
それから、本日の演奏を聴きながら、へア・スタの今後のアルバムについてのちょっとしたアイディアも浮かぶ。
こちらも他力本願的な部分も大いにあるのだが、本日の他力と自力の絡み合いが何とも面白かったので、こういった作業をしばらくやるのもいいのではないかと思ったのだった。
うどんとかそばとか豆腐とか、とにかく胃腸に優しいものしか食せなかった一日だったが、最終的には結構前向き(笑)になれた。
4月23日(木)
『ヘアピン・サーカス』と『国道20号線』の爆音調整をやった。
これは何度も上映したいねえ、という音になった。
バウスに巨大な空虚が広がったというか。
疲れのため詳細を書くことはできないが、こういうのがあるから爆音は辞められない。
映画作りを志している人には、何を置いても是非見ていただきたい2本。
今年の爆音映画祭は5週間くらいやって、皆さんにフリーパスを購入してもらい、全部見てほしい、と思えるような面白い映画ばかりである。
この2本は特に『憂鬱な楽園』『デーモンラヴァー』と4本立てオールナイトで上映したい。
なんて喜んでいたら、思わぬことが起きる。
画面サイズが正規のシネスコになって欠けていた両端も無事復帰した『ざ・鬼太鼓座』を試しに上映してみたら、画面は直っていたのだが、音が違う。
先日、本当に苦労して最後の最後でようやく、これで決まり、という音にすることができたのに、すべてやり直しである。
デジタルだからといってまったく安心はできないのであった。
ただでさえ、今後の音調整の日程が厳しく、倒れる前に気功にでも行って体調を整えよう、という話をしていたところだったのに・・・
時間や体調はともかく、前回の音調整もかなり苦労してようやく決まった音だから、今回同じようにできるかどうかはまったく分からないのである。
画面はこちらのテープ、音は前回のテープ、という風にできないものかと心底思う。
帰宅後、一気に疲れが出て、グッタリ。
ひどい下痢となる。
明日は出社できるかどうか。
4月22日(水)
とはいえ、である。
結局のところ、めくるめく一日。
何のことはない目先のことで目一杯であった。
中原の携帯は相変わらず止まったままで、連絡とれず。
私の携帯もちょっと怪しくなる。
料金の問題ではなく、電池がダメになった可能性大。
もうすぐ2年間の契約が切れるので、いっそのことiPhone にしてしまおうかとも思っているのだが・・・
ただ、気がつくと通信料金ばかり支払っているような気がして、あまりにバカバカしい。
まあその分、機材の本体料金が安くなっているので、支払う金額は変わりないので数字的には問題ないのだが、何だか騙されているような気がするのはなぜだろう。
この不確かさの中を堂々と生き抜く智慧を身につけたいものだと思う。
そんな大げさな問題ではないのか・・・(笑)
爆音映画祭は、チラシ作りが佳境にさしかかっている。
オリヴィエ・アサイヤス『NOISE』も宣伝素材作りが着々と進む。
印刷所の手配など、混乱しまくっているが、致し方なし。
4月21日(火)
ようやく少しずついろんなことが終わり、落ち着きを取り戻し始める。
もちろんやることは山積みなのだが、自分が今何をやっているのかもよくわからない、とにかく目先のことを片付けていくだけ、という状態は切り抜けた(各所に迷惑かけながら)ように思う。
そうなると今度は疲れが一気に出て来るのだが、本日は大塚がまぶたを腫らし、早帰り。
晴れたまぶたの記念写真を撮りたいと要請したのだが、あっさり断られる。
当たり前か。
しかしこの状態で果たして、これからオリヴィエ特集が終わるまで続く爆音三昧を乗り切ることができるのだろうか。
今週末と来週明け、個展がらみでもう一踏ん張りしなければならない。
私も、もう、目一杯のところに来ている。
『港』がガンガン勝手に売れて、boidを救ってくれないかと幽かな期待をしているのだが、果たしてどうなるか。
いずれにしても皆様、さまざまな意味において『港』のご購入は人助けになります。
生きているうちに何度できるかどうかわからない、人助けです。
おそらく、最終的には自分をも助けることができるでしょう。
そこがポイントです。
騙されたと思って是非、ご購入をお願いします。
それから、虹釜太郎君から連絡があり、冊子を3つ、だしたとのこと。
その他DVDやらCD-Rやら、コンスタントに出し始めている。
ここ→ にて購入可能。
覗いてみてください。
帰宅すると、入院していたちび猫が帰宅。
3匹揃うとミャーミャーとうるさい。
数日間で3匹とも凄く活発になってきた。
寄生虫やウィルスの検査がすべて終われば、ケージから出してやれるのだが。
5時間おきにミルクと離乳食を与えなければならない妻は、さすがに大変そうだ。
失業中で良かった、というか、失業中でなければこんなことは引き受けなかったのだが。
深夜になってバウスから連絡あり。
例の『ざ・鬼太鼓座』問題。
デジタル映像の画面でシネスコの両端が微妙に切れていたのは、どうやらデジタルに取り込む際の問題だったらしく、その修正版というか、完全版があって、それでの上映が可能になったと。
おお、よかった。
フィルムでは上映できないが、これで、画面の隅々まで見ることができる。
フィルムでの上映がこの状況だとたぶん当分は無理ということだから、現時点でのベストの状態での上映、ということになる。
チラシの入稿が遅れていたのも幸い。
原稿に入れていた、お詫びを削除する。
4月20日(月)
妻から、あの子は生後10日ではなく、20日くらい、という訂正の指摘あり。
確かに青山からも、「生まれたての子はあんなに毛がふさふさしていない」という電話もあったのに、私がうっかりしていた。
そして青山からはさらに「一時預かり」ではなく、「飼っちまいな」と。
一匹も四匹も同じなり。
しかしねえ、本日はいよいよ姫2号がちょっとスネ気味、さらに、何かの気配を察知して気に病んだのか、下痢も再発。
うーむ。
中原の作業は進む。
100号キャンバスの大作「MY CRANE」を完成させたばかりか、「PUBLIC LESBIAN」という小さな作品も完成。
そしてさらに、50号キャンバスの自作もじわじわと進行。
音楽と一緒に見る絵の準備も(?)。
土曜のオールナイトのときは、かなりグッタリしていたのに、一体この充実感はどうしたことか。
やはり携帯が止まっていた方が何かがうまく回り始めるような気がするのだが。
他人事だからそんなことが言えるだけなんだけどね。
4月19日(日)
昨日は、生後10日くらいのこの子猫が緊急入院。
点滴を受けて無事回復したとのことなのだが、とにかく通常なら親猫の乳によって免疫ができて来るところ、それができないので、ちょっとしたことで大変なことになる。
そういった猫たちが飲むミルクとして山羊のミルクが販売されていて、犬も猫も親のいない子供たちはほとんどそれで育つらしいのだが、これが思い切り獣の臭いがする。
我が家の1階は、その臭いで充満している。
夜は爆音アルジェント。
私の心配は杞憂に終わり、満員の盛況となった。
根本さんはさすがに時間通りには現れず、ハラハラしたものの、しかしまあ、現れてからのぶっ飛ばしようというか、すでにそれさえ芸となっているようにも思える佇まいは、まったく見事であった。
それに対応する中原も、あっぱれ。
いつも思うのだが、中原はホストとして場を仕切るのが絶対にあっている。
何だろうか、この絶妙な対応は・・・
上映中は、爆音映画祭のチラシ作りその他。
まだまだやらねばならないことが山ほどある。
