
boid日記 2009年5月
boid日記
text by 樋口泰人
5月31日(日)
リクエスト投票第1位の『デトロイト・メタル・シティ』が11時20分から。
あの投票の数だけの来場者が本当にバウスに押し寄せたらバウスは大混乱、ということで昨日のハードワーク後の大塚も朝からスタンバイしていたのだが、これは見事なまでに肩すかし。
残念ながら、得票数の本当にごく一部の方々の来場があっただけだった。
その一部の方から、上映開始時間が早すぎる、という苦情がバウスに寄せられているのだが、その苦情はこちらも真摯に受け止めるものの、しかしそれと同時に、投票者の方々、それから投票を呼びかけた方、もう1回の上映への来場をどうか呼びかけてみてください。
よろしくお願いします。
しかし本当にネットは恐ろしいねえ。
ただ、ストーンズやヘドウィグの昨日の来場者数は、それぞれ投票数の2/5くらいだから、もう一回の上映とあわせて大体まあ、投票数の8割くらいになる算段で、それはこちらの予想通りだから、一概にネットは怖いとも言いがたい。
とはいえ、『狂い咲き』『マルホランド』『デス・プルーフ』『ゾンビ』と続く、日曜日のお楽しみ作品は、雨の中多くの来場者。
通常なら日曜日に限らず1週間の中でも最も動員が少ない枠のひとつである日曜の夜のレイトの時間帯で、何とか頑張ってくれと願っていた『ゾンビ』も150人を超すというありがたい盛り上がりとなった。
『マルホランド』には滝本誠さんまでやって来ていて、びっくり。
リンチ・ファンには有名な話なのだが、『マルホランド』上映の際、フィルム缶に「いつもより3デシベル音量を上げて上映してください」(3デシベルだったと思うが、その数値は記憶が曖昧)というリンチ直々のメッセージが入っていたという話となり、この音ならリンチも大満足だろうと、ニコニコの滝本さんを見て、こちらもホッとする。
滝本さんからは『イレイザーヘッド』の上映も、というリクエストをいただく。
しかし『デス・プルーフ』はいつ上映しても盛り上がるねえ。
最初のジャック・ニッチェを聞いただけで心躍る。
これは、他の劇場で見た人こそ見ていただきたい映画の1本。
これ見たらやっぱり、DVDじゃまったく満足できなくなると思うんだけどなあ。
どうやら本日も、最前列では相当なことになっていたらしい。
『狂い咲きサンダーロード』でも終了後は拍手が起こったらしいし、いよいよ映画祭もあったまってきた。
というわけで、ようやく少し、こちらの緊張感もほぐれ気味。
とはいえ明日からは平日のプログラムに突入である。
平日の昼間の動員の難しさは身にしみているので覚悟はしているが、しかし、何とか頑張ってくれと、今となっては他力本願。
どれも本当に面白いです。
今日は学校に行きたくないなあとか仕事休んでしまうかなあと思ったら是非。
あと、知名度がまったくないと思われるので宣伝しておくと、『国道20号線』と『雲の上』の2本は、本来なら爆音映画祭としてもっとちゃんと盛り上げなければいけない作品だった。
あまりの忙しさにその他の作品と一緒になってしまい、ずるずるとここまで来てしまったのだった。
だが、この2本はヤバいです。
こんな映画が作られていたなんて、と驚くはず。
これは一体なんなんだと呆れる方もいられるかもしれないとは思う。
でも、それでもとりあえず見ておいてほしい、そんな刺激的な作品です。
3回券を買って、あと1本何を見ようかと迷ったら是非これも候補の1作にしてみてください。
一方、家では、今度ついにDVDになるドン・シーゲル=イーストウッドの『白い肌の異常な夜』を見る。
いやあ、何度見てもすごい。
一体誰が何をしたかったのか、誰が悪いのか誰がいいのか、どこにも落としどころのない複雑すぎる状況をものすごい単純さで描く。
ああ、こういう映画をもっと見たいと久々に映画を見たい欲望がうずく。
シネマベーラで50年代作家特集をやってくれないだろうか?
今年のPFFはイーストウッド特集なので、『白い肌』も見ることができるのだろうか?
来年はドン・シーゲル、その次はニコラス・レイ、アンソニー・マンあたりを切望するばかりなのだが、これはまあ、動員のことを考えると相当つらいだろうねえ・・・
どうやったらそれらの映画が普通に見られる日が来るのか、あまりの道のりの長さに、結局は呆然とする。
5月30日(土)
本日は、身体が3つ欲しいと切に願う1日であった。
週明けに渡さねばならない4本の映画の原稿は、原稿ができていないどころか作品を見てもいない。
夕方からは湯浅湾の新宿タワー店頭ライヴ。
バウスでも長嶌ライヴ。
映画祭に多くの方々に来場していただいたことだけが救い。
湯浅湾のベース、松村君もスタジオボイス入稿作業中で、たぶん私より忙しい。
完全に死んでいた。
私もまあ、身も心も3つに儚く分裂、「アイム・ノット・ヒア」という感じで、たぶん今年一番の最低な状態となった。
とはいえ長嶌ライヴと『こおろぎ』、お楽しみいただけただろうか?
奇妙な2本立ての映画を見た、という感じになってくれたらこちらとしては本望。
私はライヴ途中でちょっと気が遠くなり、危なく変なものを見そうになった(笑)。
というか、まあ、「ノット・ヒア」状態に本気でなりかけた。
しかし、『ノット・ゼア』の方は、本当にいい映画になったので、6月3日は直枝さんのライヴ共々是非。
直枝さんはおそらく、爆音で見る前からあの映画の中にある、特にリチャード・ギアの細めた目の先に映っているはずのアメリカの風景を感じていたに違いない。
その直枝さんの歌を聴き、リチャード・ギアの視線の先を同時に感じ、そしてあの映画を見るという、なんともありがたすぎる一夜になるはずだ。
そのとき、映画を見るということが受動的な行為ではなく、ひとつの運動であることを実感できるのではないか。
ヒアもゼアもなく、ただひたすら運動し続ける自分を実感する・・・
そんな気がする。
鬼太鼓座にしても直枝さんにしても、ジム・オルークにしても、そして本日の長嶌のライヴにしても、とにかく爆音をきっかけに、これまで彼らの音楽を聴いたことのない人にこそ是非聞いてもらいたい、という願いを込めての企画である。
あるいは、『映画祭』という枠組みの中でいろんな映画を上映するのも同じ願いである。
爆音映画祭が、普段なら見ないかもしれないものをふと覗き見る、絶好の機会だと思っていただけたらと思う。
5月29日(金)
ついに爆音映画祭開幕である。
本日は、大友さんのライヴ付きだし、公開前の映画だし、これで人が入らなかったらどうする、みたいな感じではあったものの、やはりとにかく始まってみなければ何も分からない。
しかも今回は、爆音映画祭の認知度も広がり、したがって爆音初体験の方もかなりいるのではないかと思われ、これまでとはどこか違う感触があってそのためか奇妙な緊張感にこのところずっと襲われていた。
だがとにかく開幕である。
本当に大勢の方々に来場していただき、感謝。
キャンセル待ちでご迷惑をかけた方々には深くお詫びを。
ただ、せっかくお越しの方々に、映画もライヴも見ずにお帰りいただくのは何とも忍びなく、ギリギリまで座席の調整をすることになってしまったのである。
