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ロバート・クレイマー インタビュー  Chapt.3, Chapt.4, Chapt.5

この惑星で、 生き延びるために トーキョー=ヤマガタ、 ロバート・クレイマー インタビュー 
Chapt.3, Chapt.4, Chapt.5
Tokyo,6/11, 10/11/97

取材/翻訳/構成 水原文人


Chapt.3  世界をどう見るかを示すこと、視点の問題 Being honest about your point of view

Q 特にここ数年のあなたの映画に特徴的なのが、あなたの視点の存在です。『ドックス・キングダム』がその出発点になるともおっしゃっていますが・・・

いや、この問題の本当の始まりはもっと古く、60年代にまで逆上る。アメリカでは多くの人の、この世界を変えようという思いが、大きなうねりになっていた時代だ。当時みんなが、支配的な報道メディアが、実はそれぞれの視点を持っていたことに気づいていた。たとえばニューヨーク・タイムズは「印刷すべきすべてのことを印刷する」といっていたが、実際には彼らもまた特定の立場から、特定の視点をもって例えばベトナム戦争のことなどを報じていたんだ。それにハリウッド映画が、"正しい生き方"についての特定の思想を売っていたことも明らかだった。誰にでも、自分の視点があるのだ。

Q 視点の問題は、多くの人があなたに問う質問、あなたの映画がドキュメンタリーか、映画であるかの根幹でもあるのではないでしょうか?

問題は視点を持つことを避けることではなく、自分の視点がなんであるかについてもっと正直であることなんだ。自分が真実とか、客観的事実を語るふりをするのではない。すべてがそれに対する、自分自身の解釈なのだ。生きるということのすべてが、解釈をめぐって存在している。こうなるとドキュメンタリーとフィクションの境界は必然的に曖昧になる。
私は自分の映画をフィクションと呼ばれることに反感を感じない。フィクションはドキュメンタリーと較べてよりリアルでない、とされるがそうだろうか? そんなことはない。ハリウッドのフィクションは、フィクションだ。だがその表面の下には、アメリカでの生活が何であるかについての途方もない量の情報が隠されている。だから私が、ドキュメンタリーとフィクションのあいだに区別をつけなくなって以来、もうずいぶんになる。映画を撮りにいく時でも、編集しているときでも、たとえばドキュメンタリーとされる映画でも人にこうやって欲しいと頼むとか、言い方がよくないと思ったときには別の言い方を頼むとか、例えて言えば俳優と仕事するときと同じだ。

Q "ニューズリール"についても同じことは言えるのしょうか?

いや、ニューズリール映画はまた別で、これは政治闘争的映画作りにもっと近いものだ。だがニューズリールのよかった点、たとえば当時のヨーロッパで行われた似たような運動と決定的に違っていたのは・・・アメリカにおける左翼運動には政党がなく、歴史的イデオロギーから比較的無縁でいられたことだ。そしてそこにはさまざまな視点が存在していた。ヒッピーもいれば、本格的な政治的思想を標榜するものもおり、かと思えばただ戦争がいやだという子供たちだっていた。だから映画の使命は世界について考える材料を人々に与えることであって、どう考えるべきかを押し付けることではなかったのだ。だからとくに私が参加していた最初の数年間の"ニューズリール"の映画は本当に多彩だ。世界について別々の異なった視点を表現するための様々なスタイルが、まるでコンペティションのように咲きそろっていたのだ。アンダーグラウンド映画のようなものもあれば、政治闘争映画のようなものもあった。シネマヴェリテ的スタイルもあれば、今日のビデオクリップのように、人気の音楽に合わせて編集されたフィルム、あるいは特定の主題についてのテレビ・ドキュメンタリー的な撮り方もあれば、それこそブルース・コナーの映画みたいなものもあった。そのバラエティの豊かさは、ヨーロッパで作られていた政治闘争映画の形式の堅苦しさとはまったく異なっていた。その後ニューズリールがより明確に左翼的なイデオロギーを示すようになったとき、私はニューズリールから離れた。
唯一共通していたのは、ボイスオーバーのナレーションの不在だ。みんなこれが、典型的なニュース映画のやり方だと思っていたんだ。こう考えるように、と押し付けるものだとね。これはほとんど、みなが人々にどう考えるべきかを語ることをいかに恐れていたかの証拠みたいなものだ。問題なのはただものの見方のドアを解放すること、人々が世界をよりよく見えるものにすることだった。そして世界をよりよく見ることの帰結として、ではそれを変えよう、よりよい世界にできないか、という考えが生まれるのだ。
これは今でも有効な考え方だと思う。それどころか、この現代だからこそ重要なのだ。問題は私に意見があるかどうかではなく、その問題について対話ができるかどうかだ。その対話ためには同じ情報を共有し、物事について共通する感情をもつことが出発点になろ。そしてもしかしたら、映画にはそれができるかもしれない。

Q あなたは最初、小説家になりたかったそうですが、なぜ映画作家になったのですか?

