
boid日記 2009年9月
boid日記
text by 樋口泰人
9月30日(水)
いやあ、帰宅して原稿書き終わったらもう朝じゃないですか。
どうしたもんでしょう・・・
楽はできないねえ。
とはいえ、このところこんな愚痴ばかり書いてるせいか、各所から励ましのお便りをいただく。
ありがたい限り。
本日は湯浅さんがやって来て、11月の湯浅湾ツアーのチラシの仕上げ。
内容もほぼ決まる。
11月7日の大阪だけは、ギリギリまで不明のままで行こうかということになった。
まあ、不明といっても湯浅湾のライヴはあるし、いしいしんじさんも参加して、いつもとは違うパフォーマンスをやろうかという話にもなっているようだから、まあ、ツアー最後を飾る湾夜祭りということで、ユルユルと遊びに来ていただけたらと思う。
夜は中原が来て、いよいよ完成間近の『中原昌也 12枚のアルバム』の表紙画像を描く。
完成途中で放棄しそうになるギリギリのところで粘り、見事に完成。
しかし気がつくと入稿まであと2週間。
本当に時間がなくなってきた。
発売は11月5日だが、何しろ10月29日にはこの本の舞台となったジュンク堂池袋本店で発売記念トークを行ない、できたての本を先行発売するという予定。
とにかくそれまでには間に合わせなければ。
その日は、佐々木敦君がゲスト。
一体どんな話になるか、3月まではほぼ毎月やっていてさすがに疲れたが、しかし当分そこから離れてみると、ときどきこんなバカなことをやりたくなるから不思議だ。
先日のライヴで大興奮した方達も一度顔を出してみてもらえたらと思います。
『作業日誌』の続きというか、あの本の中に漂う空気を呼吸することができます。
☆お申し込みは池袋本店1Fサービスカウンターで承ります。(電話:03-5956-6111)
☆入場料はドリンク付きで1000円です。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いくださいませ。
とのこと。
まだジュンク堂のネット上での予約ができないみたいなので、上記電話番号に予約お願いの電話をしてみてください。
そして本日は、注文していたこれ↓が届いたのだが、聴く時間なし
アレックス・チルトン、クリス・ベルがビッグ・スターを結成する前の録音やら、ビッグ・スターのデモ音源やら、かなり珍しいものが聴けるとのこと。
ライノのハンドメイド・シリーズである。
何年後かに、boidもこんな手作りシリーズを出しながら生きていけたらいいのだが。
まあその前に、とにかく寝なくては・・・
ああ、それから、ヘア・スタのCD−R2枚とも、完売しました。
追加生産は少しだけしようかということになりました。
たぶん、これで追加はおしまい。
はっきりしたら、お知らせします。
9月29日(火)
日曜日から黒猫がやって来ている。
これまでの仔猫たちと違ってもう4、5ヶ月生きているので、随分楽である。
といっても私が世話をしている訳ではないのだが。

これまでの育てられ方のためだのだろう、ほとんど物怖じせず、何にでも興味を示す、食欲も旺盛、人間の食事にもガンガン顔を出して食わせろとせがむ。
我が家の過保護の姫2号とは大違いで、どちらかというと姫2号が新参者の存在にすっかりビビっているという状態。
今後の進展が思いやられる。
それはそれ、本日夜に、ヘア・スタのCD−Rの1枚目が完売。
ライヴの当日になって出来上がった2枚目の方も残りわずか。
もしかするとあと少し作り足すかもしれないが、たぶんそれは、期間限定、希望者のみへの受注生産というような形になると思う。
もし、買い逃した、何とかしてくれ、という方がおられたら、boidまで「買い逃した、何とかしてくれ」とお便りいただけたら、何とかする方向に傾くかもしれない。
いずれにしても2枚目が売り切れた時点で、どうするか考える事にする。
あと、11月の湯浅湾関西ツアーの詳細がほぼ決まる。
最終日の11月7日の大阪は、ツアーうちあげ、みたいな雰囲気でリラックスしたアットホームな感じでやれたらという話を、湯浅さんとした。
したがって、その日は詳細未定。
未定のままその日まで、という事にできるといいなあと思うのだが、そんな事じゃあ誰も聴きに来てくれないだろうか?
それから11月から12月の爆音上映のアイディアがようやく固まる。
数日中にバウスと話し合い、具体化していけたらと思っている。
ついにあの人の特集を、と思っているのだが(このことはバウスも知らない)。
しかし原稿を書く時間がない。
恐ろしく時間がない。
語り下しで誰かまとめてくれないだろうかとも思うものの、そんなに偉くない。
参った。
本当に参った。
参考のDVDを見る時間さえないのだった、ああ。
9月27日(日)
本日になってシークレット・ゲストのゆらゆら帝国坂本さんに、私のメールが届いていなかった事が判明し冷や汗をかいたり、例によって中原の機材がそうは簡単にセッティングできず会場オープンまでに中原の音チェックがほとんどできないという状態になったりと、まあ、相変わらずのバタバタでハラハラではあったが、ライヴは無事終了。
すげー面白かった。
主催だとあれこれドキドキし通しだから、こんなライヴはとにかく普通の観客として聞きたいと思う。
ライヴの企画から準備、手配、告知、それから当日の機材セッティングもできる有能な音楽担当が求められる。
来場された方はどんな感想を持たれただろうか。
中原のソロ、久下さん、坂本さん、東野さんとのセッション、そして再びソロ、伊東篤弘さんとのセッション、最後に全員という構成。
これも直前まで何も決まっておらず、始まってからもその場任せだったのだが。
天井に据え付けられた18個のスピーカーは、自由に駆使できる訳ではないのだが、中原のユーモアがそこから思わぬ音を鳴らせる。

確かに音楽なのだが、その音の作り出す空間がさらにそれらを響き合わせる、というようなリアルとフィクションの中間地帯の空間であり音楽が、こちらの身体を包み込む。
気がつくとそこに久下さんのソリッドかつダイナミックなドラムが鳴り響き、坂本さんのゆらめくギターが地を這い宙を舞い、伊東さんのオプトロンが地響きをたて、その中で東野さんが踊る。
最後は大サーヴィスの盛り上がりまくり。
対バンがソニック・ユースでも全然OK(笑)。
しかも、絶妙のタイミングでスーパーデラックスの電源が落ちる。
すべてが事故であり仕掛けられたものであるような4時間であった。
ご来場の皆様、出演者・関係者の皆様、どうもありがとうございました。
またいつか、できたらと思います。
中原は、あまりの疲れに「もうしばらくライヴはやりたくない」と言っておりますが。



それから、結局会場では2種類のCD−Rを発売したのだが、本日できたての方は製作が間に合わず、とにかく出来上がった分だけ持ってきたもののすぐに売り切れ。
残りは、boid通販にて販売します。
限定生産ですので、お早めにどうぞ。
今週中には発売を始めます。
9月25日(金)
『クリーン』の心配ばかりしていたら、何とヘア・スタのマルチスピーカー・ライヴがもう目の前じゃないですか!
