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山形国際ドキュメンタリー映画祭2003

フレデリック・ワイズマン『DV2』他:山形国際ドキュメンタリー映画祭    御園生 涼子
 

山形ドキュメンタリー映画祭に行って来たことは行ってきたのだが、宿を探すのが遅れてかろうじて予約できたのは三日間、そのうえ宿泊費に関してミスをして(幹事だったのに)、ヨロヨロのところに、二日目に九時間の大作『鉄西区』をついうっかり全部観てしまったので、身も心もボロボロで、映画祭に関して報告とかまとめとかいったことは何も出来ないのだが、吐き気を押さえながら観たワイズマンの『DV2』については多少思うところがあり、またそれを書く機会もたぶん無いと思うので、備忘録的になってしまうのだが書いておきたいと思う。とは言っても一回しか観ていないし、『DV1』の方を観ていないので、単に「こんなこと思ったんですけど」という内容でしかないのだけれど。  

『DV2』では冒頭に、DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)で捕まった女性の逮捕風景が出てくるのだが、それは前振りですぐ終わって、後は延々といくつものDVの裁判風景が映される。この冒頭の逮捕劇、プログラムの富田三起子さんの解説によれば「DV法が施行されたため、皮肉にも恋人達の痴話喧嘩さえ、暴力が絡めば逮捕は免れない」あるいは「暴力が日常と化し、愛する家族にさえ向けられてしまう我々の社会、それに対蹠するばかりの司法の暴力、疲弊しきったシステム」の象徴ということなのだが、私はあまりそうは思わなかった。このシークエンスの肝はおそらく、「DVの被告は(原告も)それが罪だと認識できない」というところで、それは何故かというと、「DVはDV法が作られるまで認識されなかった」罪であり、つまり法制化されることによってはじめて存在しえた極めて言説的な犯罪だからだ。この映画で繰り返し行われる議論――ここからは犯罪で、ここからはそうじゃない、ここからは法廷で話されるべき議題で、ここからはそうじゃない――は、当事者たちによって罪が認識される過程であるというだけではなく、裁判というパブリックな場所で罪の経験が、文字通り言葉によって形作られていく過程なのだ。この意味で、DVの犯罪の現場を撮影するのではなく、被告が、原告が、弁護人が、それぞれの立場でDVの実態(と彼らが考えるもの)について語るのをカメラに収めることが、DVを記録するということなのだ、と見切っているかのようなワイズマンの態度は、実に正しいのではないかと思う。DVが生まれているのは、まさにその証言台においてなのだから。

反対にいえば、DVという犯罪の輪郭のあいまいさは、証言という行為の真実性と、それによって導き出される判決の真偽の根本にまつわるいかがわしさを映し出してしまう。言葉によって語り起こされる経験は、経験そのものの正確な反映だと言えるのだろうか?この映画では裁判官たちが、とにもかくにも、といった調子で罪状を整理し判決を下してゆくが、言うまでもなく、このようにインタビュー形式の証言で過去を再構成してゆくという手法は、多くのドキュメンタリー作品を埋め尽くしているものだ。おそらくドキュメンタリーに限らずとも、「証言する映画」という一連のジャンルがあるのではないかと思うのだが、そこでは結局のところ、過ぎ去った出来事が経験者の言葉と佇まいによって代理表象されている。経験そのものと、経験を語ることとのギャップに無自覚なドキュメンタリストなどもちろんいるわけがないのだが、「証言を撮影すること」の欺瞞に対する理解度というか感受性には、作り手のあいだでも観客のあいだでも、かなり差があるのではないかと思う(中にはクロード・ランズマンのように、証言を撮影することの「正当性」を、政治的正当性とすり替えてしまう場合もある)。ワイズマンの即物的なドライさというか、すごいところは、当事者たちの証言を、どうせなら本当に法廷の証言台で撮ってしまおう、と考えたところではないだろうか。この作品には三つの裁判形式が出てくるのだが――被告がガラスケースのようなブースに集められ、原告と裁判官から隔てられている法廷(被告は原告と対面することができず、彼らの姿はビデオモニターによって映される)、何人もの被告・原告が同席し、その中で審理が進められる法廷、一組づつ個室で審理が行われる法廷――、それらの映像を通して見えてくるのは、法廷の構造が劇場の構造と非常によく似ているということ、そして法廷弁論を撮影する定式的なやり方(例えば、語る人間を次々と切り返し、随時聞き手の映像を挿入する、といった)が、結局のところインタビュー映像の撮影・編集における基本パターンとなっているのだ、という身も蓋もない事実である。証言者たちの声を撮影し、劇場にかけるということは、観客たちを法廷という名の劇場へと参列させることなのだろう。そこで、観客が演じるのが「客観的に」判断を下す裁判官の役なのか、傍聴席に座る見物人の役なのか、あるいはカメラがそれらのどの位置にいるのか、いないのかについては、おそらく作品によって異なるのだろうが。つまりは、私はドキュメンタリーへのメタ批評的な映画として『DV2』を観ていた、ということなのだが、こうした見方をしたのも、映画祭という場所で他のドキュメンタリー作品と並べられた状態で観ていたからなのかも知れない。

