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boid日記 2009年10月

boid日記
text by 樋口泰人

10月31日(土)

頭痛で目覚め、朝食をとったら酷い下痢となり、完全に出遅れる。
ヨレヨレの1日なり。

したがって、各種発送作業は発送直前まで行ったものの、時間切れであった。
青山原稿お待ちの皆様、申し訳ありません、明日の日曜日に発送します。
メール便ですので、火曜日、水曜日、木曜日あたりに到着となると思います。
もうしばしお待ちを。

夕方以降は、ツアーのドライヴァーを勤める湯浅湾山口君と大塚がワゴンの練習も兼ねて、メンバー宅を巡り集荷作業。
しかし8人乗りのワゴンとはいえ、機材その他を積むと、果たして明日は皆さん乗っていけるかと、大いに心配になる。
うーむ。
まあ、私が心配したところで何もできないので、とにかく何かあったらすぐ連絡を、ということでお任せして帰宅。

しかし、このところつくづく思うのだが、ミュージシャンは本当に大変である。
毎日が命がけ。
何の保証もなく、有給休暇もなく、ボロボロになって働いても、手にするのはほんのわずかな金額である。
考えただけで気が遠くなる。
まあ、それで気が遠くなるような人は端からミュージシャンなどできはしないからいいのだが。
いずれにしても、ツアーの無事を祈るばかり。

まずは名古屋方面の方々。
明日です。
是非、KDハポンへお出かけください。

あるいは、名古屋地方に知人・友人がいる方、それらの方々に「絶対行け」と脅しの連絡をお願いします。
金沢は2日、京都が3日と4日、神戸5日、広島6日、大阪7日です。
バンドが地元以外の場所に行くのは、個人のミュージシャンとは違って旅費、宿泊費、ギャラなどの問題で、本当に大変だし、だから地元以外で演奏する機会は本当に少ないんです。
是非、この機会をお見逃しなく。
しかしまあ、今更ではあるが、こんな無茶な企画を立ててしまった自分を呪うばかりであった。
明日は9時出発。
何より中原がその時間に集合場所にたどり着いてくれることを!

そうそう、日々のツアー報告は、大塚が「boid now」のコーナーでやってくれるはず。
お楽しみに。

しかし、それ以外にも連絡事項があれこれあって、ただでもできるだけ籠っていたい私の人間としての輪郭がすでにはち切れそうである。
という訳で、各所への連絡がまばら。
焦って連絡したり、呆然としたままやり過ごしたり。
こればかりは病気なのでお許しを。

10月30日(金)

昨日重い荷物を持ったためか、朝から腰が痛い。
このところちょっといやな気配があって、周囲にも「ヤバい」と漏らしてはいたのだが。
ただまあ、私の腰痛など本物の腰痛持ちの人の腰痛に比べたら、小さな子供みたいなものだからねえ。

しかしそのせいもあって、気分の重いまま事務所に。
本日も妻の手を借り湯浅さんの詩集作りであった。
私はそれに手を出しても失敗して迷惑をかけるばかりなのでとりあえず傍観。
もちろん、その他発送作業やらなにやらが残されていて気が遠くなる。
遠くもなりさらに重くもなり、さてどうしたものやら。

本日は渋谷のクアトロにて、湯浅湾ライヴあり。
相対性理論も出るとあって、前売りも相当売れているという話。
しかし湯浅湾は相対性理論の後の出番なので、そこで相当数が帰ってしまうのではないかと、メンバーも我々も不安一杯ではあった。
だがその不安も、というか、人の心に不安を引き起こす何かを、最初に出たPHEWのパフォーマンスがすっかり吹き飛ばしてくれた。
声と歌の力がものすごい。
こういうのをボーカリストというのだ。
ライヴを見たのは久々だったが、以前にも増して声の輪郭が際立ち、言葉がはっきりと伝わってくる。
あっという間に涙腺が緩んだ。
確か最後から2番目の曲は、「勝つ」という言葉がキーワードとして使われていたと思う。
70年代末から80年代に若者の時代を過ごした我々が微妙に避けて通ってきたこの言葉を今はっきりと使う意味の強さと広さ。
そのことと、声の強さは確実に繋がっている。
それから最後の曲は、数日前にメールでPHEWが約束してくれた歌がこれだ、というのがすぐに分かり、さらに涙腺は緩む。
私の葬式に流してもらう曲がさらに一曲増えた。

シンバルを叩くときの柔らかいタッチが心にしみたことも付け加えておく。

という訳で本日は、その後も面白いものをいっぱい見たし、湯浅湾も良かったが、とにかくしょっぱながすべてであった。
皆さんも時間があったら今度是非、駆けつけてみてください。
今後のスケジュールは本人に確認しておきます。

ああそうそう、湯浅湾が登場して演奏を始めた瞬間、そこが21世紀のポップな渋谷の風景から、70年代末のまだまだ汚かった渋谷の屋根裏あたりの風景へと、ステージの景色が一変した。
まだまだ道は厳しいかもしれないが、湯浅湾には堂々とこの道を歩んで欲しいと心から思った。
「柔らかい太陽」でまたもや涙腺が緩んだ。

10月29日(木)

『12枚のアルバム』が出来上がってくる。
その発送作業もあり、また、明日からの湯浅湾ツアーで販売予定の湯浅さんの歌詞集の制作作業もあり、本日は、妻も動員してのあれやこれや。
もちろん事態は遅々として進まず、いや、ゆっくりと進む、というべきか。
いずれにしても明日に回せることは明日に回してジュンク堂へ。
人口密度高し。
その後のうちあげも人口密度高し。

そして私はバウスへ。
『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』の爆音調整である。
たどり着いたとたん、映写&ミキサーの小嶋さんが腕を負傷。
何とも不吉な始まりである。

調整は、元々の音源が不安定だったためどこに音をあわせるかが問題となった。
シーンによって、音質だけではなく、音量も違うのである。
爆音泣かせの映画である。
ここをこうすればもっと良くなるというヒントは見えても、そこにあわせると今度は違う場所で厳しくなる。
でもまあ、結局、エンジン音にあわせるしかないんだけどね。

