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ナント映画祭2004

ナント3大陸映画祭2004 レポート
Text by 橋本一径


11月30日

あっという間の一週間も今夜の閉会式でついに最後。賞の発表は、例年ならすでに貴重な映画を発見したあとでの単なる余興のようなものにすぎないのだが、今年に限っては萩生田作品の結果が気に懸かり、何の関係もないのに少し緊張する。萩生田監督そしてレアと昼食を共にしたあと、まずはともかく午後からの映画上映へ。今日はこれまでに上映された作品のいくつかが再映されるだけだが、14時からの回にはすでに見てしまった作品が多く、少ない選択肢のなかからとある現代メキシコ映画に足を運ぶが、これが大失敗。新部門「新たな視点」の一本だったが、これは開会式で説明があったように、ナント映画祭が主催するプロデューサー&監督養成プログラム「Produire au Sud(南で製作する)」と、コンペ部門とを橋渡しする部門。それは要するにコンペ未満の作品ということではないのかとの疑いが現実のものとなり、途中退席。

『個人的な調査ENQUETE PERSONNELLE』(ウラ・タバリUla Tabari監督、レバノン、2002年)
気を取り直してコンペ外のドキュメンタリー作品へ。監督のウラ・タバリは、ナザレ生まれのパレスチナ人女性で、女優としても活躍している。エリア・スレイマンの作品にはいつも強烈な美女がつきものだが、彼の処女長編『ある消滅についてのクロニクル』での美女が、彼女ウラ・タバリである。作品では現在パリに暮らす彼女が、幼少時に学校でイスラエル建国記念日にイスラエル国旗を掲揚し国家を歌った経験の真相を探るため、故郷ナザレに戻り聞きこみ調査をおこなう。パレスチナという膨大な問題の前で、テーマを幼少時のこの体験に絞ったことが功を奏し、うまくまとまった作品に仕上がっている。ただしドキュメンタリー一般の水準で言えば、昨日観た中国のドキュメンタリーと同じく、「私的」という点に関して物足りなさを感じてしまうことも確か。

会場をイベント・ホール「シテ・ド・コングレ」に移し、いよいよ閉会式。まずはクロージング作品『スキゾSchizo』(グーカ・オモロヴァ監督、カザフスタン、2004年)の上映。今年のカンヌ「ある視点」部門や東京映画祭でも上映された作品である。とにかく去年の「ホクロ映画」の二の舞だけはやめてくれとの祈りが通じたのか、今年の作品は幸いにして、子供から大人まで楽しめそうなコメディだった。知恵遅れ気味なところから「スキゾ」(映画ではシーゾと発音されていた)とあだ名される少年が、「父殺し」を経て擬似的な家族を形成するまでの、教養小説的映画。主役の少年が若き日のドゥニ・ラヴァンを髣髴とさせてなかなかよい。

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続いての授賞式は、苦虫を噛みながらその進行を見守ることになった。『帰郷』の名はいつまでも呼ばれることはなく、極めて凡庸に見えた中国映画『日夜』が、グランプリをはじめとするいくつもの賞をかき集める。『犬のボンボン』が準グランプリ、その主演俳優が最優秀男優賞というのはまあ順当として、納得できるのは審査員特別賞の『ふたつにひとつ』くらいなもの。賞というのはやはり余興のようなものだと考えておいたほうがよいと、つくづく思い知らされる。

終了後、ロビーでのパーティ。さすがに少し悔しそうな萩生田監督、そして本人以上に悔しそうな顔をしたレアの姿がある。近づいてみるが何と声をかけてよいものやら。そんな空気を救ってくれたのが、同じく無冠に終わったインド人監督、『風を吹かせよう』のパルト・セン・グプタである。ねぎらいの言葉をかけてみると、ユーモア交じりとはいえ、次々と毒を吐く。「グランプリと演出賞に同じ作品なんて、素人のやることだぜ!」「審査員に4人も俳優が入ってるなんて!」「国の代表みたいに言われるけど、俺はただ映画撮ってるだけだからな!」云々。「クールだなあ」と萩生田監督が感想をもらすと、ガハハハと豪快に笑ったパルトに肩をたたかれ、我々も吹っ切れた感じ。「審査員に文句をつけてやろう」と、会場の隅から人ごみの中へと繰り出す。

危険を察知したのか、審査員の姿はない。その代わり多くの観客にねぎらいの言葉をかけられる。さらにミシェルおばさんが萩生田監督を慰めようと、『帰郷』を気に入った映画祭仲間たちをあちこちから呼び集める。あるいは審査員のコーディネータをしていたという男性が、審査は紙一重だったこと、そして自分だったら『帰郷』に一票入れたくらい好きな作品だったことを、わざわざ伝えに来る。「これが僕にとっての賞」との監督の弁は、きっと本音に違いない。

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無冠のふたりの破顔


いつもならわたしの映画祭はここで終わり。だが今年は周囲に便乗して、2次会の行なわれるクラブへとさらに車で移動。誰が誰かもわからぬまま大声で会話を交わす。4時過ぎに会場が閉まっても、物足りない一行が夜の街をそぞろ歩く。さっきまで一緒だったはずのパルトが、女性2人と共にいつの間にか姿を消している。残された我々は、ニコラの仲間のひとり、マニュのアパートへ。何をしているわけでもないのに時間はいつの間にか過ぎてゆく。その日の昼前にはもう飛行機に乗るという萩生田監督をホテルに見送る。いったん手を振って別れたあと、「かなり酔ってたみたいだから、フロントにモーニング・コール頼んでおいたほうがよくない?」と言って、またホテルに引き返した我々の方も、実はけっこう酔っ払っている。冬のヨーロッパの遅い朝が白み始める頃、いつもより少し長めのナント映画祭が、こうして幕を閉じた。

