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boid日記 2009年8月〜9月

boid日記
text by 樋口泰人


8月29日(土)

朝10時、新宿発のあずさに乗って山梨へ。
バタバタとホームを歩いていたら前方からどこかで見た顔が。
いしいしんじさんであった。
いしいさんはやはり同じあずさにて長野でのイヴェント出演とか。
変な偶然があるんだよねえ。
とりあえず京都での再会を約束して、私は、明後日の渡仏(1年間の留学)をひかえた甥とともに、父親の病院へ。

父親は予想以上に元気であった。
孫(甥)のてを硬く握りしめてあれこれを話し始めること10分ほど。
こんな時でしか見ること聴くことのできない風景であった。
思わずもらい泣きしてしまう。

その後、ケア・マネージャーさんとの今後の実家での受け入れ態勢についての話し合い。
とにかくさまざまなサーヴィスはあるが、あとはどの程度の容態かによってその回数が決まってくる。
それ以上を求めるなら実費がかかる。
逆に言えば、老後の蓄えがないと、必要なケアが受けられないということにもなる。
それらのシステムに関しては、とにかくよりよいシステムをというふうに言うしかないのだが、そうではない部分、例えば介護する家族を取り巻く問題などは、ちょっとした助け合い、人と人との関係によって助けられる部分が大きい。
私は今、母親に、一人暮らしをしている母親の妹と一緒に住むように勧めているところである。

しかし、家族もなく知り合いもほとんどいないという方もいるわけだから、そういったちょっとした助け合いもまた、容易なことではないのだった。
だがとにかく、「他人の力で生きてなんぼ」というおおらかな生き方が世に広まることを望むばかりである。

とはいえ、『クリーン』である。
本日は日帰りだったため、帰宅後、せっせと各所にメール。
皆様に知人・友人引き連れて駆けつけてくれるよう、選挙最終日のお願いコールみたいなものである。
ほんとに、皆様、よろしくお願いします。
たぶん、民主党が政権をとるより『クリーン』に大量動員があった方が世の中変わると思います。
こんな言い方しかできないのがもどかしいのだけど・・・

8月28日(金)

9月27日のヘア・スタ・ライヴのチラシが出来上がってきて、各所に発送作業。
その後、デザイナーの倉茂君がやって来て、『12枚のアルバム』のデザイン打ち合わせ。
『作業日誌』よりさらにジャンルがしぼられ固有名もコアな人たちになっているため、とりあえずの間口は狭いのではないかという恐れもあって、若干高めの値段設定で部数をしぼって発売しようと思っていたのだが、倉茂君の提案もあり、とりあえず2000円を切る値段設定でデザインも行なうことに決定。
CDの場合は経費もそれほどかからないし、売れる枚数も大体想定がつくので大ざっぱな決め方で薦めることはできるのだが(まあ、それが問題、ともいえます(笑))、書籍は経費がそれなりにかかるのでそれを回収するための値段設定と印刷部数で大いに頭を悩ますことになるのだった。
しかしものの値段というのは一体何なんだろうねえ。

とはいえ、スケジュールを確認していくともうほとんど時間がない。
発売日は11月5日。
10月29日に発売記念イヴェントを、この本の舞台となった池袋ジュンク堂で佐々木敦君をゲストに迎えて行なう。
そのときに先行発売(たぶんサイン付き)あり。

倉茂君は「気刊ノーコン」をいたく気に入った様子。
こういう本作りがあちこちで始まっていけば少し世の中変わるだろうという話になる。

そうそう、「ノーコン」受け取り希望の方々からの申し込みがボチボチと来ている。
今週は大塚も湯浅さんも夏休みだったので、作業は来週。
来週末くらいに発送できるかもしれない。
遅くても再来週か。

その後、旅行帰りの大塚がやって来て、受注生産Tシャツの注文作業をしているときに、問題発生。
要するに、1枚単位で注文を受けてくれる工場のボディのストックがなくなり、どうやらそれがほぼ完全にこの後も入荷しなさそうなのである。
何度か同じようなことがあり、今回は入荷切れがないボディでということで結構仕入値の高いボディを選ばざるを得なかったのだが、それでもやはりダメ。
やはりこのままのシステムだと受注生産でboidが注文を受けるのはかなり難しいかもしれない。
したがって近々このやり方でのTシャツは発売終了になると思うので、とりあえず迷われている方はお早めに。
既に「エスプレッソ」はボディの入荷見込みなしのため受付終了です。

そしてその後、中原が新しくでき上がった音源を持ってやってくる。
これがまた、太く優しい広がりのある音で、ノイズでもなくテクノでもなく、もしかすると一番近いのが60年代のサイケデリックのさらに辺境にあったかもしれない音。
当時の可能性の広がりを今ここで偶然救い上げてしまったかのような・・・

しかし一体これをどうやって商売に結びつけていったらいいのか。
だって、3枚組のライヴ・アルバムも10月8日に発売だし(これは9月27日のライヴで先行発売)、これじゃあもうほとんどマンスリー・シリーズと同じペース(笑)。
うーむ。
とりあえずガンガン発売するのでガンガン買ってください。
聴けばさらにその他の音楽ばかりでなく世の中で流れている音の聞き方も変わります。

しかも今後は、ベルギーでのアナログ盤LP発売のための音作りに、ニュージーランドでの7インチ盤のための音作りも待っていて、それらも年明けくらいには発売になる。
どうやら絵の展示も10月以降あれこれあって、いよいよ中原も混乱してきているのだが、私の方も誰に何を連絡したのだったかが増々分からなくなってきている。

でもまあしかし、混乱したまま『クリーン』へ!
この夏は我が家は一家でサンフランシスコに行って、ラストシーンのあの風景に浸ってこようとしていたんだけどねえ・・・
明日は24時間テレビもあり、高円寺では阿波踊りもあり、原宿VACANTでは『赤ずきん』の上映や青山と長嶌のライヴもあるが、どれも『クリーン』を見てからで間に合います。
まあ、日曜日に、選挙行ってからイメフォへ、あるいは逆、というのでも。

どうなんだろう。
長蛇の列で全然入れない、とかいうことにはならないだろうか・・・

8月27日(木)

気がつくともう明後日から『クリーン』上映開始、ということで焦ってあれこれやってみるものの、何だか、この4年間のboidのすべてがここにかかっているようで、どうも文章が重くなってしまっていけないねえ。
本日も、某サイトへの追い込み原稿を書いたのだが、文字数がまったく収まらず。
あまりにこちらの思いが強いと、単なる押しつけになってしまうので気をつけないと。