しかし思い起こせば、中学生時代の私の部屋には、この映画のスーザン・ジョージのポスターが貼ってあったのであった。
今見ても特に美人でもないし、可愛くもないんだけどねえ。
バウスの武川君には「そのころからビッチ好きだったんですねえ」と言われる。
私としてはさすがに当時はビッチかどうかというようなことには意識はなく、たぶん、ピーター・フォンダとならんだ時の佇まいみたいなものが気に入っていたのだと思う。

そして、『デス・プルーフ』の音を軽く確認。
「軽く」なのではあるが、まあ、この映画で「軽く」と言ってもつい、どっぷりと見てしまうのであった。

で、とにかく帰宅しぐっすりと寝る、という予定であったのだが、いつもなら私を高円寺まで運んでくれるバウスの車を撮りにいった井手君から報告があり、駐車場の突起にタイヤをこすり、パンクしてしまったと。
うーむ。
何も現実世界で車を壊さなくても・・・
若者はみな、ピーター・フォンダに憧れるんだよねえ。

それから、boidの通販で『12枚のアルバム』を購入された方にプレゼントしているヘア・スタのCD−Rだが、これは、7月にスーパーデラックスでやったライヴを収録している。
たぶんこのとき初めて、マルチスピーカーのシステムを使ったのではないかと思う。
その手探りな感じも含めて、とてもいい展開を見せる。
この機会に是非。

さらにそれから、明日は、青山による、爆音映画祭の対談の代替原稿を発送するのだが、何名か住所が記されてなかった方達がいる。
ここで名前を出すわけにはいかないので、もしやと思われる方は連絡していただきたい。
また、住所は分かるのだが、氏名が分からない方がひとり。
横浜市港南区南台にお住まいの男性の方。
連絡いただけないでしょうか。
確認でき次第、すぐに発送します。

10月28日(水)

分かってはいたが、現在のboidがとんでもない状況であることがはっきりする。
とにかく全然、まったく人手が足りないのであった。
このままではどうしようもないということで、何人かに声をかける。
湯浅湾ツアーに果たして間に合うのだろうか。

とりあえず私は、明日のために寝る。

10月27日(火)

朝から西新宿某所へ。
その後、ソフマップのパソコンクリニック。
何と、我が家で使っていたノートパソコンがついに壊れてしまったのである。
パナソニックのレッツノートは本当に優秀で中古品を買ったのが数年前。
この間まったく何のトラブルもなく、ハードな使用にひたすら応えてくれていたのであるが、ついに昨日、windowsが立ち上がらなくなってしまったのである。
つまりハード的なトラブルというよりもソフト的なトラブルで、それも、我が家の姫2号がたびたびキーボードの上を歩くものだから、その度に何かおかしくなっていったのである。

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その張本人は、本日のうららかな日差しの中で、呆れるくらいにまったりしていたのであったが、こちらはそれどころではないのだった。

ソフマップに行ったのは、リカバリー・ディスクを使うとハードディスクの中身が消えてしまう可能性があるので、とにかくハードディスク中のデータの取り出しを依頼するためである。
しかし5GBまでは19800円、それを越えると4万円くらいという料金。
うーむ。
これはさすがに躊躇する。
迷った挙げ句、1日考えさせてもらうことにする。
自分で取り出すしかないかなあとぼんやりとは思うのだが、以前のようにパソコンに対する興味がなくなってしまったため、その決断もつかず。
しかしまあ、どうしてこう、あれこれいろんなことが起こるのかねえ。

とはいえバタバタと作業をしなくては、今度は大塚が11月からの湯浅湾ツアーに同行するために、今月中にやり終えておかねばならないことが山積みなのでもある。
果たして無事、ツアーには出かけられるのだろうか。
運転中、居眠りなどしなければいいが・・・

それはそれ、事務所からは各所に、湯浅湾のライヴに是非、というメールを出した。
まずは名古屋地方の皆様、本当に騙されたと思って見に来てください。
11月1日です。
2日は金沢。
開場の雰囲気と広さ、機材の具合によって演奏はそれぞれまったく違うものになるはずなので、本当は誰かにツアー記録を通しで撮影しておいてほしいくらいなのだが、まあ、そんなことを本当にしたら、資金がいくらあっても足りなくなってしまうので、残念ながらそれはできず。
場所場所で、誰かが勝手に記録を撮っておいてくれるといいのだが。
勝手に誰かが撮影して、それをboidに送ってくれたら、それらを全部編集してツアー・ビデオを作る、みたいなことができるといいなあと、妄想も膨らむ。
まあ、その気になったらどなたか撮影して送って下さい。

10月26日(月)

これまでが暖かすぎたのか、昨日からいきなりの寒さである。
姫2号も寒そうだったので猫用ヒーターを毛布の下に入れてやると、やたらと気持ち良さそうである。

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私も猫になりたいと思いつつ雨の中、朝からバタバタと各所へ。
役所、銀行、法務局。
田舎にいると歩くことはほとんどなく、車での移動ばかりだからすぐに足腰が弱ってしまうので、こうやって無理矢理歩くのはそれなりにリハビリになるのであった。

その途中で文春の編集者、清水君にバッタリと会った。
清水君を知っている人にはお馴染みの、またもや驚くべきファッションで、声をかけられるまで私は、何だかとんでもない人が前方から歩いてくるなあと呆れていたのであった。
まさかそれが私の知り合いだとは思いもしないのは、まだまだリハビリが足りない証拠である。

事務所では、留守にしていた10日分の事務処理がどっさりである。
ひとつひとつやっていくしかないといい聞かせつつやるのだが、結局全部は無理で、やり残したまま帰宅。
湯浅さんに、「こんなときにはこれ」と言われてもらったアル・グリーンの『レッツ・ステイ・トゥゲザー』を堪能する。

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Al Green "Let's Stay Together" →