11月29日

たくさんの市民で賑わった週末が明け、映画祭は明日の閉会式に向けて徐々にトーンを下げていく。コンペ部門の上映は今日で最後。目が覚めるとすでに午前中の上映には間に合わない時間となっていたが、何とか今日も一日4本のノルマをクリア。

『道Maargam』(Rajiv Vijah Raghavan監督、インド、2003年)コンペ部門の一本。インドのケララ州が舞台だが、ケララといえば忘れもしない、去年の閉会式で上映された恐怖のホクロ映画、ムラリ・ナイール監督『Arimpara』の地である。だがこの地はインドで最初に共産主義運動が高まりを見せた場所でもあり、上映前に監督が50年代末の共産政権樹立に始まるこの州の歴史を熱く語る。作品では、かつて極左運動に身を投じた大学講師が、封印した過去を娘と共にたどりなおす。自らもケララ出身である監督の入魂の一作であるのは確かだが、映画的には未成熟な部分が多いのも否めない。

『コンクリート革命The Concrete Revolution』(グオ・シャオリュウ監督、中国、2004年)
カトルザから駆け足でシネマトグラフに移動し、ドキュメンタリー部門のコンペ作品へ。オリンピックに向けて急ピッチで都市開発が進む、北京の工事現場の労働者たちに焦点をあてた作品。監督のグオ・シャオリュウは、イギリス在住で小説家としても活躍する中国人女性である。海外生活が長引き、かつて暮らした北京の変化に自らも追いつけなくなったという彼女が、その変化を理解するためにあくまで私的な視点から撮りあげた本作は、給料の遅配を訴える労働者や立ち退きを迫られる住民にレンズを向けるが、そこから先へとは決して踏み込もうとしない。たとえば工事現場で出会い何度かインタヴューをすることになる、主人公とも言える労働者の若者が、よりよい労働環境を求めて上海に旅立つのを見送った後に流れる、「彼には二度と会うこともないだろう」というような意味のナレーション。なるほど彼女の私的立場からすれば、この若者と再び接点が生まれることは考えられまい。だがこの作品で「私的」というのは、被写体とのぶつかり合いを体よく回避する口実として用いられているように思われてならない。思い起こされるのは、去年ここナントで見た台湾のドキュメンタリー『生命(いのち)』である。監督のウー・イーフォンは、地震の被災者を数年にわたり追いかけ、弱音を吐く少女を時として叱りつけたりもしたものだった。優れて「私的」なドキュメンタリーとは、むしろああいった作品を指すのだろう。もちろん北京のオリンピック・バブルの負の側面に視線を向けた本作が、貴重なものであるのは確かなのだが。

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グオ・シャオリュウ


『総統の影La sombra del caudillo』(フリオ・ブラーチョ監督、メキシコ、1960年)
メキシコ映画特集の一本。24日に観た『新たな夜明け』と同じフリオ・ブラーチョ監督の作品。この監督はジャンルとしての娯楽作品を可もなく不可もなく撮り上げる、ある種の職人的な監督であったのだと、2本目にして早くも確信する。メキシコの大統領選を控えた候補者ふたりの政治的駆け引きを主題にした本作は、友情、裏切り、恋などが、2時間超の間に盛りだくさんに描かれるものの、そのいずれもがある種の紋切り型を決して裏切ろうとしない。『Avanturera』で主人公をキャバレーに売り飛ばすギャングを演じたティト・フンコが、政治の波に翻弄されて最後には孤立する主役の大統領候補を演じていた。

『ふたつにひとつUna de dos』(Alejo Hernan Taube監督、アルゼンチン、2004)
コンペ部門もついに最後の一本。本作が長編処女作となるアルゼンチンの若手によるこの『ふたつにひとつ』は、派手さこそないものの、その魅力がじわじわと胸に染み入るような一本で、才能を感じずにはいられない。廃線になった鉄道の荒れ果てた線路だけが、かろうじて外界との接点を保っているような、世間から忘れ去られた郊外の町。テレビでは不況に端を発する首都での暴動が繰り返し報じられるが、ここではすでに暴動を起こす気力すらないほど、町の活力は地に堕ちている。ひとり羽振りのよい主人公が手を染めるのは、もちろんいかがわしい裏稼業。病気の母と2人暮しの少女は、恋人であるその主人公だけを頼りにしている。彼が警察に連行されたと知り泣き崩れる少女に対し、友人のひとりは「大丈夫、彼は何もしていないんだから、きっとすぐ戻ってくるわ」と、慰めの声をかける。口にした本人ですら信じていないのではないかという、そんな言葉だけしかもはやすがりつくものがないという状況を、始まりから終わりまで一貫して冷めた視線で描き出す映像は、カサヴェテスを思い出させるとまで言ったら褒めすぎだろうか。警察の手を逃れた主人公が、ヒッチハイクしたトラックの運転手に告げた行き先の町の名は、あの故郷の町の名だったか、それとも別の地名だったろうか。しかし逃げ道はどこにもないことだけは確かのだから、どちらにしても同じことなのだろう。

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Alejo Hernan


閉塞感という言葉を、いったい何度この報告で使ったことだろうか。それは多分に筆者の語彙不足によるところが大きいとはいえ、今映画祭では、閉塞した世界からの逃亡に、不可能とわかっていながら身を投じずにはいられない若者たちの姿を、複数の作品で目にしたのは確かだ。この最後のアルゼンチン映画をはじめ、インドのパルト・セン=グプタによる『風を吹かせよう』、あるいはモロッコの『タルファーヤ』。若い世代へとやや安易に希望を託す、インド「団塊」世代の鎮魂歌『道』などよりも、それらの閉塞にこそ、より多くのリアリティがあるような気がした。そして矛盾するようだが、そのことはとりたてて悲観すべきことではないという気にもさせられたのだった。

