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「AA-音楽批評家・間章-」撮影日誌 Vol.5

ユーロスペース・映画美学校製作
青山真治監督作品 「AA-音楽批評家・間章-」撮影日誌

Vol.5 2002 August

Text by 製作スタッフ

2002.5.12(月)

今日は次の日曜日に控えた清水俊彦さんへのインタビュー撮影の打ち合わせ。
ゼミ生数名とともに青山さんの仕事部屋に赴く。

諸々の理由からインタビュー撮影は久し振りになってしまった。とりわけ清水さんの撮影はこの企画がスタートしてから真っ先に行なわれる予定だったのだが、御本人の体調不良などもあり、この時期にまでずれ込んだ。

部屋に到着後、挨拶もそこそこに打ち合わせ開始。
本番当日のスケジュールと段取りを確認し、議題は肝腎の「何を聞くか」というところへ。
数カ月前に作成した質問案に少し修正を加えたものを提出し、それについて話し合う。
清水さんの文章に触れたことがあれば分かることだと思うが、「前衛ジャズ批評の重鎮」に滅多なことは聞けないということと聞いてみたい興味・関心が山ほどあったせいで、この質問案を作り終えた時には剣は折れ、矢も撃ち果たした様な気分になったものだ。しかしながら他人の目は甘くはなく、青山さんをはじめ、他のゼミ生からも容赦のない批判を浴び、微調整を重ねていく。
ともあれ、質問事項は完成。あとはインタビュアーである大里さんに一切を託し、本番は出たとこ勝負。

打ち合わせの途中で、ふと話題が6月に行なわれた「ゴダール・マイナス・ワン」というイベントでの青山さんの短編についてに移った。『ウイーク・エンド』の渋滞を横移動でとらえるあのカットにマイルスの「レイテッド・X」をのっけたらしい。うーん、どうなんだろう。「マイルスについては、丹生谷貴志と話がしてみたいんだよね」と青山さん。どうなんだろう。是非やって欲しい。

余談をもうひとつ。あの仕事部屋であれこれ話し合っていると、自分が《アデン・アラビア細胞》になった様な気がする。だからどうということではないけれど。佐々木敦さんへのインタビューをあの部屋で行なったので、本編を見て頂ければその理由が分かってもらえるかと思う。いや、分からないかも。
(資料:原田健太郎)

2002.8.18(日)

午後から夜にかけて台風が関東地方に接近するおそれありとの予報の中、本日は清水俊彦氏の撮影。
撮影スタッフ一同、正午に京橋の映画美学校に集合し、最小限の人員で最低限の機材を抱えながら銀座線に乗り込む。20分後にはロケ地である外苑前の清水さん行きつけの料理屋に到着。近い。

それから30分後に青山さんも到着し、セッティングに微調整を加えていると、清水さんが到着。
以前に2回くらいライブハウスで清水さんの姿を拝見した時には「強面のじいさんだなあ」という印象を受けたが、最近まで体調を崩され入退院を繰り返されていたせいか今日は柔和な感じがした。挨拶をしに行くと、これがまた腰の低い方で面食らう。まったく人は見かけによらないものだ。
加えて、清水さんはこちらが今日のために事前に送った大まかな質問事項に対する詳細なメモを持参してきてくださった。遠目からしか見えなかったが、清水さんの手に握られたその数枚の紙片には文字がびっしりと書き込まれていた。

というわけで、インタビュー開始。2時間後、終了。
2時間の間、清水さんは御自身についてのことや、高柳昌行、阿部薫、そして間章について語ってくださった。もちろん他のことについても。体調のこともあってなかなか突っ込んだ質問はできなかった感があるが、語り過ぎずゆっくりと静かに紡がれる清水さんの言葉には有無を言わさぬ強度があったと思う。
特に間章の衒学的な部分についての発言は痛快だった。
「簡単な言葉で書けるものは、簡単な言葉で書けばいいんです」

撤収後、外苑前の街に出ると雨は降っていなかった。空気には秋の気配すら感じられた。
ズルズルと期間が延びて、一部では「サクラダファミリア化するのでは」と危惧されているこの企画も、あとはあのアンダーグラウンドの帝王の撮影を残すのみだ(予定では)。実はさらにもう1人の大物の撮影も予定されてはいるのだが…。
(資料:原田健太郎)