先日の「お別れ会」のときに、葬儀担当から「何か流したい曲はあるか」と尋ねられたのだが、さすがに父親が何を好きだったかも知らず、母に尋ねても分からないので、ありもののネタでいいとお願いしたのだった。
例えばそんなときに「レッツ・ステイ・ツゥゲザー」なんかもってこいだったかと今更思うわけなのだが、やはり田舎ではひんしゅくを買うのだろうか。
アル・グリーンも現在はゴスペルの人になっている訳だし。

しかしこのアルバムは、何と言っても裏ジャケがいいんだよねえ。
どんなにいいかは、皆さん手に入れてのお楽しみ、ということで。
それにこのドラムの響きは何と言ったらいいのか・・・

そうそう、先日の「原戸籍」に関する間違いを訂正するのを忘れていた。
あれは、単に移動した先々に残っているというものではなく、本籍の移動に伴って発生するので、例えば、結婚して遠方に居を構え、その後離婚してさらに別場所に、みたいな時は本籍が次々に移動するので特に面倒になるのである。
両親がそのような経歴を持つ人は今から覚悟しておくがいい(笑)。

10月25日(日)

昨日夕方、東京復帰。
老人率95パーセントくらいのど田舎にすっかり慣れてしまった者にとって、若者率90パーセントくらいの高円寺は、何だか眼の毒である。
やたら人が多い。
このギャップは慣れてしまえば何でもないのだが、あの老人たちの世界はそれなりに強烈でもあるので、もはやそのどちらにも慣れることのできない場所に来てしまった感触もあり、いやはやどうしたものか。

本日は、残された母の生活の問題を妻とあれこれ話す。
元々体調が優れなかったので、いよいよ大変である。
一人暮らしを果たしてどこまで続けられるか?
ケアホームとか、グループホームとかあれこれアイディアは出るが、適当な場所があるのかどうかも分からない。
もしそうなったら、現在の実家をどうするかという問題もある。

その話の流れで、考え方を変えて、今の実家をリフォームして、そこをグループホームにしたらどうかということにもなった。
ただまあ、その資金をどうするか、誰が運営するかとか、問題は多々。
だが、このアイディアはなかなかいいのではないかとも思っている。
いずれにしても、もはや老人たちばかりの町になってしまっている訳だから、昔からの近所付き合いということではない、新しい関係の中での生活が必要とされているはずなのだ。
都会とはまったく違うシステムで、それらが動き始めると面白いと思うのだが。

それはそれ、明日からは仕事にも復帰である。
何だかすっかり、いろんなことが後回しになってしまっている・・・

10月23日(金)

儀式が終わると現実が待っている。
凍結されてしまった銀行その他の預金口座などなどの相続手続きをしなければならない。
夫名義の金を妻が相続するだけなのに、さまざまな書類が必要となる。
銀行、農協、郵便局、役場、などなどを巡る。
途中、会ったはずの農協を見失い、行ったり来たり。
でも見つからず。
なんと、生まれ育った町の中で、しかも、端から端まで1キロもない商店街(かつての)の中で、iPhoneのマップ機能を使うことになったのだった(苦笑)。
しかしそれでも見つからない。
あきらめて、母の実家に電話して場所を尋ねると、表通りではなく、ちょっと引っ込んだ場所へ、最近移転したのだという。
まあとにかく、無事解決。
だが、なんと、農協は3時までなのであった。
すでに5分ほど過ぎていて、見事にカーテンが閉まり、入り口も閉まっている。
とはいえさすがに今日を逃すと、またいつ来ることができるかわからない。
裏口へ回って、お願いしたのだった。
それで何とかなるところが、田舎のいいところである。

よくわからないのが、どこの金融機関でも、旧名義人(つまり私の父親)の、「原戸籍」というのが必要とされることである。
父親の戸籍の生まれてから死ぬまでの移動がわかるようになったもの。

私の父親は生まれた町で死ぬまで暮らしたから、ひとつの町役場で処理できたのだが、たとえば、この町で生まれ、北海道に移り、それからまたどこかへ、みたいな転勤族の人だったら、それは大変である。
移り住んだ場所すべての戸籍の記録を取り寄せねばならないのである。
それがないと、預金がまったくおろせないわけだから、もし実際に私の父親が移動の多い人だったとしたら、一体私はどうしていただろうか。
そういう状況に陥った人は、少なからず絶対にいるはずである。
いやあ、恐ろしい。
代理でそういった書類を取りに行ってくれる商売が、きっとあるんだろうけど。

などなど、「振り込め詐欺」の遠い影響に振り回された1日であった。

でも、考えてみる、「振り込め詐欺」を避けようとしてますますシステムが複雑になり、そのことによって年寄りたちはさらにそれに対応できなくなり、その挙句優しくしてくれる誰かにその作業を頼んだりして、またそこに詐欺が発生する、というあく順癌が完全に始まっている。

それから、昨日の日記の続き、「ひとつの時代の終わり」について。
私の父は昭和2年の1月生まれで、昭和1年というのは12月25日から始まっているわけだから、実質的には2年が昭和の始まり。
父の同級生が集まると、大正15年生まれ、昭和1年生まれ、昭和2年生まれが集まるのである。
昨日の「お別れ会」に集まってくれた同級会の人々は、まさに「大正の終わり、昭和の始まり」の顔たちでもあったのだった。

10月22日(木)

本日は父親の、葬式代わりの「お別れ会」。
いわゆる無宗教の自由葬というやつである。
自由なので、何をやってもいいということなのであるが、さすがに田舎だとそうも行かず、各所への根回しなどあれこれあって、それはそれで大変なのであった。
しかしさすがに「喪主」ということになると、疲れ方が違う。
自分でもあきれたが、本当に世の皆様はこんなことをきちんとやってきたのか。
とにかく人生の中でもとんでもない一大イヴェントであることは間違いなく、その意味では、今後のboidのイヴェント活動の大いなる参考にもなったのであった。

