
ナント映画祭2002 Vol.2
ナント3大陸映画祭2002レポート Vol.2
Text by 橋本一径
11月30日(土)
本日は午後から市内唯一のシネコン、ゴーモンにて、トロムーシュ・オケーエフ監督の遺作、『Mirazi lioubvi (Les mirages de l'amour)〔愛の幻影〕』(1986)。郊外の巨大シネコンを別とすればナント最大の映画館であるこのゴーモンは、わずかに1スクリーンを映画祭に譲り渡しただけで、残りの館では普段と変わらず『ハリー・ポッター2』などをやっている。とはいえメイン会場のミニシアターKatorzaよりも数段大きいスクリーンはやはり魅力だ。映画自体もスクリーンの大きさに比例したのか、やたら大味。子宝に恵まれない名のある陶芸家が、異国から連れてこられた踊り子との間に男の子をもうけるも、その才能を陶芸仲間に妬まれて右手の自由を奪われたこの少年が、左手で画才を極めるために母の生地へ修行の旅へ出かける……。2時間弱の間にシルクロードを2往復はする、一大歴史絵巻であった。先日見た『獰猛』の躍動感が息を潜めてしまっている。オケーエフ特集を中心に据えていた自分のスケジュールの再考を迫られる。
ゴーモンからKatorzaまでは、18世紀に建てられたというナント名物のパサージュ・ポムレーを通っていくのが便利。しかしこの日はクリスマス前の土曜日ということもあって、すごい人出である。聞くところによればナント市の人口は30万弱という話だったのだが、いったいどこからこんなに人が集まってくるのか。とはいえ日曜日はほとんどの店が閉まってパンを買うのも苦労するほどだし、平日も7時にはたいていの店が閉まってしまうから、買い物をするとなると普通の人は土曜日くらいしか機会がないのである。実際平日の昼間などはデパートやスーパーも閑散としているので、みんなで協力し合って外出のタイミングを合わせているとしか思えない。1人で入れるようなレストランも皆無だし、「個人主義の国」などと言いながらフランス人の方がよっぽど集団行動好きではないかと思ってしまう。もっともその「集団」のニュアンスは日本とはかなり異なるのかもしれないが。

人ごみを掻き分けてたどり着いたKatorzaで、ホンジュラス映画『No hay tierra sin dueno (Les terres de l'ogre)〔食人鬼の地〕』。2001年の作品ながら、ホンジュラス史上初の映画だそうである! しかも監督のサミ・カファティ(Sami Kafati)は、撮影を終えたあと映画の完成を見ることなく他界し、息子が後をついで編集を終え、このナントで「ワールド・プレミア」上映にこぎつけたという。来仏した息子が開会式で感極まって見せた涙はこちらの胸にも迫るものがあった。しかしその映画は……。極悪非道の地主が、行政も味方につけて領民を陵辱しつくすというのが主たる物語であることはおぼろげに理解できたが、これまでの映画史の不在を一気に補おうという欲望が暴発したのか、映画10本分ぐらいのエピソードが入り混じり、しかも同じ人物が違う役柄で登場したりすることが混乱にいっそうの拍車をかける。まあ21世紀にもなって一国の映画史の創設の生き証人になれたことだけで満足しなければ。
夜にはラウル・ルイスの短編『Cofralandes』。ご存知のとおり今はフランスで活動している、『見出された時』のラウル・ルイスのチリ時代の作品が見られるとあって期待したのだが、この作品は公式プログラムのどこにも記載がなく、まったく情報が分からない。ビデオ上映とのことだったが、もともとビデオ作品のようで、しかもどうやらかなり新しく、ひょっとするとフランスに拠点を移した後の作品なのかもしれない。現代アート展のブースの片隅で流されていそうな、洗練された映像と音楽に、もうひとつの「9・11」として知られるようになったチリのサンティアゴの1973年9月11日のクーデター時の傍受電波が混ざりこんだりして、先ほどまで見ていた作品とのギャップに一瞬「これは傑作か」と騙されかけたが、携帯電話でしゃべっていた男が持っていたのが実はテレビのリモコン、などといったセンスのないユーモアや、なぜか挿入される日本の映像が池の鯉や浅草だったりして、あまり気の利いた作品であるとも思えなくなってくる。内容は要約しがたいが、パリに住む語り手が友人の誘いで故国チリを訪れるという話を核として、現実と虚構が入り混じる、とでもいったところか。