しかもゴールデンウィークになってしまうので、印刷所その他が休みになり、その前にあれこれをやってしまわねばならない。
本日は昼過ぎに起床。
チラシの文字データをほぼ仕上げ、デザインの倉茂君に渡しディスクユニオン吉祥寺店へ。
湯浅湾店頭ライヴである。
で、ユニオンに到着して初めて判明したのは、私も湯浅湾のメンバーも、よくタワーレコードでやっているように、いろんなお客さんがCDを買っている中で、店内の一角を使って簡単にライヴをするものだとばかり思っていたのだが、そうではなく、一旦店を閉店し、棚を片付けてスペースを作った上でのライヴをやる、ということであった。
したがって、8時スタートだと思っていたのは間違いで、8時に閉店、そこから準備が始まり、音だしが終わったところでスタート。
始まったのは8時30分過ぎだっただろうか。
もっと遅かったかもしれない。
それぞれが小型アンプを持ち寄ってのライヴなので、音量と音圧に限界があり、しかもまったく予想外に多くの方の来場があったため、後ろの方にいると音が人に吸収されたり跳ね返されたりするため十分な音量で聴こえてこない。
ちょっと残念ではあったのだが、しかし人間の感覚とはおかしなもので、次第にその音に慣れていくと、その不透明感、というか、皮膜の向こうから音が出て来る感じも結構いいものだと思えてくるのであった。
特に、「柔らかい太陽」をいつもよりオクターブ下げて歌った声とそのちょっとくぐもった演奏には、グッと来た。
どうやら本日、ユニオン吉祥寺店だけで、『港』がかなりの枚数売れたらしい。
結構びっくりの枚数。
本当にうれしい。
それから、ライヴ来場者の方々、おまけのプレゼントの件、ご連絡いただければ発送します。
その後、佐々木敦君が始めた新雑誌「ヒアホン」のインタビューを深夜まで。
一体この人たちはどこまで音楽の話で盛り上がるのか、という話の広がりに呆れる。
帰宅すると、オン・サンデーズから画像が届く。
この何日か、絵を描きに行っていなかった中原が、作業再開。
初日から書き続けていた絵がほぼ完成し、どうやら、そこに、「マイ・クレーン」という文字を入れて終了、ということらしい。

そして、さらに、次作に取りかかり始め、それがこれ。
うっすらと便器状のものが見えるだろうか。
そういえば先日、エアブラシを購入して、それがオン・サンデーズにすでに置かれているはずなのだが、それはこの絵の中で果たして使用されるのか?
いや、もしかしてすでに使われているのか?
それから、中原の携帯が数日止まったままである。
急用の方は、オン・サンデーズか、boidへ連絡を。
とはいえ、おそらく月曜日か火曜日くらいには復旧するのではないかと思われるが、もしかすると案外、携帯が使えない生活もなかなかいいものだとか、思っているかもしれない。
4月17日(金)
午後、事務所にやってきた佐向から、『港』は年齢層の高い人に向けての宣伝をしてはどうかという提案を受ける。
例えば60代の人たちにも、この音は受けると。
確かに。
ロック第1世代である。
とはいえ、これまでのboidの活動の経験からは、60歳代の方たちに向けての告知で何をすればいいかというノウハウはまったくない。
本なら新聞や高年齢層向けの雑誌で何とか、ということも想像がつくが、音楽である。
やはり、日曜日のユニオン吉祥寺店ライヴの前に、吉祥寺駅前ライヴとかを敢行するしかないのか。
本日中に映画祭チラシの文字データをすべて完成させる、というのが今週の最低目標だったのだが、しかし微妙に仕上がらず。
明日はアルジェント・ナイト、明後日は湯浅湾ライヴなので、週末を原稿書きにまわすにしても時間がほとんど取れない。
一体どうしたものか。
しかし、気がつくともう、アルジェント・ナイトである。
爆音映画祭では『ゾンビ』をやるのだが、昨年の春に『ゾンビ』を爆音上映したとき驚いたのは、フィルムが劣化してもそのノイズをあらかじめ想定していたかのように、映画の中の音が生き生きと変化するのである。
そのある種の適当さはロメロやアルジェントが育った時代のおおらかさなのかもしれない。
『サスペリア』『トラウマ』という2本を見ても、同様なことを感じた。
音の繋ぎや置き場所に、微妙に隙間を作ると言ったらいいか。
完璧に繋がない完璧さと言ったらいいか。
隙間の作り方が絶妙なのである。
想定外の何かを受け入れて初めて完成するような作り方の洗練が、そこでは起こっているのであった。
つまり、こちらが適当に騒ぎながらそれを見ても、それを受け入れて新たな映画としてそこに現れる太い幹を、それらは持っているのである。
これは楽しい。
できれば大勢の方たちとともに見たいと思うのだが、爆音上映では初めてのジャンルだけに、果たしてどこまでこの面白さが伝わっているか・・・
帰宅すると三匹の子猫。

さすがにあまりに小さくて、影みたいなものしか撮れなかった。
もう一匹はケージの中で、撮影できず。
姫2号は、一体何が起こったかとキョトキョトするばかりである。
といっても我が家で飼うわけではなく一時預かり。
姫2号をいただいた近所のペット・グッズ・ショップのオーナー(女性)があまりに忙しすぎ、その忙しさの中でなお、新たな猫や犬を保護したり、飼っていた猫を処分したいというわがままな人間からの要望に対し「私のところは処分するための猫を引き受けるところではなく、保健所その他で殺されてしまう寸前の動物や、病気やけがで助けないと死んでしまいそうな動物を保護して、それらを引き受けてくださる方々に引き取ってもらうまでの間面倒を見るところなのだ、あなたも自分で育てることができなくなったらな簡単に処分なんていわないで誰か引き受け手がいないか自力で探すべきです」などと諭したり、猫を引き取りたいと電話をしてきた気の短いオヤジが、引き取っていただくためには猫の検査をしたり引き取り手の状況を確認したりでしばらく時間がかかると言っているのにも関わらず待つことができず毎日何度もメールしてきて、それに応えなかったら今度は動物保護センターみたいなところに訴えて、そこから状況確認の調査がやって来るなど、次々にあれやこれやがあるものだから、とうとう身体を壊してしまったのであった。
たぶん、私よりずっと、ずっと大変だし忙しい。
とりあえず自分のことは後回し、まずは助けなければならない動物たち優先で動かざるを得ないのだ。
その中で「自分」のバランスをとって生きていかなければならない。
まあとりあえず10日ほど。
しかし、まあ、あまりに小さすぎて、見てるこちらの方がおろおろしていまう。
猫というより、子ねずみ。
4月16日(木)
湯浅湾3時間ライヴのレビューが掲載された。
ここ→
boidではお馴染みのnobodyのサイトであるが、仲間内の馴れ合いと思わないでいただきたい。
馴れ合うときはもっと堂々と馴れ合うので。
今回は彼らがライヴに刺激を受けてこうなったということで、こうやって刺激が次第に遠くまで伝わっていってくれたらと思うばかり。
このような小さなつながりを信じていくしかないのだ。
例えば本日は爆音映画祭の体験試写だったのだが、今回は昨年に比べて試写への応募人数がかなり増えたという情報もあり、また、上映作品リクエストも昨年の10倍くらいになって、本日の試写もそれなりの高倍率をくぐり抜けてきた方たちだから欠席者もそれほどいないのではないかという予想だったのだが、ふたを開けたら、欠席率も相当なもの。
試写をやるたびに思うのだが、こういった出席率の予測は、多くの宣伝担当の方々は一体どのように判断しながら動いているのだろうか。
本当に難しい。