だけどほんと、とにかく参列してくれた方の多くがもう相当な年齢で、そんな方々から涙ながらに挨拶をされると、父親のこと抜きに、相手のその姿だけで泣けてきてしまう。
人口が激減し、もはや小学校、中学校も、各所にあったものをすべて統合してようやく1学年1クラスを確保するのがやっとという状態の私の実家のある町では、いよいよ、ある大きな時代が終わろうとしている。
いよいよそれらがバタバタと死んでいく。
今日の参列者の半数くらいがこの数年でこの世を去るだろう、そのときの空虚が一気に目の前に現れたような気がした。
とはいえ、それに対して何ができるわけではないんだけどね。

10月21日(水)

少しずつ日常に戻りつつあるのだが、なんだか落ち着かぬ日々。
来客、もろもろの事務整理、明日の「お別れ会」の準備などの合間を縫って、仕事&各所への連絡を。
しかし田舎での暮らしは、というか畳の生活は本当に足腰が疲れる弱る。
身体が硬いのがいけないのだが、なんかもう、ねえ・・・
ただとにかく、小学校時代の先生とかがいきなり弔問に現れたりすると、突然緊張が走る。
時間は一気に40年以上前に戻るわけだから。
いやはや。

ああそれから、このところの田舎暮らし、老人たちとの付き合いの中で、私の中にも圧倒的にまったりとした時間が流れ始めているので、本来ならしなければならないことをすっかり後回しにしている可能性あり。
とにかく私から連絡がなかったり、すると言ったのにしてなかったり、メールや品物が届いていなかったりなどなどあった場合、急いで連絡をお願いします。
そうしないと取り返しの付かないことになりそうです。
本日もboidにとって生死を分ける大変な仕事を忘れていて、というか、置き去りにしていて、明日の「お別れ会」をサボってでも東京に戻らないとマジでboidは緊急事態、という状況に実はなっているのであった。
にもかかわらず、なんとなくボーっとしているわけだから、本当にまずい。
親をとるかboidをとるか、一体私はどうしたらいいのだろうか。
うーん、昨夜一度東京に戻るべきだった・・・
なんてことを書いても、あまりこの危機感は伝わらないか・・・

10月19日(月)

本日は父親の火葬であった。
さすがにここ何日かはあまりにバタバタでガタガタ、かつてない日々を経験した。
『ロシアン・エレジー』の「ゼーゼー」という苦しい呼吸音は5分くらいだろうか?
それを3日間聴き続けると、さすがにある種のトリップ状態になる。
時間の流れがまったく変わり、「停滞」という動きの奥に引きずりこまれるような感じといったらいいか、早く動く独楽は止まっているように見えるという小林秀雄だったかの言葉のような時間感覚をたっぷりと体験したのであった。
時間が圧倒的に停滞しているはずなのにものすごいスピードで動いていて、一気にいろんなものが見えすぎて何も見たことにならないけれどもはっきりとどこかに記憶されてしまった、という恐るべき覚醒状態というか。

まあ、それはそれ、今週1週間は、木曜日の葬式代わりの「お別れ会」をメインに、あれこれ忙殺される予定。
したがって、boidの私の業務は来週まで休止となる。
皆様にはご迷惑かけますが、しばしお待ちを。

10月15日(木)

今(午前3時)、病院から戻ってきたのだが、いよいよ大詰めである。
boidのあれこれの作業も一気に大詰めになっているのだが、それは大塚に任せ、病室からあれこれの指示を出し、チラシもなんとかなってきそうな感じ。
ただとにかく、今は病人の方。
とはいえ、そばにいたところで何かができるわけではなく、それがなんともつらい。
父親は何か言いたそうで、実際になにやら言っているのだが、もはや聞こえず、聞き取れず。

こんな酸素マスクなんてつけられたら何もできやしない、とか何とか、起こっているようでもある。
そばにいながら何もできない息子のだらしなさにあきれているようでもある。
とにかく、夕方から延々と、「ロシアン・エレジー」状態であった。
見てない人は、何のことかわからないだろうけど。
12月の爆音で、たっぷりと体験してください(笑)。

それから明日、「The World」の最終日、上映前に牧野君の挨拶があります。
まだご覧になっていない方、もう一度見ようかどうか迷っている方は是非。

10月14日(水)

朝からうれしい知らせが入る。
牧野君の「The World」がロッテルダム映画祭での正式上映されることになったのだ。
爆音映画祭から始まった映画が海を越えオランダへ。
昨年は数年越しのダグラス・サーク上映があり、今年は『クリーン』のロードショーと、小さなきっかけ作りが少しずつ結果を出していってくれて、何ともうれしい限り。
来年は、がつんと大きな結果が出てくれることを願うのだが、果たしてどうなることやら。
中原や湯浅湾が死ぬほど売れてくれないだろうか。

なんて妄想をしている時間はない、本日は中根と倉茂君の頑張りにより『12枚のアルバム』入稿がすみ、29日のジュンク堂のイヴェントにもギリギリ間に合うよう納品されることになり、さらに、11月12月に次々に行なわれるboidイヴェントのチラシ作りである。
昨日は黒沢さんの4夜連続講演「黒沢清 21世紀の映画を語る」のチラシ、本日は『クリーン』のあとに急遽2週間限定レイトショー上映されることになった『冷たい水』のチラシ、そして『バニシング・ポイント』のコレクターズ版DVD発売記念の爆音試写を巡っての爆音『デス・プルーフ』1週間上映のチラシ、そして週明けまでに12月に行なう爆音ソクーロフVol.1のチラシ、そして『12枚のアルバム』3枚組ライヴ・アルバム・チラシなどなどなどなど。

というわけで、来週には、あれこれあれこれ次々に企画発表となる。
しかも私の父親の容態もどうなることやらなので、ちょっとのことでガタガタになるわけだ。
でもまあ、こういう状態で動き続けるしかないのだろう。

