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boid日記 2009年7月

boid日記
text by 樋口泰人

7月31日(金)

大塚倒れる。
膀胱炎なり。
しばしの休養が必要。

なんて書くとboidはもう、よほどの修羅場になっているかのようでもあるが、本当の修羅場になったら、まず私が倒れるはずだから、boidは絶対に修羅場にはならない。
それに、従業員に倒れられて一番困るのは社長だからねえ。

なんて書くと、社長は気を使っているのに大塚が勝手に倒れたというふうに思われるかもしれないが、そうではない。
様々な要因が重なってしまった。
とにかく、細かい作業が多すぎるのは確かである。
boidの今後のためにも、仕事と事業の再検討が必要。

なんて思っていたところに、宣伝嬢Y川が差し入れを持ってやってくる。
最近は、映画にも少し関係しているIT企業の宣伝の手伝いもやっているとのことで、儲けている会社はどのような仕組みになっているか、その一端を聞かされる。
少しは見習わなくては。

それはそれ、Y川の持って来る差し入れは、常にうまい。
本日はこれ↓

ebisu.jpg

スイートポテトをアレンジしたものだが、ホクホクである。
私ひとりで食したのではもったいないので、夜、バウスに持っていく。

『NOISE』は最終日。
さすがに最終日ともなると、わらわらと人が。
いい感じで3週間を終えた。

しかし大問題も発生。
いよいよスピーカーが危ういのだ。
もしかするとこれが最後の爆音上映になる可能性もある。
今後続いたとしても、その度に最後の可能性が濃厚に貼り付く。
場合によってはどこかで、最終爆音というのをやって、一区切りつけるのもいいかもしれないとも思う。
今後は出張爆音のみというスタイルもありか。

しかし果たして8月22日は大丈夫か? との不安も十分にあり。
今後の成り行きに注目していただきたい。
うまく修理ができるといいのだが。

7月30日(木)

あまりの暑さに眠りも浅く、ボーっとするばかりで仕事にならず。
こういう日は皆様どうやってやり過ごしているのだろうか?

午後からは映画美学校にて『TOCHKA』の試写。
根室市に未だ残存する第2次世界大戦末期に作られた、海岸を守るためのいくつかのトーチカを舞台に、藤田陽子、菅田俊のふたりだけの出演で作られた映画である。
詳細はここ→

冒頭からいきなり爆音仕様である。
風の音と波の音が渦巻く。
たぶん機材の関係だと思うのだが、もうちょっと低音が地鳴りのように出てくれば、さらに音の深度が増すように思うのだが、いかがだろうか?
菊池信之さんが音響をやった『砂の影』では、可聴域を越えた低音も分厚く出ていて、聞こえて来る音以上に感じられる音圧のすごさに圧倒されたのだが、あんな風な感じの、「見えない(聞こえない)音」の作り込み方で、この映画はさらに変わるんじゃないかと思う。
つまりトーチカの内と外、そこにいる人といない人、かつてあったことと現在、などなどを区分ける壁のような音と、そこを突き抜けて往来する音の響宴のようなサウンドトラック。
そんなものを夢想した。

終了後、実は音楽が一切使われておらず、人の声と風と波の音など環境音ばかりで作られた、このハードコアな映画の(その意味ではタルコフスキーの『ストーカー』はサーヴィス満点だなあとさえ思う)、実際に使われた環境音をベースに敷きつつ、さらにこの映画から得たインスピレーションを加えて作り上げた仮想のサウンドトラックを、聴かせてもらった。
仮想のサウンドトラックというか、音によるもうひとつの『TOCHKA』ということになるのだろう。
ちょっと気になることがあったので、修正案を出させてもらった。
最終的にどんな仕上がりになるか、楽しみではある。

その帰りにHMV銀座による。
あまりにハードコアな音の壁を続けて聴いたあとだったので、やたらと野心的でイケイケなものを聴きたくなり、買い逃していたバスタ・ライムスの新作を買った。

bustaback.jpg
Back on My B.S. →

しかし期待したような野心バリバリ&イケイケ感はほとんどなく、大御所の余裕すら感じるものになっていた。
1年半くらい発売が延びてしまったらしいのだが、音だけ聴くと、そういった時間の重さはまったく感じられない。
やたらとメロウな曲もあり、かつてのミッシー・エリオットやトゥイートなんかさえ思い出し、帰宅後それらのアルバムを探してみたが見つからなかった。

深夜、キャロサンプの野田君より連絡あり。
大友さん、生誕半世紀記念の企画が次々にあるとのこと。
詳細はここ→
太宰治は生誕100年で、大友さんは50年、キャロサンプは20年である。
しかし、太宰治ってオリヴェイラより年下なんだよねー。
太宰の映画化は今年次々に公開されるが、では誰かオリヴェイラのリメイクとかやってしまう無謀な人は現れたりしないだろうか。
いや、というかそれは『こおろぎ』か・・・

7月29日(水)

昨日の日記で書き忘れてしまったのだが、一昨日の日記でお知らせした大塚による「boid now」のコーナーが始まった。
ここです→
初回は、先週末オープンした大竹伸朗製作による直島銭湯を訪ねた湯浅さんから送られてきた写真を見ることができる。
うーむ、これを見ると一度は行きたくなるねえ。

本日は、こんな記事を見つけた。
ここ→
夕刊フジのサイトである。
『夏時間の庭』の大ヒット記事。
朝日のサイトに載っていたら全然驚かないのだが、さすがに夕刊フジだと何だか感慨深い。
例えば『レディ・アサシン』や『デーモンラヴァー』なら、別の意味で納得するが、そうではなく、本当に大ヒット記事なのである。
ただもう一押し、「同じ監督の『クリーン』ももうすぐ公開で、現在はやはり同じ監督の『NOISE』も公開中」とひと言入れてほしかった。
いや、ひと言入れさせるように、こちらがガンガンプッシュしなければいけなかった。
ひとつのことを次へ次へと繋げていくのは、本当にエネルギーがいる。
それにそういった「ガンガンプッシュする」エネルギーはない、というのがboidのエネルギー源でもあるわけだから、さらにことは複雑である。
だがもう、そんなことを言っている場合ではないという現実を見つめなければならないんだよねえ、と言いつつも、未だに他力本願な私であった。

とはいえ、『NOISE』もあと2日。
皆様お見逃しなく。
音楽好きならきっと満足してもらえると思うのだが・・・

boid事務所は本日もTシャツ袋詰め&発送作業で大わらわ。
大塚に怒られながら、手伝いもして、しかし夜は働く大塚を置き去りにして、例によってフランスから帰国中の吉武美知子さん、それから斎藤敦子さんと食事。
来年度の、フランスでのboidの活動企画をちょっとだけ練ったりもした。

7月28日(火)

本日はTシャツの追加生産分が到着。
boidは完全にTシャツ屋さんとなった。
こんな感じ↓

t_shirts.jpg

パッケージ作業に関しては私は無能力なので、完全に大塚任せ。
何だかやたらと大変そうである(当たり前)。

ディスクユニオンからそれなりの数の発注があったため、boid通販分は残りわずか。
ボディの色を多めにしてしまった関係上、それぞれの絶対数が少ないのであった。
迷われている方はお早めに。
でも、『Expanded Pussies』の方もお忘れなく。
試聴コーナー→で聞くことのできる抜粋を聞いていただければお分かりのように、このダウナーかつ軽妙な音色は、確実に私たちの毎日を根本から豊かに、楽しく変えてくれるものだ。
シンプルだがゴージャスな1枚なので、何はともあれ、まずこれを。