とはいえこちらは、私があーだこーだ騒がなくても、ヘア・スタの音と今回のライヴのコンセプトを知れば当然のようにみんなスーデラに集まってくる、という妙な安心感もあったのであった。
でもまあねえ、これまた私の勝手な思い込みだから。
いやあ、はてさて日曜日はどうなるか。
本日は、東野祥子さんがダンスで参加してくれる事も決定。
何が起こるか増々よくわからない4時間になりそうだ。
何が起こったとしても私はただひたすらぼーっと見ていることになりそうだが、予想に反して誰も見に来てくれなかったりすると、ぼーっとはしていられなくなるだろうなあ。
本日は午後から、boidの今後の活動をあれこれ見定めていくための会議あり。
いろんなことが見えてくるが、大塚曰く「金の臭いがしない」(笑)。
そればっかりはねえ・・・
その後中原がやって来て、原君のやっているプロジェクト(例の8秒間のループ作品)の個展に出すための作品を。
最終的に、boidの場合は封印されてしまった例のネタを使ってしまったものの(『big audio dynamite shit』のジャケット参照)、まだもうひとつパンチが足りないとブツブツ。
私はヘロヘロだったので先に帰宅。
さて仕上がりはどうなったか。
ああ、あと、27日のライヴでは、限定50枚か100枚(数は適当!)のCD−R、1500円なりを発売するが、このCD−Rシリーズを当分の間続けることにした。
中原が気が向いたとき(金がないとき、ということになるんだろうねえ、たぶん)に音源を作り、ジャケットの絵を描いてCD−Rにして、毎回ライヴやイヴェントでの手売りとboid通販をメインに50枚から100枚くらいを販売していく。
滅茶苦茶細かい作業だが、なんとなくダラダラと一定期間続けられると、気がついた時はものすごい山が出来上がっているのではないかと、まあ、それがゴミの山だったにしろそれはそれで爽快ではないか、というような半ばやけくそちょっとだけ野心的な試みとなる。
毎回の生産枚数が枚数だけに、果たしてどれだけの人がこれをすべて手に入れられるか、あるいは手に入れようと思うのかまったく分からないのだが。
とりあえず27のライヴでは、その第1弾、もしかすると第2弾も発売となる。
9月24日(木)
しかし皆様すでに『クリーン』は見られたでしょうか?
見たいとは思っていても行けないでいる、というのは行かないのと同じです。
まあ、自分の事を思ってみても、見たい映画に行き損ねているうちに上映が終わってしまうというのはままある事なので、こればかりは私たちに時間を!と呟き続けるしかないのだが、でも、とにかくまずは自力で何とかお願いします。
「気がついたら終わっていた」という事態になる前に是非。
あと、空族の『サウダーヂ』の撮影が着々と進んでいるようだ。
下記URLにて、撮影日誌が始まっている。
土・日を使っての撮影だから撮影終了までの道のりは長いが、とにかくとことんやってほしい。
http://doom-insight.net/special/saudade_note/note.html
本日は昼から、ヘア・スタのライヴ3枚組の追加マスタリング。
前回は、曲間違えというあまりに単純なミスにより1枚目と2枚目の曲目が変更になったのだった。
いろんな意味で余裕が無さ過ぎなのである。
いやはやどうしたものか。
夜はバウスにて11時から、10月10日からのエクスペリメンタル・ナイトのための、爆音調整。
いやあ、体全体がブルブルと震えるこの感じは、本当にいいねえ。
本日はオールナイトで上映する作品の一部をやったのだが、パンクバンドの演奏に合わせて踊るギューギュー詰めの観客たちのをアップで捉えたやつとか、フクロウが獲物をしとめるところをスローモーションで捉えそれにストーナー・ロック(最近覚えた言葉)系の重いリズムが重なるやつとか、本日急遽上映が決まった『北走譚』という作品。
これは、高柳昌行さん夫妻が副島輝人さんと北海道を演奏旅行したときに撮影された8ミリを編集して作られたもので、高柳さんの貴重な演奏シーンもたっぷり入っている。
元々は8ミリ作品だが今回はそれをデジタルに起こしての上映。
8ミリの音なので音質は良くないが、それでも40分の上映時間の間に、その音質の悪さも含めてこの映画に込められた空気が、ジワジワと身体に浸透してくるのを感じる。
現時点ではこの作品を、オールナイトの最後にやろうという話になっているのだが、ただ、上映素材の関係上、真ん中あたりになるかもしれない。
若き日の大友さんの姿もあり。
牧野君の「The Seasons」も昨年の爆音映画祭以来。
普通なら、2度目に見ると音も再調整したくなるのだが、これに関してはほぼそのまま。
これでまったく問題なし。
画面の中に吸い込まれたり吐き出されたりしながらの酩酊感は何とも言えない。
というわけで、一部を調整しただけでもこれだけの面白さ。
牧野君は動員を心配していたが、私はあまり心配していない。
作品が人を呼んでくれると思い込んでしまっているのである。
でも、今見ているのは私たちだけだからねえ。
ちゃんと告知・宣伝しなければ。
でもほんと、こんな状態で見られるのは今回限りです。
9月23日(水)
原稿書きをしていると生活がどんどん夜にシフトしていって、結局寝るのが朝になる。
いい加減、社長か貧乏ライターかどちらかを選びたい気分だが、それができるほど世の中甘くないのであった。
ひたすら働くのみ、って言っても、一体どうしてこんなに貧乏なのか、さすがにそろそろ世の中を呪ってもいいんじゃないかと思い始めたが、そんなこと今更思ってどうするということでもある。
それはそれ、昼から事務所にて、27日のヘア・スタ・ライヴのときに限定発売するヘア・スタの新録音をメインにしたCD−Rのための音源編集。
湯浅湾山口君が編集ソフトを持ってきて、boidのパソコンに入れての作業。
と簡単に書いたものの、これがちゃんと動き出すまでに2時間以上かかった。
パソコンなんて、結局使っている人と場所の環境によって全然中身が違ってくるから、複雑なソフトは簡単にはそのパソコンにフィットしてくれないのである。
昔はこういう作業を黙々とやることもできたのだが、今はもう、イライラしてまったくダメ。
山口君の懸命な作業に救われる。
私はとりあえず、この1週間留守にしていた間の事務整理。
これまたあれこれ大変でねえ・・・
3時過ぎに中原もやって来て、何とか音は完成。
5時くらいには終わる予定だったのが、結局9時過ぎとなったのであった。
帰宅後は、『12枚のアルバム』のレイアウトのやり取りやら、原稿書きその他。
そうそうサム・ライミの新作『スペル』というのを見た。
「Drag me to hell」というのは最後のオチとも関係していて・・・
と、この映画に関してはさすがにストーリーの説明はない方がいいだろう。
しかしもう、いきなりやたら騒々しく、音もこれでもかってくらいでかいので、気の短い私はそれだけで満足。
物語は適当といえば適当だが、出て来るものが出てきて呪いがかけられてしまった以上仕方がない。
このでかい音なら爆音にしなくても十分とは思う。
ただ、爆音なら一体どうなることやらとも思う。
その辺りは運次第、やってみなければ分からない。
その運とその場の状況をどのように捕まえるか、捕まえられるかが爆音上映の面白さで、だから爆音上映は常にライヴである。
失敗もある。
金沢のように、低音をちょっと出すと苦情が来るような環境で、いかに爆音上映をやるか、というのもいい勉強にはなったが、やっぱり全力でやりたいねえ。
今後、広島、そして仙台での爆音上映が予定されているのだが、その場の環境にあわせた音作りが果たしてできるか。
そう簡単なことではない。
とはいえサム・ライミ。
この映画に10年かけた、というから素晴らしい。
想像するにそのほとんどは細部のアイディアばかりが膨らんで収集がつかなくなっていたところ、たまたまサブプライム問題が起きて、そりゃあこれをやるなら銀行がターゲットでしょ、みたいな感じでほいほいと形になってしまったのではないだろうか。
謝って事が済んだと思うなよ、みたいなこともしっかり入れ込んで。
とにかくいろんな意味で、こういう小さくてしかし過剰ででもギリギリ映画の枠内に収められた作品を作ってしまうことができるスタンスは、何ともうらやましい限り。
でもやっぱりそれをやるのは簡単なことではない。
とにかくいつか1度、この映画の爆音にチャレンジしてみたい。
しかし、敢えてこれを爆音で見ようという人が、果たして何人いるだろうか・・・
9月22日(火)
本日も地味に原稿。
あまりに地味すぎるので、姫1号と昼飯を食いにいったついでにこの2枚を購入した。

it happened one bite → tangled tales →
ダン・ヒックスは触りだけ聴くと単なる趣味人のようにも思えてしまうのだが、気がつくとその奥の暗闇にどっぷりという具合。
いつものことながら頭がグルグルとして来るのだった。
そうそう、食事代を支払うときに店員から、「お一人さまずつですか?」と尋ねられた。
これは、「親子」とは見なされなかったということであろうか?