ああしかし、『デス・プルーフ』と同時上映で爆音『エスケープ・フロムLA』を再度上映したかったのだが、案の定上映期限切れ。
4年前のサーフ・ナイトで見逃した方は本当に本当に残念でしたと言うしかない。
ちょっと前、佐向と、上映期限切れになりそうなものばかり集めて追悼爆音上映シリーズというのをやろうかという話もしたのだが、本気でやらないと次々に映画が上映できなくなっていく。
まあそれも映画のいいところではあるのだが・・・

10月13日(火)

地下鉄から降りると携帯に実家から留守電が入っていて、急ぎで連絡くれるようにという録音。
さすがにこれはまずいと思いあわてて連絡すると、父親絡みではあるが、容態のことではない別件。
心臓に悪い。

父親の件の他にも、いろんなことが混乱・錯綜しているため、ちょっとした連絡も思い切りハラハラしまくりの日々である。
神経衰弱は増々酷くなりそうだが、各所に連絡するたびに「大変だ」とか言っていると、実は自分も、とか、ちょっと前に、とか、それこそ本当に大変な話が次々に聞こえてきて、みんなどうしてそんな大変なことを大騒ぎもせずくぐり抜けてきたのだろうかと、呆れるばかり。
私のように、ワーワー騒ぎながらその度に他人の力で何とか窮地を切り抜けようとするような姑息な輩は、何とも立場がないのであった。

午後は、『12枚のアルバム』の校正・修正や、11月末から2週間限定でイメージフォーラムにてレイトショーとなる『冷たい水』のチラシ文面作り、それから黒沢さんの4夜連続講演チラシの最終チェックなどなど。
久々に黒岩も事務所にやって来て、1月発売を予定している書籍のデータ渡し。
何とかうまくまとめてくれと要望するが、相変わらずの気のない返事の黒岩であった。

夜はいよいよ明日の入稿に向けての最終チェック。
私のしょうもないミスもあったりしてがっくりくるが、とにかく今は目の前のことをやるのみ。
何とか無事、発売に間に合いそうである。

ああそれから、皆様、「The World」爆音上映に是非。
こういった切羽詰まった一杯一杯の日常を、最深部と最外部から眺めることができます。
今週一杯です。

10月12日(月)

いろんな意味で目一杯になっているためなのだと思われるのだが、いろんなことが周囲で起こる。

10日は爆音オールナイトの開場前、16ミリ上映のチェックをしていたらノイズが発生。
どうやっても直らず、開場が20分近く遅れることになった。
原因不明のまま、突然ノイズが消えるという状態で、ハラハラしながらの上映。
途中、音がきつすぎるという苦情も出て、音量的にはそうでもないのだが同じパターンの音がずっと続くためさすがにこういった音がダメな人には本当にきつかったと思う。

また、その後の上映中も、私自身が疲れていたためか、何と私が音と光の交錯に耐えられなくなって心臓が苦しくなり、少し音質を変えてもらったり。

そして最後の作品、高柳昌行さんのドキュメンタリー『北走譚』の最後になって、DVDからデジタルノイズ発生。
2、3分続き、これはもう無理だから上映を止めようとして、お詫びの準備のために会場に入ったとたんに画面が元に戻る。
どうやら映写室で、どうせストップするならということで、最後に何度か「play」ボタンを押してみたのだそうだ。
DVDの上映は本当に怖い。
そういえば以前も、ニール・ヤングの『ラスト・ネヴァー・スリープス』の上映を始めて数分で映像が止まってしまい、最初からやり直したことがあった。
テストの時は何ともなかったのに。

いずれにしても今回の爆音は、これまでとはまったく違った映画をメディアもバラバラなまま一気に上映ということだったのだが、やはり、初めての試みにはアクシデントがつきものという当たり前の事態となったのだった。
終わってみれば、楽しいんだけどねえ。

そうそう、上映前には今年の爆音映画祭のうちあげと来年の爆音映画祭の準備スタート記念でバウス屋上にてバーベキューをやったのだが、その終盤、アメリコのドラム、大谷さんがバウスのガラス扉に激突、こんな姿になった。

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漫画みたいなことってあるものだ、とみんなで笑っていたのだが、当日は本人もアルコールが入っていたのであまり気にならなかったと思うものの、翌日は大変だったのではないだろうか?
メンバー・チェンジ後のアメリコのライヴは12月。
詳細はここ→

で、まあ、それやこれやで帰りは朝の6時過ぎになり、倒れるように寝た。

11日の夜には、中原の『12枚のアルバム』の編集をお願いしていた宮田君のお母さんが急死されたという連絡が。
『12枚のアルバム』のゲストのひとりである松山晋也君もお母さんの看病で大変みたいだし、一体どうなっているのか、私の周りは?
というか、みんな年齢が近いので、結局50歳前後って、親もそれなりの年齢だからどうしても周りであれこれ起こってしまうんだよね。
いずれにしても、ご冥福を祈るばかり。
宮田君も本当に大変だろう。

本日は午後から出社して『12枚のアルバム』の最後の仕上げ準備その他。
今月末から来月頭の諸々のイヴェントに関する連絡など。
父親の問題があるので、私が参加できない、ということを前提に、関係者に引き継ぎを行なっているのであった。

その件でジュンク堂池袋本店にも連絡したのだが、29日の『12枚のアルバム』発売記念トークは既に予約がいっぱいになっていた。
ただ、そういうときに限って当日欠席の人が多かったりするので、もしどうしても、という方は7時前(トークのスタート前)くらいに会場に来てみてください。
入れるかもしれません。
ただ、約束はできないので、ダメだった時の予定も作ってからお願いします。

また、当日は、印刷所から届いたばかりのできたての『12枚のアルバム』の先行発売、それからやはりできたてのヘア・スタイリスティックス3枚組アルバム『LIVE! 』の先行発売をします。
会場に入れなかったとしても、ご購入は可能です。
本の方は、タイミングが合えばサイン付き、アルバムの方は通常店頭価格4000円ではなく、boid通販価格3500円での販売になる予定です。