だって、本当に全員がやってきたら座りきれないくらいの数の招待をしているわけで、しかも、単にこちらから勝手にあげているわけではなく、応募していただいた方たちにプレゼントしているわけだから、全員がやって来る可能性だってある。
その可能性も想定しつつ、しかしまあ全員が来るわけではないという現実をにらみながらこちらは動くわけだが、結果的には未来は予測できないということで落ち着くのである。
何が言いたいかというと、まず何よりも顔が見える人たちから始める、という態度で常に臨むしかないということである。
そこから始めるしかない困難な状況が押し寄せてきている。
2年前、ジョー・ストラマーやピクシーズの映画をやった頃はまだ、ある種の勢いをつけることで何とかなる部分もあった。
だがもう、そうではないのだ。
爆音映画祭だって、昨年は1年目だったからみんな珍しがってくれたし、テレビや新聞もやってきてくれた。
今年はそうはいかない。
リクエストが盛り上がって一般的な認知度は高まったかもしれないが、認知度が高まるのと実際に劇場までやってきてくれるのとでは話はまったく別。
昨年の試写のときはこちらの準備不足を露呈して、それが逆にこちらの力を出させる結果となったが、今年もこの試写が今後に繋がるような方向に我々を導いてくれることを願うばかり。
とにかく、まだまだ本当に全力を出さないと何も動かないことを、スタッフの方々全員に再認識していただきたい。
しばらくは私も、口うるさい小言オヤジになろうと思う。
というか本当はいつも、むちゃくちゃ怒ってるんだけどねえ。
通じないんだよなあ・・・
試写の『デーモンラヴァー』の方は、そういったこちらの事情とはまったく関係なく、絶好調で、ロビーで聞いていてもものすごいことになっている。
見に来てくれた石井聰亙さんも、「音が生き物みたいになってる」と。
本当に目の前で音が動く感覚になるのだ。
この音を、試写状の当選者全員に見てもらいたかった。
音が動く感覚は、試写終了後、爆音調整をやった『NOISE』も同じ。
最初は苦労したが最終的に決まった音でライヴ・シーンを見ると、本当に音が生き物みたいにスクリーンから飛び出したりうねったりする。
何と凄いライヴ映画であることか。
「ライヴ」というのは、まさにこのこと。
映画自体がライヴであることが実感される。
オリヴィエ・アサイヤスがこの映画のためのプレス資料に寄せた文章の中で、この映画が最終的にひとつの形をとり始めた経緯について、以下のように記している。
「それはちょうど物を書いているとき、書くことを促した真の理由を、書きながら発見するのに似ている。」
『NOISE』はまさにそんな映画だ。
音が自分の居場所を見つけようと動き回り、しかし居場所を見つけることが真の目的ではなく、その運動と運動の反響が引き起こす振幅の中にこそ自分の居場所があることを認識し始め、そしてさらにその認識が次の動きへと繋がっていくような、その連鎖。
こんなライヴ・ドキュメンタリー、見たことない。
音を愛でるでもなく、演奏者をあがめるでもなく、かつて聴いた音楽の鑑賞に浸るのでもなく、ある種のお勉強のためでもなく、ひたすら彼らの音とそれが生まれる瞬間の運動を見つめ、気がつくと映画を見ている自分もその音を出す運動の原動力となっている。
この爆音上映を見るまでは、字幕をつけないことが少し不安ではあったのだが、これはまったく問題なし。
字幕を読む暇があったら、目の前で動いている彼らの肉体をじっと見つめること。
その動きこそが字幕であることが、もう、痛いほど分かる。
しかしこの映画を多くの方たちに見てもらうためには、一体どうしたらいいのだろうか。
とにかく劇場にさえ来ていただければ、誰もかつて見たことのないライヴ体験が訪れることは間違いないのだが。
何と言ったらいいのか、メトリックのボーカルの彼女(名前またもや失念)の足の動きを見るだけで、身体が踊り出す感覚。
あの足の動きの中に音があるのだ。
それをとらえられる監督とそうではない監督がいる。
音が動いていると感じるのは、実際に目の前であの足が動いているからなのだ。
つまり本当に音が形になって動いているのである。
これこそ音楽映画。
4月15日(水)
昨夜はさすがに疲れと眠気の中で勢いの赴くまま、『シャーリーの好色人生と転落人生』について書いてしまったが、一晩経ってみても、これは本当にいい映画であると思う。
このところしばらく、私は完全に爆音付けになっていてそれが基準になってしまっていたのだが、そういった、映画の音に包まれる心地よさの基準とはまったく違う距離感で映画を見ることのできる面白さをこの映画は持っている。
爆音と反対で、映画から離れれば離れるほど面白いというか、離れることによって次第に映画がまとわりついて来る感覚というか、その距離感の微妙なバランスが素晴らしいのだ。
ちょっとした言葉の使い方や喋りのタイミング、リズムが。
やはりロック喫茶ではなく、ジャズ喫茶で何年も働いている、その身体感覚があのバランスを作らせているのだろうと思った。
明日は、さらにその次の作品(タイトル失念、「パンドラの函」???)の初号試写があって、本来なら是非参加させてもらいたいところなのだが、こちらも爆音体験試写がよる7時からあり、その準備やら、いくら何でもそろそろ爆音映画祭の本チラシを作らねば、という緊急事態もあって、参加できず。
次回の試写には是非、と思う。
本日は、午後から、ニール・ヤングの作品の映像編集などを担当している帰国中の大貫さんが、遊びに来る。
いよいよアマゾンでも予約を受け付け始めたアーカイヴ・シリーズのボックスセットの制作時の話など、いろんな裏話を聞く。

Neil Young Archives 1 (1963-1972) DVD→
Neil Young Archives 1 (1963-1972) Blue-ray →
話を聞けば聞くほど、CDのセットでもなく、DVDのセットでもなく、ブルーレイのセットを買うしかなさそうな感じ。
アマゾンのカスタマー・レビューを読むと、映像には興味ないからCDのセットで十分とか、既発のものもダブって入っているのが不満とか、発売前からいろんなことがかかれているのだが、まあそれは分からぬでもない。
ただ、ブルーレイやDVDのセットは、CDのセットには入っていない、隠しアイテムと言うか、さらに奥の方の階層があってそれらにいくつも曲が入っていたり、音の質が格段に違ったりしているようなのだ。
まあ、その音の質の違いが分かる環境で音を聞くことができる人が果たしてどれだけいるか、という問題もあるのだが。
大貫さんから、そのボックスセットに入っているポスターを、お土産でもらう。
滅茶苦茶縦長。
あまりに縦長すぎて良く見えないかもしれない。
上記の画像をクリックして拡大してみれば、少し分かるだろうか。
60年代初頭から70年代初めまでの約10年間のさまざまな音源がそこに。
湯浅さんによると、ブートレッグで出回っているらしい、60年代初期のニューヨークでのソロ音源も入っている。
どこかのスタジオでデモとして録音したものの、結局会社からは声がかからず、そのままになっていた音源。
それらのタイトルが、古いファイル用紙に年代順(アルバムの収録順)に重ねられている、というポスターである。
今後のシリーズは、すべてこの形式でポスターも作られて、音も並べられていくのだと言う。
次は2年後、以後2年ごとに発売というアナウンスをしたとのことだが、まあ、それは果たしてどうなるか。
『大音海』どころではない気の長さである。
完結するまで一体何年かかるのだろうか?
