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more 勘違いの音楽史 #1 text by 安井豊

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音楽について書かれた本といえば、グリール・マーカスの『ミステリー・トレイン』がまず思い浮かぶし、いろいろな意味でお世話になった本だけど、ロックの根っこにあるブルースやカントリーの初期衝動、エルヴィスという奇蹟、ソウル・ミュージックを不穏なものにしていた暴動の翳り等々、シンボリックなアメリカを瓦解させた音楽、その先にあるリアルな〈アメリカ〉をまさぐろうとした本だった。

最近では、自身ミュージシャンである菊地成孔氏と大谷能生氏の『東京大学のアルバート・アイラー』が秀逸だった。とかく情念や精神主義でもって語られがちなジャズの歴史を、徹底的に形式化、記号化して語っている。ビバップからモードへの変遷のくだりなど、目から鱗である。これまで、バッハの「平均律クラヴィーア」から始まり、坂本龍一の『千のナイフ』で終わるジャズの歴史などあっただろうか。とにかく爆笑必死の痛快本だった。

そして、直枝政広氏の『宇宙の柳、たましいの下着』という不思議なタイトルの本が出版された。直枝氏のパーソナルな音楽遍歴が、そのときどきのアルバムとともに綴られている。そんなにはっきりと区別できるものではないけれど、第1章「勘違いの音楽史」から第4章「音楽の中心、あるいは奇蹟の泉」までは、音楽の道へと進むのかもわからない、ひとりの音楽少年としての直枝氏がいる。一方、第5章「Living/Loving」から第9章「More Rock Love」までは、鋭敏な感性と知性を備えた、ひとりのミュージシャンとしての直枝氏がいる。したがって、前半ではリアルタイムで聴いていたアルバムがランダムに選択され、後半では、氏の音楽活動に密接に関連したアルバムがディープに選択されているような気がする。

ぱらぱらとページをめくると、どのページにもレコードジャケットが掲載されている。そのジャケット写真を眺めているだけで、胸が熱くなり、じっとしていられないような気分になる。そして自分の音楽体験を誰かに語りたくなる。初めて聞いたのはTレックスの『ザ・スライダー』。カーキチでオーディオ・マニアだった親父は、購入したばかりのカセット・デッキでFM番組をエアチエックしまくった。ジャンルなんて関係ない。そのなかにたまたまTレックスの『ザ・スライダー』があった(サンタナの『キャラバン・サライ』もあった)。中学が銀座にあった直枝氏と違い、親父の転勤で静岡の富士山しか見えない町で中学時代を過ごした僕には、ロックを好きな仲間などいなくて、学校の帰り道を『ザ・スライダー』全曲を曲順どおりに鼻歌で歌いながら帰っていた。孤独だった。

直枝氏は59年生まれで、僕は60年生まれ。僕は早生まれだから学年は同じかもしれない。だから、トッド・ラングレンを初めて聴いたのが『サムシング/エニシング?』ではなくて、なぜ『魔法使いは真実のスター』だったのかがわかる。国内盤で初めて発売されたトッドのアルバムが『魔法使いは真実のスター』だったからだ。その後、すぐに『ハロー・イッツ・ミー』というタイトルで、2枚組みの『サムシング/エニシング?』を1枚にして発売している。派手なメイクをしたトッドのアップが写ったダサいジャケットだった。また、リトル・フィートを初めて聴いたのが『セイリン・シューズ』でも『デキシー・チキン』でもなく『アメイジング!』だったのも同じ理由による。今では信じられないだろうが、アメリカと日本には超え難い時間的・空間的な距離があったのだ。輸入盤を買うようになるのはもう少し後のこと。

この本を通読すれば、直枝氏の音楽的バックボーンが70年代のロックにあることは明瞭だ。モット・ザ・フープルについて語っているところで氏は次のように言っている。「70年代初頭に電波にのってきた若いロックン・ロールはどこかキュートなんだよね。重たいブルースの呪縛から放たれているというか、できることをやる明快さが圧倒的にあった。当時なりのニュー・ウェイヴだったんだろうね」この発言をあえて否定的に言い換えれば「重たいブルースの呪縛から」解放された「キュート」なロックン・ロールであった70年代のロックは軽薄だったことになる。確かに、血の濃い60年代のロックに比べればその血はきわめて薄かっただろう。でも、その血の薄さが、その時代固有のグリッターなロックン・ロールや、屈折したポップ・ソングや、デスペレートなウエスト・コースト・ロックや、熱風吹きすさぶサザン・ロックを産んだのもまた、事実なのだ。若い人向けのロックのムック本では、60年代後半のロックがメインで紹介され、70年代初頭は付け足しみたいな扱いになりがちだ。さらに、今日の視点から見た隠れた名盤、つまり当時あまり評価されなかったアルバムは紹介されるが、逆に、当時評価もされ、ヒットもしたアルバムはあまり紹介されないという捩れ現象もある。売れようと売れまいと、いいアルバムはいいアルバムである。その意味でも本書は貴重なガイド・ブックである。

