
巻上公一 超歌謡リサイタル
巻上公一 超歌謡リサイタル Song with bezique Text by 結城秀勇
開演が20時なのに開場が18時ということの意味に、到着してから気がついた。会場である「スイートベイジル」の扉をくぐると、グリッド上に並んだテーブルを囲んで皆食事をしている。入り口でパスを受け取り、ステージを見下ろすコの字形に張り出した2階席へ行き、PAの後ろに立ち、おいしそうな料理を横目に開演を待つ。
下調べが足りなかったのはなにも会場のことばかりではなかった。今夜の「巻上公一 超歌謡リサイタル Song with bezique」についても、私はひどく断片的な知識しか持っていない。ジョン・ゾーンによるゲーム・ピース『ベジーク』。19世紀フランスで生まれたトランプの遊びを元に考案された音楽。21枚のカードを用い、その都度作られていく曲たち。「クラシックプレイヤーのためのスラッシュパンク的ピース」。アルバム『殺しのブルース』からの曲による巻上公一久しぶりの超歌謡。トランプの「ベジーク」はトラックテイキングゲームの一種であるが、しかしながら山札からの得点が大きな割合を占める……。などと結局関係のないことに行き着いた連想を抱えて借りてきた猫のようになっていると開演。
ステージ上にヴァイオリン、チェロ、テルミン、ウッドベース、ドラムス、ギター、オルガン、二胡、沖縄三弦、サックスが、弧を描くように位置に着いたとき、その半円の中心に立つ歌・プロンプターである巻上公一の前のテーブルに手品で使う大きなトランプめいたカードの束とモンゴルの王様のような帽子が並べられ、準備が整う。「1曲目は楽屋で作曲してきました」との言葉と共に、おもむろに演奏が始まる。
ステージの奥の壁には、演奏者に向い合う巻上の上半身がプロジェクタによって映し出されている。アルファベットと数字の書かれたカードを掲げ、勢いよく引き下ろすと、ある者は演奏をやめ、ある者は開始する。複数の楽器を持ち替えて演奏している者もいて、視覚と聴覚の情報を上手く組み合わせることができない。プロンプターが矢継ぎ早に演奏者を指さすと、めまぐるしく即興が連鎖する。「S」と書かれたカードを下ろすとくるりと客席の方へ向き直り、二胡の印象的な響きと共に歌が始まる。
カードの組み合わせ、目配せ、挙手、指さし、楽器の持ち替えによって接続されたひとかたまりの音が終わると、次の曲が「作曲」される。舞台上の人物にだけ聞こえるようにヴォリュームを絞ったマイクを通して、キーを示すらしいアルファベット、担当する楽器の名前、次の「作曲」の間のつなぎの演奏をする者の指定、そして「M」「EP」「T」「S」などという響きが漏れる。演奏者は紙と鉛筆を手に、それを書き留める。「ほんとは聞こえなくていいんですが。気にしないでください」と観客には言うものの、念入りに隠蔽されるわけでもなく「作曲」は静かに進行する。注意深く聞き耳を立てていると、プロジェクタの映像と併せて内容をうかがい知ることが出来る。何かがわかった気になって、聞こえてくるアルファベットと数字を書き留めてみるものの、こんなことは初めから知っていたことと変わらないと思いペンを置く。確かに『ベジーク』の詳細なルールは聴衆に公開されていない。それは隠されているのではなく、目の前に置かれているのにわからないだけ。「作曲」された段階でわかるものは、初めに11人の人物がステージ上に並び、テーブルにカードが置かれた時点ですでに皆準備されていた。何が起こりうるかよりも何が起こるのかを注視しなければならない。見逃さないよう警戒する私の不意をついて、ドラムとベースとギターに合わせ皆が手拍子しだす。身体を揺らし、ゲーム・ピースのルールに拘束されていたのは自分だったと気付く。ビートが途切れて手拍子は拍手へ変わる。
「蘇州夜曲」が始まる前の二胡の急激な転調に耳を奪われる。プロンプターの指示と、それと独立して行われる演奏者間の合意による軌道の読めない即興の連鎖から、よりしっかりした構造をもつ歌ものへつながる変化の引き伸ばされた一瞬は、この夜の最も美しい瞬間であった。
続くドラムスの佐藤の番にモンゴルの王様帽子が使われる。「エージェント入ります」、王様の帽子をかぶった代理人によって、演奏者の対プロンプター用の権利が行使される。それは、持続を引き延ばし、選択肢を使い切り、ひとつひとつの指示のつなぎ目を先延ばしして、決定された変化が訪れる前に微妙な変調を引き起こす。「作曲者」はカードの組み合わせをどこまでも連ねていくことでどこまでも延期できるが、エージェントは、プロンプターが選ばれたカードが切り出すのを制止し、取り出された時間を再分配する。殺し屋の台詞を言う佐藤、「やられたー」と横川。選択肢を最大限の速度で消尽させようとするプロンプターと選択を延期し時間を再分配する演奏者の闘争は、『ベジーク』に組み込まれた『殺しのブルース』の歌部分の存在によって、換骨奪胎される。歌の速度と時間がするりと注入される。21枚ある中のどんな組み合わせも可能なはずのカードも、歌ものだけは前の「作曲者」の選択によって選択肢が減っていく。12種類の曲を使い果たして終わるはずが、実際には時間の方が先に尽きてしまう。
ラストの曲。「作曲者」ヴァイオリンの横川は「S2」とだけ指定する。巻上はそのカードをちらりと見せくるりとこちらに向き直る。「コーヒールンバ」。
アンコールによって再び出てきた巻上による選曲は「女を忘れろ」。瞬間的な即興の連鎖によって始まり、テルミン、オルガン、二胡の即興からギターを中心としたフルート、チェロ、ドラムスのアンサンブル。カードを後ろ手に切り、「ダイスころがせ ドラムを叩け」。 くるりと演奏者の弧を向き、即興の連鎖、指さし、目配せ、自らも口琴を鳴らす。
演奏者達の小さな弧と頭上に2階席という大きなコの字をいただく客席との間でくるりと回転する動きによって、巻上は『ベジーク』でもあり『殺しのブルース』でもある時間を滑り込ませる。
メンバー紹介のため弧のひとつひとつの点と向き合ったのち、最後にコの方に大きく礼をして、ふたつの「こ」の中心だった男はソデへと退がっていった。
11月14日 at スイートベイジル(STB139)六本木 にて
出演
二胡 ------------- 程農化
ギター ------------ 内橋和久
テルミン ---------- やの雪
微分音オルガン ---- 冷水ひとみ
バイオリン -------- 横川理彦
チェロ ------------ 四家卯大
サックス ---------- 早坂紗知
ベース ----------- 永田利樹
ドラムス ---------- 佐藤正治
歌、プロンプター ---- 巻上公一