最初私は、映画を作るにはハリウッドに行くしかないと思っていた。それが若い新しい世代の、新しいテクノロジーを使っている映画作家たちに出会ったとき、ハリウッドに行ったり、映画学校で勉強しなくても、その手段がすでにあることに気づいた。それで試しにやってみて、自分がこのためにこそ生まれたことに気づいたのだ。
私は言葉で、世界にあることをいかに書き表したらいいか悩んでいた。世界の物質性を言葉にするために何ページも何ページも言葉を連ねる。それが映画なら、語るまでもない、ただ数ショットでそれを見せることができる。

Q 世界を描写すること-特にここ数年のあなたの映画には、世界の全体像をそのまま見せるかのようなロングショット=ロングテイクよりも、クロースアップが多用されているように思われますが、これは描写する欲求の現れとでも言っていいのでしょうか?

その通りだ。私は常にクロースアップに引かれて来たと思う。最近はちょっとトラウマ的な域に近づきつつあるが・・・理由は実はよく分からない。理論がある訳じゃない、ただ感情の問題、より近づきたい、より細部を見たい、顔の皺までも見たいという欲望。もちろん歴史的に言えば、クロースアップの使用はまずスターを輝かせるため、そして物語の語りを強調するためだった。だがクロースアップの驚くべきことは、実は我々が実際に世界を見る見方にとても近いことなのだ。世界の細部を見て、その断片を再構築することを、我々は日常的にやっている。
私はズームも好きだし、できる限りズームを使うようにしている。それは君の言うロングテイクのなかに、自分と周囲の世界の関係を確認することができる撮り方だからだ。もちろんそれは使い方による。たとえば60年代の悪いズームの濫用では、対象を見つけてはズームイン、そしてズームアウト、またズームイン、と繰り返してるようなものだった。だがズームは、我々の見ることの興奮を表現する手段でもある。だからズームを使うことで、私の見方のリズムを映画に再構築することができるのだ。ここにズームインし、パン・アップする--世界の見方だ。そしてこの動きがまた、一種のモンタージュでもある。
……私はロングショット、ロングテイクに反対なわけではないが、しかし何かの全景を捉えるような広いショットには退屈してしまうのは本当だ。

Q なぜ自分でカメラをもつようになったのですか、それであなたの映画の何かが変わったと思いますか?

ずいぶん長い間、私は自分が映像と言葉の後ろに身を隠しているように感じていた。そうではなく、様々なやり方で自分の存在、自分の視点、それが自分の考えであることを、なんとか映画の表面に持ってくるやりかた考えていたのだ。80年代初頭の作品では、自分が実際に映画の登場人物として映像に写っているものもある。『誕生』という映画だと思うが、私はいつも私の映画の音楽をつけているバール・フィリップスと一緒に画面に写っており、彼は私にこの映画にどんな映画をつけるか提案している、といった具合だ。
だが『ドックス・キングダム』で興味深かったのは--私は映画に写ってはいない。だがカメラは明白に、冒頭ショットから、尋問的なまなざしを持っている。ドックが起き上がるのを捕らえる俯瞰ショットから、カメラはドックに「自分の立場を説明せよ、お前は何者だ?」と詰問しているんだ。それにドックが自分の前半生を独白するときでも、まるで尋問だ。カメラが尋問的だ。

Q そしてドックはカメラに向かって語りさえする。

そうだ。そして非常にしばしば、カメラは歩く。さらに酔っ払ったとき、ドックはカメラをテーブルに招いて椅子に座るよう勧める。これは撮影中から意識はしていたことだが、ラッシュでフィルムを見るまでは本当に自分がなにをしたのかまで自覚はしていなかった。これをきっかけに、この方向を押し進めようと思った・・・ちょっと待て、なにを言ってるんだ、『我らのナチス』でも三人の主要人物の一人が自分だったんじゃないか。そして画面に、鏡のなかに映っている。どうもずっと考えていたことらしいな。じぶんでも始まりがわからなくなってきた。

Q じゃあ、自分でカメラを持つようになったのは? 『ドックス・キングダム』は別のカメラマンでしたが。

そうだね・・・ベトナムで撮った『人民の戦争』の半分、それに『マイルストン』の半分も自分で撮ったな。あの映画で盲人が出てくる部分は全部私だ。盲人を演じてるのがカメラマンなのでね。それから『ポルトガルの階級闘争の数場面』も自分、そして『我らのナチス』も・・・『ルート1』以降は全部自分だ。ある時点から、自分の考えている視点の問題が実は見ることそのものと本質的に結び付いていることに気づいた。したがってカメラを操作することにつながる。今興味深い問題は、今後も自分でカメラを回し続けるかどうか? 問題はカメラマンの腕の是非ではないし、だいいち自分のカメラの腕には自信があるからね。ただ自分でカメラを回すかどうかで、映画に対する私の関わり方が全然変わってくるのだ。ずっと個人的で、親密で、出す指示もずっと少なくなる。だから逆に一度この枠の外に踏み出して、再びより広い視野に立つのもいいかも知れないと思えるのだ。一方で別の問題がある。私にとってカメラを回すことは肉体的な快楽でもある-これが楽しいのだ。だから自分がカメラマンでないと退屈してしまう、映画作りのゲームから阻害されているように感じてしまうのだ。指示を出しながら自分で撮影することは、非常に直接的なコントロールでもある。自分のやっていることを自分で見て、自分で知ること-これを失うことはね・・・