ああそれから、青山からついに、爆音映画祭の音を巡る対談欠席のための、代替原稿が届く。
これがまた、美しい原稿で、私は思わずウルウルしてしまったのだった。
映画と音に関するヒント満載。
当日の参加者に歯科配布しないのはもったいないことこの上ないのだが、まあ、そういうものである。
事件の現場に遭遇された方のみが味わえる、遅れてきた幸福の一瞬、という感じだろうか。

デザイナーの倉茂君が『12枚のアルバム』のデザイン作業終了後にこの原稿を読みやすくレイアウトして、その後の配布になります。
参加者の方々、大変お待たせしました。
月末までには配布します。

さらにそれから、預かっていた黒猫が、昨日の譲渡会に出たのだが、引き取り手がなかったという報告あり。
譲渡会といっても簡単に引き取れる訳ではなく、引き取り側の態勢をも確認をとってからのもので、引き取られる猫たちのことを考えるとそれなりの厳しい基準もあって、1匹の猫が引き取られるまでは簡単ではないのだった。
できる限りのことはしてやるつもりだが、今はとにかく、残された犬・猫たちに幸あれと願うしかない。

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10月9日(金)

Xデーまでもうあまり時間がない、というのは分かっていても、昨日より容態が安定するとホッとしたり気分が楽になったりするのは一体なぜだろうか?
不思議なものである。
もはやどうすることもできない決定的な場所においても、人間はあらぬ希望を抱いてしまうものなのか?
いや、たぶん、そのわずかな喜びは、その先にあるものとは関係なく、それ以前の時間と繋がっていて、通常なら過去として葬り去られるはずの時間が目の前とその先に広がり出す一瞬、みたいなことなのだと思う。
そうやって私たちは自分の人生や他人の人生を反復しながら生きていくのだろう。

ただ、そういった他人と共生していくような感情とはまったく別の孤高の感情というか、孤児の感情みたいなものもある。
曖昧な記憶なのだが、かつてファスビンダーが「子育てが終わったら老人問題、それで人生はおしまい」みたいなことを言って、普通の人の生き方を皮肉ったはずだが、たぶんそのときの根底にあるのが、この孤児の感情のようなものではないかと思う。
単に通常の生き方を皮肉っているのではなく、いつどんな時でも徹底してひとりで生きることを貫くのみ、という宣言みたいなものというか。
映画や音楽は常にこういった孤児の感情のようなものを教えてくれたように思う。
最近の映画や音楽になかなか興味が持てなくなったのは、その多くが孤児ではなく肉親を持つものの感情のみによって作られているように思えるからだ。

オリヴィエ・アサイヤスやアルノー・デプレシャンの映画には、孤児が常にうろうろしていて、そこがいいのだ。

それはそれ、肉親を持つ者として生きるしかない私は、とにかく本日の父の容態に一安心し、とはいえその後はある訳だから、未決定のままになっていた墓の契約をしに霊園へ。
で、契約の手続きをしようとしたら、事務員から声をかけられる。
何と彼女は、小学校から高校までずっと一緒だった近所の同級生なのであった。
30年以上ぶりの再会。
しかもまた例によって、相手は私のことがすぐ分かったのに、こちらは相手から名前を言われてようやく思い出す、という体たらく。
私にも少し、孤児の血が流れているのだろうか。
いや、単に、記憶力の問題か・・・

とにかく無事、墓地の契約をすませ、妹に母を託して私はとりあえず帰京。
明日はいよいよ、爆音エクスペリメンタル・ナイトなのであった。

実は昨夜、オールナイトで上映する残りの作品の爆音調整があった。
さすがに参加できず、牧野君とバウス・スタッフにお任せになってしまったのだったが、かなりうまくいったようだ。
とにかく選りすぐりの作品たちばかりなのでお楽しみに。

それから、11月の爆音、12月の爆音、1月の爆音がほぼ決まる。
明日の上映からチラシを配布し始める。

1月は、『レッツ・ロック・アゲイン』の権利切れに付き日本最終上映を1週間やる予定。
とにかく爆音初期にやった作品で、いろんな意味で思い出深い。
既に5年が経ってしまった。
爆音で見ていない方も大分増えたのではないかと思う。
とにかくこれが最終上映である。
ジョー・ストラマーの最期の1年の姿。
「モンゴル800」を愛聴している姫1号にも見せたいのだが・・・

10月8日(木)

台風のために列車が止まり、実家戻りができずにそのまま出社。
とにかくいつどうなってもいいように、目の前の仕事を片付けていく。

昼過ぎに病院から電話があり、明日、担当医と話すことに。
特にあせっている様子もなかったのでまだ大丈夫かとほっとしていたら、夕方、母親からSOS。
父親のためのSOSというより、母親自身のSOSに近い。
いやあ、肉親の最期は本当に大変である。
とにかく、列車も動き始めたことだし、明後日の譲渡会に出るため明日には譲渡会場のカフェに戻ってしまう黒猫に別れを告げ、夜の列車に乗り山梨へ。
今回の黒猫は、ほぼ完全に我が家の猫と化していたので、なんだか寂しい。
山梨へと向かう列車もほとんど乗客がおらず、これまた寂しい。
不穏なムードを目いっぱい詰め込んで到着。

駅から実家向かう途中で病院へ寄り、父親の様子を見る。
夜の病院も寂しい。
すでに10時を回っていてすっかり寝静まっている。
4人部屋のため直接様子を見ることはできず、看護士に様子を聞く。
とりあえず、夕方より安定してきたとのこと。
こういったことに慣れた医者や看護士にとって、今からハラハラしていたのでは家族の身体がもちませんよというような感じである。
だがまあ、肉親を亡くすとはそういうことなのだ。
身体のどこかが死んでいくような。

しかしまあ、本当に今から心配ばかりしていると大変だよと、実家に戻って母を励ますが、だからといってどうなるわけでもなし。
とにかく目先の仕事を、さらに続けたのだった。
今後の企画の告知など、大塚も私も死ぬほど働かないと間に合いそうにない。

10月7日(水)

9時から19時まで、というサラリーマンみたいな1日。
朝から、思い切りしぼられる。
こういう状態を1年前くらいから始めていればと思うばかり。
とにかく昨夜からほとんど寝ていないので、その後は本当にグッタリ。
ヘア・スタやトーチカのCDのプレス入稿を済ませ、バウス西村さんと今後の爆音上映スケジュールを話す。
おおよその予定が決まる。
近々発表あり。

夜は、帰宅して倒れるように寝る。
寒くて目が覚めるといよいよ台風の気配。
明日は山梨に戻って病院にいかねばならないのだが、果たして電車は動くか?

