
ロバート・クレイマーを語る part1
樋口泰人-青山真治 (2000年11月3日 BOX東中野)
樋口 どうも今晩は。今日は、これまで『ルート1』という長い作品を見ていただいたわけですが、僕はたまたま昨日別の仕事でずっと座り続けていて腰をすっかり壊しまして、今日は一緒にここで見るつもりでいたのですが、さすがに4時間耐えられそうにないんで、パスさせていただきました。いかがだったでしょうか。 映画の話は後ほどしようと思いますが、まず青山君から。
青山 青山です。本日ここにお集まりの皆さんは東京国際映画祭に背を向けてここにいるという風に、私は思っております。東京国際映画祭に背を向けるという行為は第1回からありまして、第1回の時は「山中貞雄を導入する」っていう確か同じようなタイトルだったと思うんですけど、アテネフランセ文化センターで行われまして、その時もやはりこうした形で、蓮実重彦が話をしたと思います。その時もやはりそんなようなことを言っていたと思いますが、やはり、その山中貞雄と同じレベルでクレイマーを見ることが真の映画好きの道なのだと(笑)、これが『ルート1』なのだと(笑)というような意味合いで始めたいと思います。
樋 山中貞雄のそれって青山、アテネで見てたの?
青 そうです。そこにいました。それ以来、僕はそのルート1に乗ってこう、ずっと来て、いつのまにか煽動装置の側にいるわけで……(笑)。
樋 ここにいるという。それで、今日はどんな話をしようかなとふと考えたんですけども、今回上映されたこの『ルート1』とニューズリール時代の作品っていうのは、アメリカで撮影されたものですよね。素材も風景も全部アメリカで。80年代以降、クレイマーはヨーロッパに移ってしまったわけですけども、クレイマーの中でのアメリカというのは、ものすごくアンビヴァレントなものとして存在していたのではないかと思えるんですね。「アメリカ」ってものに引き裂かれている感じも受ける。そこで今日は、「ロバート・クレイマーとアメリカ」ということで喋るのがいいのかなと思ったんです。まずはそこを入り口にして『ルート1』に乗ってみようと思います。たまたま青山はおとといアメリカから帰ってきたんですよね?
青 そうですね、ええ。
樋 で、アメリカっていうことで考えた時に、『ルート1』を見ていて、「3つのアメリカ」って言う風に言っちゃおうかなと思ったんですけど。
青 はあ。
樋 ひとつ目は、ロバート・クレイマーが「逃げ出したアメリカ」と言うか「反発したアメリカ」、クレイマーを「追い出したアメリカ」ですね。ふたつ目は、「反発していたけども、やっぱり戻って来てまた撮ってしまったアメリカ」っていうのかな、要するに愛憎の愛の方なのかもしれないですけど。で、最後のひとつが、でも結局両方とも分かれられないというか、一緒になって出てくるしかない分離不能のアメリカっていうのかな。
青 ああ、はあ、はあ(納得)。
樋 ある部分ではどんなに嫌いでも、やっぱりそこに戻らされてしまうような分かち難いものとしてしか出て来こないアメリカというか、それは、クレイマー自身が妄想してるアメリカっていう言い方でもいいかもしれないんですけど。クレイマーの映画の中のアメリカには、大きく分けて、そんな3つのレベルがあるんではないかと思えたんです。
青 それはあの樋口さんのご本にも「アメリカ」と「合衆国」っていう、2つに分かれた時の、その「アメリカ」っていう部分が愛で、「合衆国」が憎だとして、その間っていうか、その両方がいっぺんに入っちゃってるようなものがもう一つあると。
樋 うん、だから「アメリカ合衆国」。
青 ああ、それが「アメリカ合衆国」なのだと(笑)。
樋 そういうことなのかなって思えるんです。ただこの映画で気になったのは、なんて言うのかな、映画の中のほとんどの場面で目にすることができるんですが、やたら重たい感じの耕作機械や船や、工場が、どれもこれも錆びていて、錆びた部分がこすれる音なのか、ギーギーという、一度聞いたら忘れられないような音を立てている。この音は何に近いのかなと思って聞いてたんですけど、まず思い当たったのは、クリント・イーストウッドの『スペース・カウボーイ』の、ロシアの核弾頭を積んだ通信衛星が壊れかけてる時のギーギーいう音ですね。あの音を聞いたとき、こんな異様な音が映画の中から、それも一応は、というかあくまでも娯楽映画として作られて全国公開されている映画から聞こえてきていいものかと、耳を疑ったのですが、その音と同じなんです。