今後も、こういった調整のために開始が遅れることも考えられます。
お帰りをお急ぎの方には大変なご迷惑をかけてしまいますが、お許しを。
というわけで、整理券を取られた方、前売り券ご購入の方、あるいは招待券、フリーパスの方、とにかく開場時間(映画開始の15分前)までには必ず、バウスまでお越し下さい。
しかし、果たしてこの土・日はそれほどの混乱が起きるのかどうかも見当がつかず。
ご心配の方は、あらかじめバウスシアターへ整理券の残り枚数などをご確認下さい。
とはいえそれも、問い合わせから来場までの時間の間にどうなるかはまるで分からないので、とりあえずの目安でしかないのですが。
まあそれはそれ、大友さんのライヴは、とにかく最初グズグズと話していたと思ったらいきなりの轟音。
身体がぶるっと震える。
そんな始まり。
そして、加川良「教訓1」。
こういう歌い方があったのかと、心が震える。
そんなライヴであった。
映画上映中、大友さんは自分の姿を見ながら相当緊張してたとのことだったが、ライヴはそういった緊張感も引きずりつつ、短時間だったが濃密な音をたっぷりと。
boid、バウス・チームはその後も居残りで、明日配布するチラシの折り込み作業。
明日は一体どうなることやら。
5月28日(木)
深夜になって、気温も下がり、雨も降り続く。
インフルエンザが敵かと思っていたら、考えてみればもうすっかり梅雨の時期なのだった。
日曜日くらいまで天気が悪いらしい。
長閑な爆音上映を、なかなか許してもらえない。
本日は『デトロイト・メタル・シティ』と『非行少女ヨーコ』。
この2本立ては、日本映画の過去と現在の振れ幅の大きさを知る意味でも、なかなかいいのではないかと思った。
60年代のジャズと21世紀のデスメタル。
渡辺貞男&日野皓正組 とマツケン&ジーン・シモンズ組の対決。
しかしとりあえず、『デトロイト・メタル・シティ』は、音楽や映画よりもプロレスが偉い、という映画であった。
音楽の演奏シーンよりも、プロレス的な演出の爆発シーンの方が音がでかくて、それ以上の迫力ある音を出すことは物理的に不可能なのである。
音楽と映画が完全にプロレスにひれ伏す瞬間である。
でも本物のジーン・シモンズまで出演しているとは!
『非行少女ヨーコ』の方は、降旗康男のデビュー作ということもあってか、あるいは時代的なものなのか、思い切りのいい大胆さに驚く。
まったく音のないシーンがしばらく続く箇所などは、爆音映画祭としては思わずニヤリとする演出であった。
爆音上映の場合、無音をどう使っているかも、かなりなポイントなのである。
というわけで明日からいよいよ本番である。
一体どれだけの方たちが来場されるのかまるで見当もつかないのだが、とにかく天候には関係なく、バウス前が常にざわめいていることを願うばかり。
それから、来年の爆音映画祭のリクエスト投票を、明日から始める。
爆音上映の際にバウスのみで投票を受付るのである。
つまり、爆音上映の来場者しか、投票はできないシステム。
それを、これから来年3月まで続ける。
3月の時点で集計し、その上位10本が決選投票へと駒を進める。
それ以降は今回と同じ。
来年の映画祭のリクエスト作品のベースを、この1年間の爆音上映に来場された方達に選んでいただこうというわけなのである。
入場の際に、投票用紙を配布します。
バウスのロビーに投票箱を設置しておきますので、ぜひ。
その場では書く時間がないという場合は、次回来場の際に、まとめて2票、ということでもいいかと思っています。
ただまあ、用紙をコピーして投票、というのはねえ・・・
いや、こちらを驚かせるような不正なら、受け付けないわけではないです。
その辺りはひと工夫してみてください。
いずれにしてもこの↓「爆音君」(?)が、皆様のご来場をお待ちしております。

5月26日(火)
本日は大塚がダウン。
昨夜から熱が出ていて、まさかインフルエンザでは? とハラハラしていたのだが、検査の結果陰性だったとのこと。
単なる風邪。
というかまあ、boidはもう力使い果たしてるんだよねえ。
あと1週間、果たして頑張りきれるか。
いずれにしても、もうこれ以上は無理、という状況であることは確か。
笑い事ではすまなくなるので、何かいい方法はないかと頭をひねっても、その力も使い果たしているのであった。
本日も、あまりに延々仕事が続き、夜に約束していた『NOISE』の再編終版予告編の受け取りにも行けず。
予告編のネット上へのアップが増々遅れる。
いよいよ本気で手に負えなくなってきた感あり。
しかしとはいえ、本当にもう、メディアが多すぎるんだよねえ・・・
宣伝担当者の苦労がしのばれる。
せっかく発売したり、配給したりする作品に対してできる限りのことをしたいと思えば思うほど、このメディアの多さにやられてしまう。
しかも、メディアによって必要となる宣伝用の素材もバラバラだから、そのための準備も果てしない。
これでは小さな会社が大きな会社に吸収されてしまうのも無理はないと思う。
だって、もう、小さな会社が「丁寧に」と思っても物理的にそんなことができないシステムになっているのだ。
だから小さな会社はまったく違うやり方を開発するしかないのだが、それでもとりあえず世の中には、告知のための窓口がごろごろ転がっていて、それらを無視するわけにもいかないのだった。
でもそれが罠なんだよねえ。
まあ、力を使い果たした後で何ができるか、ということでしかないんだけどね。

初めてのシャンプー後の姫2号であった。
5月25日(月)
さすがにへばってきている。
昨日の頭痛と目眩が尾をひいて、本日も朝からグッタリ。
朝一でやらねばならぬことがあり、そこそこの時間から事務所に出て仕事はしたものの3時過ぎにダウン。
ああ、これ以上やったら完全に目眩で倒れると瞬間的に気づき、即行で帰って寝る。
しかし、夜は『映画史』の爆音調整なのだった。
30分ほど遅れてバウス着。
『映画史』は本当にいろんな音が混ざっているので、おそらく調整のポイントが決まらないだろう、それに引用された映画の音はそれなりに悪いだろう、これらが悪い方に転がったらどうにもならなくなるのではないか。
そんな不安もあったのだが、いやあ、すみませんでした。
そんな不安はこちらの勝手。
ゴダールさんは、本当に見事な音作りをされておりました。
というか、本当に単純に、そしてある意味ものすごくいい加減に、音を重ねているだけなのかもしれないんだけどねえ。
それでこんなになっちゃうんだよねえ。
もう、ひたすら呆れて聞き入るばかり。
こうなると、日本語字幕も邪魔になってきてしまう。
音を聴き、目を見はる。
フランス語がわかる人には、この映画はどんな風に見えるのだろうか。
というわけで、音調整は何の問題もなく終了。
気分はスッキリしたが、しかし身体はコントロール不能。
5月23日(土)その2
ボーっとしていて、もう一本の音調整『マリー・アントワネット』のことをすっかり忘れた。
まあ、本当に疲労困憊しているのでお許しを。
しかし爆音は、やってみるまで本当に分からない。