終映後は、萩生田監督、通訳のレア、そしてその叔母さんのミシェルと落ちあって食事へ。ヴォランティアでまかなっている各国の通訳の確保に、事務局は毎年苦労しているようだが、こと日本人に関しては完璧なバイリンガルであるレアがいる限り安泰、というくらいナント映画祭の心強い味方なのが彼女である。そしてまた別の意味でナント映画祭を支えているのが、叔母さんのミシェル。彼女はごく普通のナント市民でありながら、映画祭期間中は毎日5本の映画を観るという人物で、ちょうど今日もカトルザからシネマトグラフに移動する行程で彼女とデッドヒートを繰り広げたところだったのだ。こういう生活をナント映画祭の第1回目から続けているというのだからすごい(ちなみに今年は26回目である)。映画祭が彼女のような存在に支えられているということを、主催者側もきちんと理解してくれているとよいのだが。

「ナントに来たのならクレープを食べないと」という我々に対し、いかにも不信そうな目を向ける萩生田監督を、半ば無理やり引きずり込むようにして、近くのクレープ屋さんへ。きっと原宿竹下通りの屋台のクレープのようなものを想像しているに違いない監督に、「お好み焼きみたいなもので、具を自分でいろいろと選ぶんです」と説得すると、ようやく納得しかけた監督は、「じゃあイカ、野菜、チーズ!」カントク、それでは本当にお好み焼きになってしまいます。タマネギ、ベーコン、卵という定番の組み合わせを頼むと、クレープのお供には欠かせないシードルともども非常にお気に召した様子で、こちらも満足。

クレープ屋をあとにしてミシェルとは別れ、レアの彼氏のニコラらと合流、深夜のカフェへと移動。いろいろな仲間たちが出たり入ったりして、気がつけばけっこうな人数。フランス語と日本語と片言の英語が飛び交う。ニコラは地元ラジオで映画の番組を担当、その仲間たちも映画館で働いていたりと、なかなかの映画通ぞろいである。フランス人の言っていることを当ててみせようとする萩生田監督。けっこう当たっていたりする。「ソウデスカ」「ハイ!」などと、覚えたての日本語でフランス人たちも応酬。

さらにナントの夜は続く。7、8人の一行はレアとニコラのアパートへ。動物がけっこう苦手という萩生田監督が、レアの飼うハムスター2匹の襲撃を受ける。日本映画で修士論文を書いたというニコラ、『カイエ・ジャポン』の存在を知っているという。表紙を自分の論文に引用したというニコラが、パソコンを開いて見せてくれたのは、紛れもなく、『カイエ・ジャポン』の最終号、記念すべきユリイカ特集の表紙の画像であった。まさかこんなところで、というよりも自分がいったい今どこにいるのか一瞬わからなくなる。深作欣二『博打外人部隊』のDVDをニコラに借りて、他の面々と共に4時ごろ彼らのアパートをあとにする。

11月28日

会期は終盤、疲労はピークに達する。この日いくつかの作品の上映中に何度か意識を失う。だが本日最大のイベント、ドゥ・ドゥージによる「映画の授業」は、最前列に陣取りノートと鉛筆持参で集中。まずはその報告から。

「映画の授業」by ドゥ・ドゥージ
ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、ウォン・カーウァイ、ツァイ・ミンリャンらの作品の音響を手がけるドゥ・ドゥージが、自らのスタジオの機材を持ち込んでの「授業」。『珈琲時光』が題材となると聞かされていただけで、どんな形になるのかは予想がつかなかったが、まずは作品の上映から。図らずもこの映画祭中に2度観ることになったが、何度観ても蓮實さんを見つけられない……と思っていたらどうもカットされてしまったらしい。フランス・カイエにうれしそうな出演報告まで載せていたのにかわいそう。江文也の音楽は、陽子が彼についての調査をしていることが明らかになる前に、すでに一度流れていることに気づく。

終映後、機材のセッティングに引き続き、いよいよ授業開始。電車のなかや駅の構内をはじめとする多くのシーンを隠し撮りで撮影したという本作で威力を発揮したのが、アートン(Aaton)社の最新鋭Grand Art(?)という機材である。ハード・ディスクに直接記録するこの機材のおかげで、最大6台のマイクからの録音を、並行して自在に編集することが可能になったという。例としてDVDにより上映されたのは、高崎に帰省した陽子が親戚らとお墓参りに行くシーン。車から降りて墓に向かう人々を、遠景からゆっくりと右にパンしながら捉えたこのシーンで、マイクは車に仕掛けられている。したがって人物が車から遠ざかるにつれて会話を拾うのは当然難しくなるが、アートンのこの機材のおかげで、編集時にノイズだけを取り除くことが可能になったという。編集前のノイズ入りの映像と、編集後の映像が続けて上映され、違いを聞き比べる。また撮影は大半のシーンで必ず数テイクにわたって撮り直されたとのことだが、音声は様々なテイクからの音をミックスして使われているとのこと。編集中一部の音声だけが失われるハプニングもあったが、画面に写った時計の時刻を頼りに、ハード・ディスク上に記録された音声を救い出すということもあったという。

