
more 勘違いの音楽史 #2 text by 鈴木淳哉
Too young to rock 'n' roll, too old to die
この本に関して、いろいろな方が文章を寄せてくれているのがとてもうれしい。と、著者でもないのにそんなことを思ってしまうのは僕だけではないはずで、関係諸氏それぞれが喜びを感じていることと思います。それは、緩やかだけれど確かにある「縁」のようなものをこの本の編集中ずっと感じることができたからだと思います。
感想を送ってくれた方々や直枝さん、樋口さんなどを前にすると、さして若くもないとは言え、ずいぶん年下の単なる一音楽ファンが今まで聴いてきた音楽を羅列して「史」と称するのはなんとも恥ずかしいのですが、それでもふと今まで聴いてきた音楽を振り返りたくなるような気にさせる力がこの本にはあると信じています。
私の決定的な音楽体験のひとつは、ふたつの店でバーテンとして客を待っていたことです。それぞれの店で「縁」あって出会った音楽で、店でしょっちゅうかけたり、閉店後にひっそりしかし爆音でかけたりしていました。書き出してみるとそれぞれ店の特色が出ていると思います。店長やお客さんに教えてもらったのがほとんど。どんな店か想像して読んでみてください。西荻窪の店ではまだ働いているので遊びに来たくなったら連絡ください。
■荻窪時代

The Rolling Stones『メイン・ストリートのならず者/Exile on Main St.』(1972)
これを聴くまではブライアン在籍時のものしか聴いておらず、それで「ストーンズ、かっこいいぜ」と思っていたのだからチャンチャラおかしい。本に登場する直枝さんの記述を読むと軽々しくは言えないので、決然と言いきりますが、ストーンズの中で一番好きだし、よく効いた。うなだれているときに「ロックス・オフ」を聴く。背筋は伸びないまでも眼光はいつでも蘇る。

Sam Cooke『ハーレム・スクエアー・クラブ 1963/Live at the Harlem Square Club, 1963』(1963)
コパ・カバーナでのライヴと聴き較べるとより明瞭になるのだが、何を聴き較べるかというと、サム・クックの笑い声である。こんな笑い声は大衆音楽史上空前絶後であると不遜にも断言する。聴くたびにソウルと呼ばれる音楽のもっとも暴力的な部分に触れているのではないかと思いドキドキする。横方向への重力が半端ではないのだ。

Hound Dog Taylor『ビウェアー・オブ・ザ・ドッグ/Beware of the Dog』(1975)
この人の笑い声もすごい。独特の歌声ももちろんいいのだがそれは置いといて、インストの曲、稀代のテレキャスター使いであるブリュワー・フィリップスに痺れた。テイラーのKAWAI×ボトルネック×6本と、フィリップスのテレキャスが生み出す痺れはいつも短すぎる。1痺れ20分は聴きたい。
基本的に日本語詞の曲はかけない方針だったのだが、ある時客として店に行ったら店長がひとりでひっそり聴いていた。すぐに買った。黒いレスポールモデルのギターも買った。弦が5本しか張れないので店長に教わってオープンGにした。全然うまく弾けない。

浅川マキ『灯ともし頃』(1976)
基本的に日本語詞で暗い曲はかけない方針だが、店に来歴不明のカセットテープがあった。1976年西荻窪。現存するジャズライヴハウスでの録音。「それはスポットライトではない」はジェリー・ゴフィンの曲をロッド・スチュアートがカヴァーしたもののカヴァーだという。「キャメラ」を「キャンドル」と読み替えた浅川マキの訳詞センスと、その歌唱法がとんでもない景色を見せる。
■西荻窪時代(現在)

Eric Dolphy『メモリアル・アルバム/The Eric Dolphy Memorial Album』(1963)
レコードの片面では「ジダー・バグ・ワルツ」「ミュージック・マタドール」の2曲で終わり。「営業中はドルフィやらアイラーはかけねえんだよ」と言う店長は、そのくせ店の壁に『アウトワード・バウンド』のジャケットを飾っているし、僕が遊びに行くと決まってドルフィをなにかしら聴かせてくれた。

Jim Hall『イン・ベルリン/It’s Nice to Be with You: Jim Hall in Berlin』(1969)
旅に出たくなる。同時になんとも言えずかわいいジャケット。中身はなんともかわいくないギタリストの代表のようなライヴ。このジャケット写真をしげしげ眺めるために店でかけまくったら演奏にも聴き惚れた。いい加減なものだ。

Freddie Green『ミスター・リズム/Mr. Rhythm』(1955)
カウント・ベイシー楽団のたましいの下着、か? 自らのリーダーアルバムで作曲はしたもののやっぱりリズムギターのみの演奏。このおとぼけ顔を見ながら「星に願いを」を聴くと泣けてくる。見なくても泣けてくる。史上最もドラマチックな「星に願いを」は演奏時間が3分に満たない。

Duke Ellington and Ray Brown『ジミー・ブラントンに捧ぐ/This One's for Blanton』(1972)
レイ・ブラウンが参加した録音にはずれはない。いつ何時、どんなに面倒くさい客がいようとどんなに店が暇だろうと難なくフィット。世界中どこでもバーテンなら誰でも知ってることだ。バンドにとっても店にとっても福の神のようなベーシスト。なかでもこのデュオは大好き。

Herb Ellis/Joe Pass『トゥー・フォー・ザ・ロード/Two for the Road』(1974)
店が暇だとむやみと集中して音楽を聴いてしまうため、「もうやだ、何もかけたくない」と思うのだがそうもいかない時にすごくいい。しっかりと腹にたまるおかゆのような1枚。おかゆレコードは、他にもリー・コニッツとウォーン・マーシュの共演や、キャノンボールとビル・エヴァンスの共演など、不思議と共演ものが多い。

James Carr『ユー・ガット・マイ・マインド・メスド・アップ/You Got My Mind Messed Up』(1967)
いや、確かにジャズバーなんですが、何かの手違いでこの手のレコードが。他にデルズ(The Dells)など。しかしすごく大事に扱われた形跡がある。客の年齢が若くて店が活気づいている時などにかけています。つまりめったにかけません。ひとりで聴いているとやっぱり泣けてくるので。

Rod Stewart『アトランティック・クロッシング/Atlantic Crossing』(1975)
荻窪時代のテーマソング「それはスポットライトではない」オリジナル収録。このレコードを発見したときは不思議な縁を感じたものだ。営業中は絶対にかけない。「蛍の光」代わりにかけている。