あと、そういった壊れかけた物だけでなく、人間を見てみても年寄りばかりなんですね。若い人たちが全然出てこない。ここにはさまざまな意味を見ることができるし、説明も可能だと思うのですが、とりあえず、「愛」と「憎」のふたつのレベルのアメリカの、老いが映っているのだということにすると、さっき話したロバート・クレイマーが妄想しているかもしれないアメリカというのは、この映画には具体的には映ってなくて、クレイマーがヨーロッパで撮った映画の方に映っているのかもしれない。ヨーロッパにこそ、あるいはアメリカ以外の場所にこそ「アメリカ合衆国」があるのだって言ってるのかもしれないという、そんな感じで見てたかな。ただその意味で、この映画にも十分に「アメリカ合衆国」の気配が充満しているということなんですが。
青 なるほど。今僕も正に同じことを思ってたんですけど。と言うのは、僕は先週から今週の五日間ずっとアメリカのモンタナからワイオミングにかけて、その辺りを千マイルくらい駆けずり回ってたんですけど、その時に見た光景、風景、あるいは今おっしゃったガタピシいってるような重機械みたいなもの、あるいは老人と言ってもいいんですけど、そうしたものって確実に……、あの、ルート1はアメリカの東側を縦に伸びるラインだってことは、ご覧になった方はご承知だと思うんですが、僕の行ったのはルート90という、まったく1と90で本当にかけ離れてる所に行ってしまったんですけど、そこで僕が見たものというのが、やはり同じ重機械と老人。そしてあまりにも広くて、愛するにも愛せないし、憎むにも憎めないような広さの広大な荒野があったんですけど、それが何に似てるかって、僕がその旅をしながら、ルート90を行きながらこれは何に見えるかっていうと「新ドイツ零年」というゴダールの映画のドイツの田舎の光景に見えるんですね。で、アメリカとヨーロッパで全然違うわけで、でももしかしたらその妄想の部分、僕もそう思って、ゴダールもひょっとしたらそう思ったかもしれないし、クレイマーもそう思ったかもしれない、ていうか彼らが僕の思ったことの元になってるんだという気がするんですけど、その妄想の部分がヨーロッパに飛び火する感じって言うのが、今の話ではすごくよく僕は実感として分かりました。
樋 僕自身、クレイマーがどうしてアメリカからヨーロッパに移ったのかっていう具体的な事象は全然把握していないし、それは本人ではないと説明がつかないような理由かもしれないし、ここではなんともいえません。ただ、映画史の中では、反発して行ったとかいられなくなって行ったとか色々言い方はされているのですが、この『ルート1』や、彼の撮ったいくつかの映画を見ると、やっぱりどこかでそういう「アメリカ合衆国」の妄想を追いかけて行ったのだという気がしますね。つまり、このルート1の先に行っただけという。もっとも、映画の『ルート1』っていうのは後から作られたものですが、今から思えば、多分クレイマーが映画を撮り始めたときから、ルート1の上に立っていたんだと思います。その先に行った果てがヨーロッパで、そこでも彼は映画を撮っていたっていう。それで、『ルート1』という映画は、その確認作業でもあったのだと思えるのですが。
青 クレイマーってひょっとしたら捕まっちゃうかもしれないっていうくらいヤバイ状況でヨーロッパに、具体的にいわゆるかつてのような政治的な亡命っていうんじゃないけれども、ほぼそれに近いような立場でヨーロッパへ移住したという裏話はあるみたいですけどね。
樋 もうアメリカなんて二度と戻るかぁ、みたいなことを言ってたって話も聞くし。
青 会うとやっぱり「巴里のアメリカ人」なんですよね、ほんとに。僕はイタリアで会ったんですけど、放浪者ではあるんだけれども、パリ在住なわけじゃないですか、やはりほんとにパリのアメリカ人をほぼ演じているような状態でいまして、妄想というか虚構の人みたいな感じがすごくするんですよね、本人自身が。その本人自身がパリのアメリカ人を演じながら、回りに虚構のアメリカというか妄想のアメリカを、ヨーロッパの中のアメリカとして作り出しているっていうような雰囲気をあたりに撒き散らしながら動いてるっていう感じがあって…まぁ、カッチョいいんですけどね。
樋 そうなってくると、ほとんど彼の個体として生命は……。
青 実在の人物として在るのか、映画の中の人物なのかよくわからない、そんな感じでいました。日本に来た時は僕はちょっとしか顔見なかったんですけど、どうだったんですかね?