締めくくりはコンペ部門の台湾映画『Le gout sale de soja〔塩辛い醤油の味〕(英題Blave 20)』。監督のウォン・ミンタイ(Wang Ming-tai)はツァイ・ミンリャンのアシスタントを務めていた人物で、この作品が長編第一作となる。2組の十代の男女を主人公とする青春映画だが、かなり好感が持てた。ホウ・シャオシェンの『童年往事』が挿入されたりもするが、監督にとっての手本はおそらく北野武なのではないか。時おりはっとさせる編集のテンポを見せることがあり、それがどこかで味わったことのあるような感覚だったので、思い返してみたら北野武だった、というだけのことなのだが。真似してできるものでもないだろうから、むしろ監督自身の才能と言ったほうがよいのかもしれない。オートバイや、夕日の中を風にたなびく赤いシーツなど、小物の使い方もよかった。ただ物語自体がたわいもない青春ものであるのはよいとして、その物語を説明するための過剰な平行モンタージュやフラッシュバック、あるいは大げさな音楽を何とかすれば、さらによくなったことだろう。ともかく『火星のカノン』にとっては有力な対抗馬の出現である。
12月1日(日)
カーボベルデは、西アフリカ、セネガルの沖合いに浮かぶ島国。恥ずかしながら地図で確認しなければ場所すら分からなかったこの国の映画は、文句のつけようのない娯楽大作であった。フランシスコ・マンソ(Francisco Manso)監督の、『O testamento do Senhor Napumoceno〔Napumoceno氏の遺言状〕』(1997)である。大富豪の実業家、Mapumoceno氏が、ある朝ベッドで息絶えているのを見つけた女中の叫び声から、映画は始まる。氏が生前に葬送曲として指定していたベートーヴェンの演奏は、町の楽団の指揮者がその名すら知らぬため実現が危ぶまれるが、ようやく録音テープを入手して葬儀は何とかしめやかに執り行われる。その間唯一の親族である甥は自分のもとに遺産が転がり込むことを信じて必死に喜びを押し隠していたのだが、いざ遺言状を紐解いてみると、全財産の相続人に指名されていたのは元秘書との間にできた隠し子である娘であった。その後映画は裸足で島に渡ってきてから富を築くまでの氏の半生をたどりなおすことになるのだが、雨の降らない島で日傘として売るつもりだった傘の注文数を一ケタ間違えて大量に仕入れてしまった直後の歴史的な大雨で一夜のうちに財を成したことから、晩年になっての謎めいた美女との淡い恋にいたるまで、そのエピソードの中には笑いや涙、歌に踊りにお色気と、何から何まで満載である。遺産をもらい損ねた甥は娘に取り入ろうとするのだが、彼女がこの甥に陥れられて破滅する、などということを想像したりしてはいけない。あくまでこの作品はお年寄りから子供までが安心して楽しめる一流のエンターテイメントなのである。認識を改めなければならない。このような王道の娯楽映画を堂々と撮れる国こそが、現在の映画界のメインストリームなのであって、引用やリメイクを強いられる他の多くの国々がむしろマージナルなのだ。明日からは「世界の映画の中心はカーボベルデだ」と会う人ごとに吹聴してやろうと心に誓う。
続いて見たモザンビークの作品『A tempestade da terra〔地鳴り〕』(1996)では、スクリーン上でうれしい再会を果たすことになった。オリヴェイラの『神曲』でヒロインとも言える役を演じ、その後『パルプ・フィクション』などにも登場した女優マリア・デ・メディロス(Maria de Medeiros)が主役を演じていたのである。この映画祭、予備知識がまったく役に立たないと端から思い込んでいたので、プレスにもほとんど目を通すことなく足を運んでいたのだが、考えてみればこれは「ポルトガル語圏アフリカ」特集、しかも監督のフェルナンド・ダルメイダ・エ・シルヴァ(Fernando d'Almeida e Silva)はモザンビーク生まれのポルトガル人、そしてこの作品も半分はポルトガルを舞台としているのだから、予想できない話ではなかった。もう少し注意しておくべきだったと反省。ともかく見逃さずにすんだのは幸運であった。作品自体もこれまた一級品。マリア・デ・メディロス演じる、モザンビークの白人有力者の娘レナと、彼女の家庭に奴隷として使えていたニンゴとの間の幼い友情が、モザンビーク独立の武力闘争の中で引き裂かれ、ニンゴが身を投じた独立運動は、極右の統合主義者となったレナの元婚約者との戦いとして、時代の一変した現代のポルトガルに舞台を移してなおも続けられる。それにしても、マリア・デ・メディロスは脇役的な使われ方の多かった他の日本公開作には見られない魅力を発揮していて、音楽も一部をマドレデウスが担当していたり、こうした作品がフランスを含めてまともに公開すらされていない状況はどう考えても異常ではないか。幼い頃の預言者による蛇の呪いが結末で魔力を振るったりするあたりは少しやりすぎかとも思ったが、そうした不満はこの異常な状況の正常化が図られてから言い募るべきことだろう。