10月5日(月)

本日は、実家→病院→池袋シネマロサで打ち合わせ→新宿にて「トーチカ」サントラCDに関する打ち合わせ→バウスにて爆音調整、というスケジュール。
という予定だったのだが、病院でいきなり予定が狂う。
父親の容態が本当に怪しくなり、担当医からの説明を聞き、実家に再度戻って各所に連絡。
その後東京に戻る。
覚悟はしていたが、いよいよXデーが間近に迫るとそれなりに悲しくもあり、動揺もする。
こういうことって、やっぱりその場にならないと分からないものだねえ。

ロサでの打ち合わせは、既に先週の土曜日の文芸座オールナイトに来場された方はご承知の通り、「黒沢清 21世紀の映画を語る」4夜連続講演についてのもの。
11月14日から4夜連日21時スタートの講演企画である。
とにかく黒沢さんの講演は本当に面白いし、聞いていていろんな意味で力が湧く。
もうちょっと何かやれるのではないかと思う。
こんな自分でも映画に関わって大丈夫なのだと感じる。
そんな講演なのだ。

で、それだけでは淋しいので、とにかく21世紀に入ってからの映画をネタに4回くらいやってほしいとリクエストしたのだった。
20世紀が残りわずかだった時代に2005年を時代設定にして『大いなる幻影』を作った黒沢さんが、その時代設定から数年が過ぎようとしている今、ではその後映画の中で何が変わって何か変わらないのか、映画は何を失って何を得たのか、クラシックな映画から現代映画までを見続け、作り続けてきた監督の視線で語ってもらいたいと思っている。
とはいえ、その期待がいい意味で裏切られることも期待しつつ。

『トーチカ』のサントラは、正確にはサントラではなく、映画のために録音されたさまざまな現場の音を使って作られた、音楽による『トーチカ』と言ったらいいか。
映画を見てこの音楽を聴くことで、現実と映画と音楽との境界線を、浸透可能なものにしようという試み。
発売は映画の公開と同じ24日になると思うが、劇場でも販売するので是非ご購入を。

そしてバウス。
本日は、レイトで上映する作品、「EVE」「Not Yet」「still in cosmos」そして「The World」。
とにかくメインの「The World」は、爆音映画祭のライヴの時とまたまったく違う表情を見せる。
音も大分変わっている。
激しさと静けさ、混沌と秩序、抽象と具象とが一気に視界の中に入ってくる。
爆音映画祭で見た人にこそ、是非再度見てもらいたい作品。

今回初めて見たジムさんの「Not Yet」。
これは、事前に聞いていたいくつかの情報から想像していたもの通りでもあり、それゆえにさらにその先を見せてくれた。
内容は秘密。
お楽しみに。

しかし、オールナイト上映の作品が予定より時間が増えていて、音調整後もそれをどうするかであれこれ。
ギリギリ何とかなったが、オールナイトの終了は5時30分となる。
昼間たっぷり眠ってきてください。

とはいえ私は、父親の件で、木曜日の音調整も土曜日も参加できるか微妙。
というか、今月〜来月上旬の私のスケジュールはすべて白紙に戻さざるを得ない状況となった。
とにかくその日にできることをする。
それしかない。

あと、爆音映画祭の黒沢・青山対談ができなかったお詫びの青山の原稿が遅れている。
私が忙しさにかまけてぼーっとしていたのがいけなかったのだが、既に何人かの方たちから「あの原稿は一体いつになったら送られて来るのか?」という問い合わせが来ている。
皆様、もうしばしお待ち下さい。
忘れていたり、送らずにぶっちぎったりしようなどとはまったく考えていません。
必ず送ります。
本当に申し訳ない。

10月4日(日)

山梨に来ている。
父親の容態が芳しくないため、病院で説明を聞くのである。
こういった病院とのコミュニケーションは、とにかくこちらが何らかのアクションを起こさないと、なかなか進まない。
病院は病院で大勢の患者たちを抱え、ひとりひとり丁寧に扱いたくても実際問題としてそうはいかないというのが実情だと思われるから、時々気になる病院の雑な対応にいちいち怒ったり動揺していてもはじまらない。
それにまあ、それなら別の病院を選ぶかといっても、本人の体力と気力がそれを許さないわけだから、とにかく今いる場所で最善の道を作り出していくしかないのだった。
こちらの体力・気力も消耗するが、致し方なし。
しかし田舎の時間の流れ方はやはり独特で、それはそれで気持ちよし。
すべての仕事を放り出したくなってしまうところが玉に瑕ではあるが。

それから、来年の爆音映画祭に向けて、爆音上映中のバウスのみで受付しているリクエストのこれまでの集計が出た。
爆音上映のページで見ることができるので、お楽しみに。
10日からの牧野君の特集の際にも、入場時に投票用紙を配布するので、書き込んで投票していただけたらと思う。
1回の入場で1票の投票が可能である。
来年の3月までに何度かの爆音上映があるので、上映可能作品、不可能作品関係なく、あれこれの投票をお願いします。
最終的にはネット投票による決選投票を行うのだが、その予備投票みたいなものと考えてください。
ただ、映画祭だけではなく、この投票を元に、通常の爆音上映も決めたりすると思うので、案外たった1票の力で上映ができることもある。
票が少ないからといって上映されないわけではないので、あきらめずに投票してみてください。

あと、昨年のリクエスト上映作品は、次回の爆音映画祭のリクエスト上映の対象にはなりません。
リクエストがあった場合は、投票結果のページには反映しておきますが、決選投票の際には投票対象からはずします。

いずれにしても、まずはバウスにて投票を!