あと、現在制作中のエコ・カーの話やその製作を追ったドキュメンタリーの話も聞いた。
エコ・カーは天然ガスと電気のハイブリッドで、発電機を積んでいて、車が動くと発電も進みそれによって車が動き、さらに発電量も増し、余った電気は過程で利用できるようなものとして作られているのだという。
この仕組み自体は新しい発想なのかどうかは私にはよくわからないのだが、とにかく、自分の運動自体が次の運動のエネルギーになる動き方、というのは近年のニール・ヤングの歌や演奏からも十分に伝わって来るもので、その限りなく小さな回路による運動を最大限に広げたプロジェクトが、今回のエコ・カー製作なのだろう。
ニュー・アルバムの『fork in the road』も、このエコ・カーのプロジェクトの一環として作られている。
ビデオ・クリップも車に乗ってのものが多いのだが、その中には、今回のエコ・カーの試作車の中で撮影されたものもある。
で、その撮影はこのところますます機械的になってきていて、大貫さんがやるべき「編集作業」がないのだという。
なるべく人間の意図を感じさせないカメラワーク、編集にシフトしているとのこと。
この辺りの意図を、本人から是非聞いてみたいものである。
しかしこのエコ・カー、ニールさん自身は大変な車のマニアでもあって、やはり最近の軽い車はまるで興味がないらしく、とにかく重い素材で作られていて、モデルはリンカーン・コンチネンタルと言っていたと思うのだが、とにかく2トンくらいある重さなのだとのこと。
でかくて重い、エコ・カー(笑)。
いつかboidが儲けたおりには、このエコ・カーを特別発注したいものである。
しかし、日本の道路を走ることができるのか・・・
それから爆音映画祭関連でひとつお知らせが。
先日、「上映作品決定」のお知らせを映画祭HPでアップしたのだが、何とそれからさらに、上映できない作品が出てしまった。
「ユッスー・ンドゥール/魂の帰還」である。
同時期にプリントが地方に出てしまい、デジタル上映なら可能、ということだったのだが、さすがに音質が大分違うだろうとこともあり、今後の爆音上映にまわすことにした。
その代わりに、「マリー・アントワネット」を上映。
何人もから、「女性向けの爆音映画を」をと言われていて、いや一体それは何なんだと、何時もどうしていいか困ったまま先送りにしてきたのだが、この作品なら女性誌にも情報を載せてもらえる可能性あり、という宣伝担当のプッシュにより、決定。
まあ、「女性向けの爆音映画」というのと「女性誌受けのいい映画」というのは違うとは思うのだが、こちらにはそれを判断する決め手が何一つなし。
とにかくやってみるか、というこれまた非常にラフでいい加減な判断である。
でも、それはそれでよし。
4月14日(火)
朝も早よから姫2号がバタバタと枕元で駆け回るのでおちおち寝てもいられない。
ようやく再睡眠に入ったと思ったら、今度は姫1号が母親に怒られている声で目が覚める。
姫1号はときどき親をなめた行動を平気でするのでまあ、致し方なし。
いくらなめられてなんぼの暮らしをしている私でも、ときどきは怒る。
いや、今朝は私が怒ったわけではないのだが。
大体、今時の中学高校生は本当にろくでもないことばかりして、せめてまともな音楽を聴いたり映画を見たり、親の目を隠れてこそこそと励むことさえしない。
困ったものである。
とにかく、おかげで朝9時には事務所である。
せっせと仕事をするものの昼食後にはすでにお眠の時間となり、後はボーッとするばかりなり。
へア・スタのスペシャル・ディスクをどうするかという相談を某デザイナーとしながらも次第に意識は遠のく。
CD付き飛び出す絵本はどうかとか、個展でやり損ねている音楽とともに見る絵をこれで、とか、あれこれアイディアは出るものの、採算は果たして取れるのか。
本日のオン・サンデーズは以下のような感じになったらしい。
絵はいよいよ完成に向かい、壁から取り外して仕上げ作業。
そして、新たなキャンバスが壁に取り付けられたのであった。
とまあ、製作は順調に進む。
販売の方も、展示された絵の半数が売れた。
個展の期間も半ばを迎えたところなので、ほぼ完売まで近づけるのではないかと安心していたら、大塚はまだ全然不満の様子。
大塚お気に入りの2点が売れ残っているのであった。
お気に入りというか、完成度を考えるとこの2点はまず売れてほしい、というのが売れておらず、絵が売れる売れない、というのはそういうこちらの思惑とはまったく別の問題なのだろうが、気になっている方々、会場に立ち寄る前に銀行に立ち寄ってから、ということでお願いします。
おおこれが売れ残っていたか、というのがまだあります。
しかも上記写真の大作や、音とともに見る装置など、個展終了に向けてでき上がっていくはず。
すでに私のところには、ポータブルCDプレイヤーの購入領収書が届けられている。
おそらくこれがそれになるはずなのだが、私としてはこの領収書が役に立ってくれることを願うばかりである。
それやこれやさらにボーッとしているところに冨永から電話があり『シャーリーの好色人生と転落人生』を見てくれと。
先週末から公開されているのに、未見。
何と申し訳ないと思いつつも、boidもこの状態で、やはり私も含め、みんな忙しすぎだと反省するばかり。
それでまあ、とにもかくにも夜は寝る間を惜しんでかの映画を見たのであった。
もちろんボーッとしながら見ていたわけなのだが、「好色人生」の方が転落人生に見え、「転落人生」の方が好色人生に見え気がつくとそのふたつがグルグルと回転して混ざり合い、どちらがどちらでもよくなったあげく、一体人生のピークというのは果たしてどこにあるのかと考えるばかり。
ひたすら転がり落ち、欲望をまき散らし、陰謀を妄想し、悲しみに暮れる。
そのどこがピークかと問われても呆然とするばかりだが、その呆然の呆れた口のぽかんとした中にふとピークが紛れ込むこともあるのではないかと、まあ、都合のいいことを思いつきドキドキするような素晴らしい映画であった。
