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『レディ アサシン』 text by 松井宏

『レディ アサシン』爆音レイト

 2004年カンヌ国際映画祭でマギー・チャンに主演女優賞をもたらした『CLEAN』。そのプロモーション期と並行してオリヴィエ・アサイヤスが書いた長編のシナリオは『Voilà l’été(夏の到来)』と題され「フランスの田舎の現実に根ざした、非常にフランス的」なものだったという。だが資金難ゆえにこの企画の撮影が延期になったとき、空いてしまったその期間を利用して作るという意志のもと始まったのが、本作『レディ アサシン』だった。そんな状況に相応しく、このフィルムで彼が狙った(=狙わざるをえなかった)のは、一種の軽さ、つまり低予算で比較的早撮りのB級映画、そしてまったく「フランス的」でない、要するに最初の企画とはすべてが真逆のフィルムだったわけだ。ここ10年来「大きな」作品と「小さな」作品をほぼ交互に送り出しながら進化するアサイヤスにとって、この選択は必然とも言えるだろう。
 だが『夏の到来』は最終的に撮影されなかった(ちなみに2008年フランス公開の最新作『L’Heure d’été(夏時間)』はどうやら「フランス的な」フィルムであり、タイトルの親近性からも、もしかしたらこの頓挫した企画と繋がりがあるのかもしれない……)。その代わりとでも言おうか、本来なら軽い爽風のごとく作られるはずだった本作が、いくつもの予想外の困難に出会う羽目になる。プロデューサーの交代劇、主演アーシア・アルジェントのスケジュール調整ミスに始まり、6ヶ月の辛抱の後やっと開始された撮影では、香港ロケでスタッフがバタバタ病気に襲われ、香港式労働スタイルに終始困惑させられ、地下鉄や空港など撮影禁止場所でのゲリラ作戦をアーシアとともに敢行せざるをえず……。とはいえ、それでもパリ3週間、香港3週間の撮影を経て、フィルムは無事完成した。ところが、公開できない。というのもプロダクションの問題から、司法的に数カ月の公開禁止措置を喰らってしまうのだ。結局お披露目は2007年カンヌ国際映画祭コンペ外部門。そしてその3ヶ月後には、仏国内にて公開に至ったわけだが…。
 ところが、優れた映画作家とはこうした偶発事を、フィルムそのものに内包される必然事に変容してしまうものだ。「リベラシオン」紙のフィリップ・アズーリはこう語る。「あたかもこのフィルムは無意識的に自らの(不運な)出来事をプログラミングしていたかのようだ。主題を越えたところで——つまりアルジェントとマイケル・マドセンのSM関係、それはエドゥアール・スターンというスイスの銀行家が、妾とのSMプレイ中に、彼女に銃弾を撃ち込まれ殺害された事件から着想を得ている——、このフィルムが描くのは、重力から逃走し、飛び立つのを欲する娘の物語、まさにそれだけだ。一方に夢見られた自由があり、だがそこに現実が、疲弊が、法が立ちはだかるのだ」。こうして『レディ アサシン』の出発点だった「軽さ」は、いつの間にか重さへと変容する。香港で自らの存在証明を捨て軽くなるはずのサンドラ=アーシアの身体は逆に重さを刻印され、そのとき1本のフィルムは、ひとりの女優は、1本のフィルムを作る過程そのものに重なり合ってゆく。
 だがしかし、この重さとは何なのか。こうした事態を無意識的に呼び込んだ、その真の原因とはいったい何なのか? そう、それは紛れもなくアサイヤス自身の意志なのだ。すなわち「B級映画」という意志なのだ。パロディやパスティッシュではなく、かつて1930〜50年代のハリウッドで起きた撮影所システム崩壊という歴史的な重さと翳りをも引き受ける、真なB級映画を作ること。このフィルムに漲るのはそんな意志だ。
 そう、かつてジャン=リュック・ゴダールたちが明白に持ったのも、そんな意志だったはずだ。もちろんかつてよりも困難は多く、その実現も別種の有り様を呈するだろう。だがひとまず確認すべきは、この意志を持つ者オリヴィエ・アサイヤスが「不純なフランス映画=ヌーヴェル・ヴァーグ」の正当な後継者だということだ。つまりいまB級映画を、アメリカ映画を、そしてヌーヴェル・ヴァーグを再び生み出すための困難と可能性、そこへと我々を導くための搭乗口=BOARDING GATE。それこそがこのフィルムの姿だと言えよう。
=松井宏(映画評論家)