この映画は、時代劇にも関わらず現代の音楽がふんだんに使われていることに注目が集まり、確かにそうなのだが、案外小さな音で構成された空気感がいい。
音楽の部分は予想通りの感じだが、当時の音楽の演奏シーンの音の方が爆音にフィットする。
やっぱり音のレンジの広い音楽は、思い切り気持ちいいねえ。
そして忘れた頃に突発的に繰り出されるいくつかの音。
それらがあるから、静かな部分や一瞬時間が停滞するシーンの空気の揺れみたいなものがうまく伝わって来るのだと思った。
あと、寝室での時計の音に注目。
あれがこの映画のキーとなる音だと思う。
ある種の冷酷さを含んだ規則正しい、スケジュール通りの音。
その音がこの映画の底に流れ、そして最後近くの民衆がベルサイユに集まったときの炎の音が際立って、革命が完成する。
そんな音による物語がしっかりと作られ構成されている。
そんなことの映画の良さが、うまく際立たせられたと思う。
5月23日(土)
本日は、夕方からインターFMの番組に出演して爆音映画祭告知。
スタジオは天王洲アイルにあって、随分遠いイメージがしていたのだが、新宿からはりんかい線にて20分。
あっという間である。
しかし、駅周辺の風景はまるで違う。
ガランとしていて、でかいビルと倉庫が建ち並び、どうやらビルの中にはカフェなどもありそうなのだが、外側からはまるで分からず。
アメリカの地方都市みたいな感じもする。
番組は4時間くらいある中の40分ほどを使ったコーナーで、40分とはいえ、曲をかけたりCMがあったりするからあっという間で、つまり短い時間の中でいかに爆音映画祭の面白さを的確に伝えられるかというのが勝負だから、相当テンションを上げなければならない。
しかも、司会のお二方はともに立ったままで早口でガンガン喋るのである。
このテンポに乗っていくためには、こちらもエネルギーがいる。
何とかついては行ったのだが、途中、あとから気づいたのだが、またもや人名を大間違いしたまま伝えてしまった・・・
いやあ、クリスチーナ・アギレラですよねえ、皆さん。
数日前のストーンズ音調整の日記でも、すでに間違えているのであった(笑)。
訂正もしていないので、確認してください。
しかも、あの場ではそんな話はせずに、あの映画の音の作り方についてごく簡単に説明しておけば良かったと反省。
カメラの動きにあわせて出て来る音が変わるあの映画的な音の作りを、ストーンズ・ファンがどう思うか、通常の劇場では無意識のうちに見て聞いてしまうかもしれないのだが、爆音ではその辺りの音の変化と動きがはっきり出るのである。
そんな話をしたら、あの番組を聴いている音楽ファンの方にも興味を持ってもらえたかもしれない。
その後、バウスへ。
いよいよ時間がなくなり、本日も音調整である。
私が天王洲アイルから吉祥寺へと向かっている間に、『KIKOE』の再調整が行なわれていた。
台詞が大分聞きやすくなり、ロードショー前のイヴェント上映としては十分なものになったはず。
そうそう、この映画に引き続いて行なう大友さんのライヴだが、おそらくギターとボーカルのみ。
弾き語りである。
どうやら最近はときどきやっているらしいのだが、いつもこんなことをやるわけではないので、一体大友さんがどんな歌を歌うのか、どのように歌うのか、興味ある方は是非。
ライヴ自体は23時くらいからになるので、終電を気にしつつということになる。
当日は、昼間は『スタートレック』をやっていて、その終了後から一気に準備に入り、ライヴのリハーサルもして、ということになるので、21時20分スタートというのもかなりギリギリである。
何とかスムーズに運んでくれることを願うばかり。
しかし、本当にあっという間に時間が経ってしまうねえ。
月曜日は『映画史』音調整、木曜日は『デトロイトメタルシティ』、そして映画祭が始まってもまだ、深夜の音調整は続くのであった。
5月22日(金)
ついに三鷹で新型インフルエンザが。
爆音映画祭1週間前にしていよいよ来るものが来てしまった。
関西方面からは、映画館の動員にかなり影響が出ているという報告も来ているが、とりあえずこちらは、爆音でインフルエンザを吹き飛ばそう、と言うしかないのであった。
もちろんテーマ曲は、湯浅湾「豚は悪くない」。
爆音映画祭に行こうとしていたが、三鷹武蔵野方面はねえ、という方は、せめて湯浅湾『港』を購入して、一人カラオケを楽しんでください。
でももちろん、爆音映画祭はやりますよ!
とはいえ、本当に深刻な事態になったら、やったとしても人は集まらず、boidの今後は本当に大変なことになるなあ。
関西でも、あてにしていた動員がまったくどうにもならず、青ざめるどころか死にそうになっている人もいるのではないだろうか。
それくらいみんな、切羽詰まったところで生きている。
そうならないように生きましょう、というのが今の世の中な訳だが、その挙げ句、マスクばかりが売れるということになるのだった。
パソコンだって、いつになっても一番売れるソフトは、ウィルス撃退ソフトだからねえ。
一体何のためにパソコンを使うのやら・・・
5月21日(木)
本日の猫たち。



とはいえ1日中猫たちに見とれていたわけではない。
簡単には猫にはなれない。
しかしちょっとだけなら虫の耳や猫の耳を持つことができるのだと、『ピアノ・チューナー・アースクエイク』が言う。
ものすごい爆音ではないのだが、一瞬にして、虫たちが聞いた世界の音をちょっとだけ体感させてくれる。
小動物たち、昆虫たちは、おそらくこんな音で世界を感じているのだと、身体が瞬間的に緊張する。
そのあまりにクリアな音。
ああ、虫たちということではなく、ピアノ調律師の耳が聞いた音なのか。
いずれにしても映画を見ながら身体が変化するのを感じる。
そして、『アイム・ノット・ゼア』。
たぶん、今回の映画祭の中で、爆音によって最も視覚が変わった映画。
一つのカットの長さや色彩、俳優たちの表情、その場所の空気感など、画面に込められたあらゆるものが目の前に生き生きと広がる。
かつて劇場で見たものとは大違い、というか、そこに潜んでいたものが完全に全面展開している。
ああ、こういう映画だったのかと、爆音にして初めて気づく自分の見る目のなさを反省。
しかし本当に、画面の中の風が、今にも自分の顔にそよいできそうな感じがするのだ。
主人の乗る列車を追いかけて草原を走る犬を見つめる主人の感情の静かな高揚と、その決定的な別れ故の小さな痛みとが、瞳を突き抜ける。
ボブ・ディランもアメリカの歴史も爆音が一旦吹き飛ばし、そのまっさらな地平からあらためてそれらを見つめる視覚を与えてくれる。
何と清々しい光景がそこに広がっていることか。
今回の映画祭はいろんなお薦め作品があって、これまで、「お薦めは何ですか?」と尋ねられると困ってしまっていたのだが、今後は、素直に『アイム・ノット・ゼア』と言うことにしようと思う。
何というか、こういう視覚を得るためにこそ爆音映画祭はあったのだと思えるような映画だった。
まさに、草原を走る犬の視覚。
騙されたと思って是非。
5月19日(火)
『夏時間の庭』は、平日も好調とのこと。
昼はしっかり満員になっているようだ。
配給会社の狙い通りの「マダム」(?)たちがやってきているのだろうか?