Q 親密さ、個人性といえば、この視点の問題の到達点である『マント』(全編が映画の登場人物の一人でもあるクレイマー演ずる映画作家の主観ショットで構成される)はまた、あなたの映画のなかでとりわけ親密で、パーソナルな物語だと思います。

そうだよ。あの映画でももうひとつ重要なテーマは、再びホーム[家、あるいは故郷]の問題にも回帰してくる。もし私が愛する人間を失ってしまったら、自分はどう生き延びられるだろうか? 私は自分に難しい問題を課して考え込むタイプの人間なんだ。実際に愛する人間を失う前に、その問題について一度考えて見ておきたいのだ。考えられないこと、困難なことを考える行為。この映画がパーソナルな理由はもうひとつ、私たちがどんな伝統に属しているか、この文化的/霊的な疑問に、とても真剣なやり方で取り組もうとしているからだ。その意味で、作るのが楽な映画ではまったくなかった。

Q ビデオが人間の身体性や、官能とは無縁なメディアだと言いましたが、しかし『マント』はデジタル・ビデオ撮影なのに、その映像はとても官能的です。

ああ。そのためには大変に努力したのだ。

Q 古代の墓から出て来た"マント"など、南米文明への言及がたくさんありますね。とりわけ青年のキャラクターですが・・・

それは伝統文化が現代の世界になにをもたらしうるかをめぐる問題でもある。『電気の亡霊』の冒頭でシャーマンについて話すのも同じテーマだ。人類の歴史というのは、自然から次第に隔離されて行く過程だと言えるのではないか--チベットなど古来のアジアの文明や、アメリカの先住民の伝統的な文明には、自然との生きた関係がある。それが最終局面の現代では、我々は都市に住んで、自然からまったく隔離されて生きている。四季の移り変わりとも、大地ともつながりを持たずにだ。そこで質問は、我々はこうしたルーツを失いながら、それでも人間であり続けることができるのか? これは『電気の亡霊』の後半で扱ったことだ--肉体を失ってただ意識だけの存在になることができるか。肉体は我々を自然に強く結び付けるものだが、意識の方はますますそこから飛び出そうとしている。意識がより支配的になり、ついには肉体もなくなってただ意識だけになること。
私はアメリカ先住民や南米のインディオ、インドやチベットの文明は我々に教えてくれることがたくさんあるが、問題は我々にそれを学ぶことができるかどうかでもある。そこには明らかに、我々が忘れてしまったなにかがある。自然の秩序、それに自然の秩序への敬意。

Q あの"青年"についてお聞きしたい。まず彼のフランス語は完璧ですね

彼はチリのピノシェ政権から逃れて来た政治亡命者で、二才か三才のときにフランスに来た。だからフランス語が完璧なわけで、そこで映画の中でプロデューサーに、「彼は訛りがないじゃない」と言わせなくては行けなかった。家庭ではスペイン語を使うのでスペイン語も完璧だが、ずっとフランスに住んでいるから完璧なバイリンガルだ。俳優の経験はまったくなく、なんというか、まあただの"ガキ"なわけだが。確かバンドを持っていて、音楽をやってるのかな? だが俳優としてすばらしかったと思う。
あれはとても曖昧な人物だ。彼はまったくリアルではない。不思議な力を持っているし、彼の話は事実なのか、本当にあの村からやって来たのか? もしかしたらあの老女が作り出した魔法のひとつなのかも知れない。だが最後の場面では、突然極めて現実的な状況になる。よくある移民の典型みたいにタチ[パリの大衆的なスーパーマーケットのチェーン]の大きな袋を下げて(笑)、出稼ぎ先で稼いだ富を全部抱えて飛行機に乗り込もうとしている。この時はスペイン語だけを喋るが、それが彼のアイデンティティだからだ。

Q でも最後に、あなたに息子を探すように言うところだけはフランス語でしょう?