とは言いつつも、土曜日からです。
皆さん、とりあえず見に行ってくださいねー。
すべてはそれから。

私も土曜日の初日には行くつもりでいたのだが、イメフォではなく山梨方面に変更になりそう。
日曜日のイヴェントにはギリギリ間に合うように帰って来るつもりである。

それから、先日の日記で書いたジョー・ヘンリー・プロデュースのアラン・トゥーサンのアルバムを買わぬうちに、今度はヘンリーさん本人のアルバムまで発売になったとの報告あり。

joe_h.jpg
ブラッド・フロム・スターズ →

うーむ、世の中のスピードに全然追いついていけない・・・
しかも中原からは、これが出たのを知ってるかと↓

recording.jpg
レコーディング・スタジオの伝説 →

こちらは即行でアマゾンに注文してしまった。

うちの父親は腰のヘルニアが悪化して寝たきりになってしまい、本さえ読むのがつらいらしく、ぼーっとしたまま1日を過ごさねばならないためにひたすら鬱になるばかりとのこと。
ならば音楽でもと思うのだが、残念ながら、我が家の両親が音楽を聴いている姿など思い出せず。
まあ、昭和の歌謡曲とかは聞いていたのだろうけど、この際アラン・トゥーサンなど聴かせたらどうなんだろう。
あるいは「ビー・マイ・ベイビー」とか「ラヴ・ミー・テンダー」とか。
うるさくて耳が痛いとか言われるかねえ・・・

8月26日(水)

昨日書き忘れていたのだが、アメリカの健康保険に関するドキュメンタリーを見た。
アメリカの場合は個人の任意の加入制度になっていて、したがって金や仕事のない人は必然的に入れなかったり入らなかったりする。
あるいは入っていても、病気が長引いたりして仕事もできないでいたら保険の保証期間が過ぎて、とたんに医療費がそれまでの10倍とかの額になってしまう。

とにかく自らを守ることのできない人は死んで行くしかないという訳である。
「自己責任」の成れの果ての現実が、次々に映されていく。
もはや他人とのゆるやかな関係というようなものがあり得ない、緊張関係ばかりで成立している世界がそこにあった。

『クリーン』の主人公が体現しているのも、同じような「自己責任」の世界に生きる人の極端な姿だろう。
良くも悪くも自力で生き抜こうとする主人公は、それゆえ生きることの地獄も天国も味わうことになる。
当然、他人との関係も悪化する。
だがその中で生きるしかない以上、ではどうしたらいいのか、というのがこの映画の物語でもある。
こんな身勝手なジャンキーなど勝手に死んでしまえばいい、という言い方もできる。
おそらく生きていくことに関してはジャンキーだろうと役立たずだろうと貧乏人だろうと金持ちだろうと、誰もが必死であることは間違いない。
だからそうやって自分勝手に悲惨な思いをしている人ばかりを特別扱いするのはおかしいではないか。

おそらくそれでもなお、どうしてもこの映画を見てしまうのは、主人公がギリギリのところでなお自分の生きる可能性とそこに欠けているものを探しているからだろう。
悲惨な社会を映し出すドキュメンタリーはその悲惨さを暴くばかりだが、こちらはさらにそこから先を問題にする。
悲惨なことや自分勝手なことや貧乏なことが問題なのではなく、何を求めるか、何を探しているか、自分にとって大切なものは何かを常に見つめ続けることが問題なのである。
それが視界を晴れやかにする。

もちろんその視界の中がクリーンな空間であるというわけではない。
あらゆることが同時に起こる、その騒がしさを受け入れることのできる晴れやかさがそこにあるのである。

主人公がかつてのレズビアンの恋人と彼女のマンションに入る前に、彼女のお気に入りの女性をトイレに閉じ込めているという事態を聞かされた時のふたりのやり取り。
バカバカしさと悲惨さと怒りと悲しみと笑いが同時に起こる。
ああ私たちはいつもこういった場所で生きているのだ、ということを実感する瞬間である。
一体私たちは何をしたくてこんなことをするのか誰にも理解できない、そんな訳の分からない行いを踏みしめながらここまで生きてきたのだ。

本日は、失業中の妻がハローワークで見つけた(たぶん)職の面接に行ったのだが、何と、150人の募集のところに1500人近くが集まったのだという。
半年だったか1年だったかの契約でその後は補償されない事務仕事らしい。
1000人以上が仕事にあぶれ、契約が決まった150人もまた、1年後には新たな職探しをすることになるだろう。
それもまた「自己責任」ということになるのだろうか。

8月25日(火)

本日から大塚が休みなので、今週いっぱいは諸々の業務に遅れが出る。
boid.netの更新も、日記以外はほぼ休止状態である。
とはいえ、今回は病気ではなく通常の夏休みなのでご安心を。

まあ、という訳で、ぼんやりとしながら1日が終わる。

帰宅すると黒猫1日早く復帰。
既に元気モリモリで、ミャーミャー鳴いてうるさい。
仔猫は弱るのも早いが立ち直るのも早い。

ジャームッシュの新作『リミッツ・オブ・コントロール』を見た。
いろんな感想を持ったが、とにかくこのタイトルは、頭脳警察的に言うなら『歴史から飛び出せ』ということなんだよね。
徹底して直裁的な反米映画。
想像力による合衆国最深部への旅。
面白いと思おうが、つまらないと思おうが、とにかくまずは見るべし。
まだ見てはいないが、やはりこの秋に公開の頭脳警察のドキュメンタリーと一緒に見たらどうだろう。

深夜、見舞いがてら実家に戻っていた妹から父親の様態悪化の知らせ。
まだ今日・明日を争う訳ではないが、本人は相当参っているらしい。
姪には遺言を託したらしい。
週末、姫1号を連れて様子を見に行くしかなさそうな気配。

しかし自らの死を予感しながら、日々衰弱して行く自分の身体を確認していくのは、一体どんな気分だろう。
人は意識しようとしまいと、いつか必ず「no limits no control」(『リミッツ・オブ・コントロール』の最後に現れる言葉)な状態に置かれるのであった。

8月24日(月)

猫がうるさい。
といっても我が家の姫2号ではない。
おそらく発情期なのだろう、我が家のすぐ脇で、朝6時前からものすごい声を上げているのである。
まさか姫2号ではと思い眠い目を開けると、姫2号もまた、一体何事かとおろおろしている。
そのおろおろぶりに、ああ、人間の都合で避妊手術をしてしまったおかげで姫2号は既に発情期のことなど忘れているのだと気づかされ、その不憫さにほろりとする。
のだがしかし、こちらはひたすら疲れて果てていて眠い。
残念ながら我が身のことで目一杯なのであった。
発情期の猫は、まあ、しばらくすると勝手にどこかに行ってしまう訳で、はた迷惑この上なし。
しかも2ヶ月ほど前から斜め前方のアパート新築工事が始まっていて、8時過ぎにはその工事の金属音が鳴り響くのであった。

そういえば、以前にも書いたかと思うが、ロッキー・エリクソンのドキュメンタリー『You're Gonna Miss Me』というのがあって、その中で、もはや自力生活のできないロッキーさんは、夜寝るときに部屋中の音の出る機会のボリュームを全開にして、その爆音の中で眠りにつき、朝になり、母がそれらのスイッチを全部消すのが目覚ましという暮らしをしている。

missme.jpg
You're Gonna Miss Me →

一体ロッキーさんの頭の中にはどんな音が鳴り響いているのだろうか?

