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『レディ アサシン』一押しコメント!

『レディ アサシン』爆音レイト

「殺しのダンディ」と「夜、暗殺者の夜」がネガポジのような関係にあるように、ある映画について考えるとき、つい音楽との相関関係で読み解こうとするクセが私にはある。で、この映画にスパークスの「ナンバーワンインヘヴン」を対置するのはもっともらしいのだが、それは既にエンディング・テーマとして内包されているし、音楽からはちょっと離れて、ここはひとつ、石川淳の「お前の敵はおまえだ」を傍らに据えてみてはどうだろうか。スナイパーが照準レンズを覗いてみたら撃とうとした相手が自分だった、というところからしか、現代の物語は始まりようがない。きわめて真っ当な語り口を持った映画だ。
=岸野雄一

現在と近未来の隙間を彷徨するアーシア・アルジェントの、あのノイズだらけ
の肉体から溢れ出る涙がとんでもなく美しい。どうか無事北京に辿り着きますよ
うに。。。
=冨永昌敬

オリヴィエの作品が標的としているのは「資本」である。と同時に、オリヴィエの作品を衝き動かしているのもまた「資本」である。「亜麻布20エレは一着の上衣に値する」。この定式は、マルクスが「資本論」の冒頭に記した「単純で、個別的で、偶然的な価値形態」、つまり「資本」の起源のようなものだが、この定式の明白さは、ゴダールやストローブ=ユイレの作品にこそふさわしい。また『アメリカの友人』の主人公、ブルーノ・ガンツが演じる額縁職人のアトリエに、ふるふると震えながら空中に漂っていた金箔は、増殖を始める前の「資本」の細胞のようだったが、未だ吹けば飛ぶようなものだった。しかし、もはや「資本」は、世界を覆い尽くし、人間の手に負えるものではない。オリヴィエの作品がパリ、トーキョー、アメリカ、ホンコンと目まぐるしく舞台を変えるのも、登場人物たちがアブストラクトな状況に置かれ、切迫感にかられているのも「資本」を標的とし、また「資本」に衝き動かされているからにほかならない。オリヴィエの作品を見る私たちは、一枚の紙幣よりも、目に見えない「資本」にこそ敏感でなければならない。
=安井豊

いくつになってもタトゥーまみれのヌードをおしげもなく晒しつづけるアーシア・アルジェントは出演シーンすべてに歌舞伎町の香りを運んでくる。「ゴス熟女アイドル」なる前人未到の萌え領域をめざして、アーシアは今日もおっぱいをほりだしつづけるのだ。
=柳下毅一郎