それから8月1日には、アップリンク・ファクトリーにて、湯浅湾の歴史を語るイヴェントがある。
「歴史」というような偉そうなものではないが、まあ、14年も活動しているとさまざまな記録が残されてきていて、それらの貴重な映像を見ながら、湯浅さんはじめメンバーがあれこれ語る150分である。
ダラダラとした夏の昼、14年の奮闘と彷徨いの時をともにしてみてください。
たぶん、恐ろしくどうしようもない、どうすることもできない、だからこそ今見てよかったというような映像の記録の数々と出会えると思う。

当日は、Tシャツ、『港』の販売もあり。
購入者の方には、運が良ければ湯浅さんから何かプレゼントがあるかもしれません。
ただ、どうやら今週は原稿に追われてプレゼントどころではない気配もあり。
アップリンクのサイトで予約ができます →

帰宅後、見逃していた『ミスト』の冒頭30分ほどを見る。
かなり面白いのだが、それゆえつまらない。
ロックンロールは常に同じだという意味において、この映画の場合は同じであることの退屈さに取り付かれた感じがしないところが今ひとつな感じがする。
後半、どうなってくるかが楽しみではあるのだが。
ただ本日は、目がしょぼしょぼなので、これまで。

mist.jpg
ミスト →


7月27日(月)

週末の不在の後の月曜日は事務処理が結構あって、あたふたしている間に夕方になる。
夕方になってようやく、本来なら昼くらいには済ませておかねばならなかった、秋に向けてのboid作戦会議を。

企画は盛りだくさん。
しかしどれも、頑張ってそこそこの儲けなので、とにかくいろんなことを懸命にやらなくちゃあならない。
そのそれぞれをせめてboid.netを訪れてくださる方々にはちゃんと伝えねば、ということで、boid.net上でこれまで「boid 臨時ニュース」としてお伝えしてきたページ(ここ→)を、最低毎週1回は更新する「今週のboid」のコーナーとして充実させることに。
というか、大塚による、boidレポート、みたいな感じになると思う。
私の日記だと、あまりにその日の気分であっちこっち軌道を外れるので、大塚コーナーはとりあえず現在のboidの動きの全体像を見渡せるようなものとなる予定。
単に、しょうもない人々の来社報告、みたいなものになるかもしれないが・・・
お楽しみに。

とか何とか話しているところに中原がやって来て例によって例の如し(笑)。
ただ、あまりにアレルギーが酷そうなので、こればかりはさすがにマジで心配になる。
本人よれば、家でおとなしくしていれば鬱になるし、仕方なく飲みに行けばアレルギーが酷くなる、という悪循環。
というか、飲みに行かずに病院に行け、ということなのだが、まあ、病院に行くのと飲みに行くのとでは全然違うことだからねえ・・・

そうそう、先週末、直島にある大竹伸朗製作銭湯のオープニングに参加してきた湯浅さんからの報告を聞きそびれた。
うーむ、どうだったのか?

7月25日(土)

本日の姫2号は、完全にダメダメであった。

 

私も似たようなものだったのだが、原稿のためにDVDを2本見た。
台湾映画の音作りは、いいねえ。
というか、いい音の台湾映画を私が好きだ、ということだけなのだが。

それから、見逃していた侯孝賢の『レッド・バルーン』も、触りだけ見た。
これまた極上の音をしていた。
おそらく『珈琲時光』以降ということになるとは思うのだが、侯孝賢の映画の音と光は、宇宙空間でとられたもののようなクリスタルな輝きをしている。
例えば金沢映画祭の音響システムでこれらをやったら、とんでもないことになるんじゃないかと妄想する。
来年は侯孝賢特集はどうかと、金沢映画祭に提案してみよう。

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レッド・バルーン →

7月24日(金)

今となってはもう遅いのだが、こうなることが分かっていれば、あのときこうしていれば良かったとか、こうすることもできたとか、こうではなかったさまざまな可能性ばかりが頭の中をよぎってどうにも居心地が悪い。
本日は昼過ぎに東京に戻り事務所にて仕事の予定となっていたものの、その可能性の波に飲まれて、事務所ではなく自宅に戻り一時避難。

書きかけだった原稿を何とか仕上げる。

その後、途中まで見ていてそれっきりになっていた『ワン・カリフォルニア・デイ』を見て、とりあえず救われる。
やはり今年も爆音サーフをやろうかと、かなり心が動いた。

one_california.jpg
ワン・カリフォルニア・デイ →


7月23日(木)

午前中、歯医者に行って取れてしまった奥歯の詰め物の再装填をした後、山梨へ。
この1ヶ月で急激に体調を悪くして再入院した父親の担当医に、現状と今後の説明を受けるのである。
症状としては、肺がんの転移、椎間板ヘルニア、そして血尿と嘔吐、下痢。
このうち、転移した癌は相当良くなっているという報告があり、血液検査の結果も、内臓面は問題なし。
ヘルニアは体力が戻ったらリハビリをするしかないのだが、血尿・嘔吐・下痢はどうやら抗がん剤の副作用としか考えられないということで、とりあえずすべての投薬をやめることに。

抗がん剤が癌を縮小させたものの本人の体力も奪った、というような状況らしい。
担当医の予見では、しばらくすれば現状よりはましな状態になるとのことだが、ただ、目の前にいる父親はすっかり弱ってやせ細ってしまったので、こちらはおろおろするばかりなのだった。

しかしいずれにしても、すでに80歳を超えてこれだけやせ細ってしまったら、今後元通りの生活はできなくなるだろうから、いよいよその後をどうするかを、あらゆる状況を想定して考えておかねばならない。
母親も元気とはいえないだけに、さてどうするか。
まあ、私に何ができるわけではないのだけどねえ・・・

7月22日(水)

皆既日食である。
へア・スタ『Expanded Pussies』発売日でもある。
日食がどうだったのか全然よくわからなかったのだが、とりあえずテレビ中継はちょっと見た。
屋久島の森の中からだったのだが、折からの細かな雨で、太陽の姿は見えない。
でもまあ、太陽が隠れればどんどん暗くはなるので、その変化の神秘くらいは見ることができるだろうかと思っていたら、ちょっと暗くなり始めた瞬間高感度カメラに切り替えるものだから、再び画面は明るくなってしまい、しかも最も空が明るい。
これじゃあ我々のような素人さんは、一体どこが日食なのかと首を傾げるばかりなのであった。
文明の利器って一体なんなんだろうねえ。
まあ、ライヴってそれくらい間抜けなものだから、とくに文句を言うつもりはないが、ついあれこれ言いたくなってしまうのは、そういった間抜けさに耐えられないのか、それは良くないことだと思っているのか、いたずらにショーを盛り上げようとする、スタジオのアナウンサーやゲストのはしゃぎっぷりを見てしまったからなのだろう。
いやそれもまた、「お仕事ご苦労様」程度のものではあったのだが。