午後に見た二本のポルトガル語圏アフリカ作品に続いて、日が暮れてからはコンペ作品へ。まずはチュニジアのNouri Bouzid監督による『Poupees d'argile〔粘土の人形〕』(2002)を見る。同じアフリカでも北アフリカ、当然ながらがらりと趣が変わり、夜のチュニスの雑踏や酒場は、かつてオリヴィエ・アサイヤスの『パリ・セヴェイユ』やクレール・ドゥニの『パリ、18区、夜。』で目にしたことのある都会の風景のようなコスモポリス的雰囲気をかもし出している。映画はこのチュニスに田舎から女中を斡旋する仲買人の男の物語。この男、仲買人といっても別に女衒のような強面ではなく、自分の地元の村だけを取引相手として、親たちからは信頼され、娘たちはむしろ彼と一緒に都会へ旅立つことを待ちわびている。この男を中心に、彼に連れられて都会で働き始めていたが雇われ先から逃げ出してしまった若い女、そしてやはり彼の斡旋によって新たに都会で働き始めようとしているまだ幼い少女の3人が、物語の軸となるが、中でもこの幼い少女がとてもよかった。予定されていた家庭にはすでに別の女中がいて門前払いされたり、別の家庭では老人の介護を強要されたりと苦労が絶えないが、一人きりになると肌身離さず抱えていた袋から粘土を取り出し、憑かれたようにこねくり回して人形を作っては握りつぶし、時には粘土を体じゅうに塗りたくる。この粘土という小道具が非常に斬新で、どこか『ポネット』を思い出させるようなこの少女と、代父としての仲買人の関係だけで十分に魅力的な映画になったと思うのだが、彼ともうひとりの女とのありがちな恋愛関係を描きこむ必然性は果たしてどこまであったのであろうか。年上の女役の女優ヘンド・サブリ(残念ながら未見だが先ごろ日本で公開されていたチュニジア映画『ある歌い女の思い出』にも出演していたようだ)は本国では相当な人気女優なようで、公開初日には映画館に入りきれない客であふれ返ったというのも彼女に負うところが大きいそうだから、興行上はやむを得ないことだったのかもしれないが。夜の街へと彷徨い出す幼い少女の後姿を追ったラスト・シーンは秀逸。
続いてのコンペティション作品は、結末の数分に至るまで世紀の大傑作であることを疑わずに画面に釘付けになっていた。ただし落ちのつけ方がどうにもいただけない。インドのアドゥール・ゴーパーラクリシュナン(Adoor Gopalakrishnan)監督による、『Nizhalkkuthu (Le serviteur de Kali)〔カーリーの僕〕』(2002)である。1940年代のインドの絞首刑執行人が主人公なのだが、この男の境遇というのが非常に興味深い。執行人は世襲制、つまり彼は生まれながらにして執行人になることを定めづけられており、普段は村のコミュニティの周縁で祭司のような暮らしをしている。子供が病気になれば親たちは彼のもとに駆けつけ、家の天井から吊り下がったロープの切れ端を燃やした灰を彼が念仏と共に振りかざせば、風邪も悪魔憑きもたちどころに全快する。このロープ、実は死刑囚を吊るし上げたそれであることがやがて明らかになるのだが、穢れと聖性をあわせ持ったこのロープをすべて使い果たした頃になると決まって都から使いが訪れ、新たな死刑執行を男に伝える。行政は誤審であった場合の罪を彼になすりつけようとしているのだが、そうでなくともこの死刑執行人の老人は世の中すべての業苦を一身に引き受けたかのような苦渋に満ちた表情を始終うかべており、その重みから少しでも逃れようと酒に溺れた日々を送っている。映画の中のアル中の人間に対して、私は基本的に不寛容なのだが、この男ばかりは酒にすがるのも無理はないと思わされてしまった。父親の罪垢を慮ってか、あるいは自らも執行人を継がされる運命を呪ってか、息子が死刑廃止運動に参加しているというのも、押し寄せつつある世俗化の波の示唆として気が利いている。さて新たな死刑執行のために息子と共に都に連れてこられた男は、執行の前日、「死刑囚は眠れぬ夜をすごしているはずだからお前も寝るわけにはいかない」という無茶な因縁をつけられ、役人たちが代わる代わる物語を話し聞かせて彼を眠らせまいとする。「この場にふさわしい話かどうか分からないが……」と言いながら話し始めた役人の一人の物語は、義理の叔父にレイプされ殺された少女の話で、映像に登場するこの少女は、執行人の娘と同一人物。「もう止めてくれ!」「いや続きを聞かせろ」という執行人と役人たちの押し問答と、息を飲む映像美で描き出される物語世界との平行モンタージュが、この映画のクライマックスであり、この現実の時間と神話的な時間との平行関係をあくまで曖昧な結びつきのままにとどめておいてくれたのなら、間違いなく悲劇の傑作となったはずなのだが、最後にこの二つの時間が強引につなぎ合わされて安易なメロドラマにも見える結末になってしまったのは、残念としか言いようがない。
会期も残すところ明日とあさっての二日間。今日まで毎日3、4本の映画を見てきたが、それでも見逃してしまったフィルムが山ほどあり、まったくシネフィル泣かせのプログラムである。それでも今日見た4本はいずれもそれぞれまったく異なる魅力を備えた傑作であり、映画祭のハイライトとも言える一日を送ることができた。