だとすると、どのように見えたのだろうか?
しかし原稿は月末まであれこれと続き、そのために見なければならないDVDが山積みである。
しかも、何かをしようとするととたんに眠くなり、眠ろうとすると目が覚めるというコントロール不能な体調は相変わらず。
歳をとったら少しはましになるかと思っていたのだが。
そうそう、1ヶ月前くらいに気がついたのだが、指の爪に白い斑点とそれに伴うボコボコが。
ネットで調べてみると、体力低下と神経衰弱とのこと。
それなら今に始まったことではなし、いずれにしても身を削って生きている訳だから。
ただまあ、このまま入院するのもいいかなあとときどき思うくらいには弱っているので、さすがに少しは気をつけなくては。
9月21日(月)
本日は姫2号とともに地味な1日。


近所のスーパーに買い物に行った以外は籠って原稿書きであった。
高速道路の渋滞など、違う世界のようでもある。
何とか早く書き終えて『クリーン』を見に、と思っていたのだが、願い叶わず。
明日も更なる原稿が残っている・・・
9月20日(日)
終日ぼーっとしていた。
基本的に何もしたくないどこにも行きたくない私が、今年は動き過ぎである。
まあ、動くことも動かないことである、みたいな場所に早くたどり着けたらいいのだが。
この人たちの新作(!)は、どこかそのような場所から聞こえて来るような気もした。

gong "2032" → yoko ono "between my head and the sky" →
まあ、思い過ごしかもしれないけど。
9月19日(土)
午前中に大阪へ。
淀屋橋にある芝川ビル。
ここの4階とルーフバルコニーを使ってのライヴというのはどうだろうかという海老根からの提案を受け、下見に来たのである。



銀座の交殉社ビルや映画美学校のビルみたいなところである。
屋上でやれたら「レット・イット・ビー」みたいになるねえ。
屋上の奥、隣のビルの壁に白いスクリーンみたいなのが見えるが、これは本当にスクリーンで、夜の屋外上映などもやったりしているとのこと。
ただとにかく普段はライヴをやっているところではないので、機材や照明、当日の運営をどうするかという問題が残る。
また、室内、屋外どちらでやるにしても、繊細な音を聴かせることはできない。
場所の持つ雰囲気とバンドと観客との交流が生み出す音をうまく救い上げてまとめることができるかどうか。
うまくやれるととても面白いイヴェントになると思う。
その後、海老根と昼飯を食いながらあれこれ。
そして京都へ。
京都では、さらにいくつかやる予定ではあったのだが、本日は妻子が父親の見舞いに山梨に行くため、夜は早めに帰って姫2号の夕食を準備しないといけないこともあり、何よりもまず、さすがに疲れ果てていたため、予定のほとんどをキャンセルして新幹線に乗る。
途中、何度か目が覚めたもののほとんど寝たまま、気がつくと東京であった。
9月18日(金)
せっかくだから金沢観光もしようということになって、午前中は、兼六園を通り抜けつつ、茶屋町へ。
青山の『秋声旅日記』に出てきた古い町並みが保存された一帯である。
その後、昼食は、昨夜、金沢映画祭主催者の小野寺君が教えてくれた寿司屋に行ったのだが、店の前にはこんな貼り紙が。

愕然とするが、もう完全に腹は寿司になっているので、とにかく寿司屋を探す。
21世紀美術館に行く手前に気になっていた店があったので、結局はそこに行くことにしたのだが、店の大将と話をしていると、なんと大将の友人が、昨日『2001年宇宙の旅』の映写に来てくれた方だということが判明。
二人ともすでに70歳前後だと思われる。
映写の方はビーチボーイズ・ファンだということは昨日本人から聞いていたものの、どうやら本物のマニアらしい。
一方大将のほうは、ジャズ好きな上、ストーンズの初期の記録フィルムのニューヨークでのプレミア公開のときに現地で見ているということで、爆音上映の話で盛り上がったりもする。
小野寺君には、地元のこういった方たちも巻き込んでの映画祭に仕立て上げてくれることを期待したい。
で、美術館みたいな作りの金沢駅にあきれつつ京都へ。

途中、どうして海が左側に見えるのだ、もしかして電車の方角を間違えたかとドキドキしたのだが、琵琶湖だった。
京都ではまず、9月10月限定でオープンしている京都駅前シネマへ。


京都駅の4階だか5階だか、とにかく上の方の半屋上みたいな「東広場」というところに作られた仮設劇場である
明日から『クリーン』の上映。
その運営をしているRCSの佐藤さんと、10月に公開する『NOISE』や『冷たい水』(こちらはみなみ会館にて)のことも含めてあれこれ。
劇場内を覗かせてももらったのだがスクリーンが明るく、ピントもばっちりで、目が痛いくらい。
普通の劇場よりずっとシャープな画面でびっくりした。
これが2ヶ月しかオープンしていないなんて本当にもったいない。
RCSもみなみ会館の運営などもあり大変だとは思うのだが、こういった企画は是非今後もやり続けてもらいたいものである。
10月の終わりには、日本で始めてまともに紹介されるというシルヴァーノ・アゴスティというイタリアの映画監督の特集上映があるとのこと。
エンニオ・モリコーネのサントラで、映画ファンより音楽ファンのほうがもしかすると知る人が多いかもしれない。
私もまったくの未見だが、一体どんな映画になっているのか。
彼は小説も書いていて、日本でも出版された作品のタイトルが『誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国』。
いやあ、早くそんな暮らしをしたいものである。
その後、ガケ書房へ。
11月3日に行う予定の、爆音レコード鑑賞会、いしいしんじさんの「その場小説」の打ち合わせである。
いしいさんも同席。
だったのだが、私が例によって、京都駅からガケ書房までどれくらい遠いかをまったく理解しておらず、歩いていける距離だとばかり思っていたのが大間違いで、40分ほどちこく。
いやはや。
「京都は歩いてどこでもいける」と思い込んだのはどうしてなのか・・・
でもまあ、とにかく無事ガケ書房に到着。
しかしこんなきれいな店だったとは・・・

以前見たガケ書房のネットに載っていた写真から、これまた勝手に、ちょっと広い「円盤」というのを思い込んでいたのであった。
まあそれはそれ、11月3日の予定は、決定となる。
夜8時スタートで12時くらいが終了予定。
詳細は追って発表。
その後、いしい夫妻、いしいさんの友人といしいさんお勧めの食事どころへ。
造形大学そばにある店で、いしいさんの文章の中にもすでに何度か登場しているので、ファンの方たちはあああそこか、と思い浮かぶはずの「あそこ」である。
いやあ、これがまあ、本当にうまいんで呆れた。
ちょっとびっくり。
一応「創作料理」という風にカテゴライズするしかないのかもしれないが、あれは料理じゃない。
シェフの歴史そのものみたいな味である。
まさに料理が生まれる、創られる、その時間そのものが味となって口の中に納まる、という感じ。
驚きの体験であった。
しかもそのシェフが私と同じ年。
というか、おそらく湯浅さんと生年月日が同じ。
私のいい加減な記憶なので、間違っている可能性は大きいが。
