
人類 vs ダグラス・サーク text by青山真治
事実は小説より奇なり、とよく言うが、私はそれを信じない。そう断言する人は小説にかぎらず、映画を含むフィクションというものにさほど慣れ親しんでこなかったのではないか、という気がしてしまう。事実、世間にはまったくとんでもないフィクションが存在する。しかもそこではほとんど事実そっくりに自然さと不自然さ、滑らかさとぎごちなさとが共存していたりする。これを真っ赤な嘘だと批判する人は、あるいはたかがメロドラマと嘲笑する人は、結局まんまとそのフィクションの巧妙な罠にかかってしまう生真面目かつ心の余裕のない前時代的な人だとしか思えないのだ。しかしその優雅さ、けれん、情動に堂々と身を委ねてこそ、人は時代に相応しい洗練を手にすることができたはずなのだが、どうやら人類はその機会を逸してしまったらしい。
人類が洗練を逸してしまった時代とは、一九五〇年代末。場所はハリウッドである。
ダグラス・サークこそ、そのときそこでその鍵を手にしていた男だった。だが彼はあっさりその鍵を棄てていささかの郷愁も持ちえないはずの故郷へ帰ってしまった。少なくともそこに留まるよりはましだったのだろう、としか思えない。
その詳細をここで書く紙幅はないので割愛するが、サークがそれまでにおそろしく数奇な運命を生きたことはいくつかの機会に彼自身の口から語られているので、そちらを参考にしていただきたい。数奇であり、そしてあまりに苛酷な運命。その苛酷さはそのまま映画監督ダグラス・サークのすべて(といっても私自身それらすべてを見ることができたわけではないが)の作品に色濃い刻印を残している。そして六十歳を過ぎたサークは、もはやお役御免、私も定年だ、とあっさり背を向けた。何に背を向けたのか。いくら過ちを繰り返しても学ぼうとしないあまりに愚かな人類に対して、だ。
サークについて、まちがっても失望や絶望を口にすべきではない。失望や絶望はそれに見合う期待があってこそ生じるものだ。サークにそんなものがあったためしはない。人生は厳しい? いや、人生は幻のように気楽で愉しいものだ。もちろん地獄もあるが、しかしそれがどうしたというのだ。過ぎ去ってしまえば、いつか野山を散歩する歓びを味わうこともできる。だがそれらはすべて私のものであって、他の誰かに渡せるものではない。渡したくても誰も受け取ろうとしなかった。だから私のすべきことはもはや何もない。
……とサークが言ったわけではないが、今回発売されるダグラス・サークdvdボックス1・2のラインナップを眺め、そして最後の作品『悲しみは空の彼方に』のエンドマークを思い出すとき、そうやって退場していくサークの決然とした後ろ姿が脳裏に浮んでしかたがないのだ。怒りや疲弊にまみれてハリウッドを去った者は大勢いるはずだが、サークはそうではなかったと思われてならない。ただ決然と去った。そこには私利私欲というものへの執着が微塵も感じられない。ただ人類を見棄てることの覚悟だけはひしひしと伝わってくる。それさえサークの優しさだと筆者は思う。ファスビンダーが心打たれたサークの優しさとは、つまりそれのことだろう。

『悲しみは空の彼方に』 『翼に賭ける命』
ここからは私事になる。映画にまみれはじめた八〇年代中盤、御茶ノ水にあるアテネフランセ文化センターというところに日々通いつめながら、筆者はダグラス・サークの作品群に出会った。そして映画を肉体的に見る、ということを学んだ。サークの作品を見ていると、たとえばキャメラの移動とともに自分も動いていることに気づく。これはもしかすると遺伝的な要素があるかもしれない、というのは、子供の頃、プロ野球やボクシングの中継をテレビで見ていて、父親と兄がほぼ同時に画面上の選手の動きに連動して身体をビクッ、ビクッと震わせていたからだ。気づいたら筆者自身、同じことをしていた。いや、もしかするとどこの家庭でも見られたごく一般的な光景かもしれないので遺伝云々の話ではないかもしれないが、とにかくそれとほぼ同じことがサーク作品を見ている自分に起こっていることに気づき、映画を見るとは、あるいは映画を作るとは、そうした肉体的反応を惹起することであるべきだな、と思われた。これは先ほど書いた「優雅」や「洗練」といった言葉と逆行する、むしろ「野蛮」と思われるかもしれないが、おそらくそうではない。この「野蛮」こそが「優雅」や「洗練」に直結している。でなければ、肉食の猛獣が狩りをする運動に美を見いだすことなどないだろう。そう、サークの作品における運動はチータがガゼルを捕獲するときのように優美だ。
だがそれだけではない。サークの「洗練」はまた、おそるべき緻密な機械的構造からも成り立っている。それについて詳述している余裕もないが、映画はこの五〇年代末のハリウッドで、サークとプロデューサーのロス・ハンターによって完成された、ととりあえずここで言い切ってしまってかまうまい。こうしたことはあまり他人様に告白すべきことではないが、学生時代の筆者はテレビ放映されたそれらの作品をビデオに録画して1カットごとにコマ送りで見ていき、どのような編集がなされているか確認した。そんな悪どいことをしたのはジョン・フォードとサーク、それにサム・ペキンパーに対してだけだ(というのも象徴的かもしれないのはつまりフォードが発見したものをサークが完成し、ペキンパーが爛熟させた、という流れがあるように思われるからだ)が、まさに身体に叩き込むようにして何度も何度も見なければその方法はあまりに緻密すぎて筆者のような鈍重な者には体得できはしなかっただろう。もちろん、その方法とはサークひとりによってのみ可能となったわけではない。撮影のラッセル・メティ、編集のミルトン・カラスやラッセル・スクーンガース、美術のアレクサンダー・ゴリツェンといったメンバーが何年かがかりで共闘しつつその技術を磨き、遂に到達した高みであったはずだ。さらにその土台には、無数のスタッフたちによって半世紀にわたってハリウッドに蓄積された経験と技術が詰め込まれているのである。
だがそれからまた半世紀が過ぎ、それらはもう風とともに散ってしまった。度し難く無能な輩どもがサークの完璧さを時代遅れと嘲笑する場に立ち会った経験のある者としては、あるいはこれほどサークを再評価する声が上がりながら実のところそれは醜悪なシニシズムによってである現状に気づいてしまった者としては、しかしそれを怒る気も憂う気もない。それこそがサークによって見棄てられた人類が辿るべき当然の道だからだ。
いまの人類が死に絶えたのち、何らかの偶然でこの二つのdvdボックスを発見した未来人、そう、あのスピルバーグの『AI』に出てきたような洗練された未来人によってなら、たぶんサークの偉大さは理解されるだろう。そのあるかないかの可能性のためにでさえ、我々世代はこのボックスを大切に保管しておく必要がある。かつて彼らの祖先もここまで進化したことがあるのだ、という科学的記録として。
(スタジオボイス 2007年12月号掲載の原稿を加筆・修正)