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勘違いはテレビの彼方に  text by 青山真治

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 安井豊の豊かなる賛同文におののき沈黙していたのは、兄と同世代の彼ら……直枝氏や安井氏……より私が四つ下である、という先輩に頭の上がらない九州男児くさい畏敬の念によってでもあったのだが、自分にそのような「勘違い」があったか、どうもいわゆる映画だけでなく音楽も体系的にアカデミックに聴いてきたのではないか、という、遅れてきた少年ならではのコンプレックスから抜け出せずにいたからでもある。
 ところが過剰飲酒のために収縮しきった海馬の向うをよくよく覗きこんでみれば、あれは何だったか、と小首を傾げるのは、いつでも映像がらみだった。
 そうなのだ。私は映画作家だったのだ。忘れていた!
 しかもその前はただの鍵っ子、テレビっ子であったというわけだ!

 そんなわけで、あれは何だったのか、というテレビ映像のことを。
 いまではDVDもいろいろ出て、ブートも行くところへ行けばそれなりに入手できるようになり、またネット上でもさまざまな映像が流されるなか、複製芸術時代において記憶にしか留めまいと特に心がけてきたわけでもないのだがなぜか忘れ難く残ってしまっているものこそをロックと呼んでみたい誘惑に駆られる。
 ちなみに幼少の私が自分で針を落として日々聴いてきたのはフォー・シーズンズの〈シェリー〉とタイガースの〈シーサイド・バウンド〉のドーナツ盤である。フォー・シーズンズのファルセットと〈シーサイド・バウンド〉間奏部の♪イエイエイエッ、というバリトン(誰だろう、岸辺一徳さんだろうか)のシャウトが聴きたいばかりだったのだが。それはザ・ビートルズ〈ヘイ・ジュード〉の後半で聞こえる♪トゥートゥーカトゥーカトゥカトゥカトゥカワーオーワーオー、を知る以前のことだった。


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Bill Wyman『モンキー・グリップ/Monkey Grip』(1974)

 これはNHK「ヤング・ミュージック・ショー」がそう名乗る以前のことではないだろうか、ザ・ローリング・ストーンズのスタジオライヴというものがオンエアされたことがあるはずだ。はずだ、というのは、私自身はそれを見ていず兄が見ていたのだが、それを兄がカセットテープに録音して毎日聴いていたせいでほとんど見たつもりになってしまっていた上に、それを見たくて見たくてしかたのない魂の枯渇状態に陥ったからだ。まだ小学三年生程度の子供をそんな気分にさせたロックとはいったい何なのか。
 さて、そのテープにはストーンズの正規アルバムには入っていない曲があった。題名もわからない。しかし他のどの曲にもましてエロくてクロい。当時の私は、これがストーンズかぁ、とゾクゾクしたのだ。後年、それを再発されたこの、ひときわ地味で名の通ったベーシストのファーストソロアルバムで聴いたとき、どんだけぶっとんだことか。私はそれまでワイマンを、これぞストーンズ、と信じていたわけだ。これぞ勘違い。しかしすでに現物が手元から離れたいまとなってはその曲名さえわからない。たしかA面中盤に入っていたスローテンポのリフが繰り返される曲だったと思う。


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The Wet Willie Band『Playing Live Tonight: The Wet Willie Band』(2006)

 そのNHK「ヤング・ミュージック・ショー」をそれと意識して最初に見たのがサザン・ロックのフェスティヴァルの模様だった。そこで最初に出てきたのがウェット・ウィリーだった。私とアメリカ南部とのその後の長い長いつきあいは誰よりもまずこのウェット・ウィリーという、どこからどう見ても胡散臭い、金・酒・女・ドラッグと追いつ追われつの暮らしをしているような、花柄のシャツに破れたデニムといういでたちの優男によってはじまったのだ。そしてそれを、かっこいい、と思って見ていたこともまた事実である。その後に登場したオールマン・ブラザーズ・バンドにはそれほど惹かれなかった。たぶんもうデュアンはいなかったはずだ。とはいえ、当時定期購読していた「FMレコパル」に掲載された漫画で語られたオールマン・ブラザーズ・バンドの物語にはえらくやられたのだが。というのも大変エッチだったのだ、少なくとも小学生にとっては。
 というわけで、このなかなかいいライヴアルバムはつい最近アマゾンで買った。ウェット・ウィリーなら何でもよかったのだが、ここには〈シー・コート・ザ・ケティ〉のなかなか麗しいヴァージョンが入っているので。そう、これまた後年、ジョン・ランディス『ブルース・ブラザーズ』の冒頭で、出所したベルーシと出迎えるエイクロイドがひしとハグする瞬間にどーんとファンファーレと化す、あの曲である。サントラの作者クレジットにウェット・ウィリーの名を発見したときの記憶の遡行は、それはそれはスリリングだった。
 ちなみに『ブルース・ブラザーズ』のラストに安井氏がリック・デリンジャーとともに書いたアメリカン・ギタリスト、ジョー・ウォルシュが出演しているのは有名、だよね?