忙しいとか何とかいっていないで、ただなんとなくこういう映画をふと見てしまえばいいのだ。
それだけで何とかなるものだ、ああ人生は好色と転落。
しかも画面も音も、さらに堂々と大胆にそこにあるものをとらえていて、冨永が作ったライヴ・ドキュメンタリーも相当面白いに違いないと思わせるに十分の、おそらく今後しばらくは冨永映画のミューズになるに違いない瀬戸夏実三の、ジャンヌ・バリバールぶりだった(昨日の日記参照)。
とりあえず皆様、オン・サンデーズのお帰りには池袋まで足を伸ばし、シネマ・ロサへ。
思わぬ人生に転落すること間違いなしです。
しかしあの選挙放送の声は梅本さんだとばかり思ったのだが、クレジットには名前がなかったから違ったか・・・
ああ、それから、湯浅湾『港』もboidストアにて先行発売中、ということも毎日しつこく書くように、という大塚からの命令もあり。
こちらのコメント・ページ→には、大竹伸朗さん、山本精一さんのコメントも追加されております。
これらを読み、一体どんな歌がそこに詰まっているかを妄想しつつ、ご購入いただけると大変ありがたし。
でもまあ、boidもあれこれやり過ぎだよねえ・・・
もうちょっとバランスのいい生き方はないものか。
このままでは好色と転落の無限の回路にさえ、はまることもできないのであった。
しかしとは言えである。
私の寝る時間はどうしたらいいのだ・・・
4月13日(月)
本日は、午前中から湯浅さんがやってきて、パッケージされた『港』への、遅れてきたコメント・シール(大竹伸朗、山本精一)作りと、シール貼りと、そして出荷作業。
湯浅さんのもってきてくれたアップル・パイが滅茶苦茶うまい。
千駄木にある店とのことなのだが、大塚の調査によると、どうやら三田線の春日に本店がある、パイではかなりの有名店らしい。
そうそう、『港』のboid通販での先行発売を開始した。
皆様、是非。
boid通販で購入の場合、特典として、全曲入りのカラオケCD-Rをプレゼントします。
湯浅湾をバックに、歌詞カードを見ながら歌いましょう。
アルバムには、湯浅さんの手書き歌詞カード、しかも、歌詞にはコードも付いています。
ギターを弾きながらも歌えます。
で、次の3時間ライヴには、みんなで合唱。
午後は、作業中の人々をおいて、私は日仏学院での「NOISE」の試写。
とりあえず、日仏の映写の音量と音のバランスを、かつてないものにしてもらう。
日仏の床が低音でブルブルと震える(笑)。
ソニック・ユースの面々が奏でるノイズはさすがにまだ全然迫力不足だが、ジャンヌ・バリバールなどのボーカルものはかなりな音になる。
バウスでの爆音上映がもう、圧倒的に楽しみになる。
今後、何度か日仏での上映もあるが、日仏で見ることになる皆さん、バウスでは本気で凄くなりますよ。
「NOISE」は字幕なしでの上映である。
ライヴものなので、何人もの海外からのミュージシャンが出演するフェスティバルに行く感覚でバウスに来場していただけたらと思う。
字幕がない分、来場者の方々には無料のパンフレットを配布します。
それが解説書代わりになります。
ライヴを見て、解説を読み、気に入ったミュージシャンのアルバムを買い、音楽とともに生活をする、というサイクルができ上がってくれることを望むばかり。
こういうことが普通に行なわれるようになると、日本も少しは住みやすい国になるのではないかと思っているのだが。
まだまだ時間はかかるねえ。
それに、字幕なしで見ると、この作品がやはり音楽と映画とを等しく肉体化している人の作った映画だということがよくわかる。
ショットとショットの繋ぎ方、どの表情をとらえつなげていくかという、音と映像のミックスの判断など、普通のライヴ・ドキュメンタリーとはまったく違うのである。
ジャンヌ・バリバールのシーンでは、ギター奏者の顔から歌うバリバールの顔のアップへと変わった瞬間のバリバールの表情があまりによくて、私はそこだけで半泣き状態。
こんなライヴ・ドキュメンタリー、見たことない。
たぶん、あの繋ぎは、オリヴィエさんも快心の繋ぎだと思っているに違いない。
一方オン・サンデーズでは、作品が完成間近。
すでに、次の絵を描くのでキャンバスを買ってくれという指示や、昨日はエア・ブラシを購入したいので金もってきてくれ、などという、大胆な要求も飛ぶ。
4月12日(日)
昨日は終日原稿書き。
イヴェントも原稿書きもない、安らかな休日を熱望する。
熱望のため、本来なら土・日を書けて書くしかない原稿だったが、無理矢理朝までかけて、書き上げる。
とはいえ無理矢理なので、将来誰かが立派な原稿を書くためのヒント集、というような原稿になった。
まあ、2日かけても同じことなのでそれはそれでよし。
しかも、姫2号がひどい下痢に見舞われ、あいにく妻子が出かけていて、私はうんこまみれにもなる。
パソコンの上にやられなくて良かった、というところか。
本日は昼過ぎに起床。
ぼーっとする。
姫2号は回復しつつあるものの、妻が具合悪し。
この時期は、皆さん体調を崩すのである。
私は自分の体調も気にする元気もない、のだが、実は結構元気なのだろうか・・・
来週の日曜日は、湯浅湾が吉祥寺ユニオンで、店頭ライヴをやる。
ユニオン吉祥寺店を訪れた方は、各所にポスターが貼ってあるのでお気づきかもしれない。
これ↓
夜8時スタート。
30分から1時間程度やるのではないだろうか。
店内なので、あまりでかい音ではやらないと思う。
したがって、逆に滅多に見られないパターンの演奏となるかもしれない。
観覧はフリーなので、お時間あったら是非。
ついでに知人・友人も誘って、アルバムのご購入を。
しかし、せめてもう1日私に休日を。
4月10日(金)
出社するなり、『作業日誌』のおそらく最後の増刷となるであろう1000冊ほどが到着して、事務所はものすごいことに。
もはや事務所というより完全に倉庫。
一体小さな出版社の皆様はどうやってこういった倉庫化を逃れているのか?