いずれにしてもこちらの生きてきた時間の軽さを思い知らされるというか、あまりに頼りない自分の生き方に呆れつつ、まあそれはそれ、料理はしっかり堪能した。
そのあまりのうまさに話も盛り上がり、解散は深夜2時近くとなったのであった。
なんだかあまりに目くるめく1日だったので、私の身体も頭もふらふらだが、とにかく京都周辺の方々、まずは明日からの『クリーン』を見に駅前シネマへ(エスカレーターを何回も乗り継いで上るので、地元の人手さえ不安になって引き返してしまう人がいるらしいのだが、とにかく上へ!)、そしてみなみ会館での『NOISE』『冷たい水』へ、そして11月3日はガケ書房、4日はmetroへ。
明日は大阪に行って、11月7日に大阪で予定している湯浅湾ライヴの会場の下見である。
9月17日(木)
金沢3日目。
調整最終日である。
『2001年宇宙の旅』と『アレキサンダー』。
ともに低音が館内を揺らす。
『アレキサンダー』は試写以来だったが、これは2回目のほうが面白かった。
来年の爆音映画祭でやれたらいいのだが。
1日目は、もしかすると3日間では調整が終わらないのではないかと思ったのだが、何とかなるものである。
とはいえ、本番はこれから。
トラブルなく上映されることを祈るばかり。
調整終了後、11月に湯浅湾がライヴをする「もっきりや」に。
実は映画祭の会場である21世紀美術館のすぐそばで、ホテルからの行き帰りの道筋にあったことを本日気が付いたのであった。
広くはないが、アットホームな雰囲気でのライヴができそうな空間。
円盤でのライヴの拡大版として考えるのがいいと思う。
北陸地方の皆様、アルバムとはちょっと違う湯浅湾を聞くことができると思います。
また、チラシ配布しますよ、という方がいましたら、19日以降に「もっきりや」に連絡してください。
とにかく湯浅湾にとっては未踏の地であることは確かなので、皆様のお力だけが頼り。
もしかすると観客はあなたたちしかいないかもしれないのだから。
ということを金沢映画祭スタッフたちに言い残して爆音調整はお開きとなる。
明日は京都である。
9月16日(水)
本日も続々とトラブル。
考えてみれば、普段は映画の上映などほとんどやっていないホールでの、しかも爆音上映である。
トラブルが起きないほうがおかしい。
ハード的な部分は私は完全にお手上げ。
ひたすら待つか、次に何をするかを考えるしかない。
だが本日は、そういったトラブルもあったが、石井さんの『半分人間』『アジアの逆襲』そしてついに念願かなっての上映となる『宇宙戦争』が、美術館内に振動が伝わりすぎて、美術館スタッフからNGが出てしまう。
中高音はかなりの音量を出しても大丈夫なのだが、問題は低音。
あれこれ調整した果てに、いい具合の落としどころ見つけることになる。
しかし、『宇宙戦争』。
これまたもう、来年の爆音映画祭では、「絶対にリクエストで」とか意地を張っていないで、事務局推薦作品として入れなけば、世のためにならない。
この音は多くの人に聞いてもらわねば。
『半分人間』のノイバウテンも、こうやっていい音で聴くと本当に気持ちいいねえ。
しかしこれが本番では一体どれくらいの音量で聴くことができるか。
その裁量は映画祭事務局と、本番での音響を担当する地元のレゲエ・マン、銭田君に任されることになる。
特に銭田君は、映画祭期間中すべての音響を担当するので大変である。
彼がインフルエンザとかにかかったら、今年の金沢映画祭は成立しない。
金沢映画祭を訪れたとしたら、客席の一番後ろでミキサー宅に向かっている銭田君に、是非励ましの言葉を。
そうそう、『フィツカラルド』も思いのほかいい感じになった。
しかしまあ、良くあんなことやったもんだと、映画というより、あの映画が「できてしまったこと」に感心する。
9月15日(火)
金沢である。
朝も早くから東京を出発し昼過ぎに到着。
即行で爆音調整『地獄の黙示録』のはずだったのだが、スピーカーの位置や全体のバランスなどで問題があり、それやこれやで3時間近く。
ようやく調整が始まったと思ったら、もろもろのトラブル続出。
やはり、いつも上映をやっていない場所でやるのは、ちょっと無理だったか。
もう1日2日準備期間があれば大丈夫なのだが、そういう予算はない。
何とかするしかないわけだ。
で、まあ、俵さんその他のスタッフの力業でどうにかはなった。
しかし明日はまた同じトラブルが出る可能性あり。
恐るべし。
しかし、金沢の爆音『地獄の黙示録』は、バウスのとはまったく違う。
バウスでの上映のとき、この映画はうるさいところやワルキューレやジ・エンドではなく、絶対に室内シーン、と言っていたのだが、ついにここで実現。
コッポラの本領はここなのだ。
単なる会話が、なんと言うか、生き物のように躍動する。
東京でもこれをやりたいねえ。
3千万くらい、われわれに誰かくれないだろうか。
この感じで上映できれば、多分『胡蝶の夢』は、コッポラの最高傑作として誰もが認めるものになるかもしれない。
『AKIRA』も無事終了。
これもバウスでやってないから、今度やってみたいと思う。
これは、バウスの方がグシャグシャ感が出るかもしれない。
アニメの台詞は音がきれい過ぎて、やはり昨日の日記のような「空気感」に乏しいのだ。
でも、頭の中にキンキンと物音が飛び交うのはかなりすごい感じだ。
で、まあ、もろもろのトラブルのため、上映後もさらに機材のチェック。
しかし解決せず。
深夜近くの夕食の後、本日中にやってきたメールへの返事をしているとすでに2時過ぎである。
うーむ。
9月14日(月)
土・日を使って生真面目に原稿書きなどしていると何だかそれだけで鬱々として来て、いやはや、突如としてこういったしょうもない状況が奇跡的に救われはしないだろうかとか妄想も広がり、結局何とか原稿は書き上げたものの気分はまったくどんよりとしたままの週末であった。
もうこの先いいことなんてないかもしれないとか、ネガティヴな思いばかりが頭をよぎるわけだ。
どうしたものか。
今週は明日から週末まで金沢・京都・大阪なので、各所との連絡やら、経理上の処理やらあれこれ朝から夜まで。
しかしいくら催促しても結局原稿の直しを送ってくれない人とかもいて(湯浅さんはギリギリセーフ)、結局、『12枚のアルバム』も先が見えぬまま、とにかく準備がすんだところから順次レイアウト作業ということになった。
まあ、私も、地道な編集作業は全然向いてないから、そろそろこういうのは全部誰かに任せられるようにならないとと思うばかり。
「音楽も絵も映画も質感が大切なのだ」と呟きながら、画伯は黙々と作業を続ける。
その作品が生まれてきた場所の空気感をいかにそこに活かしながら作品を完成させていくか。
その場所、歴史と一緒になって作品を作る試みとも言えるだろうか。
画伯が買ってきたチャーリー・フェザーズを聴く。
そこにも何とも言えない空気が充満している。
これは中原が買ってきたものではないが、50年代の録音の多くが入っている。
本当に初期のいかにもブルーグラスっぽい歌い方が、あるとき、後にロカビリーと呼ばれるような歌い方に変わっているのを聴き取ることができるだろう。
その変化によって浮かび上がる変化したものとしなかったものの摩擦が起こす空気の揺れが、初期チャーリー・フェザーズの「質感」とも言えるのだと思う。
