
南米旅行記 その1 by 猪股東吾
「バスが来ない」
時刻表どおりにバスは来ない。
バス停にはじゃがいもの入ったカゴを抱えた老婆とやせた山羊とその山羊によく似たじいさん。
おれの地図は乱雑な扱いに耐えきれず、いよいよ破れた。
次の村はどこだ?老婆に聞いても頬笑むだけで言葉はない。恥ずかしがっているのか。あたまにかぶった紅い布の花柄が少女のようだ。
山羊じいさんは黒目がちな眼をしぱしぱさせて顔を手でふいている。白い髭のなかにときどき茶色が交じっている。
じいさんがあくびをする。おれもあくびをする。老婆は頬笑んでいる。
埃りっぽい町だ。風がくるくると黄色い土ぼこりを巻き上げる。雨は降らないのか?
赤茶けた煉瓦に屋根の色は色とりどりにカラフル。やはり熱い国特有の鮮やかさがある。
ニワトリが短い羽ではばたき、砂ぼこりをたてる。
腹にアザのある汚い犬がうなだれて舌をだしている。
牛と牛を闘わせる闘牛があるという村はここからバスで1時間だそうだ。
薬局でビンに入ったドクターペッパーを買う。薬局って言ってもたぶん代々、薬草を煎じてる祈祷師のような人の集会所だ。
手渡されて、なんとなく噛んだ濃い緑の葉は強烈に甘くて思わず道に吐いた。
かっぷくのいい祈祷師の女がアメリカ人みたいに両手を上下させる大げさなリアクションをした。
すまん。と言いつつ、ドクターペッパーを飲み干した。
猟銃を持った男が多い。なんとなくヒッチハイクは怖い。かといってこの炎天下に歩くのもどうか。
バスはまだ来ない。日陰で休んでる山羊の体の表面は意外と冷たくて気持ちよかった。
いつのまにか、じいさんがサングラスをかけていた。

「闘牛場」
ここにいると寒々しい東京の冬を忘れてしまいそうだ。
骨まで冷えるようなあの東京の冬、何者でもないおれは文庫本を読みながら、あのコの仕事が終わるのを待っていた。水商売だったあのコは香水臭い送迎の車から降りて、まだ19歳。
あのコ家まで歩いて送るのがささやかなデートだった。
まだ夜明け前、まだ冷たく冷えた井の頭線のレールの上を歩いて帰った。
無垢な星空が輝き、僕等の帰路を見守った。
冷たい空気といっしょに吸う煙草の味と、手袋をしたあのコの手の感触をおれは今でも覚えている。
東京の冬は睡眠薬の匂いがする。あの頃おれは新宿でぶっ倒れた。
この埃っぽい町の匂いは安い酒を太陽で乾かしたような匂いだ。
闘牛場、といってもスペインにあるそれとはまったく違う。古びた鉄筋むき出しの、荒々しく暑苦しい欲望の吐け口。真っ昼間から安酒をあおり、怒号と罵声がうなる男たちのいや、雄たちの賭場。物凄い地場。
そういえばこの町にはブルーカラーしかいない。いやホワイトカラーというより市場経済からも置き去りの無垢な町。しかし、おれよりもむさ苦しい不精ひげの男たちの眼は、黒が悲しいほど透明でやさしい。
誰もが怒り、憎しみ、苦しみ、叫び、泣き、笑い。負ければしょぼくれ、他人に金をせびり。勝てば勝ったで、鶏の首をハネ、その生き血を銀の器で飲み干し、あとの肉は周囲の人々に振る舞い。しわだらけの札束を握り締め、娼婦のもとへ髪を整えながら消えてゆく。
スペイン語がわからない俺でも奴等のことはわかる。
肌が焦げそうだ。いったいあと何試合繰り返されるんだ、この地獄絵図。
英語がしゃべれるというおやじが話し掛けてくる。
日本から来た。というとたいそう喜ぶ。なんかそこらへんの屋台の連中みんなに大声で吹聴して、おれは若干警戒したが、あまりにもそのオヤジの眼の奥が笑っているので信用した。茶色い酒をおごってもらった。一気で飲んだら、おれも有頂天になった。
オヤジが「俺も仏教徒だ!」とメキシカンジョークを言ったので、肩を組んで笑った。
流れている音楽は誰の演奏ともつかないが、心地よかった。
「おれの宗教は音楽だ!」とどっかの映画で見た台詞を言うと、まずオヤジが「あー出た!」という表情で笑い、それをでかい声でまわりの連中に翻訳して、そしたら連中も一同に、ドッ!と沸いた。
空気が熱くて、皮膚呼吸も苦しかった。
遠くでけたたましく非常ベルのような音が鳴った。まるで戦争が始まる合図のようにうるさい。
次の試合が始まるようだ。