そうそう、12月に行う予定の某監督の爆音特集上映は、今回のリクエストを整理しているうちに思い立ったもの。
そんな感じで、リクエストを上映に活かしていきたいと思っております。

10月2日(金)

本年度後半期の活動スケジュールを作る。
企画は盛りだくさんである。
盛りだくさんだが、一応社長として、不採算企画はすべて落とした。
かなり厳しくやったのだが、というか普通はこれくらいやらねばならないんだよねえ。
来年の爆音映画祭までの見晴らしは相当良くなったのだが、その合間に先行投資をどこまでできるかが問題である。
余力を持ちつつ映画祭を終え、来年の夏を迎える。
うーむ、boid周辺は計画や思惑の破壊者ばかりだしねえ・・・(笑)。

そのうちのひとりである中原からは、ライヴなどの出演料の安さへの泣きが入る。
まあさすがに、1回の演奏でboidがゲストに支払う額の半分以下が当たり前というのは、いくら何でも辛いだろう。
たとえ30分でも演奏は演奏で、そのための準備その他で1日仕事になる訳だから。
こういったことは、本人の年齢やキャリアとも関係しているのかもしれないし、ライヴの主催者からすれば、ライヴ自体を成り立たせるためには結果的に格安ギャラせざるを得ないというのも分からぬ訳ではないのだが、だがやはり我々は850円のジーンズではないのである。

これは音楽関係ばかりではなく、多くの原稿書きの皆さんもお分かりのように、原稿でも同じことである。

しかもその上に「印税生活でしょ」とか言われたりもするのだと、中原の憤慨は止まない。
世間の誤解は本当に恐ろしいと思う。
確かにあれだけものを買わなければ少しはまともに暮らせるかもしれないとも、私も中原を見ていて思いはするが、しかしだからといってそれで「印税生活」ができるほど稼いでいないことも知っている。
しかもガソリンがなければ車は走らないように、CD、レコード、DVD、書籍などの購入はほとんど必要経費ともいえ、いずれにしてもそのどうにもならなさの中で生きていくしかない呪われた人生を背負っているわけだから、せめて最低限の支払いを、と言うしかない。

その「最低限」の基準をはっきりさせるためには、そろそろ中原にもちゃんとしたマネージャーがついた方がいいように思う。
「厳しくきつい美人秘書」みたいな人、どこかにいないだろうか。
なんて私が勝手にこんなこと書くと、いろんな人がいろんな妄想を始めるかもしれず、すみません、これは私の勝手な妄想です。
気にしないでください。

ああそれから、限定発売のCD−R、12日まで注文を受け付けています。
boid store にて予約してみてください。

さらにそれから、「クリーン」が10月10日の土曜日から、レイトショーだけになってしまいます。
昼も見ることができる週末は、今週が最後。
お見逃しなく。

あと、福岡や神戸でもオリヴィエ特集が始まっています。
来週からは山口でも。
知人・友人・ご家族お誘いの上、是非駆けつけてください。

10月1日(木)

オールナイト労働の疲れでぼんやりしているところにアメリコ西岡さん、それから湯浅さんもやって来てあれこれ。
西岡さんはギターを買いたい、湯浅さんはギターを売りたいということで、交渉が進む(そのためにboid事務所にやって来た訳ではなかったのだが)。
湯浅湾関西ツアーでは、湯浅学詩集を発売することを決定。
500円くらいの価格で可愛いものになるのではないかと思われる。
しかし、製作に使える時間はあまりない。
果たして出来上がるか。

このところ今年のboidの収支計算をしているのだが、さすがに呆れる。
さてどうするか。
目指せライノなんだけどなあ・・・

そうそう、昨日届いたライノ・ハンドメイドから出たビッグ・スターのボックスは、とにかくブックレットが素晴らしい。
7インチサイズの大きさに、見事にぴたりと収まった文字と写真が、とにかくいつまでもそこにおいておいてねと訴えかけてくる。
こういうのをこつこつとやりつつ生きていくためにはどうしたらいいのか?

夜はバウスでの爆音調整の前に、吉祥寺でCD発売の打ち合わせ。
24日から公開になる『TOCHKA』のサウンドトラックというかアナザー・サウンドトラック・アルバム発売なのである。
映画の枠を広げる、輪郭を崩し現実との見境をなくす試みといったらいいか。

とはいえ、進行が遅れていてギリギリの仕上がりになりそうというか、ギリギリにしか仕上がりそうもない。
13日にスーパーデラックスにて公開記念ライヴがあるのだが、当初はそのときに発売する予定がまったく間に合わないのであった。

そして爆音調整。
本日はオールナイトで上映する16ミリ2本。
ヴェルナー・ネケスとマイケル・スノウの作品。
ネケス作品を見るのは約30年ぶり。
まだ四谷三丁目にあったイメージフォーラムでネケス特集をやって、私はとにかく音楽がアンソニー・ムーア(exスラップ・ハッピー)であるというただそれだけの理由で日々通ったのだった。
スラップ・ハッピーの音ではなく、アンソニー・ムーアのソロアルバムの音に近い単調な音のゆるやかな変化とともにあるネケスの作品を見ると、そこに流れる時間の大きさをいろんな意味で身体に刻み付けることになる。
当時上映された多くはもう、本国に戻してしまったとのことだが、いつかまた、ネケス特集をやってほしい。
というか、boidが爆音で特集をやれるといいのだが、それもままならぬ。
六本木のTOHOシネマズではクラプトン作品を爆音上映2800円でやっているのだが、バウスの爆音もそれに誓いくらいの値段にしようかという話も出ている。
こちらの労働量と機材への負担を考えると、2800円は妥当な数字である。
でもねえ・・・

マイケル・スノウの方は、サイン波の洪水。
いやあ、かつてない爆音。
いずれにしても音楽ファンは必見の2本であった。

なんてことをしていると深夜3時過ぎである。
今夜は耳鳴りが辛い(サイン波のおかげ)。