だがこのドキュメンタリーの最後で、ギターを持ったロッキーさんが静かに歌い始めたとたん、あらゆるノイズがひとつになって「音楽」になり、澄み切った空気がそこに流れるのだった。
こうやって「You're Gonna Miss Me」という歌がときどき頭をクリアにする。
自分がいなくなること、ノイズ、歌、クリーン。

とはいえ目が覚めるととにかく日常は始まっている。
湾祭りは終わったものの、今度は9月27日のへア・スタのマルチスピーカー・ライヴに向けての準備。
マンスリー・シリーズのマスタリングをやってくれた中村さんにも連絡し、当日のチャンネル・オペレートをお願いする。
何しろ、マスタリングとはいえそのマスタリングスタジオこそが楽器となってその場で音楽が発生していたマンスリー・シリーズのことを考えると、中村さんはもうひとりのヘア・スタイリスティックスであり、今回のライヴで初めて、ついに「ヘア・スタイリスティックス」の全貌が明らかになるという訳である。
中村さんの参加はまだ確定ではないが、とにかくスーパーデラックスの天井からぶら下げられた18個のスピーカーを駆使してのライヴは、これまでとは一味違ったものになることは間違いなし。
ものすごい楽しみではあるのだが、その分、一体どうなるのかまったく分からない不安もあり。
こういった実験的な企画を喜んで後押ししてくれるスーパーデラックスに感謝。

その上、3枚組ライヴアルバムや対談集『12枚のアルバム』(仮)の発売など、9月から10月にかけてのヘア・スタは盛りだくさん過ぎ。
絵の方の企画もいくつかあって、そろそろ中原もバリバリと絵を描き音を作る活動期となってほしいものだが、果たしてどうなることか。

帰宅すると2匹の黒猫は復活途上との知らせ。
よかったよかった。
完全復活したら、水曜日には戻ってくるらしい。

そうそう、土曜日のレコード鑑賞会のハイライトは、実はレス・ポールであった。
あの音は本当に驚異的。
バカみたいに「うわー」と驚くしかない。
砂漠に水を巻くような作業かもしれないが、こういう音を地道に各所で響かせていくしかないなあと、あらためて思ったのだった。

それから「気刊ノーコン」をご希望の方、「boid now」のコーナーにて応募方法をお確かめ下さい。

さらにそれから、27日のライヴ・チラシや告知に載っているもうひとりの謎のゲストは、中村さんのことではありません。
出演は決定ではなく、果たして出演するかどうかは当日までのお楽しみ、というくらいに考えておいてください。

8月23日(日)

いやあ、さすがに1日中寝てました。
マジで。

昨夜は、別に自分が何をする訳でもないのにやはりそれなりに緊張もしたり、あたふたしたりして、夕方から本日朝7時くらいまで。
気がつくと夕食をとるのを忘れていて、身体がすっかりひからびている。
でも、終わってみてから振り返っても、いいイヴェントだったなあと思うばかり。

例によって、ソロでは「教訓1」をやり(総選挙前だとさらにこの歌の意味が深まる)、その後湯浅湾とジョイントして「ミミズ」をやった大友さんもノリノリであった。
「ミミズ」はギター3本の音の厚みが、土を食って土に還る「天然耕作機」であるミミズの作る歴史の厚みを感じさせてくれた。

湯浅湾は、あらかじめゆるゆるなライヴというのを打ち出していたのだが、何とかつてない音の纏まりをみせ、それはおそらくバウスのステージの天井の高さとも関係あるのだろうが、「生=そこにあるもの」と「映像=そこにないもの」とがステージ上で出会っているような、美しい音になっていた。

で、いしいしんじさんがステージ上で小説を書きながら朗読するという「その場小説」もまた、この世とあの世の交錯を湯浅さんと大友さんとを主人公にして語るという、まさに「ミミズ」の演奏の歴史の厚みを予感させるような内容で、そしてそれが、既に「あの世」のものであるレコードの数々を爆音で「この世」に引きずり出すという爆音レコード鑑賞会へ繋がる。
SP盤で聴くエルヴィスの「ラヴ・ミー・テンダー」!
音チェックのときに、私の葬式には「ビー・マイ・ベイビー」をと書いたが、このSP盤「ラヴ・ミー・テンダー」もお願いします(笑)。

そして、CDではまったく満足できなかったロイ・オービソンがこの音で見事に蘇り、レッド・ツェッペリン「胸いっぱいの愛を」やシド・ヴァレット時代のピンク・フロイド「シー・エミリー・プレイ」が凶暴に暴れまくる、という事態となったのであった。

関係者の方々、バウスのスタッフの皆様、本当にお疲れさま。
またやれたらいいなあ、と思っております。

で、帰宅すると7時30分過ぎとなっていたのだが、家の鍵を持ち忘れていたことに気づく。
しかし、インタフォンを押しても電話をしても、妻が出てこない。
入り口のところに姫2号は出てきてくれたのだが、2号では悲しいことに鍵はあけられないのであった。
役立たずの姫1号は熟睡中である。
それでもと思い、1号携帯に電話すると何とか目覚めてくれ、無事帰宅。
妻からの置き手紙があり、夜明けに、再度預かり中の仔猫が体調を崩し、病院へ行っているとのこと。
緊急時に、日曜の夜明けでも診療を受け付けてくれる動物病院があるのである。
後から聞いた話では、そんな時間は完全に診療時間以外なのだが、電話をすると対応してくれるありがたい病院なのだそうだ。
こういう場所のおかげで、何匹の仔猫たちが救われたことか。
姫2号も、我が家にやって来る前にはお世話になったかもしれない。

neko0008.jpg

とにかくどこからどこまでも真っ黒な猫で、それが2匹。
緊急入院したのは手に乗せられている方の奴で、その後本日の昼になって、歩いている方のも様子見の入院。
頑張れ仔猫たち。

8月21日(金)