もう、本は2度と作りたくない、とか思うものの、秋からは月刊『大音海』が待っているのであった。
そこに湯浅さんが来て、置いてあったギター6本その他を運び出す。
ギターを運びがてら湯浅家に上がり込み、しばし、爆音レコード試聴会。
都心の真っ昼間にこのでかい音で思う存分レコードを聴くことのできる幸せ。
しかも、ほんとに、まったく、呆れるくらいに、音が違う。
音の薄い皮膜が重なり合って分厚い層となり頭の中に押し寄せてグルグル回り始める。
これを聞いたらもう、CDなんて買う気にならないよなあと思う。
一体どうしたらいいのだ!
世界中の人々は疑う余地もなく騙されている。
『陰謀のセオリー』のメル・ギブソンになった気分だ。
これはまじで、バウスでの爆音オールナイト・レコード試聴会をやらねばと思う。
湯浅湾のあの音は、結局こういう音を聴き続けたことの結果なんだろう。
boidがこういう企画をやり続けられたり、湯浅さんがレコードを買い続けられるよう、なんとか『港』をガンガン売りたいものである。
その後は、頭の中グルグルながらも、山積みの荷物の中で仕事仕事。
いろんなことが少しずつ片付いているはずなのだが、まだ光は見えず。
そして、昨日掲載し損ねた、中原の作業。
一気に世界が展開してる。
一体どういうことになっていくのだろう。
4月9日(木)
さまざまな友人たちから、昨日の感想が寄せられる。
やはり皆さん、歌詞が非常に気になったようだ。
こんな歌詞の歌を歌うバンドは、果たして日本にどれだけいるだろうか。
出社すると、事務所には昨夜のライヴで使った湯浅さんの6本のギター(半分は使わなかった)が置かれていて、boid事務所の倉庫化が一気に加速している。
占い師三重野には、絶対に倉庫にするなときつく言い渡されているのに、このところの事務所の倉庫化は本当にひどい。
確かにこれだけゴロゴロとものがあると、いろんなことがどうでもよくなりさらにものが転がり始める。
このどうでもよさが災いを招くのだろう。
しかも明日には、「作業日誌」の増刷分も届くのだ。
うーむ。
完全に置く場がない。
昨夜の疲れもありぼーっとした気分を吹き飛ばすために、湯浅さんからプレゼントされたこれ↓を聞く。

ロンドンやニューヨークでの録音。
湯浅説によると、ツアーの合間に録音したのではないか、とのこと。
確かにそうとしか考えられない。
またもや息せき切った作りのアルバムということになる。
その、「思いついたら一気に」というやり方が、このアルバムではいよいよ洗練度を上げてきた気がする。
つまり一気に作る作り方に一番あった方法を、ニールさんが手のうちに納め始めた、という感じ。
焦りつつも余裕というか、焦る余裕あり、みたいな懐の深さとともに、一気に作られたアルバム。
こういうとき、英語がちゃんとわかるともっとたっぷり楽しめるはずなのだが・・・
そんなことを思っているところに、ニール・ヤング事務所の大貫さんから、今帰国中なので会いましょう、というメールが。
この、不思議な偶然にドキドキする。
大貫さんとは来週、会うことに。
すでにアマゾンでも予約を受け付け始めたアーカイヴ・ボックスの話など、詳しいことを尋ねてみよう。
夜は爆音調整。
本日は、加藤泰『ざ・鬼太鼓座』。
これは昨年の正月に、シネセゾン渋谷で上映してもらって、そのときいつか爆音でと思っていたものだが、確か上映はかなり難しい作品で、案外簡単に上映できたものだから安心していたら、やはり今回リクエストすると、プリント貸し出しはNG。
ただ、そういわれると何とか上映してやろうと思うのが人の常。
鬼太鼓座にかけあい、鬼太鼓座のライヴも一緒にやる、ということで何とか上映にこぎ着けたのである。
とはいえ、プリントは出てこないので、デジタルでの上映。
それが何とも残念である。
上映してみると、さらに残念なことにシネスコの左右が微妙に欠けている。
最近のデジタル素材にありがちな、シネスコなんだけど「1:2.33」ではなく「1:2」という縦横比なんだと思う。
これは一体どうしてそうなるのか、技術的なことはまったく分からないのだが、アメリカ盤のDVDのシネスコはほとんどこれだから、今やシネスコの標準はこれなのだろうか。
よくわからない。
イマジカの人とかに尋ねたら、教えてくれるだろうか?
とにかく残念ながら、左右が少し欠けて、カットの変わり目などでは微妙に気になる。
演奏や人物の紹介をする字幕もちょっと欠ける。
しかしやらないよりやった方が絶対いい。
とにかくこんな映画には滅多に出会えるものではない。
何度見てもあっけにとられる。
しかも今回は爆音である。
最初はうまく落としどころが見つからなかった音も最後になってようやく決まり、波の音、太鼓の音、そして一柳さんの電子音のものすごく乱暴なアンサンブルが、あり得ないハーモニーを奏で出す。
この音を堪能する、というつもりで見に来ていただけたらと思う。
いずれにしても、プリントでの上映は一体何時になったらできるのか皆目見当もつかないわけだから。
しかし、爆音調整が終わり深夜過ぎの帰宅後、さらに原稿を書かねばならないという、この状況をどうにかすることはできないか。
身体がいくつあっても足りない。
まあ、自分が悪いんだけどねえ・・・
4月8日(水)
本日はいよいよ湯浅湾3時間ライヴ。
湯浅湾のメンバーもboidも、このライヴやアルバム発売に目一杯力を注ぎたいのはやまやまなれど、その他の仕事も盛りだくさんで、あたふたしている間にもう当日となってしまったのであった。
まあ、そういうどさくさの中でしか物事は進まないし、そこでどれだけやれるかがポイント。
ということでやるしかないのであった。
しかし長いと思った3時間は、結構簡単に過ぎてしまう。