最後に、蛇足かもしれないが、本書で言及されなかったアルバム、及び、名前のみ言及されているアーティストやバンドのアルバムを、僕なりの「勘違いの音楽史」として紹介しようと思う。皆も、自分なりの「勘違いの音楽史」をboidに勝手に送りつけてみてはどうだろう。

〈ジャクソン・ブラウンのさらさらの髪に憧れていたウエスト・コースト少年が、NHK-FMでピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』を聴いた翌日髪を切り、学校を騒がせた僕の勘違いの音楽史〉

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Rick Derringer『オール・アメリカン・ボーイ/All American Boy』(1973)
ニルス・ロフグレンとジョー・ウォルシュのアルバムのジャケ写には涙した。これにリック・デリンジャーが加われば、曲も書け歌も歌う70年代ギタリスト三人衆が完成する。ジョー・ウォルシュの「ロッキー・マウンテン・ウェイ」とリック・デリンジャーの「ロックン・ロール・フーチ・クー」は「70年代ロックの基本型」であります。この三人、ニルスはブルース・スプリングスティーンのE・ストリート・バンドに、ジョーはイーグルスに、リックはエドガー・ウインター・グループにそれぞれ加入し、活躍することになる。

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Steve Miller Band『フライ・ライク・アン・イーグル/Fly Like An Eagle』(1976)
スティーヴ・ミラーは基本ブルースの人だが「重たいブルースの呪縛」とは無縁。このバンド、暗いんだけどキャッチーかつポップで、似たようなバンドがいない。スペイシーかつチープなシンセのイントロが印象的な同名タイトル曲を始めとして、このアルバムから一体何曲シングル・カットされたことだろう。他にも「ジョーカー」や「アブラカダブラ」など、米国でのヒット曲の多さは、80年代のヒューイ・ルイス&ザ・ニュースに匹敵する。

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Elvin Bishop『ストラッティン/Struttin' My Stuff』(1975)
60年代にはポール・バターフィールド・ブルース・バンドでギターを弾いていたというごりごりのブルース・マン。ところが不思議なことに、オールマン・ブラザース・バンド等、サザン・ロックのバンドが多数在籍したことで知られるカプリコーン・レーベルから発売されたこのソロ・アルバムではファンキーかつポップ。テンプテーションズの「マイ・ガール」をカヴァーしたり、泣かせるバラード曲では1位になったかは定かではないが、ビルボード・チャートの上位に入ったのは間違いない。しかし、80年代以降は再びブルースに戻り、今日に至る。

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Graham Central Station『ダイナマイト・ミュージック/Ain't No'Bout-A-Doubt It』(1975)
スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストであったラリー・グラハム率いるグラハム・セントラル・ステイションの3枚目のアルバム。心持ちチョッパーは少なめです。別に、アースでも、クール&ザ・ギャングでも、ルーファスでも、どれでもよかったのだけど、とにかくブラック・ミュージックを入れておきたかったので、これにした。根っからの70年代男であった僕は、後に、ラリー・グラハムがベースを弾いているバンドとしてスライを聴き、各方面より顰蹙を買うことになる。

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Elton John『黄昏のレンガ道/Goodbye Yellow Brick Road』(1973)
ベタであることは百も承知です。『キャプテン・ファンタスティック』(75)で力を入れすぎたせいか、いい感じで力が抜けている『ロック・オブ・ウェスティーズ』(75)も好きなのですが、でも、やっぱこれでしょう。英国ロック、または英国ポップの70年代を代表するアルバムは、これと、ポール・マッカートニー&ウイングスの『バンド・オン・ザ・ラン』(73)というのが衆目の一致するところではないでしょうか。ところで、直枝氏はエルトン・ジョンについてまったく言及していませんでしたが、お嫌いなのでしょうか。気になるところです。