とにかくひたすらグッタリしながら、地味に先々の準備をこなす。
あまりにグッタリなので、目先の「湾祭り」ではなく、そのずっと先に視線を向けていないとぶっ倒れてしまいそうなのである。
咳も治まらず。
うーむ。

とはいえ、明日は何とか大勢の方に見ていただきたいものである。
映画館でライヴをやって、その場小説もやり、レコード鑑賞会もやるというような試みはもう2度とないかもしれず、その意味でも絶対に面白いと思うのだが。

とにかく私も含め、湯浅湾のメンバーもまだまだ奥ゆかしすぎるので、こういうイヴェントを面白そうだと思っても、そういう人たちを実際に会場へと導くほどのホットなものが伝わっていない、というのが現状であろう。
明日は青山ブックセンター本店にて、休刊になってしまったスタジオボイスのイヴェントがあり、松村君はそこに出席してからバウスへ、ということになるのだが、例えば、その会場に来てくださった方達を全員バウスへ連れ込むくらいの勢いがないと、バウスは絶対に盛り上がらないわけである。
終わってしまう雑誌を悼むくらいなら、今俺がやってることをバウスで見てくれ、それでなければこんなとこには来るな、くらいなことを、青山ブックセンターで松村君は言ってくれないだろうか。
まあ、そういったことくらいで人が動くなら、こんな大変なことにはなっていないんだろうけどねえ・・・

夜はバウスへ、明日の打ち合わせも兼ねて。
バウスでは、どうやら「何がどうなったってアニメの勝ち」という状態になっているとのこと。

本日は、これを聴いていた。

t_heads_live.jpg
Talking Heads →

80年の、トーキング・ヘッズのライヴである。
ちょうど、『リメイン・イン・ライト』が出たばかりの頃で、最もファンキーな頃のもの。
日本にもこの後でやって来て、確か日本青年感でのライヴを私も見たが、バーニー・ウォーレルらのファンク勢がブリブリに演奏する中で、なんとなくティナ・ウェイマウスが居心地悪そうだったような記憶がある。
その後のトムトムクラブの結成といった歴史を経た記憶が、そんな記憶をねつ造しているのかもしれないが。

いずれにしてもこのアルバム、録音は相当悪いが(海賊版かと思ったがそうでもないんだよね)、雰囲気はよく伝わってきた。
ただ、こんなに、リズムが走っていたっけ? ちょっとテープの回転を早めていないか? なんて疑問も湧いたが、まあ、こんなものだったかもしれない。
元気づけにはちょうどいい。

そうそう、boidの「湾祭り」ページに書き損ねられていたのだが、チケットは19時からバウスシアター窓口にて販売。
とりあえず、先着35名様には「長山」のCD−Rをプレゼント。
また、入場者全員に、湯浅さん特製の手ぬぐい、それから「気刊ノーコン」3号が配布されます。
手ぬぐいは、途中外出の後の再入場券代わりになります、途中外出の際はお忘れなく。

8月20日(木)

姫2号は、というか猫というものが元々そうなのだろうが狭いところが大好きで、この暑さの中、身体を折り畳んでようやくすっぽりと収まる段ボール箱を昼寝の場所とするのが常である。

私もこうやってじっとうずくまっていたいと猫をうらやむばかりなり。
しかしそんなことばかりを思っていると、良くなるものも良くならず。
本日も調子悪くなるばかりであった。

しかも、バタバタと始まった試写だからものすごい込んでいるだろうなあと思い、行くのを諦めかけていたジャームッシュの新作の試写に、でもやはり見ておかなくてはと無理矢理重い腰を上げて行ったところやっぱり満員で入れず、脱力感は増すばかり。
事務所に戻ってきた頃には単なる病人と化し、気づくと床で寝ていたのであった。

したがって本日は仕事を諦め早々と退社し、しかしそれでもやっておかねばならぬことはあり、新宿にて、10月10日からの上映に向けての牧野貴君と打ち合わせ。
今年の爆音映画祭でジム・オルークのライヴ演奏をやった「The World」が、その後の再編集と音楽のリミックスが済んでいよいよ完成。
映画祭の時とはかなり違った形になった完成ヴァージョンの爆音公開となるのである。
それにプラス、ジム・オルーク監督作品「not yet」、さらに牧野君の短編というセットでのレイトショー公開。
初日のオールナイトは、牧野君セレクトの現代実験映画何本か、ジム・オルーク・セレクト作品、イメージフォーラム提供作品、それにシークレット上映作品という超豪華ラインナップ。

ただ、音調整が思い切り大変そうである。
それに向けて体調を整えねば。
まあ、その前に金沢映画祭があるんだけどねえ。

その帰り、ちょこっとタワーによって、こんなものを見つけた。

units.jpg
History of The Units →

70年代後半からアメリカの西海岸で活動していた、テクノ・パンク・バンドのライヴである。
タキシードムーンとかMX-80サウンドとか、初期は大体こんな感じだったんだよなー。
ウルトラヴォックスだって、初期のライヴはこれくらい乱暴だったはず。
という訳でまあ、こういう音があれば、病気でも何とか、という気分にはなるのであった。

途中、何曲目かで、どこかで聴いたことのある音の響きだなあと思い、しばらく考えてみるとどうもヴェンダースの『ことの次第』の音楽の響きに似ているである。
ユルゲン・クニーパーと同じ機材を使っていたのだろうか?
年代的にもちょうどぴったりだしねえ。
まあ、その曲だけど。

明日は元気に起きられるだろうか・・・

8月19日(水)

本日のハンターの獲物はゴキブリ(昨日の日記参照)。
どうやら私の出社後、大暴れだったらしい。
そういえば、姫2号がやって来てから、家の中のクモが、極端に減った気がする。
頑張れ、クモ。

その姫2号を引き取った譲渡会をやっている主催者が、先日某新聞の冊子で紹介されていたのだが、その後、「今飼っている猫を引き取ってくれ」というような連絡が結構やってきているらしい。
できる限り飼い主が自分で面倒を見る、見れない場合は引き取り手を自力で捜す、安易に譲渡会に頼らない、というパンクな do it yourself 精神でやっているので、そういった方達にもその趣旨を説明すると、「愛護団体なのに引き取れないのか」というような逆切れをされたりすることもあるのだという。
本当に大変な世の中である。

夜、中原がやって来る。
ついに髪を切った。
そのためなのか、妙に健康的に見える。
不思議なものだ。
まあ、生活の方は相変わらずだが(笑)。

中原は11月に再びニューヨークにてライヴが決まる。
ベルギーのレーベルからのアルバム発売やら、ニュージーランドのレーベルからの7インチ発売など、今年の秋から冬にかけては何だかやたらとワールド・ワイドな活動となるのだが、果たしてそれに見合った稼ぎはあげられるだろうか?
まあ、いくら稼いでも同じことだろうとは思うけど(笑)。