私にちゃんと分かるように、念のためだ(笑)。

Q 彼とあなたの人物の関係もまたとても曖昧です。例えば彼が最初に登場する場面では、カメラは極めて官能的なやり方で彼を見ています。

ああ。まったく君の言うとおり、そこには同性愛的な要素がある。彼の胸のシャツのはだけ方や、照明など、すべてが性的にしている。そこから南米のビジョンに入り、幻想から戻って来たときには彼の喉のクロースアップだ。まったくその通りだが、一方で父と息子的な関係でもある。彼は私にとって息子を、自分の地と肉を分けた存在を思い出させる役割を果たしもするのだ。
これは世界を性的にすることではないが、まったく世界を官能化することであるのは確かだ。私たち二人のあいだに行き来していることの全て、この膨大な情報と欲望、それに反発、などなど--これは多くの人にとって知りたいとすら思いたくもないところだ。二人の関係の複雑なテクスチャーは、普通の人だったら複雑すぎるといって真っ先に拒否するだろう。だが私にとっては、なぜ私の映画の映像がそれほど力強いのかと言えば、それは私がとても意識的に、コミュニケーションのさまざまなレベルを持った映像を作り出そうとしているからだ。
実を言えば彼の態度、彼を映像で提示するやり方は、単純に伝統的な誘惑の仕草の場面以外の何物でもない。そして私は意図的にその性的な曖昧さを作り出したかった。何と言ってもあの時点で、私の人物は完全に打ち壊された状態にあるのだ。自分の妻を失い、何も見えず、何も理解できない状況にある。彼は自分の自己コントロールのシステムの崩壊を通して、より多くが見えるようになり、幻想に対しても意識を解放していくのだ。そしてその自分のシステムの解体の中には、あの青年とのあいだの性的な官能、あるいはヴェロ[映画の中の主人公の妻]の幽霊を見るときの途方もない官能性もあるのだ。その全てが実は我々の生きることのなかの内包されていて、我々がそれに気づくのを待っているのだ。

 

Chapt.4  世界の病、そして生き延びることの知恵  How to Survive

Q 病院というのは普通は治療、病気との戦い、生命に関する場所だと思われています(まあそうでなければミもフタもないのですが・・・)。ですが『ドックス・キングダム』の病院には、何というか、死の匂いが立ち込めています。

私が興味をもったのは、日常的に死と直面するドクターの状況だ。それが彼自身の生活にどうオーバーラップしてくるか。その上に彼は、自分自身が病気だという脅迫観念に取り付かれてもいる。
医者たちがいかにして人間として生き延びることができるのか、これを本当に論じた人はほとんどいないと思う。彼らは、苦しみや死など、極限状態に追い込まれている人間に毎日隣り合わせで生きている。あの映画の中の病院は・・・かなりの部分そういうものだ。特に重要なのは、息子が父を尾行して、彼が毎日なにをしているのかを見て、彼の仕事の場がどんなところであるかを見ることだ。病院を訪れた結果、彼は帰りの飛行機に乗るのをやめて、彼に話に行く。息子は彼をただ自分を怪我させた男としてではなく、人生の文脈のなかの人間として見なおすのだ。
だが医者が映画の中でとても重要である理由が、もうひとつある。私は政治を語るための新しい表現を探していた。そしてドクターを演じたポール・マクアイザックと共にこの問題を巡っていろいろ考え、医者にたどり着いたのだ。医者の役割とは、健康を広めることだ。そして政治もまたそうであるべきだ--政治とは集団的な健康を広めることについてのものだ。だが現実には今日、政治とは予算の収支バランスを取ること、汚職、権力を巡るものであって、たとえば東京の人々にとって最良の生き方とは何かを論ずることとは、何の関係もない。その意味でドクターはメタファーでもある。彼の日常生活にはつねに健康の問題がからんでいるという点で----健康とはただ病気をしていないことではない、もっと全世界的な概念だ。それはまた予防のことであり、社会的な生物たる我々のさまざまな面について考慮することだ。ドクターとは、癒す人(ヒーラー)だ。映画の中のドクターは自分自身健康に問題を抱えてはいるがね。

Q あなたの奥さんのエリカの仕事が、ヒーラーですね。

そうだ。それは健康をダイナミックなシステムとしてとらえる存在だ。ただ予防だけでも、病気を治すことだけでもない。
単純な例を言えば、彼女の仕事のことを考える方が最も最近に見た映画について考えるよりも、よほど興味深い。彼女の存在は私にとって、世界について考える新しい方法を思い起こさせてくれる重要なインスピレーションだ。

Q 病気という点で『ウォーク・ザ・ウォーク』には驚くと同時に、強く共感させられた言葉があります。少女はHIVの検査を受けるが、結果を聞きに行かない。

驚くべき考え方だと思うんだ--彼女がチューリッヒで会った友達が、自分が死ぬのであろうがあるまいが、同じ生き方をしたいと言う、これはよく考えるととても重要なことだと分かってくる。皆はもし自分が死んで行くことが分かったら生き方を変えると思っているが、これは私には本当に大きな過ちに思えるんだ。もしすべての人が、自分が死んで行くこと知りつつ生きていたら、世界には不正直や偽善がもっと少なくなるのではないか。人生にとって重要なこと、私が重要だと思っていること、君にとって重要なことについて考えるよう、もっと努力するのではないか。そうしたら何を優先すべきかがもっと変わるのではないか。だが私はそうしたことをするために映画を作っている。それが私にとっての政治との係わりだ。そうだ、イエス、私は政治的な映画作家だ。我々のやっていることの全てがここに--この日々生きて行くことの中で出会うという意味で。

Q そういえば、自分ではあまり映画は見に行かないそうですね。

ああ。だが私は自分が下す映画への評価について、まったく責任がもてない。私が映画館に行くのは、未だに自分のためになるものを見つけるためだ。何か私の知らない情報とか映画の撮られ方について、ドアを開いてくれるものならいいが、そうでなければ、席に座って我慢していられなくなる。特にフランスには、映画作家が自分たち自身の仕事の批評家でもあるという伝統が強いが、私はそこに属してはいないんだ。
昔はまだ違った。暴力にも興味があったし、ある種の物語にも関心があった。今では本当に興味がなくなってしまったし、退屈だと思ったらそれ以上一分たりとも座り続けてはいられない。このせいで多くのいい映画を見逃しているのかもしれないし、かといって気に入らなかった映画を数年後に見直して、やはり実はいい映画だったのだ、と再認識するような習慣もまったくないね。だから私は極端に好き嫌いが激しいし、自分がその時に何について考えているかに大いに左右されている。

Q 自分の映画もむしろそのように見られることを望んでいるのですか?

