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ナント映画祭2002  Vol.3

ナント3大陸映画祭レポート  Vol.3
Text by 橋本一径


12月2日(月)

 会期も残すところ今日を含めて二日。コンペティション部門の上映は今日で最後である。映画祭期間中はのれんを下ろしていた「本業」の学生生活もさすがにごまかしがきかなくなり、残念ながら日中の上映には足を運べず。夜からの2回の上映に集中することにする。「東京FILMeX」の『アカルイミライ』をめぐって繰り広げられたと伝え聞くチケット争奪戦のような事態は、ここナントとは無縁の話で、前日のうちに受付で予約しておけばたいていの映画は見逃す心配はない。しかし時間や作品によっては前の日のうちに満席になってしまうこともまれにあり、予約に出遅れていたこともあってこの日の20時からのコンペ作品のチケットを取り損ねてしまった。それでも予約しながら現われない客も当然いたりするので(かく言う私もいくつかの映画でやってしまった)、直前まで待っていれば入れてもらえることもあるのだが、ちょうど同じ時間に始まるウルグアイ映画特集の作品はガラガラで、これが一度も足を運べていなかった唯一の特集だったこともあり、こちらを見ることに決める。上映されたのは『Pupila al viento〔風に立つ瞳〕』(1949)と『El pequeno heroe del arroyo de oro〔黄金河の小さな英雄〕』(1929)の二本。エンリコ・グラス(Enrico Gras)監督の前者は15分ほどの「詩的」短編で、海辺の灯台を中心に、その螺旋階段から浜辺のパラソル、あるいはカタツムリへと、円形の連想が詩の朗読と共にモンタージュされた作品。1949年の作品だから時代はだいぶ下っているとはいえ、ブニュエルのシュルレアリスム時代、あるいはジャン・ヴィゴの『ニースについて』などと並べて見ることのできるような小気味よい佳作であった。カルロス・アロンソ(Carlos Alonso)監督による後者は、今映画祭唯一だという無声映画作品で、狼藉者に家族を殺され自分も致命傷を負いながら果敢に赤ん坊を救ったという実在の少年をモデルとした作品。ウルグアイでは国民的人気を集め20年近くも上映され続けたという。今回はナントの地元のピアニストの生演奏つきで上映されたが、ちょっとヴォリュームが大きすぎたのが玉に瑕。映画の方は赤ん坊を抱きかかえて交番に倒れこむ少年の姿から始まり、フラッシュバックで事件のいきさつをたどりながら、時おり交番で苦しみあえぐ少年の姿を差し挟むという、こった編集のものであった。それにしても、今年史上初の映画を完成させたホンジュラスのような国から、このような無声映画以来の歴史を誇るウルグアイまで、当然ながら様々な開きのある中南米各国の映画史を、これまでほとんど分節することができていなかった自分に恥じ入る。まったく反省ばかりさせられる映画祭である。

 コンペ作品のとりを務めるのは、キルギスのマラット・サルール(Marat Sarulu)監督による、『Altyn Kyrghol (Mon frere sur la route de la soie)〔兄弟、シルクロード〕』(2001)である。これまですでに多くの作品を見てきて、数々の新たな発見をし、十分に満ち足りた気分でいる一方で、欲を言うなら何かもう一つ、坂本安美の表現を借りれば映画館に入る前と後で世界が少し変わって見えるような体験をもたらしてくれる作品にどこかで飢え続けていたのも事実だった。ここ数日間映画と映画の合間にハンバーガーをかじるような食生活を送っておいてこんなたとえをするのもどうかと思うが、フルコースのメインとチーズまで十分に堪能したものの、デザート用の別腹にやや空腹感が残るといったところだろうか。だがこの映画祭はすごい。ないものねだりとこちらが半ばあきらめていたところで、こんなすばらしい作品をコンペの最後に用意しておいてくれるとは。マラット・サルール。アクタン・アブディカリコフの『あの娘と自転車に乗って』の脚本にも参加していたこの1957年生まれのキルギスの監督の名を、決して忘れないようにしよう。いや、やがて世界がこの名を当然のように口にする日が近いうちに必ず訪れるだろうから、先物買いのお好きな向きだけが記憶にとどめておけば済むことなのかもしれない。原題では「兄弟」と「シルクロード」という二つの名詞を単にそっけなく並べただけという粋なタイトルを持つこのわずか80分の白黒作品は、さらに短い二つの編に分かれており、「兄弟」「シルクロード」はそれぞれの編のタイトルでもある。「兄弟」編では4人の少年少女が、森や草原を抜け、小川を飛び越えて、今は鉄道が走っているというシルクロードを目指すのだが、森の木立の美しさ、そして少年たちの口から漏れる「ハッ、フッ」という細かい息の音は、今から思い返しても鳥肌が立つ。少年たちが線路にたどり着いたところで、場面はその線路の上を走る列車の中へと移り「シルクロード」編が始まるのだが、打って変わってそこは挫折や諦念にあふれた大人たちの世界である。子供たちが夢を託す、閉塞した現実からの離脱と移動の手段でありながら、その内部自体は閉ざされた息苦しい空間であるという鉄道の二面性を、両者の媒介者となる吟遊の画家を含めて、ここまで見事に映像化して見せた作品を、数多くの鉄道映画の傑作の中でも私は他に思い浮かべることができない。マラット・サルールは『少年、機関車に乗る』の躍動感と『上海特急』のけだるさを同時に映像化するという奇跡をやってのけて見せたのだ。終映後にすれ違った監督に短い賛辞を贈ると、「スパシーバ」と私の肩を軽く叩きながら握手を返してくれた。一生の自慢にしよう。