その活動の詳細は、はっきりした時点で順次「boid now」のコーナーにてお知らせしていきます。

8月18日(火)

相変わらずの喉の痛みで何だかグッタリしたまま起き上がると、姫2号がすっかりアンニュイな朝を迎えている。

いやはや、しかしそれにつられている訳にも行かず、「マスクをして寝ると良い」という大阪発のメールに励まされて、マスクを購入、事務所のエアコン対策とすることにした。
しかしマスクをしていると何だか本当に病人みたいな気分になるんだよねえ。
まあ、病人と言えば病人なんだけど。

いずれにしても半病人のまま、『12枚のアルバム』。
ようやくすべてのチェックを終えたのだが、仕事をしたというより遊びにつきあったという気分。
清々しいまでに「知識や教養」とは縁のない書物である。
いや、そういう言い方は良くない。
ここから本格的な知識や教養の森へ入って行くこともできるし、この書物そのものを「音楽」として楽しむこともできる、あらゆる場所に向かって開かれた本。
その解放感が、何だか「遊んでしまった気分」にさせるのだと思う。
常にこのようなスタンスであらゆるものに向き合って行けたら。

帰宅すると、アンニュイだった姫2号が突如としてハンターになっている。
ヤモリを銜え、「捕まえたよ」と見せに来たのだが、さすがにまだ生きているヤモリをそのままにしておけず、ハンターの目を盗んで逃がしてやる。
夜になってもハンターに豹変することのできない私は、相変わらずの半病人のままである。
こんなことでは22日は、とてもじゃないけど朝までつきあえないなあ。
でもほんと、ものすごく楽しく刺激的な一夜になると思います。

8月17日(月)

しかし喉が痛い。
一体どういうことなのか。
本日は通常営業再開のため事務所にてエアコンの空調の中にいたためか、せっかく良くなりかけたところがまたもや悪化したのであった。
こんなことでは新型インフルエンザに襲われた日にはひとたまりもなし。
どうやら、姫1号の通う高校でも発生したらしい。
湯浅さんの長女の学校でも。
いよいよ身近になってきた。

とにかく本日は休養明けの事務仕事に励んだため特に書くこともなし。
お知らせをいくつか。

昨年、青山がフランスで作った短編『赤ずきん』がいよいよ公開される。
といっても映画館ではなく、「VACANT」というスペースにて2日間のみの上映。
1日目は、スチールを撮った田村尚子さんも交えてのトークに加え、青山&長嶌によるユニット、NAGAYAMAの初めてのライヴあり。
長嶌曰く「デヴィッド・カニンガムの隣でジョン・フェイヒーがギターを弾いているようなもの」というこのユニット、実は4年前に一度録音をしていて、その音源をboidのイヴェントで配布したことがあったのだが、その残りがboid事務所に30枚ほどある。
このお宝音源を、『赤ずきん』公開記念として、22日の「真夜中の湾祭り」にて先着、あるいは抽選にて配布。
何としても手に入れたい、という方、boidまでお問い合わせを。
たぶん先着35名様にプレゼント、ということになると思う。

で、VACANTではその前に、田村さんのスチールなどを集めた『赤ずきん』公開記念写真展が開かれる。
へア・スタの3号目のジャケット写真もちょうどこのときに撮影されたもの。
こちらも興味ある方は是非。

すべて詳細はこちら→

あと、『冷たい水』の公開がぼちぼちと決まってきている。
詳細はこちらを→

未確定だが、9月に、『クリーン』上映中のイメージフォーラムにて1週間レイトショーをするかもしれない。
あと、10月半ばには京都・大阪。
11月には広島・横川シネマ。
これらは日付が確定し次第、同じページにてお知らせするので、地方の方要チェック&お見逃しなく。
ビデオもDVDもないので、こればかりは劇場でないと見られません。
また、バウスにて既にご覧になった方は、是非、知り合いたちに薦めてみてください。

その他、この1週間くらいでいろんなことが決まりそうなことがいくつかあるが、それらは「boid now」のコーナーにて、まとめてお知らせとなると思われます。

ああそうそう、『冷たい水』は、今週末から名古屋シネマテークにて3日間限定で上映されます。
名古屋地方の方、是非。

8月15日(土)

昨日は風邪と頭痛でダウン、本日は『大音海』ならぬ『大韓音海』に翻弄される。
腰痛も始まり、シップ薬を貼りながらの作業である。
本が完成するまでに私の身体はどうなっているのだろうか?

とにかく、漢字とカタカナとアルファベット表記を索引に入れようとしたのが間違いだったのか、いや、私が韓国の音楽に疎いのが一番の原因なのだが、調べても調べても分からないものが多数。
時間と苦労の割に、まったく実りのない汗だく作業となった。
うーむ。

挙げ句の果てには、韓国の美空ひばりと言われる「李美子」は一体何と読むのだろうと、そのカタカナ表記を調べるためにネット検索にかけると、次々に出て来るのは「爆乳」の文字。
いやはやどうしたことか、とにかく「松阪季実子」ばかりが引っかかるのであった。
よく見ると、「李美子」ではなく「季実子」という入力・変換ミスなり。

笑ってしまう間違いなのだが、疲れてくるといよいよ笑えなくもなる。
もうそうなったら仕事の意味がないので、本日の作業はそこで終了である。

8月13日(木)

旧盆だからという訳ではまったくなく、我が家の墓探し。
いや、かつてあったのに分からなくなってしまった墓を探すのではなく、墓のない我が家の墓をどこにするか、正確には墓購入のための墓見学である。
まだ生きている親の墓を探すというのもシュールだねえと青山からは言われたのだが、確かに何だか変な感じである。
どうしてそんな変な感じを受け入れてまで墓見学をしなければならないかというと、田舎故の寺との関係のややこしさとか、料金の問題とか、まあ、あれこれの歴史を背負った厄介ごとが絡み合って、この際それから逃れたいという両親の希望なのだった。

で、実際問題としてどういう場所を見学したのかというと、東京でいえば多摩霊園とか八王子霊園とか、小高い丘の上に作られた集合墓地である。
もちろん規模は遥かに小さい。
小さいのだが、行ってみると予想以上に清々しく気持ちよい。
たぶん、霊の歴史が浅いからなのだろう。
深く思い歴史を背負った場所から逃れてきた霊たちが住まう場所。
これなら死ぬのも簡単でいい。

ただまあ、そういう場所なので具体的な話になると今度は急に現実的になり、早く予約しないといい場所がなくなると。
「本日予約して行きますか?」
と問われ、さすがになんだかあんまりなので、とりあえず保留して帰ったのだった。

