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湯浅湾の歩み

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■湯浅湾の歩み

 湯浅湾はドラムズの直崎人士とふたりで即興演奏を目的としたデュオとして95年ごろ発足しました。当初のユニット名は湯浅バッテリーといいました。何回かのライヴ出演、オムニバス・アルバムへの音源提供の後、ふたりでスタジオ録音盤『歯のはえたケツの穴』を制作、OZディスクより97年に発表しました。
 即興演奏の記録、としか考えていなかったそのスタジオ録音の過程で、ある日突然、即興で歌も歌ってみようと思ったのでした。理由はまったくわかりません。そう思ったらいくつか歌詞ができたのでそれを見ながら即興で歌い演奏するようになりました。そうするとそれまでに録った演奏にも歌を載せてみたくなりました。結局『歯のはえたケツの穴』は、歌唱アルバムとなりました。しかしこれをいわゆる“歌もの”と呼んでくれる人はほとんどいませんでした。『歯のはえたケツの穴』の録音は足かけ3年、断続的に行ないましたが、そのころ俺はメロディや整った和音構成を不快に思っていました。理由はいろいろあります。あのころは今よりもずっといかにして人よりでかくてバリバリな音が出せるか、ということに力をそそいでいたせいもあるでしょう。
 湯浅バッテリーという名称も、『歯のはえたケツの穴』制作中に湯浅湾に変えました。湾という字が好きだからですが、三水が3つ並ぶとなんとなくいい感じがした、という理由です。特に意味はありません。
 ライヴ活動はその後も続きましたが、直崎とのデュオという形はしばしば変容しました。リズム・マシーンを使って蔦木俊二(突然段ボール)とのデュオで行なったりしているうちに、99年に菊地康幸(当初はベース、後にギター)が加入、2001年3月に松村正人(ベース)が、2001年9月に声(ドラムズ)が参加し、バンドとしての形態が明瞭になりました。
 以前のような“歌う集団即興ユニット”というものではなく、“曲を作っていくバンド”へと演奏の内容、様式も自然に変化していきました。以前作った曲もコードをつけて歌い直すようになりました。
 ライヴの回数も増えました。毎回客席から録音していましたが、時には後から聴き直しておもしろいと思える演奏もあるので、それをダイジェストしてみようと、ある日思い立ち、『湯浅湾ライヴ』ができ上がりました。
 01年3月から03年4月までの録音から選び、音質を調整したものです。
 03年春ごろギターに牧野琢磨が加入。その後04年6月に山口元輝がドラムズで参加し、ダブル・ドラムズ体制となりました。グレイトフル・デッドのような形でやってみたいという幻想によるものです。数年間5人での活動が続きました。突然段ボールやおにんこ!、Americo等とのジョイントが多くみられました。07年、声が抜けて、現在の4人編成になりました。曲作りを重ね、ライヴの回数が増えるにつれて曲の形が固まっていきました。アルバムを作るのに適した頃合いだと思いました。スタジオでのライヴ録音を基本に、今回の『港』は制作されました。歌を伝えることがバンドの重要事になっています。
 10年前の湯浅湾しか聴いたことのない人たちは未だに湯浅湾はノイズ系のバンドだと思っていることでしょう。
 『港』はしかし、ノイズ系の作品ではありません。どうか気楽にお聴き下さい。
 牛も豚も猿もミミズも、みんな喜ぶと思います。

2009年春 湯浅学