樋 僕も直接インタビューしたわけじゃないんだけど、渋谷で喜んでビデオ回してたっていう話は聞きましたけどね。そういう意味では割と軽い人でもあるんですよね。
青 腰の軽さは世界一かもしれないですね。
樋 『ルート1』も、そういうことを取っ払って単にぼんやりと風景だけを見ちゃうと、単なる観光映画にも見えなくもないっていう部分もあるんじゃないですか。その辺が不思議だなと思うんです。たとえば、今日は『ルート1』の前に上映したニューズリールの作品を見ても、同じような軽さを感じるんですね。聞いた話だと、昔小川プロがニューズリールの映画を輸入して公開した時に、かなりの人がこれは違うって言って怒ったらしんですよ。どういった怒りだったかは知りませんが、とにかく相当な違和感をもって受け入れられたと。つまり、日本では一般的に前提とされているドキュメンタリーの感覚があるとすると、ある場所に根づいて、その根づいた根っこの中から出てきたものを映していくっていうようなやり方ではないかと勝手に思っているんですが、そういったやり方とは、このニューズリール作品は違うじゃないですか。とにかくそこの目の前に起こってるものを写して外にどんどん出すっていう、ある意味でインターネット時代を先取りしたようなネットワーク感覚がある。それにまた、その上にスコット・マッケンジーだのの音楽が流れてくるわけだから、その部分だけ取り上げてしまうと学生映画にしか見えないっていうことになる。
青 そうですね。ただ同時にきわめて、スタンスとしては常にヤバさを抱えていたんだと思うんですよ。一つ所に落ち着いてずっと撮っていくっていう作業が出来ない、逃げなきゃいけないヤバさを常に抱えてたっていう感じはするんですよね。
樋 多分その辺りが、さっきの「アメリカ合衆国」なわけで。当時のクレイマーにとって、アメリカの中で「アメリカ合衆国」を映すことが可能だったと。
青 ええ。イタリアで会った時に僕は『冷たい血』っていう映画をやったんです。それを見てくれて、見た後に一言「俺はガンにはうるせえんだ」と。
樋 ガン?! あ、銃ね。
青 あまり大きい声じゃ言えないけど、っていうような苦笑いを浮かべながら言ってました。その瞬間に、この人は相当ヤバい橋を渡って生きてきた人だなっていうのがその苦笑いから浮かび上がって来たんですよね。そういう、ガンだって言ってしまって社会的に逃げなきゃいけないヤバさが彼を放浪者にするというか、どこにでもいられるけどどこにもいられない人みたいな、正に映画の中なのか実際目の前にいるのか分からないような人にしてるような感じがあるんですよね。
樋 今の話を『ルート1』に引き戻して考えると、この映画にも主人公がふたりいるというか、視点がふたつある。実際に画面に映っている旅人と、カメラのこちら側のクレイマーですね。わざとふたり用意して、画面に映ってる主人公がもう旅は終わりだって言ってもクレイマーが勝手にまた動いていってしまい、それで、画面に映っていた旅人はもう出てこないのかなと思うとまた出てくる。そうやって、なにかこう、ひとつだけじゃないふたつのものを抱えながらグルグルそれを回転させていく感じっていうのがすごく出ていると思う。それを分かりやすく言ってしまうと、そこにはクレイマーと父親との関係が反映されている、ということにもなるんでしょうけど。ただ、その父親というのが、個体としてのクレイマーの父親でもあり、その背後にあったはずの「アメリカ合衆国」でもあったのだと思います。
青 もうひとつそれがあるのは、どっちかが立つっていう、そのどっちかがずぅっとあって、もうひとつ方がそれに拮抗したりとか、反発したりとかっていうそういう動きが無いではないけれども、同時にそういう対立の図式とは無関係に、2本のラインが1本の道の上に重なって乗っかってるっていう、そういう状況もあるような気がするんですよ。
樋 その辺のことは、当時、――当時と言うかまあたかだか10年ちょっと前くらいですが――どういう状況で撮ったのかは気になるところですね。例えば、ドキュメンタリーといっても明らかにヤラセた部分がいっぱい出てくるじゃないですか。