そして慌てて特急列車に飛び乗って東京へ。
夜はバウスにて、22日のオールナイトの後半部、爆音レコード鑑賞会のための音チェックなのである。
山梨のカキーンと晴れたビリビリ来るような暑さに比べ、なんとも重たい湿気。
それだけでうんざりするのだが、この数日ガビガビの喉にはこの湿気が何とも優しいことに気づくが、冷房の中での咳をとるか、咳は出ないが汗だくをとるかと問われれば迷わず前者を選ぶ私であった。

バウスの音チェックは、やはりなかなか大変。
プレーヤーを置く位置、カートリッジ、音量、レコードのカッティングレベルの差、ケーブル、などなど、さまざまな要素によって、音やノイズの出方が違う。

しかし何よりもすごかったのは、アメリカ60年代に作られたモノラル用カートリッジにてかけた「ビー・マイ・ベイビー」であった。
こんな「ビー・マイ・ベイビー」かつて聴いたことがない。
ものすごい、と、酷い、のぎりぎりのところのものすごい音。
その凶暴さに打ちのめされる。
かつて、闘病中のゲイリー・アッシャーを、ブライアン・ウィルソンがこのレコードを持って訪ね、何度も繰り返し聞きながらふたりで抱き合って泣いたというエピソードがあるが、まさにこの音なら、『号泣』。
何とも華やかで騒々しくゴージャスな死を迎えられることか。
私の葬式でも、お経も賛美歌もいらないからとにかくこれを爆音で流してくれ、と、今から宣言しておくので、とにかくそのときにはどなたかよろしく。
そのためには、湯浅さんからこの7インチを譲り受けておくか、どこかで手に入れておかねば。

まあ、そんな妄想をするくらいの音であった。

つまり、とにかく何はともあれ22日はバウスへ、ということである。
命がけのお誘い(笑)。

その他いくつか、いやあこれはすごい、という曲があったのだが、それは当日のお楽しみ。
ひとつだけ追加すれば、こんないやな音のスライ&ファミリー・ストーン、聴いたことない。
これをクリアな音にしてしまったリマスター版のCDは犯罪である、と思えるほどのモコモコとくぐもった音の中から突然飛び出すいくつかの音によって構成される「ファミリー・アフェア」。
この音の中で、スライさんは頭グルグルになっていたんだろうねえ(笑)。

8月12日(水)

本日は山梨なり。
実家のYahooのファッキングなADSLモデムが調子悪く、パソコンからのネット接続不能。
一体なんのために毎月接続料を納めているのかと頭に来るが、それはそれ、ためしにiPhoneから日記をアップしてみようという気になった。

そんな訳で本日は『大音海』作業は休み。
替わりに、中原の『12枚のアルバム』整理を。
実はこちらの方が急ぎなのであった。
ジュンク堂でのトークをまとめたものだが、こうやってまとめられたものをあらためて読み直してみると、なんとも不思議な魅力ある読み物になっている。
無駄と言えば単なる無駄。
雑談と言えば単なる雑談に過ぎないのだが、なんだろうねえ、非常に贅沢な時間を過ごした、という印象。
こちらは10月発売予定。

父の病状は安定。
抗がん治療をすべてやめたので、逆に体力も回復し、副作用もなくなって、とりあえずの退院を見込めるまでになった。
ただそうなると今度は受け入れの準備をしなければならない。
いずれにしても、当分は山梨と行ったり来たりの暮しが続く。

そうなると何としてもYahooである。
ネットに繋がらないと、こういう場合の連絡先もよくわからないんだよね。
徹底して人間同士の対応を避けている。
大変なのは分かるが、こういう対応をしていくことが、“社会”を作ることに繋がっていくんじゃないか。
まあ、自分がどんな場所で生きているかなんて、“会社”の知ったことじゃあないんだろうけどね。

と、以上iPhoneからの投稿でした。

8月11日(火)

「人間は基本的には生涯一生迷子だ、というような空虚ゆえの充足感を覚えるのでライが好きだ。」(『大音海』より)

なんて記述をシェブ・ハレドのレビューにて読んでしまったためか、本日はひたすら迷子になり続ける。
迷子になり続けた挙げ句、昨日の弘田三枝子&四人囃子から西田佐知子&ムーンライダーズへと行き着くのであった。

とにかく西田佐知子は素晴らしい。
「アカシアの雨がやむとき」や「エリカの花散るとき」みたいなあらかじめモダンな曲はともかく、「東京ブルース」「裏町酒場」「夜が切ない」みたいな演歌のクリシェみたいなものになればなるほど素晴らしい。
直枝さん、島倉千代子「愛のさざなみ」だけじゃなく「くれないホテル」をカヴァーしてくれないかとかなり本気で思っていたところ、そういえばムーンライダーズが既にやっていたことに気づく。

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YouTube →
ムーンライダーズ『B.Y.G. High School B1』→

例えば弘田三枝子や美空ひばりはそのまま世界に飛び出していきそうな感じがするのだが、西田佐知子は絶対そうはならない。
声量の問題ではなく、たとえばどこにも行かなくてもどこにも行けることの軽さと重さを持っていると言えばいいか。
ムーライダーズのカヴァーはそれがどこからやって来るかをはっきりととらえている、こちらも非常に素晴らしいカヴァーだと思う。
不確かな霧、幽かなノイズの向こうから聞こえて来る歌。
西田佐知子は常にそれを抱えている。
勝手な妄想で言うと、青山の『死の谷’95』に出て来るホテルは、「くれないホテル」という名前を持つのではないか?
ソニック・ユースをバックに従えて歌う西田佐知子が妄想される・・・

それからヴァン・モリソンを。
『大音海』のドクター・ジョンのレビューの中で、
「ニューオリンズの不思議、それがニューオリンズの魅力なのだ。ニューオリンズにあるもの、そのほとんどは、他のアメリカの都市には見当たらないものばかりだ。
「ニューオリンズにはイギリス人の文化がない」
 と言ったのは、ニューオリンズで音楽誌「Wavelength」を出していたコニー女史だ。」
という記述があり、そういえば「Wavelength」というアルバムをヴァン・モリソンも出していたなあと思い出した次第。
リンチの『ワイルド・アット・ハート』の中でも、ニューオーリンズに向かう主人公が車を走らせるバックで、モリソン(ゼム)の「ベイビー、プリーズ・ドント・ゴー」が流れていたのだった。
とはいえ、ヴァン・モリソン関係はほぼすべて事務所に。
家に1枚だけ残っていたのがこれ。

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Magic Time →

うーむ、西田佐知子に劣らず素晴らしい。

しかし風邪が治らず。
咳き込むばかりなり。

8月10日(月)