見る人にその映画を自分の生きることの中に取り込んでほしいのだ。それができないのなら、気にかけるべきではない。私の映画を、私が有名な映画作家だからとか、映画史上重要だからといった理由で見てもらう必要はない。もし私の映画と自分の生きることとのあいだに対話が成立すると思うなら、ぜひ見てくれ、ということだ。
文化が高尚な次元に属するという考え方があるが、私は違う。私にとって文化とは、生活と本物の対話関係にあるものだ。一度それを感じてしまうと、例えば映画作りのやり方が変わってくる。ただ物語をうまく語るということだけに止まらない。  
うまい映画を作ることそれ自体は、いいことだ。いい娯楽であること--私自身が本当にエンタテイメントに属するとは言いがたいが、人々が娯楽を必要としているのは分かっている。そして私の映画は娯楽ではないかも知れないが、だからといって刑罰でもない。とても難しいことではあるよ--一本一本の作品で、観客に多くのことを投げ返すやり方を創造するよう、試行錯誤を重ねているのだ。もし情報を与え過ぎると、ボルテージが高すぎると、観客はただの犠牲者になってしまう。もし十分でないと、観客は考えるに十分な材料を得られない。だから正しいバランスを見つけなければいけないんだ。これはどれだけストーリーがあるべきか、どれだけ少なくすべきかに大きく係わってくる。それはどれだけイメージで見せるか、どれだけを言葉で語るかの問題でもある。

Q ヨーロッパに移って以来、あなたはアメリカ時代とは異なり、いわゆるプロの映画作りの世界で仕事を続けていますね?

アメリカで、たとえばまだ[ジョナス・]メカスがやっているような映画作りは、アメリカ以外には存在しない。70年代の私たちの映画作りでは、監督であるとか脚本家であるとかいう役割分担はとても曖昧だったし、映画作りはもちろん、生活のための金がどこから来ているのかすら定かではなかった。ヨーロッパにはそういうやり方は存在しない。私は初めて組合の課す制約のなかで働いたり、プロデューサーとやりあう映画作りを学ばなければならなかった。プロになったという違いは、要するにこういうことだ。それから、コンスタントに映画を作り続けなくてはいけない限り、家賃が払えなくなるということだ。だが違いと言えばこれだけで、映画というメディアに対する姿勢の問題ではない。

Q ビデオを含めてさまざまな規模/手法による映画を模索していますね・・・

この20世紀の終わりに、本当に難しいことは、自分の考えで考えることだ。あらゆることが既存のチャンネルにあてはめれ、一般論で言えば、皆のために経済的な利益を生ずる方向へと収斂されてしまう。だからもしその外側にありたければ、極めて狡猾でなくてはならない。現在ある社会構造を避けて回り道を覚えなくてはならないし、誰が同盟者なのかを見極めなくてはいけない。例えば例の検閲のことで言えば、この問題を問いかけた結果自分が二度と東京映画祭に招待されなくなる可能性も考えなくてはならない。その中で重要か、そこまでやる価値があるのか、そうした類いの質問すべてを、考慮に入れて、常に自分の周囲のことに責任をもたなくてはいけない。
現代の映画作りで最重要な問題は、時間だ。なぜなら時間はそのまま金であり、だから自分のやりたい仕事をするのに必要な時間をどう確保するかが問題になるのだ。例えば『ディーゼル』のときの問題のひとつは、私がこのことにまったく気づいていなかったことだ。だから、撮影が終了したとき、題材の3分の1が未撮影だった。プロデューサーが残りも撮らせてくれると期待していたが、プロデューサーにしてみれば、そんなことは一瞬だって考えることがなく、結局映画はその部分が欠けたまま無理やりつなぎ合わせることになった。こんなことは二度と起こらない。自分をどう守ったらいいか、ずっとよく学んでいるからだ。一定額のお金があるとき、その二倍かかる映画を想像することは非常によくない考えで、始終時間との戦いに悩まされることになる。
例えば、今ではほとんど映画をうちのビデオで編集する、ビデオで編集を初めて、フィルムで完成させるのだ。理由のひとつは、私自身の給料は映画一本当たりのものだから、自宅でやっている限り、製作会社の出費になる編集者や編集設備を使わないので、好きなだけ時間をかけても構わないのだ。だから自分が映画をコントロールできていると感じてから初めて、実際の編集過程に入れるのだ。そう言うと、ビデオで編集なんて絶対にできないという人に遭遇する。それに対する私の答えは、確かにビデオで編集するのはフィルムで編集するのとは違う。だがビデオで編集することで、膨大なフィルムの中から何が必要で何が要らないかを見極め、必要なぶんだけラッシュをプリントすればいいのかを決めることができるのだ。これで金の節約になるだけでなく、製作会社から何週間遅れている、何カ月遅れていると催促される苦痛から解放されることができるのだ。例えば『ルート1』のような大きな映画の場合、私は3、4カ月はひとりでビデオで編集し、そのあいだに映画を理解することができたから、実際の編集に強い立場で入ることができた。
『ディーゼル』の体験は映画を失うことだった。まず撮影中に映画を失ったこと、時間の問題、大きな撮影隊では小回りが効かず、規模の大きさがまさに予想外だった。そして編集段階ではもう一度映画を失ったが、これは材料不足のせいだった。こんな経験は避けなくてはいけない。
私にとって映画作りのイメージというのは、戦争なんだ。あるいはサムライのイメージ、軍隊の演習のイメージだ。自分を守らなくてはいけない。攻撃態勢でなくてはならず、さらに自分を守らなくてはいけない。一本の映画にどれだけ時間がかかるかを把握しなくてはいけない。今はよく、同じ連中と組むようになっているが、彼らは私のやり方を知っている。だから撮影スケジュールを見て、私がこれでいけるだろうと思っても、彼らが「いや無理だよ。君ならこの倍の時間が必要だ」と言ってくれる。私も「OK、君の言うとおりだ」というわけで、別のやり方を探すことになる。こうしたことすべてが、生き残りの戦略なのだ。

