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ロバート・アルトマン特集 リポート3 安田和高

7月27日(金)

念願の『ナッシュビル』である。やはり満席。聞けばR・アルトマン特集の上映作品中もっとも早く前売券が完売したとのこと。どうやらユーロスペースでは前売券が完売した場合は当日券の販売をしないそうで、観ることのできない方が多数おられたようである。ただ前売券を買っていても来ない人が当然いるわけで、そこはどうにかならなかったのか、と思う。

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20:50~『ナッシュビル』

(たしかに製作の順序からすれば、およそあり得ないことなのだが)『ウエディング』の自動車事故を起点に『ナッシュビル』ははじめられる。
ただし『ナッシュビル』では誰ひとり死なない代わりに、そこから派生していく各エピソードには「めでたし、めでたし」と言えるようなオチが与えられていない。ほとんど背景の説明がないまま、ただ断片が羅列される。けっきょくラストにいたるまで混乱は混乱として放置され、唐突に訪れる悲劇で頂点に達する。
必死にバーバラ・ハリス(アルバカーキ)が“It don't worry me”と歌うも、その程度で事態が収拾できるはずがなく、登場人物たちは呆然とたたずむか、ばたばたと右往左往するか、静かに退場するしかない。
そんななかカメラがゆっくりとズームバックしはじめる。だがそれさえ『ウエディング』のラストのようにはスムーズにいかず、中断してしまう。『ナッシュビル』はそれほど容易くわれわれを解放してはくれないのだ。

7月29日(日)

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21:00~『M★A★S★H』

「まじめにふまじめ」というよりは「ふまじめ」を装っているもののむしろかなり「まじめ」なフィルムである。
一見でたらめで突拍子もないドナルド・サザーランドとエリオット・グールドの行動は、いたってシンプルでまっとうだ。ふだんはマティーニを飲み、サリー・ケラーマンをからかい、ゴルフに興じているが、いったん負傷者が運び込まれれば、「ふまじめ」なジョークを交わしながらも、ほとんど休まず「まじめ」に治療にあたる。
いささか「まじめ」すぎるのと、なんというかストーリーが小ネタ集みたいなところが、あまり気に入らないが、かわいそうなバド・コートのためにグールドがロバート・デュヴァルを殴るシーンには、やはり「よしよし」と思う。もちろん『パーフェクトワールド』のクリント・イーストウッドみたいには、あるいは『ハートブルー』のゲイリー・ビジーみたいにはカッコよくなく、どことなく「ふまじめさ」が漂うが、それでもきっちり落とし前はつけるのだ。「まじめ」と言えよう。

8月1日(水)

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21:00~『わが心のジミー・ディーン』

上映トラブルで2度の中断があったが、それを忘れてしまうほどヘヴィな物語。
終始カメラは狭い雑貨店に閉じ籠ったままである。まるで外へ出ることを禁じられているかのようだ。だから『わが心のジミー・ディーン』はズームバックで――つまり『ウエディング』や『ナッシュビル』のようには――終わることができない。そのような手はあらかじめ封じられているのだ。女たちが出て行くまでは、どんなに嫌でも、そのドラマにたっぷり付き合わされることになる。
ただ、おそらくたった1度だけ、逃げ出すチャンスがあった。
それはサンディ・デニス(モナ)の息子がカレン・ブラック(ジョアン)のポルシェ・911を奪って逃走したときだ。
だがカメラは、女たちに阻まれてか、自分の意志でか、店内にとどまる。そしてわれわれはそこでモナの強烈な女性(母)性が牙を剥き出しに暴走したことを知るのだ。それに巻き込まれた一人であるジョアンは20年を経てようやくモナと抱擁を交わす。
果たして巻き込まれたもう一人のほうは、モナを、“Come back to the five-and-dime, Jimmy Dean, Jimmy Dean”という呼び声を、振り切ることができただろうか?
しかしそれを知るには店を飛び出してポルシェ・911を追い掛けるしかないのだ……

8月3日(金)

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21:00~『三人の女』

シェリー・デュヴァルVS.シシー・スペイセク。
まともな話であろうはずがない。
ただふたりがそこにいるだけですでにヤバいのだ。どこかが過剰だとか、なにかが足りないとか、そういうレベルではない。基準となるものさし自体が完全に失調している。これに比べれば『あるスキャンダルの覚え書き』のジュディ・デンチはまだまともだったように思う。
当然いかなる共同体もふたりを受け入れず、外へはじき出してしまう。
しかしまた誰もふたりの間を割ってそこに入ることはできない。たとえ両親であってもすごすごと引き下がらざるを得ない。
いわんや男をや。
いびつな共同体は、死産を通じて、一気にその結びつきを強固にしていく。男ははじき出されることさえ許されず、ただ事故死(?)するしかない。

これでロバート・アルトマン特集の11本すべてを観たことになる。初めてお目にかかる作品ばかりだった。上映トラブルがあったり、かなり状態の悪いフィルムがあったりしたが、貴重な'70年代、'80年代のアルトマンを劇場で観ることができて、ほんとうに幸福だった。あらためて「ぴあフィルムフェスティバル」に、感謝。