などなどと興味深い話が披露されたが、残念ながら『珈琲時光』を題材にした講義はこれでおしまい。あとはまったく別の作品の企画プロモーション用に作られた短編、そしてアイドル歌手が主演する台湾の娯楽作品『五月之恋』の一部を用いての、録音技師という仕事の基礎に関する講義となった。夫婦で野山に赴き収集するという音声をつけたして臨場感を出したり、銃声の直前に音声を徐々に絞って緊張感を高めたり、などのテクニックについての解説は、まったく技術音痴の私にはそれなりに勉強にはなったが、やはり『珈琲時光』ならではの話題をもっと聞かせてほしかった。監督本人が不在の場で、作品をコマ切れにして舞台裏をひけらかすというのも憚られたのかもしれないが。

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ドゥ・ドゥージ


なお本日はこの授業での『珈琲時光』以外に3本の作品を観た。まず午前中にはコンペ作品『ブティック』(Hamid Nematollah監督、イラン)を観たが、今映画祭初の途中退出を記録してしまった。冒頭に「神の名のもとに」という字幕を出しつつ、クスリに溺れるイランのゲイ(と思われる)・カルチャーを紹介するが、その挑発的姿勢だけが空回りしているという様子。粒子の粗いディジタルの映像が見苦しい。ひと昔前まではディジタルといえばこういう映像は当たり前だったが、今映画祭では『珈琲時光』をはじめインドの『風を吹かせよう』など、ディジタルを強みに変えたクオリティの高い作品もあり、技術や機材の違いがものを言う、文字通り「ディジタル・ディヴァイド」の時代に入ったという感じ。

夜からはまずメキシコ映画特集の『トラユカンTlayucan』(Luis Alcoriza監督、1961年)へ。貧しいながらも堅気に暮らす農夫が、病気の子供を救おうと、教会の聖母像から真珠を盗み出すも、それをブタが食べてしまって大騒ぎ。「ブタに真珠」を地で行く感じだが、そう言えばこの諺、確か聖書に出典があるのだったか。まあそれはどうでもいいが、農夫が真珠を盗み出すシーンを、アメリカ人観光客がポラロイド写真で撮影して証拠にしたり、農夫の妻が毎朝庭で髪を洗うのを、隣家の地主の老人が覗き見するのを生きがいにしていたりと、突拍子もない要素に満ちながら、全体としては心和むメロドラマになっているところがすごい。パゾリーニの『豚小屋』に次ぐ、ブタ映画の傑作として認定することにする。

コンペ作品『タルファーヤTarfaya』(Daoud Aoulad-Syad監督、モロッコ、2004年)が、本日の締めくくり。スペインへの不法渡航を目指して海岸沿いの町に流れ着いた女性。ついた早々に渡航資金を持ち逃げされて、この町で足止めを食らう。水平線の先に光が見えるほどのところにありながら、決してたどり着けない彼方のようなスペイン(正確にはカナリア諸島)。それを臨む、つき抜ける青空とどこまでも広がる砂漠とは裏腹に、どこにも出口のない隘路のような町タルファーヤ。このコントラストがうまく表象されていたように思うが、何しろ夜10時からの上映で、疲れもあってところどころ意識を失くしているので、これ以上のことには口をつぐんでおきたい。

11月27日

『日夜Ri Ri Ye Ye』(ウォン・チャオ監督、中国、2004年)
コンペ部門の中国映画は、ジャ・ジャンクーらと同世代に位置づけられるウォン・チャオ監督の、フランス資本による新作。炭鉱労働者の一家の波乱に満ちた日々を、淡々と描く。しかしエキゾチックな映像美にエロスの味つけを加えて、フランス資本の期待を裏切らない作品を可もなく不可もなく撮りあげた、といった印象の域を出ない。

『Redondo』(Raul Busteros監督、メキシコ、1982年)
メキシコのブラーチョ一家オマージュ特集の一本。主演のディアナ・ブラーチョは、フリオ・ブラーチョの娘で、アンドレア・パルマの姪にあたる。作品は、スペインやメキシコではもはや1ジャンルとして定着しているかにも見える、「背徳修道女」もので、司祭に犬の糞入りのココアを飲ませたり、修道女たちが「下部構造が上部構造を決定する」などとみんなで朗誦したり。80年代になってこういう作品をつくるというのもやや時代錯誤的というかノスタルジックな感じであるが、16ミリ・フィルムでの映写環境が著しく悪く、何度も上映が中断されてしまったのはかわいそう。

『風を吹かせようHava Aney Dey』(パルト・セン・グプタPartho Sen Gupta監督、インド、2004年)
本日2本目のコンペ作品。パリの国立映画専門学校FEMISで学んだ監督のパルト・セン・グプタは、現在もパリを中心に活動している。デジタル・カメラで撮影された夜の映像が不思議な質感を与える本作は、うだつのあがらないボンベイの若者たちの日々をとらえた群像劇。母とふたりでつつましく暮らす主人公の家には、ケーブル・テレビから無数の映像がひっきりなしに流れ出し、また大学では裕福な家庭の娘と席を並べ、同じ演劇サークルに加わって活動を共にしたりもする。そんなふうに大きな差別は一見改善されたかに見えながら、実は目に見えないレベルで乗り越えがたい境界として日常のあちこちを網の目のように走っている。作品はそうした閉塞感を、しかし過度に深刻になりすぎることなく、いくつかのエピソードをコラージュしながらテンポよく描き出す。強引すぎる結末には納得しかねるものもあるが、現代インドからこういう監督が出現するというのは歓迎すべきことだろう。