boidの爆音特集や『NOISE』に繋がるかどうかは謎だが、少なくとも『クリーン』には何とかなるかもしれない。
『クリーン』の配給元のトランスフォーマーにも連絡を入れ、マメに銀座テアトルとやりとしてくれと伝える。
現在、『夏時間』を満員にしている観客の方々のほとんどが、オリヴィエ・アサイヤスなどどうでもいいというかほとんど意識していないものと思われるのだが、とにかく日本でオリヴィエ作品がこのようなスタートを切ったということは前代未聞。
これはおそらく30代以上の女性たちにターゲットを絞った宣伝の賜物だと思われ、そういった作業が今のboidにできるはずのないことは明白ではあるのだが、しかし一方で、この作品を見て何かを感じてくれた方たちを何とか他のオリヴィエ作品へと誘うことこそboidがやるべきことでもある。
しかしそれに向けて、まだ何もはっきりとしたビジョンがないことに思い至る。
いきなり『NOISE』へは簡単ではないが、『クリーン』なら何とか。
とにかく思いつく限りのことはやらねば。
夜、篠崎がやってきて、立教の篠崎ゼミの課題として作らせたのだという、爆音映画祭予告編の数々を見せてもらう。
皆さんの苦労の跡が刻み付けられた、それぞれ30秒。
通常の映画の予告編と違って、元の素材がないから、『爆音映画祭』というイヴェントへの妄想力の勝負となる。
ただその妄想の度合いは、残念ながらまだまだ低い。
とはいえ、その妄想をいかに映画的に読み替えるか、という意味で一番フィットした作品があったので、それを優秀作とした。
数日中にマイスペースの爆音映画祭ページにアップされる予定。
すでに、ボランティア・チームの作った予告編がアップされているので、興味おありの方は覗いてみてください。
こちら→
そして、諸々のチラシを持ち、高円寺・円盤へ。
湯浅湾のライヴが行なわれているのである。
とはいえ、円盤なので、まあ、ものすごいアット・ホームなライヴ。
本当に、知り合いを家に呼んで演奏をやっているような親密さ。
円盤だと初めての人は入りにくいかもしれないと、私のような人間嫌いの人間はちょっと気になるので、いつか、もうちょっとオープンなスペースで、こういったいい雰囲気のライヴを企画できたらと思う。
同じ曲でも全然違うのである。
ドラムセットをはじめ、音の出し方が違うので当然ではあるのだが、これはこれで本当に捨てがたい。
思わず、iPhoneの録音機能を使ってみたのだが、入力オーヴァーでさすがに音が割れてしまっていた。
最近のへア・スタのライヴもますます充実してきているし、boid用の携帯録音機材を買った方がいいかもしれないと思った。
その後、大田に会って、『NOISE』の予告編を受け取る。
デジタル作品だと、劇場予告はなかなか難しいのだが、最近はwebで使うので、作らないより作った方が宣伝的にはいいのである。
この2、3年はもうすっかり動画編集から離れてしまっていて、こういうときはさすがに自力ではできず他力本願なのだが、大田の作った予告編を見ながら久々に動画編集ソフトをいじったりして、各種の作業があまりに短時間でできてしまうのでちょっとびっくりする。
うーむ、動画編集作業用のMacをboidに導入したくなった。
いやまあ、何かから逃げているだけなんだけど・・・(笑)。
などなどあれこれあったものの、1日中、昨夜のストーンズのことが気になっていた。
ストーンズのような世界的なビッグ・バンドで、しかも熱狂的なファンも世界中にいて、あるいはしっかりと金も動くバンドの映画を作るのは、並大抵のことではないはずだ。
アメリカ合衆国の大統領になってもアメリカを仕切ることなどできないのと同じように、監督がバンドを仕切ることはできない。
そういった前提を、スコセッシはバカバカしさとともに訴えたかったのかもしれない。
よくわからないのだが、そんなことをグズグズと考え続けた。
湯浅湾のような親密さの中に、いつもカメラが置けるわけではない。
スコセッシはそのことの緊張を反転させ、一方オリヴィエの『NOISE』はできる限りその親密さの中から何かを見ようとしていたように思う。
5月18日(月)
『夏時間の庭』が初日の土曜日と二日目の日曜日の昼の回はすべて満員、といううれしい知らせで月曜日が始まる。
平日がどうなるか次第でもあるのだが、いずれにしてもこれまでオリヴィエ・アサイヤス作品で満員になるなんてことはなかったわけだから、とにかくめでたい。
まあ、今回のこの映画でそれができなかったらもはや望みなし、というような背水の陣でもあったように思うので、ここまでは想定内でもある。
あとはこのいい感じをどこまで引っ張れるか。
『クリーン』にうまく繋がってくれることを願うばかり。
私の関西営業ツアーが実を結んでくれたらいいのだが。
夜は爆音調整。
さすがに少し休みたいがそうも行かず。
まずは、3度目の『ざ・鬼太鼓座』。
ようやく、画面と音がベストのものとなる。
これを見て、現在の鬼太鼓座を聞く、という流れは本当にいいと思うのだが。
皆さん、いかがでしょうか。
そして『マルホランド・ドライブ』。
すでにデータがあったので、確認のための短縮ヴァージョンでやったのだが、どうやら音の入力と出力のやり方を以前とは変えたためらしいのだが、完全に出力オーバーとなってしまった。
スピーカーが赤く光る。
きれいなんだけどねえ・・・(笑)。
やむなく、あれこれと調整。
まあ、もともとがすごい音が入っているので、多少のことでは大丈夫。
お楽しみに。
そして『シャイン・ア・ライト』。
冒頭からウディ・アレン化しているスコセッシは一体どうしたのか?
多くの人が近年のスコセッシを批判する中、私はどちらかといえば擁護派だったのだが、さすがにこれは何とも受け入れられない。
うーむ、うーむ、うーむ。
うーむ。
うーむ、うーむ。
というわけで、バウスでロードショーした時の音に比べて、かなり乱暴なものになってしまった。
これではあの落ち着きのないカメラワーク、カットワークを増幅させているようなものかもしれないと思いつつも、とにかくこのカメラワークとカットワークを一旦壊さねば何も始まらないと思うばかり。
家の中でDVDを見ている人のために作られているような小さな画面に、大人げなくも猛烈に反発したくなってしまったのだった。
私はやはり、ハル・アシュビーの『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー』の方が好きだなあ。
あの映画に対してストーンズ・ファンは、音が編集されていると怒ったはずだけど、ではこの映画の、カメラに合わせて移動していく、画面の中では自然かもしれないが、現実音としてはあまりに不自然な音の動きや出し入れに対しては、怒ったりはしなかったのだろうか?
だって、同じ曲の中でギターの音が滅茶苦茶際立って聞こえたり、全然聞こえなかったりしているし、しかも客席で誰からカメラを取り出して写したときのシャッター音まで、これは明らかにあとから付け加えているわけだけど、しっかりと入っているんだよ。
もちろんどちらも「映画」であるわけだから、不自然でもOKだと、私は思っているのだが、その上で、ただやはりこの落ち着きのない映像は一体どうしたことなのかと思ってしまったのだった。
何かがうまくいかなかったのだろうか?