台風で翻弄された方々が日本ばかりではなく台湾にも多数おられた中、こちらは『大音海』の大波に飲まれ、どこまでも溺れ続ける。

本日は、ヘヴィ・メタル関係からファンク、パンク、そして最後には宇宙の果てに。

karelia.jpg
霧のカレリア →

『大音海』で話題になっているのはこのアルバムではないのだが、もはやこれくらいしかオリジナル盤が手に入らない模様。

「雲がなく晴れ晴れとしているんだが空気は冷やか。あるいは陽差しは暖かいが日陰は寒い。そういう天気、たとえば北国の秋や初冬を想い起こさせるサウンドである。スプートニクスはスカンジナビアン・エレキ・インストの王様である。確かなテクニック、ちょっとした工夫が効いているアレンジなど、寺内タケシ的驚きやヴェンチャーズ的娯楽性とは違った清楚な楽しみ、エレキの音色によってなごやかな気持ちになったりするちょっとしたよろこび、といったものを感じさせるのだ。」(『大音海』より)

で、そこから派生して、ザ・ピーナッツの「霧のカレリア」まで聴いてしまい、挙げ句の果てにはこんなのにまで行き着いてしまった。

どこからどうなってここまで来たかは秘密として、弘田三枝子と四人囃子である。
かつて秋吉久美子が四人囃子とやったときには即行でアルバムを買ったが、こちらの方は気がつかなかった。
うかつであった。
1975年8月12日 NHK-FM PM10:20-11:25オンエア。
番組タイトル『サンディ サマー セッション』
とのこと。

なんてことをしていると、増々『大音海』の発売は遅れるのであった。

8月9日(日)

咳き込んで眠れず。
どっと疲れる。
風邪引いたくらいでこれだから、喘息持ちの人は本当につらいだろうと実感する。
でもまあ、他人の心配している余裕は既になし。

本来なら、『GIジョー』でも見に行こうと思っていたのだが、この状態だと他の観客の方々に迷惑かけるばかり。
仕方ないので、いよいよ『大音海』索引作り作業を再開。

しかし、残りの分量が半端ではなかった。
しかも我が家のマックだと、こういった作業には何とも不向きで、このままでは1ヶ月かかる。
その間その他の仕事をしなかったら、boidは完全に破産まっしぐら。
さらに眠れぬ要因が増えてしまった。
うーむ。
明日は快調に作業が進むといいが・・・

その中で本日気になったアルバムはこれ。

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The Moving Sidewalks →

ZZトップのビリー・ギボンズがZZトップ結成前にやっていたテキサスのバンド。
湯浅さんによれば
「エコーやパンニングを使ったジミ的サウンド作りもアイディア倒れに終わっていないし、バラードでの緊張感も、ならではのもの。ギター・プレイは当時からジミの折り紙付きだった。13thフロア・エレベーターズのような破天荒な要素ももちろんある」(『大音海』より)
とのこと。
今度聴いてみよう。
あと、
「四作発表したシングル作品を中心にコンパイルしたフランスのEVAからの編集版”99th FLOOR”には、ビートルズの「抱きしめたい」の超重量級カヴァーも収録されている。ジャケ写の面構えはやたらと柄が悪い」
のだそうだ(笑)。
増々聴きたくなる。

8月8日(土)

いやあ、夏風邪はつらいねえ。
本日はたまらず近所の病院に。
とりあえず、喉鼻の酷い炎症ということで薬をもらう。
しかし、初診料とか薬代とか合わせると、結構な値段になる。
これはやはり、病院には行かず病気は我慢して、浮いた分の金でCDやDVDを買うという中原みたいな選択はありかなと思うのであった。

だからというわけではないのだが、ディスクユニオン新宿へ。
8月22日の湯浅湾オールナイトの湯浅さんお手製ポスターを貼ってもらいに出向いたのである。
インディーズ館のレジの後ろの壁には、湯浅湾のへア・スタのTシャツがどーんと飾ってある。
写真撮ってくれば良かったと思ったのは既に店をあとにした時であった。

とはいえ、1階のロックフロアにて、これを買う。

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A Stranger Here →

ジョー・ヘンリーのプロデュースによるジャック・エリオットの新作である。
どうやら映画『アイム・ノット・ゼア』の賜物とのことなのだが、あのサントラに、ジョー・ヘンリーもジャック・エリオットも参加していたんだっけ?
どんどんそういうことを忘れて行く。
いずれにしても、大恐慌時代に作られたブルースのカヴァー集(もしかすると、そのアイディアを『アイム・ノット・ゼア』から得た、ということかもしれない)ということで、現在と過去とその距離とを音の風景の中に定位させた、ものすごくバランスのいい音になっている。

スプリングスティーンがジョン・フォードの『怒りの葡萄』にインスパイアされて『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』を作ったのとは、どこか立ち位置が違う。
こちらはまさに、その大恐慌のまっただ中で生を受けた訳だから。
「幽霊」ではなくまだまだ現実の身体感覚の中にそれらの歌の物語を詰め込んだ人の歌。
その人の声がもうすぐ80歳になろうとする老人の声でもあり、何だか徒に若々しくもあり、つまりどこか軽々と落ち着いていて、そこが奇妙に居心地悪く聞こえてしまうのは、周囲の演奏があまりにうますぎるからか。
いや音数が多すぎるのか。
しかもその演奏と歌の隙間を埋めるように霞のような音が響いているものだから、こちらはもう、この80年の時の流れの広がりに、すっかりやられてしまうという訳なのだった。
ブラインド・ウィリー・ジョンソンの「ソウル・オブ・ア・マン」(ヴェンダースも映画のネタに使った)のカヴァーは、相当気持ち悪くてよかった。

そういえば、ジョー・ヘンリーのプロデュースのもう一枚を買い逃している。

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The Bright Mississippi

8月7日(金)

本日も出社なり。
喉の具合はさらに悪化。
病院に行ってから出社するか迷ったのだが、病院に行くとそのまま寝込みそうなのでせっかくの休日がもったいない。
というか、本日無理してやっておけばいつか楽になるかも、という淡い期待をしてのことなのだが、そんなことで楽になったためしがないことは十分承知。

とはいえ今秋のboidの活動のいくつかが決まって行く。
咳き込みながらのあれこれ。

しかしまだまだ気になるジョー・ミーク。
どなたか、日本での配給を考えていただけないだろうか?
スコット・ウォーカーのドキュメンタリーも公開されないし、ニール・ヤングの『CSNY / デジャヴ』もまったく分からぬままだし、何だか結局まだまだ息苦しいままのこの状況をなんとかできないかと思う。
まあ、普通にやったら儲けることはほぼ不可能だから、上映すると言ったって簡単じゃあないんだけどねえ・・・
しかしその前にこの咳をなんとかしなければ・・・