事務所に着くと、大塚は事務所にて、辺りがそこはかとなく暗くなっていくのを眺めていたというのだが、それを聞くとやはりテレビではなくさっさと事務所に来ていれば良かったと思うのだった。

本日も来客多し。
『NOISE』上映中のバウスにも来客多しとなってくれることを願うばかりだが、なかなか思うにまかせず、しかし1週目よりは伸びているという微妙な状況で、とにかくもう、騙されたと思って見に行ってくれと、爆音で東京中に伝えたいのだがどうしたらいいものか。

こんな感じなんです。
爆音でがつんとやられてみてください。

7月21日(火)

連休後、しかもTシャツその他の納品があったばかりという状況で、boidは完全に倉庫状態で、ひたすら発送作業に追われる大塚。
私は本日、確か11時か13時に某ネット関係の営業の方から光回線切り替えへの説明を受ける約束をしていたはずなのだが、11時にはギリギリ到着できず、13時には某誌の鼎談が入ってしまって、どうにもならず。
しかし、営業の方からも特に連絡がなかったようなので、約束したのは本日ではなかったのか?
だとすると一体いつ???

昼は、ダブルブッキングしていたかもしれなかった仕事のひとつ、某誌の鼎談に。
私の準備不足のために、皆様にご迷惑をかけてしまった・・・
うーむ。
社長業以外の仕事に関しては、boidの運営安定化とともにジワジワと復活させていこうという目論みではあるのだが、簡単じゃないよねえ・・・

その後は黙々と仕事。
高円寺円盤では湯浅さんの独り会が行なわれていて、別件で連絡すると「客もひとり」との報告。
いやはや、ちゃんと告知しないとやっぱり人は集まってくれないんだよねえ。
楽はできない。

帰宅時、曙橋はものすごい雨が降っていたのだが、高円寺に到着するとすっかり止んでいた。

7月20日(月)

小嶋さんも俵さんも無事仕事をこなしているのだろうかと心配してしまうほど、こちらはグダグダなり。
身体動かず。

夜は、黒沢夫妻、松田さんと食事。
黒沢さんからは、「金沢なら飛行機で行くに限ります。楽だし、速いし、日帰りもできます」とのお言葉あり。
うーむ。
私が飛行機嫌いでなかったら・・・
まあでも、飛行機で行っていたら、稲妻雷鳴豪雨の中の時速130キロ・ドライヴは経験できなかったけどねえ(笑)。

本日は『ハリー・ポッターと謎のプリンス』。
バルト9だと、予約して夫婦50割引が使えない(もしくはやり方がよくわからない)ため、相性の悪いピカデリーへ。
ピカデリーは、ロビーから劇場まであがっていくエスカレーターが1台しかない上に窮屈で、こんなところで火事や地震になったら絶対死ぬなとその度に思うのと、こういうところでそんなことを思わされてしまう貧乏くささがいやで、こんなことなら家でDVDと思ってしまうのだが、本日は満員だったこともあってか場内も空気が悪く、それだけでグッタリしてしまった。
妻も、途中から気分悪くなったと言っていたから、私の思い込みではない。
しかしこんなことでは、エコノミークラスでの長時間飛行はもう無理かも・・・

映画の方は、まあ、そこそこ。
現代のロンドンでもあれこれ起こるのかと思ったら、しょっぱなだけだったのが残念。
まともに物語を語ろうという姿勢には好感を持ったが、何だか、長い長い「繋ぎ」を見せられたような気がした。
今回は、主役をポッターではなく、闇の帝王と契約してしまった悪役の少年にすれば、相当面白くなったのではないかと思われるのだが、まあ、そんなことしたら商売にはならない。

帰りに、タワーレコードへ。
青山から勧められていたホワイト・ストライプスを買おうか、エルヴィス・コステロの新作にしようかと思いつつ、結局、この2枚を。

raconteurs.jpg deadweather.jpg
the raconteurs →           the dead weather →

ともにホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトのプロジェクトである。
本家を買わずに脇道から入ってしまうあたり、何とも青山に申し訳ない限りであるが、回り道しながらジワジワと本家を妄想させてもらっている、という状況なり。
ラカンターズでは、テリー・リードの曲までやってるんだねえ。
デッド・ウェザーの方は、アルバムの盤が収められているケースの背後には、鷲か隼か、とにかく猛禽類と思われる鳥が羽ばたき飛翔していく写真が収められているのだが、演奏はまさにそんな感じ。
deadweather2.jpg
一瞬ですべてを視界に収める強さと速さを秘めている、というのはちょっと大げさかもしれない。
よくわからないが、11曲目の「will there be enough water?」って、ヴァン・モリソンの「TVシーツ」へのアンサー・ソングか何かなのか?

7月18日(土)

無事帰京。
木曜日の夜は、雷鳴鳴り響き稲妻光る豪雨の北陸道を爆走。
バウスの音響システムの基礎を作り、今回の金沢映画祭の爆音上映の音響システム作りをお願いしている俵さんの運転は、滅茶苦茶うまいが、それ以上に恐るべき速さ。
予定なら朝8時くらいに金沢到着のところ6時には市内を、朝食を食すファミレス求めてうろうろすることになったのであった。

そして10時からは21世紀美術館ホールにてシステムと音の確認に入ったのだが、ホールの状況からは、バウスのような爆音は完全に無理。
では、どうするか、予算もない。
そこからが俵さんの本領発揮で、ならばバウスとはまったく違う音を、ということであれこれとアイディアが出され、この中で出てきた金沢映画祭仕様の爆音のテーマは「速さ」。
包まれるような爆音ではなく、本当に耳元で音が鳴っているような、目の前で爆発が起こり、虫たちが鳴き、風がそよぐ、そんな速さ=近さを感じられるサウンドである。

爆音上映のときだけではなく、その他の映画の音量を落とした通常の上映のときも、同じシステムを使う。
したがってどの作品を見に行っても、映画館では聴くことのできない音に出会えることになるだろう。

一方小嶋さんは映画機回りその他の機材確認。
その時点で驚くべき事態も発覚するが、まあそれはそんなものなのだろう。
とにかく下見に来た甲斐はあった。
あとは予算その他の折り合いがつけば何とかなるはずである。

とはいえ、ほぼ不眠で金沢にやって来たオヤジ3人はさすがにフラフラで、宿のサーヴィスでもらったできたてのスパ施設の無料券を片手に昼から風呂に入り、その休憩室で一瞬の爆睡。
夜は、映画祭の小野寺君に案内されて待望の「のどぐろ」を堪能し、シネモンドの上野さんも加わり、あれこれ。
それなりに楽しい金沢下見ではあったのだが、とはいえ、深夜3時には起きて出発である。
またもや夜明けの北陸道の爆走。

関越道のあたりの下り方面は3連休の初日ということもあって、朝も早くから大渋滞である。
政治家だか官僚だかの思いつきで始まった「休日1000円」という高速料金につられて家族サーヴィスをした挙げ句結局車中で身動きとれず次第に空気が淀みサーヴィスどころか関係は険悪になるばかりで一体こんな休みに誰がした、みたいなことになるのだろうと、程よくスカスカな上り路線を走る我々は、深夜のドライヴの疲れを癒すのであった。