よくわからない。
単に楽しくて仕方なかったのか、あるいはうんざりしていたのか。
うんざりした挙げ句こうなったのを、願うばかりであるのだが、しかしだからといって何かが変わるわけではない。
もちろん、ローリング・ストーンズには一切関係ないことである。
スコセッシには反発しつつも、ストーンズの音の衰えぬ凶暴さを出すべく頑張ったので、他の劇場とは大分違った音を聴けることと思います。
そうそう、私としてはバディ・ガイを相当楽しみにしていたのだが、もちろん十分堪能したものの、アヴリル・ラヴィーンには、それ以上にやられた。
『マルホランド・ドライブ』をこの前に見ていたからだろうか。
5月17日(日)
夜、山梨から帰宅。
法事も済ませ、実家の老人問題も、と言いたいところだが、こちらはさすがに簡単ではない。
それじゃあ元も子もないじゃん、みたいな発言も母親の口から出てきたりして、予断を許さぬ状態。
とりあえず、妹と、さまざまな片付けなどしてはみたが、もちろんそれは何の解決策にもならず。
根気と体力が必要である。
一方、日仏ではオリヴィエ特集が最終日を迎えていた。
大塚は相当大変だったのではないか。
結局『NOISE』への反応はどうだったのだろう?
オリヴィエ映画のファンの方たちにも、オリヴィエ・アサイヤスと音楽との関係を体感してもらえるいいチャンスだと思っているのだが、なかなかこの「映画」と「音楽」の溝を埋めるが難しい、というのを実感しているところである。
こちらの思い過ごしであることを願うばかりである。
というかまあ、こういうことって老人問題とは別の意味で、根気がいるんだよねえ。
こっちだって、何かが分かってやっているわけではないしね。
そうそう、姫1号から、「Aさんという人を知っているか?」と突然尋ねられた。
どうやら、某字幕翻訳家の方のことのようである。
詳細を尋ねると、ほぼ確実にそう。
なんと、その方の姫と同じクラスで同じクラブになっているとのこと。
ちょっとびっくり。
別件で挨拶もあるので、久々にメールすることにする。
5月15日(金)
私のいぬ間に別の3匹の姫たちが。
今回もまた、一時預かりで、しかし前回の姫たちより多少生存日数がたっているため、何とか「猫」の姿となっている。
鳴き声もでかい。
ケージの金網をガシガシと噛み付いては暴れる。
いい貰い手がついてくれるといいのだが。
前回の姫たちの二人はすでに貰い手が付き、黒猫だけがまだ残っているとの報告も受けた。
貰い手がいないのではなく、貰い手適性検査(大げさ)があり、しかし実はこれが結構厳しくて、その基準に達する方がまだ現れない、ということなのである。
さてどうなるか。
本日は、とにかくこの3日間の整理。
さまざまな連絡、報告などなどであっという間に夜8時。
そして9時のあずさ号にて、山梨へ。
土・日は老人たちのお相手、そして祖母の一周忌なのである。
したがって、黒の上下や靴も持ち、たいそうな荷物での移動。
列車の中でも各所への連絡の続きあれこれ。
実家に戻っても引き続き連絡。
しかし爆音映画祭も近づいているのにこう忙しいと、なんだか映画祭のために何にもしていない気分になり、不安も募る。
果たして、多くの方々にやってきていただけるだろうか。
映画の上映もそうだが、いつも映画しか見ない方々もライヴまで聞きに来てくれるだろうか。
ライヴ付き上映というやり方を、嫌がったりしないだろうか。
などなどなどなど。
それで、ひとつ、気になっていることがある。
どのように伝えたらいいか非常に難しいところなのだが、『ざ・鬼太鼓座』。
私の周りでも相当数の方が、見たがっていて、で、そのほとんどが上映のみの回に行きそうな気配なのである。
もしかすると、上映のみの回は入りきれなくなるかもしれないという心配も出てきた。
もちろん、全然そんなことにはならないかもしれない。
ただとにかく、当日、整理券をとることができなかった方にはあきらめていただくしかないのである。
スケジュールを、映画の上映のみの回を先に、その後に、ライヴつきの回、という風に組めばよかったのかもしれないが、諸事情でどうしてもこうせざるを得なくなった。
もし入れなかったらいやだとお考えの方で、ライヴも見ようかと迷っている方は、是非、ライヴ付き上映の方へお願いします。
前売り券を買って安心してご来場ください。
ただ、上映のみの回も全然余裕で見られる、ということもあるので、本当にこればかりはなんともいえないのだが・・・
いや、こういうネガティヴな言い方がよくないのかもしれないねえ。
映画見てライヴも聞いて大いに楽しんでください!
絶対にお勧めです!!
なにしろ、この映画祭の最大の醍醐味は、映画を聴き音楽を見る、というようなことでもあるのだから。
ああしかし私は、明日の朝からの法事に間に合うよう、起きることができるだろうか。
5月14日(木)
京都へ。
関西方面の劇場のブッキングをお願いしているRCSの佐藤さんに会う、という予定だったのだが、電話をすると「すみません、昨日だと思ってました!」との返事。
いや、もしかすると私が日付を間違えて伝えたのかもしれぬ。
共に自分の記憶がまったく定かではないふたりなり。
しかも共に、もし自分が間違っていたとしても、謝りはするものの反省はしないというスタンスである(笑)。
いずれにしても、佐藤さんは夕方出なければ時間が取れぬとのこと。
本日の帰京が遅れてしまうが、佐藤さんに会わねばどうしようもないので、とにかく帰りの予定を遅らせる。
いずれにしても、新幹線を予約しているわけではない。
この3日間、ほぼ何も決めず何も調べず、すべてが行き当たりばったりなので、もはや少々のことはまったく気にならず。
まずはとにかく、この3月に京都に引っ越した友人と昼食をとる。
業界話をあれこれして、その後、廣瀬と合流。
京都に来たら廣瀬に会わねばと思って連絡を取っていたのだが、会ってみると、何と廣瀬は東京に引っ越していたことが判明。
大学は京都なので、東京から通勤しているのだそうだ。
という話は、実は2、3ヶ月前に聞いていたのだが、すっかり忘れていた。
だがまあ、こんなときでもないと会えないので、ダラダラとあれこれを。
そして、京都シネマへ。
2日ほど前、京都シネマでバイトしているという若者からメールが来て、爆音映画祭のチラシを置きたいと。
一体なぜ京都で? と思ってよくメールを読むと、何と、京都から爆音映画祭を見に来る人間が何人かいて、ならば京都シネマにおいておくとさらにそういう人間が増えるかもしれないとのこと。
こういう何ともありがたい知らせが来てしまった以上、とにかく挨拶しにいかねば、ということなのだった。
支配人の横地さんともあれこれ話をしたところ、『夏時間の庭』は京都シネマで上映されることを知る。
京都の皆さん、よろしくお願いします。
そして、RCS佐藤さんと。
劇場運営の厳しさ、映画の入場料金の問題などなどを話しつつ、オリヴィエ作品あれこれの宣伝作戦などについて。
そしてさらにダウザー寺井君と京都駅そばでおちあい、あれこれ。
寺井君の店は居心地が良くて好きなのだが、本日は店まで行く時間がなかったのが残念である。
そうこうしているうちに8時である。
実は本日はバウスにて爆音調整。
9時くらいからスタートなのだが、完全に間に合わない。
バウスにも連絡を入れ、8時過ぎの新幹線に乗った。
結構混んでいるのでびっくり。
しかし、のぞみ号のスピードは身体に良くないと思う。
めまい持ちにはかなり苦しい。
それでも各所に連絡その他しているうちに東京に着いてしまうというスピードは、ちょっと捨てがたくもある。
とにかくそのままバウスに直行。
『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』がバウス・スタッフによって完成させられている。
センターのスピーカーからの音がかなりい。
最初のドラムの乾き気味の音が、特に気に入った。
そして『ゾンビ』これは昨年やったばかりなので、前編を見ての調整ではなく、部分調整。
『ヘドウィグ』のクリアな音質に比べてこちらはさすがにもわっとした音になってしまっているのだが、それはそれである。
最後に低音をちょっと調整してバイクの音がクリアになったところで終了。
あとは当日のお楽しみである。
まあこれだけいろんな音が出てきたら、客席もワーワーと騒がざるを得ないだろう。
ということでとにかくツアー終了である。
さすがに疲れた。
ひたすら電車に乗り劇場に行き人と話した3日間であった。
しかしこんなこともたまにはあっていい。
関西はどこも東京に比べて街が小さくまとまっていて、どこか住みやすそうに思えるのは、たまに行くだけの人間の、旅の高揚感のせいなのだろうか。