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マラット・サルール(右から二人目)

12月3日(火)

 いよいよ最終日。この日はコンペ部門の上映はなく、午後から特集の中のいくつかのフィルムが再上映される。所用を済ませて開映時間ギリギリに会場に駆けつけると、うかつにもプレス・パスを忘れたことに気づく。もはや取りに戻る時間もないので、受付でおそるおそる「パスを忘れちゃったんですけど……」と切り出すと、こちらの言い訳を最後まで聞くまでもなくあっさりと入れてもらえる。さすがナント。もっとも毎日のように現われる東洋人ということですでに顔を覚えられていたきらいもあるが。映画は「ポルトガル語圏アフリカ」特集の中から、ギニア・ビサウ共和国の作品『Mortu Nega』(1987)。29日の日記に報告した『魂を持つ木』のフローラ・ゴメス(Flora Gomes)監督による作品で、これが彼の長編処女作となる。独立闘争に身を投じた1組の夫婦を主人公に、激動の70年代を描く。女性や子供までを動員してのポルトガルとの消耗戦、カリスマ的指導者カブラルの暗殺、73年の独立宣言の後も続く混乱を追い討ちする旱魃……。すべてこの映画を見るまで何一つ知らなかったことばかり。トリュフォーを気取るつもりはないが、この一週間、世界についてどれほど多くのことを映画から学んだことか!

 市内のホールに会場を移して、閉会式へ。各賞の発表の前に上映されるクロージング作品は、中国のリウ・ビンチェン(Liu Bingjian)監督による『La Pleureuse〔泣き女〕』。最初の10分ほどは北京の半スラム街のあっけらかんとした混沌がうまく描き出されている気がして引き込まれかけたが、泣き上戸を逆手にとって葬式の「泣き女」役として荒稼ぎ、というエピソードが始まってからは、ほどよいエキゾチズムをスパイスに効かせた海外市場向けのコメディという印象が先にたつ。それにしても、作品の質自体はここで問わずにおくとして、カンヌですでに監督賞を獲得し全仏公開も(開会式の翌日から)始まっているオープニング作品の『酒画仙』にしろ、同じくカンヌの「ある視点」部門ですでに上映されているこの『泣き女』にしろ、ナント映画祭の性格を特徴付けることに貢献するとはあまり思えない作品をオープニングやクロージングであえて上映するのはどういうわけなのか。こういう場でこそカーボベルデの『Napumoceno氏の遺言状』(12月1日の報告を参照)のような娯楽大作を派手に上映してみせればよいのに。

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 幕間にステージで地元のダンスクラブのメンバーたちがタンゴを披露するという、コメントのしようのない演出に引き続いて、この期間中で初めてその姿を目にすることになった審査員たちが舞台に登場する。はたして彼らはマラット・サルールの『兄弟、シルクロード』を正当に評価してくれるのであろうか。あるいは『火星のカノン』は……。ナント出身で最大の有名人ジュール・ヴェルヌを意識してか、それぞれ「金の気球賞」「銀の気球賞」と名づけられたグランプリ・準グランプリの発表の前に、観客賞や主演俳優賞などの各賞が発表される。コンペ作品全11作のうち7本を見たのだが、見逃した4本のうち3本までが何らかの賞を獲得するという結果に、生来のくじ運の悪さを嘆く。「銀の気球賞」はイランの『入試』へ(11月29日の報告を参照)。なるほどまっとうな選択には違いない。しかしここまで『兄弟、シルクロード』も『火星のカノン』も一度もその名が挙がらぬまま、残されたのは「金の気球賞」ただ一つ。だがここに及んでやっと審査員の口から『兄弟、シルクロード』の名が読み上げられるに至って、ようやく胸をなでおろす。マラット・サルールの『兄弟、シルクロード』、見事グランプリ受賞である。当然のことが当然のこととして実現したことを素直に喜ぶ。『火星のカノン』は残念ながら無冠に終わった。全編ワン・シーンの『入試』の演出や、現代版「姨捨山」といったところのウルグアイの『希望』(ジャック・ドゥミ賞を受賞)のような作品の上辺の派手さの前にかすんでしまったのだとしたら嘆かわしいことだ。アドゥール・ゴーパーラクリシュナン監督の『カーリーの僕』(12月1日の報告を参照)の映像美を称えるべき撮影賞が今年はなかったことにも不満が残る。とはいえ審査結果にケチをつけることほど非生産的なこともなかろうし、何よりもグランプリはこうして全面的に賛同できる結果に落ち着いたのだから、むしろ十分に満足できる結果だというべきなのであろう。日本映画の受賞結果以外の情報はほとんど伝えられることのない現状が打破され、この受賞が『兄弟、シルクロード』の日本公開を後押ししてくれるようになることを心から望みたい。慣例に倣い主な各賞の審査結果を以下にまとめておく。

金の気球賞(グランプリ):
 『兄弟、シルクロード』(マラット・サルール監督、キルギス)
銀の気球賞(準グランプリ):
 『入試』(Nasser Refaie監督、イラン)
ナント市(ジャック・ドゥミ)賞:
 『希望』(Aldo Garay監督、ウルグアイ)
審査員特別賞:
 『Historias minimas〔小さな物語〕』(Carlos Sorin監督、アルゼンチン)
主演女優賞:
 Zhou Wenkian『Femmes de Shanghai〔上海の女たち〕』(Pen Xiao Lian監督、中国)
主演男優賞:
 Feng Chih-wei『塩辛い醤油の味(Brave 20)』(ウォン・ミンタイ監督、台湾)
観客賞:
 『粘土の人形』(Nouri Bouzid監督、チュニジア)