まあそんなわけで私も帰宅後は夕方までグッタリ。
中原のスーパーデラックス・ライヴにも行けず。
夕食後もまた気がついたらソファで眠っていて、何とか身体を起こしたのだが、もうすでに眠い。
小嶋さんは本日バウスのオールナイトの映写、俵さんは明日は岩手まで爆走して音響の仕事なのだという。

7月16日(木)

あまりの暑さのためか、あるいは先日、もう試写には行けないとか書いてしまったためか、青山と約束していた本日の試写のことをすっかり忘れていたことが判明。
思い出したときは30分前で、思い切り走れば間に合う、という時間だったのだが、さすがにこの状態じゃあ、行っても汗だくでしかもすぐに寝てしまうだろうという予想は簡単につき、取りやめる。
申し訳ない。
うーむ。

で、へア・スタ『Expanded Pussies』がいよいよ納品され、発送作業と月永、湯浅さんと『大音海』打ち合わせ、中原もやって来てあれこれ。

そして夜はこれから、何と金沢までドライヴ・オールナイト。
いや、仕事ですよ。
12時くらいにバウスを出発して、明日の朝金沢に。
そして、爆音上映@金沢映画祭のため、現地の下見と音のチェックを。

あと20歳くらい若かったら楽しいんだろうけど、さすがに深夜のドライヴはへばるだろうねえ。
といっても私は免許もないので、ただ乗っているだけなのだが。

では、行ってきます。

7月15日(水)

来客続きの1日であった。

最初はリトルモア孫君。
電話ではときどき話していたが、会うのは久々。
相変わらず私とは話のスケールがまるで違うので、呆れるばかり。
boidも早くその10分の1くらいまでたどり着けたらと思う。
大塚には、「しばらく孫さんの後をついていって社長業の修業をしたらいい」と言われる。

その後、爆音映画祭やNOISEなどのHPを作ってくれている岸野君が、高松土産のうどんやら、地場野菜(これは池袋土産)などを持って。

そしてAmerico の西岡さんが手作り焼き菓子、そして中原が『Expanded Pussies』ディスクユニオン特典ディスク用の音源を持って。
そこにスーパーデラックスのマイクさんから電話があり、昨日話題になったヘア・スタ4時間ライヴが決定。
詳細は追って発表。
今のところ最初の2時間はソロでの演奏、後半2時間は共演者を入れての演奏という企画である。
それまでに、へア・スタ・ライヴ3枚組アルバムを完成させる予定。
これには、昨年のニューヨークでのライヴ、築地本願寺でのライヴなどを収録する。
京都で録音機材が盗まれなければ、さらに充実したないようにできたかもしれないと思うと、犯人の罪の大きさは金額では計れない。
ただまあ、ようやく録音機材を買ったので、今後は大丈夫。
ちゃんと使えるといいのだけど(笑)。

そんな1日の終わりはこのアルバムにて。

wooden.jpg

Wooden Shjips →

現代サンフランシスコのスーサイド。
後期のジーザス&メリー・チェインとラ・デュッセルドルフが合体したかのような曲もある。
要するに単調なビートと深いエコーのボーカルの組み合わせ。
アメリカ人だけにやはり凶暴である。
でかい音で聴けば聴くほどエッジが際立つ。
スーサイドほど50年代、60年代の影がないのが現代的、というところだろうか。

7月14日(火)

少し時間ができたので最近は試写にも通ったりしていたのだが、そうなるともう、試写に行くだけでギャラを要求したくなるほど時間がなくなるのであった。
一体世の映画ライターの方々はどうやって生活しているのであろうか?
まあ私が、あれこれやりすぎているのがいけないんだけどねえ。
というわけで、今後の作業を考えると、すでに試写に通える余裕なし。

本日は最後の試写。
ではなく、東京の夏音楽祭@草月ホールにて、鉄腕アトムの音を作った男、大野松雄さんの初めてのライヴへ。

ギリギリで到着して、いきなり始まった映画が、大野さんが音をつけた血液の凝固に関する科学映画で、これが滅茶苦茶面白い。
そういえば何年か前、ヨ・ラ・テンゴが海洋ドキュメンタリーを上映しながら演奏するというイヴェントをやったときも、あの映画はとんでもなく変だった。
爆音科学映画、というような特集をやったら絶対にみんな驚くと思うんだけどなあ。

果たして実現可能かどうかは謎だが、考えてみる価値はある。
その前に、この大野さんのドキュメンタリーを撮っている冨永に、爆音仕様で作ってくれと頼んだのだった。
来年の爆音映画祭は、鉄腕アトムの音とともに始まる、とかいうことになるとなかなかいいかと思うのだが。

ライヴの方は、何と、テープのスクラッチであった!
あのスペーシーなサウンドは、ほぼ大野さんの手によるテープ操作とエコーによって作られていたことが判明。
人力宇宙の音。
次は、映画でもアニメでもいいので、上映しながらそれにテープ操作で音響を加えていく、というようなところを見てみたい。

それはそれ、私生活では父親の入院によって、一体医療の現場はどうなっていることやら、というような、これを経験した人ならいやはやどこも同じようなものだよと言いたくなるような現実にぶつかっている。
選挙もいいが、医療体制をどうにかしてくれと、これは誰に訴えたらいいのか。
世の中にはいざとなったら戦争、みたいなことを考えている方が数多くいるかと思うのだが、この医療体制じゃあ、すぐに誰も戦えなくなりますよ!
一体、田舎暮らしの金持ちではない老人たちは、こうやって諦めて諦めて、諦め切って死んでいくのだろうか。
とにかく来週は病院に行って、今後の治療や生活についての相談をすることになった。

それからまた話は戻るのだが、本日の草月ホールにて、六本木スーパーデラックスのオーナー、マイクさんに会って、9月下旬か10月上旬にはへア・スタ単独ライヴというのをやろうという話になった。
先日中原と話したときには2時間くらいかと言っていたのだが、何と、マイクさんからの要望は4時間か5時間。
果たして中原は何と言うだろうか?
本気でやれば相当面白いことにはなると思うのだが、その準備をできるほど、boidにも中原にも(経済的)余力が残されているか?
いやはやどんなことになるか、お楽しみに。
しかしまあ、どうしてこう、無茶な人ばかりがいるんだろうねえ(笑)。

7月13日(月)

選挙に行くたびに常にとことん少数派である自分を確認しておしまいでしょんぼりするばかりであるのだが、まあ、いちいち気にしてはいられない。
というわけで、月曜日ということもあり、幾分前向きに各所と連絡取り合う1日であった。

そうそう、ついに『大音海』の入力が終了。
よくわからないのだが、総文字数は一体どれくらいになっただろうか。
結構ぎっちりと詰め込んだレイアウトにして、1冊200ペーくらいに収め、それが15冊くらいになる予定だが、それもまだ現時点では不明。
この夏の編集作業にすべてがかかる。