しかし、旅はまだ続くのであった。
5月13日(水)
本日は私の誕生日でもあり、boid会社化1周年記念日。
いよいよ2年目に突入である。
1年は何とかなったが問題は今後。
何しろあれやこれやあれやこれやの難関が大きく立ちはだかっているからねえ(笑)。
それはそれ、朝からのぞみ号に乗って名古屋から広島へと移動。
新幹線の中では眠るまもなく、あれこれと仕事をこなす。
iPhone と小型レッツノートを駆使しつつ、まるで敏腕プロデューサーである(というような話は以前書いたような気がするが・・・)。
でも、電車の中での仕事って、結構はかどるんだよねえ。
多分私が、圧倒的に落ち着きがないため、これくらいわさわさした環境のほうが、逆に集中力が出るのかもしれない。
それはそれ、広島横川シネマ。
一人ですべてをやっているというのは知っていたが、実際を見るとやはり唖然とする。
とにかく映写、もぎり、売店、ブッキングなどなど、あらゆることを一人でやっているのである。
つまり、溝口君というのだが、溝口君が休みたいときは、劇場も休映にするしかない。
しかし上映スケジュールを見ると、休みがないのである(笑)。
まさに、映画と生活が完全に一体化している。
それに比べると私など、ただ狂騒的にワーワー言っているばかりで、なんと実体のないことかと思う。
それに加え、横川シネマではライヴもやっているのだが、ついに機材も購入してしまったとのこと。
したがっていよいよ爆音上映ができる。
秋には『NOISE』も含め、何作品かをまとめて爆音という企画も持ち上がっているのである。
おそらく、一人でやっているので、こういった無茶ができるのだろう。
大変さと面白さは、やはりリンクしているのかもしれない。
そして神戸へ。
新幹線で新神戸にたどり着いたときはすでに4時30分過ぎ。
本日は大阪まで行かねばならないので、あせって神戸アートビレッジセンターへと向かうのだが、案の定、三宮で迷う。
迷うというか、阪神でも阪急でもアートビレッジセンターがある新開地まで行けて、しかもその路線は、阪神でも阪急でもない、という私鉄の乗り入れ構造がなかなか理解できず、呆然とするばかり。
しかも、神戸の路線全体を見渡せるような地図がない。
今回はiPhoneの地図機能が結構使えるために、こちらも油断してとにかく何も調べもせず、まったく地理勘もないまま各所に行っているのだが、やはり人目で全体像を把握するためには、iPhoneの小ささではどうも実感がわかないのである。
これだけいっぱいの人がいて、目の前に駅もあるのに、本当にこの列車に載っていいのか不安は増大するばかり。
まあ、駅員に尋ねるという原始的な手段で間違うこともなく切り抜けはするのだが、東京の便利さというか行き届いた親切に慣れてしまっている身にとって、なんとも新鮮な体験である。
それは大阪でも同様だったのだが。
とはいえ、アートビレッジセンター。
この写真のように、元ポルノ映画館の横川シネマとは対極の、フランス風おしゃれな景観。
しかしそこへ行くまでは、なんと、浅草の場外馬券売り場のような雰囲気で、ほんとうに競艇場だかその場外舟券売り場だかがある。
でもそれはそれで、いい感じなのだ。
考えてみれば、ユーロやシネマヴェーラもホテル街の中だからねえ。
担当の樋野さんと話しているうちに、地方での上映の厳しさを思い知る。
アートビレッジセンターは、神戸市の施設だからまだましなのだろうが、これを一般の劇場でやろうとしたら、そりゃあ、いくらいい映画でも人がこなけりゃできません、ということになるだろう。
とはいえ、神戸でもオリヴィエ作品は見られることになるだろう。
そして大阪。
再び路頭に迷う。
旅慣れている人は、見知らぬ場所にたどり着いたときまず最初にするべきことをしっかり身につけているのだろうが、私のようなものはおろおろするばかりである。
でもまあ、なんとか。
海老根にも久しぶりに会い、某配給会社の大阪支社に勤める友人にも会って、串揚げを食す。
5月12日(火)
深夜の調整の翌日はふらふらなのだが、昼に打ち合わせに行った書籍流通のJRCの担当者によると「目が死んでますよ」とのこと。
なんともそのとおり。
ものがぼんやりとしか見えない。
事務所に戻ると大塚が目を晴らし、眼帯をかけている。
過酷なり爆音映画祭。
それでもとにかく仕事はあれこれあるわけで、ばたばたとしているうちに夕方で、あわてて東京駅へ。
5時過ぎの望み号に飛び乗る(本当に走ったのだ)。
本日は、夜は名古屋なり。
『NOISE』とオリヴィエ・アサイヤスの映画の営業のため、これから関西ツアーなのである。
別に作品を上映してもらうだけなら特に出かけなくてもすむのだが、やっぱりいつも電話とメールだけでは味気ないというもの。
今後のためにも、目的のものだけではなく、あれこれあれこれぐだぐだと話をしておくもの大切。
というわけで、名古屋シネマテークの仁藤さんと夕食を食いながらいろんな話をする。
とりあえず『NOISE』は名古屋では7月下旬くらいに公開ということが決まる。
ついにフィルムでの公開となる『クリーン』は、トウキョウでは8月公開(イメージフォーラム)、そして名古屋ではおそらく秋から冬にかけての公開になるのではないか。
フィルムの場合はビデオみたいに何本もコピーができないので、今回も1本のフィルムを使いまわすことになる。
したがって、日本中をどういうスケジュールでまわしていくかが大問題。
劇場の予定と配給側の思惑とが交錯し、今後どのようなスケジュールとなって日本中をツアーしていくか、お楽しみに。
しかし最近のホテル事情は一体どうなっているのだろう。
楽天トラベルで格安ホテルを探していたところ、名古屋ではなんと、誕生日月割引のホテルがあり、これがなんと3800円である。
何の飾り気もないビジネスホテルだが、設備その他、何の問題もなし。
明日の大阪のホテルも5000円だし、こうなるとJRの料金がなんだか馬鹿みたいに高く思えてくる。
これじゃあ、海外旅行者が増えるよねえ。
とはいえ、こういう値崩れは、どこかで思わぬひずみを生み出しているに違いないのだが。
5月11日(月)
本日は、朝も早よからTokyo FM。
生放送の情報番組にて30分、爆音映画祭の告知をかねての出演。
『地獄の黙示録』や『ソンビ』の話題で盛り上がる。
しかし早起きすると、午後がきついんだよねえ。
それに本日は、爆音調整もあるしで、夕方一旦帰宅して睡眠。
というスケジュールだったのだが、もちろんそんな時間はなし。
頭クラクラさせながら、各所と連絡を取りつつ、いろんなことの調整をしていく。
今週は、まともに事務所にいられるのは本日だけなので、とにかくやれるだけのことをやっておかねば、という状態。
そうこうしているうちに夜になり、バウスにて『地獄の黙示録』。
以前、一度やっているので少しは楽にできるか、という算段だったのだが、プリントの状態が悪く、前半の爆撃シーン等々は特に問題なかったものの、後半の静かなシーンは、デジタル・データの欠けが各所で気になる。
結局別のプリントを送ってもらうことにして、とりあえずの調整はすます。
それでも、すっかり堪能してしまった。
小さく入っている虫の鳴き声だけでトリップできてしまう後半。
『地獄の黙示録』は、おそらく戦闘シーンの爆音のことばかりを思い描かれるかもしれないが、とにかく白眉は、音が小さくなった後半である。
この繊細な音の動きを堪能できるのが爆音上映の醍醐味。
ただ、6月13日のオールナイト上映では、実は、今年もリクエスト投票で落選してしまった『宇宙戦争』を何とか来年は、という願いも込めて『2001年宇宙の旅』『地獄の黙示録』という順番でやって、無理矢理「宇宙・戦争」ということにしているので、この繊細な音を聴くのが夜明け前。
ほとんどの方が、睡魔とともにこの音を聴くことになるのではないか。
そこが果たしてどうなのか、やはり「戦争・宇宙」の順番の方がいいのか、とも思ったのだが、いややはり、この酩酊感こそが『地獄の黙示録』。
半角半睡のまま、虫の鳴き声に包まれて、心の闇へと降りていっていただけたらと思う。
そしてさらにそのあとに『ざ・鬼太鼓座』リヴェンジ。
せっかく音が決まったのにも関わらず、画面の端が切れていたため、正規ヴァージョンで上映してみたら音がまったく違っていてやり直しになったのである。
しかし、違っているだけならまだしも、明らかに、ものすごく劣化している。
どうやっても、これでは爆音上映はできない。
これなら「爆音映画祭」である以上、画面は諦めて、両端が少し切れたヴァージョンでやるしかないし、試しにそちらを上映してみたら、音のおかげで画面も生き生きとして見えるではないか!