Q あなたの映画のほとんどが、非常に傷つきやすい人間を主人公にしています。あなたは今「生き延びること」、「自分を守ること」について話されましたが、このあなた自身の生き方が、人物たちの傷つきやすさにも反映されているのではありませんか?

私は自分の傷つきやすさを感じて、生き延びるために立ち上がるような人間の方にずっと関心があるんだ。自分を守るために立ち上がる人。それは我々の大部分がこの世界でおかれている状況でもある--極端に傷つきやすいことだ。この世界は個人個人の欲求にいちいち心を配ってくれる場所ではなく、人間はただ定まった男である在り方、女である在り方にあてはまって生きるように求められているが、それは一人一人の本当の体験にとって正直なこととは言えない。たとえば父親の役割を要求されてるある人の、その内面が崩壊しつつあることだって少なくない。だから私の映画の人物たちが傷つきやすいというのは真実だ。彼らは「俺は知らない」と言ってしまう立場におかれているし、自分の置かれた状況のなかでどう行動したら分からないように準備されている。その代わりこの彼ら、いわばささやか人間たちは、ただその分だけより正直に生きようとしているのだ。
これがまず重要だが、もうひとつ、性別役割の問題が当然ある。今の世界は父権的な社会だ。『マント』の剣のイメージ、征服者のイメージがそうだ。それに対して支配される側がある。女性、ゲイ、人種的少数者、被抑圧階級の人々、貧しい人々などなど。この意味で私の映画のなかには政治が生きている--こういう世界を変えること、「妻は家で子供を守って」みたいな、そうした役割について考え直すことだからだ。私は別のやり方で生きようとしている。ただ私のささやかな家族のなかだけでなく、いっしょに働く人々との関係など、すべてについてだ。だから自分の映画で、こうしたことについて考える別のやり方を示唆したいと思っている。『ウォーク・ザ・ウォーク』の発端になった娘のことでもそうだ。私は服従なんて信じない、子供の親の支配に対する服従とか。
これはときには、弱さに見えることもある。だが私の描く人物たちは傷つきやすいかもしれないが、弱者とは程遠い。そして自分たちの持つ力の多くを注いで、自分自身の尊厳を守ろうとしている。基本的にまったく尊厳とは無関係のこの世界のなかでね。
もう随分長らく見ていない映画だが、『ドックス・キングダム』のドックは本当にすばらしいと思う。確かに彼は酒飲みだが、彼が自己破壊的かどうかは定かではない。ある時点で息子との関係を作り直そうとするが、決して何事に替えてもというのではない、決してそう絶望的にはならない。
私は多くの映画に、本当の"人物"を見いだせない。見えるのは図式だ。ただ現在ある階級構造を甘受すること、性的役割分担をそのまま甘受すること。そうしたものを何か別のやり方で再定義しようという努力を映画のなかに見いだせないのだ。これは大ざっぱに言ってハリウッド映画と、我々の生きる世界との関係にも言えることだろう。炎の壁をくぐり、交通事故でも切り抜ける人々--さて現実には、私には交通事故や自然災害、暴力で傷つく人間しか見えない。これは実は、私がドキュメンタリーとフィクションの違いについて悩んでいることでもある。リアリティとフィクションの違いは、物語り形式を取るか取らないかに関わらず、現実の世界の在り方についてか、そうではないかだと思う。ドキュメンタリーでもまったく我々の生きる現実と無関係なものを作ることができるし、実際いつもテレビでやっているのがそれだ。
一方で、世界は大変急速に変化している。人々はいまや、伝統的な家族とは異なった様々な人間関係のなかに生きているのだ。たとえば日本では、テレビで見ていることと、実際の街で見ていることの違いは驚くほどだ。連続ドラマや、東京を映した映像にでさえ、実際に私が見ることとのあいだになんの関係を見いだせない。

 

Chapt.5  私の映画は、人生を模索する若者たちのためにある  My Movies Are for Young People

Q スーザン・ソンタグが最近発表したエッセイで、我々の知っている映画はもう死んだ芸術だ、と論じました。あなたはどう思いますか?