『無垢の城Castillo de la pureza』(アルトゥーロ・リプスタイン監督、メキシコ、1972年)
リプスタインの1972年作品は、ブニュエル『砂漠のシモン』でシモンを演じたクラウディオ・ブルックが主役を務め、本作が映画初出演となるディアナ・ブラーチョが、あまりにも可憐な姿を見せる、貴重な一本。上映前にディアナ本人が挨拶するというおまけつき。実話に基づくという本作は、外界に一歩も出ることなく育てられた子供たちがテーマだから、近年では是枝監督の『誰も知らない』あるいはサミラ・マフマルバフの『りんご』などを連想させなくもない。しかしこのリプスタインの作品の場合は、共産主義的な理想に燃える主人公(クラウディオ・ブルック)が、穢れた世界から子供たちを守り、外界との接触を絶った「無垢の城」たる自宅のなかで、自らの理念に基づいた英才教育を施すというもの。崩れかけた「城」の中庭には雨がいつまでもシトシトと降り、3人の子供たちは両親とともにねずみ駆除剤をせっせと作り続ける。破綻の目に見えている幸福がつかの間繰り広げられるこの閉塞空間は、父親の振る舞いに狂気の兆しが見え始めるにつれて緊張感をいや増す。長女(ディアナ・ブラーチョ)の決死の抵抗、そして妻と子供には純潔を強要しながら外では肉欲に身を任せざるをえない父親の姿も、あまりにも切ない。いやはやまたもメキシコ映画特集ですごい作品に出会ってしまったものだ。

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ディアナ・ブラーチョ


2年前から姿だけは拝見していた批評家の斎藤敦子さんに、今年ようやく知り合う機会に恵まれたおかげで、同じくナントの常連の記者桂氏、そして萩生田監督との会食に、お情けで仲間入りさせていただく。場所はカトルザ目の前のブラッスリー、シガール。ジャック・ドゥミが『ローラ』でキャバレー・エルドラドとして使用した場所である。海の幸盛り合わせを堪能。ナント常連のおふたりはナント住民よりもナント通で、はじめてやってきた萩生田監督に対して講じられるナント談義に、口を挟む隙もない。萩生田監督から、昨日の午前中私が観た『帰郷』は、本来ヨーロピアン・ヴィスタあるはずのものがスタンダードで上映されていたという、衝撃の事実を聞かされる。実は一部でマイクが写り込んでいるシーンがあり、でもあまりにもあからさまだったので、「ハギウダはスワの仲間らしいから、あれも『撮る』という行為を見せつけようという意図に違いない」などと、アホな会話を昨日カイエの記者と交わしていたのであるが、単に映写サイズのミスから本来見えないはずのものが見えてしまったというだけだったのだ。

11月26日(Vol.2)

『不見The missing』(リー・カンション監督、台湾、2003年)
キアロスタミの展覧会からメイン会場カトルザに戻り、ツァイ・ミンリャン作品の常連リー・カンションの初監督作品へ。孫を見失った女と、祖父が行方不明になった中学生の、2人の人探しが、微妙に交差しつつ並行して描き出される。公園で孫を探し回る女性を捉えた、永遠に続くのではないかと思わせる長回しなど、部分的には惹かれるシーンも多かった。プロデューサーとして名を連ねるツァイ・ミンリャンの手が入っているのではないかとの憶測を招きがちで、もちろん影響関係は否定しきれないだろうが、題材はともかくスタイルの違いは一目瞭然であり、ひとりの才能ある新人監督として敬意を表するべきだと思う。だがトイレに対する異常な執着だけは受け継がないで欲しかった。

『水の大地Tierra de agua』(カルロス・クラインCarlos Klein監督、チリ、2004年)
続いては、これまで足を運ぶことのできていなかったドキュメンタリー部門の作品へ。今年はシネマトグラフという映画館がドキュメンタリー専用の会場になっている。去年はカトルザでごちゃ混ぜに上映されていたので、わかりやすくなったのはよいことだ。作品はチリの山奥、水際の入植地で撮られたドキュメンタリー。どうやら監督の祖父がそこにはじめて入植者として入ったらしく、当時の様子を写した白黒のフィルムも挿入される。これを手がかりに個人的な系譜の探索を、インディオと入植者に関する歴史的問題などと重ねあわせて作品にすれば、それなりに興味深いドキュメントになったはずだが、どうも監督はそういうテーマには興味がない様子。流れる川の水のアップを環境映像のように写したり、農民の暮らしを脈絡もなく捉えたり。素材を殺してしまっている印象だ。

11月26日(Vol.1)

『帰郷』(萩生田宏治監督、日本、2004年)
会期も中盤に指しかかり、今日からコンペ部門の上映は2本ずつ。まずはそのうちの一本である日本からの出品作に足を運ぶ。日本映画はこれ以外にも別の部門で陣内孝則監督の『ロッカーズ』などが上映されるが、ナント入りするのは今日の午後に到着予定だという萩生田監督ただひとりと、やや寂しい感じ。さて東京映画祭でも上映されたその萩生田監督の本作は、再婚した母親の結婚式のため東京から帰省した青年(西島秀俊)が、ひょんなことから初恋の女性の一人娘と一日を過ごすことになるという、『都会のアリス』的な物語。どこか頼りなげなこの若者が、少女に対して示すぎこちない態度は、見ている者をやきもきさせるが、結末のちょっとしたどんでん返しで、そんな彼に対して観客が抱いていた思いをあっさりと裏切って見せる手腕は、なかなか見事である。西島秀俊は欲を言えばこういう二枚目半の若者以外の役柄もそろそろ見せて欲しいところだが、片岡礼子や吉行和子ら脇を固める俳優陣の安定感は抜群で、観客の評価もまずまずだった。