そうそう、このアルバムタイトルにもなっている「Can' Hardly Stand It」って、クランプスがこの空気感を大増幅してバリバリにやってるので、そちらもどうぞ。
明日は朝から金沢である。
9月11日(金)
ガビーン、という呆れるようなミス発覚。
boidの忙しさと混乱と私のいい加減さと中原の適当さが見事にブレンドされて、危なく大変なものをCDプレスするところだった。
とにかく、27日のライヴのときに先行発売予定だったヘア・スタのライヴ盤は、延期。
10月8日の発売日にも間に合わない。
10月29日のジュンク堂での『12枚のアルバム』発売記念トークのときに先行発売、くらいな感じにしようかと思う。
しかしまあ、人間の耳なんて適当なもんだねえ。
というか、私の耳がいい加減すぎるのかもしれないが。
だとすると、「絶対音感」のある人は一体どんな風に世界の音が聞こえているのか。
興味はあるがそれはそれで苦しいのかもしれない。
何しろこちらは、波任せ相手任せそのときどきによってスタイルが変わるサーファーの耳なので、と、誰に向けてでもなく単に自分で自分を慰めてみる。
ううう、しかしプレス工場に入らなくてよかった・・・
とはいえ27日には、最新録音の音源をまとめたCD−Rを限定発売することにした。
6月4日の「お誕生会」の時はCD−Rに手書きのタイトルというものだったが、今回は、印刷になるが、本日完成した豪華ドローイング。
こちらの音も相当なものなので、ライヴ会場にて、是非。
画伯の作業はそれだけではなく、もう1枚完成はしたのだが、それは画伯曰く「適当すぎ」ということで果たして世に出るかどうかは未定。
そして、まあ、これは呆れるような立体オブジェというか、立体絵画を作成中。
これもまた、果たして完成までこぎ着けられるだろうか。
しかし本日は、CDのミスはともかく、画伯の愚痴とやけくその発言をこっそり録音してここで垂れ流したいくらいの、しょうもない発言の嵐であった。
あまりにしょうもなさ過ぎて、具体的には何を言ったかすっかり忘れてしまったが、その分何かが形になってきたので、まあ良し。
これが報われる日が来ることを望むばかりである。
画伯のためではなく、もう、とにかくまずはともあれ私のために。
9月10日(木)
ヘア・スタ『ライヴ』は無事完成。
あとはプレスを待つのみとなった。
事務所で聴いてみても、素晴らしい解放感があり、やはり中原は海外でやった方がいいんじゃないか、という話になる。
いろんなことから自由になることができて、その高揚感も音に変わる。
世界中をツアーして、その日記代わりにライヴ録音を発表し続けるとかやってみたらどうだろう。
まあ、一体誰がそれを買い続けるのか、という問題はあるが。
美術館とかがスポンサーになって、それをストックしていってくれるといいのだけど。
「アート」じゃないと無理なのかねえ・・・
その後は来客続きであっという間に夜。
事務所の電話回線変更工事もあった。
ようやく、ファックス専用の回線もできた。
配給会社の皆様、今後は03-6824-9721がファックス専用の番号になります。
お知らせはとにかくこちらへ。
どうしてこんなことを書くかというと、これまでのように電話と同じ回線だと、試写その他のお知らせファックスが作業の邪魔になってしまうのである。
私としては、この日記を読んで専用回線の方にファックスを送ってくれた方からの試写を優先して見ていきたいくらい、現状ではそのお知らせファックスがちょっと厄介なものになっているのであった。
こういうお知らせって、何かいい方法がないものかと、いつも思う。
相手の迷惑にならず、しかも確実に情報が伝わるやり方。
帰宅後は、boidからCDをリリースしてくれないかと本日音源を持ってきてくれた『TOCHKA』という映画の音源を再構成して作られた、もうひとつ別の音と音楽による『TOCHKA』を聴く。
以前の日記でも簡単に紹介したのだが、試写のあとすぐに聴かせてもらったその音より、格段にその意図がはっきり見えてきたように思う。
過去と現在、現在と過去とが渦巻きながらひとつの未来である過去を形作っていくような音。
映画の『TOCHKA』を見た人にとっても、さらにその背景と未来が広がるようなものになってきた感じがする。
映画の詳細はここ→
先日の『私は猫ストーカー』の菊池さんのCDといい、こういった音からの試みが映画の幅を少しずつ広げてくれていってくれたらと思う。
それから、この本↓
やはり本日来社した、故友人の妹さんが持ってきてくれたもの。
各所で話題になっている本だが、なんと、この最弱野球部の部長は、彼女の息子さんなんだそうだ。
『ハート・オブ・ザ・チーム』を出版した私としては、是非読んでおきたい本である。
インフルエンザがようやく去り平熱に戻ったものの、今度はあまりに罹患者が多くなり学級閉鎖どころか学年閉鎖になってしまって暇を持て余している姫にこの本を渡すと、熱心に読み始めた。
まあ、昨年まで所属していた中学のバスケ部は、練習試合も含めて3年間で一度も勝てずじまいだったから、共感できる部分も多いのかもしれない。
9月9日(水)
本日は、10月8日発売のヘア・スタの3枚組ライヴ・アルバム『ライヴ』のマスタリング。
これまでのマスタリングは、マスタリングこそが曲作り、みたいな感じで、ようやくこの時点になって曲の全貌が見えてくるという状態だったのだが、さすがにライヴなのでそれはなし。
3枚ともそれぞれ70分を越える、つまり3枚合計220分くらいの大作となった。
その半分は、昨年のアメリカでのライヴ。
それから一昨年のブライトンでのライヴと、貴重な音源のオン・パレード。
しかもかなりいい音で録音されている。
昨年のアメリカのツアーの後、京都のライヴのときに盗まれてしまった人間の耳の形をした録音用のマイクが相当な優れものだったのである。
いわゆる「バイノーラル録音」ができる。
ルー・リードもライヴ・アルバムをかつてそれでリリースした、立体音響を体感できるのである。
だから、大きな音で聴くと、音が回る。
ヘッドホンで聴いてもかなりな臨場感である。
会場の空気感もものすごくいい。
これを聴くとライヴにも行きたくなる。
つまり、あのマイクを盗んだ方は、単にマイクを盗んだだけではない、相当な痛手をヘア・スタとboidに与えてくれたのであった。
いやまあ、また買い直せるくらい稼げればいいんだけどねえ・・・
いずれにしても、27日のライヴにも繋がるこの立体音像を是非お楽しみいただけたらと思う。
とにかく、ひとつのシーンから次のシーン、ひとつの瞬間から次の瞬間への展開が、世界を閉じたり開いたりして、そのいい加減さや厳密さややけくそや丁寧さが、まさにライヴの豊かさを感じさせてくれるものになっている。
実はライヴ音源はもう、あれこれあって、機を見て続きを出していく予定。
この第1弾は、ライヴ・イン・ノーウェア、みたいな感じかな。
音の仕上げはピースミュージックの中村さんに託して私は一度事務所へ。
画伯が作品制作作業の真っ最中である。
一度描いた絵の上を黒のマジックで塗りつぶしていくという、相変わらずの無駄ではないがそれゆえ無駄にしか見えない制作風景。
一体この塗りつぶしの上に何が見えて来るのであろうか?