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The Rolling Stones『ラヴ・ユー・ライヴ/Love You Live』(1977)

 またストーンズがらみで恐縮だが、NHK「ヤング・ミュージック・ショー」で放送したとき見て、ずっと見直したくてたまらないのがこのときのパリ・ライヴである。ミックが空中ブランコみたいなことしたり、でかいチンコみたいなダクトが精子みたいな紙吹雪を吹き出したり、とにかく仕掛けが盛りだくさんだった。史上最強のロックンロールショーでしょう。正直、『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥギャザー』より全然いいと思いますよ。最後にはバケツの水を観客にぶちまけつつ自分も頭からかぶっていたミックを、心から尊敬するようになったのもこのとき。この際だから断っておくが、私がストーンズで尊敬しているのはミックひとりである。老いたりとはいえ椰子の木から落ちて頭を打つようなやつは尊敬に値しない。ただ愛するだけだ。


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Bryan Ferry『イン・ユア・マインド/In Your Mind』(1977)

 NHK「ヤング・ミュージック・ショー」が放送したのは77年の初来日公演で、そのときは『レッツ・スティック・トゥギャザー』のプロモーションを兼ねていたと思われるが、何しろ〈トーキョー・ジョー〉が入っているこれを。私はCDを持っていなかった一時期、キムタクドラマで使われていたこの曲がロキシーの『サイレン』に入っている、と安井氏に主張し顰蹙を買ったことをいまでも恥に思っている。〈恋はドラッグ〉と「勘違い」したのだ。ところで先日某所で偶然これを見直したのだが、やはりクリス・スペディングと彼のフライングVとジョン・ウェットンはめちゃくちゃかっこよかった。あともちろんポール・トンプソンも。ただし、ロキシーの『ライヴ・アット・アポロ2001』の感動にはこれも及ばない。あれは泣けた。


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Wings『ヴィーナス・アンド・マース/Venus and Mars』(1975)

 このときのライヴを放送したのはNHKではなく民放だった気がするが、記憶違いだろうか。ライヴ・バンドとしてのウイングスの最後の輝き、いや、ビートルズというポップスターの最後の輝きをあそこに見た気がいまもしているのは私だけではないはずだ。それは歌詞のなかに「ジミー・ペイジ」という名前を発見するだけで喜びだった自分自身の子供時代の終わりとも重なっている。ウイングスは間違いなく私の年齢までの子供の根っこをビートルズに繋げて、そして飛び去っていった。ポールが日本で逮捕されるのはそのちょっとあとのこと。当時の子供たちは、ポールってビートルズだったんだ、と驚いたものだがいまや、ポールのことさえ知らないだろう。


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The Jimi Hendrix Experience『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ/Axis: Bold as Love』(1967)