賛成だね。今や映画といえば一方にハリウッドの巨大スペクタクルがあり、人々はそこへ、ただスクリーンからのエネルギーに圧倒されるために行く。もう一方にはビデオやケーブルテレビなどの家庭エンターテイメントがある。そして、たとえば私の映画のおかれた状況を見てほしい。例えば『ドックス・キングダム』の権利は私は持っていないし、この映画を上映するよう権利保有者を説得するのは、 とても骨が折れることになるだろう。パリでさえ、80年代に私が住み始めたころにあった小さな映画館の少なくとも3分の1、たぶん50パーセントがなくなってしまった。つまり今ではより多くの映画作品が、作られておきながら、上映される機会をまず持つことがないまま終わる運命なんだ。
もうひとつ別の意味で、我々の知っていたシネマは死につつある。シネマとは特別なものだ。ムーヴィーとは違う。我々の知っていた映画はまた、我々がどういう考え方をするか、世界をどう分析するかと関係があった。そしてあの手の大きな映画がまず絶対やらないのは、世界を分析することだ。世界について何か言ってはいるかもしれないが、基本的に最も強烈な印象だけを混ぜ合わせているだけだ。たとえば"愛"はこうした複雑な宇宙ではない、だれも愛のディテールにまで入って行く暇がないから、愛は"電撃"ということになる。暴力とはこういうものだ、権力とはああいうものだ、というように、単純なゲームのように将棋のコマを動かしていく----これは分析じゃない。そして人々は生活のなかで、分析をしようという忍耐をどんどん失って来ている。読書は減ってマンガを見るだけになり、テレビもまた分析とはなんの関係もない、 ただニュースや連続メロドラマ、ときたま映画を混ぜ合わせた自己満足的な映像の流れに過ぎない。その意味で、世界を理解することという映画本来の投企は、すでに死んでしまっている。

Q それでもあなたは、この世界をよりよく理解するために映画を作り続けている。

まだ作ろうとしているし、続けて行くつもりだ。自分はそのやり方を知っているし、自分の全能力を注ぎ込んでも、それをやり続ける立場を守って行くつもりだ。そして何が起こるかを見極める。それがこの人生をつかってなすべきことだからだ。まさにウォーク・ザ・ウォーク(笑)、人生の歩みを歩くことだ。

Q あなたの映画の一本一本が、映画の表現の上でも、世界に対する考え方の点でも、新しいこと、別のことへの挑戦になっているのではないでしょうか。それはあなたが常に今、現実の世界との関係のなかで映画を作っている以上、当然そうなるしかないことではあるのですが。

この世界で、誰であろうと人に、何か違うことをやって欲しいと思う人間はほとんどいない。"違うこと"とは普通--そして何よりも私の場合は絶対に--自分が何をするのか正確に、前もって言えないことだ。どのような物語になるか、どの程度の量のフィルムを使うかさえね。ああした映画は途方もないギャンブルなんだ。『ルート1』のときには、4時間15分の映画で実際にうまく機能するものができるかどうか、まったく分からなかった。どのような展開をするのかどうか、だとかのすべてが--『ルート1』は音声ミキシングをするその日まで、この映画が機能するかどかわからなかった。

Q 4時間半の映画になるという予測はあったのですか?

いや、最初は、3時間のつもりだった。そして撮影の半ばで、4時間じゃないかな、と思い始めた。実際の映画は4時間15分だ。だが『ウォーク・ザ・ウォーク』でさえすべてがデリケートに、いわゆる物語映画作りと、ドキュメンタリー的要素のバランスの上になりたっており、どう撮影するか、どう編集するか、音声をどうミックスするか、映画の音と音楽がどう響き会うかに、すべてがかかっている。逆に大規模な映画製作では、撮影が始まる前からそれがどんな映画になるかすべて分かっている。すべてが事前の計画だ。脚本は15人からの手を経ており、予算が撮影所の5つの別々の部門で検討され、ストーリーボードまで描かれているかもしれないし、スターは、すでに知られている価値観を表象している。ハリソン・フォードが何をするのかは分かりきっていることなんだ。これは自動車の製造に似ている。新しいモデルのプランは5年前から始まり、だから出来上がったときにはその車がどんなものになるか、一切疑問の余地はない。人がその車を買うかどうかには疑問の余地が残るが、あらゆる可能性が事前に検討されている。
私のやり方はまったくそうしたものではない。私は車を作っているのではないから。私がやっているのは冒険だ。冒険とは、これをうまくいかせることが出来るかどうか? この方向でうまくいくのでは、と感じることはできる、推測は立つかもしれない。だがフィルムはミステリアスなものだ。たとえば『マント』の一人称映画が成功するかどうか、ただのトリックになってしまうのではないか? あるいは『湖上の女』みたいになってしまうのではないか。「おや、これは面白い仕掛けだね」だけで終わってしまうのではないか。私が『マント』をおもしろいと思うのは、この一人称の問題が、この映画を見るときに考えることになる最初の問題ではないことだ。たとえば映画の冒頭にいきなり女プロデューサーがカメラに話しかけ、私にエドワード某を紹介するところとか、"ツナギ目"が見えないだろう。
こう言った映画では、映画作りにかかわるすべてのメンバーが冒険に対して心の準備ができていなくてはいけない。プロデューサーからアシスアントに至るまで、もしかして制御の効かない問題に直面するかも、とかを考えておかなければいけない。そして率直に言って私がもっとも魅かれるのが、この冒険と興奮などの感情だ。たとえば編集中に問題に直面したとき、それをどう解決するかを模索することだ。