私は、その完成を見ずに「ハイファッション」連載の打ち合わせ。
その後、事務所に戻ろうかとも思いつつあまりの疲れに帰宅しようと丸の内線のホームにいたら、停車した車両から友人が降りてくる。
もう、20年以上も前の仕事仲間で、会うのはたぶん10年ぶりくらいか。
で、先ほどまで打ち合わせをしていたカフェに戻り、あれこれ。
こうやって久々に昔の友人に会うと、今の自分が一体何をやっているのか、ということが過去から照らし出されることになる。
本日の結論は、いくらなんでももうちょっとダラダラしないとねえ、ということであった。
そんなこともあってか、帰宅後、食事を済ませたとたんに眠ってしまい、気がつくと深夜。
携帯の留守電にピースミュージックの中村さんからの伝言が入っている。
今更電話できないし、明日の朝連絡を入れてみるしかないのだが、果たして無事完成しているだろうか。
ただでさえギリギリの進行で、今のスケジュールでも27日のライヴの日にプレスされたCDが事務所に納品、それをライヴまでにパッケージして販売ということになっているのであった。
ダラダラはすぐにその報いがくるんだよねえ(笑)。
間に合わなかったら、ライヴでの先行発売は、ジャケットだけ渡して、中身は後送、みたいなことにするしかないか。
バイノーラル・マイクまでの道は険しく遠い。
9月8日(火)
出社して、昨日聴けなかったルシンダ・ウィリアムスのアルバムを探すが、遥か荷物の彼方。
次第にというかもう紛れもなく倉庫化してしまったboid事務所では、いよいよ探し物が見つからない状態になってきている。
こういうことだけは避けなさいと、会社化の前に神様から強く言われていたのだが・・・
とにかくこのグズグズズルズルな状態にどこかできっぱりと歯止めをかけなければ。
それから、いよいよ、「気刊ノーコン」の製作作業がboidの事業を圧迫し始めてきている。
したがって、ノーコンの購読受付期間を15日の消印のものまでにしようかと思う。
間に合わなかった方は、boidのイヴェントやライヴにて配布していたら、それを受け取ってください。
そのうち機を見て再びノーコンの購読受付をします。
その際に、お申し込み下さい。
とはいえ、現在のboidの混乱を考えると、年内にもう一度募集できるかどうか、というくらいに考えておいてください。
また、既に応募された方、15日の消印までに応募される方、発送は順次行なっていますが、何せ本当に製作に時間がかかるのです。
絶対に送りますので気長にお待ち下さい。
午後からはADSLから光回線にboidのネット環境を変えるための工事。
やはり事務所の倉庫化のため、どこにそのための機材を置くか、そこからの配線をどうするかが問題になる。
その後、いよいよ会社として組織化された「トラッシュ・アップ」坂口君がやって来てあれこれ。
今、雑誌をベースに運営していくのは本当に大変だろう。
近々、アルジェントのオールナイトのような、ホラーものでの爆音レイトを、という話になる。
うまく作品が揃えられるといいのだが。
夜になって中原が。
昨日は電気が止められたとのこと。
まあ、いつものことではあるが。
アレルギーの方は、ここ最近の中では一番ましくらいには回復していた。
今後しばらく、画伯としての作業を行う予定。
私の要望としては、ドローイングでの連作なのだが、果たしてそう簡単にこちらの要望がかなえられるとも思えない。
なんて書いていると本当に裏切られるので、しっかりと期待だけはしておく。
でもやっぱり裏切られるよなあ・・・。
9月7日(月)
姫1号2号ともに、徐々に回復。
ただ私は何だか思い切り調子悪く、昼過ぎまで寝込むことになった。
いやはや。
午後からは半分ぼーっとしながら自宅作業あれこれ。
しかしいっこうに目覚めず。
ぼんやりしながら、これらを聴いた。
ゲイリー・ウィルソンの70年代のシングルやレア盤、未発表曲を集めたアルバム。
曲自体は、いやあこれは一体???みたいなものもあるのだが、それぞれの曲目のところに製作した年代だけではなく、ウィルソン自身の当時の年齢も記されている。
当時の年齢なんてネットで調べればすぐに分かるのだが、音楽を聴きながら誰もわざわざそんなことはしないし、おそらくその曲を作った時の年齢なんて意識に上らない。
つまりほんの少しのちょっとしたことなのだ。
それで聴き方がちょっとだけ変わる。
そんなアルバム作りがboidでもできたらと思う。
それからこれ。
もうすぐ来日するドニー・フリッツの97年の作品、24年ぶりのセカンド・アルバム。
ダン・ペンやスプーナー・オールダムなどの他、ウェイロン・ジェニングス、クリス・クリストファーソン、ウィリー・ネルソンといった大御所も参加しているが、なんといってもトニー・ジョー・ホワイトとの1曲が。
別に大したことはやっていないんだけどねえ。
いつかふたりでアルバム1枚作ってくれないだろうか。
ああ、ルシンダ・ウィリアムスの歌も良くて、久々に聴きたくなったのだがすべて事務所なのであった。
9月6日(日)
1号は新型インフルエンザ確定、2号は病院にて点滴、ということで我が家は果たしてどうなるか。

フニャフニャの姫2号さま・・・
9月5日(土)
ついに姫1号が発熱。
我が家にもインフルエンザ騒動がやって来ることになった。
本日は、高校の演劇祭で、そのため早朝から夜まで、という予定だったのだが、姫の演技を朝から見に行った妻と義母より早く、姫が帰宅。
1日4回公演のうちの1回目を終えた時点で立っていられなくなったとのこと。
とにかく病院へ。
病院での説明によると、症状が出てから12時間経たないと、検査をしても反応が出ないということらしい。
したがって、限りなく怪しいが断定も否定もできないという中途半端な状態のまま、「タミフルもだしましょうか?」と言われたものの、確定してからお願いしますということで、とにかく抗生剤と解熱剤をもらって帰ることに。
夜になっても熱は収まらないので、とにかく明日、日曜もやっている近所のクリニックに行くことに。
義母は、移ったら大変ということで、すぐに帰宅。
私も、本日の仕事がほぼできないまま。
夜になると今度は、姫2号が、各所で嘔吐。
そういえば昼からほとんど食事をしていなかったから、具合が良くないのだろう。
いつもの嘔吐より、ちょっと酷い。
これで私か妻か、いや、いつも倒れている私はともかく、妻が倒れたら、我が家は大変なことになる。
2匹の黒猫たちは元気一杯である。
そうそう、夕方、とにかく仕事のデータを家に持って帰らないとどうにもならないので、とにかく事務所に行ったのだが、なんと、、、、、
こんなことになっていたのだった↓。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090905-OYT1T00819.htm?from=main2
9月4日(金)
京都・大阪で上映活動をやっていて、今は製作、宣伝などなど新たな動きを見せ始めた田中君がやって来る。