しかしそんな緊張感も、サーフィン映画がすべてを解放してくれる。
『ステップ・イントゥ・リキッド』の監督デイナ・ブラウンの最新作『ハイ・ウォーター』。
この人の映画は、前作の『ダスト・トゥ・グローリー』というバイク・レースのドキュメンタリーもそうなのだが、たぶんフィクションにしてしまうとあまりに古くさく思われてしまうような、かつてのハリウッド的な物語があって、それと、あの地鳴りのような波の音がうまくマッチすると思わず泣けて来るのであった。
今回はビデオでの上映だから、あの地鳴りを爆音で思う存分出そうとすると、ナレーションやそれぞれの発言にまで影響が出てしまうから、おそらく爆音ではまともに上映できないのが残念。
フィルムで5.1チャンネル処理してくれていたら・・・

でもまあとにかくこれを見たら、誰だってサーファーに一度はなってみたいと思うよねえ。
高円寺でレコード聴きまくっている間に海に行っていればと、今更ながら思うものの、当時はまったくサーフィンなんて興味なかったから。
ただ、それでも心動かされるのは、おそらく波の撮り方、編集の仕方が、他のサーフィン映画よりちょっとだけ丁寧で、ヘリコプターからのショットを多用できるなど、多少予算が大きいからなのだろう。

それからようやくディランの新譜を聴いた。

dylan1.jpg

トゥゲザー・スルー・ライフ →

ざっと聴いた印象なのだが、かなりいい。
かなりいいのだけど、もう、これらの曲は誰からもカヴァーされないだろうなあと思った。
トム・ウェイツもそうなんだけど、ディランがいなければこれらの曲は成立しないというか、ディラン本人と歌の境目がほとんどなくなってきているような、そんな感触を得た。

7月11日(土)

いい加減カラッと晴れてほしいなあ、というのは夏を東京で過ごす以上無理な相談。
しかも前の家の新築工事が始まって、毎朝8時過ぎにはガシガシと始まるわけだから、もうそれくらいから、おちおちと寝てもいられない。
って、まあ、普通の人は8時前から起きてるからねえ。
文句も言えない。

まあ天気のせいでもないのだが、このところ私の周りではいろんなもやもやが渦巻いていて、一番大きいのは実家問題ではあって、今週末も一体どうするべきかまったくはっきりしないまま。
とりあえず私は、病院からの連絡があり次第実家に戻るという状態で、その他になす術なし。
爆音地方出張も、機材関係及び人的な派遣関係が未だ解決せず。
とにかく大変な出費と、人的な苦労がともなうのだ爆音は。
そんなことを訴えてもどうにもならないので、これまでもこの日記で、大変だとは言い続けてきたのであるが、実際問題普通の映画館じゃできないです。
だからやはり、こちらが地方出張するのではなく、やはり、夏フェス感覚で全国からいろんな人がやって来る、というような仕様に爆音上映をしていく方が現実的ではないかと思い始めている。

そうです、だから、フジロックやサマーソニックへ行く前にバウスに寄って『NOISE』をいかがでしょうか。
うーむ、4週間限定、ということにしておけばサマーソニックに繋がったんだよねえ。

で、本日は『NOISE』初日。
とにかく今のバウスは『エヴァンゲリオン』一色で、もう端から見ていても呆れるくらい人が来ていて、この人たちの中にソニック・ユースのファンが5パーセントでもいてくれたらと思うばかりなのだが、世の中は甘くない。
こんな音でこういう風に彼らの演奏を見る機会はまたとないんだけどねえ。
せめて、昨年と今年のオリヴィエ・アサイヤス特集に来場された方たちがこぞって来てくれたらと思うばかり。
同じオリヴィエ・アサイヤスの映画なんだけど、やっぱり「ライヴを撮ってるだけじゃん」とか思われてしまうのだろうか?
例えそうだとしても、この映像と音の関係は、やはりオリヴィエならではのものになってるんだけどねえ。
そういうことがまだまだうまく伝えられていないのだろうと、深く反省するばかり。

ああそれから、パンフレットのサイズが小さかったためか、もしかするとほとんどの人がその存在に気づかぬまま劇場をあとにしてしまったかもしれない。
小さいですが、出演者に関する詳細な解説、オリヴィエ・アサイヤスによるこの映画に関する文章、それからジム・オルーク・インタビューなどが載ったパンフ、300円という超格安で販売しています。

帰宅後はこれ↓を聴いた。

levon2.jpg

electric dirt →

レヴォン・ヘルムの最新作である。
病気だという話をだいぶ前に聞いた気がするのだが、2年連続して新作を発表するという気力はどこから出て来るのか。
あるいは、生きている時間もあとわずか、という自覚が創作意欲をかき立てるのだろうか?
今回の後半など、完全西を意識しているとしか思えない曲が並ぶ。
ただそのくせ、ウォーレン・ジヴォンの遺作のような、どこか周囲も気を使ってしまった感がないのがいい。
音も厚い。
というかまあ、これが遺作と決まったわけじゃあないしね。
私が勝手に変な妄想を抱いているだけだから。
こういうアルバムも、日本じゃあ、というかほぼ世界的に、ほんのわずかしか売れないんだろうねえ。
ああそうそう、1曲目はいきなりデッドですよ、「Tennessee Jed」。

YouTubeにあった、デッドの「Tennessee Jed」を。

ついでに、デッドがザ・バンドの「ザ・ウェイト」をカヴァーしたものも。
ザ・バンドみたく、みんながソロをとっている。
ガルシアのギター・ソロがやたらと気持ちよし。

先日ちょっと思いついたのだけど、カヴァーしかやらない湯浅湾のライヴってどうでしょうねえ。
まあ、笑い事じゃないほど練習が大変そうだけど。

しかしそんなことより、まずは『NOISE』です。
『夏時間』を見た人も『クリーン』に行こうと思っている人も、フジロックやサマーソニックに行く予定の人も是非。

7月10日(金)

台風のときみたいな生暖かい風がびゅーびゅー吹くものだから、落ち着いて寝てもいられない。
何度も目が覚めるが、一方、死ぬほど眠くもあり、目覚めるたびにすぐに深い眠りに落ちるのであった。
おかげで出社は2時くらいになってしまった。
爆音調整の翌日は、まあ、こんなものだろう。

事務所では、真夜中の湾祭りチラシ&boid paper オリヴィエ特集3号目の関係者発送作業、そして、納品された『NOISE』Tシャツ整理。
Tシャツの一般販売はグレーですが、バウスでは赤も売ります。

で、まあ、作業しながら聞いていたのは、下記のアルバム他。

haedcoats.jpg kimlenz.jpg

Elementary Headcoats →      It's All True →

ビリー・チャイルディッシュ率いるヘッドコーツはもう解散してしまったけれど、トラッシュメンからクランプスまで、アメリカのロックンロールとガレージその他を、海の向こうで浴びるように聞いて、その距離感とともに作り上げたロックンロール・イギリス版。

もう1枚のキムさんはと言えば、ジャケットからは到底分からないだろうけど、つい先日発売されたばかりのアルバムで、バリバリの現役。
オーソン・ウェルズ好きは「おお」と思うタイトルだが、ウェルズさんを意識していると言うより、ウェルズさんと同じようなスタンスで、「オリジナル」に向き合っている人だからこそ出てきたタイトル、と言うべきだろう。
YouTube に載っているライヴがすごくいいのだ。
クランプスもなくなり、ロバート・ゴードンもどうなってるか分からない今、来日が待たれるが、誰も呼んでくれないだろうねえ。