Q それに『マント』の場合はとてもパーソナルな、愛するものを失ったとき、というような物語なので、一人称の映画作りが完全に正当化されてもいますし。

だがあの物語は本当は、映画作りについてのものだ--まさに今言ったような冒険、そのなかで自分の人生を賭けることについての物語だ。あの映画の真の物語は--あの映画作家は、例のマントについての映画という注文仕事を受ける。どんな話になるかは分からない。そして突然彼の人生に事件が起こり、それが彼の人生と、最初は金のために始めたはずの映画とのあいだに関係を生み出して行くのだ。そして彼が悟るのは、映画作りと、生きることのあいだに、ほとんど境目がないということだ。これは普通、映画作りについて思われていることと正反対の考えだ----映画作りは仕事であり、それとは違う部分の生活がある。私はこの区別を打ち壊したかったんだ--生きること(リヴィング)と映画を撮ること(フィルミング)のあいだに。

Q 歩くこと、正しい航路を見つけること----『ルート1』の展開はその点でとてもおもしろい。アメリカを南北に貫く一直線の国道が、旅を始めるといかに真っすぐでも、見通しのよいわけでもないことが、明らかになってきます。

まったくそうだ。ボブ・ディランの歌詞に「ハイウェイはギャンブラーのためだ、チャンスに賭ける者の」とかいうのがあった。後半は「偶然から手に入れられるものは全てを手に入れろ」だったかな。すべてがこの問題、どう歩いて行ったらいいかを模索すること、簡単ではない状況の中で生きるための別の道を探ることについて展開する。人生は楽ではない。リスクはたくさんあり、まだ若くて、自分のキャリアが何であるか定まっていない者にとって、これは決して楽なことではない。若いということは、年上の人達のなかで自分のキャリアを切り開くことが深刻に限定されるということだ。だが君が自分のなりたいような人間になりたいと思ったら、そのリスクは受けて立たねばならない。これが私が、本当に語りたかったことだ。
ここには大きな矛盾がある。私の映画は本当に若者達のためなのに、映画の形態は本当に若者達にとって分かりやすいものではない。この問題は私がずっと考えていることだが、その答えはまだ見つからない。私の映画はまだ若い世代、自分の人生について、自分の人生を変えること、自分の夢に生きることができるだろうか、など諸々の問題について真剣に考えている人々のためのものだ。だが一方で私は確実に年をとっていき、私の映画作りはある面で洗練されていっている。私の60年代70年代の映画は若者にとって取っ付きやすいものだったが、今ではその判断が見えない。『ウォーク・ザ・ウォーク』のような映画が同じようにとっつきやすいとは思えない。そしてこの問題についてどうしたらいいか、まだ模索中だ。

Q 偶然にもあなたは僕の父と同い年で、その意味であなたの映画を見ることはいわば父の世代から人生について教えられることだとも言えます。そして『ドックス・キングダム』も『ウォーク・ザ・ウォーク』も『マント』も、父と子の関係が重要なテーマになっていますね。もっとも『ドックス~』の父は息子に「俺は一度はお前の父親だった」と言って最初は親子関係を否定しますが・・・。

父と子の関係にはこの問題についてとても豊かなものがある。子供は親の世代が生きた経験を自分が生き直すべきなのか、すでに生きられた経験から何を学ぶことができるのか。普通、父と子の関係というのは、親父が「息子よ、俺の経験からいって、俺はこれこれこういうことを知っているから、お前はこうするべきだ」と始まる。だが私は、「我々がやってしまったことのこのひどい結末を見ろ」という立場にいる「お前は自分の道を自分で見つけなければならない」とね。同時に、私も私なりの経験があり、その知恵は伝えたい。だからこの関係にはまだ豊かな鉱脈があり、まだ私がその可能性を探り尽くしたとは思っていない。新しい映画でもまた始めようと思っている。

Q マント』で息子的人物に当たる少年は、父親像にあたるあなたの人物よりも実は強いし、あなたたちが世界をめちゃくちゃにしたが、我々が戻ってくる、と言いますね。

まあね、それは・・・それは本当だと思う。これからがもう我々の世界ではなく、君たちの世界であることを期待している。ただしまだ確信は持てんがね(笑)。

NOV.6th, NOV.11th 1997  東京、渋谷にて