話を聞いていると、相変わらず腰が軽い。
どうやらいろんな形で実を結びそうな小さな動きの数々を知る。
boidも拠点を関西に移したいくらいだ。
まあ、関西に行ったら行ったでやっぱり東京へ、とか思うんだろうけどねえ。
で、土・日にはアメリコが大阪にて、湯浅湾が京都と大阪にてライヴをやるもんだから、物販と今後の営業も兼ねて私も行こうと思っていたのだがなかなか決断ができず今日までぐずぐずしていたところ、やはり明日も明後日も仕事満載ということが判明し、とにかく目先のことから、ということに落ち着いたのだった。
きついねえ。
まあ、そうなるまで放っておいたのが悪いんだけど。
とはいえ夜はタランティーノ新作『イングロリアス・バスターズ』。
これがまあ・・・(笑)。
規模が大きいんだか小さいんだか、そのスケール感の落差が半端ではない。
先日のジャームッシュの新作もそうだが、極端に小さなものと極端に大きなものとがいきなり合体しているこの感じは一体何なんだろう。
音の付け方も同じで、物語が盛り上がり始めるととってつけたような突然の爆音。
こういった唐突さが奇妙な壮大さを生んでいるのだろうか。
いずれにしてもいろんな意味でたっぷりと楽しませてもらった。
相変わらずの会話のシーンでは、いい意味でたっぷりと退屈させてももらったが。
そういったことも含めて、堂々とした現代の映画になっていて何とも頼もしい限りであった。
つまり、自由で凶暴な映画だったということである。
9月3日(木)
相変わらずどんよりとしたままの1日。
まあ、しばらくはこのまま行くのもいいかなとも思い始めた。
そう思ってしまえばこっちのものでもある。
でもそれでどんよりがはれる訳でもなし。
夕方、「boid now」のコーナーでもお知らせした湯浅湾「松村ビック」を持って、製作者である吉住&毛利チームがやって来る。
週末の関西湯浅湾ライヴにて販売予定なのである。
現在200円で販売しているこのピックが、いつかプレミア&ご利益がついて2万円也、くらいで売れるようになれたら、という話になる。
とりあえず、妄想は大きめにて(笑)。
まあ、ピックが2万円で売れるという妄想が果たして「大きい」と言えるのかどうかは謎。
その後、湯浅湾集合。
11月の関西ツアーに向けてのミーティング。
1日の名古屋から始まり、金沢、京都、神戸、広島。
というのが現在のスケジュールなのだが、広島から一気に帰って来るのはきついので、7日の土曜日に途中のどこかでできないかというのと、3日が空いているので、この日、金沢か京都、あるいはその間で何かできないか、というのが今後の課題。
11月3日、学園祭などで湯浅湾に軽く演奏してほしい、という希望があったら是非boidまで。
2日は金沢の「もっきりや」、4日は京都の「metro」というスケジュールなので、3日は北陸方面でも関西方面でも大丈夫。
うまい場所がなかったら、路上ライヴでもやろうか、という話にもなった。
そうそう、1日の名古屋は、ヘア・スタとのライヴになると思う。
別々の演奏と、ヘア・スタ&湯浅湾というセット。
名古屋方面の方、滅多に見られない演奏です。
ヘア・スタは翌2日は京都造形大学でのライヴ。
これは、何と、稲川方人さんとのセッション。
ヘア・スタの演奏に稲川さんの詩の朗読という、これまたかつてなく、そしてこれからもあるかどうかという組み合わせ。
一昨日稲川さんに久々に電話して、このセッションが決まったのだった。
などなど、11月のboidは関西に拠点を移しての活動となる。
6日の広島は、もしかすると今後東京でもほぼ絶対に見ることができないと思われる某作品の爆音上映とセットにてのライヴとなるかもしれない。
横川シネマにて。
その前後の、10月末から11月中旬までは、横川シネマでの爆音上映が続く。
と、まあ、どんよりどころではないのではあるのだが・・・
東京方面では、11月14日からの1週間、池袋シネマロサにご注目。
これは詳細が決まり次第発表します。
そうそう、今週に入って何人かの知り合いから、『クリーン』見ましたよ、という連絡が来ている。
すっかり気に入った人もいるし、ダメだった人もいる。
いずれにしても、こうやって見たばかりの人たちと話していると、その人が『クリーン』を気に入ったとしても気に入らなかったとしても、私がなぜあの映画をこんなに人に見てもらいたがっているか、その核心がだんだんと焦点を結んでくるような気がして、うれしい。
いつか、そのことを形にできたらと思う。
夜は、何年ぶりかでサンディーを聴いた。
デニーではなくショウ。
これ↓

イギリス発売された全シングルを集めたボックスセット。
こんなブックレットもついていて、久々に見たが、やはり和む。

日本人には絶対あり得ない硬質な声、この人の声帯は一体どうなっているのかと思う。
ただ、このCDは、発売時にモノラルだった曲を新たにステレオ・ミックスとかもしていて、また、モノラルの音が、その幅広いレンジにデジタルのサンプリングが追いつかないのか、どこか音がつぶれてしまっていて、もうちょっと何とかならないかとも。
いつか、湯浅さんのレコード鑑賞会にて、サンディー・ショウのシングルの夕べ、みたいなことをやってもらえたら。
しかし、もう、このCDボックスセットも発売されていないんだねえ。
今、初期のシングルを聴こうとしたら、これ↓くらいしかないのか。
これも中古盤でしか手に入りそうにないわけだから、ますますレコード鑑賞会の意味は大きくなるばかり。
サンディー・ショウの音作りをしていたクリス・アンドリュースと同時期に狂った音を作り続けていたジョー・ミークの、ブリティッシュ・ポップの聴き比べとかやったらどうだろうか。
なんてことをしていると、どんよりしたまま夜は増々更けていくばかり。
うーむ。
9月2日(水)
まずはお詫びと訂正を。
「気刊ノーコン」の配布の件。
HP上では配布希望の方は1号につき送料として80円切手を、というアナウンスをしていたのだが、これは誰が見ても分かるように、明らかな間違い。
結構な実費と時間がかかるのである。
というわけで、とにかくインク代と紙代だけでも何とかしないと、boidは増々貧乏一直線。
そのことに本日になって気づくあたりもいやはや間抜けきわまりない事態であるのだが、とにかくまあ、気づいただけでもまし。
したがって、本日より、実費と送料として、1号240円(80円切手3枚)をいただくことにした。
既に注文された方、昨日、あるいは本日注文の発送をされた方は問題ないです。
早い者得、と考えてください。
混乱させてすみません。
それから、当分の間、ライヴやイヴェントでは無料配布することもあります。
とにかくそれも、こちらの製作が間に合うか次第、ということで、これもまた、運が良ければライヴでもらえる、というくらいに考えておいてください。
それはそれ、注文とともにいただいた皆様からの励ましのお便り、どうもありがとうございます。