それから、暑いとか湿気がとか、グダグダ言ってばかりいても誰も助けてくれないので、CDを作ったり、Tシャツを作ったり、細々と働くboid。
ようやくあれこれが形になり始め、本日、トップページにTシャツ諸々をアップした。
まあ、こんなに細かくやらなくても、とか言われそうではあるのだが、こちらの貧乏性と貧乏の現れと思っていただきたい。
というか、どうせならいろんな色やデザインがあった方がきれいだしねえ。
しかしboidはアパレルではないので、へア・スタの『Expanded Pussies』、湯浅湾『港』をまずはお勧めします。

『Expanded Pussies』はこちらに16日に納品。
予約された方にはすぐに発送します。
Tシャツは、17日発送です。

で、18日のスーパーデラックスでのライヴにても、それらを販売します。
その日のライヴは、スーデラの各所に設置されたスピーカーを使ってのものになる模様。
1時間というへア・スタにしては異例の長さのライヴとなるので、非常に実験的かつ濃密な時間となることは間違いないと思う。

7月9日(木)

いやあ、こう湿気ちゃあ、グダグダにもなるよねえ。

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しかしまあ、この格好だと涼しいのだろうか。
それとも昨夜から結構な下痢をしていて私を糞尿まみれにした(大げさ)、その腹の調子がまだ悪いのだろうか。

午後からは2日連続でソニー試写室なり。
『キャデラック・レコード』。
シカゴのチェス・レコードの物語である。
一昨年のモータウン物語『ドリームガールズ』のヒットにあやかっての、ブラック・ミュージック探求、ということになるのだろうか。
『ドリームガールズ』でも主演したビヨンセが、こちらは出演だけではなく製作も兼ねる。
その辺りがポイントで、どちらかというとフィクション性を強調して役名も実在の人物とは変えた『ドリームガールズ』に対して、こちらは役名も、実名そのまま。
マディ・ウォーターズ、リトル・ウォルター、ハウリン・ウルフ、チャック・ベリー。
そのままの名前で出てくる。
たぶんそのまじめさというか、事実を語ろうという姿勢が、物語の大胆さをなくしてしまっているというような、何だかまじめな映画批評家みたいなことを言いたくなってしまうような前半。

しかしようやく満を持してエタ・ジェイムズ役のビヨンセが登場すると、物語が動き始める。
というか、ビヨンセの性格きつそうな表情をクローズアップして要所要所に置くものだから、こちらもその度にハッとするというわけである。
そのくせ、歌声はメロウ。
ジャニス・ジョプリンが切なくハードに解釈したエタ・ジェイムズを、こちらは優雅さと気品を際立たせる。

ビヨンセが出て来るまでは、ソニーの上映料の高さを考えると、とてもじゃないけど爆音じゃやる気はしないなと思っていたのだが、このビヨンセを見ると、無理してできるなら無理してもいいか、という気になってしまうからいい加減なものである。

しかしである。
実はこの映画はチェス・レコードのアーティストたちの物語であると同時に、社長の物語でもあるわけで、ことあるごとに前借りしに来るマディ・ウォーターズに対応する社長の態度を見ながら、滅茶苦茶シンパシーを覚える私であった。
だから途中で、絶対に白人や社長には借金しないと言い切るハウリン・ウルフが出てきて、そんなことをしている限り自由はないとか言われると、いやいや、そんな言い方しなくても、こちらは全然そんなつもりじゃないから、とか何とかぶつぶつとつぶやいてしまうという次第。

こうなってくると、アトランティック・レコード物語とか、スタックス物語とか作ってほしい気もするが、結局はエルモア・ジェイムズのレコードをギターケースの中に入れて旅する教師役をジョン・トラボルタが演じた『過ぎ行く夏』が一番面白かったなあ、ということになってしまうような気がする。
というか、『ブラック・スネーク・モーン』の字幕付きのプリントがもう日本にはないという事実が、何ともやるせない。

で、まあ、深夜の『NOISE』爆音調整へと突入するわけである。
本来なら、4月末の爆音試写のセッティングでやればいいだけなのだが、やはりまだ心残りもあり、再調整。
ちょっと前まではもううんざりするほどやった調整だが、何だかすごく久々のような気がして、バウススタッフたちと、始まる前から妙に和んでしまう。
不思議なものである。

でも音が出始めると身体がシャキッとなるからこれまた不思議。
結局、試写のときよりさらに音をでかくして、中音の下の方のレベルをあげた。
いよいよ音が生き物のように動き回り始め、みんなで最後まで見てしまう。
何だかやたらといい映画になったのである。
変な言い方だが。
完全にこちらの視覚が変わった感じ。
もったいないので、本当にお見逃しなく。
ロック系の音だけでなくアフリカ・チームの柔らかく豊かな音に包まれる瞬間も、何とも言いがたし。

しかしどうやったら人は、映画を見に来てくれるんだろうねえ。
音楽ファンが映画を見に来るきっかけ、映画ファンが音楽映画を聞きに来るきっかけを作ろうとあれこれじたばたとし続けているのだが、どうもまだ力及ばずといった感じが拭いきれない。
公開前はどうしたって不安になるものなのだが。
今日の爆音調整を見ると、これなら絶対に見に来てくれた人は喜ぶはず、もうこれ以上じたばたしなくても映画が人を呼んでくれる、そうでないとこの映画に対してあまりに失礼だとは思うものの、とにかく最初に見に来て知り合いたちに伝えてくれる人がいなければ。
皆様とりあえず「ものは試し」でも構いません。
まずはこのライヴを聞いて、見てみてください。

で、まあ、その勢いで、8月22日へ突入できたらと思う社長の夜であった。

7月8日(水)

2年越しの企画に更なるアイディアを思いつき、これなら何とかなるんじゃないかと思い始めるが、まだ妄想の段階。
とはいえあとは相手の返事ひとつなのだが、そう簡単なことではない。
爆音地方出張の件も、ジワジワと進行。
根気も必要だが、どこかで一気に畳み掛けてやらねば。

夕方から、もう多分移転してから1年くらいなるんじゃないかと思えるのだが、初めてのソニー試写室にて、トニー・スコットの新作『サブウェイ123 激突』。
デンゼル・ワシントン出演のパニック映画、ということだけを把握していて、いつか見てやろうと思いつつそのままになっていたところ、原稿の依頼がきて、試写状を良く見たら監督がトニー・スコットで、編集者とのメールのやり取りの中で脚本がブライアン・ヘルゲランドということも判明。
なんということだ、それなら一刻も早く見に行かねばと、本日のソニー試写室初体験となったのだが、気がつくと、ジョン・トラボルタも共演だった。