8月6日(木)

しかしまあ、すっかり風邪引いちゃって、ゲホゲホです。
この極端な気温差と気圧差と湿度差で、体調大いに狂うのであった。

本日は本来なら夏休みなのだが、何事もなかったかのように出勤、日常雑務をこなすなり。
3日休んだだけで、いろんな作業がたまり放題。
こんなことでは一向に『大音海』にはたどり着けず。
さてどうしたものか・・・

本日聴いていたのは、ハーバライザー・バンドの新作。

herbaliser2.jpg
session 1 & 2 →

通常はハーバライザーとして活動しているヒップホップ・バンドの生演奏ライヴ・セットである、ハーバライザー・バンドのセカンドである。
ファースト・アルバムとセットになった2枚組。
約10年ぶりのアルバムということだが、10年前のファーストと比べても、私にはその演奏の質の差がよくわからないくらい、安定した音。
ハーバライザーの方では実験的な試みをあれこれやって、バンドの方では、それを「演奏」するために洗練を加えて行く、ということなのだろう。
どちらが好きかと問われれば、ハーバライザーの方なのだが、とはいえバンドの方はあまりに滑らかに運転しすぎてスピード感を感じさせないと評されたアラン・プロストの趣もないではなし。

中原からは、ジョー・ミークの伝記の映画はどうなっているか? との問い合わせ。

meekstory.jpg
telstar / joe meek story →

果たしてどこかの配給会社が買われているだろうか?
有名俳優はケヴィン・スペイシーくらいしか出演していないからどこも手を出していないだろうか?
音楽ファンは驚喜すると思うけどなあ・・・
いや、一部の音楽ファンですが・・・
ちなみにDuffy もカメオ出演しているとか。

8月5日(水)

とりあえず、帰京。
この間は、乗鞍&実家ということだったのだが、実は「乗鞍」というのが一体どういうところなのかまったく分からぬまま、いつものように妻任せの旅行であった。
山歩きをするということは分かっていたが、しかしまさか2800メートル以上もあるところにいくとは・・・。
したがって超軽装で、素人登山が問題になっている今、むちゃくちゃ恥ずかしい限りでもあった。
しかも、山登りをしているのはほとんどが60代以上の老人たちで、なおかつ、本格的な装備で、ガシガシ登る。
それはそれ、バスに乗って2700メートルくらいの登山口まで、そしてバスを降り、山へ向かう階段を数歩上り始めた途端に激しい息切れである。
恐るべし、高地の酸素。
その薄さに慣れるまでに大分時間がかかった。

しかし、中高年の登山があれこれ問題になっているが、これは中高年の方々が軽い気持ちでと山歩きをする、ということではなく、遭難が目立つくらいに多くの中高年の方々が登山をしているのだ、ということを実感した。
いずれにしても、みんな私よりかなり年上にも関わらず、思い切り元気であった。
10年後、果たして私は彼らのようになることができるだろうか?

山梨では、父の入院する病院へ。
2週間前は体調も相当酷く、このまま死んでしまってもおかしくない感じでもあったのだが、とりあえず抗がん剤の投与を止めたことで食欲も戻り、血尿も止まり、ヘルニアによる腰の痛みをリハビリでなんとかすれば帰宅も可能か? というような感じに復帰。
とはいえそうなると、バリアフリーではまったくない実家をどうするかという、別の問題も立ち上がる。
母親も、自分のことで精一杯で、それ以上は無理。
世の人々は、一体どうやってこういう問題を切り抜けているのだろうか?
とはいえ、果たして父がいつ帰宅できるのか、帰宅できる場合身体はどのような状態になっているのか、ということが見えてこない限りこちらの心配と準備はまったく徒労に終わる。
とりあえず今月中に再度担当医に相談、という話をして帰宅。

そうそう、どうやら酒井法子さんが実家のある町から車で15分くらい行ったあたりで消息を絶ったらしい。
身延線の駅に向かうタクシー運転手が、もしかすると乗せるんじゃないかとか、見かけるんじゃないかととかとそわそわしていた。

そして先ほどバウスから連絡があり、スピーカー復活との知らせ。
いつまで大丈夫かは分からないが、とりあえず8月22日は無事開催が決まったわけだ。
一安心。
とはいえ、この時期なので、動員は大いに心配である。
各所から、「楽しそうですねえ」という声は頻繁に聞くのだが、面白そうだと思うのと、実際に会場に足を運ぶのとはまったく別物だから、そこを少しでも繋げなくてはならない。
その方法は未だに不明。
ただひたすらこうやって、呼びかけるばかりなり。

22日は、本願寺で大友さんがパイプオルガンを使ったライヴをやり、高円寺20000Vではへア・スタがゲストのライヴがある(中原が忘れていなければ・・・)。
そしてバウスというライヴのはしごはいかがでしょうか?
うーむ、私にはできないなあ・・・

8月1日(土)

8月である。
boidは夏休み。
この1ヶ月は、公的にはほぼ休みとなる。
私はとにかく、控えている中原の『12枚のアルバム』(ジュンク堂でのトークをまとめたもの)、そして『大音海』のまとめに取りかかるため、とにかく籠る、電話に出ない、約束をしない。

とはいえ本日は、アップリンクにて湯浅湾のトーク・イヴェントがあって、大塚療養中のため、物販を持って出かける。
昼過ぎ、イヴェントで使う4月の3時間ライヴの映像をチェックしようとしたら、持っていく予定だったパソコンの調子がおかしい。
どうやってもダメなので、急遽、データを別のパソコンに入れ替える。

それやこれやで、汗だくになってアップリンクに到着したときには、すでにイヴェントは始まっていた。
まあそんなものだろう。

貴重な映像は本当に貴重な映像だった。
いやあ。
70年代、80年代の酷いライヴをいっぱい見てきたが、そういったものの中でも本日の映像は相当な酷さ(笑)ではないだろうか。
これらを見てしまうと、3時間ライヴの映像はかわいい、というかおとなしいというか大人なというか音楽的というか、とにかく映像の迫力ではまったくかなわない(笑)が音のグルーヴで勝負、というスケールのバンドになったことがはっきりと分かる。

ときどきあの酷いライヴも見たいなあとは思うものの、それはもう別のバンドがやればいいことだ。

私は明日から乗鞍である。
しかし、妻が姫2号を妻実家に預けに行き、朝は実家から直接電車に乗り、姫1号は高校のクラブの合宿でいないため、私は明日、朝早くから自力でしっかりと起きなければならない。
なんかすでにもうまったく自信がないんだよなあ・・・