これなら6時間くらいやれるんじゃないかというか、6時間くらいやらないと「たっぷり感」がでないんじゃないかと思うほど。
まあ、最初の1時間は新曲も多かったこともあり、曲の原型みたいなものがゴロゴロと転がり出し、その助走感が3時間を短く感じさせたのかもしれない。
つまり、1時間過ぎたあたりからようやく本番、という風にもいえるのだけど(笑)。
だから、次は1時間ライヴということにして、その前2時間くらいをリハではなく本番と考えて演奏してたっぷり空気を暖めて、開場と同時にいきなり「本番」が始まる、というようなライヴはどうか、という話にもなる。
それなら、8時スタート9時終わりで、終電や明日の仕事を気にすることもなく、十分に楽しめる。
だがそれは、『クリスタルボイジャー』の後半だけを見るようなものなのだ。
やはりあの前半がなければいけない。
でも本当に、曲になろうかどうしようかという曲を、そのままゴロッと出してしまうあたりはさすがである。
たぶんそのときに時間の隙間のようなものができるのだろう。
気がつくと誰もがそこに入り込んでいて、その後はたっぷりとあり得ない時間の旅をすることになるのだろう。
後半はもう、めくるめく展開。
だが終わってみると、長い長い1曲を聴いた気分になる。
バンド・メンバーはまだまだやり残したことが多く、次回へ持ち越しの課題も次々に。
それらはまたいずれ。
ライヴを企画されている方、あるいは映画作りなどされている方、湯浅湾は何でもします。
気軽に、boidまでお声掛け下さい。
湯浅湾『港』は、CDショップその他で4月17日から発売です。
boid通販では、来週くらいから先行発売します。
boid通販でご購入の方には、本日も配布した「蛇使いカード」(在庫がなくなり次第終了)の他、アルバム全曲のカラオケが入ったCD-Rをプレゼントします。
そのうち、「湯浅湾と歌おう」というライヴはどうかという話も。
また、それぞれの曲をすべてデュエットで歌う、デュエットの夜、という企画はどうかとかあれこれ思いつくが、まあ、それらはいずれ。
ライヴ終了後の物販をたらたらやっていると、ライヴを見にきてくれたPHEWが、売り方が下手すぎてみていられないと、手伝ってくれる。
「声が小さすぎる」と怒られる(笑)。
「いや、この小ささに同情して買ってくれる人もいるのだ」と、とりあえずの言い訳をする。
いずれにしても、みなさま、一家に1枚『港』を。
一方、オン・サンデーズでは、ようやくガス料金を払い、止められていたガスを復活させたと思ったら今度は電気を止められてしまった中原が、せっせと創作活動。
というか、今時電気の止められた部屋にはいられないよねえ(笑)。
先日の浅野君との対談のときに自ら進んで絵を描くことはできないと何度も繰り返していたのだが、確かに本日のような場合は、まさにやむ終えず絵を進んで描いている、ということになるのだろう。
この「やむ終えず」と「進んで」が同居する姿勢が、もしうまくコントロールできたなら、もうちょっと楽な毎日が訪れるのではないかと思う。
まあでも、コントロールできたとしたら、おそらく「やむ終えず」感は薄れてしまうだろうしねえ・・・
4月7日(火)
昨日はもうグダグダ。
そのグダグダのまま、スタジオボイス最新号に掲載された中原の原稿のことについて書こうと、この日記にしては異例の長時間執筆に入ったのだが、どうやってもうまく書けず。
何を書いても、事態を混乱させたり何かを増幅させてしまったり。
それでも何とか書き上げて明け方アップしたのだが、読み直すとやはりどうにも不本意なものにしかなっていない。
今、私が何かを書けば書くほど、事態は悪くなる一方。
こういう場合は、とりあえず一旦引き下がるのみ。
アップしたものを取り下げるという、初の体験をして、寝た。
本日は湯浅湾『港』のパッケージ作業が続く。
夕方には、メンバーの山口君、牧野君もやってきて、ついにすべて終了。
といっても私はその他の仕事で全然手伝えなかったのだが。
とにかく、無事完成。
盛りだくさん、意味不明のおまけ付きです。
もしかすると日本一贅沢な2200円かも、とちょっと思ってしまうくらいのものになりました。
皆様のコメントにもあるように、いい歌が詰まっています。
そして、明日はいよいよ発売記念3時間ライヴ。
とにかく無茶な試みであり、ただこれくらい無茶をすれば誰か気にかけてくれるだろうという甘い読みもあり、ここまでやってきたわけだが、しかし直前になると、やはり不安は募る。
しかも湯浅湾のメンバーたちは、普段のライヴの人数の少なさに慣れているため、明日も数少ない来場者のためにどんなライヴをするか、という態勢に早くも突入(笑)。
何とか彼らを大緊張させるくらい盛りだくさんの人々でスーパーデラックスを埋めたいと思うものの、まあ、思っただけじゃあ誰も来ないのであった。
というわけで、湯浅さんも含め、boid事務所は、投票直前の選挙事務所と化して、各所に連絡を入れまくるのであった。
ただ、本当にいい音が聞けると思うので、まじで損はないと思う。
この日記の読者の2割の方々が来場されたら、それはもう、大変なことで、どうかしてそうならないかと、ここでこうやって最後の訴えをしているのだが、果たしてどうなることか。
でも本当に、皆様、時間があったら是非。
こういうときに、もうこれは絶対行かなくちゃと思わせてしまうような一言って、一体どういう言葉なのかねえ。
何も思いつかず。
とりあえず、こちら→でサンプルを聞いて、ピンと来たらお願いします。
満員のスーデラで、「ミミズ」大合唱という光景は、なかなか気持ちいいのか悪いのかよくわからないけれども、一度くらいはいいのではないかと思う。
冷やかしでも全然かまいません!