しかし、このデンゼル・ワシントンは、何も知らないでみると、若返ったモーガン・フリーマンみたいに見えて、どうも変な感じがするだけではなく、髭やメガネの感じが、犯人役のジョン・トラボルタとよく似ている。
内容もまた、一体誰が何のために何をどうしていて、結局は誰が得をするのか、その善と悪との境目をはじめあらゆるものの境界線が曖昧になっているから、まるで、リドリーの方が監督した『アメリカン・ギャングスター』のデンゼルの亡霊がここにいるかのようにも見えるのであった。
『アメリカン〜』のスティーヴン・ザイリアンといいこのヘルゲランドといい、アメリカ映画の良心的な脚本家たちの作品は、アメリカの正義の不在を、このような曖昧な物語という形で描くばかりである。

しかしとはいえ、『サブウェイ・パニック』のリメイクなんだねえ・・・

一方トニー・スコットの方に注目してみると、映画が描く時間、私たちが実際に生きている時間、私たちの気持ちの中だけにある時間、それぞれが抱えている時間など、いくつもの強度と密度の違う時間を地下鉄の中に流入させることで、その人工的な空間をひとつの生き物のように描きたかったのではないかと思った。
まあ、勝手な思い込みに過ぎないかもしれないのだが。

試写終了後、すでに日の暮れた神谷町、ホテルオークラ周辺の起伏も多く曲がりくねった道を歩いていると、何だかそこも地下鉄の線路の中のような気がしてきた。

帰宅途中にメールを見ると妹からで、どうやら父親の様態がまた悪くなっているらしい。
先日実家に戻ったときも、急激に弱ってしまっていて今後どうしたものかと思っていたのだが、現実はそんな猶予なし。
帰宅後は各所に電話して、入院その他、諸々の準備と手配をしたのだった。
とにかく今のままだと、肺は内科、腰は外科、血尿は泌尿器科でしかも病院も違い、細部ばかりが見えて全体の見通しがまったくつかない状態。
それをまずは一本化して、全体から細部を見る状況へと移さねばならない。
果たして今更間に合うかどうかは謎だが、とにかく地下鉄の中から出なければと思うばかりである。

ちなみに『サブウェイ123』の「123」は、「ひゃくにじゅうさん」と読むのだそうだ。
映画の中では「ワン・トゥウェンティ・スリー」と発音していた。
1時23分発の列車の呼び名である。
果たして上映時間は123分だったかどうか・・・

7月7日(火)

今日くらいスッキリ晴れてくれるなら、まったく問題なし。
まあ、仕事する気はなくなるけどねえ。

というわけで、サーフィンの季節である。
『バスティン・ダウン・ザ・ドア』→
今年初めての新作サーフ映画の試写。
ほぼ満員の場内で、色白なのは私を含めて2、3名という色黒率の高さ。
恥ずかしい限りである。

でもまあとにかく1年に何度かはこうやってサーフ映画を見て、都会で生きる生き方とはまったく違うものを身体に注入しておかないとねえ。
この作品は、70年代のハワイで起こったサーフィンの変化と事件にまつわる詳細を当事者たちの証言によってまとめたものだが、多くのサーフ映画のユルユルなまとめ方とは違い(あの緩さも時に本当に救われるときがあるのだが)、きっちりと構成されている。
何しろナレーターはエドワード・ノートンだったりするわけだから、そりゃあまともな「語り」を入れないわけにはいかないのであった。
『Dogtown & Z-Boys』のショーン・ペンの役割である。

だからサーフィンのことやハワイの歴史を知らないものにとっても70年代のハワイで、サーファーたちが何をしていたか、何を考えていたかがよくわかるのである。
サーフィンのドキュメンタリーの場合、伝えたいことは基本的にどれもほぼまったく同じで、つまり「サーフィンとは生き方の問題である」というただそれだけ。
ただそれだけのことをさも快適そうにユルユルと語るものだから、周囲からは単なる気の抜けた快楽主義者みたいに見られてしまうのだが、しかしこれだけいろんな人が繰り返し繰り返し同じことを語ることになってしまうほど、その「ただそれだけのこと」は困難であり簡単には続けることのできないことでもある。
サーフ映画の根幹には常にそれがある。
だからサーフ映画はどれも失敗作でありそれゆえ成功作でもある。
続けていれば、失敗もあり成功もあるからだし、失敗を続けることが成功でもあるからだ。
その意味ではほとんどロックンロールと同じ。

というわけで、boidの爆音上映も定期的にサーフ映画をやっているわけだが、まあ、動員の関係もあって(笑)、今年はお休みして来年こそと思っている。
今年は8月22日がサーフ・イヴェントのようなものだし。
なんてことを書くと、爆音サーフのときみたいに人が入らないのか!と、突っ込みを入れられそうだが、いやそんなことはない、22日は超満員で夏の終わりを爆音で楽しみましょう。

しかしこの映画はいきなりレナード・コーエンが流れるんだよねえ。

どうやら8月末の名古屋シネマテークは、1週間の半分は『冷たい水』で、残りの半分はこの映画ということになるらしく、レナード・コーエンの流れる映画2本で1週間。
特にそこには何の意味もないが、一体この2本の映画でコーエンの曲がどのように、どんな場面で流れるかを見比べてみるのもいいのではないかと思う。

ああそれから、『NOISE』のTシャツだが、グレーだけではなく、急遽、赤を追加してみた。
たぶん、これはかなりいい感じになるんじゃないか。
試しに作るものなので、数に限りあり。
劇場で見かけたら是非お試しを。

7月6日(月)

特に大したことはしてないにしても、休日を実家に戻って両親の様子伺いなどしていると、やはり月曜日はきついねえ。
こんな(↓)姫2号と代わりたいものである。

hana0706.jpg

何故か最近はバケツがお気に入りで、気がつくとここで丸くなっている。
涼しいのだろうか?

こちらはバケツには入れないもののボーッとしまくりで、しかしまあ、あれこれと事態は進む。
五木田さんデザインの湯浅湾Tシャツもいよいよ入稿間近。
8月22日の湾祭りのチラシは入稿。
虹釜君の「薬草バー」の出店も決まる。
先日の円盤ジャンボリーでは、「パリペキンとトルネードみかん」とか「スパイシーパワートマト」とかいうブレンドが人気だったとか。
一体何がどうなっているのかよくわからないのだが、いずれにしても、当日は薬草パワー全開の「湾祭りスペシャル」を期待したいものである。

一方、出張爆音上映がいよいよ具体化している。
もうすぐ正式発表できそうではあるが、ただ、とにかく機材が本当に揃えられるか、予算の範囲内で何とかなるかなど、とにかく一度下見に行ってからでないと確定はできない。
うまくいくといいのだが。

夜は原稿の準備として某作品のDVDを借りるため、本当に久々に新宿TSUTAYAへ。
今年初めてのレンタル。
自分でも呆れるが仕方がない。
もうすっかり様変わりしているかと思ったら、案外そうでもなかった。
しばらく前は、2、3ヶ月行かなかったら店内の風景が大きく変わっていて、その度に呆然とする(ちょっと大げさ)という感じだったのだが、何だかちょっと時間が止まってしまったような気配がするのはなぜだろう。
もはや洋画コーナーには未来はない、ということなのか。