青 ていうかお芝居してるよね。
樋 うん、だから普通に見ていると、どこかすごく曖昧な場所に連れてかれたような気分になりますよね。単純に言っちゃえば、これってどう見たらいいのって思ってしまうというか。ただそれはクレイマーがいるのとは別の場所で見ている者の感覚であって、その曖昧な領域みたいなものこそが、クレイマーのいた場所と言えるのではないかな。それで、見ているときの変な感覚というのは、ある場所から逃げざるを得ないにもかかわらずまた戻りたくなったりどこかへ行きたくなったりするっていう、クレイマーのもっているポジティヴな部分とネガティヴな部分とがない交ぜになって、見てるこっち側にも伝染してくる感じなのかなあと思います。
青 むしろ伝染っていうその感じを含めて、今言ってきたこと全部、こっち側の妄想っていう可能性もあるわけですよね。で、こんなに、そういう作家の意図そのものを妄想させながら作られている映画っていうもの…樋口さんがこのチラシにお書きになったインタラクティヴっていうようなこと、というのがハッキリ打ち出されてるからこそ、こうやって色んな考えが浮かんでくるんだと思うんですね。それくらい風通しがいいって言うか、風穴が開いたような感じで、作られている映画だと言えると思いますね。
樋 それでですね、「インタラクティヴ」ということを更に推し進めて、もっとこの映画のこちら側に話を持っていくと、例えば『ユリイカ』も3時間半で『ルート1』も4時間で、ともに移動する映画だしということで、『ユリイカ』の製作時には当然『ルート1』のことが青山の頭に浮かんでたんじゃないかと思うんですが。
青 『ルート1』的なことをやりたくてやれなかったっていうのが『ユリイカ』の正直な感想なんですけど、『ルート1』とこの後に撮られた『ウォーク・ザ・ウォーク』、この2本を明らかに、僕はものすごい意識しながら、今後もそうだし、『ユリイカ』もそうですし、映画作りの下部意識に組み込んじゃった気がするんですね。で、正にさっき、3つのアメリカがあるという感じ方っていうのは、実は『ユリイカ』で撮影しながら僕も3つの日本みたいなことがひょっとしたら考えてたかもしれないっていう風に今、またこれも妄想なのかもわかんないですけど、感じてました。愛憎、そして愛憎の届かないものとしての妄想の日本みたいなものが、『ユリイカ』作りながら出てきてたかもしれないなと思います。
樋 今日ここで言っている「アメリカ」っていうのは別に「日本」と言い換えても全然問題ないわけだしね。例えば技術的なところで言うと、クレイマーの『ウォーク・ザ・ウォーク』にしても『ルート1』にしても、すごくカットが細かい。『ユリイカ』もヴェンダースの『さすらい』なんかに比べたらはるかにカット数は多いと思うんだけど、これほどじゃないよね。そういった『ルート1』のカットの短さに関しては、青山はどんなふうに見ていたのだろうか。
青 やはり僕が『ユリイカ』で出来なかったなあ、『ルート1』をやれなかったなあ、と思う部分っていうのはそこでもあるんですよ。つまり、クレイマーのこの撮影チームって3人でやってるはずなんですね。カメラ・演出が自分で、カメラアシスタントが1人、録音が1人、この3人で1パック、っていうむちゃくちゃコンパクトなチーム編成でやっている。そうすると目についたものいくらでもぼんぼんぼんぼん撮っていけるんですよね。道端で、ちょっと止めてここで撮ろうっていうことが平気で出来る。
樋 カメとかね。
青 なんでこんなものまで、みたいな用意したわけじゃないものを次々撮っていける。そういう腰が軽くなければやれないことを出来るかどうかって、映画作りにものすごく大きな違いを生むと思うんですよね。だから必然的に色んなもの取り込んでいこうと思えば、カットも多くなるかもわかんないし、その映ってるもの、ほんとに短くてほんの一瞬でしかなくても、それを使おうと思うものがいっぱいあるかしれないし、それをある意味では網羅するような形で編集の段階で埋め込んでいけば、こんな形になるんだろうなあって気はします。