『妻を娶るVe Lakachta lecha isha』(Ronit Elkabetz, Shlomi Elkabetz監督、イスラエル、2004年)
本日のコンペティション2作目は、イスラエルの姉弟による作品で、姉のRonitは本作品の主演も務めている。舞台は1979年、ハイファ。さめざめと涙を流す女の回りで繰り広げられる男たちの議論は、どうやら冷え切った夫婦仲を取り持つための親族会議らしい。夫婦の手と手を半ば無理やり握らせあって、「神のおかげで」解決したと嘯く親族たちをよそに、翌日からはこの家庭は再び戦場と化すだろう。この夫婦、枕元のラジオを点けるか消すかといった些細なことにはじまり、あらゆる点で決して譲り合うことはなく、夫の母、それに3人の子供たちもいずれかの陣営に就いて、誰もがわめきたて、ののしりあい、時に暴力を振るう。しかしそんなヒステリックな場面の連続にもかかわらず、距離を置いて冷静に見続けていることができたのは、映画の大半が繰り広げられる、おそらくはセットであろうアパートが、ちょうど舞台のような装置となって、作品全体に演劇的な様相をまとわせることに成功しているからである。夫は熱烈なユダヤ教信者であるが、それをアモス・ギタイの『カドッシュ』のような図式的な宗教社会批判に還元してしまうことなく、妻と昔の恋人との逢瀬なども織り交ぜ、密度の濃い優れた作品に仕上がっており、現代イスラエルの貴重な作品を観ることができた。

イスラエルの監督ふたりの舞台挨拶が続く中、映画館をあとにして美術館へ。キアロスタミとイラン現代アートをめぐる展示のオープニング・パーティが開かれているのだ。キアロスタミ本人も出現。シャッター・チャンスをうかがっていたが、なかなかタイミングがつかめず、少し間をおこうと2杯目のワインを貰いにいったすきに、いつの間にか姿を消したキアロスタミを取り逃がすという失態。それにしてもナント市民を3年もやっているのにこれだけの人のなかに知った顔がひとつもないというのはどういうことか。さみしい。幸いにして居合わせた、パリから来ている石橋今日美嬢とカイエの編集者とともに、パーティ会場を後にして夜からの上映のために再びメイン会場カトルザへいそいそと向かう(26日、続く)。

11月25日(Vol.2)

『AVANTURERA』(アルベルト・グートAlberto Guut監督、メキシコ、1949年)
底無しの魅力を垣間見せ始めたメキシコ映画は、この『AVANTURERA』で、もはや一国の枠を軽く飛び越えて、映画史上稀にみる驚異の傑作の域にまで達してしまった。10分ごとに大どんでん返しを繰り返す、歌あり踊りありの復讐劇。これを観たあとでは、ブニュエルが何と普通に見えることか。ありえない展開の数々が、最後にはきちんと辻褄があっているように見えてしまうのがすごい。何をどう書けばこの映画の魅力を伝えきれるのか、今はまだ見当もつかないので、もうこの辺にしておくが、映画祭序盤にして、早くも最大の収穫の予感。歌姫ニノン・セビーヤの宿敵を演じるアンドレア・パルマの悪女ぶりがはまり役。なお日本では『肉体の抗議』なるタイトルで50年代に公開されたことがあるようだ。

『トラベラー』(アッバス・キアロスタミ監督、イラン、1974年)
映画祭にあわせてナント美術館でキアロスタミをめぐる展覧会が開催されることもあり、キアロスタミの初期作品を中心とするプログラムが組まれている。そのなかから見逃していた長編処女作に足を運ぶ。キアロスタミ本人も来場して挨拶。作品は処女作にしてすでに相当の腹黒さをうかがわせるが、同時に初々しさも残していてほほえましい。サッカー観戦のためにテヘラン行き目論む少年が、家のなかで金目の物を物色する視線にあわせて、置物や母親のブレスレットをクローズ・アップにするなどというような主観ショットは、今では絶対にやらないのではないか。

11月25日(Vol.1)

『港の女La Mujer del puerto』(Arcady Boytler監督、メキシコ、1933年)
昨日の『新たな夜明け』で円熟したファム・ファタルを演じてみせたアンドレア・パルマの、記念すべきデビュー作。冒頭、花咲く野原での至福の光景が、来たるべき不幸の始まりをすでに予感させる。しかし『新たな夜明け』が、よくも悪くもフィルム・ノワールというジャンルの枠のなかに過不足なく収まった作品であったのに対し、こちらの『港の女』は、ギリシア悲劇的ともいえる展開をみせることになる。アンドレア・パルマに襲いかかる運命は、神託のお告げのように食らいつき、もはやそこに彼女の意思の介在する余地はない。アンドレア・パルマはそのデビュー作から、悲劇女優としての生涯を運命づけられていたのだろうか。船乗りたちのどんちゃん騒ぎが、物語の枠組みをはみ出すほどの盛り上がりをみせるが、そうした余剰もまた映画の魅力を増やしこそすれ決して減じることはない。監督のアルカディ・ボイトラーはロシア出身ということで、なぜか納得。
エンド・タイトルのあとに結末の数分が、なぜか英語字幕で再び流れるという、ちょっとおかしなプリントであった。それはともかくこのエンド・タイトルがなぜコロンビア映画社のロゴなのか、といったことをはじめ、豊穣な歴史を垣間見せてくれたメキシコ映画についての知識があまりにも不足していることが悔やまれる。