帰宅後、すぐにDVDをチェック。
忘れていたこと、見逃していたことをあれこれ思い出し、発見する。
たぶんこれで3度目の見直しになるはずなのだが、バカなんじゃないかと思うほど、いろんなことを忘れている。
愕然としつつ、まあ、その度に面白く見ることができるからいいやと、身勝手な納得をしてやり過ごし、しかしすでに新たな発見、記憶の復活もまた、霞の彼方に・・・
映画もまた、そのような映画なのでそれはそれでいいのだろう。
でも、記憶喪失ものではありません。
どちらかというと『クローバーフィールド』に近い。
さて、この作品は一体何でしょう?
ヒントはビーチ・ボーイズ。

ああ、あと、『NOISE』Tシャツも完成。
その画像は『NOISE』HPにて→

7月3日(金)

本日は実家なり。
もうちょっと早く事務所を出られると思っていたが、結局中原もやってきたりしてグズグズとしてしまった。
昨日の一件も含め、この非常事態をいったいどうしたらいいのかとあれこれ話すが、今後の展開のためにはもうちょっと時間がかかる。
でもまあ、あまり呑気に構えているわけにもいかず。
とはいえboidだけで何とかなるようなものでもなく、今後、さらに皆様に迷惑をかけお騒がせをすることになるだろう。

湯浅湾は三軒茶屋にてライヴ。
そのころ私はガラ空きの特急かいじで甲府に向かっている途中であった。
単に遊びに帰るんだったらいいんだけどねえ・・・

それから、『NOISE』の予告編別ヴァージョンを、公式HPにアップした。
ミラー・ダッシュ、テクスト・オブ・ライト、メトリックのライヴ・シーンをそれぞれ2分くらいずつピックアップしたもの。
見てみてください。
これはやはり爆音で見なくっちゃと、思うでしょ???

いずれにしても、boidはしばらく爆音にてノイズを撒き散らすことに終始することになる。。
そのノイズとともに生きることが『クリーン』では示されている。
いや、とにかくどっちも何度も見てください、ってことです(笑)。
でもって、今の日本に何がかけているか、何をしなければならないかをじっくり、大急ぎで考えていただけたらと思うばかり。

7月2日(木)

昼に、曲がりなりにも物書きを生業としてそこそこの期間を過ごしてきた者にとって、衝撃的な知らせを受け取る。
いつかはそういうこともあるだろうと思ってはいたが。
なんか、すべてこの不景気を理由に、これまで排除できなかった社会的な残余を一気に除去しようという動きが出ているのかもしれない。
ノイズキャンセリングはヘッドホンばかりではなく、確実に身の回りにも浸透してしまっているようだ。
でも、いくらキャンセルしたってノイズは消えるわけではなく、そのクリーンな世界の外側にたまっていくだけなのにねえ。
たまったノイズは戦争でもして燃やしてしまえばいい、ということになるのだろうか。
恐ろしいことである。

午後は湯浅さんが来て、8月22日のチラシ作りと、明日のライヴで販売する「気刊ノーコン」2号製作。
いよいよ雑誌も手作りでやらねばやっていけない時代となった。
いつの間にか、「大音海」も手書き、手作りになっていたりして、という話も出る(笑)。

夜は、安井君、それから『ハート・オブ・ザ・チーム』の翻訳も手伝ってもらった、映画の字幕翻訳者松崎君と食事。
翻訳の世界の過酷な現状を聞くにつけ、ここにもまた、ノイズキャンセリングの嵐が吹き荒れていることを知る。

7月1日(水)

8月22日の真夜中の湾祭りの詳細がほぼ決まる。
出店は、なぎ食堂、円盤、他。
演目は、湯浅湾ライヴが大体2時間強。
スタートは12時くらいからだが、オープンは11時くらいからで、バンドのセッティングやリハーサルも、すべて公開で行う。
バンドも、見る方も適当にやって来て、適当に始めて、気がついたら本番で、ということになるのであった。
ただ、もしかすると、2時間強をぶっ続けでやらないかもしれない。
その間に、別の演目が入って、その前後2時間強を湯浅湾、となる可能性もあり。
すべて、当日のゲストの大友さんの都合次第ということになる。
そうです、ゲストは大友さんで、リハの時間は別の仕事をしていて、その仕事を切り上げたところでバウスへ到着。
そのまま湯浅湾に合流、という予定。
ただこれも、あくまでも予定。
どういう形での参加になるかは、当日次第ということになる。

それから、湯浅湾のあとになるか、湯浅湾の途中になるか、小説家のいしいしんじさんが、現場で小説を書きながら爆音で朗読する。
爆音朗読&現場小説、ということになるのか。
現場小説&爆音朗読か。
それが30分ほど。

そして、いしいさんも参加しての爆音レコード鑑賞会。

こんな演目がどう受け止められるか分からないが、こんなことどこでもやっていない、というものにはなる。
いかがでしょうか。
ダラダラと、グズグズとやって来てみてください。
でも、本当にどれも面白いと思います。

午後からは、『3時10分、決断のとき』。
ラッセル・クロウの写った試写状を見てほとんど見る気を失せさせていたのだが、よく見るとジェームズ・マンゴールドの監督である。
そうなると見ないわけにはいかない。
見に行ってから、エルモア・レナードの原作であることに気づく。

しかしまあ、隣のオヤジはよく寝る。
さすがにいびきが気になる。
前の席の人たちには、まるで私がいびきをかいているように聞こえているのだろうかと思うと気が気ではないが、オヤジは当然の如くそんなことはおかまいなしである。
こんなときは「爆音上映だったらなあ」と思う。

それはそれ、エルモア・レナードの小説はこれまでも数多く映画化されているが、どうも映画と相性が良さそうで悪いのではないかと、いつも思う。
だれがやっても、複雑な人間関係や全体の構図の面白さばかりが見えてしまって、その映画固有の時間のようなものがどこかに行ってしまうのだ。
それとも近年のアメリカ映画の傾向なのだろうか。
ロン・ハワードも、ちょっとした小道具の使い方だけで一気にその映画の全体やすべての歴史を見晴らしてしまうような開けた視界を持つショットやを撮らなくなって、あらかじめ目の前に広がっている道筋のどれを選ぶかというその連鎖だけで映画を語るようになってしまったしねえ。

そういえば、青山がオリヴァー・ストーンの『ブッシュ』についてオリヴァー・ストーンの力が落ちてしまったのか、というようなことを書いていたのだが、オリヴァー・ストーンだけではなく、このジェームズ・マンゴールドにも同じようなことを感じたりする。
で、なんと、両作品ともカメラマンがフェドン・パパマイケルなのだった。
まあ、マンゴールドはこのところずっとパパマイケルなんだけどねえ。

事務所では中原がへア・スタのニュー・アルバムのジャケットの仕上げ。
これがまた・・・(笑)、ねえ・・・。
内ジャケはもう、単に大塚に対するセクハラなんじゃないかとさえ思えるような、卑猥画像を使う使わないで大騒ぎとなったのであるが、結局使いつつも作品としてはひとつの形ができ上がったところでやっぱりその画像は使わないと言い出し、なんだやっぱりセクハラだったんじゃないかと、そんなセクハラ疑惑を抱いたまま、私は、別件にて、データその他を受け取るために事務所をあとにしたのだった。
その後、果たしてどうなったか・・・