「湾祭り」、バウス・スタッフもバンド・メンバーも皆さん非常に刺激的だったとのことで、また、いつか機会を見て行ないます。
お楽しみに。
本日は、10月10日から爆音レイトショーする牧野貴君の『The World』のためのチラシ文面整理。
詳細は追って発表するが、この作品は今年の爆音映画祭で、映像の上映と、それにあわせてのジム・オルークのライヴ、という形で行なったもの。
その映像の再編集、ライヴ録音した音源のリミックスなどを経て完成した約50分の作品である。
それだけだと時間的に短いので、やはり牧野Xジムによる短編と、ジム・オルークの監督作品『not yet』を加えた約90分のセットとして上映する。
また、初日の10日には、牧野君、ジム君他が選んだ実験映画の数々、それに私の希望によるヴェルナー・ネケス作品(音楽をやっているのがスラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアである)などなど。
ヴェルナー・ネケスは80年代初頭にイメージフォーラムで特集が組まれ、そのとき通いつめてほとんど見たはずなのだが、例によってタイトルと内容がまったく分からなくなり、本当は、さまざまな色彩が狂おしく明滅する中からアンソニー・ムーアの演奏がガンガン鳴り響く、というのにしたかったものの、タイトルを見てもまるで分からず、とりあえずイメージフォーラムと牧野君の選んだネケス作品となった、という次第。
とにかくまあ、音と映像の爆音実験室、みたいな1週間となる予定。
普段は「実験映画なんて」みたいな感じで敬遠している方も、この機会にぜひいかがでしょう。
牧野君たちの選んだ作品がどんなものか、今から音調整が楽しみではある。
帰宅後、ついに姫1号の友人も新型インフルエンザに、という話を聞かされる。
クラスでも2、3人休んでいるとのこと。
うーむ、このままではもう私も風前の灯。
ただでさえ、こんな状態なのにねえ・・・
本日の夜のBGMはこれ。
詳細は何も分からないまま、なんとなく気になって買ったものなので、ほぼまったく情報ゼロ。
Kidz in the Hallの片割れの人のアルバムである。
東海岸ならボストン、西海岸ならオークランド辺りのバンドを、つまりちょっとジャジーで知的なヒップ・ホップを思わせるが、何曲かから感じる熱気はかなり良かった。
それはあくまでもクールな熱気で、たぶんライムの持つ熱気なのだろう。
それにつられてアレンジが「気を帯びている」、という感じ。
英語がちゃんと聞き取れたらいいんだけどねえ・・・
9月1日(火)
気づくと9月である。
30日のイメフォでのトークの後、原宿VACANTに向かう途中でずぶぬれになりグッタリしてそのまま帰宅、具合が悪くなり寝続けて31日夕方6時に起床。
その間、目が覚めると囈言のように各所に『クリーン』へ、というメールを出してはいたが、その他は何もせず。
もちろん出社せず。
夜はようやく、先日の日記で取り上げたレコーディング・スタジオの伝説 →を読み始め、これを読んだ以上、どうしたって聴かざるを得ないようなあ、ということで、アマゾンにフランク・シナトラの58年のアルバムを注文した。
本日は、ヨレヨレのまま出社。
特に何もせず、そのままソクーロフの『ボヴァリー夫人』へ。
まあ、『ボヴァリー夫人』といってもソクーロフだからねえ。
89年に作られたものをデジタル化して再編集したもので、ちょうど『日陽はしずかに発酵し』のすぐ後くらいの作品だから、あの歪んだパースペクティヴ全開で、何とも気持ちいいような悪いような。
ただまあ、あまりの裸とセックス盛りだくさんで、ヨレヨレの私はいっぱいいっぱいだったのだが、それでもそれらの「生の営み」がすべて「死」と混ざり合いながら進んで行くさまは、とにかくひたすらひとりの人間のあらゆる可能性を全開にして、我々の人生はあらゆる意味で複数であることを、たっぷりと見ることができたように思う。
ボヴァリー夫人が死んだときに3種類の棺桶が用意されるのだが、まさにそれは3人の人が死んだのだと実感させられた。
音はたぶん、新たにリマスター、リミックス、再編集されたものだろう。
時と場所を越えたさまざまな音が聞こえてくる。
それもまた、複数の「ボヴァリー夫人」の人生が聴いた音であり、それらがひとつの物語の中にまとまって聞こえてくるということなのだと思う。
台詞の聞こえ方も状況によって全然違う。
しかも、「ボヴァリー夫人」はその時代だけに生きている訳ではない、というのがポイントである。
見ているこちらも、次第に輪郭が崩れ出して行くのだった。
その後事務所に戻り、馬喰町にあるスペースでギャラリー展開を始めるという京都造形大学の学生、永江君と、中原の絵の出展についての打ち合わせ。
その後中原がやって来て、ライヴ・アルバムのジャケット作り。
どうやら中原も、『レコーディング・スタジオの伝説』を読んで、フランク・シナトラの上記のアルバムを買ったのだという。
とにかくあの本を読んだら、まずはこのアルバムから、ということになるのであった。
ジャケット作り作業は続くが私はやはり気分が優れず、帰宅。
シナトラの前に、『私は猫ストーカー』の音響を手がけた菊池信之さんが、その録音時の素材を使って1日の風景=物語をスケッチしてまとめたアルバムを聴いた。
といってもとにかく収録された環境音ばかりで成り立つアルバムで、ミュージック・コンクレートのようにそれらをコラージュしてひとつの音響作品にするというようなものではなく、本当に環境音なのだ。
といっても、鳥の声や自転車の音、人の話し声など、単に収録されたままではなくて微妙に背景から浮き出てきたり消えて行ったり。
姫2号が興味を示し、しばらくずっと、スピーカーの前に佇んでいたのであった。
かつて菊池さんにインタビューした時、「映画の音が映像を説明したり補足したりするのではなく、別の物語を語り出すような音を映像にぶつけたい」というようなことを語っていたことを思い出す。
うまい具合に、『私は猫ストーカー』を見損ねていたので、音の物語を先に聴いてから本編へという、ある意味理想的な順序で、本編を見てみようと思った。
で、シナトラ。
このアルバムを作ったとき、シナトラは今の私より10歳くらい下なんだよねえ・・・・・・・・
このところ、父親の件もあり、人の死とものすごく身近になっていて、こちらも半分そちらに引っ張られ気味で体調もおかしなことになっていたのだが、シナトラは40代前後で既にそんな状態をクリアしていたような。
いや、年老いた自分を40歳過ぎのシナトラがギリギリのところで受け止めていると言うか。
いや違う、40代のヨレヨレになりつつあるシナトラを年老いたシナトラが受け止めて歌っている。
つまり、生きる術とは、別の時代の自分にすがる術をおぼえること、というようなことが言えないだろうか。
まあ、そんなことを言い訳に、このところの「半分死んだ」状態を何とか切り抜けようというわけである。