4月4日(土)
昨晩から本日にかけて、原稿のためのDVDを2本ほど見た。
原稿も仕上げ、バウスに寄って本日のイヴェントで使うCDJを受け取り、オン・サンデーズへ。
本来なら本日は山中湖で合宿中の湯浅湾に合流する予定だったのだが、さすがにそうもいかず。
まずは目先のイヴェントである。
オン・サンデーズに着くと、中原が作業中。
本日までの成果は下記の通り。
というわけで昨日の画像と見比べて見ていただけれお分かりのように、上下が逆になっている。
これはまあ、作業上の問題なのだが、果たして完成作は、どちらが上になっているのだろうか。
もしかすると現状では本人にも分かっていないのではないかと思われる。
そして8時前くらいに浅野君到着。
本日は演奏ではなく、先月まで1年間ジュンク堂池袋店でやっていたお互いにアルバムを持ち寄ってそれを流しながらのトークというということにしたのだが、呆れたことに浅野君は、コートのポケットの中にむき出しのCDをそのまま入れてきたのであった。
できる限り身軽なまま外に出たい、という生活習慣なのだろうか。
常にもてるだけの荷物を持ち歩き、コートのポケットも目一杯ものが詰め込まれて異常に重たい中原とは対照的である。
トークは、ふたりのプライヴェートの話盛りだくさんで盛り上がる。
来場者の方々も呆れるような話も飛び出したかと思うが、まあ、それはそれ。
次第に、公開のトークというより、中原の家に浅野君が尋ねてその場にあるCDを聴いている、という状態になってトーク終了。
いつか、本当に浅野君が中原の部屋を尋ねCDを聴きながらダラダラと話をしてそれを本にしたらどうだろうと、トークを見に来ていた篠崎からの提案も出た。
本日で、何点か販売していたヘア・スタCDのジャケットをあしらったトートバッグが売り切れた。
といっても試しに売ってみた、程度で大した数を置いておいたわけではないのだが、これはboidの準備ができ次第、それぞれのジャケットで作った12種類のものを販売しようかと思う。
バッグもしっかりしているので、実用性もあり、私も欲しい。
boid通販でも売ります。
ただとにかく、boidの忙しさがどうにかならないと・・・
その後、うちあげの場では、12号の裏ジャケ話で盛り上がる。
帰宅後は再び原稿を。
BGMはこれ。
全26曲の最後をDIONの「Make the woman love me」で締めているところが憎い。
というか、ほろりと来る。
この先、何度も聴くことになるだろう。
4月3日(金) その2
湯浅湾の『港』に寄せられたコメント・ページをアップした。
こちら→
とりあえずこれらのコメントを読んでいただきたい。
何か感じたら、まずは8日のライヴへ、そしてアルバムご購入を。
1度も聴いたことなくても、ロックなんてどうでもいいと思っていても平気です。
本日のboidはあまりにヘロヘロでこれでは仕事にならぬため、早々と店じまい。
私は帰りに久々にタワーによって、買い逃していたボニー・プリンス・ビリーの新譜を、とか思っていたのだが、結局日のあるうちには出社できず、なんとなくグッタリとして、しかしそれでもと思い新宿三丁目駅そばのディスクユニオンへ。
だがやはり疲れているのか、何も目に飛び込んでこず。
ただ、これはちょっと気になったので。
リッチー・フューレイの声はあまり好きではないのだが、なんとなく浮かび上がって来るその佇まいにやられてしまう。
なんやかんや言ってニール・ヤングもスティーヴン・スティルスも結局アルバム作りを手伝ってしまうのは、この佇まいのせいではないかと思われるのだが。
とりあえず思い切りの豪華ジャケット。
今後のboidからの発売のアルバム・ジャケットの参考にもなった。
そして、待望のオリヴァー・ストーンの『ブッシュ』を見た。
宣伝ビジュアルを見るとまるで、マイケル・ムーアの映画みたいになっていて、アホでマヌケなブッシュの映画、そのものなのだが、大違い。
しかしまあ、いい加減こういう「宣伝担当の仕事の見せびらかし」みたいな宣伝のやり方はやめてほしいものである。
もしかしてこれで少しでも入り口が広がるかもしれないと思っているのかもしれないが、こんなことしたって自分の首を絞めるだけである。
アホでマヌケなのは、こういう宣伝しかできない、そしてそういう宣伝でしか映画を見ようとしない我々日本人であることをよーく自覚しなければ、と思うような立派なアメリカ映画であった。
最後に流れるボブ・ディランの「神が味方」の歌詞が、そのままこの映画の物語となっている。
ディランの予言とともに語られる現代アメリカ史である。
サークの『風とともに散る』の遠い木霊も聴こえる。
宣伝はクソだが映画は素晴らしかった。
おそらく宣伝担当者の方々も大変な苦労の元にこういった形を選択したとは思われるものの、やはりクソはクソである。
全国のディラン・ファンのすべてを映画館に呼び寄せるくらいの、あるいはディランをまともに聴いてもいない日本国民にその歌と何とか向き合わせさせようというひたむきな魂は、一体何処にあるのだろう。
まあ、本国でもこんなマイケル・ムーア調の感じで宣伝されたり受け入れられたりしているのかもしれないけどねえ・・・
しかし本当に、まともに映画を見始めて30年以上も経つが、いつまでたっても映画から音楽を教わっているような気がする。
4月3日(金) その1
取り急ぎ、昨日の成果を。
4月2日(木)
めくるめく日が続く。
昨日何をやっていたか、よく思い出せない。
同じように爆音映画祭を控えていた昨年の今頃は、もうちょっと楽だったように思うのだが。
本日は、さらにまた、「社長に無断で」シリーズ第3弾が報告される。
先日の青山ブックセンターでのイヴェントの際、湯浅さんが、その日配布したバッジをつけてきた人は、4月8日の湯浅湾3時間ライヴの入場料を1000円にすると言ってしまったというのだ。
ひえー。
これじゃあ、もし100人がバッジつけてきたとしたら、会場はそこそこ埋まってもboidには1銭も入らないではないか。
こんなに目一杯働いてもこの仕打ち!
とはいえもう取り返しはつかず。
バッジつけての来場の方は、もしかすると1000円ではなく半額、つまり1250円ということになるかもしれませんが、いずれにしても割引あり。
ただ、とにかく会場で先行発売する湯浅湾『港』を是非ご購入を。
これはboidのためということではなく、とにかくいいアルバムなので、自分のために是非。
まあ、boidのためにも買ってほしいのはやまやまです。
いずれにしても、まずは皆様お誘い合わせてご来場を。
爆音上映を見に来るようなつもりで、スーパーデラックスへ。
絶対に損はさせません。
2、3日中に、いろんな方々からいただいたありがたいコメントをboid.netにも掲載しますが、それを読んだらどうしたってライヴに来たり、アルバムを買いたくなるはず。
そういえば、爆音上映を始めた頃も、こんな風にいろんな人を誘っていたような気がする。
こういうことって、なかなか簡単には伝わらないんだよねえ。
夕方、中原から完成した絵の写真が届く。
これ。

しかしまあ、この犬やら猫やらは何なんだろうねえ(笑)。
こんな絵を、期間中、日参しては描いているので、こちらも是非のぞきに行ってください。
そして、カタログもご購入を。
boidストアでの販売も始めました。
ここです→
そして夜はバウスへ。
大塚は居残って、湯浅湾コメント・チラシの仕上げと入稿。
やってもやっても次々にやらねばならないことが次々にでて来るのはどうしたことかと思うもののどうにもならず。
何か、仕事のやり方が悪いのだと思うしかない。
うーむ、自分の無能さを日々さらけ出しているようで、何とも悔しい限りである。
バウスでは、爆音映画祭上映作品がすべて決まる。
後はプログラムを組むのみとなった。
こちらのチラシ作り作業にも入らねば。
しかしその前に爆音アルジェントである。
本日は、『トラウマ』と『黒猫』。
まずは『トラウマ』なのだが、結果的にこれはかなり凄いことになった。
『サスペリア』に負けず劣らず。
18日の深夜のバウスは、唖然とするばかりの一夜になることであろう(笑)。
だが『黒猫』の方は、苦労の甲斐なく、中爆音くらいか。
カットによって音の質が違ったり、台詞と音楽や環境音の音量の差があまりなく、思い切ったことをしようとしてもこちらの目論みは微妙に裏切られてしまう。
したがって、これは無理せずおとなしめに上映することにした。
まあ、当日はトークが終わってから最初の上映作品となるので、まずは助走程度の音でいいのではないかと。
おそらくこの作品も、もう少し予算があれば、音も本当に凄いことになっていたことだろう。
その音を予感しながら見る、という可能性としての爆音上映である。