樋 その意味での長さ、つまり足し算していった長さっていうことになるのかな。
青 どうなんでしょうね。
樋 でも足し算だけでもないような感じがね。
青 プラスマイナスゼロって感じするんですよね。もちろん、これはやめとこうっていうカットもあったと思うんですよね。どんな風にその選択がなされたかはわからないですけど。でも、とりあえず撮るだけは撮る、撮りたいものは撮る、目に付いたものは撮っていくっていう作業をやってっても、それでいいとこ使うみたいな、それだと4時間とかになるわけないですからね、そういうんじゃなく、また網羅してそれで満足、ていうんでもなくて、そこにあくまで選択があって、でも足しても引いても、この同じ形、同じ姿はふたつとないだろうし、同じ姿であること自体があまり意味をなさないみたいな、足しても引いてもこれはこれ、みたいなことがこの映画には起こり得たんだろうな、っていう気がするんですよね。一個の人格として映画があるんじゃなくて、世界の断片として外部をはっきり持ってるけどその外部と平気で行き来できる風通しのいい内部、ていう感じかな? それって要するに「作品」というエスタブリッシュメントな概念が先天的に抜け落ちているんじゃないか。それはそれで商標化できないからコマーシャリズムに見離される一因なわけですが、そんなことは大した問題じゃあないんですね、クレイマーにとって。
樋 そういうことで言うと、フィルムで一応撮られているけど……フィルムだよね? また俺ムチャクチャなことを……。
青 フィルムですね、はい。35ミリじゃないですかね、16なのかなあ。多分35だと思う。
樋 ビデオの時代にでも全然問題なく対応出来る人と言うか、ビデオを使って撮った作品も何本もありますが、そういったクレイマーの映画の作り方、方法は、ビデオの可能性自体も広げていくはずだったと思うんです。だからもうちょっと長生きしてもらいたかったというか……。
青 そうですよね。これは変な話ですけど『ユリイカ』撮ってる最中だったんですね。で、クレイマーとほぼ同じ時期にエイブラハム・ポロンスキーというアメリカの、やはり、アメリカを国内亡命して隠遁してた作家、ふたりが死んじゃってて、まさにそのふたりのこと考えながら『ユリイカ』撮ってたというのがあって、私は非常に落ち込んだんですけど。
樋 そうか。「ユリイカ」のインタビューで「追悼の映画」って言っていたのは、そういう具体的な固有名も意味していたのか。
青 ええ、具体的に名前は挙げませんけど、まあ、間違いなくそのふたりに捧げられていることは、いや、本当はカンヌで何か賞でもとったらブチ上げようかと思ってたんです、壇上で。何にも取らなかったんで、ああ、映画賞は冷たいなって思ったりもしたんですが。
樋 じゃあ、あまりに華やかさが違いますが、ここをカンヌだということにして、最後に付け加えておくことはありますか?
青 まあ改まって云うことは何もないんですけど、ただクレイマーとポロンスキーのことで続けて云えば、今後もエスタブリッシュメントとの格闘は継続されて行くだろうし、それは私なりポルトガルのペドロ・コスタなりによってなされるだろうということを、まあ大げさですけど自分では心に決めていまして。クレイマー的な「行動の映画」、っていうと大雑把すぎると怒られるかもしれないけどそういうものと、ポロンスキー的な「物語の映画」の内部での格闘を両面で、ルート1に2本の道がひとつに重なっているようにしてやっていかなきゃなあ、それは映画の未来も糞もなく、必要不可欠で、誰かがやんなきゃいけないよなあ、だから、はい、俺やる、って手を上げます、といったところでしょうか。『我が胸に凶器あり』というVシネマで「俺ばっかり貧乏籤引く」とかいう台詞を斉藤陽一郎が云うんですけど、そんな気もしないでもないですけど、まあいいか、と。
樋 どうもありがとうございました。