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WAR STORY
by ディック・ルード
僕が始めてジョー・ストラマーに会ったのは、1986年、『シド・アンド・ナンシー』のポストプロダクションの頃だった。僕たちが仲良くなるには時間がかからなかった。長年にわたって、僕たちはいくつかの映画に出演し、家族ぐるみの付き合いになった。彼は僕の友人であり、助言者であり、そしてアイドルだった。
2001年、ジョーの新しいバンド、ジョー・ストラマー&ザ・メスカレロスの2枚目のアルバム“グローバル・ア・ゴー・ゴー”がリリースされる前に、ツアーの模様を一緒に撮影したら楽しいのではないか、そしてそれを、彼の音楽を知ってもらう手段として使ってはどうかと考えた。撮影は同じ年のUSツアーで行われた。
2002年の10月、ジョーはもう少し撮影をするために僕を日本ツアーへ招待してくれた。彼のパフォーマンスは僕が今まで見た中で最高のものだった。1ヵ月後、僕らはニューヨークで、MTV2のミュージックビデオショーのホストを務める為に会った。その翌月に、彼は突然、先天的性の心臓病でこの世を去った。
それからすぐに、(独学で編集を学び、)彼と回ったツアーの映像を編集しながら、僕は彼との思い出に浸り始めた。僕は毎日、彼と共に過ごした日々を再訪することになった。その際、もっと伝記というか、彼の遺作のようなものを作ったらどうかとアドバイスを受けたが、僕とジョーが最初に決めた通りに、音楽についての映画として、やることを決めた。
プロダクションの間、ジョーはよく何を撮撮しているのか聞かれていた。彼は、“僕たちは映画を撮っているんだ。Dickieには言わないで。誰もこの映画を見たいとは思わないだろうね。”と言っていた。
彼は間違っていた。
僕は、情熱的で謙虚なこの男の私的なポートレートを、世界中のみんなと共有できることを大変幸運に思う。彼の音楽はたくさんの人々に影響を与えた。彼の愛は僕の心を強く動かした。語ることを彼が許してくれたこのストーリーを、僕はとても誇りに思うけれど、でも彼を取り戻すことができるなら、ちゅうちょなく全てを投げ出すだろう。
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