『犬のボンボンBOMBON, EL PERRO』(カルロス・ソリンCarlos Sorin監督、アルゼンチン、2004年)
コンペティション部門の2作目は、2年前にここナントで『Historias Minimas』によっていくつかの賞を受賞した、カルロス・ソリンの新作。主人公の売り物の手作りナイフを吟味する労働者の男たちの手をアップで写した冒頭のショットが、一時期のケン・ローチを思い出させてなかなか小気味がよい。物語は、仕事を失い娘の家で肩身狭く暮らす男が、ひょんな偶然から巨大な白い犬を譲り受けたのをきっかけに、わらしべ長者のような展開で次々と数奇な出会いを繰り広げていくというもの。どうみてもブタのような犬が、マニアから羨望のまなざしを受けるあたりが笑いを誘う。少しうるさすぎる音楽が、欠点と言えば欠点だが、ジャンキーと成り果てた娘の夫や郊外のスラムなど、アルゼンチンの社会問題にも目配せをして、総合エンターテイメントとしての映画の面目躍起といった作品。ナントの観客の心をしっかりと掴んで、コンペ部門の上映はまだ2作目とはいえ、賞レースでは一歩抜きんでたという印象である。終映後は監督に代わって来仏した主演男優のJuan Villegasが挨拶。役柄通りの自動車修理工で、監督のプロダクションの隣のガレージで働いていたところをスカウトされたのだそうだ。

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『犬のボンボン』主演のJuan Villegas


11月24日

『ある英雄(O HEROI)』(ZEZE GAMBOA監督、アンゴラ、2004)
アンゴラ・ウサギの織物と、アフリカ南西部の共和国アンゴラは、まったく何の関係もない(昨日の報告参照)。何も言わなかったことにして白を切りとおそうかとも考えたが、こうして敢えて恥の上塗りをすることで、せめてもの償いにしようというものである。それにしてもモロッコなどのマグレブ諸国を除けば、アフリカの作品がこうしてコンペティションに名を連ねるのは、久しぶりのことなのではないだろうか。ちなみに今年のコンペティション(フィクション部門)の作品群をここでおさらいしておくと、このアンゴラ作品の他に、アルゼンチン、インドからそれぞれ2作ずつ、中国、イラン、イスラエル、日本、モロッコから1作ずつの、計10本である。日本からの出品作は、萩生田宏治監督の『帰郷』。

さてこのアンゴラ映画『ある英雄』、監督は1956年生まれのゼゼ・ガンボア。パリで映画制作を学んだ経歴などがあるよう。地雷で片足を失った元兵士が、メダルを授与されて形ばかりの英雄に仕立てあげながら、職も住処も家族もないまま、混乱のつづく国を生きる。映画はこの男の足どりを軸に、戦争から帰らない父を待ちながら祖母と暮らす少年、子供を失った若い女性、恵まれた境遇にありながら不条理な体制への不満を抱く混血の女教師らが織りなす、人間模様を描く。重いテーマの作品が陥りがちの罠を巧みに回避したクレヴァーな作品で、好感が持てた。冒頭の空撮が印象的。

『笑う彫像』(Toryalai Shafaq監督、アフガニスタン、1976年)
「アフガニスタン映画の歴史」特集からの一本。アフガニスタンと彫像というと、ついついタリバンの仏像爆破を連想してしまうが、ここでもまたおのれの無知ゆえに驚きを味わうことになった。ここでの彫像は、芸術家の卵の学生の手による西洋美術風の石膏像。彼の同級生たちは、ダンスパーティーでロックにあわせて踊りまくり、ファッションショーのモデルを務め、成金の男はベンツやプジョーを乗りまわす。この金持ちと芸術家の間で恋に揺れる裕福な家庭の一人娘が主人公だが、どちらの男も最後には不幸が待ち受けているのが象徴的である。西洋化が物質的にも観念的にも頓挫した果てに待ち受ける、第三の道としての原理主義を予兆すらしている、とまで言ったらさすがに言いすぎだろうが、映画そのもの以外の面で考えさせられる作品であった。 なおこの特集では、タリバンによるフィルムの破壊を生き延びた作品の多数が、今回のためにデジタル化され上映されている。アフガニスタン映画の歴史を振り返った解説を付したカタログとあわせて、今回のナント映画祭はこの国の映画史にとって重要な出来事となることだろう。

上映終了後、ゲストとの対話が設定されている会場に、誰が出るのかもわからぬまま行ってみると、ツァイ・ミンリャンに彼の作品の「シャオ・カン」役でおなじみのリー・カンション、そして録音技師のドゥ・ドゥージの3人の姿があった。今回はツァイ・ミンリャン作品をはじめホウ・シャオシエン、エドワード・ヤン、ウォン・カーワイ作品で音響を担当しているドゥ・ドゥージにオマージュを捧げる企画が組まれ、これにあわせて来仏した3人である。会場は告知が徹底していないためか、人もまばら。議論も盛り上がりに欠けていたようなので、ツァイ・ミンリャンに「次回作でも雨は降りますか」と質問してみると、なんと新作は台湾一乾燥した海岸でカンカン照りの中パスティスを飲むような映画だとかで、雨は一滴も降らないのだそう。なおあとで判明したのだがこの対話の模様は地元ラジオで生中継されていたらしく、相変わらず下手クソなフランス語を電波に乗せてしまったことがわかって赤面。
終了後、この報告用に写真を撮らせてもらおうとツァイ・ミンリャンに近づくと、「オッケー・オッケー」と肩を組まれて、通訳の方の手を煩わせてパチリ。彼らの写真が欲しかっただけなのだが、単なる記念写真になってしまった。これは使えない、とも思ったが、毎日人の写真はパシャパシャ撮っておいて自分の顔を出さないのも卑怯である、との妙な倫理観が働き、恥をしのんで公開。どうも恥ばかりかきとおしの映画祭だが、これが終わってもこちらはまだしばらくナント市民なので、「かきすて」とはいかないのがつらいところである。