で、まあ、多くの方の顰蹙を買うかもしれないが、両端の少し切れたヴァージョンでやろうかと決めかけたとき、「なーんだ、こうすればいいじゃん」というあまりに当たり前のことに気づく。
おそらくそれで何とかなる。
当日は、画面も音も正規ヴァージョンにて、上映できるはず(おそらく)。
これでダメだったら、画面を諦めます。
だって、本当に全然音が違うんだもんなあ。
とにかく、デジタルならではの方法での解決策に賭けてみることにする。
どうしてそんなことに早く気づかなかったんだろう・・・
この忙しいのにすっかり時間を無駄にしてしまった。
それはそれ、この『ざ・鬼太鼓座』であるが、鬼太鼓座のライヴ付きのものと上映のみのものがある。
おそらく加藤泰のファンの方たちは上映のみの方に集まるだろうということが予想されるのだが、せっかくの機会なので、ライヴの方もいかがでしょうか?
映画を見てライヴも聞いて、加藤泰がとらえたかった音の発生の現場を堪能する、という本当にいい機会でもあるように思う。
あるいは、上映のみのものだと当日の整理券をとるのが億劫だとか、もし入れなかったら、という心配をされている方は、1000円くらい高くなってしまいますがライヴ付き上映の前売り券をお求め下さい。
バウスの窓口にて発売中です。
また、これはすべての上映についていえることですが、整理券が定員数になり次第、発売は終了。
あとはキャンセル待ちになります。
当日整理券は朝から窓口にて発売。
2週目は19時から発売になります。
5月9日(土)
いやまあどうしてこれほど脱力するのか。
かつてない脱力状態なり。
楽しみにしていた、日仏オリヴィエ特集『冬の子供』にも行けず。
しかし家にいてもつらいので、ぼんやりと外に出て、とりあえず『HHH』に向かう。
上映後、『NOISE』の予告編DVDを渡す約束もしていたのだが、日仏に向かう電車の中で、ケースだけを持って中身を入れ忘れたことに気づくが今更遅し。
ひたすら意識が浮遊していく。
そんな状態で久々に見る『HHH』は本当に格別極上であった。
この映画の音響はドウ・ドゥチーさん本人がやってるんだよねえ。
冒頭から完全に侯孝賢の映画の音になっている。
周囲の音の消し方と出し方、それからそれらのミックスの仕方が何とも言えない。
エリック・ゴーチエのカメラも、そのまま『CLEAN』に繋がる。
あくまでもその場と親密に関わっているにも関わらず、どこかで遠い存在をとらえている。
確かこの映画のインタビューの中で、侯さんも、ある距離を置いてとらえることができるようになった時点で自分の映画のスタイルをつかめた、みたいなことを言っていたと思う。
そんな視線によってとらえられた台湾は、おそらく世界中の誰にとっても懐かしくて、しかしもはやそこにはない風景として映し出されていたのではないかと思う。
そして最後にはあのカラオケ・シーンになるのだが、ここでの侯さんのパフォーマンスは見事。
最後のでたらめ日本語もまた、親密さと遠さという意味で、見事にこの映画のテーマを照らし出していたと思う。
ああ、また見たい。
5月7日(木)
こうショボショボと雨が降り続くと、誰だってアンモナイトになりたくなるよねえ・・・

とはいえ、人間は働く動物である。
連休のおかげで山積みの仕事をなんとかしなければならない。
しかも本日は爆音調整2本。
月・木態勢のきつさを思い知ることになる。
しかも来週はその合間を縫って関西方面に、そして祖母の一回忌と実家のバリアフリー化計画実行のための相談など、すでにアップアップな状態で、呆然とするばかり。
音調整1本目は『KIKOE』。
ドキュメンタリーの音調整は難しい。
同席していただいた監督の思い通りにはならず。
バウス独特の音のバランスが、監督の描いていたバランスを崩してしまうのだ。
私としては、そのバランスが崩れた部分こそが面白かったりもするのだが、さすがに公開前の作品でそれをしてしまうのはいくら何でも礼儀を欠くというものだろう。
今回は、バランス重視で行くことにする。
しかしそれでも十分に凶暴な音が顔を出したりするので、お楽しみに。
そして『雲の上』。
こちらはまあ、特に後半はもう、ドラッグでヘロヘロになった人間の聞いた音の世界ということで相当極端な音にしてしまってもOKな映画。
というか、見ているうちにどんな極端な音でも受け入れてしまう回路が開いてしまうと言ったらいいか。
つまり「雲の上」に抜ける道が開けてしまう映画。
平日の真っ昼間からこんな映画を爆音でやってしまっていいものかどうか、冷静に考えると呆れるばかりのプログラムだが、とりあえず学校も会社もさぼってこの1回の上映へ駆けつけていただけたらと思う。
それから、ひとつお詫びを。
6月5日のジム・オルーク・ライヴ&牧野貴作品上映の回の、上映とライヴの順番を、私のまったくの勘違いで逆にしてチラシに掲載してしまった。
最初に18分の短編「still in cosmos」の上映を行ない、その後で1時間のライヴ(&上映)となる。
関係者の方々にご迷惑をおかけしました。
申し訳ありません。
「still in cosmos」の上映が先で、上映後にライヴとなります。
牧野君からは、ライヴと同時上映する新作『The World』が完成に近づいたという知らせが届く。
この映画はライヴの音と一緒になって完成、ということになるのだが、その音もテープに収録した完成ヴァージョンの上映も、いつか爆音でやれたらと思っている。
というところですっかり夜も明けて空が明るくなってきたので、私もアンモナイトになることにする。
5月6日(水)
このところ、爆音調整で朝方に寝た日以外はほとんど朝5時過ぎに目覚めている。
姫2号に起こされるということもあるのだが、具合悪いことこの上なし。
本日も5時過ぎに起き朝飯を食い、8時前に寝てしまい、12時30分から原宿の「VACANT」という新しくできたスペースで湯浅湾レコード・トークがあるというのに、起き上がったのが11時30分過ぎ。
それでもフラフラで、空中浮遊状態。
40分以上遅れて、しかも当然のように道に迷う。
途中、湯浅湾ドラムの山口君にもバッタリあったのだが、山口君も迷っているのだった(笑)。
それでも何とかたどり着き、トークに参加。
ラジオの公開放送みたいなものである。