 モンタレーの映像を見たのがいつのことやらまったく記憶にない。当時、小倉のヤマハでよくやっていたフィルム・コンサートというやつだったか。そこではディープ・パープルのカリフォルニア・ジャム(アンプが爆発してリッチーの背中に火がつく瞬間を捉えたやつ)やらリック・デリンジャーのライヴなんかも見たし、わけわかんなかったけどウェザー・リポートなんかも見た。モンタレーについて憶えているのはピート・タウンゼントとキース・ムーンによる楽器破壊と、そしてジミ・ヘンドリックスによる放火である。で、そのせいでまったくジミ・ヘンを好きでなくなった。あんなのインチキだと子供ながらに正義感を持ってブーイングしたのである。軍国少年というのはああいう心性から発生するにちがいない、と肝が冷える。いまではもちろん、そんな愚にもつかない正義感とは較べるまでもなくジミ・ヘンの放火が意味を持っているし、モンタレーの前後に発表されたこのアルバムは、いまや私の愛聴盤だ。殊に〈リトル・ウィング〉のイントロは、ひとりの人間がギター一本でやれることの限界を体現している、と聴くたびに思う。映像といえばYou Tubeではいろんなひと(スティーヴィー・レイ・ヴォーンから素人まで)がこれをコピーしている様を見ることができるが、プロアマ不問でこれとはまったく無縁、別物であることが見て取れる。エリック・クラプトンに唯一美点があるとしたら、デレク・アンド・ザ・ドミノスでこの曲をカバーするとき、似ても似つかないアレンジを施したことだろう。己を知るというのは、凡人にとってはそれなりに麗しいことと思う。


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John Simon『ジョン・サイモンズ・アルバム/John Simon’s Album』(1971)

 これは『ラスト・ワルツ』と絡んでいる。つまりこのひとのことを最初に知ったのは、高校時代に聴いた『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』のプロデューサーとしてであり、そのあと一緒にこれを聴いたのだ。ゆえにつねにジョン・サイモンとザ・バンドはペアで思い出すのだけど、実はザ・バンドのどのアルバムよりこれが好きなのだった。そして『ラスト・ワルツ』であるにもかかわらず、あの映画のなかですべてを持っていくのは結局ボブ・ディランだったと思っている。ディランが登場し、〈我が道を行く〉の演奏がはじまる瞬間ほどかっこいい場面はロック史上にそうはない。これは『ノー・ディレクション・ホーム』や『ローリング・サンダー・レビュー』を見ても変わらない印象である。
 それにしてもこれほどユーモラスなアルバムはこの世にそれほど存在していない、と思う。何度聴いても飽きるということがない。


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David Bowie『ステイション・トゥ・ステイション/Station to Station』(1976)

 いや、本当を言えばボウイー本人より断然ミック・ロンソン(『ハード・レイン』冒頭で叫ばれる「カモン、ミック・ロンソン!」ほどロック的なコールもないよね)のファンなのだが、ロンソンとのコンビ時代のボウイーの映像は、どうも陳腐で見ていられない。それよりまたしてもNHK「ヤング・ミュージック・ショー」だが、エイドリアン・ブリューがリード・ギターでカルロス・アロマーがリズムを弾いていた来日公演が、映像としては圧倒的によかったと思う。殊にアンコール前の〈ステイション・トゥ・ステイション〉は、あれはプログレ・ソウル(そんなジャンルないけどさ)として最高の出来だった。
 このアルバムはあの公演よりずっと前に発表されたのだけど、ボウイーのアルバムで全曲いいなんてことは一度もなかった(まあ『ジギー・スターダスト』は認めてもいいかも)けど、これだけは何度でも聴ける数少ない一枚。数年前の来日時にピアノとギターがこのアルバムのメンバーだったことからも、ボウイー自身この時期に自己ベストを感じていたのではないか……というのは考えすぎだろうね、きっと。もう〈ステイション・トゥ・ステイション〉もやらなかったし。


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萩原健一『Don Juan Live』(1980)

 とりあえず日本最強のロックンローラーのひとりである萩原さんのアルバムなら何でもいいんです。「オールナイトフジ」で萩原さんが〈愚か者よ〉をやったとき、ギターソロの途中で司会者だった片岡鶴太郎氏のパンツを脱がせようと暴れまわったことが忘れられないだけです。そうしておそらくいまもあの萩原さんは健在だと私は考えています。萩原さんよりかっこいい、正真正銘のロックンロールシンガーはいまも日本にはいません。それだけはたしかだと思います。
 ところでこのライヴの石間秀機さんのギターソロは私が山口冨士夫さんを知る前に最も練習したものです。流れるような、それでいて腰の決まった色気が鈴木茂さんや山口さんと共通しています。

 あ、あと「夜のヒットスタジオ」で見たP-MODELもいまだに忘れられないなあ。