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左から橋本、ツァイ・ミンリャン、リー・カンション

ツァイ・ミンリャンらとのティーチ・インのあと、待望の『珈琲時光』へ。報告はひとまず省略させてもらうが、主人公は録音マニア、また音楽の使い方も前2作とはがらりと趣向を変えた本作を、ホウ・シャオシエン作品の大半で音響を担当しているドゥ・ドゥージと共に観るというのは、またとない幸運であろう。日曜にはこの『珈琲時光』を題材としたドゥ・ドゥージによる「映画の授業」が企画されており、どんなものになるのか楽しみ。

『新たな夜明けDistinto Amenecer』(Julio Bracho監督、メキシコ、1943年)
『珈琲時光』の終映後、ドゥ・ドゥージの挨拶が長引いたりして、会場を移動するには微妙な時間になったが、駆け足でメイン会場のカトルザからゴーモンへ。だがついてみると観客はわたしが着いた時点でわずか3人。平日の夜10時からの上映とはいえ、フェスティヴァル期間中にこれほどの閑古鳥が鳴くことは、3年目にしてはじめての体験だ。大丈夫かナント映画祭。しかしそんな心配をよそに作品は快調。メキシコ映画界の重鎮、ブラーチョ・ファミリーにオマージュを捧げた企画の一本である本作では、メキシコ映画のファム・ファタル、アンドレア・パルマを、遅ればせながら「発見」することができた。映画もまたほぼ文句のつけどころのないフィルム・ノワールの傑作である。追われる男が逃げ込んだ映画館での、昔の恋人との偶然の再会にはじまり、記号的要素が次々と破綻なく連なり、最後はキャメラが駅のホームから旅立つ列車を見送って幕を閉じる。だがメキシコという国はこれほどの作品がまだまだ序の口に見えるほどの、底知れぬ奥行きを持った映画大国なのであり、それは翌日思い知らされることになるのであった。

11月23日

会場の入り口をあやうく間違えそうになったのは、開会式の場所がいつもの大ホールではなく、少し小さめの中ホールに移されていたからだ。式のあとに振舞われていたワインや軽食も姿を消し、どうやら今年のナント3大陸映画祭、予算不足は一段と深刻のようである。

しかし矛盾しているようだが、会場をあとにして自室に戻り慌しくこれをしたためている今、明日から本格的に上映され始める数多くのフィルムを前にして、期待と興奮を抑えきれずにいる。それもひとえに今夜上映された作品が素晴らしいものだったからだ。その作品とはアフガニスタン出身の監督アティク・ライミ(Atiq Rahimi)の長編処女作、『土と灰(Khak wa Khakester)』(2004)である。

その名のとおり土と砂埃にまみれた映画だ。爆撃を受けた村から唯一生き残った孫息子を連れて、息子の働いているはずの鉱山を目指す老人。交通手段がないためふもとで足止めを食らった彼が思い悩むのは、村の爆撃の知らせが山まで届いているのかどうかということである。もしまだ知らせが伝わっていないとしたら、妻も母もみな死んでしまったという事実を、息子にどう伝えればよいのか。干からびた川にかかる橋のたもとで途方にくれる老人の脇を、トラックが砂塵を巻き上げて通り過ぎる。

おそらく数キロしか離れていないはずの鉱山が、この世の果てのようなところに見えてくる。そしてそこに爆撃の知らせが届いたのかどうかという老人の懸念が、フィルムにサスペンスをはらませる。知らなかったとしたら、それをどう伝えたものか? しかし知っているのなら、息子はなぜ会いに駆けつけてこない? そもそも息子はそこでちゃんと働いているのか、あるいは息子の身にも何かが……。こうした問いを宙吊りにしたまま幕切れを迎えるフィルムは、まるでよくできたSFを見たあとのような、不思議な後味を残すことだろう。

先週フランスでも公開の始まった是枝監督の『誰も知らない』を、唐突ながら思い出したのは、これもある意味で土の映画だったからだ。工事現場でアスファルトの切れ間から掘り出されカップラーメンの容器に詰め込まれた土、あるいは空港脇の埋立地で掘り返される土。アフガンの乾いた土とはかけ離れているように見えながら、しかしどちらも埋葬という同じ目的で掘り起こされたりもする。

土の映画とはつまり土地の映画である。土を通して是枝監督が東京を捉えたように、アティク・ライミもまたアフガニスタンの今をフィルムに収めることに成功しているに違いない。このふたつの土の間に、今日撮られるべき映画の地平のすべてが広がっているとまで夢想する。一方の端の是枝監督は、去年までのナントの常連が、今やすっかり「カンヌの人」となってしまったが、まあそれはそれ。こちらのプログラムには発見すべき映画の数々が、ごろごろと転がっている。何しろ明日の朝イチで見るつもりの作品は、アンゴラ映画だ。白状するがセーターくらいしか連想できない。どこで評判がよかっただの、誰が出ているだの、ふだん映画を見に行くために使う口実が、ここではまったく通用しない。これで興奮せずにいられるだろうか。予算不足を逆手にとって、初心を取り戻したかに見える今年のナント映画祭。個人的には3年目にして地に堕ちかけたテンションも、最初の夜で一気にヒート・アップして、この一週間を映画祭に捧げようと腹をくくったのだった。

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真ん中の髭の男性がアティク・ライミ
右端にはディレクターのひとり、アラン・ジャラドー