数はあまり無いのだが、他に観ることのできた作品についても少しだけ。ジョン・ジョストの『ウィ・ノン』は、DV映像のバリエーションを見せてくれた、という以外には興味が持てなかった。フランスにいた頃、こうしたコマーシャル映像をテレビでたくさん見たような気がする。リー・パニュの『S21 クメール・ルージュの虐殺者立ち』は、カンボジアのクメール・ルージュ政権下で行われた大虐殺を、その現場である収容所への再訪によって描き出した、証言の映画の系譜に列なる作品。一万七千人が収容され、生存者が三人という想像を絶する数字は出来事の相対化を拒むものだが、あえて系譜的に見るならば、ホロコーストを「圧倒的な出来事」として唯一化する『ショアー』の政治的意図を挫く、アジアからの回答とも言える。しかし、監督がIDHEC出身という経歴に惑わされているのかもしれないが、証言やアーカイヴの資料から過去を再構成するその手つきが、ヨーロッパで作られた記録映画の公式をきれいになぞり過ぎているような気がした。他に方法はないのだろうか。

グランプリをとった王兵の『鉄西区』は、中国映画のゼミの一環として映画祭に行ったこともあって、義務感も手伝って通して観てしまった。九時間の映画というのは結局DVの産物だよね、という意見はよく聞いたのだが、ついたくさん撮って切れなくなっちゃった、という面は多分あるにしても、私の印象としてはかなりしっかり編集されていたし、九時間という長さも映画としては許容範囲だと思う。しかし、問題なのは長さというよりはむしろ構成ではないか。日本占領下に作られた古い工場地帯がさびれてゆく様子を、「工場」「街」「鉄路」という三部構成で描くと聞くと、三者の関係が一つの生命体として機能し、消えてゆく過程を見せられるのかな、と何となく思ってしまう。実際第一部の「工場」は、友人の畠山くん曰く「社会主義ドキュメンタリーの王道的モンタージュがDVの引き延ばされた時間の中で展開する」といった不思議な肌合いと、工場が破綻してゆく過程がかみ合った見事な構成だったし、第二部の「街」も、冒頭のジャ・ジャンクーばりの青春群像劇がなんだか取って付けたようだったが、街が消えてゆく過程のドキュメントとしてはそれなりに説得力があったと思う。しかし第三部は、「鉄路」というタイトルが付いているものの、どちらかというと鉄道周辺のヒューマン・ドラマに終始していて、それはそれで面白いのだが、工業地帯における鉄道と言えば大動脈のようなものだろうに、これでは三部構成の意味がないのではないだろうか。これだけ長い作品なのにこう言うのも何だが、端的に言って、素材が足りないのではないか。鉄道を撮るにはたぶんもっと深謀遠慮が必要で、機関室から外を撮っているだけでは鉄道は見えない。工場、街ときて、最後に各部を統べる鉄道で締めてほしい、と思うのは、統制的なドキュメンタリーに慣れ親しんだ発想かもしれないけれど。付け加えれば、王兵は自分でカメラを回していると思うのだが、けっこうスタイリッシュな絵を撮る人だと思う。九時間のダラダラ感と、きっちり決まった絵のギャップが、この作品の魅力なのかもしれない。

最後に、ジャン・ユスターシュの『ナンバー・ゼロ』。これは、ユスターシュが自分のおばあちゃんの昔話をそのまま撮っただけ、というフィルムなのだが、この「そのまま」が曲者で、いくらユスターシュのおばあちゃんだからといって、素の状態で二時間もぶっ通しでしゃべるわけがない。トイレに行きたくなったり、電話が来たりと(この映画でも最後のあたりで電話がかかってくる)、いろいろと用事があって人は普通二時間も話し続けられないのだ。カメラを向けられてそれを記録する、という状況があって初めて、こうした語りと表情とが生まれてくる。それで言うと、まさにこれこそ「映画が証言すること」をナマの状態で取り出したような作品で、こうした「おばあちゃんの話」的なシチュエーションが個人的に好きなこともあるが、何だか非常に楽しかった。女好きの夫に散々苦労させられる話も笑ってしまうが、最後に子供時代の思い出を語るところなどプルースト的な幸福感に満ちていて、語る声(かなりのしわがれ声)と身体が浮き出してくるようだ。勉強不足で知らなかったのだが、ユスターシュはフランスでは「初期にフィクションを撮り、後期にドキュメンタリーへ移行した人」だと一般的には思われているそうで、東京に帰ってからも日仏学院のユスターシュ特集につい通ってしまった。でもしかしどうなのだろう、『ナンバー・ゼロ』という題名からも分かるとおり、これは映画の原理主義的な試みだと、当時は思われたわけなのだが、それを現代の観客が言葉どおりに受け取ってしまうのはどんなものなのか。上映の後で行われた質疑応答でのティエリー・ルナスとエマニュエル・ビュルドーの言葉遣いからは、ユスターシュの作品が生まれた七〇年代の批評用語でそのまま語っているような、当時のパラダイムから距離を取れていないような印象を受けた。それらの言葉に共感をおぼえない訳ではないのだが、他にもっと作品を語る方法はないのだろうか、と思いつつ帰途についた。