ただ、私の場合自分でも呆れるくらいレコードもCDも持っていないので、こういうときに持ってきて聞いてもらえるようなものがほとんどない。
思い出のレコードや曲もないわけではないのだが、それらもほぼ全部手もとにはない。
とにかく発作的に手放したくなってしまうと言うか身軽になりたくなり、そのときには「理性」のようなものはまったく働かなくなるのである。
自分でもどうしてそうしたのかよくわからないときがあり、それは音楽に限ったことではなく、たとえばアップデートのときに必要になるパソコンのソフトでさえ、気がつくと処分してしまっているのである。
まあ、病気のようなものだから諦めるしかないのだけど・・・
イヴェントが終わり、そのビルの3階にある、デザイナー松本弦人さんの事務所にお邪魔してあれこれ。
その会話の中で、オプトラムの伊東篤宏さんと20年近く前に何度も接近遭遇していたことを知り驚く。
しかし広い事務所はいいねえ。
すっかりリラックスするが、夏と冬の光熱費が大変だろうと下世話な心配までしてしまう自分の貧乏性が、我ながら悲しい。
とはいえ雨のせいか、とにかく身体が半端ではなくだるい。
いい音を聴いたときだけ身体に芯が入る感じがするが長くは持たない・・・

5月4日(月)
連休中は完全休養を決め込んでいたのだが、やはりそうも行かず。
何しろ、5月は月・木の爆音調整態勢である。
まずは『こおろぎ』。
2年ぶりである。
記憶の中で音がすっかり増幅されていたこともあり、また、バウスの爆音のシステム自体がかなりバランスを欠いたもので、左右のスピーカーのパワーが大きくしかも低音が強い。
だから、通常の映画の音はこのシステムによって一旦大きく音のバランスを崩された後に、爆音上映の音として立ち上がって来ることになるのだが、『こおろぎ』の場合は、イマジカ試写室でのバランスの良さがあまりに記憶に焼き付いていて、どうしてもそこから離れられない。
なおかつ、時折突如として一気に音量が上がるため、全体のボリュームを思ったほどは上げることができない。
まさに爆音泣かせの映画であった。
とはいえ、である。
全体の音量はそれほどではないものの、普通の映画ならなんとなく見落としてしまう(聞き落としてしまう)何でもない部屋の中のシーンの音の質量の大胆な変化や、空気感の違い、そして風に夜木々の揺れ、川の水のざわめき、あるいはもしかしてあれは鈴木京香の心臓の鼓動の音ではないかと思えるものがうっすらと聞こえてきたりと、お楽しみには事欠かない。
特に、音がある場所とない場所の急激な変化には驚かされ続ける。
6月2日は『放蕩息子の帰還/辱められた人々』の後にやるのだが、この2本を見比べてみるのもいいのではないかと思う。
できれば、本来の仕様であるDTSでやりたかったが、バウスのシステムでは以前の『アワー・ミュージック』のように、DTSをレンタルしなければならず、さすがにその予算はない。
またいつの日か。
それから爆音映画祭なのでつい音のことばかりになってしまうが、しかし、この映画の光の微妙な変化と優しさに、あらためて驚かされた。
なぜか『シェイディー・グローヴ』が見たくなった。
そして『デス・プルーフ』。
これは昨年やっているので、部分的な確認をして終了。
しかし、何度見ても痛快、としか言いようがない。
プログラムを見ていただければ分かるように、5月31日の日曜日は、とにかく皆さん朝からビール片手に夜遅くまで、大騒ぎしていってください。
このプログラムを見ると、例えば夕方5時くらいから朝5時くらいまでの12時間耐久爆音、とかやりたくなるんだよねえ。
ということを本気で考えてしまうような、イケイケの日になると思う。
まあ、「イケイケ」と言われてもねえ(笑)、ということも思われるかもしれないが、とりあえず思い切り楽しい日曜日になることは間違いなし、ということで。
5月1日(木)
世の中連休モードで、しかも本日はメーデーだから、『NOISE』がらみの連絡をしようとしてもキングレコードは休み。
boidものんびりできるかなあと思っていたのだが、そんなに世の中甘くはない。
しかもバウスから、5月の爆音調整のためのスケジュールが来て、ああやっぱりと思いつつ、愕然とする。
5月は完全に月・木の深夜の爆音調整。
ビッチリ毎週2日やらないと間に合わないのである。
しかもあれやこれやと細かい調整多数。
このところ、少し普通の会社のように世間並みのことをやろうとしすぎていたような気がする。
まあ、誰もそんなことは思ってくれなかったかもしれないが、boidなりにかなり無理していたと思う。
時には無理も大切だが、これが恒常的なものになってしまっては身もふたもなし。
廣瀬から送られてきた新作『シネキャピタル』(洛北出版)をつらつらと眺めながら、これまでを反省しつつ今後を考えた。
とはいえ、目の前の仕事は片付けねば。
しかも現在boid事務所は、完全にboid倉庫となっていて、ものが周りにあるのが生理的に耐えられない私は、どうしたものかとただただおろおろするばかり。
とにかく何も持たずに生きたい。
それが一番の願いである。
何と言うか、もう、知っている人や知らない人、会ったこともない人の人生をたっぷりと背負っているような気がしてならないのだ。
それだけでもう、十分。
まあ、そんな気がしているだけかもしれないんだけどねえ。
ただ人生の許容量が小さいだけか・・・
それから、爆音映画祭チラシの重大なミスが発覚。
初日、5月29日の夜の『KIKOE』の終了時間が間違っていた。
チラシでは23時59分という、中央線沿線在住の人でないとどうにもならない時間に終了ということになっているのだが、これは1時間違い。
正しい終了時間は22時59分。
そしてそれからすぐに大友さんのライヴが始まり、ライヴの終了が23時30分くらい。
という予定。
チラシを見て「おや?」と思われた方、チラシが間違いです。
申し訳ありません。
夜は、本来なら19時に大久保に行って音楽ライター「向風三郎」こと對馬さんとうちの妻と一緒に食事の予定だったのだが、あまりにバタバタとあれこれあって1時間の遅刻。
いやはや。
一昨日帰国した對馬さんによると(對馬さんはフランス在住)、空港は報道陣ですごいことになっていたとのこと。
恐るべし豚インフルエンザ。
とはいえ串焼きの羊、鶏、美味なり。