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月刊! 中原昌也! (『スタジオ ボイス』連載第四回)

Hair Stylistics a.k.a. 中原昌也 TOP

連載第四回
月刊! 中原昌也!

この連載は12ヶ月連続リリースを企て、かつての怠惰ぶりが反転したような猪突猛進をみせる中原昌也さん=ヘア・スタイリスティックスと気鋭のライター諸子がロジカルな対話を構築する音楽批評そのものです

春から夏へ。季節の移ろいと同期するように成熟の度合いを深める12ヶ月連続シリーズも早第四弾。ノイズ・クレイ・アニメの風情をそこはかとなく漂わせる『エレクトリック・サクセス・イン・ザ・ゲットー』を分析するのは、意外にも中原さんとは初対面だという土佐有明さん。 そこに集うひとの誰もが思い出にふける思い出横町の焼き鳥屋の二階から、取材班と同席したひとたちの喧噪がマッシヴに降りそそぐのだった。

 取材場所に指定された焼き鳥屋の暖簾をくぐると、そこには何故かジム・オルークの姿が。しかも、店のラジカセでお気に入りのCDを次々に再生中。遅れて中原氏到着。爆音で10CCが流れる中、会話が始まった。

――中原さんに取材するの初めてなんですよね。もう10年も書く仕事してるのに。
「え!? 10年も隠し事してるの?」
――いや、書く仕事……。わざと言ってません? そういや昔、ディスクユニオンのジャズ館でバイトしてた時、中原さんが来て。新譜のコーナーを見て「死んでる」って呟いたんですよ。
「えー、嘘だあ。言ってないよぉー、そんなこと! 大体、そんな言えるほど最近のジャズ聴いてないもん」
……という流れから無理矢理新作に話を接続すると、アルバム後半は、中原自身も件のユニオン来店時に購入したインカス・レーベル初期作の遠くて近い親戚のようでもある。情念や自我の表出を避けつつ、動物的直感と瞬発力を頼りに紡がれる轟音の雪崩。楽器編成も音楽的語彙も異なるが、作りこまないという前提が結果的に珍妙なライヴ感を生んでいる。
「ただ、多重録音が出発点だったから、一発録りは未だに抵抗あって。このまま出しちゃっていいのかなって、手を加えたくなる。それとどう闘うかですね」
――それはサーヴィス精神?
「なのかなー。ラクしていると思われたくないのかな」
――実はラクしてお金もらうことに罪悪感がありません?
「そう、ありますよ。その辺、まじめだと思いますよ!」
――ただ、 文筆家としては“もう書きたくない”ってことを延々と書いても「中原さんだからね」って許されてしまう状況はあったと思う。というか、ここ数年の鼎談とか文章を読んでいると、読者や編集者にそういう役回りを期待されているように見えちゃって。“書きたくない”って書き続けることがひとつの芸になってる気がしたんですけど。
「甘えてるのかなあ。芸人じゃないんだから、芸に頼っちゃいかんですけどね。でも、どんなにそう書いても、権威指向の頭の悪い奴らに、どうせポーズだろうって言われるからな」
――あとは“書きたくない”って書くことで、主張を放棄して、自意識を意図的に滅却しようとしているようにも思えて。
「だって、おれの意見なんてどうでもいいもん。人に伝えたいことなんてないし。知らない人に自分の考えを伝えるほどくだらないことはないですよ!」
――至言ですね、ブログ全盛の時代に……。小説でも音楽でもタイトルに駄洒落を多用するのは、同じような動機から?
「そうですよ。駄洒落がいちばん自意識を捨てるのに適してるんですよ。ねえ?」
――結局、過度な自己アピールが嫌いなんですね。
「大っ嫌いですね! 虫唾が走る。だからねえ、ライターやってる人も……。ねえ! なんでライター始めたんですか?」
――他にできることがなかったから。中原さんもそんな感じじゃないんですか?
「まあねえ。でも、やったことないだけで、AV男優とかやってみたいですよ。試してないことをやりたいなあ。でも、今出てくれって言われても出ないけど」
――なんだ。じゃあ、若いうちにやっておけばよかったのに。
「かといってさー、あいつ昔AV出てたとかあとで言われるのもいやじゃん」
で、「今は普通にコンビニでバイトしたい」という中原昌也なのだが、そんなコンビニがあったら特定の人種で店は(良くない意味で)大賑わいとなり、即刻解雇だろうというのは余計なお世話だろうか……。
 最後に、ソクラテスからランボーまで、古今東西の書か(け)なくなった作家たちのやんごとなき事情を綴ったエンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』の感想を中原に訊きたかったのだが、未読とのこと。“人はそもそも何故書く/書かないのか?”という命題を根本から問う同書、蛇足ながら、中原ファンは必読かと。

インタヴュー・文=土佐有明

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前作『Hard Marchen』の余勢を駆った本作でもリズム中心主義は揺るがず、しかしその内実は音符の擬人化とでも形容すべき自在さに貫かれている。抽象音による風景描写をヘアスタ版「ひとりの男のための交響曲」と呼びたくなるM1、無声劇の劇伴にもぴったりなM2、猛スピードの場面転換を延々見せつけられているようなM3、神輿のようなサンプリング・コラージュが暴走するM4…良質の短編劇を見終わったような満足感にひたれるかどうかはひとえに貴方次第。

【今月の中原語録】
焼き鳥屋は部室ではない!